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February 26, 2006

総通局のFRS,GMRS狩り

 近所のハム屋に「トラックでアマチュア無線をお使いの皆様へ」というようなパンフレットと共にデンパ君のイラスト入り軍手が入った包みが2つ置いてあったので、最近はこんなものを道路で配って不法開局撲滅キャンペーンでもやっているのかと聞いたら、ついこないだハム屋に総合通信局職員の抜き打ち査察が入り、そのときに総通局職員が置いていったものだそうです。
 普通は今の時期に販売店への査察が入る事はなく、事前に連絡が入るのが普通のようですが、今回抜き打ちの査察が入った理由は米国製トランシーバの「FRSとGMRS」が店頭に置かれていないかどうかのチェックのようでした。
 北海道総合通信局がこれらの違法トランシーバを使用を摘発して「指導」を行った新聞報道は以前に書きましたが、相変わらずネット上では「使用すると不法開局の罪に問われる」事を明示せずに大量に販売されています。また使っているのを摘発されても「指導」だけだからどんどん使えなどと煽る書き込みも見受けられるようですが、「指導」は「今回は刑事告発しないが、次回同じ事を見つけたら告発する」ということです。「今度やったらただでは済まない」という警告なのですが、どうも「使わないでくださいね」というお願い程度に軽く考えると飲酒運転の罰金程度ではすまない量刑が待っていますので、「指導」を軽く考えない方が身のためです。
 総通局職員の話だと、実際に北海道で「TV中継波に混信を与え業務に支障を来した」事犯があったそうで、北海道総合通信局が職員を各販売店に送って抜き打ち査察をする必要があるくらい、けっこう電波監視に引っかかるこれら米国製違法トランシーバが出回りつつあるのかもしれません。
 何とか早いところ税関により通関させない等の「水際で国内に入れさせない」連携行動が必要だと思いますが?

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February 25, 2006

寄生虫さん、こんにちは

 料理好きを自認する限りは包丁が使えなくてはいけませんし、魚を一匹出されておろす事も出来ないと「料理が出来る」なんて恥ずかしくていえません。さらにまともに魚をおろそうとするとステンレスの包丁ではだめで、最低鋼の出刃、刺身、鰺切り包丁の3つくらいのマイ包丁を持っていたいものです。ところが最近出刃包丁の出番が無くて、しばらく使わなかったら刃先にうっすらと錆が(^_^;) もっと使わないといけませんが、釣り師ではないので普段は魚の切り身しか買いませんからねぇ(笑)
 日ごろ出番が無い出刃包丁でしたが、スケトウダラを10匹以上もらい、久しぶりに裁くことになりました。どうやら200海里すれすれの所で操業していたロシアと韓国の大型底引き網漁船が姿を消して、昔のようにスケトウダラの資源が戻ってきたようです。こんなにスケトウダラをもらっても消費のしようがないのですが、今の季節、蝦夷の国では昔から棒ダラ作りが行われ、頭と内臓を落としたスケトウダラの尻尾をひもで結んで野外の竿に掛け、凍る融けるを繰り返すことで寒天作りのようにフリーズドライとなって水分が抜け、保存に耐えるものになるのです。いにしえは米の取れない蝦夷の国の重要な交易品で、北前船によって昆布などと共に関西に送られ、関西では棒ダラは昆布同様に欠くことの出来ない食材の一つなのでしょうが、北海道では棒ダラ作りはすれども戻して煮付けて食べるなどということは、よっぼど山奥で生魚が流通しなかった開拓地は別として、あまり聞いたことがありません(^_^;) 身欠きニシンはそこらじゅうに生えている蕗といっしょに煮て開拓地のごく普通のおかずだったので、かえって身欠きニシンの消費は多かったようです。棒ダラはカチカチに乾いたヤツを金槌で叩きほぐして、マヨネーズに七味を振りかけ醤油を落として混ぜたやつにつけながら食べるのはけっこう珍味ですが(笑)
 ということで、13匹あったスケトウダラを全部さばくのも大変ですが、覚悟を決めて出刃包丁を振るい頭を落とし、腹を割いて内臓を取り、腹を流水で洗って尻尾の部分にひもを通す穴を開けます。マダラと違ってスケトウダラのタチはさほど大きくないのですが、いわゆるタラコはスケトウダラのメスの卵巣で、福岡名産の辛子明太子もすべて北海道産もしくは輸入物のスケトウダラの卵巣です。5匹ほど裁いたときにどうも腹腔内と肝臓に米粒ほどの白い物体が多数付いているのを見つけました。最初はタチが千切れてこぼれたのかと思ってよく見たら背筋が凍り着きました。なんと引っぱるともぞもぞ動くんです(@_@) 名前は知りませんが、魚に寄生する寄生虫に間違いない。しかし、ここまで大量に寄生虫にたかられた魚にあたったのは初めてです。25倍のルーペで覗きながらピンセットで剥がそうとすると、頭に棘というかそういうものがある口でしっかり食いついていて、なかなか剥がれようとしません。急いで内臓を取って腹腔内の米粒ほどの寄生虫をピンセットで剥がし、水道で腹腔内をよく洗いますが、この米粒みたいな寄生虫は調べるとニベリニアという名前の寄生虫らしいですな。このニベリニアだらけのスケトウダラにはアニサキスもいて、さらにまな板の上にこぼれた内臓片に混じってエノキ茸のような長さ3センチくらいの白い物体がこぼれていたので、ルーペで観察すると、何と生きたサナダムシちゃん(^_^;) アニーちゃんにはよく巡り会うけど、生きたサナダムシちゃんに遭遇するのは初めてです。ルーペで覗いてわかりましたが本当に節に分かれているんですねぇ。この魚に寄生するサナダムシは日本海裂頭条虫というものらしいです。日本人のサナダムシちゃん感染例としては一番多いもののようですが、元東京医科歯科大の藤田紘一郎せんせによるとあまり人間の体内に入っても非道い悪さをするものではなく、サナダムシの抗体が体内に入ることによってかえって花粉症などにかかりにくいなどという研究成果があるようですが、藤田せんせみたいにこのサナダムシちゃんを飲み込む勇気はあたしにはありません(笑)この魚にいる3センチくらいの幼生の状態をプレロセルコイドというらしく、これが人間の体内に入ると2メートルから9メートルまで成長するそうです。どちらにしてもこれらの寄生虫は本来クジラやイルカという海棲ほ乳類や鮫などを終宿主とし、それらの小腸に寄生するもので、寄生虫卵がこれらの糞とともに水中に放出され、それを取り込んだプランクトンを小型の魚が補食し、その小魚をより大きな魚が補食し、その魚をクジラやイルカが食べるというサイクルを繰り返しているのです。そのサイクルの途中で人間が魚を横取りすることによって人間も感染するわけですが、それらの寄生虫は人間の体内で繁殖出来るわけではないために、寄生虫にとっても人間の体内に取り込まれることは迷惑な話なのでしょう。さて、米粒ほどのニベリニアですが、腹腔外にこぼれ落ちたニベリニアがスケトウダラの鱗の付いた皮膚に食らいつき、ピンセットで剥がそうとすると、カギのような口吻で鱗をくわえ込んだまま離れようとしないそのしたたかさを見て、こいつらはもしかしたら、元々地球外生命体だったんじゃないかと思えてきました(^_^;)

