« April 2005 | Main | June 2005 »

May 30, 2005

週末空振りの6m

 週末、全国的に天候が安定した影響か6mのコンディションはここ8エリアに関してはからっきしで、Eスポの恩恵もあまり受けずに寂しい週末でした。今ぐらいの季節だったら6mが3日も開かないということは珍しいのですが、どうも今年は梅雨前線の北上が遅れていて、キングソロモンの法則通りに梅雨前線が日本列島を縦断するという気象条件に恵まれないことが影響しているようです。例年だったら九州南部がそろそろ梅雨入りするような時期でしょうか。どうもことしは北からの冷たい空気が居座る傾向にあるみたいで、こちらでは5月の連休にはもう残らない山の雪が未だに残っているというのは記憶にありません。
 イオノグラムの観測データを見ると沖縄と山川はそこそこ10メガ近辺から14メガまで上がることがあるのですが、こちらでは国分寺あたりの臨界周波数が10メガを越えて始めて6エリアあたりが開けてくるような感じで、国分寺の臨界周波数も見ても8メガあたりまで上がって来たかと思ったらそのまま落ちるとかそういう状況を繰り返してました。そして、29日の午後になってやっと6エリアが聞こえ始めましたけど、どうも福岡から大分あたりまでしか安定して入感せず、CQを出しても食い付きがありませんでした。しからば28メガから下はどうかと思ってワッチしてみると、みんな6mに目が向いているためか少ないながらも何局かがCQを出していて広島大竹の局と交信。24メガもそこそこ開いていたために2局ほど交信しましたけど、こちらはQSBの影響で安定はしていないようでした。しかし、24メガもCQ出しているメンバーっていうのはだいたい決まってますね(笑)今年になって24メガで交信済の局が多かったです。でも18時過ぎにはマニラの坪川氏と台湾の川崎氏の電波が我が貧乏電波研究所の垂直アンテナでも聞こえてましたが。
 変わって本日30日は…、朝から強力に宮崎ビーコンが聞こえてました。朝の出がけに福岡の局と1局だけ交信しましたが、これくらいのコンディションが何で日曜に出てこないんじゃい(T_T)

| | | Comments (0) | TrackBack (0)

May 28, 2005

B電波と火花式無線機

 5月27日は日本海海戦から100年の節目を迎えたそうで、戦前はこの勝利を記念して「海軍記念日」という祝日だったらしいです。この100年前の日本海海戦で無線機が始めて海戦で使われてその情報が勝利に貢献したことは有名な話ですが、1905年の明治38年というとマルコーニの無線実験からまだ10年余りしか経っておらず、いまだに真空管発振・増幅など実用化されていない時代に、日本海軍が実用的な無線通信を利用した監視網を構築し、その情報によって艦隊を動かしたということは驚異に値します。
 マルコーニの無線実験から10年という無線初期の段階に置いて未だ世界では「火花式」という発振方式をとっておりましたが、これを簡単にいうと、現代では「垂直接地アンテナの途中にスタンガンの電極を接続した」というのが一番わかりやすいんじゃないでしょうか?このアンテナ電極間にスパークさせてその発振のある・なしでモールス符号を送ろうとしたのが初期の無線の方法で、受信するほうはコヒーラというガラス瓶に金属粉と電極を入れたもので検波するというまことに効率の悪いものでした。その方式は発振が普通火花式→瞬滅火花式→電弧式→発電機式→電子管式というように改良されてゆき、検波のほうもコヒーラ→磁気検波式→電解検波器→鉱石検波器→2極管検波器にという道をたどってゆきます。
 しかし、初期の普通火花式の発振方式で作られる電波はほとんど「近くをオートバイが通るときにラジオに入る雑音」というよりも、雷の空電ノイズに近いもので、任意の周波数を得ることが難しい高調波の固まりのいわゆる「雑音」だったのですが、それでも改良によってだんだんサインカーブに近いようなきれいな減幅電波を得ることが出来、磁気検波器・鉱石検波器で受信することによって印字受信から音響受信が可能になっていったんだそうです。その火花放電によって得られる電波形式を「B」、B電波(減幅電波:Damped)といい、高周波発電機や電気的な発振回路で得られた持続電波(Continuas Wave)「A」と区別していました。そもそも高調波除去と周波数帯幅を狭めることが難しいために、1921年の国際無線通信諮問委員会ですでになるべく使用を止めることとされ、例外的に船舶用の450m,600m,800mの波長の使用は認められましたが、1965年1月1日を持って国際通信条約上で通信に使用禁止となりました。実際に第二次大戦後に至るまで救難無線機などとしてB電波を使用する送信機が一部使用されていたようです。そういえば、大昔のインベーダゲームとかパチンコ台なんかを電子ライターのカチカチで誤作動させるということがありましたが、このカチカチでB電波が発生しているんですね。
 日本海軍ではマルコーニの無線実験の成功を新聞で知った英国派遣の新造軍艦回航員や駐英武官から無線の存在を知り、未だマルコーニが大西洋横断通信に成功する以前に実験に着手しています。海軍では沿岸防衛を担当する外波内蔵助少佐が中心になり、独自に無線実験を行っていた逓信省の松代松之助に海軍に出向してもらって共同で実験を行いますが、ここに仙台二高で教師をしながら電波の研究をしていた木村駿吉を文部省から転出してもらって実験に加えます。この木村駿吉がすでに松代松之助が作り上げていた実験用の無線機を改良して後の三四式無線電信機作り上げ、さらに三六式無線電信機に改良して海軍の電信による監視網を構築するのに寄与しています。この木村駿吉は幕末に咸臨丸でアメリカに向かった遣米使節の代表、木村摂津守の次男とのこと。兄は海軍少佐の木村浩吉でした。東大理学部大学院から一時教職に就いていたものの内村鑑三の不敬事件(教育勅語に礼をしなかったことで免職になった。国歌斉唱しないで処分される現代に歴史がくりかえされようとしています)に連座し、教職に嫌気がさしたのか米国に留学し、電気磁気物理を修得して博士号を取得し、海軍を辞したあとは日本無線の設立にも係わったという経歴の持ち主です。
 当初は外国から無線機一式を導入して装備するという話もあったようですが、マルコーニの特許を日本が受理しなかったことでマルコーニ社からの最新技術が導入できなかったことと、各国の実験の進行状況は軍事秘に該当するために容易に情報を得ることは出来なく、特にインダクションコイルの良いものを得るために外波と木村は欧米に視察に出掛け、ニコラ・テスラの研究所なども訪れますが日本で行っている実験以上に大きな成果は得られませんでした。そして価格や保守の面を考えて国産の部品で無線機を改良していくことを考えていたところに、元東京帝大の助手で電気技術者の安中常次郎が苦労してインダクションコイルの製造に成功。更にイギリス経由でドイツシーメンス社の継電器を入手したことによって感度が飛躍的に向上し、80海里程度だった通信可能距離が200海里まで延びて実用の域に達し、安中電気(現アンリツ)に製造をさせた三六式無線電信機として海軍の各艦艇ならびに沿岸監視望楼に装備され、無線電信による監視網が完成することになるのです。なお、受信の検波器であるコヒーラを独自に改良したのは、英国船のマルコーニ式無線電信機を見学した海軍の山本大尉で、この海軍式のコヒーラは明治の42年頃に鉱石検波器に変わるまで受信の要として使われたそうです。他に逓信省式のコヒーラも存在したようですが、JCS銚子無線局も開局当初は火花式送信機にコヒーラ検波式受信機の組合せだったものが1年経たないうちに鉱石検波式音響受信機に取って代わったようです。
 ところで、「敵第二艦隊二〇三地点に見ゆ」の暗号電報を打電した仮設巡洋艦「信濃丸」は監視のために徴用された日本郵船の北米航路貨客船で、永井荷風がアメリカに留学したときにも乗船した由緒ある船でした。北米航路から引退したあとは貨物船として太平洋戦争も生き抜き、戦後も引揚船として活躍した後、昭和26年に解体されるまで船歴51年という異例の長寿命を保った船でした。たしか水木しげるの「ねぼけ人生」という本で読んだと思いますが、水木しげるがラバウルに送られた時に乗船させられた船がこの信濃丸で、掴んだ手摺りがぽろっと剥がれてしまうような、当時すでに浮かんでいるのが不思議なほどのボロ船だったそうです。
 信濃丸が打った「敵の第二艦隊230地点に見ゆ」の暗号電文が「タタタタ モ 456 YRセ」と書かれている文章を目にします。司馬遼太郎もわざわざ4:56分に敵艦隊を発見したという注釈を付けていたようですが、内容の「敵第二艦隊230地点に見ゆ」の第一報に合致しません。どうも海戦の大勢が決してからの追撃戦で信濃丸が残敵を発見した電文と混同されているようです。なお「タ」の連射は「−・」ではなく「・・——・——」の連射だったそうで、その暗号の意味が日露戦争の進行に従ってどんどん変わってゆき、日本海海戦時は「敵の第二艦隊見ゆ」の意味になっていたそうです。それに発信地点のコードと発信艦名のコードを合わせて一つの暗号電文になっていたらしいですが。信濃丸から軍艦厳島経由で連合艦隊旗艦三笠に中継された「敵第二艦隊230地点に見ゆ」の報告によって、連合艦隊は宇品の大本営に「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊は直ちに出動し之を撃滅せんとす、本日天気晴朗なれども波高し」の参謀秋山真之中佐の手になる電文を送信して鎮海湾から出港するのですが、どうもこの電文も「無線で大本営に送信された」と勘違いしている人も多いようですが、当時鎮海湾から広島の宇品まで安定的に無線で通信できません。海底ケーブルを使って有線で打電したのですが、電信といえばすべて無線だと思っている無線も有線も区別できない人がいるようです。実際の電文は「(アテヨイカヌ)ミユトノケイホウニセツシ(ノレツヲハイ)タダチニ(ヨシス)コレヲ(ワケフウメル)セントス ホンジツテンキセイロウナレドモナミタカシ」だったそうで、暗号と平文の混じった不思議な電文ですね。
 三六式無線電信機は複製品が横須賀の三笠記念館に飾られており、20数年前に実際に目にした事がありますが、火花式無線電信機というものはおろか、まったく無線というものに無知だったために、なぜモーターらしきものから革のベルトでプーリーに動力が伝えられるものが無線機なのか理解できませんでしたが、この動力によって接点を断続し、インダクションコイルによって高電圧を得ていたんですな。この時代の送信機は有線の電信通信装置と違って高電圧を電鍵で直接断続してB電波の信号を打電していたんでしょうから、木製台の単流電鍵だと絶縁が悪くてヘタをすると電撃を食らう可能性もあり、このころから無線電信用に感電除けの大理石台の電鍵が作られるようになったのではないでしょうか?明治の海軍は艦船も技術も教育もすべて外国から導入したもので日露戦争を戦いました。しかし、開明的な一部の海軍軍人の働きと松代、木村両名の天才的な技術によって無線通信機だけはまったく自前で整備され、その無線機の力によって日本海海戦をパーフェクトゲームに導いたのは驚異に値します。ただし、その後の海軍は先端技術の使用、特に情報戦によって勝利したことを忘れて精神論に走り、大艦巨砲主義を振りかざして情報戦を軽視したことで国民多数の命を奪う結果に至ったことを忘れてはいけません。

| | | Comments (2) | TrackBack (1)

May 27, 2005

6mで遠い沖縄

 ここ2日ばかり大気が安定したためか、日中および夕方過ぎに大規模なEスポ伝搬は起こらずに、局地的で小規模なEスポに限って発生しているようで、6mに関して8エリアでは宮崎ビーコンも朝はまったく聞こえず、夕方から聞こえ始めるという状態が続いています。イオノグラムの4地点観測データを比較しても、なかなか稚内と国分寺観測地点の臨界周波数が10メガヘルツに達しません。それを裏付けるように6mに関して、8エリアでは朝からバンド中が静かでした。宮崎ビーコンすら聞こえません。昼に一度6mをワッチすると、福岡北部から山口あたりがわずかに聞こえてました。なんか通常のEスポの入感の仕方に戻ってしまったようです。そして、期待して夜チャージもそこそこにシャックに上がると、九州南部から中部、四国の一部が強く入感していました。イオノグラム観測データでは山川の臨界周波数が10メガそこそこまで上がり、沖縄では18メガ近くまで上がってますが、国分寺と稚内は全くダメ。そのせいか特に大分の局が非常に強く、豊後大野市に合併で変わった局と今シーズン始めて交信。他に四国の高松の局と今シーズン始めて交信しましたが、他の局はちょっと2エレのビームアンテナではきつい感じでしたので、受信データだけクラスタのほうにアップしておきましたが。九州では2エリアから北がすべて聞こえるようで、うらやましいコンディションのようでした。さらに沖縄の臨界周波数が上昇したためか、九州北部と沖縄本島ともEスポで容易に交信できたようです。8エリアでも旭川の局が苦労して沖縄の局と交信に成功したようですが、当局の6mにおける日本列島最遠距離での交信が鹿児島県の徳之島どまり。あと少しで沖縄県なんですがその距離が延びません。その徳之島との交信も2シーズン前となり、昨シーズンは九州の局と交信した後で、その局を呼ぶ沖縄の局がわずかの間だけ強く入感した程度で、どうも条件に恵まれません。Eスポ自己最短記録はなんとかクリアしましたが、今シーズン是非とも6mで未交信県の沖縄をクリアーしたいんですが。こればっかりは日本の中央に位置する2エリアとか1エリアの局にはかないませんしね(^_^;)

| | | Comments (0) | TrackBack (0)

