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July 30, 2005

結局…だめかと思ったら後で開いた!

 太平洋高気圧の勢力を考えなかったので、前線は南に下がらず、低気圧本体も停滞前線を残して姿が見えなくなってしまいました。これじゃEスポはおろか、HFハイバンドが開くことも望めないようです。ということで、6月ならまだしも7月も末になると、理想的な天気図にはなりませんね。この停滞前線は梅雨前線ですが、この前線の影響が無くなり、前線が消滅もしくはもっと北に追いやられると、東北北部まで梅雨明けし、列島全国夏本番になると思われますが。それにしても、もう少し6mの伝搬がなんとかなりませんかね?イオノグラムの4地点観測見ると、北の果て稚内の臨界周波数はそこそこ上がるのに、九州・山川と沖縄はさっぱりです。ビームをウラジオストクにでも向け直して6mでCQ出さないといけなせんかね?(^_^;)
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 ところで、18時過ぎから6mが開き始め、20時過ぎまで久しぶりに6mがバンド中賑やかになっていました。気が付いたのはすでに20時を回っていましたが、8からはかなり広範囲に聞こえてきます。ということは、少し時間はずれましたけど、6mオープンの予想は的中したといってもいいかもしれません(^_^;) ちょっとだけ面目が保たれました(笑)

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July 29, 2005

Eスポ発生大予言

 30日土曜日は久しぶりに津軽海峡を通過する低気圧に伴う前線が日本列島を縦断する天気図になりそうです。このような気圧配置は、梅雨の季節になって以降なかなか巡り合わせることのなかったことでしたが、もしかすると、30日はHFハイバンドおよび6mの伝搬が久しぶりにオープンしそうな予感。
 外れたらごめんなさいですけど、こういう天気図っていうのがいままでなかったですし、久しぶりに週末に巡り合わせることになるので、けっこういけるんじゃないかと(^_^;) 夏休みに入った最初の週末ですから、移動局の活発な電波が各地から飛び交うことを期待したいところですが、土日は全国的にこの前線のおかげで雨が降りそうで、天気は全国的に悪そうですね。しかも、所により大気の状態が非常に不安定になり、電波の異常伝搬的には局地的にかなり期待できるかもしれません。まあ、現在無線自粛中ですので、皆様のご検討を期待してます(笑)電波の異常伝搬と気象を結びつける研究をするとっかかりにするために、気象予報士の勉強もしなくてはいけないかしら?
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July 28, 2005

夏休み子供科学電話相談によると

 毎年、この季節になると始まるNHKラジオ「夏休み子供科学電話相談」という番組の大ファンでして、昔から移動中の車の中などでよく聞いていました。とくにTBSラジオの子供電話相談室の回答者でもおなじみの動物お魚はかせ杉浦宏先生と、昆虫はかせ矢島稔先生の昔からの大ファンで、とにかくお二人のお話は面白い。杉浦先生は80を超えられているのに、話をする目線が未だに子供の目線です。3年ほど前、杉浦先生が体調を壊されて番組を1シーズン降板されたときはがっかりしましたが、昨年からフルタイムではありませんが、番組に復帰され、今年も元気なお声を聞くことが出来て安心しました。矢島先生の著作は図書館にある限りのものは目を通しました。それに昨年から杉浦先生のサポートとして北海道では知らない人はまずいない、旭山動物園を北海道の観光スポットにまでしてしまい、今や入園者数を上野動物園をもしのぐ物にしてしまったアイデアマン園長の小菅先生が加わり、この人の動物体験談も杉浦先生のお話に負けないくらい面白いです。でも本業放り出して東京のスタジオに出続けても大丈夫なの<小菅園長(^_^;)
 あと、解説の声が裏声でひっくり返る天文の国司真先生の話も面白いけど、天文の質問っていうのはいつも固定化していて、手持ちぶさたですね。質問が「宇宙に果ての向こうには何があるか」とか「宇宙人は本当にいるのか」ばかりが多いのですから(笑)
 さて、その夏休み子供科学電話相談の番組中に、九州の小学生から「今年は去年に比べて夕立が少ないのはなぜか?」という質問が来て、やっぱりそうなのかと思いましたが、防災情報機構の伊藤和明先生の話を聞くまでもなく、今年は梅雨が明けてから昨年に比べて大気の状態が非常に安定していて、北から冷たい空気が吹き込まずに大気の状態が不安定にならないために夕立が少ないとのこと。これは7月に入ってからのEスポの発生が極端に少なく、6mの伝搬が昨年と比べてもまったく寂しい状況であることに符合します。7エリアより南は今週末まで酷暑が続くようですが、夕立が来ないことも暑さに拍車をかけているのでしょうね。
 来週末までは更新自粛が続きますけど、普段だったら夕方からハイバンドのコンディションが戻ってきそうなものなのに、7月も10日を過ぎてからはさっぱりです。それでも今日の昼間、リグの電源を入れてみたら21メガの近距離Eスポで岩手県西磐井郡が強力に入感していました。南はダメでも7,8エリアにはまだ面白そうな異常伝搬発生の可能性が残されているかもしれませんぞ(笑)

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July 26, 2005

19時過ぎの臨界周波数10メガ超え

 昨日25日は19時を過ぎてから関東近辺のTVが縞々になった(Eスポにより外国電波の干渉をうける)という情報を素早く入手し、イオノグラムの国分寺観測点データを見ると夜なのに臨界周波数が10メガを超えんばかりになっていて、慌てて6mのリグの電源を入れるとなぜか淡路島の馴染み局の声が聞こえてましたが他はさっぱり。21メガにQSYするとこちらの方はかなり賑やかで、家に帰ってきてリグに電源入れたら結構聞こえていたからメシも食わずに無線という人も多かったようで。18メガは6エリアと1エリアしか聞こえませんでしたが、21メガの方は1から2,3エリアまで広範囲に聞こえてました。
 地元のJL8コール局が8J2AIを呼んでいたので誰かと思ったら例の小6ニューカマー局で、声だけ聞いていたらおっさんの声に聞こえましたねぇ(^_^;) 8J2AIもちょっと変わったOPで、北から飛んできた電波なのか南から飛んできた電波なのか区別がつかなくてJL6?を連発してましたが、正真正銘の10W局がこのレベルでしか、わがTS-830Vに聞こえてこないということは、ローカル局でサイドなのに20デシベルオーバーで、アッテネータ咬まさないとわがTS-830Vの受信回路が壊れそうな地元HF4アマ局のオヤジどもの電波は、全て100Wと断定してもいいような(笑)
 誰もオペレーションを教えていないからまずこのK君、相手の周波数にしっかりゼロイン出来ていないのが問題で、500ほどずれて呼んでました。それに相手からレポートを要求されないと忘れて送っていないことと、まだオペレーションに自信がないのか、返事一言のショートブレイク状態で、一言喋って相手に返してしまうのが気になりました。またJL6?と何回もクエスチョンされているのに「8エリア北海道です」と一言言えば相手がわかるのに、ただ「JL8」を繰り返すのも経験不足故でしょうか。しかし、オペレーションに慣れてしまったらけっこう末恐ろしいオペレーターになるかもしれません。前回と違ってついにJARLにも入会してしまったようで、「カードはビューロー経由でお願いします」の声も堂々たる物でした。おそらく彼だったら中学在学中に2アマくらい取れるかもしれません。そうなると我が町では久々の中学生上級アマの誕生になるかも。期待してまっせ(笑)