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February 24, 2006

試験科目の順序変更

 4月に行われる平成18年度第1回上級アマチュア無線技士国家試験は20日月曜日で試験申込が締め切られましたが、知らないうちに今年から試験順序が変わり、午前中に法規の試験と電気通信術、午後からが無線工学の試験となったそうです。以前から無線工学を午後に持ってきて欲しいという話はちらほら出ていましたが、どうしてこういう試験順序にしたかというと、万が一通信術で失敗しても次の試験につき合わないで棄権して帰れるようにということらしいのですが、以前のような「通信術によって選別される」試験と違って、受験者が殆ど通信術試験免除であり、まったく素の状態から1ヶ月もあれば合格水準に達することが出来る通信術試験を今さら午前中に持っていっても別にどうでも良い配慮だったかもしれません。法規と工学の順番が入れ替わったことに対しては、昼休みに復習できるからそのほうがありがたいと歓迎する人がいる半面、一夜漬けで覚えた工学問題を法規の試験が間に入ることによって忘れてしまう人もいるかもしれず、どちらがいいのかわかりません。個人的には昼食後の満腹の状態よりも、午前中の頭脳の方が覚醒していて集中しやすいような気がしますが…。4月からの上級アマ試験はくれぐれも昼食は軽くするか抜いて、頭脳の覚醒状態を保たなければいけないかもしれません。しかし、今回の試験は前回試験で取れる人が取ってしまった後だからか、ちっとも盛り上がりません。もっとも今回の試験は、上級アマの規制緩和状態が今後も続くかどうかの重要な見極めになる試験となるはずです。前回の合格率からすると、意味もなく少し難しくなる傾向になるのかな?そうなったら再度1アマ試験に「計算尺」の出番があるかもしれませんぞ(笑)

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February 23, 2006

再び計算尺の貼箱製作開始

 先日、支部のイベントで子供たちに使わせる電池を購入しに100円ショップへ出掛けたとき、ついでに素材のコーナーを覗いてみるとけっこうアンテナ製作に使えそうなものが沢山あり、こんどはアンテナ材料を漁りに一度100円ショップに出掛けなければいけないかもしれません。その素材コーナーの片隅にギフトの梱包用などに使う包装紙関係がいろいろとおかれていて、その中についに貼箱用の皮もどき紙を見つけました。なんと裏のシートを剥がすとどんなところにも貼ることが出来る粘着シートになっており、大きさも縦50センチ横49センチという大判です。品名は「レザー風カラー貼れるシート」というもので、原産国は韓国でした。あちらではC式の機械箱にこういう皮もどき紙を貼った貼箱がまだ多いのでしょうかね?日本では手間代が出なくて高いものになるからC式の貼箱なんて絶滅品種に近いものですが。うれしいことに昭和30年代のヘンミ計算尺の箱に貼ってあるシートそっくりな緑色のシートがありましたので、2枚購入してきました。1枚で両面計算尺用の箱が2個分取れる計算です。欲が出て30年代のリレーの片面計算尺のような黒と赤のシートが無いかと思って捜しましたが、赤はあっても黒がありませんでした。他には紺、青です。
 素材が手に入ったので覚悟を決め、ヘンミの10インチ片面尺用の貼箱木型の製作に入りました。木型素材は加工しやすく柔らかいシナ材で、厚さ12ミリ、幅60ミリの板を45ミリ幅に切断すると、ちょうど片面計算尺の中子サイズとなりますが、長さ450ミリの板を幅で15ミり削るというのはろくな工具もない為大変で、けっきょく鋸で慎重に切断し、最終的にカッターナイフで削って規定寸法を出しました。後はクラフト紙の封筒をバラして木型に巻き付け糊付けし、そこに寸法出しして切り出した笹カマボコやお菓子の箱だった厚いボール紙の板を糊付けし、底板も糊付けして輪ゴムで固定。糊が乾いたところで今度は蓋を作るために、その内筒にクラフト紙を巻き、糊付けしてボール紙を張り付け、また輪ゴムで固定。その蓋になる筒に定寸で切り取った粘着シートを貼り付けますが、裏のシートを全部剥がさないで少しずつ剥がしながら貼り付けるのが皺を寄せないコツです。蓋のないケースに入った計算尺が一組ありましたので、今回蓋は2個作っておきました。粘着シートの末端を処理して、今度は本体外筒を作るために、内筒にクラフト紙を巻き付けて、そこに内筒を作った要領で定寸のボール紙を糊付けし、輪ゴムで固定したのち底板も糊付けします。そして乾いた外筒に蓋を作った要領で粘着シートを貼り付けてゆき、末端を処理して外筒完成。内筒の蓋がはまる部分にも粘着シートを貼り付け、内筒に軽く糊付けして外筒をはめ込むと、これで10インチ片面計算尺用のケースが完成です。30年代のヘンミ計算尺の緑箱が青みがかった緑なのに対して、この皮もどき粘着シートは黒板のような緑色で、色合い的にはどっちかというとリレーの緑箱に近い感じです。それでも貼箱用の紙ですから出来合は素晴らしいの一言(笑)以前作ったヘンミ10インチ両面尺用ケースもリコー10インチ両面尺用ケースも包装を剥がしてこの緑色の皮もどきの外装に換えてしまいました。この三種類を作ったことで、とりあえずうちにはケースのない計算尺は一掃されましたが、今後の為に予備に何個か作っておきましょうか?(笑)もっとも素材にする菓子箱などの厚手のボール紙が手に入らないので、知り合いに声を掛けて菓子箱漁りをしなければいけません。
RULECASE


