July 09, 2008

移動局がいなくなった?

 先週土曜から日曜にかけて行われたJARL国内4大コンテストの一つである6m and Downコンテストは夏場のEスポシーズンに併せて50MHzから上のVHF,UHFを主に使用して行うコンテストです。昨年の6m and Downコンテストのコンディションがまったく記憶にないのは、コンテスト開催当日にかち合ってしまった支部大会に拉致され、大勢の前で苦言苦情の砲火にさらされてしまったためで、なんかこのあたりからコンテスト参加の意欲が薄れて「参加証を貰うためだけのスコア送付」まで怠るようになりました。それでも昨年の6m and downコンテストは出かけるまでのわずかな時間に6mで交信した3局3マルチだけでスコアを送ったらしく、QSLカードと一緒に参加証が届いてましたが。
 しかし、今年も本来だったらコンテストが支部大会とかち合ってしまうため、コンテストの方には参加出来ないはずが、何と北海道洞爺湖サミット開催で、サミット警備上の都合から支部大会のほうが一週間延びてしまったため、コンテスト参加のほうには問題がなくなりました。アンテナも3エレ化してみましたので、伝搬コンディションさえ良ければ2エレと3エレの差も実験的に検証できるという興味もあります。土曜21時からスタートしたコンテストでしたが、夜間にも係わらず4,5,6エリアが局地的に開いてまして応答だけで8局7マルチと交信しましたが、40分ほどでフェードアウトしました。8エリアの局がGWをとばしてくるのですが、2エレだったらバックもさほど問題なく交信できたものの3エレ化のせいかバックで呼んでもちっとも反応がありませんでした。
 試しに144MHzをワッチしてみますと、例年のコンテストであれば同じ8エリアの移動局が盛んにCQを出しているはずなのですが、今回のコンテストに限ってはまったくCQの声が聞こえませんでした。何とサミットの警備で札幌圏から胆振日高、渡島檜山のサミット開催隣接地の見晴らしの良い場所でアンテナでも立てようものならすぐさま全国からかき集められた警備の警察官が飛んでくるという状況が予想されたため、無用のトラブルを避けるために「移動を自粛した」事が原因のようです。例年なら夕張の丁未風致公園からハード運用する札幌のクラブ局の運用もなかったようですね。
 翌日の6mの伝搬状況は朝の6時台には宮崎ビーコンさえ聞こえませんでしたが8時台からコンディションが急上昇し、10時台後半まで4,5,6エリアを中心に50.250から50.500あたりまで周波数が埋まってしまう時間帯がありました。おそらく8エリアよりは1エリアの大票田とつながった6エリアが一番条件が良かったのではないでしょうか。10時台後半にフェードアウトしてしまうと夕方まで伝搬が戻らない事が多いながら、今回は2時台後半に鹿児島,宮崎,高知あたりの伝搬が戻り、数局と交信してます。今回は応答しかしませんでしたが、参加証をもらうには十分な局数を獲得したでしょうか。
 ところで3エレの威力ですが、2エレに比べるとさらにQSBで落ち込んだボトムでもそこそこ復調出来るようになり、2エレでは近所のOMが59を送っている相手の局の信号がまったく聞こえなかった事が多かったのにも係わらず、3エレになるとさすがに59というわけには行きませんが「聞こえない」ということはなくなりました。さらに2エレのときにはあまりにも聞こえなくて応答をためらったCQに対しても応答することが出来るようになった感じです。ディレクター1本追加でこれくらいの違いがあるとは正直いって想像していませんでした。これが4エレ5エレになり、さらにタワーの上に乗っかるとどうなるかなどと妄想は広がりますが、とりあえずこれは後の楽しみとして取っておきましょう。いっぺんに高性能化すると飽きるのも早いですし感動も薄れますから(^_^;)

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July 05, 2008

トマト支柱アンテナの3エレ化

 夏至を過ぎること、はや二週間を数えましたが、6mの伝搬状況は例年と比べると低調で、特に7月に入ってからの3日間くらいは朝も夕方も聞こえないという状況でした。この低調ぶりを打破するためというわけではありませんが、2年前に製作しておきながら重量過多でお蔵入りしてしまった自作の3エレトマト支柱アンテナを組み立て直してとりあえず揚げてみることにしました。というのも台風と冬場の爆弾低気圧シーズンを避けて夏場のEスポシーズンだけ3エレにグレードアップし、それが過ぎたら元の2エレに戻せば、とりあえず大風のダメージを食うことはないだろうという打算からです。また、土曜の夜からJARLの6m and downコンテストもあるので、2エレから3エレにした効果も確認できると思い、土曜の朝にさっそく屋根に上って30分くらいで2エレアンテナをディレクター1本追加したブームに組み替え、3エレ化してしまいました。一つ問題が予想されたのはブームが延びたことにより、給電部が2階の屋根に掛かってしまったことで、給電部と屋根との距離が1m位しかなく、打ち上げ角はおろか、VSWRにも影響するのではないかということでした。案の定、実験してみるといままで50.200近辺で1.5を保っていたVSWRが2.0近い数字を示しています。もう少し屋根から遠ざけるか高さを高くすることによってVSWRの数値が改善するのでしょうが物理的に無理なのでとりあえずこのまま使ってみることにします。
 土曜午前中、局部的に6エリアが開いていたようですが2エレではQSBの谷間に入り込んだ信号は殆ど聞き取れなかったのに、3エレだとそれがちゃんと理解できるくらいに復調できる感じです。また2エレよりさらにサイドの影響が無くなって静かになった印象でした。ところがバックへの放射が2エレより小さくなったのか、2エレの時はそこそこ聞こえたバックからの信号がさらに弱まった感じでした。実際にバックから入感してくる局にそのまま応答してみましたが、2エレの時は問題なく交信できたのに3エレでは取ってもらえなかったことから、3エレあたりになるともはやビームを振らないといけないのかもしれません。
 6m and downコンテスト開始時の21時頃には珍しく6エリア4エリア5エリアあたりまで開いてまして、アンテナの実験もかねて短時間に8局ほどに応答してコンテストナンバーを交換しましたが、アンテナは当然の事ながらちゃんと問題なく作動していました。しばらくはこのまま使ってみましょう。

