戦後第一回目の2アマ試験問題
戦後第一回目の第二級アマチュア無線技士試験についての内容の問い合わせがありましたので、一次試験の無線学(今の工学)の内容を公開しておきます。第二級アマチュア技士試験といいましても問題数5問の記述式試験となります。ざっと見た感じでは難易度に関しては1級とさほど差がないと思われますが、この記述式5問の無線学のほかに1級は電気通信術として欧文60文字/分の速度による5分間の送受信ならびに和文50文字/分の速度で5分間の送受信が課せられており、今のようにモールスCDもパソコンによるモールストレーナーもない時代にあっては、軍隊その他の通信に携わっていた人たち以外には通信術を独習することが困難で、このあたりで明確な1級と2級の線引きが行われていたような感じです。この1次試験に合格すると、1級が記述式の電波法規、無線学と択一式無線法規があり、また2級の電波法規は択一式の試験が実施され、2次試験まで合格して初めて従事者免許の申請に至るというものでした。
第二級アマチュア無線技士試験(昭和26年6月27日実施)
1. 図のような水晶発振器を動作させたときの陽極同調蓄電器の容量の変化に対する陽極電流の変化を図示せよ。
2. 図の回路において、集団増幅器と空中線結合線輪との結合を変えたときの陽極同調可変蓄電器の変化に対する陽極電流の変化を図示せよ。但し前段増幅器よりの励振及び真空管の各部供給電圧は一定とする。
3. 無線送信装置において、整流管の陽極が赤熱するのはどんな
場合か。
4. 標準周波数発信器と受信機によってヘテロダイン周波数計を
校正する要領を簡単に箇条書きにせよ。但し標準周波数発信器
は可聴周波数で変調するものとする。
5. エリミネーター式受信機には、電源交流の雑音(ハム)が発生
することがあるが、どんな場合か列記せよ。
ところで、この時代の無線従事者免許というのは5年という期限が付いてまして、5年ごとに更新しないと失効してしまう今の運転免許のような物だったんですね。終身免許になったのは昭和33年の法律第140号が公布されてからのことで、施行された昭和33年11月5日以降に期限の到来する従事者免許は、有効期限が記載されていても自動的に終身免許となりました。また、この法律により翌昭和34年から電話級・電信級の試験が実施されることになりましたが、旧来の第2級アマチュア無線技士資格は昭和33年11月5日から5年間はそのままとして、それ以降は電話級とみなすということになり、その間に移行試験として通信術の試験に合格すれば新2級アマチュア無線技士とするという措置がとられています。旧2アマを取り、二文字コールで開局したのにも係わらず、5年でコールを流してその後仕事に忙しさにかまけて移行試験も取らず、毎日サンデーになってから2文字コールを復活したのにも係わらず、設備2アマで免許状は4アマ10W/CWなしっていうOMさんがいますが、今となってはとても現行の2アマ試験すら受験する気がないようで。「旧2アマで電話級に格下げされ、電力だけは変わらずの100W」の現状でも自分からカミングアウトしなければわからないですし。「DXに興味ないし、14メガは出る気ないし、CWもやる気にならない」っていうところでしょうか?(^_^;)でも8エリアでは昭和34年4月の第1回目電話級アマ試験に合格してすぐに開局するとまだ2文字コールのJA8UかVいくつあたりのコールだったので、2文字コールだけど未だに電話級のままという人もけっこういますね。電話級試験で2文字コールもらってもまだJARLの保証認定が間に合わなくて落成検査だったそうです。当時、第1回目の電話級試験に合格され、すぐに開局されたV63VEでJA8VEのマーシャル在住斉藤氏に教えていただきましたが、地元OMの入れ知恵で、その時合格した仲間9人で申し合わせて電波監理局の検査官に小樽まで来てもらい、仲間の9人分連番でJA8VAからJA8VIのコールサインをもらったそうです。1エリアと比べると当時の8エリアは開局申請数も少なくて電話級が解禁になったとはいえ割とすぐに落成検査の順番が巡ってきたようですね。
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