May 26, 2005

SWLカード

 4月末に行われたオールJAコンテストのQSLカードが一枚郵送されてきました。何でもコンテストアワードに使用したいための早期回収のようでしたので、こちらもVIA郵政公社で一枚送っておきました。こちらもまだJARLからの転送カードが半年経っても1枚も届かない頃、全市全郡コンテスト明けにSASEを入れて所在地が判明している大学と高校のクラブ局に6枚ほど送りつけて5枚を回収したのが思い出されました。折り返しすぐに立派なQSLカードを送ってくれたクラブ局にはやっぱりいい印象を持ちますから、当方が参加していないコンテストの周波数で声が聞こえてもすぐに一局サービスに回りますが、SASE入れてもなしのつぶての某関西系国立大学のクラブ局は声が出ていても二度と応答してやらんとか(笑)まあ、こういうクラブ局の日ごろの立ち振る舞いの違いがコンテストの成績にも現れてくるかもしれませんよ(^_^;)
 当方、それほどQSLカード回収とアワードに血道を上げているわけではないので「7メガ移動局呼び倒しでリニア一発スプラッタ撒きまくり」などということもなく、夏場メインの6mは未だにたったの10Wという状態ですが、それでも運用をしていればカードは発行しなければいけませんし、もらう方もだんだん増えて来ています。そろそろ初級のアワードなんかも申請してもよさそうなんですが、ローカルでカード所持の証明書いてくれる局を訪問するのも面倒で、その上のアワード取得条件達成まで様子見状態がズルズルと続いてきました。
 そんななかで、1年ほど前に唯一1枚SWLカードをもらいました。SWLというのは「ショートウエーブ・リスニング」の略で、カードという語が付いて短波受信証とでもいうべきものでしょうか。それもJARL経由で転送されてきた正式なJARLの准員の方からの受信証です。JARLの准員というのは無線局は開局していなくてコールサインを所持せずに、受信のみをおこなう会員で、JA1-XXXXXというようにエリアと数字の組合せの会員番号が発行され、その番号でJARL会員の権利を行使するものです。大昔、戦後まだアマチュア無線が再開される以前のJARL会員はすべてSWLでした。その後昭和27年に戦後第1号のアマチュア無線局免許が発給になってからしばらくは正員と准員の区別は開局しているか否かではしていなかったと思いますが、その辺の経緯はアマチュア無線の歴史に何度も書かれていますので、そちらをお調べ下さい。アマチュア無線が再開されて20年が経ち、電話級・電信級アマチュア無線技士免許が択一式試験に変わった頃には小中学生でも容易に免許を取得出来るようになりましたが、その頃でも試験を受けて実際に従免が発行されるまで3ヶ月以上、さらに局免が発行になるまで3ヶ月ほど掛かり、今のようなコンピュータ社会では考えられないお役所仕事のスピードですが、その間にじっと何もせずにいるわけにはいかず、JARLに入会して准員になり、実際の交信がどういうように交わされているかをワッチして勉強し、SWLカードを「今度局免が届いたらお相手下さい」とでも一言書き込んで発信元に送るということをせっせと行っていたようです。こうやって、1日のうちどの時間帯にどの周波数帯で電波が伝搬するかなどを体験して、局免が届いたらJARLの正員に書き換えるというのが普通でした。もっとも世界の短波局の受信を含んだBCLマニアがSWLを兼ねて准員になっている例も沢山あったようです。
 ところが現代では、4アマ免許さえ2日もあれば講習で取得出来るようになり、東京では当日受付の試験で結果が試験終了後1時間で判明するというものもあり、免許も申請から3週間以内、局免さえ技適機の申請だけなら2週間程で降りてしまう時代になりました。その間に准員になってSWLに明け暮れるというような期間の長さではありません。そのために正員に移行することを前提に、まず准員になってSWLを始める人などまったくいなくなってしまったのではないかと思っていました。前回全市全郡コンテストのときも准員ナンバーでSWL部門のログを提出している局はたったの6局だけですしね。その中のトップは終身会員から准員に切り下げられたおそらくコールサイン持ちの局でしょう。
 ということで、いきなりSWLカードをもらってしまい、何せどうやってカードを書いて送ってあげたらよいのか見当が付かず、ローカルの先輩局と2mで話したときに書き方を尋ねたら、SWLはもらった事がないからわからないとのこと。そりゃ2mのFMばかりやっていれば、SWLカードなんかもらう確率は限りなく無いに等しいでしょう。尋ねる相手を誤りました(^_^;)
 そしてネットで検索し「カードのTo RadioをTo SWLに書き直す」を基本にカードを発行し、VIA 郵政公社で送付しました。
 しかし、使用機材を見るとトランシーバじゃなくて「SR-7にロングワイヤー」となっていますからごく簡単な7メガ受信専用ラジオですが、設備に似合わずSWLカードはJARLマークも入った本格的な印刷のもの。今でも開局はせずにSWL専門なんでしょうか?JARLの会員検索をすると、この准員コールサインはどうやら無効になっているみたいなので、無事に開局に至ったんでしょうね。でも、残ってしまった未使用の印刷SWLカードって始末に困りませんか?などと他人事ながら心配したりして(笑)
JA4-39826


| | | Comments (0) | TrackBack (0)

May 25, 2005

7-8エリア間、爆発

 5月24日、日本列島のはるか沖合に梅雨前線が現れていますが、日本付近には寒冷前線その他が縦断している天気図ではありません。したがってキングソロモンの法則に必ずしも合致する気象条件ではありませんが、昨日同様に北から冷たい空気が流れ込んで、その境界線上に日本列島が位置するために、大気の状態が非常に不安定になっており、こういう時こそVHF電波の異常伝搬を引き起こすEスポの発生やUHFの異常伝搬を引き起こすダクトの発生を起こす確率が非常に高まります。そのために、24日少し期待しながら朝起きてすぐに宮崎ビーコンを確かめると、確かに聞こえてますけど昨日よりは弱いようです。50.150より上をサーチしましたが、朝の出がけにCQを出している局の声は聞こえませんでした。
 昼にシャックに戻ってきて再びリグのスイッチをいれると、平日ですから数は少ないながらランチタイムCQを出している局があったので、応答しました。1エリアと珍しく日本海側の0エリアが入感してます。
 そして夕方から開いてくることを期待し、夜のチャージもそこそこに急いでシャックに上がるとあな恐ろしや、8エリアや7エリアを呼ぶ声が渦巻いてます。もう定席が埋まっているようなので、比較的端の50.235でCQ開始。程なく愛知県小牧市の局から応答がありました。どうも8エリアからCQを出す局に応答する局のQRMで信号が聴き取りにくいので50.242にアップ。すぐさま島根県簸川郡の局から応答をもらい、今シーズン6mでは島根は始めての交信です。その後宇都宮モービル、福島県いわき市と続けて呼ばれて1エリアの北の端から7エリアの南端まで距離が縮まり、20分後、宮城の石巻の局から呼ばれました。今シーズン7エリア宮城とEスポで繋がるのは初めてです。その後立て続けに岩手県岩手郡、盛岡市、仙台市と繋がり、話を聞くと7エリアでも8エリア局が洪水のようにCQを出しているのが聞こえ、7エリア局のアンテナが珍しく一斉に8エリアに向けられ、大変なことになっているということです。こちらでも8エリアのCQは殆どバックかサイドですからまったく聞こえませんが、たまに8エリアの局を呼ぶ声がウワーンとかぶりになって影響してきます。なにせこちらは混信に対してはまったく無防備なP.B.TUNEなしのIC-551なんですから(^_^;)
 それでさらに混信のかぶりを防ぐために50.252にQSY。仙台と福島県石川郡が獲れましたが、この辺りで7エリア局の食い付きが終了して1エリアの局がメインに、たまに2エリア5エリアが混じるようになってきました。1エリアは八王子から16号線沿いのラインが非常に強く入感し、さらに埼玉から千葉にかけての16号線東側沿いも強く入感してます。越谷の500mW QRPP局も57-59でコンファーム出来ました。今期QRPP局は始めてです。その後、茨城から福島南端の白河あたりとまで交信し、結局2時間半で49局と交信して、ワッチに戻りました。
 今回の最大の収穫は、何と言ってもEスポ最短距離の更新で、いままで最短は岩手県釜石市でしたが、今回は花輪線沿線の岩手郡西根町で、直線距離が約315キロとなり記録を更新しました。その局長さんから言われましたが、ここからだとグランドウエーブでも交信できそうな距離です。これだけ近距離Eスポが開く条件にはなかなか巡り会う事は希ですが、是非とも隣接の青森とEスポ6mで交信してみたいですねぇ(笑)しかし、新潟とは繋がっているのに、山形・秋田は夜は晩酌タイムなんでしょうか?(^_^;)
17


| | | Comments (0) | TrackBack (0)

May 23, 2005

昼過ぎの8エリア大オープン

 22日からの続きで23日の午前中はアンテナが飛ばされたか給電線が途中で切れてしまったのではないかと思うほど静かで、今日の日中はまったくダメだと思いました。午前中にオープンしなければ昼から午後に掛けてオープンすると言うことは余り考えられません。9時から10時にかけてオープンしなければ、その日の日中はダメというのが体験的に感ぜられてました。
 しかし、昼にリグのスイッチを入れると宮崎ビーコンが聞こえ始めています。まさかこれから開いてくる前兆なのかと思って50.150より上をサーチすると、2、3エリア局が釧路の局をよぶ小パイルアップが聞こえてきましたので、つかさず50.214でCQ開始。すぐに1エリア横須賀の局からコールバックがあり、レポートはバリ9の入感です(^_^;)今年始めて1エリアから3エリアまで大オープンしてきた感触がして、とりあえず午後の予定はキャンセル又はペンディングでCQコールを続けると横浜神奈川区、徳島県名西郡、相模原市、神戸市北区というように1エリア3エリアも合わせて小さなパイルアップを食らいました。何か1エリアと3エリア、2エリアから交互にコールバックをもらうような形で、1時間で30QSO達成。久しぶりに6mのEスポが複数絡み合う大オープンを十分味わうことが出来て、なかなかFBな午後でした。
 しかし、天気図を見ると一見ではEs層が発生しやすいキングソロモンの法則と合致しないようなところがあります。梅雨前線は日本列島の遙か沖合に横たわっていますし。しかし、よく見ると高気圧と低気圧の境目の領域が日本列島に被さっており、そこは大気の状態が非常に不安定で、どうもこれがEs層発生のメカニズムと何か関係があるやもしれません。またピンポイントで開けてそれが徐々に移動してくるというのではなく、広範囲に開いておりましたが、どうもこれは1つのEs層の働きではなく、複数のEs層が絡み合っての大オープンだったのではないでしょうか?これも天気図との関連性はどうなんでしょう。但し1エリアでの開き方は国道16号線沿線の横須賀-相模原-八王子のラインが20分ほどで北区-江戸川区の環七のラインまで移動してきたようなことがありました。まあ、Es層発生のメカニズムはまだまだ研究する余地がありますので、天気図の検討を含めて今後の研究課題にしたいと思います。
そんなわけで、夜にも開いているかと思いきや、宮崎ビーコンさえ聞こえません。そりゃあ都合良く夜までコンディションが持続するわけありませんわな(^_^;)
17
 19時過ぎに7メガでアルゼンチンのブエノスアイレスLUコールの局が入感していてパイルアップになってました。給電点8mの逆Vダイポールアンテナでは受信だけでぎりぎりの入感でしたけど、7エリアの局なんか59-57のレポートを交換してましたね。この7エリア局の局免情報を検索すると、おやおや4アマ10Wの移動局免です。さすがに10W局でもアンテナがいい局はアルゼンチンまで電波が57で届くんですねってそんなこと本当にあるのかい(^_^;) 7メガジャパニーズ10W局が多数パイルアップに参加していたようでした。7メガ帯って資格による出力制限がない特区扱いというか、資格差別のないシャングリラなんですね?(゚o゜)☆\バキ

| | | Comments (0) | TrackBack (0)