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July 01, 2008

英国製TECHNICAL STANDARD計算尺

  湿度の少ない欧米で計算尺の素材として使用されたのは中南米産のマホガニー材で、これは17世紀あたりからの高級家具の素材としての定番です。その狂いがこなく重量が軽いという性質を以て計算尺に使用されたということは至極自然な事ですが、湿気の多い日本の気候では逸見次郎がマホガニーを使って欧米の計算尺の模倣に苦労したとおり、計算尺の素材としては適さないものでした。逸見次郎の苦労の甲斐あって竹の素材を組み合わせ、湿気や乾燥にも狂いの少ない竹素材が定番となりますので、あえて外国からの輸入材であるマホガニーを使用した計算尺が日本で作られ、販売されていた例を当方は知りません。マホガニーの単板ではなくベニヤ板のような合板素材の計算尺なら戦中戦後の粗製濫造期に何社か販売したようですが、手間の掛かる竹製計算尺のさらに代用品扱いというようなポジションの所詮「安物」です。
 入手したTHE TECHNICAL STANDARDという計算尺は、おそらく二次大戦中もしくはそれ以前の英国製計算尺です。このTECHNICAL STANDARDというのはいわゆる商標で製造元はBRITISH SLIDE RULE CO.,LTD.という会社のようです。日本流であったら日本計算尺株式会社というところでしょうが、これくらいしかこの計算尺に関する情報を把握していません。厚さ実に1.5cmという分厚い計算尺で、この厚さにより狂いを防いでいるのでしょうか。また上下の固定尺を繋いでいるのはマホガニーの板とセルロイド板の二層構造ですが、裏の補助カーソル線窓にこれも分厚いセルロイドの枠がねじ止めされていてこのブロックのおかげで計算尺の本体が裏側に反ってしまうことを防いでいるようです。そのおかげでおおよそ65年は経過している木製尺なのにも係わらず上下固定尺と滑尺の間にはまったく隙間も開かず、何ら潤滑剤などを塗布しなくとも滑尺は驚くほどスムースに動きます。この時代の英国製計算尺の多くがそうであるように、目盛りは張り込まれたセルロイドに刻まれるわけではなく、印刷したものを木製尺表面に貼り付け、そこに透明なセルロイドを貼り、そのセルの両端を釘留めしています。その透明セルが経年で黄変してますので、表面が黄ばんで見えるわけです。HEMMIの片面尺と異なり上下の固定尺がまったく同じ形状です。そのため、断面を見ると台形状の上下対称で、上端にインチスケール、下端にメトリックのスケールを持ちます。表面は、M,A,[B,C,]D,N,の6尺、滑尺裏はS,ST,T,の三尺ですが、このうちMはLL2,NはLL3相当のべき乗尺です。それじゃあLL0,LL1相当尺が無いのかというと、どうやらD尺を読み替えて使用させるようですが、説明書なんぞ当然のことありませんから良くはわかりません。しかし当然のこと右に行くに従い精度が落ちることになるのでしょうが…。滑尺裏の三角関数尺は一番広いところで1/12度分割で、微少角計算用にST尺を備えます。上固定尺上端にはインチスケール、下固定尺下端にはメトリックスケールを備えます。カーソルはアクリル板、カーソルバーも樹脂製で、カーソル線は黒で入れられています。
Technical_std
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June 30, 2008

技研 No.252 標準・一般用計算尺

 珍しい技研の計算尺が外箱も説明書も揃った未使用の状態で出てきましたので、「ここで会ったが盲亀の浮木、優曇華の花」というような親の敵にでも遭遇したわけではありませんが、千載一遇の機会とばかりに張り切って入札したら1,100円という当時の定価にしても約2割引という金額で落ちてしまいました。後からなんと技研の同じ計算尺が2本出てきましたが、1月のコーア計算尺の大量発掘のように技研の計算尺が3本、箱説揃いの未使用で出てくることなど、今世紀中にはないかもしれません(笑)今回入手した計算尺はNo.252という10インチ片面標準・一般用計算尺で、RELAY/RICOHにするとNo.116、HEMMIではNo.2664S-Sに該当するDI尺が加わった表面9尺と滑尺裏に4尺を有するものです。スタジア尺、No.9590のときに技研計算尺に関する謎を提起していますので計算尺メーカーである技研については割愛しますが、昭和40年代には技研ブランドの計算尺がありませんので今回のNo.252も昭和30年代に販売されていた計算尺ということになります。技研の計算尺としてはNo.251同様に数の捌けた機種のようで、もしデッドストックで地方の文具店などから発掘される技研の計算尺があったとしたら、おそらくNo.251かNo252である確率が高そうです。表面がK,DF,[CF,CIF,CI,C,]D,A,DAの9尺、滑尺裏がT2,T1,L,Sの4尺でS尺にはCOSの数字付きです。本体は一連の技研計算尺同様に塩化ビニールを素材としたプラスチックの成型品で、カーソルもプラの一体成型品です。尺のレイアウト的にはHEMMIのNo.2664S-Sとまったく同じで、滑尺裏のS尺は逆数付き(COS)ですが、HEMMIと異なり順目盛です。逆数目盛付なので裏の目安線を使ってD尺だけで三角関数が読める点が、逆目盛ではなく逆数も刻まれていないために裏の目安線を使うには表にDI尺を備えざるを得なかったRELAY/RICOHのNo.116とはDI尺が加わった理由が異なります。CF,DF尺は√10切断ずらしです。ゲージマークはCの他にラジアン換算用の3つのゲージマークがあり84度以上6度以下の微少角はラジアンに換算してから算出する必要があります。珍しいことにこれらのゲージマークはC,D尺の双方に刻まれています。CI尺CIF尺の両逆尺は目盛も数字も赤で入れられ、DI尺は数字のみ赤で入れられています。
 値段も含めて非常にバランスの良い計算尺ですが、さほど世の中に残っていない理由は販売網の脆弱さによりHEMMIやRELAY/RICOHを押しのけて国内に出回らなかったことと、おそらくHEMMIのプラ尺を含めてOEM製品の製造のほうが忙しかったからあまり自社ブランド販売に力が入らなかったからでしょうか。技研ブランドの計算尺は昭和30年代には消滅しますが、これはHEMMIに対抗して販路を拡大してゆくよりは、HEMMIのプラ尺とFUJI計算尺その他のOEM製造だけに徹していた方が利口だと思ったからかもしれません。
 今回の技研No.252は当方が12年間在住していた世田谷は千歳烏山のリサイクルショップからで、雨漏りにでも曝されたのか水濡れのシミと一部湿気で黴びた外箱と説明書が付属していましたが、本体はビニール袋にくるまれた未使用品でした。38年1月1日現在の価格表が掲載されている全52ページの説明書はベクトルや複素数の計算まで詳しく解説された豪華版で、かなり技術的な応用まで踏み込んだ内容はHEMMIのNo.2664Sを遙かに凌ぎ、FUJI計算尺の両面・片面計算尺用の短冊形と冊子型の汎用説明書の倍のボリュームがあります。ところで、山菱に技研の文字が入った技研のマークは某組関係を表すのではなく、「山梨の山の字に技研の二文字を組み合わせた」ものなのでしょう。サンリオだって創業者が山梨出身だから「山梨王」をカタカナにして社名にしたっていう話ですし、甲斐商人は山梨のどこかをあしらった商標を付けるのが好きなのかな?(^_^;)
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 技研 No.252 標準・一般用計算尺表面拡大画像はこちら
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June 28, 2008