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February 20, 2006

親子ラジオ製作教室

 支部のイベントに合わせ、従来は地域の電波適正利用推進員によって行われていた「親子ラジオ製作教室」を今回は独自で行わなければいけないため、半田ごてその他の安全管理の手伝いとしてこの親子ラジオ製作教室に参加してきました。いつもは部品点数の少ないゲルマニウムラジオを作ってもらうのですが、我が町は電波的には札幌か室蘭の電波を受けている弱電界地域(ラジオの中継局はあるようですが)のため、電波そのものを検波してクリスタルイヤホンで聴くゲルマニウムラジオでは感度的にちょっと厳しく、今回は3石トランジスタラジオでスピーカも直接鳴らせるようなものです。ところが部品が増えたために半田付けの箇所がとても多くなり、今までと比べものにならないくらいの手間がかかることが予想され、どうなるか危惧したのですが…。
 今回は新聞による告知が一度出ただけで、前宣伝の手段がなかなか無くて、集まった子供は7人。下は幼稚園から上は小学校3年くらいの子供たちです。科学センターで工作教室などに行ったことがある子供以外は半田付けなども初体験で、半田を溶かしたときに発生するフラックスの煙を嫌がり、半田付けしながら顔を背けてしまうような子供もいました。まず部品の数を確かめて説明書の図どおりにプリント基板に部品をはめ込んで行きます。これが子供にとっては意外と根気の要る作業だったらしく、抵抗のカラーコードを読みとりながら所定の場所に部品をはめ込む作業でもう幼稚園の子供は根気が続かずアウト(^_^;) 代わってそこだけお母さんのラジオ工作教室になってしまいました(笑)部品の足をまず基板の穴位置にあわせて曲げるのが難しかったらしく、特にトランジスタの3本足をはめ込むのに苦労していた子が多かったようです。そして部品をすべて基板にはめ込んだところで半田付け作業に移りますが、こてを部品の足に近づけてそこに半田を当てて素早く溶かすと教えても、どうも皆こてに半田を押し当てて溶かしてそれを左官屋さんのように塗り込めるという半田付け作業から脱却できません。盛大にイモ半田になり、隣のランドまでくっつけてしまうようなことを繰り返しながら、アンテナ線と電池ケースならびにスピーカを取り付けていちおう形になりました。試しに音が出るかどうか外から引っぱってきた誘導電線にラジオのアンテナ線を巻き付けて試して見ます。音が出た子もいれば、音が出なくて手直しが必要な子もいましたが、自分が組み立てたラジオから最初に松任谷由実の歌を聴いた女の子は特に新鮮な感動があったようでした。
 今どきラジオは100円ショップに行けば買えるような時代になりました。それでも100円で「当たり前」は買えても「感動」はなかなか買えるものではありません。自分で組み立てたラジオから音が聞こえた事に対する新鮮な驚きと感動を体験してもらっただけでも、大変に良い行事だと少しラジオ製作教室を見直してしまいました。
 ラジオの組立だけではなかなか子供に無線というものを認識してもらえませんから、今回は全員に特定小電力無線機を1台ずつ渡して、2班に分かれて交信してもらいました。トランシーバを渡してこうやって交信するということを教えただけで全員テンションが上がってハイになり、まあ、PTT押したまま離さない子はいるわ、下ネタトークの子はいるわで、無秩序運用に陥ってしまいましたが、トランシーバの交信で相手の声が聞こえてくるのがよっぽど面白かったらしくて、幼稚園の子供なんか帰り際まで「面白かった、面白かった」を連発してましたので、ラジオ製作よりこっちのほうに感動した子の方が多かったのだったら本末転倒(笑)
 んで、トランシーバ遊びが終わったらしっかり「無秩序に電波を使ったら今みたいに収拾がつかなくなるから、世界で規則を作ってそれに従い、みな免許を取って運用している」ということと、「免許が無くて使って良いトランシーバはこういう郵便マークがシールで付いている無線機だけだよ」ということだけは、しっかり話をしておきました。これで電波を出す方の興味から理科離れの現在でもアマチュアの免許を取る子が出てきてくれるといいのですが…。

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February 18, 2006

HEMMI No.269土木用計算尺

 機械・電気・電子・工業化学と書いたら何だか工業高校の科目みたいですけど、当方それら4分野に関しては何らかの国家資格持ちですから、それらに特化したヘンミの計算尺であるNo.260、No.255、No.266、No.257はいちおう商売道具の一つ(実際には使いませんが)として胸を張って所持出来るのですが、土木用計算尺であるNo.269だけは土木とか建築がまったくの門外漢のために、それを所持することで「計算尺コレクターの1人」と烙印を押されるのを危惧し、今まで手を出しませんでした。というより適当な値段のものが出てこなかったという要因も大きいのですが(^_^;)
 恐ろしいもので、電子工学用計算尺No.266の関数の意味するところは殆どわかりますが、No.269の中の関数は馴染みが無いというかさっぱりわかりません。どうも言い方が悪いですけど土建屋さんの世界とは当方相性が悪いようです(笑)そんなNo.269土木用計算尺ですが、ついに入手するハメに陥ってしまいました。
 電気用の計算尺は片面尺も両面尺も戦前から数多く作られて来たのですが、土木用計算尺というのは戦後の、それも昭和40年代になって初めて作られたNo.269が唯一なもののようです。Civilという鮮やかな赤のマーキングからアメリカのPOST辺りのOEMが多かったのかと思ったら、意外なことにPOSTブランドで売り出されたことがなく(ODELCOネーム入りはあり)、すべてHEMMIブランドで売られた計算尺のようでした。この計算尺を譲ってくださった方が福岡の元ゼネコン勤務の技術屋さんで、昭和40年頃に買い込んで5年ほど使用しそのまましまい込んでしまい、定年退職して不要になったための譲渡ということです。九州内の道路や橋梁建設に主に携わった方ですが、当方もわざわざ見物に出掛けた旧室木線の廃線跡を道路として整備したのもこの方のお仕事だったとか。しかし、昭和40年に発売された計算尺が第一線の土木の世界では5年で使用されなくなったとは驚きですが、他の特殊用途の計算尺に比べて発売された年代が遅すぎたのでしょうか? その道のプロに見向きもされなくなった道具というのは惨めなもので、このNo.269土木用計算尺は実用ではなく酔狂な計算尺コレクターによってお持ち帰りされるのを静かに待ち続け、何とつい最近まで最後の2種類の両面計算尺の一つとして(No.251とNo.269)販売用在庫があったのです(@_@) まあ、計算尺全体がつい数年前まで見向きもされなかったわけですが。
 ということで、最近まで在庫があったのだからNo.251のように人気がないかというとそうではなく、実用として市場に出回った数が電気用計算尺などと比べても少ないためにけっこうな人気を保っています。というのもNo.269にしか採用されていない関数があり、コレクターはNo.266同様にコレクションから欠かすわけにいかない計算尺だからでしょう。売れなかったおかげで文房具店から発掘されるデッドストック出現率も高いようですけどね。
 譲っていただいたNo.269の刻印はPAですから昭和40年1月の製造です。Paul Ross氏のサイトによるとNo.269は1965年からの生産ということらしいので、もしかしたら初回生産ロット分かもしれません。ニコンFの初回生産ロットだったらとんでもない値段が付くのでしょうが、計算尺はそんなプレミアムがないのが残念です(笑)40年前の計算尺で5年で用途廃止の憂き目にあったものですから35年は一度も操作されることのなかった計算尺です。そのためにカーソルは汚れて磨りガラス。尺は黄ばんでさらに埃で汚れ、滑尺はがさついて動かず、ネジの頭が錆びてカーソル枠もくすみ、更に滑尺セルに何か潤滑剤でも塗ったのか、目盛部分が黒っぽく染みになっているという状態でした。久しぶりに小汚い計算尺に遭遇しましたが、部品をバラバラにして本体と固定金具はサビ取りペーストを使用して研磨をすると、黄ばみも汚れも黒染みも目立たなくなりました。カーソル枠はパソコンクリーナで磨くと光を取り戻し、カーソルグラスはレンズクリーナ液で磨くときれいになりました、ネジの頭も軽くサビを落とし、さらに滑尺に蝋引きし、組み立てた後調整すると、まあきれいな方の部類の計算尺に大変身です。ケースが失われていましたから近々また新しい貼箱を製作しましょう。
 しかし、説明書がないのと土木工学はまったくの専門外なので、この独特な関数類の使用法がわかりません。とはいっても土木計算尺はとりたてて使う予定がないのでわからなくても構わないのですが、自分が使わない計算尺までわざわざ入手したということは、そろそろ計算尺コレクターを積極的に否定することが出来なくなりつつあるのかもしれません(^_^;)
No
HEMMI No.269土木用の表面拡大画像はこちら
HEMMI No.269土木用の裏面拡大画像はこちら