安定していた18メガ

 今日も6mはどこのビーコンも聞こえず、沈黙の世界に陥ってました。アンテナが壊れて風で飛ばされてしまったのではないかと疑いましたが、そうでもないようで。季節もちょいと4月始めくらいに遡ったようで、日が射し込まず雨がしとしと降ると暖房が必要なような陽気です。やっとこちらでは昨日あたりの陽気で桜が満開となり遅い春も盛りとなりましたが、それに合わせてたったの2日くらいで木々から一斉に若葉が生え揃いました。まるでバネ仕掛けのように。春のことをスプリングとはよく言ったものです。中学3年当時、高校受験を控えた時期に友人に「英語で春ってなんていうかかわるだろ?」と尋ねたら、うんうん唸っているので「バネだよバネ」といったら「バネ」と大声で答えたことに大笑いしたことがありましたが(^_^;)
 昨日は6mが8エリアではまったく沈黙していましたが、21メガでは比較的によく開いたようでした。でも21メガは面白くないので18メガをワッチすると、こちらもかなり広範囲に開いており、1エリアがかなり強力に聞こえたために応答に回りました。交信局は埼玉県比企郡、高槻市、静岡市駿河区、栃木県那須郡、池田市とバラバラ。時間も午前から午後まで絶えることなくオープンし続けましたが、いかんせん7メガ、21メガと違って3アマ以上の局しか運用出来ない周波数なので、出ている局が圧倒的に少ないのが局数を稼げない要因です。それでも7メガ珍QTH運用みたいに「4アマ局のリニア全開呼び倒し」みたいな醜いパイルにはならないので楽ですが。午後は24メガでもちらほら運用局が聞こえてましたので、こちらも応答に回り、藤沢市、四国中央市、淡路市、さいたま市などと交信成立。こちらは4アマ局でも運用できる唯一のWARCバンドの一つですけど、アンテナの関係か21メガと比べて今ひとつ影が薄いですねぇ。28メガもワッチしてみましたが、こちらのほうはこないだ交信済の福岡の局が1局だけ聞こえるだけでした。夕方からは21メガの方も国内がスキップし、台湾の川崎さんが運用されている声しか聞こえませんでした。
 そういえば21日晩からJARL渡島桧山支部による「津軽海峡コンテスト」が行われていて、2mも430もまったくワッチしていなかったので、車で買い物に出て、モービルリグの電源を入れるまでまったく気が付きませんでした。それで道ばたに車を停めておなじみのOMさんに1局サービス。普段車に乗らないのでモービルQSOはこれでたったの2回目(笑)家に帰ってから真新しいJL8コールのコンテスト局のコールが聞こえましたので家からさらに1局サービスしました。夜、6mが開けてこないかじっと待っていましたけど、22日は6mに関しては終日空振りとなりました。

| | | Comments (0) | TrackBack (0)

May 22, 2005

3日続いたコンディション

 発達した低気圧の進行が非常に遅くて、長い時間寒冷前線が日本列島を縦断する状態が続きましたので、普通は2日と続かない6mのEスポが3日も続けて出たのは幸いでしたが、本日の天気図では停滞前線が日本列島のはるか沖に横たわっており、この状態では明らかにEスポ発生の条件としてはよくありません。ということで、経験的に今日はまったく期待していませんでしたが、案の定、朝から宮崎ビーコンさえ聞こえない状況です。日本列島の遙か沖の停滞前線が北上すると、梅雨入りになるんですね。いままで梅雨前線がはっきり天気図に現れませんでしたが、6月も近づき、はっきりしてきました。これが日本列島に更に近づくと、Eスポも更に頻繁に現れてくるはずです。
 さて、昨日21日は3日間の中でも8エリアでは一番よく開けたようで、土曜日ということもあり移動局も各地に現れ、今シーズン始めてつながった馴染み局とも沢山交信できてなかなかFBでした。開けるエリアがころころ変わるので、呼びに回ってましたが、15局ほどと交信できました。主に2エリアから南の地域になりましたが何地点か未交信地域を埋めることが出来ました。コンディションは午前から午後1時すぎまで長く続き、最後にスキャッタで1エリア千葉安房郡の移動局に取ってもらったのにレポート交換途中でフェードアウト。それからはバンド中静かになってしまいました。今シーズン始めて1エリアとまで交信成立出来たはずなのに、先に府中市なんてローカル局呼ぶなぁ(T_T)
 まあ一つの興味としては去年の6mの電離層反射最短伝搬は岩手県釜石市との交信、直線距離370キロでしたが、今年はどうでしょうねぇ。岩手県中部から宮城県北部とまで短距離Eスポもしくはスキャッタで繋がる条件が整うのは6月前半に2日くらいしか恵まれませんが、今年は更に電離層伝搬最短距離記録の更新に挑戦。そのためにはコンディションを読むためにワッチあるのみ。それまでトマトアンテナよ、嵐でバラバラにならないでおくれ(笑)
17


| | | Comments (0) | TrackBack (0)

May 21, 2005

5年経って増刷されていたガルスカ本

 金曜日夜に東京から出てきた友人と7年ぶりに合うために札幌に出掛けてきました。約束の時間まで30分ほどあったので、新しく駅前に移転した紀伊国屋書店を覗くと、2階の参考書・理工学書のフロアも売り場面積が広がったためか、無線関係の書籍もだいぶ扱いが増えたようです。「アンテナハンドブック」なんかしばらく絶版で、こちらはオークションで入手しましたが、2004年に再版されていたことはまったく知りませんでしたが(^_^;)
 そこで「楽しくおぼえる1アマ攻略」、通称ガルスカ本が2冊並んでいて、どうも以前の物と表紙の紙質が違うような気がして、念のため発行年月を確かめると昨年、第2刷として増刷されていてそれが店頭に並んでいることがわかりました。これ、改訂新版が99年12月の発行ですから、約5年経って在庫が尽きたのか、絶版とせずに増刷に至ったようですが、中身を見てみるとまったくそのままで、何ら変更の無いことがわかります。つまり出ている内容は「計算に時間をとられるのなら答えを丸暗記しよう」という答え・数値を丸暗記して1アマの試験に合格しようというポリシーそのままの参考書を5年経ってそのまま増刷してしまったんですね。
 しかし、112ページの平行二線式給電線におけ波動インピーダンスZoを求める公式の問題、暗記しかないって277log10 2D/dが227log10というミスプリントで暗記して試験を受けても答えがありませんからって、残念〜。こんな277と227を取り違えてもまったくわからないのが暗記学習の恐ろしいところですな(^_^;)
 まあ、誰が考えたって今時、この参考書1冊で答えを丸暗記し、試験に合格できると考えたらはっきり言っておめでたいです。よく藁をも掴みたい受験者は10人いたら10人ともこの本を持っているそうですから、キルヒホッフの法則・複素数・デシベルあたりが絡む問題が出たらあっさり捨てる受験者の圧倒的な支持をうけて、「解説。無線工学」なんかよりはるかに売り上げ的には大きいんでしょうね(笑)中には「それなりに価値があるから未だに売れ続けているんだ」などと断言する実際に受験したことがないのに無責任なことを言う人もいます。まあ、考えて見てください。五年前のタウン情報誌で有益に東京ウォークすることが出来ますか?需要があるから増刷をしたんでしょうが5年経って何ら内容に変更のないものをそのまま発行するのはいかがなもんでしょうか? もしかしたら上級アマのモールス試験が3アマ並に改訂されて、通信術試験が障害になって上級を敬遠していた層がどっと試験になだれ込んで来るという目論見から、この本を絶版にしたくなかったのでしょうか?どっちみち国際法規は役に立ちませんが。
 1アマから和文モールスが廃止されたときは従来の5倍で効かないほどの受験者が殺到して、普段はそれほど儲けのない上級アマ参考書と問題集が飛ぶように売れたそうですけど、2匹目のドジョウを狙っているのかな? 現に今月末に「新・上級ハムになる本」が丹羽OMの筆により出版されるそうですし。しかし新たな無線工学解説書と5年前の暗記本ではその価値が全く違いますし、今になってこんな本を掴まされて1アマの試験場に出掛け、高い受験料をムダにする受験者がいたのならおめでたいを通り越して気の毒です。早く絶版にするか内容改訂して「楽しく覚えられたらいいかもしれない1アマ攻略」とか「楽しくおぼえるって言うじゃな〜い1アマ攻略」にタイトルも変えましょ(笑)
 まあ、個人的には高校の数学から再学習することから勧めますけどね。電気数学の基礎に関する参考書は山ほど出版されてます。んで、そういうおまえがなんでガルスカ本を持っているのかって? そりゃもちろん内容の研究の為ですって(^_^;)
TANO

 

 

 

| | | Comments (0) | TrackBack (0)

May 19, 2005

昨日のEスポ予想、的中!

 最近はEスポが出ているか、又は出そうかどうかを予想するにはイオノグラム観測データを見て、100キロ付近の電離層の臨界周波数が10HMzを越えそうかどうかで確認することが出来ますが、前日に予想することは天気図からみる前線や気圧配置から過去の事例を考えるくらいしかありません。誰しも明日、確実にEスポが出ることがわかっていれば、移動運用に出たは良いが、まるっきりの空振りということもないのですけど(笑)まあ、まったく何処と繋がるかわからないから楽しいのがアマチュア無線であり、6mの面白いところですが、何か特定の人間と繋がるのが当たり前の携帯とアマチュア無線を比べて「携帯があるから無線なんかいらない」というように、最初から仲間うちでしか会話しないことを前提にしている人はつまらないですね。
 ところで、今日は珍しく2日続きでEスポが発生し、主に8エリアから2,3,4,5エリアとよく繋がったそうですが、昨日の公約通り5時台に飛び起きてリグのスイッチを入れるも何処のビーコンも聞こえず、ましてSSBでCQを出す声などまったく聞こえませんでした。こりゃ夕方までダメだと決めつけたのがまずくて、9時台の中程から昼過ぎまでエリアを変えながらけっこうオープンしたらしいです。こっちもランチタイムQSOを狙ってシャックに戻り応答に回りました。京都府城陽市の局とQSOした後に別の局から呼ばれ、応答だったので5キロ上がってもらうと淡路市の局長さんで、昨年QSOしたときは津名郡だったものが町村合併で淡路市になったということ。6mでは淡路市が初めてだったのでJCCが一個儲かりました。昨年はほんのわずか足りなくて未達成だった6mのJCC-200まで到達したような感じです。しかし、こちらからは聞こえませんが、雨後の竹の子のように(実際に大雨大風の後でしたが)8エリアの局がどんどんCQを掛けていたようで、聞こえている局は8エリアの局に応答に回っている局ばかり。話を聞いても8エリアの局しか聞こえないという局長さんが多かったような。それから「去年は○○郡でしたけど、合併で○○市に変更になりました」という声をよく聞きました。6mでは頻繁に繋がる4エリアでは特にその傾向が強いみたいです。こちらとしては郡からのオンエアが極端に減ってしまってJCGが増えずに残念ですけど。なんか抽象的な名前の新市より、読み方もわからないような由緒正しい名前の郡からのコールの方が印象が強いんですけどね(笑)
 ということで、夕刻よりJA6YBRビーコンが559〜579くらいで戻ってきました。試しに50.150以上をサーチしましたけど、聞こえている局はありませんでした。これから夜に向かってコンディションの上昇はあるでしょうか?7エリアでは韓国や中国のFM放送が盛んに入感しているようです。
17
Eスポ発生中5/19日午前9時の天気図

| | | Comments (0) | TrackBack (0)

May 18, 2005

夜にも開いたEスポ

 夕方にJA6YBRビーコンも聞こえないので、今日は夕方からもコンディションが戻らずにそのまま終わってしまうのかと思って、セパ交流戦を20時過ぎまで見てからシャックに上がってリグの電源をいれるとかなり強力にJA6YBRビーコンが聞こえていました。それで、50.150から上をサーチすると、3、4、5エリアが開いていてCQを出している何局かと交信できました。その後、6エリア福岡あたりがもうメーター振り切れで強力に入って、ローカルのOMさんのベランダホイップアンテナからの電波があまりにも強力なので、柳川の先日交信済の局長さんが驚いているところをタヌキしてましたが(笑)やはり天気図どおりに夜間にもEスポが出たと言うことで、当日18時の天気図を張っておきます。この分だと明日午前中にもかなり期待できるかもしれません。
 明日は5時半起きでCQ出してみましょうか?起きられるかどうかわからないけど(笑)でも明日の朝、8エリアは低気圧の通過で嵐のようです。現にかなり風雨が強くなってきました。Eスポよりトマトアンテナが壊れないかそっちのほうが問題かも(^_^;)
17


| | | Comments (0) | TrackBack (0)