オペレーターの技量に非ず

 このあいだの某記念局運用に関しまして「オペレーターが下手糞すぎてあまりにも酷いので呼ぶのを止めた」なんていう言い方をしている人がいるようですが、さすがに8から21メガが7エリアの南端から6エリアまで広範囲に開いて、蜂の巣をつついたようなパイルアップになっているときに、コールサインの断片さえも取れなくて、何回も呼ばせた挙げ句にめちゃくちゃ強く呼んできた局を取るというオペレートにおかんむりだった人がいたことは確かでしょう。時間を計ったら1局を取って交信を終了するまで2分半から3分掛かっていました。呼んでいる局全部がいらいらしているときにいちいちワッチしていればわかるはずの記念局の名称や自分の名前を毎回ごと繰り返してやたらと一回の交信を長引かせる必要はありませんし、エリア指定したほうがいいという声を無視してひたすら強く聞こえる局をピックアップし続けるオペレートにこちらのほうも「なんだかなぁ」と思ったのは確かです。しかし、アマチュア無線の世界にはいろいろなハンデキャップを抱えて空の上に出ている人がたくさんいることを忘れてはいけません。目が見えず体の自由が利かないため、人の介助なしにアマチュア無線に出ることが出来ず、普段はV/UのFMにしか出ていなかった人がいきなりHFのパイルアップに遭遇し、20局から同時に呼ばれたらどうなるか、考えて見てください。目が見えず、体の自由も利かないBPのオペレーターがログを記録する介助者といっしょに運用しているため、一局一局の交信時間が長くなり、一時間に20局を裁くことが出来なかったとしても、誰がそのオペレーターの運用を非難することが出来ましょうか。ましてJARLの特別記念局ですから「オペレーターが必ずしも健常者とは限らない」ということを忘れないでほしいと思います。

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June 18, 2008

8J8Sと5バンド目の交信達成

 昨日は夕方から宵の口にかけ、6mの伝搬はさほどでは無かったものの四国の高知から香川、岡山に掛けての縦方向地域はかなり強力に入感していましたので、四万十市の局を呼び出して交信しましが、CQを掛けても食いつきは皆無でした。6mに比べると最近はちょっと影の薄い感がある28メガにQSYすると千葉は鎌ヶ谷の局で、以前21メガで交信したことのある局がフルスケールで入感してまして、あわててTS-830のヒータースイッチに火を入れ、チューニングを取っていざ応答しようと思ったらマイクがない!(^_^;) 最近TS-830は殆どレシーバーにしかなっていませんでしたからねぇ(笑)とりあえずハンドマイクをほじくり出して応答し、交信成立しましたが、10Wの出力ながらかなり濃いEスポ伝搬に遭遇したようで、終始安定した交信を10分ほど続けることができました。19時頃は21メガで仙台近辺まで入感していたようですが、そのうち8J8S 北海道洞爺湖サミット特別記念局が21.205近辺で運用しているのをワッチしましたが1エリアから6エリアまで広範囲にまるで蜂の巣をつついたようなパイルアップとなっていて、宵の口だというのに21メガのコンディションは相当良さそうでした。いつコンディションが変わるかずっとタヌキを決め込んでいたのですが、パイルアップの状態はそれから延々と続き、QRTしたのは何と23時59分(@_@;) 21メガがその時間まで開いていたのも久々ですが、延々とパイルをこなしていたオペレーター氏は昭和11年生ですよ。体力じゃ逆立ちしてもかないません(^_^;)
 ところで、8J8Sとの交信は昨日までに144,430,7,21,50の5バンドになりました。10,18のCWは週末に終わってしまったようですね(T_T) もう一回くらい運用に遭遇するチャンスはあるでしょうか?

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June 16, 2008

IC-551 Sメーター0点校正

 日曜日にずっと各バンドで8J8Sが聞こえないかと思って一日中ワッチしていた方には気の毒ですが、本日、朝から地元クラブの担当で8J8S北海道洞爺湖サミット特別記念局の運用がやっと全国バンドの7メガSSBで行われたようで、朝の出がけに交信し7メガの交信証発行を受ける権利を獲得しました。朝から7メガのコンディションはよかったようで、週明けの月曜日にも係わらずけっこうな小パイルアップを食らっていたようです。昨日の8J8S,2m移動運用時に430QSYを要求した局があり、それに便乗して3Wのハンディ機で430MHzも交信成立しましたので、早くも8J8Sとの交信は7,144,430の3バンドとなりました。10,18MHzのCW運用はいつでしょう?(笑)
 ところで、昨日は朝方、非常に濃いEスポで6mでは九州南部から中部それと四国の南端がフルスケールで入感していたのですが、時間経過とともに早くも10時過ぎにはここ8エリアからは6m入感局がほぼ無くなり、夕方になってもこの状態は回復しませんでした。21時過ぎにごく短時間、FAIなのか6エリア佐賀でローカルラグチューしている声が聞こえましたが、6mバンドは沈黙のまま。そのため、かねてから気になっていたIC-551のSメーター0点校正に取り掛かります。それというのもSSBとAMポジションに於いてP.B.TUNEユニットを取り付けたことにより、回路の定数が変化するためか受信側で無信号でもSメーターが振っている状況に陥っていたためです。ユニット取設や本体取説にはその修正の説明のくだりが見あたらず、P.B.TUNEユニット無しの状態で本体メイン基板上のR87,88によって調整するとだけあったと思いました。実際にはP.B.TUNEユニットを装着することによって生じるメーターが振れた状態を校正するためにはR87,88は関係ありません。しばらくの間疑問だったのですが、IC-551Dは最初からP.B.TUNEユニットが標準だったようで、英語版サービスマニュアルにP.B.TUNEユニットの蓋を開けC25のトリマーを回すことによって校正するという記述を見つけ、実際にやってみるとあっさりメーターの針を校正出来ることがわかりました。本来はSSGを使って校正しなければいけないことはわかっているのですが、そんなものは当貧乏電波研究所にはありませんので、とりあえずダミーロードを接続し、無信号で針が振れないぎりぎりのところにC25を回しておしまい。しかしこれで2シーズンほど便秘のような状態だったのが解消し、すっきりしました。でもまあ、無線機をいじって故障や調整の部位を知るためにはサービルマニュアルは必須ですな
(^_^;)