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July 25, 2005

久しぶりにハイバンド開く

 最近、2週間の内に2種類の国家試験受験のためにQRTを続けていましたが、昨日は先行のつまらない国家試験受験のために札幌に出掛け、昼過ぎまでに終了してしまったので、その足で円山球場に向かい、昨年甲子園夏の大会の覇者、地元苫小牧駒沢高校と札幌北照高校の南北海道大会決勝戦を見に行ってしまいました。双眼鏡にポケットラジオ、日焼け止めクリームに首を焼かないための手ぬぐいまで用意して試験に出掛けたんですから、ついでにというわけではなくて確信犯ですな(^_^;)
 試合結果は何とか1点差で逃げ切り、地元苫小牧駒沢高校が甲子園出場権を手にしましたが、去年の駒沢とは違いますから2回戦までいってくれればいいと思ってます。後楽園ドームや神宮球場は何回か野球観戦にでかけましたが、円山球場は初めてで、どっちの側が駒沢サイドかわからずに飛び込んだ内野席が敵方北照側(笑)
駒沢サイドに移動するまで内野席の人をかき分け、半周してしまいましたが、そこにも立錐の余地がなく、結局外野の一番後ろに立ってましたから3/4周したことになります(^_^;)
 さて、本日午前中は代休にしましたので、昨日の試験の検証とともについでにリグの電源をいれたら、9時代には21メガで鹿児島の突端しか聞こえなかったのに、10時台にしっかり21メガから6mまでよく開いてまして、6mは6エリアから5エリア、21メガは仙台近辺までもしっかりと聞こえてました。しかし、6mも長い時間は開かないようで、Eスポ末期よろしく短時間で聞こえなくなってしまうようでしたが。11時代には6mEスポもあがりかけ、12時代には6mは全くダメ。21メガは4アマ講師のOMがJAIAアワードのボーナス局サービスをやっていました。アンテナの高さとゲインの関係で、こちらには相手がさっぱり聞こえない局がありましたが、相対的にはけっこうなオープンで特に1エリア方面が強く入っていたようです。QRP局の声も聞こえましたしね。まあ、普段だったらCQかけてみるところなんですが、次の試験が8月4日なので、それまでは交信自粛が続きます。交信しないとネタに事欠きますのでブログの更新が遅れそうです。ご了承のほど(^_^;)

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July 23, 2005

戦後第一回目の2アマ試験問題

 戦後第一回目の第二級アマチュア無線技士試験についての内容の問い合わせがありましたので、一次試験の無線学(今の工学)の内容を公開しておきます。第二級アマチュア技士試験といいましても問題数5問の記述式試験となります。ざっと見た感じでは難易度に関しては1級とさほど差がないと思われますが、この記述式5問の無線学のほかに1級は電気通信術として欧文60文字/分の速度による5分間の送受信ならびに和文50文字/分の速度で5分間の送受信が課せられており、今のようにモールスCDもパソコンによるモールストレーナーもない時代にあっては、軍隊その他の通信に携わっていた人たち以外には通信術を独習することが困難で、このあたりで明確な1級と2級の線引きが行われていたような感じです。この1次試験に合格すると、1級が記述式の電波法規、無線学と択一式無線法規があり、また2級の電波法規は択一式の試験が実施され、2次試験まで合格して初めて従事者免許の申請に至るというものでした。
 第二級アマチュア無線技士試験(昭和26年6月27日実施)
1. 図のような水晶発振器を動作させたときの陽極同調蓄電器の容量の変化に対する陽極電流の変化を図示せよ。
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2. 図の回路において、集団増幅器と空中線結合線輪との結合を変えたときの陽極同調可変蓄電器の変化に対する陽極電流の変化を図示せよ。但し前段増幅器よりの励振及び真空管の各部供給電圧は一定とする。
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3. 無線送信装置において、整流管の陽極が赤熱するのはどんな
  場合か。
4. 標準周波数発信器と受信機によってヘテロダイン周波数計を
  校正する要領を簡単に箇条書きにせよ。但し標準周波数発信器
  は可聴周波数で変調するものとする。
5. エリミネーター式受信機には、電源交流の雑音(ハム)が発生
  することがあるが、どんな場合か列記せよ。

 ところで、この時代の無線従事者免許というのは5年という期限が付いてまして、5年ごとに更新しないと失効してしまう今の運転免許のような物だったんですね。終身免許になったのは昭和33年の法律第140号が公布されてからのことで、施行された昭和33年11月5日以降に期限の到来する従事者免許は、有効期限が記載されていても自動的に終身免許となりました。また、この法律により翌昭和34年から電話級・電信級の試験が実施されることになりましたが、旧来の第2級アマチュア無線技士資格は昭和33年11月5日から5年間はそのままとして、それ以降は電話級とみなすということになり、その間に移行試験として通信術の試験に合格すれば新2級アマチュア無線技士とするという措置がとられています。旧2アマを取り、二文字コールで開局したのにも係わらず、5年でコールを流してその後仕事に忙しさにかまけて移行試験も取らず、毎日サンデーになってから2文字コールを復活したのにも係わらず、設備2アマで免許状は4アマ10W/CWなしっていうOMさんがいますが、今となってはとても現行の2アマ試験すら受験する気がないようで。「旧2アマで電話級に格下げされ、電力だけは変わらずの100W」の現状でも自分からカミングアウトしなければわからないですし。「DXに興味ないし、14メガは出る気ないし、CWもやる気にならない」っていうところでしょうか?(^_^;)でも8エリアでは昭和34年4月の第1回目電話級アマ試験に合格してすぐに開局するとまだ2文字コールのJA8UかVいくつあたりのコールだったので、2文字コールだけど未だに電話級のままという人もけっこういますね。電話級試験で2文字コールもらってもまだJARLの保証認定が間に合わなくて落成検査だったそうです。当時、第1回目の電話級試験に合格され、すぐに開局されたV63VEでJA8VEのマーシャル在住斉藤氏に教えていただきましたが、地元OMの入れ知恵で、その時合格した仲間9人で申し合わせて電波監理局の検査官に小樽まで来てもらい、仲間の9人分連番でJA8VAからJA8VIのコールサインをもらったそうです。1エリアと比べると当時の8エリアは開局申請数も少なくて電話級が解禁になったとはいえ割とすぐに落成検査の順番が巡ってきたようですね。

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July 22, 2005

HEMMI No.32とミノックスBL

 ヘンミのNo.32という計算尺を殆どただみたいな値段で入手しました。そのかわり十分使い込まれているような中古品ですけど、道具はけっこう使い込まれたほうが味が出てくるものなのかもしれません。しかし、このNo.32という計算尺はうちにあったNo.2634よりさらにその有効長が短くて、4インチの部類にはいるので、世界でも最小クラスの計算尺らしく、精度を保つためにカマボコ状のレンズがついていて、その精度を高める工夫は、バルナックライカ距離計の基線長の短さをカバーするために距離計像を拡大することによって精度を確保するのと同じことでしょう。しかし、その小ささはNo.266が航空母艦ならNo.2634は駆逐艦。No.32に至っては水雷艇くらいの大きさしかありません(^_^;)
 その小ささ故に、父親の話では40年ほど前、会社の重役が海外出張時にこのNo.32やNo.30を日本のお土産として現地の技師に配るととても喜ばれたそうで、出張の度にごっそり海外に持っていったとのこと。大きな物を手先の器用さで小さな物に作り替えてしまうのは匠の技というか、日本のお家芸のような気がします。カメラの世界でも戦後進駐軍兵士に受けて大量に作られた「ペダル」なんてカメラも外人にとっては「ジャパニーズ・ワンダー」だったでしょう。まともに使うなら10インチの計算尺でしょうが、こういう極小計算尺を1個転がしておくのも良い物です。ちなみに刻印がNBですから昭和38年2月の製造。なぜうちには昭和38年製の計算尺ばかり集まるのでしょう?不思議だ(笑)このNo.32はNo.30とともに、つい最近まで在庫が手に入ったようですが、40年代生産のNo.32はカーソルとレンズが一体成形のプラスチックでコストダウンされています。40年代初めまでのNo.32は平面ガラスのガラスカーソルにカマボコ型のレンズを金属枠ではめ込んであり、こちらほのうが手が込んでいて細工物としては「いい仕事をしてる」感じでした。
 このNo.32の長さ的な感触にどうも触り覚えというか感覚的にピンとくるものがあったので、防湿庫から取り出してきたのがこのミノックスBLです。このNO.32は撮影状態に開いたときのミノックスBLの長さにほぼ一致しました。ミノックスというと言わずと知れたスパイカメラの代表ですが、現代にあっては電子技術の発達でこんなものを使って諜報活動するスパイなんかいません(笑)でもまあ、その発生の歴史からして常に戦争と東西対立の最中の諜報活動の道具としての臭いが濃厚にするようなカメラです。今でも北朝鮮でミノックス所持が官憲に見つかったら日本には帰国できないかもしれません(^_^;) ということで、一時期ミノックスが大変に流行った時期があり、その当時にけっこういい値段で購入したのがこのBLです。BLは機械式カメラとしての最後のミノックスで、以後のLXからは電子シャッターになりはて、大型になってしまいましたので、最初から興味の対象外。その精密な機械式スローガバナーの音を聞いているだけでも楽しいカメラですが、撮影は3本くらいしか取っていないんじゃないかしら?とにかく手現像手焼きでプリントのコストが高いんですね。ミノックスはシステムカメラで、一端のアクセサリーが揃い、専用現像タンクや引延ばし機まであるのですが、それらが高くて手が出ず、せめて専用引き延ばしレンズさえあればフイルムカッター作ってバリバリに実用にしていたかもしれません。
 以前、他の国産ライカもどきカメラと共に引っ越し費用を捻出するために売りに出そうとしたのですが、BLなのに3万位にしかならないといわれて、これだけは持って帰ってきました。一度中野の居酒屋で、手を滑らし裸のまま床に取りこぼして角にキズを付けて傷物にしてしまったこともBLに気のなくなった原因かもしれませんね(^_^;)
NO32BL