メテオスキャッタ

 夏至に向かってあと1ヶ月、更にコンディションも順調に上昇を初めているようで、本日出がけに6mのリグの電源を入れるとJA6YBRビーコンが振り切れるように入感してました。Eスポでここまでコンディションが上昇しはじめるとSSBでもQSOできるかもしれないと思って、50.150より上をサーチすると、2エリア3エリアの局がSSBでもCWでもかなり強く入感してきました。人間考えることは同じみたいで、朝のあわただしい中でも6mのコンディションがちょっと上がると出てくる人が多いと見えます。その中で大阪阿倍野区のOMさんと交信成立。この方は3シーズン目で3回目のQSOとなりました。三重県志摩市、京都府城陽市などからもCWでかなり強力に入感してきましたが、6mモノバンドのリグの方に電鍵が繋がっていなく、すぐにQRV出来ないためやむなくQRT。そして天気図からして「キングソロモンの法則」に合致するような感じでしたので、昼間こっそり戻ってきてリグの電源を入れると相変わらずJA6YBRビーコンが入感してました。そしてつかさず50.150以上をワッチすると、コンテストでもおなじみの宮崎のOMさんがCQを出しておられてランチタイムQSO成立。このOMさんとはこないだのオールJAコンテストのときにもお話ししましたが、6mはもちろん今シーズン初めてでした。しかし、昼間は6エリアからは3エリアから北がみな聞こえる状況なのに、こちら8からは宮崎のこの局だけでした。早いところ1から南のエリアが全部聞こえるようなコンディションになって欲しいものです。
 宮崎の局長さんのアンテナはモノバンドの7エレに対し、こちらのアンテナは2エレHB9CVトマトの支柱アンテナですが、Eスポ発生時にレポートの差はないようです。QSBでどっとレベルが落ち込んだときに差がでてくるかな?もっともグランドウエーブが伝搬する距離ではないので、EスポでQSOしあう限りは2エレも7エレも関係なく電離層伝搬状況次第なのかもしれません。まあ、もう少しこのトマトアンテナを使ってから3エレ4エレの自作を考えましょう。でもビームパターンが尖鋭になると、南固定というわけにはいかずローテータも必要になってくるでしょうか?う〜みゅ、廃物利用で自作できないことはなさそうだけど。
 それで、天気図もキングソロモンの法則通りだし、夕方過ぎにコンディションが戻ってくるかと思ったら、JA6YBRビーコンさえ聞こえません。それでも50.150より上をサーチしたら、一瞬JH6コールの局のCW信号が突然強力に聞こえてすぐにフェードアウトしました。MS(メテオスキャッタ:流星散乱)ってやつの影響でしょうか?

| | | Comments (0) | TrackBack (0)

May 17, 2005

3アマ通信術試験での事件

 アマチュア無線技士の国家試験における通信術試験が、まもなく3アマからは廃止され、2アマ1アマの通信術試験は現行3アマと同じ25文字/分の速度での50文字2分間受信に改められようとしています。電波法ならびに省令の改正の歴史を見ると、試験制度に関しては10月11月に法律が施行されたとしても実際の実施は翌年4月からですから年度途中の12月期試験からいきなり上級試験の通信術が「現行3アマ同様で、3アマ所持者は科目免除」になることはないでしょう。電話級・電信級の新設、記述式試験から択一式試験への変更、和文モールスの廃止も年度始めの4月期からの変更でした。12月期の上級アマ国試から通信術が3アマで科目免除となることを期待している人、お気の毒様です(笑)
 ところで、15日に3アマ試験を行った某所でちょっとした「事件」が起こったようです。これは実際に試験を受けた某氏からの報告でわかったことですが、現在地方では3アマ受験者の減少で3アマと4アマの試験を同時に行い、双方の筆記試験が終わってから改めて3アマの通信術試験を行うように変わったそうです。3年前に我々が3アマを受けたときには午前中が4アマ、午後から3アマで、3アマ試験は受験者がたったの4人でしたが独立して時間が設けられていました。3アマ試験はまず通信術試験を行ってから筆記試験を行い、30分経過したところで退出可で、そのままさっさと帰ってきたものですが、今は3アマ4アマの筆記試験を同時に同じ部屋で行い、全ての人間が解答用紙を提出するか、もしくは制限時間に達しないと3アマの通信術試験に入れないそうで。何か通信術が筆記試験の後に行われる特殊無線技士試験みたいです。しかし、4アマ3アマを同時に試験しなければ部屋が埋まらないというのは、アマチュア無線技士を目指す人たちの減少に歯止めが掛からないことを物語るような状況ですね。
 それで15日の試験では3アマ受験者3人、4アマ受験者17人だったそうで、合計しても1アマ試験受験者の方が遙かに多いような
(^_^;) 3アマ受験者はその某氏の他に中学生と50絡みの年輩のおじさんだったそうで、筆記試験開始から約40分で全ての受験者が解答用紙を提出し終わり、3アマ受験の3人は通信術のために再び試験場に入れられたそうです。そして私も馴染み深いKENWOODのMDラジカセに試験官が通信術問題のMDをセットし、音量を確認していざ通信術試験がスタートしたそうで、よく緊張のあまりか通信術に無知なのかここでA〜Zまで受信用紙に書き込み「すいませ〜ん」の一言で通信術を中断させたオヤジの話は聞きますが、そういうトラブルもなく、順調に本文に入っていったそうです。そして3/5ほど書き取ったところで突然音が聞こえなくなり、一瞬自分の耳が突然聞こえなくなったのかと思って周りを見渡すと、他の人も鉛筆を動かしているそぶりもなく、何が起きたのか理解出来ないでいると、何とMDラジカセの故障で音が出なくなったんだそうな(^_^;) 試験官も狼狽し、結局半分以上送信できているので、ここまでの31文字受信で採点するということになり、試験官2人が平謝りしていたそうですが、こんなこともあるのですね(笑)他の3アマ受験者も苦笑いしながら帰途についたということで、この分じゃ今回は全員合格かな?
 本人には「31文字受信で3アマを取って、今後上級受験の時に科目免除になったら一生言われるから12月に2アマを受験しろ」って発破をかけているんですけどねぇ(^_^;)

| | | Comments (1) | TrackBack (0)

May 15, 2005

高圧ガス製造保安責任者(第三種冷凍機械)

 2級ボイラー技士免許を取るために勉強していて、潜熱・顕熱や比熱なんかの熱化学に開眼しました(笑)なんとか熱量関係の知識を生かすとなると冷凍機関係の試験を受けるしかないと思い、ネットを検索すると第三種冷凍機械という資格があって、正式には高圧ガス製造保安責任者免状のカテゴリーのうちの第三種冷凍機械という資格になりますが、受験資格として実務経験を問われない資格であり、誰でも合格すれば免状が交付される(実務で冷凍保安責任者となるためには実務経験要)ということがわかりました。試験は年1度、11月に行われますが、講習会が年に2度ほど行われて、講習終了後の試験に合格すると実際の試験で保安管理技術(工学問題みたいなもの)が免除され、法令のみ試験に合格すると免状が貰えるシステムもあるようですが、科目免除のために大金を使うのは潔しとしませんし、国家試験資格ゲッティングの主旨に合いませんから最初から除外です(^_^;) 一般の科目免除なしの三冷合格率は年度で多少上下があるようですが、おおよそ40%強で、当然ダブっている受験者もいるのでしょうから、初回で合格する確率はもっと低いのでしょう。でもまあそれでも1アマ1陸特なんかに比べれば2倍もある計算になるので、いつもの勉強法でこの40%の中には何とか入ることが出来そうな感触です。
 というわけで、試験を代行している高圧ガス協会の札幌支部に電話を掛けるとFAXで案内を送ってくれ、FAXで送られた願書請求書に必要事項を記載し、140円切手を貼ったA4封筒を折って同封して高圧ガス協会宛に郵送すると、折り返し高圧ガス製造保安責任者試験の願書を一部送ってくれました。試験は全国同時に全てのカテゴリーの試験を11月14日の日曜に行われました。北海道では札幌・函館・室蘭・旭川・釧路の5会場で行われます。札幌会場で試験を受けることにして試験受付初日の8月30日に受験料9,400円を振り込んだ上、受領証を受験願書に張り付け、写真票・受験票に写真を貼って必要事項を記載の上、高圧ガス協会札幌支部に郵送しました。しかし、3冷でも2科目の試験で午前中で終了なのに1アマ並の受験料ですが、1冷ともなると3科目なのに受験料も14,500円と総通試験の受験料並です(^_^;) 受験料を無駄にしないためにも一発合格しなければなりません。驚いたことに合格発表は試験実施の2ヶ月後である1月11日だそうで、高圧ガス保安協会のホームページ上でも合格者の受験番号は検索できるとのこと。今や試験結果が2ヶ月経たないとわからない国家試験なんて少数派ではないでしょうか?
 試験の勉強は、本当なら冷凍空調機学会発行の参考書と問題集を使えばそれでいいという人が多いのですが、普通の書店には置いていないために、当方は日本職業訓練センター発行の「初めての第三種冷凍機械責任者試験」とオーム社の「3種冷凍試験・実戦問題」の2冊ですませてしまいましたが、結局この2冊のみで、いくら応用が利いたとしても7割くらいの正解率しか叩き出せなかったような感じです。というのも高圧ガス製造保安責任者試験というのは、その問題と解答が他の試験にない独自な解答法で、1つの問題に4つの例題が出題され、それぞれの例題が正解か不正解か、「その組合せ」を5択から選ぶというものです。この解答を導く方法にははっきり言って戸惑いました。基本的には消去法で明らかに誤っているものを消してゆき、それが含まれない選択肢を選ぶんですけど、どうも最後にどっちも正解とは言えない選択肢が2つ残ってしまうようで、いくら理解力を問うといっても「あんまりだ!」と思いましたね(^_^;)
 冷凍機の基本は「p−h線図」です。まずこのp−h線図を見て各サイクルの冷媒の状態がどうなっているかを知らなくては、この試験に合格することは難しいでしょう。逆にp−h線図が読みとることができると、8割方冷凍理論が理解出来たことになります。「保安管理」と「法令」の2冊のまとめのノートを作って勉強していたようですが、これは相変わらず「書かないと頭に入らない」からなんですね。冷凍理論は未だに忘れませんが、今となっては法令の「高圧ガス」該当のおおまかな基準まで忘れてしまいましたが(笑)
 受験票が忘れたころに送り返されてきました。受験番号はナンバリングで押してあり、会場の案内もスタンプで押してあるという超アナログな受験票です。このような受験票は簿記検定試験以来でしょうか?札幌会場は地下鉄東西線西18丁目駅そばの札幌科学技術専門学校という場所で高圧ガス製造保安責任者試験9カテゴリーと高圧ガス販売主任者試験2カテゴリーが同時に行われます。試験は9:30開始ですから、試験の時はいつも利用する札幌方面2番電車に乗り、今回は新札幌で下車して地下鉄東西線に取り替え、西18丁目駅まで直行しました。全ての試験がこの専門学校で行われる為に、けっこう受験者でごった返しています。受験番号一覧表が掲げられていましたので、3冷の全科目受験者の受験番号から受験者の数をカウントするとだいたい180人ほどが本日の3冷科目免除なしの受験者数になります。合格率が4割強としてもこのうち80人以下しか受からない計算になるわけですね。試験会場は長テーブルに3人掛けで、普通はカンニング除けに真ん中を開けるはずだと思うのですが、考えたもので真ん中の席には2冷の科目免除者が割り振られていて、長テーブルの両サイドとはまったく別な問題を解いているために、隣をカンニングしても無駄なことになっています。しかし、試験会場に人間を詰め込みすぎで、圧迫感で息が詰まりそうです。受験料が高いのだから少し考えてもらいたいものですが。
 9:20頃から法令試験の為の説明が始まり問題用紙と解答用紙が配られますが、アナログな受験票には似合わず、解答用紙は予め受験者の氏名と受験番号が印刷されているものが配られました。こんなの初めてです(^_^;) 9:30から法令試験が始まり、60分で20問を解きますが30分経過すると途中退出が認められ、手を挙げると試験官が解答用紙を回収しにきて、試験場から退出することが出来ます。いろいろ手間取りはしましたが、20分ほどで見直しを終わり、1番で手を挙げて悠々退出です。まあ6割出来れば合格なので落ちることはないでしょう。保安管理技術の試験が11時スタートなので、やることがなく結局試験時間60分が終了して再度試験会場に入室出来るのをぼーっと待っていたようなものでした。法令試験が終了して2冷科目免除者は退出し、少しだけ圧迫感が減りました。
 11:00から保安管理技術の試験がスタートしました。15問の試験を90分で行いますが、この試験には計算尺もしくは電卓の持ち込みが可能です。さすがに計算尺を持ち込む受験者は見あたりませんでしたが、3冷問題には電卓の世話になるような複雑な熱量計算は出ませんでした。しかし、正解もしくは不正解の選択肢の組合せを答えるという問題形式には最後まで苦しめられ、けっこう使った参考書、問題集には触れられなかった種類の冷媒の性質なんて、見当もつかない問題も多数ありましたので、けっこうヤバイこともあるかもしれない、なんて思いながら退出可能時間になったら荷物を持ってさっさと会場を後にしました。
 翌日には高圧ガス保安協会のウエブ上に試験の解答が発表され、それによると法令が15/20で75点相当、保安管理技術が10/15の67点相当でどうやら合格水準に到達したようです。特に保安管理技術は1アマの試験だったらアウトでしたけどね(^_^;)
 約2ヶ月後の翌年1月11日に高圧ガス保安協会のウエブ上で合格者の受験番号が発表になり、正式に自分の番号を確認。程なく合格通知が郵送されてきました。北海道での3冷免状は高圧ガス保安協会の本部が申請受理、発行の代行をします。合格通知が免状申請書にもなっていて、危険物取扱免状と同じ2,800円の北海道証紙と写真を貼り、本部に免状申請をすると1月20日付で免状が交付され、郵送されてきました。
 まあ、現在では3冷といえどもあまり保安責任者として専任しなければいけない現場は少なくなったと思いますが、未だにビル管理必須資格の一つとして出来れば2級ボイラー、危険物乙四、2種電工と一緒に取っておくと後で思わぬ時に役立つ資格かもしれません。私的には家庭用エアコンの冷媒充填作業が自分で出来そうだという自信がついたことでしょうか?(笑)
3rei3
3rei2