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June 15, 2008

8J8S 北海道洞爺湖サミット特別記念局と交信

 6月7日から始まったはずの8J8S 北海道洞爺湖サミット特別記念局ですが、機会あるたびにインターネットクラスタや実際にワッチするもまったく運用情報を得ることが出来ず、交信する機会がありませんでした。やっと本日日曜日午前中、地元の運用で2mFM:145.10で移動運用しているのを見つけ交信成立し、記念カード発行を受ける権利を確保しました。現在2mの運用が止まってしまいましたが、どこにQSYしたのかは不明。日曜日にHFの運用がないのは全国的に待ちかまえている方にとってはお気の毒ですが、当方この特別記念局運用にはまったく係わっておりませんので、あしからず。

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June 13, 2008

6m再度完全QRV

 昨晩、パワートランジスタの三菱2SC1972を交換してとりあえず出力が出ることが確認できたIC-551ですが、今朝方ACコードを捜しだしてACでもスイッチングレギュレーターが作動して送信受信とも完全であることが確認できました。出ている局からレポートでももらおぅと思いましたがこういうときに限って電波伝搬状況がPoorで宮崎大ビーコンさえも微かにしか聞こえません。自作のHB9CVアンテナを接続するとSWRが50.200付近で1.5以下を保っているのにもかかわらず、急に6前後まで上がってしまうことが判明しました。明らかにどこかの接触不良です。アンテナのエレメントの接触だけを気にしていて、以前からウイークポイントだった同軸を途中で接続しているコネクタ部分に雨が入り込んで、接触を悪くしていることが考えられます。そのため、コネクタに巻いているテープを剥がして分解し、湿気を取り除いてから導電コンパウンドを塗布してテープをまき直し、再度SWRを測ると安定するようになりました。ここの部分からの反射波の増大でそれでなくとも長年酷使されたパワートランジスターに負担を掛け、ついにはCW送出でお死にになってしまわれたのがやはり原因だったようです。アンテナエレメントの接触ばかり気にせずにもっと早めにコネクタ部分の接触に気が付けば良かったのですがアフターフェスティバルで後の祭りですね(^_^;) まあ、どっちみちいつ壊れるかわからないパワートランジスターを交換するという大イベントをこなしてお勉強したと思えば1,800円の出費も安くはない(笑)

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June 12, 2008

IC-551 パワートランジスター交換

 先週突然死したIC-551でしたが、AC電源だと受信も出来ないのにDC電源だと受信だけは出来るという症状に、パワートランジスターのトラブルだけでは理解できないような感じがしましたが、英語版のサービスマニュアルを手に入れ、トラブルシューティングのフローチャートを検証してもやはりパワートランジスターが第一の原因のようで、2SC1972という50MHz用10Wのトランジスターの入手を企てました。アイコムに発注してもまだ入手は可能だとは思いましたが、時間がかかるのはこのEスポシーズン中に耐えられないので、他の入手手段を考えます。この2SC1972というトランジスターはもちろんのこと現在では作られていない(今では集積度のもっと高いパワーモジュールが標準)廃品種で、数年前までなら大抵のパーツ屋で入手できたものが、ここにきて通常ルートでは入手困難品になってしまったようです。今回はこの2SC1972の入手が6m再QRVの正否の鍵を握るようです。ネットでパーツ屋を検索しましたが、品切れ続きで、もしやと思ってオークションを検索すると一件ヒット。終了日まで4日くらいあり、すぐに入手出来ず間が空いてしまうのが難点でしたが、これ以外に確実な入手方法がなく、結局は1,800円という落札金額で入手したものです。2sc1972
 入手先は秋田県からで、昔6mも盛んにやっていたというオーディオマニア系の方からでした。12日の夕方に郵便でこの2SC1972が届いてましたので、夕食後にIC-551の分解にかかります。FMユニット、P.B.Tユニット、VOXユニットと3点フルオプションの状態で、これらとスイッチング電源ユニットをすべて外さなければメインプリント基板パワートランジスターはんだづけ部分には至りません。このランドの半田をはんだごてで融かし、ポンプで吸い取ります。そして基板の表側にあるトランジスタのねじを外し、ヒートシンクからトランジスタを浮かして基板からこの2SC1972を取り出しました。新品の2SC1972と比べてダイオードテスタを当てると、やはりコレクタとエミッタがスルーしてました。このトランジスターまわりの抵抗やコンデンサなどは正常でしたので、このトランジスターの交換だけで何とかなりそうな感触です。新しい2SC1972の裏側にパソコン部品屋から仕入れてきた放熱グリスをたっぷり塗り込んでヒートシンクにネジ留めし、プリント基板裏側にトランジスタの足をハンダづけして各ユニットを元に戻して組み立て直します。とりあえず組み立て終わったIC-551にダミーロードを装着したSWR計を終端電力計として接続し、DC電源でFM波を出してみたらちゃんと10ワット少々出てました。SSBにして音声で変調を掛けてみたらちゃんと変調が掛かっているようです。いろいろとまだ試してみなければいけませんが、どうやらパワートランジスターの交換だけで修理は済んでしまったようです。AC電源でちゃんと動作するかどうか試そうかと思ったら、そのACコードがどこへ行ったかわからず、捜すにももう疲れてしまったので明日に棚上げしちゃいます。

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June 04, 2008

IC-551,とりあえず再QRV?