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February 17, 2006

2ミリワイドなRICOH No.1053

 リコーの10インチ両面計算尺はヘンミの両面計算尺のような化学用、電子工学用、土木用などの特殊用途の計算尺というとわずかに電気用があるくらいで、他のものはすべて一般用、高校生用、機械技術用のラインナップになるようです。昭和40年代初めにはヘンミの国内シェアが98%くらいにも達した時期があるようで、そのときのヘンミ計算尺の出荷数が約100万本ということなので、計算すると2万数百本が他社計算尺の出荷数ということになります。その中のかなりの部分をリコー計算尺が占めていたのでしょうが、それにしてもヘンミの計算尺が100本にリコーの計算尺が2本じゃ市場では勝負になりません(笑)まあ、市場シェアはヘンミの言い分ですから割り引いて聞いておいたとしても、実際にヘンミが9本あったらリコーの計算尺は1本あるかないかというところではないでしょうか。西日本ではリコー計算尺はさほど珍しいものではありませんが、東日本、特に白河の関を越えた東北・北海道ではリコーの計算尺は殆ど見かけないような気がしますが。
 リコーの計算尺はヘンミの比べると単一機種のロット数もさほど多くないからか、学生用の片面計算尺以外はまとまった数が出てくることが少ないような気がします。特に両面計算尺に関しては、未だにどのような機種がいつ頃まで作られたなどということも当方はさっぱりわかりません。どうやらリコーの10インチ両面計算尺は150系のナンバー(No.151,156,157,158等)1050系のナンバー(No.1051S,1051V,1053)250系のナンバー(No.252)2500系のナンバー(No.2506,2509)に別れているようなのですが、その系統の中にもいろいろな用途のものがあり、結局はこの分類に意味があるかどうかも怪しくなってきますが(^_^;)
 今回入手しました計算尺は、和歌山県からやってきたRICOH No.1053という計算尺です。この計算尺は不鮮明な写真と共に、品番が明示されていないまま出品されていたのですが、尺配置からNo.1053であると確信し、あえて品番を問い合わせずに結果は届いてからのお楽しみということで落札した商品でした。結果は予想通りにNo.1053で、LL尺もフル装備された表12尺、裏12尺の24尺度の計算尺です。そのため、No.1051Sの幅が41ミリでヘンミでいうとNo.250と同寸のスリムな計算尺であるのに対して47ミリというヘンミのNo.259Dあたりの両面計算尺よりさらに2ミリ近くワイドな両面計算尺です。用途としてはリコーで言うところの「高級(両面型)計算尺」というものでしょうか?ずらし尺度が√10切断なので、もしかしたら技術用という用途よりも計算尺検定用途としての意味合いが大きかったのかもしれません。もちろんLL尺フル装備ですから計算尺検定1級受験のためにも何の不足もありません。この1053は昭和40年代以降の計算尺のようですが、ざっと見たところ年代別に3タイプあって、初期のものはCIF尺の文字が赤で目盛が黒の大型金属枠カーソル、中期のものはCIF尺の文字も目盛もグリーンに変わり、末期はグリ-ンCIFに小型カーソルというものです。どうやらリコーの主だった計算尺のCIF尺がグリーンに化けたのは昭和44年と45年の間のようです。44年11月製の1051SのCIF尺は字赤目盛黒に対し、今回の1053はSS-11で昭和45年の11月のグリーンCIFですから、この間に変更になったのでしょう。ヘンミの片面計算尺はNo.2664Sが出たときからCIF尺はグリーン目盛になったものが多かったのに比べて、両面計算尺では工業高校特納品のNo.254WN最末期ロットにわずかにグリーンCIFが見受けられる程度でしょうか?両面計算尺の目盛にグリーンが一色加わるだけで何か華やかな感じがします(笑)昭和45年11月というと、日本全国民族大移動だった大阪万博も終了して景気も落ち着きを取り戻しつつある時期でしたが、このころから家電製品も急激にソリッドステート化し、テレビもオーディオもオールトランジスタ製品にシフトしていった時期のことになります。日立のソリッドステートテレビ・キドカラー「ポンパ」のキャンペーンでポンパ号という移動ショールーム列車が全国主要都市を回り始めたのがこの頃でしたかね。そのために計算機もまもなく「答え一発カシオミニ」の時代を経て関数電卓がすぐに登場しますので、計算尺が計算用具の頂点から凋落しつつありながら、未だに必要とされていた最後の時期の製品ということになるでしょうか。ケースはヘンミのような青い蓋のブロー成形のものが付属していました。紙の貼箱からブロー成形のケースに変わったのはグリーンCIF化と同時期でしょうか?手仕事の多い貼箱の細工よりブロー一発成形のほうが明らかにコストダウンされています。さほど使用されている感じの計算尺ではありませんでしたが、新品のリコー両面計算尺と比べると明らかに少し黄ばんでいました。それに何か埃で粉っぽい感じがしました。例によって本体カーソルのネジ類を全て分解しますが、相変わらずリコー計算尺のネジの細工は優秀です。しかし、このタイプのカーソル枠のメッキが余り良くなく、腐食はありませんでしたがまんべんなく曇っており、さらにカーソルグラスがプラスチック成型品のために表面に細かいふき取り傷が見受けられます。カーソル枠はサビ取りペーストで磨き、カーソルグラスもアクリルサンデーで磨くと見違えるほどに再生しました。本体は研磨剤を使わず、パソコンクリーナーで磨くとある程度黄ばみも取れ、ピカピカになりましたが、表面がカルナバでコートされてしまったのか、ケースを開けたときのセルロイドのかぐわしい酢酸臭が失われてしまいました…(笑) 
 このRICOH No.1053は明らかにHEMMIのNo.259Dの対抗商品のようです。√10切断とπ切断の違いがあり、機械技術用でもなく一般用途としては過分な計算尺ですが、2ミリワイドでグリーンCIFであり、NO.260同様に尺の右側にも数式が入るというものなので、計算尺目盛鑑賞派にも楽しい計算尺だと思います。しかし人気は今ひとつのようです。まあリコーの計算尺を系統立ててコレクション公開してくれる人がいないのが原因で、認知度が低いからでしょう。2ミリワイドになったおかげで、尺目盛間に余裕が出来、見やすいような感じがしますが、そのためにモデルネームが入れられなくなって、滑尺左側に縦に刻印されています。
No
RICOH No.1053の表面拡大画像はこちら
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February 13, 2006

やはり山形県内で地震発生

 8エリアと1エリア間でハイバンドが繋がるのはおろか、2月のマイナスの気温の中で6mでの交信が出来たのですから、普通常識では考えられないような突発Eスポが東北上空に発生したということで、地震の前兆ではないかと恐れていたら、本日17時過ぎに山形県内でマグニチュード4.6の地震が発生しました。
 もしかしたら又宮城県沖あたりが怪しいのではないかと思いましたが、隣の山形で地震とは想像も出来ませんでした。しかし、因果関係ははっきりしないとはいえ、やはり今回の突発性Eスポは地震の予兆であったことは事実として間違いのないことでしょう。今後も突発性Eスポによる異常伝搬と地震の関係は大いに研究する余地があると思われます。しかし、関東でもあれだけ2日に渡って臨界周波数が10メガに迫ったとなると、関東付近でも地殻のひずみが起こりつつあるんじゃないの?
(^_^;) 要警戒ですね。