| | | Comments (0) | TrackBack (0)

May 14, 2005

今さらの10メガ帯初交信(^_^;)

 10メガ帯30mバンドというと、日本ではWARCバンドとしては一番早く開放された周波数帯ですが、2アマ以上しか使用できないバンドであることと、使用できる範囲が狭い為に電話が運用できないバンドのためか、上級資格を取るだけのためにモールス受信練習をいやいややった人にとってはまったく使用しないバンドかもしれません。休日には各地から移動局が出ていて、殆ど交信する内容というとレポートとQTHの交換だけなので、ある程度のスピードで送受信が出来るようになった上級資格ビギナーだったら、練習用というかCW運用の度胸を付けるためにも最適だと4アマ講習会でお世話になったOMさんから後に勧められました。このOMさんも70を過ぎてSSBで話をするのが億劫になり、もっぱら10メガ帯の応答にばかり回っておられるそうですが、一つ困ったことにわが貧乏電波研究所のマルチバンド短縮垂直アンテナでは18メガ、24メガはアンテナチューナーでSWR整合を取ることが出来るのにも係わらず、10メガだけはアンテナチューナーであってもまったく整合が取れないばかりに、今まで10メガだけは交信が出来ず、交信数0が続いてました。
 昨秋、比較的太いエレメントで7メガのフルサイズダイポールアンテナを自作しましたが、まったく偶然に10メガ帯で無調整でSWRが1.5以下になっていることを発見。どういう倍数で(5/8でなくて8/5λになりますが?)マッチングが取れるのか、ビームパターンがどうなっているのかはわかりませんが、受信でもかなり強く電波が入ってくるために送信でもいけそうです。しかし、一度も電波を出す機会が無くてそのままになってしまいました。また、WARCバンドでコンテストが行われないこともあって、どうも1回目の交信に入り込むきっかけを掴めないまま来てしまったような感じです。
 ところが、今日は昼頃1エリアが18メガ21メガ双方ともに開いていて、18メガで交信した神奈川のOMさんから24メガのリクエストがありました。24メガはこちらから1エリアがスキップすることをお知らせすると、10メガCWが出来ないかとのリクエスト。面倒くさいから「アンテナが無いから出られない」と断ってもいいのですが、「なんだ3アマか?」と見くびられることは潔しとしませんので、当方真空管機のためチューニングを取る猶予があれば可能だというと、5分後に10.119で呼ぶからということで、10メガのQRVに入りました。手動アンテナチューナーのセレクターをダミーに合わせ、FT-101ZDのプリセレクトとプレートを10メガに合わせ、メーターを見ながらチューニングを取ります。HK-808を取り出してキーダウンしても出力が出ません。あれっ?と思ったらセミブレークインのためのVOXゲインがOFFになっていました(^_^;) そんなことでキーダウンの出力を確認しチューナーのアンテナセレクタを7メガダイポールに合わせて10.119に合わせると、もうその神奈川のOMさんがCQを出していましたのでゼロインもそこそこにつかさずDE JL8DJSを縦振れ電鍵HK-808で送出、レポート559を交換して交信成立しましたけど、慌ててGAと打つところをGE(グッドイブニング)って打ってしまいましたが(^_^;) 頭の中で「あれ、どっちだったっけ?」て一瞬考えてしまったのね(笑)
 ということで、7メガフルサイズダイポールだと10メガ帯でも使用できることを確認した10メガ初交信となりました。これからは50メガのコンディションが落ちたときには10メガ移動局相手に10メガ帯に出没しているかもしれません。

| | | Comments (0) | TrackBack (0)

May 12, 2005

2級ボイラー技士資格取得記

 ボイラー実技講習修了証を取得したら、講習会でやったことを忘れないうちに、かつボイラー関連法規を丸暗記して2級ボイラー技士国家試験を受験して合格しなければ、もちろんボイラー技士免許は取得できません。2級ボイラー技士国家試験は地方に出張試験が行われることはありますが、北海道では恵庭の「労働安全衛生技術センター」というところに出掛けなければいけません。関東では千葉市よりまだ先の五井駅からバスに乗って小一時間という非常に辺鄙な所にあるらしいですが、恵庭はこちらからは札幌に出掛けるよりは若干近いですし、駅から歩いて10分という場所なので問題ありません。しかし広い北海道の各地から泊まりがけで受験しにこなければいけない受験者は大変です。12月中旬にボイラー実技講習の修了証を取得すると最短1月8日の試験に間に合ったのですが、関連法規の習得にはまだ時間が掛かりそうなのと、合格率4割というと1週間くらいの速習では取りこぼす可能性が大きいので、1ヶ月の余裕を見て2月の受験を計画しました。ところが2月は危険物乙4,航空無線通信士試験が控えていて、3週間で3つの新規試験をすべてこなすのは荷が重く、結果的に毎月試験のある2級ボイラー技士試験を航空無線通信士試験の10日後の3月に見送り、なんとか全て一度の受験で済ませる目処が付いた感じです。たぶん一緒にボイラー実技講習を受けた同期の仲間内では、一番遅く試験を受けることになったのではないでしょうか。ボイラー技士試験の勉強は基本的に過去問の勉強と要点整理で済ませましたが、既出問題は値段が高い日本ボイラー協会の問題集以外には「そのままが出題される」ような問題集が市販されておらず「選択肢丸暗記」などは通用しません。また、各都道府県によって出題傾向に微妙に違いがあるらしいのでますます「この問題集を暗記すればほぼ合格」ということも無さそうです。労働安全衛生系試験はどれもそうですが、実際に作業するに当たって「知らないでは済まされない」事柄が多いので、理解力を問われる試験が多いのと、実際に作業に従事した実務経験が免状発行の条件になっている試験が多いように思われます。
 受験料8,300円(高い)を振り込み、ボイラー実技講習修了書を添えて労働安全技術センターに受験申請すると、中1日で受験票が届きました。試験に電卓を持ち込むことができますが、2級の試験では使う機会はありません。労働安全衛生技術センターで行われる試験は、無線の試験のように2ヶ月前で締め切られるということはありませんが、その回の試験の定員に達すると次回の試験に回されるようです。それで受験希望日を2つ指定するようになっていました。3月は前半と後半に2回試験が実施されるので航空通試験の10日後でちょっと準備期間が少ないような気がしましたが、第一希望を3月3日、第二希望を3月24日で申し込むと希望通り3月3日の受験票が到着しました。定員に空きがあれば試験日1週間前くらいまでに受験願書を出しても受理されることもあるようです。
 具体的な学習法としては市販の2級ボイラー問題集の問題を全てパソコンに打ち込んでプリントアウトし、解答用紙も作って反復して何回も解くことが出来るようにしました。また教本から要点を拾い集めて紙にまとめ、壁紙にして張り出しました。しかし、何せ3つの試験を同時期に抱えているためにボイラー技士試験だけに集中するわけにはいかず、航空無線通信士試験の10日後ということで、せめてあと1週間くらいは時間が欲しい感じでしたが、悠長なことを言っているとすぐに4月になってしまいます。3月26日までに免許を申請しないと免許申請手数料が値上がりすることになっていました。というわけで、落ちる可能性は少ないけれど確実に合格という確信は持てずに試験の日を迎えてしまいました。
 北海道労働安全衛生技術センターは恵庭の駅から徒歩で10分くらいの所にあります。2階の教室に入ると学校の教室にあるような机が並べられていて、受験番号によって着席場所が決められており、教室の定員は120名ほどでした。試験科目は「ボイラーの構造に関する知識」「ボイラーの取扱に関する知識」「燃料及び燃焼に関する知識」「関係法令」各10問、合計40問の5択問題が出題され、各科目合計400点満点のうち240点以上で合格となりますが、1科目でも40点未満の科目があると不合格となります。試験時間は3時間で、1時間を過ぎると答案を提出して退出することが出来ます。なお、問題用紙は回収されて持ち帰ることが出来ません。問題が外部に持ち出されて出題パターンを覚えられて丸暗記される事によって、基礎知識も欠如しているものの資格取得を防ぐためと思われます。回収された問題用紙は厳密に数を確認されて、センター内の焼却炉でその度ごとに焼却処理されるそうです。
 午後の1時30分から試験が開始となりました。電卓を必要とするような複雑な熱量計算はありませんが、市販の2級ボイラー問題集に出てくる類似問題は殆どありませんでした。やはり取扱を誤ると他人の生命財産まで被害を与えかねないものを操作するわけですから、丸暗記が通用せずに理解力を問われる試験になっていると思われます。合格率が44〜48%と言われていますから、1発合格する確率は更に低いわけです。受験料が8,300円と1アマ並ですから、何としてでも1回で済ませたいものだと思って試験を受けていました。何とか50分くらいで見直しを含めて終了し、開始から1時間経って退出可能時間になってからすぐに1番で解答と問題証紙を提出。周りに強烈なプレッシャーを与えながらさっさと退出しました。そして恵庭駅まで徒歩10分で戻ると…、帰る電車が1時間後までありませんでした(^_^;) こんなことなら試験場でもっとゆっくりしてくればよかったです(T_T)
 試験結果通知書は10日付で11日に届きましたが、無線従事者試験みたいにシールを剥がすとストレートに2文字が書かれているわけではないので、一瞬合格なのか不合格なのか戸惑いましたがいちおう合格。受け取ってすぐに地元の労働基準監督局に出掛け、「労働安全衛生法による免許証の申請書」一式をもらって必要事項を書き込み、写真、収入印紙1,650円(当時)を貼付して試験結果通知書を張り付け、北海道労働局長当てに免許を申請すると3月16日付で免許証が送られてきました。この免許証は写真と裏には住所が入っていますから、身分証明書代わりに使用可能で、その点は無線従事者免許より優れています(笑)労働安全衛生法関係の免許証は、過去はすべて単独で発行されていたものが、車の免許のように取得済の項目の上に1が付くようになり、1枚を持ち歩くのみで済むようになりました。でも24もある項目の中で1つしか印が付いていないのが寂しいですけど、実務経験なしに取得できる項目が少ないので、1が増える予定はまったくありません(^_^;)
BOTU
BOILER2


| | | Comments (0) | TrackBack (2)

May 11, 2005

結局6m今期Eスポ初QSOを達成

 11日、市役所と保健所に書類申請に出掛ける合間の昼前の11時過ぎ、もしやと思って6mのリグの電源を入れると、今年始めて午前中昼近くにJA6YBRビーコンを559でキャッチしました。インターネットクラスタを開いてみると、どうも朝も早いうちから継続して聞こえているようです。北海道では今週始めにはまだ雪が降って真っ白になったところもあったというのに、順当に夏至に向かって6mの電波伝搬も向上してきているようですね。さすがに平日のためかSSBでもCWでもCQを出している局はキャッチ出来ませんでしたが、今週末あたりひょっとすると今シーズン初QSOができるかもしれません。昨年は6mでもう交信できることに気づかず、6月になってから6mモノバンドのリグに同軸をつなぎましたのでログ帳をみると6月8日に繋がった熊本市の局長さんが最初のQSOになってます。昨年5月に極端に交信数が少なかったのは、国家試験を2つも抱えていて、その受験のために交信自粛期に入っていたからのようです。そのために昨年はいつ頃から6mが開き始めたかということに関しては、まったくわかりませんでした。
(^_^;) 受験のためとはいえ当貧乏電波研究所の実験目的のひとつが「6mの国内における異常伝搬の研究」なのに情けない(笑)ということで、ことしはブログにも記録が残りますし、しっかり調べておきたいと思います。
 