 CWでCQを発信中に突然死してしまった6モノバンダーIC-551でしたが、やはり予想したとおりスイッチング電源の寿命が原因でした。そのため、移動運用にでも使おうと思ってずいぶん前に入手してずっと日の目を見なかったDC電源コードOPC-023Aに、これもHF100W化の過程に置いてまず確保しておきながら5年間日の目を見なかったDIAMONDの30A安定化電源を接続してDC電源化すると問題なく復帰しました。これでEスポシーズン真っただ中で運用に穴をあけることなく済みました。しかしAC電源の場合はコンセントにプラグを繋ぎっぱなしで常に電圧供給されているため、周波数メモリーが消えることが無く、そんなことすら意識したことはなかったのですが、DC化して安定化電源のスイッチを切るといちいち周波数が50.100に戻ってしまうことがいかにも煩わしく、メモリー用の電圧を電池で供給する改造を施さないといけません。ところでスイッチング電源の故障個所ですが、回路図を見ていないので何とも断言は出来ないながら、どうやらヒートシンクに着いている後部のトランジスターがAC電源のスイッチを入れるだけで加熱しているようなので、この電源トランジスターがパンクしてしまったのかもしれません。この時代のトランジスターに代替品があるかどうかも調べていませんが、スイッチング電源の復活はオフシーズンになってからの課題にしましょう。しかし、安定化電源の下にCRTモニターを配置せざるを得ないので、電源入れると画面に影響を受けるのが我慢できません。早急に安定化電源の置き場所を考えないといけませんね。
 と思ってぬか喜びしたのもつかの間、出力を測ってみるとFMもSSBもまったく出ていません。どうやらヒートシンク後部のトランジスターは電源トランジスターではなく終段だったようです。RF回路自体は生きているので、スイッチング電源と終段の両方がいかれたのか、終段だけなのか、確かなことはAC電源ではRF回路も働きませんがDC電源ではとりあえず受信だけは可能な状況です。この時代のアイコムのリグはすでに修理の受付さえ行っていませんので、自分で修理するしかありませんが、古い部品の確保だけでも大変そう(T_T)

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June 03, 2008

IC-551 の突然死

 夕方から6mのワッチを開始しましたが、今日の夕方はJA6YBRの宮崎大ビーコンも聞こえません。試しにSSB周波数帯をくまなくワッチしてみましたが、昨日と違って今夕はEスポの状況は良くないみたいです。朝の出がけにはJA6YBR/bはフルスケールで入感していたんですけどねえ。こういうときこそCWでCQを出してみようと思い、50.223でEXを打ってから1分ワッチし、VVV連打して自身のコールサインを打ったのですが、ちゃんと伝搬しているときはすぐに「?」を打ってくる局があるのにも係わらず今日は反応無し。そこで初めて縦振電鍵HK-808でCQを打ち始めると、なんとすでに28年選手の骨董品6mモノバンダーIC-551の電源が落ちてお死にになってしまいました。Eスポシーズン中の6mは10W機でまったく問題がなく、そのため6mバンドの追加以来ずるずるとIC-551を使い続けましたが、さすがに寄る年波には抗しきれず、おそらく「スイッチング電源の寿命」での突然死だと思われます。未開封の純正DCケーブルであるOPC-023Aがあるので、スイッチング電源の不良だけであればDC電源繋げばそのまま使えそうなんですが、まだ試してません。スイッチング電源の不良個所特定とともに時間があるときに試してみましょう。大事に至らなければいいんですけどね(T_T)

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June 02, 2008

関東甲信越梅雨入りの影響?

 沖縄の梅雨入りが記録的に遅かったのにも係わらず、九州から関東甲信越までほんの数日間で梅雨入りしてしまいました。特に関東では平均より二十日も早い梅雨入りだそうです。梅雨前線という大気圏内の気象現象がスポラジックE層形成に対する影響というものは科学的に証明されていませんが、日本列島に平行に梅雨前線が横たわる天気図が見られるようになると、やはり6mのVHF電波をも反射するスポラジックE層が発生して6mバンド中が賑やかになる確率が高そうです。今年は沖縄の梅雨入りが遅れたせいか5月の6mの伝搬は例年になく低調でしたが、ここ数日間で急にコンディションが上がり、例年通り朝と夕方に国内局が強力に入り始めるようになりました。五月の末になってようやく年末の大風で片側のエレメントが吹き飛ばされた自作トマトの支柱製2エレHB9CVアンテナを補修し、やっと6mバンドにQRV出来るようになり、6mのワッチを再開しました。
 本日は朝からコンディションが上昇したようで、4地点のイオノグラムを見ると各地点とも臨界周波数がかなり上昇しています。試しに50.017のJA6YBRビーコンにチューニングをあわせるとフルスケールで入感してました。あわててSSB周波数帯に移動すると4エリアの岡山から5エリアの香川のあたり局が何局か強力に聞こえています。50.223でCQを出して10局あまりと交信しました。中には500mWのQRP局もありましたが、少々QSBで上がり下がりがあったとはいえ、完全に情報のやり取りが出来ました。交信した局にXVですからベトナムの局と交信したという話を聞き、50.130にQSYすると猛パイルアップを食らっていましたが、我が屋根より少し高いだけのトマトの支柱製2エレアンテナでも確かにベトナム局がはっきりと受け答えしているのが聞こえました。さすがに猛パイルを抜くのは無理だと思って呼びはしませんでしたが、こんな自作アンテナでベトナムからの6mの声が聞こえただけでもちょっとだけ感動です(笑)ところが夕方、地元のおなじみの局が交信してレポート59を送っている6エリアの局が我がアンテナではまったく聞こえません(T_T)