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February 12, 2006

6mで今シーズンEスポ初交信

 2日続きのEスポは可能性が低いと思いながらもどこか心の中で期待しながら、今日はハイバンドのワッチとイオノグラムチェックを欠かしませんでしたが、16時まで何の兆候もナシ。ハイバンドは21メガで石垣の稲村OMの声しか聞こえず、14メガも中国とロシアの声ばかりの1日でした。そして18時過ぎに再度シャックに上がって、イオノグラムをチェックすると、国分寺観測点の臨界周波数が10メガに迫っています。突然のことに驚きは隠せませんでしたが、こうなったらマイクも電鍵も外したまま冬眠している6mモノバンドリグに火を入れて、JA6YBRビーコンに周波数を合わせるもなにも聞こえません。6mじゃまだムリかと思いながらも50.150から上のSSB帯にダイヤルを合わせると、突発的に音声が聞こえます。こりゃSSBでもいけると思い、よく聞くと50.207に何回も交信経験のある三島の局がメーターふり切れで入感してくるようになりましたので、素早くマイクを繋いで尽かさずコールバックを入れるとお互いに59で交信成立。外気温マイナス7度の2月に思いもかけない6mのQSOが出来ました。
 こうなったらCQ掛けて聞こえる所とは手当たり次第に交信するしかないと思い、50.223でCQ開始。東京は大田区の局からこれも強力にコールバックがあり交信成立。それから葛飾区、豊島区の局と交信しましたが、同じ都内でも大田区は強力なのに北のほうはスカスカ。1エリアからもっと声が出てもよさそうなものの声が少なかったのは、まだEスポが出て6mが開いていることに気が付いていない人ばかりだったのかな?それからCQを連呼するもコールバックはありませんでした。三島の局は1時間くらいそのまま聞こえていたのですけど。それで6mを切り上げ28メガをワッチすると強力に入感している局が2局ぐらい聞こえています。28.508でCQ連呼するもコールバックなく、18メガにQSYしてCQを連呼すると、昨日の土浦のOMからコールバックがあり、Eスポの状況を知らされましたが、それ以上のコールバックがなくQRTしました。
 しかし、この2日続きのEスポは何が原因だったんでしょうね?また地震が関係するような事がなければいいのですが、ここしばらくは夕方のイオノグラムチェックはし続けなければならないかもしれません。さらに、まだまだシーズン前だかといって手を付けていなかった6mの2エレHB9CVの3エレ化に早く着手しなければいけません。とはいってもまだ屋根には厚く雪が覆っており、実質的には3月も末にならないとアンテナ整備ができませんがね(^_^;)

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February 11, 2006

Eスポで宮崎ビーコン初観測

 最近、どうも国分寺観測点における臨界周波数のイオノグラムが10メガ台に迫ろうという現象が頻発し、こないだはハイバンドが開けたの、6mで1エリアと8エリアが繋がったのなんていう話の直後に関東で震度4の地震があったりして油断できませんが、2月も10日を過ぎてこれからはますます春型の電波伝搬になりつつある事は確かなようです。新年になってからの土日は用事が重なり、記念局運用でリグの前に座った以外は個人局運用の閑が無く、ログ帳もNYP以降さっぱり進んでいませんでした。本日は天気にも恵まれ、午前中にハイバンドの様子を探るも14メガもさほど開いた様子もなく、21メガもさっぱりCQの掛かる様子がありません。7メガは相変わらず新市からの移動運用にハイエナが群がるように、お行儀悪くサフィックス連呼の一発パワー合戦の真っ最中だったので、それに参加する気もなく、今週も交信ゼロ件で終わってしまうのかと思ったのですが…。
 午後の1時半を回ってたまたま14/18/21メガの各バンドをワッチしました。国内は特に開けている様子もなかったのですが、午後にEスポが出たことを思い出し、又、以前この時期に3エリアあたりがピンポイントで開いたことも思い出して18メガに戻りました。そうすると18.120近辺でどこかの同一エリア局同士がラグチューしている声がフェージング混じりで聞こえたのです。もしかしてCQを出したら応答してくる局があるかも知れないと思い、18.140近辺で真空管機FT-101ZDのチューニングを取り、またアンテナチューナでSWRを追い込んでCQ開始。すると程なく深いフェージングを伴って1エリアは千葉市の局からコールバックがありました。5分ほど話をした後に、埼玉は秩父の局からかなり強い信号でコールバック。どうもEスポが発生しているようです。どうやら秩父のあたりの緯度の地点が伝搬の中心に入っているようで、千葉が少し外れに入っていたのでしょう。次の江東区の局からの信号もフェージングが深くフェージングの谷間だと聴き取りにくいくらいでした。さらに常総市、土浦市の局などとも交信しましたが、秩父の局並に強力で、地図で調べてもほぼ同一緯度で直線で繋がった場所になります。それが千葉の柏まで下るとSがだいぶ落ちてフェージングが深くなる伝搬状況でしたので、どこかに発生したEスポの影響であることは間違いないようです。さらに驚いたことには21メガでも土浦周辺の局が59オーバーで入感していました。
 途中1時間ほどのインターバルがありましたがCQに対して5分応答がないということはなく、正味1時間10分ほどで18メガのみ15局と交信。2エリアの津や四日市を始め、遠くは鳥取市などとも交信でき、久しぶりに18メガの交信を堪能しましたが、もしやと思い、国分寺観測点におけるイオノグラムを覗くとやはりE層の臨界周波数が急上昇して10メガに迫る勢いでした。というよりすでに下り坂に達していたのですが、冬場はまったくスイッチが入らない6mでJA6YBRの50.017に周波数を合わせると、何とビーコンが聞こえて来るではありませんか(@_@) 今期宮崎ビーコン初観測です。18メガ15局もやっている間に、もしかしたら6mでCWでだったら6エリアと交信できたかもしれません。16時を過ぎて宮崎ビーコンもフェードアウトし、6mバンドはまたもや普段の沈黙の世界に戻ってしまいました。