 夕刻、帰ってきてさっそくリグの電源をいれると…、やっぱり529〜559くらいで宮崎ビーコンが聞こえてました。予想通り夕方からまたコンディションが開けてきたみたいです。実はその後20時代に8エリアの局で1,2,3,6エリアとEスポで交信した局が相当数あったようです。初めて本格的に開いたのに、その間ナイター中継聞いていてまったく気が付きませんでした。宮崎ビーコンはQSB混じりながらピーク579くらいまで聞こえて来るのにSSBはすでにさっぱり。完全に出遅れました。ぢくじょぉ〜(T_T)
 と思いつつ、未練たらしくSSBモードでワッチすると昨年6月に交信した姫路の局からCQが聞こえ、かなりQSBが激しいながら応答してレポートを交換し交信成立。時に21:06分で交信後にすぐにフェードアウトして聞こえなくなりました。これでやっと今期初めて6mでの遠距離交信を達成しました。更に福岡は柳川の局とも交信成立し、今期2回目の交信となりました。トマトの支柱HB9CVアンテナの威力は垂直アンテナに比べて抜群で、フェードアウト寸前のコンディションでもそこそこ使え、垂直アンテナに比べるとサイドも切れてノイズレベルが全然低いために弱い信号でも浮かび上がって聞こえる感じです。南固定ですが、そのままでもそこそこ使える確信を得ました。

| | | Comments (0) | TrackBack (0)

May 10, 2005

ボイラー実技講習受講

 ボイラー技士という資格に関する勉強は無線工学とはまったく異なる分野の勉強ですのでこのブログの主旨に反しますけど、無線関係の資格はいくら上位の通信系・技術系資格を取得しても、今ではまったく金銭にはかかわってこない資格ですから、航空無線通信士資格を取得することで一つの区切りをつけ、その後は他の分野の資格に挑戦する一環としてボイラー技士試験を選択しました。実はわたくし管理人が子供時分に将来の夢と聞かれると「蒸気機関車の機関士」と答えたもので、その夢は蒸気機関車全廃によって脆くも砕け去りましたが、石炭焚きボイラーの操作には漠然としたあこがれが存在しました。しかし、いざこの歳になってボイラーの勉強を始めてわかったのは、ボイラー技士試験を受けるためには一定の条件の受験資格が必要だということと、蒸気機関車辺りの伝熱面積200平方メートルクラスのボイラーは2級ボイラー技士資格単独では扱えず、1級ボイラー技士の資格が必要で、1級ボイラー技士の資格を取得するためには2級ボイラー技士の実務経験が2年以上必要だということでした。どうやら安全衛生系資格の国家試験は無線従事者国家試験などと違って実務経験なんかの受験資格が付き物のようです。幸いにも2級ボイラー技士の受験資格は「ボイラー実技講習」という講習会に3日参加してボイラーの構造と取扱の基礎を学ぶとともに、実際に稼働しているボイラーを見学することによって修了証が発行され、その修了証を国家試験申請書に添付することによって晴れて2級ボイラー技士国家試験の受験がかなうというシステムです。
 実はボイラーはその形式・構造なんかによって伝熱面積の算出の仕方がいろいろ定められており、一定伝熱面積以下のボイラーだと2級ボイラー技士の資格さえ必要としない場合がありますが、この資格不要ボイラーを何台も並べて結果的に合計伝熱面積がいくら大きくなろうともボイラー技士の資格を必要としないことになっています。そのために法定検査とか定期点検とかそういうことがうるさいボイラーを設置するよりも、資格不要ボイラーを複数設置したほうが得策ということで、2級ボイラー技士の資格も最近は所持していることがストレートに就職に繋がらない資格になり果てた感があります。さらに資格不要ボイラーを扱わせる場合でも雇用者側は有資格者を求める傾向があり、ここで実務経験を何年積んでも1級ボイラー技士の受験資格になりませんので注意が必要です。現在では2級ボイラー技士、危険物取扱者乙四類、第二種電気工事士、高圧ガス製造保安責任者(第3種冷凍機械)の4つが揃って初めて何となくビル管理あたりで仕事が出来そうな資格の組合せとなる感触でしょうか。さらに消防設備士の乙種を全部と電験3種を持っていると定年後でも食いっぱぐれる心配はなさそうです。
 2級ボイラー技士の受験資格を得るために地元で開催される一番近いボイラー実技講習の日程をウエブで検索し、申込書をFAXで送ってもらいました。そして3日間の講習代金18,300円を講習会主催の地元労働安全衛生協会に振り込み、申込書に必要事項を記入してFAXで申し込みます。そして3週間余り後の12月も10日を過ぎてからボイラー実技講習が地元の軽金属製造会社の会議室で開催されました。2日間は朝の9時から夕方16時過ぎまで学科を。3日目は半日が学科で午後からは軽金属製造会社の構内に入って実際に使われているボイラーの見学が予定されていました。初日にボイラー実技テキストとボイラー図鑑なるものが配られましたが、アマチュア無線の養成会用教科書並に薄い本でした。今回の講習受講メンバーは32名、そして講習会講師は地元製紙会社の火力発電部門OBで特級ボイラー技士の人でした。講習内容は時間の半分が講義。時間の半分はその部分を解説したビデオを見るというものでした。しかし、そのフジテレビ製作というビデオの内容が古いこと古いこと(^_^;)昭和49年の製作となっていたようですが、使われていたボイラーは重油焚きとはいえ機関車型の炉筒煙管ボイラーで、さらに給水ポンプが蒸気機関車のような蒸気動力の往復式ポンプでした。現代でこんな熱効率の悪そうなボイラーなんか使っている会社があるんでしょうか(笑)講習でわかったことですが、現在産業安全系では使用する単位がすべて国際単位(SI)に変わって、圧力の表示はすべてパスカル、熱量単位はジュール、力の大きさはニュートンなんですね。キログラム・カロリーの単位が頭に染みついているので、いちいち頭で換算して理解する有様。そういえば、この単位の換算は計算尺の得意種目です。SI単位換算専用計算尺の製作してくれませんかね?ヘンミ計算尺さん(笑)
 この講習会には修了試験というものが無いので、各自それほど緊張して参加しているわけではありませんが、講習会の雰囲気は4アマ養成講習会とさほど変わらないものでした。しかし、修了試験がないとはいえ、しっかり勉強しないと本番の試験で何回もの受験を繰り返すことになりかねません。講師が古いテキストを使っていたのでページが合わずに判明したことですが、最新のテキストは石炭関係の記述が殆どカットされ、昔は焚火の方法から石炭の貯蔵までかなりの部分を占めていたのに、殆ど省略されてしまい、石炭焚きボイラーに興味のある当方としては寂しい思いをしました。そのために石炭ボイラーの煙管掃除にはつきものの「スートブロー時の注意」に関する問題が実際の試験に出てきて、テキストにも参考書にもスートブローが出てこなくて未だに答えがわかりません(^_^;)たぶん蒸気機関車時代にまだ熱い火室にもぐり込み、機関車の圧搾空気で煙管の煤掃除をしたという話の事だと思って、想像で答えを選びましたが。さらにリンゲルマンスモークチャートに関してはもう試験には出てくることはないでしょうが、図書館で15年くらい前の2級ボイラー教本を見て、初めて何かということを知りました(笑)九州の蒸気機関車にはつきものでしたが、どういうものかと解説した鉄道書がなかったもので(^_^;)そういえばボイラー実技講習ではボイラー関係法規のことについては触れられませんので、何かしらの参考書を買って独習する必要があります。ボイラー実技講習の修了証をもらったからといってその足ですぐに2級ボイラー技士国家試験に臨んでも合格の可能性は低いでしょう。
 昼間は軽金属会社の社員食堂で食べました。最近は単純労働力の殆どをアウトソーシングで賄っているようで、10代後半から20代前半のおねえちゃんたちが作業服着て昼食を取っていましたが、相次ぐリストラで正社員が最盛期の1/5以下になったからか、「食堂は12/26で閉店します」という張り紙が寂しげでした。3日目午前はパソコンを使用してボイラー操作のシミュレーションを行い、全員が操作できないので代表してかなり長い間シミュレーションソフトの操作にお付き合いし、昼食後の午後に、工場の構内入場許可書というのをもらって、工場構内を自分の車でボイラー上屋に向かいます。ここには貫流ボイラー3機が設置されていてここで工場に必要な蒸気を賄っているとのこと。しかし、ボイラー作動中の音がうるさいのに驚きました。こんなボイラー室に一日中いたら、耳が悪くなって微細なCW信号なんか取れなくなりそうです(^_^;)そして一通り説明を聞いた後、その場でボイラー実技講習修了証をもらって3日間のボイラー実技講習が終わりました。国家試験受験の申請にはこのボイラー実技講習修了証を添付しなければいけないそうで、これは手元に帰ってきません。国家試験結果通知書が送られてきて合格していれば免状の申請が出来るので必要なく、万が一不合格の通知をもらうと再受験の際にこの不合格通知を添付することによって受験資格証明の代わりとするそうです。不合格通知を添付したくなければボイラー実技講習を受けた先で実技講習修了証を再発行してもらうことも可能だそうですけどね(笑)

 ※平成24年4月1日以降はボイラー実技講習修了書添付が2級ボイラー技士国家試験の受験資格とはならず、ボイラー実技講習修了証が2級ボイラー技士免許証交付の条件に変わりました。すなわちボイラー実技講習は国家試験の前に受講しても、試験合格後に受講してもかまわないことになります。実務経験証明などが無い場合には2級ボイラー技士免許証の交付を受けるためにボイラー実技講習を受講し、実技講習修了証を得て免許申請書に添付しなくては免許証が交付されません。

| | | Comments (0) | TrackBack (1)

May 09, 2005

第1回電話・電信級アマ国試試験問題

昭和34年4月2日に第1回目の電話級・電信級アマチュア無線技士(現4級3級アマチュア無線技士)国家試験が実施されましたが、これは初級アマチュア無線技士資格の要望に従い、郵政省でもいままでの資格制度では難易度が高すぎて、急増するアンカバ局対策上でも初級アマチュア無線技士資格制度が必要と考え、閣議を経て前年の衆参国会に上程され、電波法一部改正が承認されて昭和33年11月5日からアマチュア無線技士資格が4資格となる改正法が施行されたことに伴う最初の試験実施となります。また、旧2級資格の新2級資格へ移行試験の実施や、新2級資格の操作範囲なども定められ、又従事者免許の有効期限が廃止となり、改正法施行以後が有効期限となっている従事者免許は終身有効免許になる等、細かな改正事項もありましたが、こちらは割愛。
 さて、国試の話に戻りますが、昭和34年4月2日に初めて行われた電話級・電信級試験の問題は記述式で、電話・電信級ともに無線工学・電波法規は記述式の問題が各10問出題され、問題は電信級のみ一部CWに関する問題に変わるだけで、その他は共通の試験問題でした。こうした記述式試験は昭和45年10月期から択一式試験に代わり、現在4級と名称は代わっても4択の無線工学12問、法規12問の試験であることには変わりません。                               
電話級・電信級アマチュア無線技士試験の第1回試験問題を記しておきます。