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July 21, 2005

チタン幕のニコンSP

 昨年末にネット上でニコンSPの限定再生産を知ったときには、以前のS3のこともあり、さほどオドロキはしませんでしたが、あれだけの複雑なファインダーフレーム機構を現代にあって手作業で再現することに挑戦するというだけでも、ニコンに拍手を送りたい気分でした。
 まあ、これから数年で産業界の第一線から団塊の世代が消えて行き、技能の継承というものが途絶えようとしてゆく現代において、こういう機械物の製作技術を今の若者に伝えてゆくというのは大切な仕事ですが、ことカメラ業界に於いては日進月歩のデジタルカメラの進歩によって生産は東南アジアにシフトし、カメラの生産をまったく国内で行わなくなったメーカーも出てきたくらいで、あのライカ社でさえ、デジタルカメラの立ち後れによって企業としての存亡の危機に立たされているとか。70年前に生産されたカメラを未だに修理受付してくれるようなカメラメーカーは世界中にライカしかありません。まあ、そういう企業姿勢だからこそどんどん買い換えが進まずに企業としては成り立たないんでしょうか?わたくしも50年前のM3とIIIg、おまけにミノルタのCLEと3台あれが事足ります(笑)
 さて、再生産ニコンSPでしたが、確か7月の受け渡しということで予約を取ったような気がしましたが、すでに初期の予約者のところには品物が届いたのでしょうか?わたくしは70万もするカメラをおいそれとキャッシュで購入することができるわけではありませんが、ニコンSPなら後期に近い18000番台のオリジナルを一台所有しております。けっこうこいつも海外に持参して活躍してくれました。再生産SPとの大きな違いはシャッター幕がニコンF同様にチタン幕であることで、多少がさつなシャッター音であるにしても、太陽で幕を焦がさないだけでもチタン幕のほうが絶対的な安心感があります。けっこう1眼レフからカメラを初めてレンジファインダーカメラを最近になって使い始めたような人はあまり気にしないでしょうが、昔、家に1台しかカメラが無くて、それがフォーカルプレーンシャッター付きのレンジファインダーカメラだった我が家では、そのカメラを使い始めた小学生のわたくしに母親が「レンズを太陽に向けると幕に穴が開くから太陽に向けるな。カメラを置いておくときにはキャップを着けろ」と口うるさく言ったものでした。なぜ、こんな知識が母親にあったかというと、母親の兄が無類のカメラ好きだったことからそのような知識を得たのだと思います。中古のレンジファインダーカメラのシャッターにもけっこうこの焼けこげによるピンホールを黒のゴムで補修してあるのをよく見かけますが、最終的にレンジファインダーカメラとして生き残ったキヤノンがステンレス幕を使用していたことでもわかるように、このシャッター幕焼けこげピンホールの問題はレンジファインダー式フォーカルプレーンシャッター機ではシャッター幕の材質を考慮しない限りは避けられない問題だったようです。
 ニコンSPが布幕からチタン幕に変わったのはいつ頃でしょうか?また、布幕とチタン幕との生産構成比は最終的にどれくらいになったのかも判然としませんが、チタン幕に生産シフトしたのは、ニコンFのチタンシャッター幕の量産化の目処がついて、SPにも流用できるようになってからのことなのでしょうね。そのニコンFにあっても初期生産ロットは布幕シャッターなんだそうです。
 手元のニコンSPはクラカメブーム到来以前の今から18年くらい前の購入品です。シャッターオーバーホール済みということで購入した商品でしたが、そこそこ使い込まれた実用品レベルで、ご多分に漏れずファインダー接合部分のバルサムが少し染みになっているものでした。ニコンは後々になるまで、このバルサムのおかげで価値の下がるものが多いですねぇ(^_^;) まあ、こういうレベルのシロモノなので、気兼ねなく外に持ち出して実用にしました。やはり35mm/f1.8との組合せが最高で、標準レンズの50mm/f1.4が今となっては古くさい描写のレンズなのに、この35mmはカラーバランスもコントラストも固くてカリカリのニッコールらしい良いレンズです。そういえば再生産SPはこのレンズが標準装備なんでしたっけ?このレンズのフードがなかなか歩き回っても見つからず、1年半おくれてやっと2個見つけ、1個捕獲に成功。2万円もしましたが、これがあるのと無いのとでは見かけ上でも大違い。ニッカに供給していたライカマウントのニッコール35mm/f1.8も十数年間所有していましたが、中身は同じながらこちらのほうが市場では圧倒的に数が少ないようで、500個以下の生産だったとか。実はこのライカマウントニッコール、某ライカ系レンズコレクターのウエブページに掲載されているものをよく見たら、製造番号からして以前わたくし所有のニッコールL35mm/f1.8ではないですか(@_@)オークションで売り払って巡り巡ってこんな所に落ち着いているとは思いませんでしたが、今のコレクターの看板掲げている人たちは、足で歩かなくてもオークションをよく見て金額を出せば、大抵の物は手にはいるのですから楽ですね(笑)レンズ35mmファインダーはきれいなのが手に入らず、実用上は問題ないが、コレクターズアイテムとしては並クラスの物を装着しています。これにライカのSBLOOを載せたらそれこそ「げだう」でしょう(笑)
NIKON_SP


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July 18, 2005

梅雨明けでEスポシーズンも末期へ

 3連休の3日目、こちらは朝から曇りときどき雷雨という変わりやすい天気でしたが、午後からは安定した天気になり晴れました。関東以南でも梅雨が明けて、本格的な暑さの季節を迎えたと思いますが、これでEスポによる異常伝搬のシーズンも末期に入ったようです。相変わらず今日も試験勉強で、たまに各バンドをワッチしてはいましたが、今日は午前中のコンディションもさることながら、8エリアでは午後になってから、それも15時過ぎぐらいのハイバンドの伝搬が抜群だったみたいです。イオノグラムをみても山川・沖縄観測点ではちっとも臨界周波数が上がってこないのに、珍しく国分寺と稚内の臨界周波数も上がっているようでした。それでも6月の夏至前後のように臨界周波数が15MHz近くまで上がることはありません。そのため、6mなどもいろんなところが聞こえてくるんですが、まったくスポット的での入感で、それも数分で全く聞こえなくなるというような状態です。まあ、あまり長い間ワッチし続けるわけにもいかないので、短時間短時間で繰り上げましたが、1局だけ以前は18メガで交信し、6mでは交信歴がなかった練馬区の局が7-8エリア指定でCQを出していたので、コールバックしてしまいました。1局だけで止めておいてちゃんと勉強しましたよ(^_^;)
 それで練馬の局がEスポでガンガン聞こえるのに、他の1エリア局もそうかと思うとまったくそのような様子が無く、不思議な伝搬状況でした。ハイバンドの24メガや21メガはけっこう広範囲に開いていて、夕方を過ぎてまで非常にコンディションが良かったようでした。JAIAアワードのボーナス局として4アマ講習時の講師で、上級アマまで取得することを勧めてくれた師匠(昭和4年生まれで70歳過ぎて1アマまで獲った)が21メガでサービスに回ってました。また地元のクラブが第50回港祭り記念カードをまくためにQRVしてましたので、次の週末あたりは注目してみてください(笑)