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February 07, 2006

常用計算尺ならHEMMI No.251

 普段、常用する計算尺というものもそれぞれ使用する分野によっていろいろ違ってきますが、HEMMIのNo.260を持ち歩く必要はなく、まして専門分野に特化したNo.266や257を持ち歩くことは、一般用途にはかえって不便。さりとて5インチのポケット尺ではちょっと頼りないということで迷うところですが、工学系の計算だったらやっぱりπ切断系計算尺を持ち歩きたいところです。それを考えると両面計算尺では今回入手したNo.251がかなりいい線を行っているかも知れません。また工学系計算のための両面計算尺入門用にもお薦めです。
 No.251はπ切断系ということで、No.259からマイナスLL尺を除いたものとよく言われますが、NO.250,251,259は殆ど同時期の発売ですから、259からマイナスLL尺除いたという始まりではないことは確かです。NO.251には昭和33年頃を境に2種類あり、No.251の前期タイプはLL尺が裏側にあったために、見かけ上はNo.250にDI尺が加わっただけのシンプルなものです。√10切断とπ切断の違いがありますが、どうやらNo.250にLL尺を加えてπ切断系にし、さらに裏面にもC尺を備えたという言い方の方が正しいような感じがします。もっとも初期のNo.259の表の尺構成も似たようなものでしたが。幅もNo.250と同じく他の両面尺よりは若干スリム。カーソルもNo.250と共用で、オフサイズのために今となっては入手が困難です。また、No.250のルーツは昭和15年に紀元2600年を記念して発売されたNo.2600とのことで、この用途の両面計算尺の始祖とのこと。√10切断系ずらし尺を採用して目外れに強い両面尺として画期的だったのでしょうが、実物は見たことがありません。
 べき乗計算を殆ど必要としない当方にとってはLL尺が全て備えられる必要は全くなく、π切断系のNo.251は使いやすいと思うのですが、「No.260を見てからNo.250を見るとがっかりする」という計算尺の精密度鑑賞派にとってはNo.251もまったくの不人気計算尺で、さらに驚いたことには最近までヘンミから取り寄せが可能だった機種ということもあって、両面計算尺としてはあまり価値の認められない計算尺の代表になっているようです。また、計算尺最末期の定価でNo.260が7,200円、No.259Dが7,100円だったのにも係わらずNo.251は6,500円というけっこうなお値段。1尺100円増しの計算になっていたかどうかはわかりませんが、この違いだったらNo.260を買ってしまいますよね(笑)それでなくともπ切断に拘らなければ、名機と呼ばれる安いNo.P253という選択肢の方が現実的です。リコーでの直接の競合機種はπ切断系両面尺のNo.1051Vでしょうか?同じ19尺π切断系ずらし尺度ですから、ほぼ間違いありません。
 今回入手したNo.251は秋田から入手したものです。いにしえの秋田は名だたる銅鉱山が沢山あり、鉱山学校で技士を養成した関係で計算尺の鉱脈がかなりありそうなんですが、いままで秋田から計算尺がたくさん出てきたという話はあまり聞きません。刻印はWAですから昭和47年1月の製造で、古い物が多いうちのヘンミ計算尺にしては割と新しい部類にはいります。ところがWAの下にわざわざ「1」の刻印が打ってあるのですが、こういうパターンもあり? 47年1月というと間もなく札幌冬季オリンピック大会が始まる直前の製造ですね。ご多分に漏れず殆ど使用されなかった状態で、新品に近いような品物でした。No.251は比較的によく市場に出てきますから、心おきなく実用に供しても惜しくはありません。とはいえ、同一コンセプトで製造された計算尺はHEMMIのP253を始めとしてRICOHのNo.1051S2本と合わせて4本も入手してしまいましたが、π切断尺はこのNo.251のみですから、πが絡む工学計算が多い当方の実用だったら、やはりNo.251のほうですね。No.260を持ち出してどこかにおき忘れたなんてことになったらショックが大きいし、って所詮No.251の役回りってそんなもんかい(゚o゜)☆\バキ
 そういえばこないだ、珍しく黒金具のNo.250が出ていました。当方、コレクターではないので使わない250が増えるのも困るのですが、さりとて黒金具のNo.250が100円で希少度のわからない人に持って行かれるのもつまらないので、適当な金額で応札しました。結局1,000円の値段も付かずに他の人に落札されてしまいました。この黒金具は250だけになぜ存在するか不思議なんですが、おそらくその時だけ何かの事情でメッキの納期が間に合わず、急遽黒塗装で済ませたとかそういうロットがあったのでしょう。それにしてもNo.250を見て、がっかりする人はおろか、だんだん腹まで立て、妙にNo.250をバカにする目盛鑑賞派がいるようですが、そんなことを言っているようでは人間が小さい小さい。No.250の上下の空間は、この世の森羅万象・大宇宙の広がりを表しているのです。No.250の余白にまだ発見されていない諸処の法則を含めた無限空間の広がりを感じる「わびさびの境地」に到達しないと、計算尺鑑賞道の奥義に至るにはまだまだですなぁ(^_^;) でも言っておきますがわたくしはコレクターでも鑑賞派でもなんでもありませんからね(笑)
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February 06, 2006

最末期のRICOH No.116

 この計算尺は以前、RICOHのNO.1051S-1を購入した大阪の人から入手した計算尺です。尺配置的にはHEMMIのNO.2664S-Sと同等なのですが、リコーのポリシーとして「HEMMIの同等品より尺を一個多くして差別化する」という標準モデルですから、実質的には偉大なるスタンダードHEMMI No.2664Sの対抗商品と言うことになります。ところがHEMMIに対して市場でのシェアがあまりにも小さかったからか、オクでもリコーの10インチ片面尺で40年代以降に製造されたものはあまり見かけません。8インチ学生用尺や10インチ片面尺でも30年代のRelayやRICOHのものは割と見かけるのですが、HEMMIでいうと2664Sクラスの10インチ片面尺で、とりわけ昭和40年代でも中期に差し掛かったころに生産されたものはあまり見たことが無く、当方も透明プラスチックケース入りのRICOH No.116D一本しか持っていませんでした。何度も言い訳しますけど当方は計算尺コレクターでも何でもなく、自分の使わない分野の計算尺を集めて目盛の精密度を鑑賞しようなどという趣味は毛頭持ち合わせていませんが、「ガリバーHEMMIに立ち向かったRICOHの挑戦」とでもいうべき歴史的な興味から、検証用にRICOHの後期片面尺は是非とも欲しいと思っていたのです。
 しかし西高東低といいますか、リコーのシェアは割と関西から西で高かったような気がします。リコーのお膝元、東京でもいまだにリコーのデッドストックが見つかりますが、北海道では殆ど出てこないようです。これは九州の佐賀で作られていたという流通上の問題からでしょうか?「ヤマト糊とフエキ糊」じゃないですけど、昔は鈴鹿山脈を境に、もしくは箱根の山を境に東西でまったくシェアが異なる商品が沢山ありました。当時は輸送コストという面からも流通範囲が明確に決まっていたような感じです。ところで、リコーの製造刻印に関しては、リコー計器自体から正確な解答を引き出すことが出来ないために、諸説いろいろと言われていますが、38年に三愛計器からリコー計器に社名が変わった時の製造品の刻印の頭が「L」だったということから、ヘンミの製造刻印から2年遅れの年号を表すという説が有力であり、当方もそれに従っています。さらに次位のSは佐賀工場、ハイフンの次位はヘンミ同様に製造月を表すと推察されます。その根拠は1〜12以外の数字が見あたらないからです。しかし当方のNo.1051S-1のように刻印が「WS-3L」のような例もありますから混乱します。又、リレーやリコー計算尺の中には製造年記号の次位にSではなくてKの刻印されているものがあります。これはまったくの想像にすぎませんが、リレーの古い物にはKの刻印が多く、リコーの40年代にはK刻印があまり見あたらないことから、K刻印のものは佐賀県内は鹿島市内の分工場もしくは下請け工場で生産され、そこで製造されたものにK刻印が付けられたのではないかと。果たして鹿島に生産拠点が存在したかどうかはわかりませんが、鹿島の工場から佐賀工場にだんだん生産が集約されたため、後の時代にはS刻印のものだけになった感じがするのですが。また神奈川県内にリコー計器があったという話も聞かないので、神奈川のKということはないでしょう。Kの刻印一つでどこまで想像を膨らませているんだ<自分(^_^;) K刻印のあるものがどんな種類にあって、どの時期に集中しているか検証してみる必要がありますが、ヘンミと違って個体数が少ないから調べるのが困難であることは確か。ところで、「WS-3L」刻印の暗号解読ですが、考えようによっては49年3月製造で、Lの意味は「LAST ISSUE」で、最終生産ロットの洒落かもしれない。末尾にLの付くものは先頭がWSで始まるものにしかないような気がしますがどうでしょう?
 入手しましたRICOHのNo.116はHEMMIのNo.2664S-S同様の9尺配置です。企業のノベルティとして配られたもののようで、裏の本来はモデルナンバーが入れられるべき部分に大きく社名が赤い字で印刷されています。そのために本来は「形式不明尺」なんですが、No.116と同じ尺配置ですからそうさせて頂きました。このNo.116にL尺が加わると品番にDが加わってNo.116Dとなり、HEMMIのNo.2662同様になるのですからややこしいのですが(笑)ケースは40年代初期の透明塩ビケースからHEMMIのプラケースそっくりな青白のブロー成形ポリエチレンケースに変わり、それが付属していました。製造刻印はWS-8ということで、リコーとしても最末期の昭和49年8月佐賀工場製でしょうか?40年代中期の116と違って、ついにこの尺ではCIF尺が緑色の印字になりました。さらに細かく観察すると、今までK尺の1の位置から始まっていた計算尺上部のスケールがHEMMI同様にK尺より左に寄った位置から始まりました。スケール自体は25センチで変わりないのですが(HEMMIは27センチ)、なぜこんなことをわざわざ(^_^;) それと何とカーソル線が赤ではなく黒で刻まれています。かえってこのほうが見やすい様な気がしますが、他に黒カーソル線の計算尺ってありますか?形式ナンバーがわからないのが惜しいのですが、こないだのNo.1051S-1みたいに改良番号が付けられていたものなのでしょうか?一度No.116Sというモデルナンバーを見たような気もしますが、いろいろと興味の尽きない計算尺ではあります。
 ノベルティや記念品としては4インチ尺や5インチのポケット尺が多いのですが、実用本位の10インチ片面尺を配るとはさすがは大阪(^_^;)外箱は失われていましたが、粗品好きの大阪人の心理をくすぐるように「粗品」ののしが掛けられて配られたんとちゃうやろか? 10インチの計算尺が粗品としてもらえるんやったら、わいかてその会社は贔屓にさせてもらいまっせぇ(笑)しかし、昭和49年にもなって電卓じゃなくて計算尺を配るなんて、どういうセンスをしているのでしょう? そういやいにしえの昔、商売をやっているところに問屋や企業は自分の社名入りの5珠問屋算盤を配ったようで、社名入りで未使用の5珠算盤は今でもいろんな所から出てきます。そういう商家に計算用具を配る習慣で、事務用の計算尺を配ったというように理解すれば、10インチ片面尺の社名入りというのもわかるような気がしますが、それにしても(^_^;) ご多分に漏れずしまい込まれて未使用のまま当方の所にやって来たわけですから、その会社のナイスなセンスに乾杯!(笑)No116
上が最終型RICOH No.116で下がHEMMIのNo.2664S-Sです。CF尺のオーバーレンジとA尺の位置以外の違いがわかりますか?
RICOH No.116 最終型表面の拡大画像はこちら
RICOH No.116 最終型裏面の拡大画像はこちら