電話級アマチュア無線技士試験(昭和34年4月2日実施)
無線工学
問1 コイルの自己誘導作用を説明せよ
問2 定格が100V、40Wの電球に定格電圧を加えて使用している
   とき、この電球の抵抗は何オームか
問3 傍熱型三極管における各電極の名称と役目を記せ
問4 真空管発振回路の一例を図示せよ
問5 無線電話送信設備において、送話した場合に送信出力が変調
   を受けているかどうかを知る方法を一つあげて簡単に説明
   せよ
問6 スーパーヘテロダイン受信機とは、どういう方式のものか、
   簡単に説明せよ
問7 100Vの交流電源から、送信機の直流高電圧を得るため
   には、どういう部品を用いるか、主なるものをあげよ
問8 送信空中線の同調は何のために行うか
問9 受信機に受信障害を与える電気機器はどんなものが
   あるか、3つ上げよ
問10 第1図は電気計器の記号である。おのおの
   どういうメーターか(図省略)
電波法規
問1 アマチュア局が送信装置を取り替えようとするとき、
   どうするか
問2 アマチュア局の無線従事者がその免許証を失った
   ときは、どうするか
問3 アマチュア局の目的の範囲を超えて運用できる
   通信を2つあげよ
問4 アマチュア局において使用を終わった無線業務日誌
   の保存期間を記せ
問5 アマチュア局は、自局の発射する電波が他の無線局
   の運用又は放送の受信に支障を与えるときは、どうするか
問6 アマチュア局において、電波法令に違反して運用
   している無線局を認めた場合はどうするか
問7 電話級アマチュア無線技士がアマチュア局を開設する
    には、免許を受ける必要があるが、又免許を受ける
    必要があれば、誰の免許を受けなければならないか
問8 A3電波を使用するアマチュア局の発射電波に許される
    周波数帯幅の値はいくらか
問9 電波を発射して、無線機器の試験又は調整を行う場合
   に送信する「本日は晴天なり」の連続は、何秒以内に
   限られているか
問10 無線電話によって、免許状に記載された通信の相手方
    である無線局を一括して呼び出す場合の送信事項を記せ

 電信級アマチュア無線技士試験の電話級試験との差替部分
 (他は電話級試験と共通)
無線工学
問5 無線電信送信設備から発射されているA1電波を観測して
   みたところ第2図(省略)のような波形であった。もし
   高圧直流電源に著しいリップルが含まれている場合、波形
   はどのようになるか図示せよ
電波法規
問7 電信級アマチュア無線技士がアマチュア局を開設するの
   には、免許を受ける必要があるか、又免許を受ける必要が
   あれば、誰の免許を受けなければならないか
問8 電波形式A1を使用するアマチュア局の発射電波に
   許される周波数帯幅の値はいくらか
問9 電波を発射して、無線機器の試験又は調整を行う場合に
   送信する「VVV」の連続は、何秒以内に限られているか
問10 無線電信によって、免許状に記載された通信の相手方
   である無線局を一括して呼び出す場合の送信事項を記せ

 この第1回目電話級・電信級アマチュア無線技士国家試験は全国で何と1万人以上が受験したそうで、急増した無線局免許申請に対して電波監理局もいちいちすべて落成検査を行うことが不可能となり、電話級・電信級免許による出力10W以下の無線局申請には、JARLの認定補償制度を昭和34年度中から実施することになり、認定補償を受けた場合には予備免許と落成検査を経ずに無線局免許状が交付されるようになったそうです。実はこのときの郵政大臣が後のロッキード事件で有罪になった元総理大臣田中角栄で、初級アマチュア無線技士2資格の新設は田中角栄郵政大臣の力無くして実現しなかったものです。しかしまあ、初級無線技士の新設はJARLからの度重なる要請があったとは言え、果たして損得勘定抜きに田中郵政大臣が「国際通信条約の無線通信規則上のアマチュア資格要項」を無視して電話級免許を新設した訳があり得ません。「電話級10WのA3電波は外国まで飛ばないから、国内法のみ摘要されればよい」との理由付けでしたが、何か特別な利益誘導が裏に隠されているのではないかと勘ぐる人間は私だけじゃないでしょう。現にすぐにSSBが主流になってHF10Wでも外国に混信妨害を起こす可能性が出てきました。そして、電話級試験第1回目から45年を経た2005年1月1日。旧電話級の4アマは国際通信条約の無線通信規則一部改正の発効により、晴れてCWの試験を課さないアマ資格ながら、HFの運用は条約違反ではなくなりました。ただし未だにアマチュア局の操作を希望するための能力の基準に関する指針の最新版の勧告:ITU-R M.1544に合致していない部分(国際法規試験を課さず)は相変わらずです(^_^;)

| | | Comments (0) | TrackBack (0)

May 08, 2005

第1回目のアマチュア無線技士国試問題

 戦後、アマチュア無線局に対する許可の見通しがたたないまま、とりあえず再開を見越して昭和26年6月に第1回目のアマチュア無線技士国家試験が行われました。そのあたりの経緯はアマチュア無線の歴史関係著述物等でさんざん繰り返されてきましたのでここでは触れませんが、第1回国家試験のアマチュア無線技士1級2級の試験問題が入手出来たのでまとめてみたいと思います。
 当時のアマチュア無線技士の資格は、第1級アマチュア無線技士と第2級アマチュア無線技士の2種類で、操作範囲は第1級アマチュア無線技士(以下1アマと略)が「アマチュア無線局の無線設備の通信操作及び技術操作」で出力・運用周波数に制限がなかった(実質500W以下)のに比べ、第2級アマチュア無線技士(以下2アマと略)は「空中線電力100W以下で50メガサイクル以上又は8メガサイクル以下の周波数を使用するアマチュア無線局の無線電話の通信操作及び技術操作」というようになっており、14,21,28の各バンドが運用できず、CWによる通信操作も認められない初級免許とでも言うべき存在でした。
 当時の試験は1次試験(記述式法規・工学、通信術)合格者が1ヶ月後に2次試験として更に学科(択一式法規・工学)を受験し、すべて合格してアマチュア無線技士の従免を取得するという2本立てになっていたようです。試験の内容は双方ともにさほど差があるわけではなく、2アマが無線学(工学)・法規試験にCW関係の事が省かれているような感じですから。おそらく通信術「欧文60文字/分の速度で5分間の受信及び送信、和文50文字/分の速度で5分間の速度での受信及び送信」が明確な差となって受験の難易度を決定づけていたような感じです。試験は6月,10月及び翌年2月の年3回に地方電波監理局所在地で行われ、受験料が1アマ300円、2アマ250円でした。当時ラーメン一杯30円くらいですから現在ラーメン1杯600円とすると1アマ6,000円、2アマ5,000円くらいの受験料に値するんじゃないでしょうか?
 次に第1回目の1アマ試験を転載しますが「こんなものが出題された」という参考程度にご覧下さい。
 第1級アマチュア無線技士試験(昭和26年6月26日実施)
1. 交流を電源とする無線電信送信装置において、送信中下記の故障を生じたときはどうなるか。
 1)陽極回路の断線(3極真空管、4極真空管又は5極真空管)
 2)平滑蓄電器の短絡
2. 下記のものに適当な配線を施して、水晶発振器のピアーズGF回路を作りたい。配線を引け。又この発信を動作させたときの陽極同調蓄電器の変化に対する陽極電流の変化を図示せよ。
 1amat2
3. 下記のものを用いて、モールス符号練習用低周波発信器を組み立てるための配線図(回路図)を描け。なお組立に当たり、低周波変成器の接続を誤るとどうなるか。UY-76真空管:1個、KX-12F真空管:1個、2μF紙蓄電器:2個、1000pF雲母蓄電器:1個、50kΩ固定抵抗:1個、30H,50mA低周波塞流線輪:1個、0.01μF雲母蓄電器:1個、電源変圧器(並四用):1個、マグネチック・スピーカー:1個、1:3低周波トランス:1個、電鍵:1個
4. ある受信真空管があり、それが抑制格子が内部で陰極に接続されている5極真空管かあるいは遮蔽格子4極真空管かわからない場合に、その種別を知るためにはどのような電気的試験を行えばよいか、その方法を列挙せよ。
5. 電球比較法による無線送信装置の出力測定の回路図を描き、その測定要領を箇条書きにして示せ。

 以上が1アマ1次試験の「無線学(無線工学)」になりますが、第一回目の試験と言うことで「過去、こんな問題が出題された」という情報もないまま記述式試験5問の問題に向かわれた受験者は苦労したと思います。しかし大体においてラジオの基本知識と簡単な送受信装置の取扱経験者だったら合格できそうな問題ですね。更に当時市販のアマチュア無線機など米国製はあっても国産など無かった時代で、送信機・受信機は部品を組み立てて自作しなければいけない時代ですから、現代のように市販の無線機しか使われず、故障したらメーカーに修理に出す訳にはいかないので、故障対策等の技術的操作に関する問題に重点が置かれていた印象です。また、鬼畜米英で敵性語がことごとく排除された時代をまだまだ色濃く引きずって「蓄電器」はまだしも「低周波塞流線輪」なんて何のことかわかります?(^_^;) 問題2で取り上げられている「真空管と水晶発振子を使用した発振回路」の実例は電波新聞社の本年1月末に発行された「実用真空管ものしり百科」に各種掲載されておりますので、興味のある方は本屋でご覧下さい。その他「この時代、自作する際に参考とされた各種真空管回路」が満載です。
 そういや当時の旧2アマが何のCW試験も課されていなかったということは、当時の国際通信連合憲章における国際通信規則上ではHFを運用するに当たって「違法」だったんじゃないでしょうか?

| | | Comments (1) | TrackBack (0)

May 07, 2005

24メガ今シーズン初QSO

 5月6日夕刻、そろそろ日没にかけてハイバンドで国内が開き出すこともあるのではないかと思って18メガをワッチすると、久方ぶりに開いているようです。7エリア仙台などというコールもはっきり聞こえるので、これはスキャッタで妙に近い所まで開き、えらいことだと思って18.155でCQ開始。程なく7エリアではなく6エリアは九州の末端、鹿児島県姶良郡の局長さんから声が掛かり、その後長野県東御市、浦安市、岡山市とかなり広範囲なエリアから声が掛かり交信しました。そののち28メガでもいけると思ってワッチすると、28メガでもちらほらとCQの声が聞こえます。そこで4エリアの局に応答すると昨年50メガで2回交信した広島安芸郡の局長さんでした。18メガと28メガ双方とも開けているとなると、やっぱり50メガの状況が気になりますが、リグの電源を入れてもさすがにSSBでの声は聞こえませんでした。ところが50.017の宮崎ビーコンが久しぶりにはっきり聞こえています。もう間もなくこの時間帯になるとSSBでも50メガのCQの声が聞こえて来そうで、期待が持てますので、さっさと晩飯切り上げてワッチに励まないといけません。ただし、好調なコンディションは絶対に2日連続しないのというのがありまして、7日夕方はもしかしたらと思ってリグの電源入れても21メガで沖縄以遠しか聞こえてきませんでした(^_^;)
 28メガも開いているとなると、昨年は6月にしかQSOの機会がなかった24メガもいけそうな感じです。24メガをワッチすると杵築の矢野OMの声が聞こえましたので、急遽こちらも24.956でCQを出しますと、今シーズンの24メガ交信第1号となる福山の局長さんから声が掛かり、交信。やはり24メガでの開き方が気になったのか、24メガをワッチした途端にこちらのCQにヒットして、すぐに声を掛けていただいたようです。その後、福知山、奈良の局長さんから声を掛けていただきましたが、さすがに時間帯と21メガがけっこう開いていてCQが飛び交っている状況が影響してか、24メガも開いていることに気が付いている局が少ないようで食い付きが悪く、28メガにQSY。28.528でCQを出し、東広島市の局長さんと交信してCLしました。もっと粘りたかったんですけど、6日はセリーグ・パリーグ交流戦の第1日目でしたもんね(^_^;)
 今年の当面の目標は50メガでのJCC-200超ならびにJCG−100超を確定させることですけど、あわせてWARCの18メガ、24メガを早いところ100QSOまで持って行くことも目標にしています。昨シーズンは50メガに力を入れすぎた為か、24メガは6月の前半に交信しただけで終わってしまいました。昨年はHFと50メガを1本のアンテナを切換器を使用することによって共用してましたので、双方を同時にワッチするわけにはいけませんが、今年は50メガの専用アンテナを自作しましたので、HFと50メガが同時にワッチ出来るようになりました。さらに、昨シーズンまでWARCバンドの18メガ24メガはTS-830Vの10Wしか使用できませんでしたが、今シーズンはFT-101ZDのワークバンドを送信禁止解除し、両バンドとも100W運用が可能になりましたので、CQに対する食い付きも格段に良くなったような気もしますので、コンディションが開けてきた限りはCQを出し、特に24メガで早いところ100QSOを達成してみたいものです。出来れば24メガ特記でJCC-100も(笑)
 まあ、一番の問題は両WARCバンド共に専用アンテナじゃなくて21,28同調部分をアンテナチューナーで無理矢理同調させて電波を飛ばしていることですが、それでもとりあえず電波は飛びますからね(^_^;)

| | | Comments (0) | TrackBack (0)