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July 17, 2005

計算尺末期のHEMMI No.P45D

 5月に入手したヘンミの中学生用計算尺No.45Kは、上級無線従事者試験における計算尺の有用性の話に感化されて、とりあえず使ってみたいというローカル無線家のところへ下げ渡されてしましました。以前書いたように「計算機は持ち込みできないが計算尺は持ち込むことが出来る」試験は無線従事者試験だけのようです。他の試験では計算ツールはまったく不可か、計算機も計算尺も持ち込み可というようになっているのが普通で、未だに「計算尺だけ使用可」という無線従事者試験だけがちょっと変わっているというか、おかしいだけなんですよね(笑)まあ、いままで1アマ試験でも通信士試験でもいまだに一度も計算尺を持ち込んだ人間にお目に掛かっていませんが(^_^;)
 8インチの中学生用計算尺を下げ渡してしまい、日常使うのに10インチの計算尺は机の上で邪魔くさいし、5インチの計算尺は目盛の読みとりが、ちときついために、日常用に8インチの中学生用計算尺が欲しいと思っていたところに、さる文房具屋よりデッドストックで定価1200円のHEMMI No.P45Dというオールプラスチックの計算尺を1,000円で入手してきました。本体の刻印を捜しましたがどこにもみつかりません。説明書の印刷が昭和49年5月になってますから、それ以降に市場に出されたものであることは確かです。49年というと、ほとんどヘンミ計算尺が生産を止めてしまったころの製品と言うことになるのではないでしょうか?当方、ちょうど中学3年のころですから学校では実際に計算尺の授業をまったく止めてしまったころに生産された計算尺ということになりますね。以前のNo.45Kは昭和38年製ということもあり、まだまだ計算尺が実社会でも使われていた時代の製品ですが、昭和49年というと電卓も関数電卓が出始めたころでもあり、実社会では計算尺が急速に廃れていった時代の製品ということになるでしょう。
 No.45Kは中学生用といえども工作精度も優秀で、見事な竹の細工物だったのですが、No.P45Dはプラスチックの板を切削加工したもので、妙に安っぽく、裏面のカーソルと換算表が省略され、三角関数は滑尺を裏返して計算しなければならず、換算表は別添えのカードが附属してました。今だったら裏のプラスチック面には保護シートを貼ったままで、キズが入れば製品として刎ねられるんでしょうが、このころはそういうキズにクレームをつける人間もいなかった為か裏のプラスチックは未開封品なのにも係わらず、けっこう擦り傷が入ってました。滑尺の滑りもなんか少しカジるような感じがして、やっぱり竹の方がスムースに動くような感じです。でもまあ、滑尺が薄いブルーのプラスチック素材を使用しており、白とこのブルーの対比が新しい感じがしますね。また、カーソルの入る溝が両端で塞いであるために、カーソルが抜け落ちて無くしてしまう心配がありません。そういえば計算尺本体はHEMMIのロゴが赤く入ったビニール袋に入れられているのが普通だとおもいましたが、このP45Dはただの透明なビニール袋に入っていました。末期ではビニール袋のコストまで惜しんだのでしょうか?
 ヘンミ計算尺は和光市の白子に竹製計算尺の一貫生産工場を持っていたようですが、手作業による部分が多くて竹製計算尺は年を追うごとにたびたび値上げされ、大量に消費される学生用計算尺のコストを押さえるためにプラスチックの計算尺を開発したのでしょう。現在ヘンミ計算尺では竹製の計算尺は再生産出来ないが、このプラスチック製計算尺に関してのみ、数がまとまれば生産可能なようです。最近よく使われるSI単位と以前の単位との換算用計算尺なんか作ることが出来ると、ジュールだニュートンだパスカルだとかの単位は頭の中でいちいち換算しないと理解できない私なんかにとっては便利なツールなんですけどね(笑)
 17日、朝から6mの宮崎ビーコンが久しぶりに聞こえています。午前中から昼にかけてまで、8エリアでは6mがよく開いたようですが、こちら試験勉強中のために交信自粛中です。誘惑に乗らず、6mで声を出さなかったのは3年半も酒を飲まないような「辛抱・我慢」が得意だから(笑)
 そういえば21メガニューカマー局の正体は、何と地元の小学6年生だそうです。講習でなくて自分で4アマ免許を取りに行き、FT-857と南向き固定バンザイダイポールでの開局ということで、願わくば「交信の相手がおじいさんしかいなくてつまらないからもう止めた」ということにならないように祈ってますけど(^_^;)
P45D
HEMMI No.P45Dの表面拡大画像はこちら
HEMMI No.P45Dの裏面拡大画像はこちら

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July 16, 2005

28メガで7エリア開く

 今日16日から人によっては3連休とのとこで、各地に移動運用局が出ていたのでしょうが、こちら8月の4日まで受験勉強のためにその期間はQRTにしました。しかし、ワッチくらいしないとここに書くネタにも窮するので、ときどき各周波数帯をワッチするくらいはしていましたけどね。何とかの法則ではありませんが、こういうときに限っていままでまったく交信できなかったところがEスポで強力に入感したりしがちです(笑)
 16日朝はまず6mをワッチしてみましたが、宮崎ビーコンさえ入感しませんし、SSB帯も沈黙しています。インターネットクラスタ上ではそこそこ8エリアの入感情報が出ているのにもかかわらず、こちらのアンテナには本州局が応答する声もCW信号もまったく聞こえてきません。4地点のイオノグラムを見ても臨界周波数がまったく上がってゆく兆候さえありませんでしたから、6mは今日もまったくダメそうです。10時ごろ、21メガをワッチしてみると1エリアがそこそこ強力に入感していました。さほど珍しいところからの入感はありませんでしたが、7コールが聞こえるのでQTHを確かめると仙台近辺とのことで、21メガで仙台付近が開けるともしかしたら28メガあたりも近距離Eスポの可能性が出てきますが、ここはじっと我慢します。昼過ぎに28メガをワッチすると、何と6エリア長崎から7エリア山形・仙台の局が聞こえるではありませんか。特に山形の局は絶対数が少ないからか、それともビームは北海道に向かないからか、当方とはまったく相性が悪く、7メガ以外では山形の局がいままで取れていなく、最近は7メガもまったくやらないものですから、山形のコンファーム数がまったく増えません。これは大変とリグの真空管に火を入れ、チューニングを取っている間に山形の局にQRTされてしまいました(^_^;)
 この手で未交信地点を逃してしまったことは数局ありましたね。ヒーターに通電してチューニング取らないと電波が出ないことは真空管式リグの欠点ではありますが、パソコンだって電源入れてすぐには使えないことは同じ事。でもまあ、スイッチ入れてその周波数にすぐに出られるリグが当たり前になっている今、こんな真空管式リグ2台で頑張っているのはアナクロでしょうか?(笑)
 そんで、その山形局がCQ出すのを止めて、他の28メガに出ている局を呼びに掛かっていたので、隣接周波数でCQ出してもダメでした。この手のこざかしい手を使っても1回くらいしか狙い通りに相手局をゲット出来たことはありません。やっぱり交信が終わった直後にQSY要求しないとダメですね。なかなか相手周波数でブレイクするのが気が引けるんですよ(^_^;)
 その28メガも12時半を過ぎると急にコンディションが落ちてしまいました。午後、地元のHAM屋に出掛けると、店のアンテナで11時頃ワッチしていたら、本州方面が6mでけっこう開いていたというではないですか。これにはちょっとがっくりきました。8m高の2エレトマトアンテナではまったく聞こえない信号がタワーの20m高のアンテナではやっぱり聞こえているらしいのです。VHFのEスポ伝搬とはいえ、ある程度の高さは必要なんですな(T_T)