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May 25, 2008

8万局分の電波利用料の行方

 早いもので「移動しないアマチュア無線局免許状」が6月の末に期限を迎えるため、5月の連休明けに再免許申請を管轄総通局の陸上課に提出しました。5年間一度も変更が無かったため、旧電波形式記載のままで維持してきた局免でしたが、これで我が貧乏電波研究所の移動局と固定局の双方から旧電波形式記載の無線局免許状が消え去ることになります。移動局免許の期限が一年半前でしたが、それ以前に工事設計書の形式が変更になり、さらに昨年から再免許申請書には工事設計書の添付が不要になり、また今年度からは再免許申請も電子申請による手数料が大幅値下げとなりました。そのため、従来の申請済み無線機の詳細を変更申請の度ごとにきちんと把握しておかないと、再免許申請書に添付する工事設計書をどう書いていいのか混乱することがない代わりに、5年ごとに工事設計書も書かなくなった事で、申請済みの無線機がいったいいくつあるのか永久に整理が付かなくなる事態も生ずることになります。再免許申請書に工事設計書を添付することが廃止になり、再免許申請が基本的に免許の番号と識別符号だけ記載した一枚の申請書で済んでしまうことは、これもひとえに電波利用料の一部で整備されてきた電子申請システムによる事務処理のコンピューター連動により、台帳方式から電子方式に情報登録が移行したことに他なりません。そのため、以前の再免許申請は最短でも3週間ほど掛かっていたものが、さすがに入力する項目が新たな免許の期限くらいしか無くなったためかなんと5/12日受理で5/15日発行の無線局免許状が5/16日には到着しました。無線局再免許申請の数でいうとアマチュア局より業務局の方が圧倒的に多いのでしょうし、一日に相当な数の事務処理をこなしているはずですが、受理から4日で新しい免許状が発行に至ると「GJ」なんですが。
 ところがその我々が負担して「違法電波の探索設備の拡充ならびに無線局監視事務システムの効率化」のためのみに使用される名目だった電波利用料が、総務省職員の為の美術鑑賞券購入・野球観戦チケット購入・ラジコンカー購入など281件四千万円も流用されていたことが発覚しました。四千万円というとアマチュア無線局8万局が一年に払う電波利用料です。このアマチュア局8万局分の電波利用料が本来の目的以外に流用されることが「法律的に問題がない」といわれても納得できないことは当然です。でも当分、上級アマ試験の法規問題に「電波利用料の目的」に関する穴埋め問題は出ないかも…(^_^;)

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May 24, 2008

やっとEsシーズン到来

 サイクルのボトムを今年の一月には脱して、これから伝搬コンディションは徐々に上昇に転ずるはずでしたが、例年は3月あたりから上昇する伝搬コンディションが今年はさっぱりで、4月に入っても21メガあたりが開く時間は極端に短くかつ少なかったようです。その低コンディションは5月に入っても同様で、「ハイバンドが開かないからワッチしない、ワッチしないから開いているのがわからない」という悪循環に陥っていました。NICTのイオノグラムを見ても国分寺上空で21メガの国内と交信できる臨界周波数にさえなかなか達していない、というより臨界周波数が上昇する気配さえありません。6mに至っては4月の末くらいから朝・夕で聞こえ始める宮崎ビーコンさえまったく聞こえません。そのため、もう6月になるというのに年末の大風でエレメントの片方がとばされた6mの自作2エレHB9CVアンテナもそのままで、屋根から降ろして修理さえしてません(^_^;) この低調なコンディションはEs層の発生が極端に少ないという状況によるのですが、例年と比べて何が違うのかというとどうも「沖縄の梅雨入りが33年ぶりに遅くなった」という事しか思い浮かびません。ところが、突発的に発生する電子密度の濃い電離層 Es層(スポラジックE層)というのは気象現象が起こる地球表面の対流圏約1万メートルの10倍近い上空で起こっている現象ですから、この梅雨前線がEs層形成に関係するというのはあくまでも経験則であって科学的にその相関関係が解明されているわけではありません。そのため「沖縄の梅雨入りが今年は遅れたからEスポがなかなか発生しないんだよ」と公言するのはアマチュア無線的にはOKですけど電波科学的には???です(笑)ところがその経験則もなかなかばかにならないようで、沖縄が33年ぶりの遅い梅雨入りをし、梅雨前線が九州南部に差し掛かったとたんにあれだけ開かなかったハイバンドが例年同様オープンしました。24日の朝8時台から10時台くらいまで21メガや24メガはおろか、50メガまでオープンしてしまったのですから、いくら聞こえないからといって5月の末までアンテナ修理しなかったツケが回ってしましました。6mを実際にワッチを開始したのは9時を過ぎてからでしたが宮崎ビーコンは579くらいで入感し、6エリア長崎から4エリアの広島あたりまでスポット的に何局も交信中の声が聞こえるのですが、電波を出せないというのは情けない(^_^;) まあ、このような状況下でしたから6mとHFハイバンドが開いていた状況をどれくらいの人数が把握していたかはわかりませんが、28メガでCQを出す声はまったく聞こえず、24メガは岡山から兵庫にかけて何局かがかなり強く入感していました。しかし、当初の予想通りこの伝搬はそう長くは続かず、9時台後半には低下し、10時台後半には6mの宮崎ビーコンさえ聞こえなくなりました。伝搬のピークは8時30分くらいだったようで、国分寺上空で15MHzくらいまで臨界周波数が上昇したみたいです。「Eスポ、2日続けて発生せず」などという経験則があるかどうかはわかりませんが、この分だとたぶん25日はだめでしょうね。
 なんて書きながら6mをワッチしてましたら夕方の方が広域に3,9,1エリアで特に強力に開いてます。夕方にコンディションが戻るとはこれで本格的なシーズン到来になったのかもしれません。さっさとアンテナ直さなくては……。

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May 15, 2008

FUJI No.P104 10"一般用

 山梨の計算尺メーカーの相関関係はいまだにわからないことだらけなのですが、富士計器工業東京営業所が独立したフジコロナ株式会社の沿革にあるとおり、FUJI計算尺が昭和20年に富士計器製造として山梨で創業しているとすると、当然の事ながら昭和20年代から30年代に生産されたFUJIブランドの計算尺がないとおかしいはずですし、技研工業が昭和30年代末期に富士計算尺とブランドネームが変わったとするとつじつまのあわない事柄がいくつかあります。その技研ではなくどうやら富士計器工業として昭和30年代の前半に作られたとおぼしき計算尺がこのNo.P104です。特徴としてはすでにプラスチックの計算尺なのですが、ちゃんとFUJIの刻印が入っている金属枠のガラスカーソルが使われていることで、このガラスのカーソルはNo.81,No.86とNo.88にも見受けられます。No.88などはFUJIの計算尺としては比較的によく見受けられますが、殆どのNo.88はプラスチックのカーソルが付いたものです。また、No.81,No.86のような竹製学生用計算尺もあったのですが、今回のNo.P104とNo.86が技研の価格表には該当する商品がありませんし、昭和30年代末期の富士計算尺のラインナップ中にも該当品が見あたりません。そのことからどうやら技研で作られた商品ではなく、昭和30年代中頃までに富士計器工業で作られたオリジナル商品と考えた方が良さそうです。また型番にHEMMIのプラ尺のように「P」が頭に付きますが、これは当時プラ尺ばかりではなく竹製の計算尺も製造していて、そのためHEMMI同様便宜的にプラ尺を表すPを付番していたのかもしれません。後にプラ尺製造専業メーカーになりますので、それでPの付番が無くなったのでしょうか? それにしてもHEMMIと比べるとFUJIの個体数が著しく少ないため、もう少しいろいろなFUJI計算尺を見てみないと憶測が裏付けられません。
 このNo.P104という計算尺は10インチの計算尺ながら非常に薄く出来ており、一番厚い部分で4.2mm、滑尺の厚さにしてもたったの3mmしかなく、滑尺などは安っぽい定規のようにたわんでしまうほどです。表面はK,DF,[CF,CI,C,]D,A,の7尺、滑尺裏はS1,L,T1,T2,の4尺です。表面上部に25cmのスケールがあり、裏の補助カーソル線窓は左右に開いています。表面CI尺だけ数字も目盛りも赤で入れられています。ゲージマークはC,D,尺上にC,πゲージのほかに度分秒をラジアンに変換する3種のケージマークを備える標準的なものです。ケースは灰色のしぼ皮もどきの擬皮紙をあしらった紙製貼箱です。この計算尺もそのままOEMでいろいろなブランドの計算尺に化けているようで、どんなブランドの計算尺に化けたか探してみるのもおもしろいかもしれません。またどうも技研工業と富士計器工業以外にも昭和30年代を中心にOEMもしくは大手下請専門で竹製8インチ学生尺やプラ製計算尺を製造していた製造所がもう一軒もしくは複数あったようなふしがありますが、この解明も今後の課題です。
Fujip104