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February 05, 2006

4月期上級アマ試験申込始まる

 12月期上級アマチュア無線技士国家試験が終了して合格者に従事者免許が交付になったと思ったら、もう4月期の受験申請受付が2月の1日から始まりました。今回は旧3アマ並通信術試験の25字/分の速度で50文字受信となった2回目の試験となります。試験制度改正直後の筆記試験は難易度が下がる傾向にあると言われますが、12月期の1アマ試験申請者は8月期申請者に比べて驚いた事に6倍に達し、合格者551名は8月期の14.5倍。2アマ試験申請者は8月期比で3倍の893名に達し、合格者316名は8月期の4.5倍の人数だったそうです。制度が変わることがわかっていた8月期は受験を見送ってしまった人が多かったようですが、1アマの合格者数551人は通常期の試験だと約3年分の合格者数になる計算です。合格率も実受験者に対して1アマは39.1%、2アマは47%だったそうで、この数字はもはや危険物乙4類や2級ボイラー技士、第2種電気工事士なみの合格率になりました。ということは、通信術の出来不出来で受験者が否応なく選別されていた時代は5人に1人、もしくは4人に1人くらいしか合格出来なかったものが、モールス受信の事実上の撤廃で誰でも勉強さえすれば合格が可能な、2人に1人は合格出来る試験に変わったのです。専門分野の資格試験はさすがにどんな試験でもまったくテキストや問題集にも目を通さずに合格出来るものはありませんが、3日くらいの勉強で十分なものは沢山あります。上級アマ試験は通信術がネックで、まったく白紙の状態から1週間で合格することはムリでしたが、今となっては3日間の要点整理で、もしかしたら合格が可能かもしれません。
 以前、当ブログでは2アマからのステップアップで1アマ受験を奨めていましたが、通信術が旧3アマ所持で免除になった今は、もはや2アマから取得する意味がありませんので最初から1アマ受験にしましょう。12月期の1アマの出題傾向が続くとすると、過去問と原理原則さえしっかり把握すれば合格点を取ることはたやすいと思います。以前は「1アマを取ったところでkWを申請するわけではなし、結局2アマの運用範囲で十分なんだから1アマを受験するのは時間のムダ」なんて事を申す人が必ずいたものですが、今となっては2アマだけ選んで受験する意味を見いだせません。1アマ試験で万が一、失敗したときの保険の意味で、滑り止め2アマ受験なら大いに推奨します。1アマに失敗しても2アマに合格していれば、とりあえず200W超の出力以外は1アマと同じですからね。(厳密に言えばアマチュア局の第二種認定点検業を申請出来るのはアマチュア資格では1アマだけです。ここだけは金銭の絡むプロ資格です)
 また、1アマには高校程度の数学知識が必要だということで、電気数学の基礎程度は勉強しておいたほうがいいとも書きましたし、試験でせっかく使用可能なのだから、学生用の計算尺で構わないから1本あれば便利だとも過去に書きました。どうやらそれも今後は必要なさそうです。過去に通信術試験と無線工学に苦労しながら受験した時代に比べると隔世の感がありますが、せっかく旧3アマ持ちであれば通信術免除で受験できるのですからチャンスを不意にせずに4月期に向かって1発合格を目指しましょう。そのためには忘れずに2月20日までに受験申請しなければいけません。
 ただ、4月期も12月期同様な割と答えを導き出すのが容易な過去問ばかりの問題構成だったらよいのですが、通常期とあまりにもかけ離れた合格率を叩き出した事で、少しだけ難易度が上げられることは十分考えられます。4月期も12月期程度の問題しか出ないという保証はどこにもありませんぞ(笑)確かな自信を付けるためには、やはり人以上に時間を掛けて自分で納得するまで勉強するしかないようです。