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July 14, 2005

じぇいかんの名前の由来

 「じぇいかん」というハンドルネームを見てけっこう自衛隊関係者と誤解している方が多いようなので、ハンドルネームの由来を書いておきます。今から遡ること十うん年前、最初にパソコン通信系で使ったハンドルネームが「ひげおやじさん」というハンドルネームで、オン・オフを問わず通常は「おやっさん」と呼ばれてましたが、MIDIで作った楽曲データをMIDIフォーラムにUPするときに、初めて「J.Kanz」というハンドルネームを使いました。これはとりたてて読み方を付けなかったのですが、この名前で参加していたNIFTYの酒フォーラム、FSAKE独楽亭にアクティブになり、オフ会三昧の生活を送っていたころに自然発生的に「じぇいかんさん」と呼ばれることになってから、それが固有名詞的なものになって今に至っているわけで、これでまったく自衛隊に関係ないことがおわかりだろうと思います。J.Kanzは本名の英文を短縮したものですが、ググってみると、J.Kanzという名前の外国人がけっこういるみたいですね(笑)
 しかし、あれだけの隆盛を極めたFSAKEがインターネット環境に移行できずに3年ほど前に解体し、そのNIFTYの文字通信自体も今年の3月で完全廃止され、それぞれの分派が独自のウエブ環境で生き残っているようですが、こちらは都落ちして、さらに酒をまったく飲まなくなってからも3年半経ちましたので、以前のオフ仲間とはまったくもって疎遠になり、たまにネット検索でヒットした懐かしいアクティブメンバーのホムペで消息を知るくらいになってしまいました。今考えると2400bpsの接続料が1分10円、9600bpsの接続料が1分25円なんていう時代に、月末の課金請求書に青くなりながら、今月はなるべく1万円以下に収めようなんて考えていたあの時代が懐かしいですねぇ。未だに捨てられず、接続速度上昇の度に新しくなっていった2400,9600,14400,28800,56000bpsのモデムが全部残ってますよ。56000のモデムなんか1年も使わずにいきなりADSLに変わってしまいましたが、シリアルのないG4,MACにシリアルボードを追加して末期のFSAKEの未読を落とすだけのためにモデムを使ってました(^_^;)
 さて、先週から地方支部大会の用事を仰せつかり、そちらにかかりっきりだったために急にアクティビティが落ちましたが、いよいよ24日と4日に久々の国家試験2連発ということで、実質的に今週から無線封鎖を実施しております。幸いというか残念ながらというか、今週になって急に6mがさっぱり開けなくなり、HFのハイバンドも国内がダメになってしまいました。イオノグラム4地点観測のデーターを見ても、何だか秋のような感じになっています。これじゃHFハイバンドの電波も国内はスキップしてしまうかもしれません。そういえば日曜日だと思っていた8月の試験が4日木曜日だったために欠席届を出しておいたフィールドデーコンテストに参加出来そうですけど、6mがこの調子だと何か8月にはいるとさらにダメそうで、どうなりますことやら。昨年のフィールドデーコンテストはコンテスト開始時間4時間前くらいから6mが大オープンして、設置準備中の移動各局から大変多くのコールバックをいただきましたが、翌日はEスポが全くダメで、同じエリアのグランドウエーブで3局くらいしか交信が出来ずという状態でしたが、今年は何か期待できそうもありませんね。

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July 13, 2005

21メガでニューカマー局

 12日夕方頃、地元から聞き慣れない新しいコールサインの局が21メガで電波を出し始めましたので、話を聞いたら2日前にやっと局免が降りたばかりとのことでした。普通だったら免許を取ったばかりだと2m/430の2波の割当だけで開局するのが圧倒的だと思うので、2〜3回CQを出しただけで話し相手がいなくてQRTしてしまうところを、このニューカマー局はHFのみの開局で、逆にVUの設備は持っていないとのこと。なんか30年前の我々の世代みたいな開局のしかただなあと思って懐かしく思ってしまいました。もっとも21メガでローカルラグチューを何時間もするような相手はいないでしょうけど(笑)
 この局、開局そこそこでJARL入会もまだだというので、交信する局ごとに入会を勧められていましたが、地方支部も構成員を300人切る状態が6ヶ月継続すると隣接支部へ統合されてしまうというので、是非とも入会してもらいたいものです。まあ、2週間前なら入会しようかしまいが自由だと思いましたが、ちょっと当事者サイドになってしまったので、入会を勧める立場にならざるを得ません(^_^;)
 しかし、このニューカマー局は今の季節の開局で幸いだったと思います。今の季節だったらHFハイバンドで10Wであろうとも全国に交信の相手は沢山います。それで、HFは面白いという印象を持ってくれて、アクティブになってくれるといいのですが、冬場の開局だとHFハイバンドは国内がスキップしますし、ローバンド7メガはオーバーパワーの巣窟で、10Wでは飛ばないという印象を持たれると、結局は他局同様4アマ100Wに走るか、無線を止めてしまうことになるでしょう。
 どういうアンテナとリグを使っているか聞きませんでしたが、開局時いきなりタワーにビームアンテナだったら当貧乏電波研究所の立場はありません(笑)でもまあ、親が無線をやっていて、その共用設備で開局したってことは十分考えられます。夕方からのQRVだから学校帰ってきてからの運用だろうなんて勝手に解釈しておりますが、我が町から真新しいコールサインで21メガの電波が出ていたら、相手してやってくださいね。QSLカードも「郵政公社経由」も嫌がらずにお願いしておきます。こういうニューカマー局に良い印象をもってもらうのも無線界の勤めでしょう。

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July 11, 2005

雨の地方支部総会

 7月10日にJARL地方支部総会が我が町で開催され、案内が来たら今回は初めて顔を出してもいいなと思っていた程度なのに、何の因果か支部の今後のマニフェスト立案を頼まれて、あたしゃどこかの掲示板によると「かなり屈曲した性格」だそうですから、いままで殆ど何もしない地方支部にあっては、かなり自分勝手にかき回したような行動計画書が出来上がったと思います。
 主にぶち上げた内容はあまり公表すると他地方支部にパクられるとやりにくいので公表を憚りますが、財政強化策と支部コンテストならびに支部発行アワードの改革、青少年育成策の具体策ということでしょうか。まあ、こんなことを具体的にやるようなガラではありません。ここで何もせずに「じぇいかんの提言」でもぶち上げてJARLに物を申したり、無線界に物を申すような書き込みをどんどんしてゆくほうが楽です(笑)
 総会ですが、地元のアマチュア無線クラブが全て動いてくれて、原本部長、加藤全国理事、上田監査長もみえ、あいにくの強い雨にも係わらず、60人ぐらいと盛況に開催されました。地方支部としての事業報告、決算報告、事業計画、予算などに関しては当事者ではなかったらおとなしく昼寝でもしているところなんですが、今日はそういうわけにはいきません。プリントの数字を見てくれと逃げたような感じですが、一言自分の主観を付け加えて説明し、事なきを得て承認されました。60人プラスお偉いさんの前で発言するのは十数年ぶりです。まあ、こういう時でもまったく上がらなく、自分が何を言っているかもわからなくならないのは、性格がずうずうしいから(笑)
 質疑応答でも支部コンテストに関しては参加者があまりにも少ないので、改革に賛成だとわざわざ発言する人も出てくるくらいで、やっぱり外部から眺めてみないとなかなか問題点は見えてこないなあと感じました。隣の道内最大の支部からスパイ(失礼)が来ていて、わたくし立案の財政強化策に関し、原本部長にしつこくその是非を確認する質問を繰り返していましたから、このアイデアは早晩、他支部にも波及してくることでしょう(^_^;)
 総会は質疑応答で紛糾することもなく、無事に1時間半ほどで終了し、お定まりの記念撮影ののち昼食時間になり、メーカーの展示即売会ではやはりIC-7800が人気。ロングワイヤーにカウンターポイズを繋いで受信してみましたら、九州でコンテストに参加している局が聞こえ、そのコールサインからおなじみの熊本・松岡氏とわかりましたが、周りは最近コンテストなんか出たこともないOMさんばかりだからこのコールサインもまったくご存じなかったようで(笑)そういえばこのIC-7800は、我が町では一台すでに売れたそうで、その発注主は4アマ講習会で法規を教えてもらったNNW先生だったそうで。この先生は1アマであることに間違いはないんですけど、以前の徳島だったかのOMみたいにIC-7800だっていうから驚いて見せたら免許情報みたら4アマだったっていう4アマIC-7800は、日本中に10人じゃ済まないだろうな(^_^;)
 しかし、総会の出席平均年齢は55歳を遙かに越えているのではなかったでしょうか?わたくしとハム屋社長が一番若い世代の出席者に近いのですが、それでも40代半ばですからねぇ。それにJK8コールの人はちらほらいますがJL8コールの人間は他に1人も居ません。KからLになって間もなく5年を経過しようと言うのに、Lコールの人間がわたくししかいないというのは、明らかに過去5年の新人育成策をまったく怠ってきたことは明白です。これはまったくもって前支部長の責任です。そういう経緯もあり、前支部長は5年くらい勤めていたのにも係わらず、実質的に本部に解任されたような形になったようですが。まあ、まったくの部外者だったわたくしに改革案を作成させるくらいになったのですから、支部の風通しがよくなった事は確かでしょう(笑)
 1時からアトラクションとして大正琴のおばさま達の演奏会があり、驚いたことに伴奏がROMになって数字を打ち込めば伴奏が自動演奏され、それに大正琴でメロディ裏メロディを合わせてゆく一種の「ドンカマ」が使われていたことでした。しかし、三味線弾きの感性からすると、演奏にアクセントを付けない大正琴の平坦な演奏は辛いわ。
 アトラクションが終わって空くじなしの抽選会が実施され、みんな後から番号を呼ばれた方がいい物が当たるのではないかと目論んで、早く呼ばれた人はがっかり。わたくしも抽選券をもらい、最後の1/3位まで残ったのですが、そのあとすぐに呼ばれて小さな包みを渡されました。昨日の前夜祭でも抽選会があり、当たった賞品は小さなアナログテスターでしたが、今回の包みを開けたら電卓が出てきました。後輩のハム屋社長が「計算尺使うから計算機なんかいらないのにねぇ」なんて言ってましたが、自分が当たったのは自ら品物を用意したマウス用のパームレスト(笑)それより電卓の方がましだな。