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May 14, 2008

身元不明 8"計算尺

 製造メーカーを特定するような刻印がまったくないためにどこの誰がいつ頃作ったのか皆目見当の付かない8インチ計算尺です。8インチということで、学生用として国内で作られた計算尺であることは間違いないと思われます。団塊の世代が中学に進学するにあわせてHEMMIやRELAY、はたまたFUJIや技研などの計算尺専業メーカー以外からもこのようなコストのいかにも安そうな8インチ計算尺が多数出現しています。その殆どは実際に製造までこなしていたメーカーではなく、特定の計算尺製造工場からのOEMで品物の供給を受けていたケースが殆どのようです。つい最近、そのような工場のものだったのか計算尺の目盛り入れの原版が多数発掘され、その原版には「HATO」と「HEAVEN」の異なる2つのメーカー名が確認できて驚いてしまいました。中には表面9尺でDI尺付きの技研っぽい原版もありましたが、あながちこれらのプラ製計算尺の産地はすべて山梨近辺の会社が係わっていたかもしれません。
 この計算尺は本体にメーカー名がまったく刻まれていませんので、おそらく外箱の違いだけでいろいろな会社の計算尺に化けたOEM専用商品だったのでしょう。外箱が失われてしまえば氏素性もわからなくなってしまうのは困りものですが。構造的にはスケールを刻んだ平面のプラスチック板に上下の固定尺を接着してあるだけの薄い計算尺ですが、オールプラスチックの計算尺ではありません。ここが単なるプラ板を接着して作ったペナペナな安物計算尺とは一寸異なります。竹を芯にした固定尺および滑尺にセルロイドではなく薄いプラ版を接着して目盛りを刻んだ後のHEMMI No.410Sのような竹とプラスチックのハイブリッド計算尺なのです。裏板にオーバル型の窓があいていてそこに透明プラ版が接着されており片側のに福カーソル線を持ちます。ということで、滑尺裏にもちゃんと三角関数尺と対数尺を持ちます。表面はK,DF,[CF,CI,C,]D,Aの7尺、滑尺裏はS,L,Tの3尺です。この手の計算尺ならプラの一体型カーソルが付きそうですが、まだプラカーソルの複雑な形を抜く金型が作れなかったからか、金属枠のカーソルが付属していました。そのことから推察するとやはり昭和30年代半ばの製品でしょうか?ゲージマークはC,D尺上のπの他には円の断面積計算用のCおよび度・ラジアン変換用ρ゜マークのみです。ずらし尺度は√10切断ずらしで、裏側の三角関数尺はデシマルで入れられています。上部には20cmのスケールが刻まれています。
 上下固定尺と裏板の接合はピンねじで固定されているわけではなく単に接着剤で固定されているだけで、そのため使用中にバックプレートと固定尺が剥がれてしまったのか、黄色いゴム系ボンドで接合し直してありました。ところがこの黄色いボンドがあちこち余計なところに付着して醜い状況に
(^_^;) この黄色いボンドを剥がして透明なシアノアクリレート系接着剤で貼り直しましたが、上下固定尺がピンで位置決めされているわけではなく、一端バラバラになると上下の位置決めに大変苦労しました。カーソルの枠は安いどぶ漬けメッキで経年でふくれあがってきています。内容的にはHEMMIのNo.2664並で8インチ学生尺にしては高級な部類なのですが、本体が華奢でとても愛着が湧きそうもない計算尺です。これを使うのだったらHEMMIのNo.45Kのほうがましかな?ちなみにこの計算尺はまるでコームケースのような黄土色と黒の2トーンカラーのビニールサックに入ってましたが、確か以前似たような計算尺を滋賀のKIM氏も入手していたはずだな<KIM氏(笑)
Un_known1
Un_known2