May 04, 2005

国際電気通信連合無線通信規則改正点

 本年1月1日から発効した国際電気通信連合憲章に規定される無線通信規則の一部改訂部分に関しては、すでに昨年12月20日付官報号外第281号でその日本語訳が告示されていたことを知りました。今回の4月期1級アマチュア無線技士国家試験では、法規試験のうち国際条約関係分2問が古い無線通信規則にしたがって問題が作成されていたために、この部分の計10点がすべての受験者に加点される異例の措置となりましたが、そうなるとその前に実施されていた通信士試験あたりの国際条約絡みの問題もすでに合否の判定は終わっているとはいえ、精査する必要があるかもしれません。
 国際条約に規定するアマチュア業務に関する規定第25条は次のように一部改訂されました。
第1節 アマチュア業務
25.1 §1  異なる国のアマチュア局相互間の無線通信は、関係国の一の主管庁がこの無線通信に反対する旨を通知しない限り、認められる。
25.1 2 1) 異なる国のアマチュア局相互間の伝送は、第1.56号に規定されているアマチュア業務の目的及び私的事項に付随する通信に限らなければならない。
25.2A 1A) 異なる国のアマチュア相互間の伝送は、地上コマンド局とアマチュア衛星業務の宇宙局との間で交わされる制御信号を除き、意味を隠すために暗号化されたものであってはならない。
25.3 2) アマチュア局は、緊急時及び災害救助時に限って、第三者のために国際通信の伝送を行うことができる。主管庁は、その管轄下にあるアマチュア局への本条項の適用について決定することができる。
25.4   削除
25.5 §3 1)主管庁は、アマチュア局を運用するための免許を得ようとするためにモールス信号によって文を送信及び受信する能力を実施すべきかどうか判断する。
25.6 2) 主管庁は、アマチュア局の操作を希望する者の運用及び技術上の資格を検証するために必要と認める措置を執る。能力に関する指針は、最新版の勧告ITU-R.M.1544に示されている。
25.7 §4 アマチュア局の最大電力は、関係主管庁が定める
25.8 §5 1) 憲章、条約及び無線通信規則のすべての一般規定は、アマチュア局に適用する。
25.9A §5A 主管庁は、災害救助時にアマチュア局が準備できるよう、また通信の必要性を満たせるよう、必要な措置をとることが奨励される。
25.9B §5B 主管庁は、ほかの主管庁がアマチュア局を運用する免許を与えた者が、その管轄内に一時的にいる間に、主管庁が課した当該条件または制限事項に従うことを条件として、アマチュア局を運用する許可を与えるかどうか、決定することできる。

第2節 アマチュア衛星業務
25.11 §7 アマチュア衛星業務の宇宙局を許可する主管庁は、アマチュア衛星業務の局からの放射に起因する有害な混信を直ちに除外することができることを確保するため、打ち上げ前に十分な地球指令局を設置する。

 まあ、意味を深く考えなければ無味乾燥な法律条文の羅列ですけど、以前と変わった点というとアマチュア無線の許可関係にモールス試験を条件としないことばかり強調されてきましたが、その他にも非常時の第三者のための伝送や伝送内容の制限緩和、伝送中の短い間隔でのコールサイン送付義務化削除、使用できる最大電力は主管庁の宰領に任されることなども変更点となっておりますので、1アマ試験には必ず2問含まれる国際条約ですから、この条文は丸暗記しておきたいものです。
 しかし「25.7 §4 アマチュア局の最大電力は、関係主管庁が定める」という規定に改正され、「通信士の技術上の資格、および運用条件を考慮」という要件を問わないように変わりましたので、国際条約上ではその国が定める限り、初級免許でどんな高出力を出せるように規定しても、それを制限しないというようになったわけです。ということは、「国内法である無線従事者規則さえ改正すれば、アマチュアの従事者免許はモノクラス化が可能で、現4アマであろうとも1kW局許可は国際条約上では制限されなくなった」ということなんですね。本年1月1日以前はモールス試験なしに取得した4アマ資格でHFの運用をすることに関しては、ずっと国際通信条約のアマチュアに関する規定に違反していた状態が45年間継続していたのに、なんという出世でしょう(^_^;)
 さあ、資格統合は足音を立てて目前に迫っている?(笑)

| | | Comments (0) | TrackBack (0)

May 03, 2005

H氏の山岳運用スタイル

 オールJAコンテストで力つきた局が多かったからか、もしくは普段から無線三昧でGWの連休中くらいは家族サービスに徹しなければ家から叩き出されるとおぼしき局が多いからか、GW連休中はいつもの休日よりCQを掛けている局が少ないような気がします。インターネットクラスタを見ると6mは相変わらず1エリアから南は移動局や記念局が入り乱れて盛況のようですが、こちら8エリアからは6mバンドは未だに沈黙していて、21メガあたりもどうもコンディションが良くないようです。
 そんななかで当局が開局して1年半後に1アマを取得し、交信自粛を撤廃してから第2回目のQSOとなり、2m交信第1号になったHさんと久しぶりに交信できました。相変わらずまだ雪の残る山の山頂から2m用J型アンテナを釣り竿に吊してのQRVです。今シーズンの北海道はとりわけ雪が多くて、1100メートル級の山だというのにいまだ雪が多く、アイゼンとピッケル持参での登山で、今回取ったコースも雪が融け出す今時分にしか上れない難しいコースということで、いくつも雪崩のあとを越え、さらに真新しい熊の足跡を2つも見つけながらの登頂とのことでした。
 しかし、根っから山登りの好きな人ですが、さらに到達した山頂から電波を出すことが趣味ということで、山登りを二重に楽しんでいるということは誠に趣味としてうらやましいことです。まあ、わたくしは山男ではないので、苦労して山頂に到達したあと、写真でも撮っておにぎりでも食べ、さっさと下山して近くの温泉にでも入って汗を流すというのが普通の登山でなはいかと思うんですが、Hさんのように山頂に到達したあと、持参のビールやワイン片手に電波を出し始め、天気が良ければ数時間居座って2mでありながらかなり離れた場所と交信し合うっていうのは、何ともうらやましい登山スタイルだと思います。もっとも数人も立てば立錐の余地もない込み合った山頂から移動運用は、迷惑このうえありませんが、良識ある登山者としてHさんも心得たもので、人のまだあまり入らない季節、場所を選んでのQRVですが、今回は登りで下山中の2人に出逢い、それから下山までは誰にも行き逢わないで、1人山頂で心おきなくアルコールと交信を楽しまれたようでした。
 このHさん、自宅に固定設備はもたずハンディとモービル機のみの4アマさんで、ほぼ登山したときだけの運用なんですが、その運用スタイルは自然をうまく利用して、簡単でおそらく一番の軽量高利得安価なJ型アンテナを使用するというもので、モービル移動でオバケポールにスタックの大アンテナという移動局よりぜんぜん立派な移動運用スタイルだと思って、密かに尊敬する無線家の1人でした(笑)またJ型アンテナの製作を勧めてくださったのもこのHさんです。しかし我が自作J型アンテナは、ハンディ機のバッテリーが寿命で天井から吊した単なる受信用室内アンテナと化し、まだ一度も移動運用に使ったことはありません(^_^;)

| | | Comments (0) | TrackBack (0)

May 01, 2005

第47回オールJAコンテスト参戦

 JARL4大コンテストのトップを飾るオールJAコンテストが28日の21時より翌29日の21時まで開催されました。オールJAコンテストはWARCバンドを除く1.9メガから50メガまでのバンドで競技が行われ、144メガヘルツ以上のバンドの競技はありません。今の時期の28メガ50メガは、ここ8エリアでは殆ど他エリアと交信することは望みが薄く、21メガはコンディション次第ですが日本の中央部より北はスキップして、今の時期はヘタをすると沖縄しか開かなかったということもありうるので、8エリアで高得点を望むことはできません。必然的にある程度の局数を稼ごうとすると、昼間は14メガもしくは7メガ帯ということになりますが、4アマ局に許されている7メガ帯は狭いコンテスト周波数帯に高出力個人局、クラブ局が溢れかえって真夏の海水浴場のようですから、7メガは屋根より低いダイポールアンテナしかない当貧乏電波研究所が紛れ込む余地がありません。ということでオールJAコンテストは上級局のみに許されている周波数帯で、7メガよりはマシな14メガに参戦することにしています。出ている局数は圧倒的に少ないので高得点は取れませんが、CQ掛けてもパイルに陥ることもないのでオペレートが楽という長所がある半面、いつまで経ってもパイル裁きが上達しないという短所もあるかもしれません(^_^;)
 28日21時にスタートしたときは、当地がちょうど雷雨の真っ最中で、全市全郡コンテストの時よりは14メガCWの伝搬状況は良くて、こちらから応答しても取ってもらえそうな感じでしたが、空電がひどいのと誘導雷でも食らってリグがパーになるのを恐れて電源と同軸を外して当夜はQRTしてしまいました。
 翌朝、5時台後半にリグの火を入れ(真空管ですから^_^;)、バンド内をワッチすると高速のCWは聞こえますが、まだホーンのコンテスト周波数帯は沈黙しています。6時台後半に運用に入ることにしてそのままリグを暖めてアナログVFOを安定させ、その間に洗面して着替え、昼までの食料としてロールパンとペットボトルに入れたただの水道水(わびし〜)を用意。ホーンバンドの声が聞こえるまで軽く読書して待機します。
 6時台後半にCQの声が聞こえ始めたので慌てて周波数チェックを出し、14.274でCQコンテストを出します。6:52にJA1YDHが交信第1号となり、7時までに早くも7局と交信しました。このときは1エリアから6エリアまで全部開いている素晴らしいコンディションでした。どんどんマルチがたまっていきます。ところが早くも7:20分を過ぎて1kHzしか離れていない局がCQを出し始めてその混信で食い付きが急に悪くなり14.284にQSY。バンドの端になったからか最初のように1分1局が維持できなくなり3分1局くらいな感じになりました。さらに1エリアが早くもスキップしてフェードアウトし始め、3,4エリアの局がメインになってきました。局数の多い1エリアの局数が稼げないと苦しい感じです。さらに新たな局に追いやられて8時台前半には14.292なんていうバンドエッジに押しやられ、それでも上下に強い局がいるために、当貧乏電波研究所の垂直アンテナでは弱い局の信号が被ってしまって取れません。しかし、この周波数で粘って8時台に3エリアから6エリアにかけ18局。それ以降は一旦CQ掛けるのを諦めてCQを出している未交信局を拾って応答してゆきます。局数は稼げませんでしたが台風に祟られた全市全郡コンテストの時と違い、今回はコンディションも天気にも恵まれて、14メガとはいえコンテストバンド内はびっしりと参加局で埋まってます。そのために9時台10時台は空いている場所があればCQ、混み始めれば未交信局に応答というパターンを繰り返し11時台になってから14.296でCQを出したのち12:06で一旦QRTしました。そのころはほぼ3エリア大阪から4エリア岡山のあたりしか開けていなかったようでした。
 CWバンドはさすがにホーンではフェードアウトしてしまってさっぱり聞こえない1エリア局でも、高出力の局は聞こえています。それで午後はCQの掛かっている電信局で、ホーン未交信の局を狙って応答に回りました。CW最初の局は駒場のJA1ZLOで、それ以外の1エリア局はスキップしてしまったのか、CWバンドでも3エリアより南の局ばかり入感しているようでした。全市全郡コンテストのときは、ホーンバンドがダメになってからCWバンドを覗くと、そこにはホーンバンドからQSYしてきた交信ずみの局ばかりでしたが、今回は丹念に捜せば未交信局がけっこう見つかります。中にはマルチバンド部門の参加局が、伝搬最適の時間の関係で、14メガからCQを出す時間帯に巡り合わせる事もあるので、丹念にワッチする必要があります。ローカルのOM氏で4アマ講習会の時に上級を勧められた恩人講師、ラジオ鉄人の地元二文字局長、HAM屋社長で中学の後輩なんかのコールサインが14メガでコンテストサービスに回っているのが聞こえます。そしてマルチはなかなか増えませんでしたが、少しずつ交信局数を増やしてゆき、さらには日没後には再度1エリアの茨城近辺まで聞こえるようになり、CW交信17局を記録して19:43分にCLしました。
 コンピューターログで集計しますと89局30マルチの2670点という記録です。まあ、ちょこっと参加してログを提出したという程度の点数ではありませんが、成績としては中の中か下という感じでしょうか?20位以内に入れるくらいの成績なら良いのですが、たぶん25-30位くらいの成績でしょうか?(^_^;)
 前回の全市全郡が台風直撃ということで、極端に参加局数が落ちた反動と、全国的に天気に恵まれたからか参加局数も多く、いつも空いている14メガのコンテストバンドがQRMの嵐で上下の強い局に挟まれ応答率が落ちました。また一度も交信したことのない局とかなり交信させて頂いた半面、いつも14メガのコンテストで交信する常連の顔ぶれが少し少なかった気がしました。9連休10連休で海外旅行にでも出掛けた局長さんがいたのでしょ〜か?

| | | Comments (0) | TrackBack (0)

« April 2005 | Main | June 2005 »