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July 10, 2005

2mEスポ キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!

 JARLのウエブ上で、最近どこのエリアかしりませんが2m(144MHz)Eスポが中国まで開けて、中国では145.00が呼出しチャンネルになっていないためか、運用が徹底されていないためか、メインチャンネルで中国局が運用を続けているのに対して日本では呼び出す局、メインチャンネルから他のチャンネルにQSYを呼びかける局等が入り乱れて国内のメインチャンネルが大混乱になったという話を知りました。太陽黒点の極小期に向かってるというのにちゃんと1年に1回くらいはこういう異常伝搬もあるんですね。
 話は9日の夕方になりますが、実はJARLの支部大会が今年は当方の町で行われることになり、いままで支部大会などの集まりにはまったく参加したことがないのにもかかわらず、役員会の討議事項とその配布資料の立案並びに作成を頼まれて、支部付作戦参謀を仰せつかるようになり、さらに酒を一滴も飲まないのにも係わらず、地元のホテル16階で行われる支部大会前夜祭という会食会に引っ張り出されました。各地から招待客が顔を見せ、8エリアの代表である原JARL北海道本部長とも顔を合わせることとなったのですが、そういうときでもハンディ機を持ち歩く人間がいるんですねぇ(笑)
 さすがは16階だけあって、普段は聞くことのできないような場所からの電波がハンディ機の短いヘリカルアンテナに入感してきます。ダイヤルを回してゆくと、地元局が韓国を呼び出してショートのQSOらしき物を繰り返しているのが聞こえ、ハンディの持ち主が興奮気味に「Eスポで2m韓国が開いた」と叫びました。しかし、1年に1度あるかないかのチャンスを支部大会の前夜祭で潰すとは、何たる不運。2年目にして訪れたチャンスを逃して悔しがるわたくしは、原本部長からもしっかり笑われてしまいました。まあ、ホテルの16階からでは手も足も出ませんでしたが、スタックのアンテナでしか聞こえなかったのか、それとも2年前のオールJA8コンテストの時のように短いGPアンテナでもしっかり聞くことが出来たのかもまったくわかりません。ただ、事実として9日18時過ぎに地元と韓国の間が2mEスポで開いて交信が出来たことは確かです。昼間に6mのCWで韓国と交信したんだから、もっと警戒をしておくべきだったのに(T_T)

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July 09, 2005

韓国と6mCWで交信

 今週は6月の気候に逆戻りしたようで、最高気温も15度そこそこの、霧が出るか雨が降るかという冷涼な気候でした。おかげで洗濯物を干すことが出来る日が、全くなく、除湿器を使っての部屋干しになる一週間でした。誰かが某掲示板に書いていましたが、やっぱり昨日は8エリアがたったの20分しか開けなかったとのことで、こちらの観測とも一致していました。せめて1時間でも開けばもっとみんなフィーバー(って今時そんな言葉誰も使わないやん)するんですけどねぇ(^_^;)
 本日、土曜ということもあって、各地に移動局が出ておりそのために電波もキャッチしやすかったのですが、やはり広域的に開くというわけにはいかず、スポット的にかなり強いEスポ伝搬がありました。最初50.226でCQ出しても食い付きがまったく無かったのですが、次第にバンド内で聞こえる局が多くなり、10時直前には岡山から島根のラインがかなり強く入感。松江の局、笠岡の移動局、真庭郡の移動局と交信できました。山陽小野田市のおなじみの局のCQも聞こえましたが少し弱い感じでした。4エリアは1エリアとのほうが伝搬が良かったようで、盛んに1エリアの局と交信してましたので、1から北が全部開いたとなったら、かなりの局数をこなすことが出来たのではないでしょうか。まったくもってうらやましい(T_T)
 10時代後半から急に各方面が弱くなって、沈黙のバンドにかわりました。12時台に50.149辺りを付けっぱなしにしていたのですが、突然VVVを打つ局が出てきました。そしてCQを出し始めましたので、コールサインを良く聞くと韓国からの局でした。単語の間隔がちょっと狭くなったり広くなったりしますが、手打ちの電鍵のようで、なかなかうまい電鍵裁きでしたが、JAの食い付きがあまりよくないみたいで、5局とQSOした後、無精をしてリグに載せっぱなしのHK-808でDE JL8DJSを送出。QSBでサフィックスが一文字取れなかったようですが、こちら10ワットでトマトアンテナ、さらにビームが南固定となればいたしかたがないでしょう。再度コールサインと599レポートを送り、相手からも599を受けて交信成立。韓国からの電波が飛んでくるようじゃ日本の真ん中からの電波は期待できません。その韓国局も10分ほどでフェードアウトし、まったく沈黙のバンドに戻ってしまいました。宮崎ビーコンは入感しているんですけどね。国内のCWも聞こえないとは…。

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July 08, 2005

朝に強力Eスポ発生

 しばらく前からイネ科の牧草花粉にやられて、常に目を洗ってアレルギー症状を軽減する目薬を使わないと目が真っ赤に充血する事態が続いていましたが、ここ3日の雨と、近所の道路でやっと一斉に草刈り作業が始まったので、これで少しは落ち着いて花粉症の症状も収まってくれるのではないかとほっとしています。
 相変わらず日中の6mの伝搬は良くないようですが、今日の朝は出掛ける前に6mのSSB帯をワッチすると、珍しく八王子近辺のモービル局同士がお互いの通勤途中に交信している信号がメーター振り切れで入感していました。そうなると、この期を逃すわけにはいかず、50.223でCQ開始。程なく5月に一度交信歴のある川越の局長さんからのコールバックがメーター振り切れで入感してきました。よくある16号線沿線Eスポです(笑)
 そのあとすぐにおなじみの川崎宮前区の局長さんがレポートをくれ、今度は福岡築上郡の局から呼ばれて交信成立。つぎに弱いながらも下関の交信歴のある局長さんから声が掛かり、今度は長野の二文字のOMさんから強力なEスポによるコールバックがありました。次に埼玉坂戸市、愛知県春日井市、京田辺市と交信をしたところでバンド中が沈黙。その後はインターネットクラスタを見ても何の情報もはいりません。
 でもまあ、まったく聞こえないよりはマシです。しかし、朝の忙しいときに強力なEスポで開けるというのも皮肉な物ですが、さすがにスポット的にしか開かないので、辛うじて「仕事を放り出してまで無線機にかじり付く」状態にはならないだけ、救われているのかと(^_^;)