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May 13, 2008

HEMMI No.P23 中学生用

 昭和30年代の前半に団塊世代の中学進学を迎え、コストの安い中学生用の計算尺が大量に必要になったため、各社でおおよそ150円から200円程度の8インチ計算尺が各種発売される事態となりました。文部省から標準的な仕様が示されたわけではないのでしょうが、各社とも200円以内に定価を抑えるため、中学数学の範囲では扱わない滑尺裏の三角関数と対数をすっぱりと切り捨てて、表面だけに尺が刻まれた計算尺が各種出現しています。その中でも竹を使用するとどうしても加工コスト面で不利になるためか早くもプラの成形で作られた8インチ計算尺が出現しますが、計算尺の雄HEMMIで中学生用の低コスト計算尺を作るとこうなるというのがこのNo.P23およびNo.P24の2種類のプラ製計算尺になります。No.P23のほうはA,B,C,D,尺に逆尺のCI尺が加わったマンハイム型、No.P24のほうは√10切断のDF,CF,CI,C,D,尺にA尺が加わった計算尺です。発売当時の価格はベージュのけっこう丈夫な貼箱に入って180円。その後コストの上昇による価格改定により270円を経て最終的には300円となっていますが、それにしても竹製計算尺はコスト的に敵ではありません。さほど内容的には変更のない計算尺だと思っていましたが、初期型と後期型では裏側の固定尺どうしを留めるブリッジの成形色が違い、初期型が臙脂色、後期型がP253などと同じミントグリーン色です。さらに今回初めて気が付きましたが、初期型と後期型の一体型プラカーソルは同じくHEMMIの刻印が入れられている専用品ながら、初期型と後期型ではカーソル面の厚さが異なり、さらに後期型にはカーソルの上下にギザギザが追加されました。もしかしたら別なOEM先からの仕入れかもしれません。発売はまだ表面に形式名と一緒に製造刻印が黒で入れられていた「I」刻印のものが一番古いのではないかと思いますので昭和33年の新学期向けのための発売でしょうか?最終型300円のタイプのみ貼箱表面に貼られている形式名のシールデザインがマイナーチェンジされてますので、興味のある人は確認してみましょう(笑)またP23がいつ頃まで作られていたかは判然としませんがP24のほうはRL刻印ですから昭和42年12月製を確認しており、そのNo.P24の滑尺上のCF,CI,C尺にはご丁寧にも「÷×÷」の刻印が追加になってました。入手したNo.P23は刻印が「MA」ですから昭和37年の1月製。以前入手したNo.P24が刻印「ND」で昭和38年4月製ですからこの間に裏のプラスチックブリッジ成形色とカーソルの形状に変更があったことになります。そういえば8インチの計算尺が学生用のスタンダードサイズになった理由というのがHEMMIの説明書によると「教科書からはみ出さないサイズ」ということなんですが、戦時中にNo.2640を発売したときは、明らかに物資節約による「戦時処置」なので、これは後から取って付けたようなこじつけでしょうね(^_^;)
Hemmip23

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May 12, 2008

Relay & RICOH No.82 8"学生用計算尺

 Relay No.81の滑尺裏に三角関数尺と対数尺を追加したのがこのRelay No.82ですが、内容的にはHEMMIのNo.43Aの競合商品となります。Relay No.84と同様に中学生用としてRICOH時代にいたるまで大量に製造されたため、8インチの計算尺としては普通によく見かける計算尺です。Relay時代からRICOH時代まで十数年に渡り作られた計算尺のため、年代ごとに本体、カーソル、ケースなどに変遷が認められます。大まかに分類するとRelay時代の金属枠付きガラスカーソルで本体CI尺が目盛りまで赤で刻まれているパターンとRICOH時代のプラカーソルに本体CI尺が数字だけ赤で刻まれたものの2種類に分類されます。No.84と同時代まで作られていたとすると最終型は不透明臙脂色のビニールケースに上下にギザの刻まれたプラカーソル付きとなるはずなのですが、いまだにこのパターンのものを見たことがないので、このNo.82は√10切断ずらしのNo.84が製造中止になる昭和49年より以前にフェードアウトしたか、在庫品が売られていた可能性があります。まあ、おそらく昭和40年代には学校現場での使用は√10切断のものが主流になっていたのでしょうが。Relay時代とRICOH時代のNo.82は、表面に限ってはCI尺の色使いやπの書体の違いなどの他には基本的にゲージマークの増減などはありません。その点はRelay時代に比べてラジアンと度の換算ゲージマークやA尺上のπマークまで無くなったRICOH時代のNo.84とは異なり、大幅な変更点はありません。裏面の三角関数対数尺も目盛りを刻む単位などにも違いが認められませんが、振ってある数字は一部異なります。
 入手したRelay NO.82の刻印は「K.S-2」ですから昭和37年の2月の製造。製造刻印はこのあたりから裏面の竹がむき出しになっている部分に打刻されるようになっています。もう一方のRICOH No.82は「P.S-3」ですから昭和42年の3月製。新学期にむけて学生用計算尺がフル生産されていた様子が伺われます。
Relay_no82
Ricoh_no82

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May 11, 2008

Relay No.83 8" 学生用計算尺

 RELAYの8インチ学生用計算尺の中でも異色な存在なのがこのNo.83で、何が変わっているかというとこの計算尺に限って√10ではなくπ切断ずらし系の8インチ計算尺なのです。何となく10インチ片面尺RELAY No.112の縮小版というような計算尺ですが、同時期のRELAY 8インチ学生用計算尺はNo.82,83,84の3本が好みによって選択出来たわけです。ところが日本におけるずらし尺度は、片面尺に限ってはほぼ√10切断で統一されてしまった観がありますので、π切断ずらしの片面尺はNo.112同様にさほど国内では要求されなかったからか、No.82とNo.84に比べると圧倒的にレアな存在です。おそらくアメリカへの輸出主導で用意された計算尺なのでしょうが、残っているのはRELAY時代のものが殆どでNo.84がRICOH計算尺最末期の昭和49年まで作り続けられていたのに、このNo.83はRICOH時代の物にはまだお目に掛かっておりません。しかしながらπを含む計算の多い電気物理関係の計算には√10切断の計算尺より便利だと思われます。無線従事者国家試験に持っていくのでしたらHEMMIの学生用8インチ尺 No.45Kあたりより適していると思いますが、わざわざπ切断のRELAY No.83を探し出す労力を払うよりはその分しっかり勉強したほうがよさそうですね(^_^;)
 入手先は茨城の日立系企業城下町のひとつで、以前HEMMIのNo.256通信用計算尺を入手した場所からです。製造刻印は「DK-3」ですから昭和30年の3月製と少し時代の遡ったもので、K刻印独特の「艶のある」セルロイド表面を持った計算尺でした。No.80,81と異なりちゃんと裏面左右に補助カーソル線窓と滑尺裏にS,L,T尺を持ちます。表面はK,DF,[CF,CI,C,]D,A,の7尺です。CI尺のみ目盛りも数字もすべて赤で刻まれています。π切断ずらし尺にも係わらずC,D尺上、さらにはA尺上にもπマークを備えますが、No.84と違ってラジアン変換用の3種のゲージマークが省略されてしまっているのがウィークポイントでしょうか。ケースは丹頂黒箱ですが、リレー産業時代の製品ですから「RELAY INDUSTRIAL CO.,」の社名が金箔押しで入っています。裏の換算表は漢字仕様で国内向けのものであることがわかりますが、この時代のアメリカ向け輸出仕様の型番は「☆Relay☆ R-XXX」なのにも係わらず、1957の北米向けカタログには該当商品がなぜかありません。√10切断のNo.84該当品はR-816として存在するのですが、何でカタログ上に存在しないでしょう?1959年の北米向きカタログにはしっかりとNo.83という日本仕様と統一された型番で掲載されているようです。
Relay_no83

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