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July 22, 2005

HEMMI No.32とミノックスBL

 ヘンミのNo.32という計算尺を殆どただみたいな値段で入手しました。そのかわり十分使い込まれているような中古品ですけど、道具はけっこう使い込まれたほうが味が出てくるものなのかもしれません。しかし、このNo.32という計算尺はうちにあったNo.2634よりさらにその有効長が短くて、4インチの部類にはいるので、世界でも最小クラスの計算尺らしく、精度を保つためにカマボコ状のレンズがついていて、その精度を高める工夫は、バルナックライカ距離計の基線長の短さをカバーするために距離計像を拡大することによって精度を確保するのと同じことでしょう。しかし、その小ささはNo.266が航空母艦ならNo.2634は駆逐艦。No.32に至っては水雷艇くらいの大きさしかありません(^_^;)
 その小ささ故に、父親の話では40年ほど前、会社の重役が海外出張時にこのNo.32やNo.30を日本のお土産として現地の技師に配るととても喜ばれたそうで、出張の度にごっそり海外に持っていったとのこと。大きな物を手先の器用さで小さな物に作り替えてしまうのは匠の技というか、日本のお家芸のような気がします。カメラの世界でも戦後進駐軍兵士に受けて大量に作られた「ペダル」なんてカメラも外人にとっては「ジャパニーズ・ワンダー」だったでしょう。まともに使うなら10インチの計算尺でしょうが、こういう極小計算尺を1個転がしておくのも良い物です。ちなみに刻印がNBですから昭和38年2月の製造。なぜうちには昭和38年製の計算尺ばかり集まるのでしょう?不思議だ(笑)このNo.32はNo.30とともに、つい最近まで在庫が手に入ったようですが、40年代生産のNo.32はカーソルとレンズが一体成形のプラスチックでコストダウンされています。40年代初めまでのNo.32は平面ガラスのガラスカーソルにカマボコ型のレンズを金属枠ではめ込んであり、こちらほのうが手が込んでいて細工物としては「いい仕事をしてる」感じでした。
 このNo.32の長さ的な感触にどうも触り覚えというか感覚的にピンとくるものがあったので、防湿庫から取り出してきたのがこのミノックスBLです。このNO.32は撮影状態に開いたときのミノックスBLの長さにほぼ一致しました。ミノックスというと言わずと知れたスパイカメラの代表ですが、現代にあっては電子技術の発達でこんなものを使って諜報活動するスパイなんかいません(笑)でもまあ、その発生の歴史からして常に戦争と東西対立の最中の諜報活動の道具としての臭いが濃厚にするようなカメラです。今でも北朝鮮でミノックス所持が官憲に見つかったら日本には帰国できないかもしれません(^_^;) ということで、一時期ミノックスが大変に流行った時期があり、その当時にけっこういい値段で購入したのがこのBLです。BLは機械式カメラとしての最後のミノックスで、以後のLXからは電子シャッターになりはて、大型になってしまいましたので、最初から興味の対象外。その精密な機械式スローガバナーの音を聞いているだけでも楽しいカメラですが、撮影は3本くらいしか取っていないんじゃないかしら?とにかく手現像手焼きでプリントのコストが高いんですね。ミノックスはシステムカメラで、一端のアクセサリーが揃い、専用現像タンクや引延ばし機まであるのですが、それらが高くて手が出ず、せめて専用引き延ばしレンズさえあればフイルムカッター作ってバリバリに実用にしていたかもしれません。
 以前、他の国産ライカもどきカメラと共に引っ越し費用を捻出するために売りに出そうとしたのですが、BLなのに3万位にしかならないといわれて、これだけは持って帰ってきました。一度中野の居酒屋で、手を滑らし裸のまま床に取りこぼして角にキズを付けて傷物にしてしまったこともBLに気のなくなった原因かもしれませんね(^_^;)
NO32BL


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