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July 07, 2005

前回交信はグアムから28メガ

 梅雨前線の影響というわけではありませんが、ここ8エリアでは雨が続きましたので気温が上がらず、最低気温で11度前後、最高気温でも15度前後という5月中旬以前の陽気が続いています。というわけではありませんが、7月に入ってからもEスポで6mが開く日にも殆ど恵まれません。4日の昼過ぎくらいなものだったでしょうか?聞こえないわけではないんですが、聞こえる場所がピンポイントで、それもすぐにフェードアウトしてしまいます。まあ、そんな調子でも夕方過ぎには1回ぐらいCQを出してみるんですが、たとえ2〜3局聞こえていたとしてもCQに反応してコールをくれる局がありません(T_T)
 今日は18時過ぎに3局くらい聞こえていたので、試しに50.243でCQ出すと、平塚の局がコールバックしてくれました。コンピューター上にコールサインの履歴が無かったので、ファーストかと思ったら、なんと昨年8月、28メガでグアム島からアメリカのコールサインで交信した局長さんだったんですね。向こうが調べてくれるまでまったく気がつきませんでしたが、こういう偶然っていうのはまったくもってうれしいものです。しかし、28メガって言うとあんまりワッチもしないもんだから、海外との交信ってこの平塚の局長さんがグアムで運用していたのに当たったこれだけですね。たぶんこのときはTS-830Vの10Wだから、いくらパスが開いていたとはいえ、垂直アンテナの打ち上げ角の低さはあなどれない(笑)
 その後、おなじみの南国市の局がレポートをくれ、大阪豊中市の局と交信した後は呼べども呼べどもまったく応答なし。バンド内もまったく交信が聞こえなくなりました。しかし、これほど6mのコンディションが開かないと、今年はもうこのままのコンディションで8月の始めにはEスポシーズンも終わってしまうような感じがします。来年は更に太陽黒点の極小期に向かって6mのコンディションは低下するでしょうから、来年から6m国内伝搬観測の看板を降ろさないといけないかもしれませんな(^_^;)

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July 05, 2005

天野滋、「さようなら」で旅立つ

 天野滋の訃報が流れました。実は3日にNHKのBSで「おーい日本、今日はとことん岩手県」が放送されて、そういえば一ノ関出身の天野滋のことを思いだしていたのですが、そのときすでに帰らぬ人になっていて、おそらく近親の方の間で葬儀がおなわれていたであろうことを本日知ったのですから皮肉な物です。
 天野滋と言えば、我々中学生時代の末期に井上陽水に代わりフォーク小僧の間の神様的存在であったNSP(ニュー・サディスティック・ピンク)のリーダーで、クラスの男女を問わず全員が「夕暮れ時はさびしそう…」の大合唱を行うというおぞましい風景を何回も見ております。こちらはフォークブームのムーヴメントに反発したい一心でハードロックしかやりませんでしたが、NSPのレコードもテープも持っていないのにもかかわらず、NSPライブの中のMC「一ノ関にはこんなでっけぇスズメがいてよ」とか「納豆・空豆・ピーナッツ」なんていうのは台詞は30年経っても覚えているんですから、一種のすり込みですな(^_^;)
 NSP活動中から他のアーティストに作詞家として作品を提供していたらしく、NSPメンバーがポニーキャニオンのディレクタに転身した関係か、ポニキャニのアイドル関係の楽曲に多数作品を提供しておりました。それも鳴り物入りのデビュー曲などというものは全くなく、ちょっとそのアイドルが勢いを失い掛けた3曲目に、秋本康と後藤次利コンビが手を引いてしまったような、そういう「会社としてはセールス的にどうでもよい」ようなレコードやCDに顔を出すのが常で、世間的にはまったく知られていないような作品が多いようです。ところが、そういう作品でもしっかり「天野ワールド」が出来上がっているんですねぇ。
 個人的に天野滋の作品を再認識したのは95年くらいの「メロディー」というアイドル3人組のアルバムに作詞者としてその名前を見つけた事でした。当時のニフティのアイドル系パティオに「メロディごときに天野滋の作品なんざ10年早い」なんて書き込んだらメロディ・ヲタから「そんなこと言わんでくれ」なんて泣き言がはいりましたけどね(笑)でもアルバム中の「ねぇ、ダーリン!」という曲が大好きになり、中年のおっさんがこういう若いカップルの、悪く言えば青くさい青春の1ページの心象描写がなぜ書けるのか感心しました。とてもわたくしにはマネできません。さすがは「外づらを良くしようと虚勢は張るが、内向的で性格が暗い」なんて言われることのある南部人の天野滋、強いて言えばそれを代表する宮沢賢治のような人たちにしか出来ない仕事なのかもしれません。NHKのフォーク大集合で、再結成後のNSPを何回か見ましたが、白糠で倒れ、釧路で客死した高田渡のように、その姿が永遠に見られなくなるのは残念です。あの曲どおり「さ〜よ〜なら〜」で天野滋は彼岸に旅立ちました。

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July 04, 2005

無惨な6m& DOWNコンテストの成績

 2日の土曜21:00から翌日3日の15:00までJARL4大コンテストの一つである「6m& DOWNコンテスト」が開催されましたが、各局成績のほうはいかがだったでしょうか?最近、6mは昼間はあまりにも8エリアからの伝搬コンディションに恵まれず、スポット的にしか開かないために当日は期待をしておりませんでしたが、案の定1エリアがまったく開かずそのEスポも10:30には上がり、沈黙のバンドになってしまったために、前日夜に夕張で運用していた大学クラブ局を含めて6mの交信局数は、たったの19局しかスコアを上げられませんでした。11時を過ぎてCWさえも聞こえませんでした。
 昨年のこのコンテストはEスポで大オープンに恵まれ、10時から11時までTVを見るためにサボった時間もありながら、呼びにまわるだけけで正味3時間で70局以上と交信したのに情けない状況です。昼前にはさっさと切り上げて支部大会の打ち合わせに出掛けてしまいました。そのなかに一局、いままでCWでしか交信したことがない局が江田島市からの移動でコンテストにホーンで参加していて、初めて音声で交信しましたが、こういう偶然だけはたのしいですね。まあ、まったく競技としては通用しないようなスコアですが、参加のカードが貰えますからスコアだけは提出しておきましょう(笑)
 ところが昨日とはうって変わって天気図上では日本列島を縦に梅雨前線が縦断した形になったからか、昼からしか知りませんが6mがけっこうオープンしました。時にEスポで昨日はまったく開かなかった1エリアがオープンし、昨日のコンテストで1エリアがまったく開かなくてスコアが延びなかったことを話すと、今日交信した他の8エリアの人がみなそんなことを言っていたという話です(^_^;)
 世の中うまくはいかないものですが、今日はいままであれほど6mの伝搬が悪いのか縁が薄かった群馬県は新田郡とEスポ20デシベルオーバーの交信が出来たのを始めとして45分ほどで15局も交信できました。昨日CQかけても応答があったのは2局のみだったのに、何と言うことでしょ。その中に8J2AI愛・地球博特別記念局からのコールバックがありました。24メガに続いて2バンド目で、いずれもCQに対するコールバックでした。
 そういえば来月のフィールドデーコンテストは、札幌で開催される国家試験に重なるために、ここに欠席届を出しておきますね(笑)昨年のフィールドデーコンテストは6mではコンテストが始まったときより、その前の夕方から午後8時くらいまでにEスポで大オープンでしたが、翌日はまるっきり悲惨な状況だったのを思い出すなぁ(^_^;) そういえば#266電子工学用計算尺を入手した話は前回書きましたが、同じ「求む」広告を見てまた今日別のOMさんが電話を掛けて下さいました。話では番号違いで#256とのことなので、数の多い電気用計算尺かと思って辞退申しあげたら、これは「電気通信用計算尺」というらしく、とりあえず頂いておくべきだったのに勿体ないことをしました。まあ、#266電子工学用計算尺と比べると裏面の尺が少なくて寂しい計算尺ですが、周波数fと波長λが一発で換算できたりして、けっこう面白い計算尺だったかもしれません。逃した魚は大きかったかしら?

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July 02, 2005

6mAMで次々に呼ばれる

 ついに7月に突入し、Eスポシーズンもそろそろ決算期に突入したようです。ちまたではバーゲンセールが始まり、ラフォーレやプランタンは若い女の子で行列ができたのでしょうねぇ。今はどうだか知りませんが、1年に2回、若い女の子の社員が決まって風邪で一斉に会社を休んだりするのが夏場は今頃だったりするわけで(笑)
 6mのほうは夏物売り尽くしというわけにいかなく、1日夕方も局地的に聞こえはするのだけれども低調で、CQかけてもさっぱりという状態でした。しかたがなく24メガでCQをだすと、もうおなじみの奈良の局長さんからレポートをいただきました。CQ掛けてもコールバックがさっぱり無いのでは、どこに電波が落ちているかもわかりませんが、何回交信していてもちゃんとレポートを交換するためにコールバックをくれる局はありがたいです。しかし、なぜいつもいつも夕方は奈良に電波が落ちるのでしょう?これが山を越えて大阪の方までゆくと途端にレポートのSがスカスカになるのです(笑)その後24メガで珍しく福島の棚倉町、富山市と繋がりましたが、24メガはそれ以上コールバックがなく28メガにQSYして28.495でCQを出しました。まもなく四日市、松江のモービル局、宮津市、市原市、海部郡弥富町の局と5局交信。交信履歴の少ない28メガが少し増えました。18メガを覗くと8J1F局が深谷市市制50周年記念局として運用していましたので、コールバックして交信成立。
 2日の日は久しぶりに6Mが開いてました。これも梅雨前線がちょっと南下して四国九州方面に雨をもたらせてくれたおかげでしょう。ところが午前中は所用で昼まで車を走らせなければならなかったために、出がけにレポート交換のみでCQを出し始めた松山の局にコールバックしたのみです。我が944は燃料ポンプを新品に交換され、2週間ちょっと前に帰ってきたのにもかかわらず、修理が完了しているはずの水温計が動かず、走りには関係ないながら水冷ポルシェにあっては恐ろしくて長距離を走れない状態なので、今日は無線機の積んでいないカローラで出撃でした(^_^;) 水温計は7月中旬の車検で再修理してもらう予定。そのとき944のリサイクル料金として13,800円だそうな。
 話は脱線しましたが、午後6mは8エリアからは鹿児島の突端のみ聞こえてました。おなじみの鹿児島県内移動局が1日から合併で市になった「鹿児島県曽於市」から運用していて、この局と交信成立。ほか、HFハイバンドは開けているのに6mはスカスカで、6エリアからは1エリアから北が全部開いているのに8エリアからは鹿児島の突端しか聞こえないなんて、ずいぶん不公平です(T_T)
 そんなもんでしばらくQRT。18:30近くになってふたたび6mを覗いてみるとけっこう広範囲に聞こえるので、少しバンドの端へ寄って50.253でCQ開始。すぐに田川郡香春町からコールバック、このOMさんからCWの要求があったのですが、6月にあんまり6mが開かないもので、6mのほうに電鍵をつないでいなかったために申し訳ないが次の機会にというと、それではAMで呼んでくれというのでAMのQRP4Wでコールバックし交信成立。実はうちのIC-551のAMはA3Eじゃなくて全搬送波片側側波帯のH3Eなんですけどね(笑)カードにはAMとしか書きませんが(^_^;)
 そしてSSBモードに戻って再度CQを出そうとすると少しばかりAMのコールバックで小さなパイルアップになりました。1エリア和光、所沢、横浜戸塚区、白河市、日立市と次々にAMで呼ばれましたが、何で6mをやる人っていうのはAM好きなんでしょうかね?口々に我が町とはAMで交信するのが初めてだからありがたいと言うのですけど、そんじゃSSBでCQ掛けてもSSBは他の人間からカードもらっているからコールバックはしないんでしょうか? ちょっと複雑な感じになりますね(苦笑)その後SSBに戻って3局交信してQRTしました。もちろんその後、電鍵を繋いだのは言うまでもありません。

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July 01, 2005

HEMMI No.266電子工学用計算尺入手

 厚木の某OMさんのご厚意によりまして、ついに「HEMMI No.266 電子工学用計算尺」を入手しました。なにせこのNo.266はLC回路の計算が一目でわかるだけではなくその誘導性・容量性リアクタンス、波動インピーダンス時定数、限界周波数、並列抵抗、合成インピーダンス、ベクトルの絶対値、デシベル計算が瞬時に目で見てわかるという優れものです。我々の世代だったらそういう計算はプログラム電卓で任意の数字を入力すれば答えが出てくるようにプログラムを組むのが普通なんでしょうが、1つの数値だけ読むのではなく、その数値の組合せが連続的に量として目で見えるのが計算尺の優れたところです。ここまで電子工学用に特化した計算尺は日本ではこのヘンミのNo.266しかなく、その特殊性ゆえに「本数の少ない計算尺」の一つで、電子工学にまったく縁のない計算尺ヲタクの間でも「あったらとにかく押さえておけ」という感じで、金額に糸目を付けずにさらわれていかれますから、実際に無線工学の興味により必要としている自分のところには縁のない計算尺でした。その特殊性ゆえに「無線従事者試験で使用できない唯一の計算尺」のようですが、そりゃ「任意のLとCに値を取れば共振周波数が1発で出てくる」ような道具を試験に持ち込んだら試験になりませんって(笑)
 でもマルチバンドアンテナのトラップなんかを作るにはこれくらい便利な道具はありません。通信機メーカーでも設計者には会社からこのNo.266か支給されたらしく、「JRC(日本無線)」の刻印が入ったHEMMI No.266もあったようです。一度お目に掛かってみたいですね。もしかしたら三鷹・吉祥寺界隈の古道具屋にないかしら?吉祥寺界隈には岩通の刻印入りのNo.266も、どこかに眠っているかもしれません(^_^;)
 ところで、オークションでもなかなか出てこなく、出てきたとしても高額で計算尺コレクターにさらわれるNo.266をどうやって入手したかというと、実は「求む」の広告を出したのでした。もちろんこんなものでNo.266が手に入るとは思いませんでしたが、ダメで元々と思った「求む」広告の熱意が通じたのか、ご丁寧な往復ハガキをいただき、こちらの指し値でお譲りいただいた次第です。No.266電子工学用のオファーはこの一件だけでしたが、電話で「FUJIの両面計算尺」の連絡をいただきました。FUJIには電子工学用が無かったために、その申し入れは辞退しましたが、考えてみればFUJIの両面計算尺自体、そんなに数があるわけではなかったので、お譲りいただいた方がよかったかなぁ、なんてちょっと後悔しました。しかしまあ、No.266は1アマ以上の無線工学の知識、いわゆる「各種無線工学の概要」レベルの無線工学でなければ必要のないものです。初級アマレベルの知識だと、ちょっと書かれている目盛の意味することもわからないかも。
 このNo.266が加わって、当方には計算尺が用途別に4本集まりました。そのうち2本はタダでもらったものです(笑)リッツシステムのNo.64は某鋼材メーカー勤務の友人が職場で確保して送ってくれたもの。No.2634は親父の持ち物だったもの。No.45Kは古道具屋さん。そしてNo.266は厚木のOMさんからです。
 30日の交信は1局だけ。それも2mでも電波が届く壮瞥町のオロフレ峠からの21メガ運用局との交信です。21メガだと隣の町との交信も怪しいのですが、さすが高い地点からの交信なので、グランドウエーブというか直接波でもお互いに59というレポートでした。しかしまあ、市内ならまだしも隣接地と21メガで交信できたなんてけっこう珍しい。もちろん近距離Eスポじゃありませんよ(^_^;)
266
 #266と#2664Sのサブセットである#2634との大きさ比較。まるで超弩級戦艦と駆逐艦ほどの大きさの違いがあります(笑)#266にはKTA-12939という刻印が彫られており、もしかしたら米軍通信隊か通信機メーカーの備品だった可能性があります。箱は30年代によくある深緑の皮もどき紙の貼り箱でした。40年代の#266と比較するとLL固定尺の右側部分に桁読み換えのための換算刻印らしきものがありません。製造年月略号が見あたらなかったので、どうしたものかと思ったら下固定尺左側にうっすらと「PK」を確認。昭和40年11月の製造ということになりますね。わたくしゃまだ小学校にも上がっていないころで、ちょうど「ウルトラQ」なんて特撮物をやっていた頃でしょうか?
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