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February 04, 2006

2005全市全郡結果発表さる

 JARLのWEB上で10月に行われた全市全郡コンテストの結果が発表になったようです。相も変わらず14メガ電信電話部門で垂直アンテナ1本勝負での参戦でしたが、50Wのポータブル機でも所持していたのだったら、ちゃんとビームアンテナの上がっている家に「アンテナ貸して」と押し掛けて/8の運用も出来たのですが、性格的にそこまで厚かましくない(笑)第一50Wのポータブル機なんざ、今回の3アマ合格者の大量輩出で中古相場だって天井知らずの相場でしょう。
 まあ、最近は14メガの電信電話も惰性で参加しているようなものですけど、性格的にはコンテストは大好きなので、バンド中がわさわさ言っている状況にただ聞き耳を立てているというわけには行かず、今回も朝からCQコンテストを連呼しましたが、さすがに10時近くになるとオンフレで混信する局などが多くなり、コンテスト周波数の端へ端へと追い立てられて、結局不本意ながらCQを出している局に呼びに回って局数の帳尻を合わせるというそんな繰り返しです。今回の成績も14メガ電信電話で全国12位だったかな?10位以内に垂直アンテナ一本で食い込むにはもう少しCWで局数を稼がないといけませんな。それに12月には上級アマ合格者が大量輩出されましたから、これからは14メガシングルオペの参加者が一時的に増えるでしょう。最近の14メガコンテストは、もう聞こえる声が固定的になってきましたから、コンテスト14メガでのニューカマーはすぐにわかるかも(笑)
 そういえば今回の全市全郡には14メガの14.250というコンテスト周波数の境目に、珍しくトカチの有名人氏が参加していて、理事に立候補しようという人が占有周波数帯幅でコンテスト周波数帯幅をまたいでの運用をしてました。まあ、電波法的にオフバンドしているわけではありませんが、JARLの理事になろうとするものがバンドエッジでわずかとはいえ周波数帯福の半分、コンテスト周波数をはみ出して運用していることに本人も気づいていないとは…。まさかUSBでは占有周波数帯幅の下端が表示されているとでも思っているのでしょうか?どっちにしてもバンドエッジに居座ってここまでGWが飛んでくるほど高出力運用していること自体、あんまりお行儀のいいことではない事に本人は気がついていないようですな(^_^;) さあ、また選挙がはじまるから、トカチの理事立候補口上が楽しみだ。

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February 03, 2006

ふたを開けたらHEMMI No.260だった

 節分に鬼が来たのではなくて、高級機械技術用計算尺のヘンミNo.260がやって来ました。別にそれが目的でどうしても手に入れたかったわけではありません。本当は品物が届くまでNo.259Dのつもりでいたのですが、品物の写真が表の方しか提示されていなく、それも恐ろしく不鮮明だったために、おそらく当方だけではなくて殆どの人が259Dだと思って気にも留めていなかったと思います。ところが届いてみてびっくり、何と裏面カーソルに補助線があり、ピタゴリアン尺まで備えた「高級機械技術用」のNo.260そのものだったのですから、品物を受け取った本人が思いもかけない誤算に驚いてしまったのです(^_^;) 
 そりゃ基本的には259DにP尺が追加され、裏の一部が3本カーソルになっているくらいの違いですから、表の不鮮明な写真を見せられて誰がNo.260だってわかりますか(笑)最初から品番でNo.260をうたっていれば、いかに説明書のないNo.260だって、それ相応の値段が付きますが、出品されている方にとっては古い計算尺などどれも同じでしょうから、こういう出され方をすると思わず出物に遭遇するという典型的な例でした。まあ、不鮮明な写真だけでとんでもない掘り出し物だと判断して落札すると「外れ」を引くリスクが付き物ですが、こういう出物に遭遇したのは半年前の350円で購入したNo.74以来です。
 かなり後になってからのNo.260は表の滑尺が固定金具で隠れるところにSUN HEMMIとNo.260の刻印が入り、辛うじて太陽のマークが顔を出しているのでNo.260と推定する事もできるのですが、今回入手したNo.260に至っては表にも裏にもブランド名と型番が無く、下固定尺側面に刻印されていました。このNo.260はリコーの計算尺を意識したのかNo.259DにP尺を追加し尺数が25尺になりました。よく調べていないので断言は出来ませんが、HEMMIの両面計算尺の中では一番尺数が多いのではないでしょうか?そのために表も裏も上下の余白がないほど尺がびっちりと刻み込まれており、表の右上にモデルネームとブランド名が刻印出来ないほどです。同じHEMMIのNo.250と比べてみると尺密度がまるで違います。追加されたP尺はこのNo.260の他にNo.P261にも付いているようで、何でもS尺の角度θに対応してCOSを高精度で読みとるとやら何とやら。電気数学の三角関数はそんな高精度を必要としないので、当方にはP尺は必要ないかも(笑)だったら259Dで済むはずなんですが、やっぱり補助線付きカーソルのNo.260は前から欲しいと思っていました(^_^;) 実はヘンミの在庫品として数年前まではNo.266と同様にHEMMIから取り寄せる事が出来たようで、その際のNo.260はYA刻印の49年1月製造分。プラケースが尽きたために両面計算尺の汎用ケースとして黒いビニールのケースに説明書はコピーのもので届いたらしいです。まあ、20世紀から21世紀をまたぐころまでNo.260が出荷できたとは想像もしませんでしたが、もちろん現在は在庫なし。カーソル枠が切れる不良がけっこうあったために、カーソル無しの本体だったらいろんなものがまだヘンミの倉庫に転がっているかもしれませんが、もう整理されてしまったかな?
 今回入手したNo.260の出所は茨城県でした。製造年コードは「RA」でしたから42年1月の製造です。使われなくなって相当長い間、離れの物置小屋か土蔵にしまい込まれていたようで、埃だらけの「ウブ出し」状態でしたが、こいつは埃を落としただけで十分きれいになると確信し、カーソルや固定尺のネジを外してバラバラにし、カーソルガラスはレンズクリーナー、セルロイド表面はパソコンクリーナーで磨いてやるだけで見違えるようになりました。殆ど使われていない証拠にカーソルバネの当たる部分には擦り傷もなく、カーソルグラスにも擦り傷一つありませんでした。滑尺で横に擦り傷が入ってしまったカーソルは、No.260の場合は補助線入りの専用品のために入手が難しくて困りものですし。そういえば、表のカーソルグラスも裏のカーソルグラスもカーソル線がガラスのど真ん中ではなく、少々右にオフセットされて刻まれているようで、取り付ける際は表と裏のみならず左右を区別して取り付けなければいけません。皮ではなく茶色いビニールのケースが付属していましたが、そろそろ材料の経年変化でカチカチになりかけていて、実用にはなりそうもありませんから新しい箱でも作ってやりましょう。蓋の部分までミシンで縫ってくれればいいのに、ご多分に漏れず茶皮モドキのビニールがぺろりと剥がれていましたので、ゴム系の透明な接着剤を両面に塗り、乾いたところで良く圧着して張り付けました。柔軟性のあるゴム系接着剤を使うのが良いようで、固く硬化するやつは蓋が曲がらなくなりますぞ(^_^;)そういえば計算尺用貼箱の第2段として、こないだリコーの両面計算尺用に以前よりも4ミリ厚い木型を作ってリコー両面借用の貼箱を作ってしまいました。
 しかし、No.260を入手する事になるとは想像もしていなかったためにP尺の使い方が詳しくはわからず、これから少し調べてみなければ。余計な仕事が1つ増えました(笑)
hemmi260
 #259Dと区別が付くように裏面です(笑)
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February 02, 2006

8J8NST運用終了

 地元開催の第61回冬季国民体育大会も1日を以てグランドフィナーレを迎え、それに伴い特別記念局8J8NSTも2月1日を以て運用を終了しました。たまたま最終日午前中に公開運用先に立ち寄る事があり、HFは7メガの電話がそろそろ交信し尽くしてしまったために前日の午後からCWオペの助っ人、Kさんにより14/10/7メガのCW運用が行われておりました。午前中はビームを北東に向けてDXを狙ったようですが、時間的にもコンディションに恵まれず、W方面も呼んでくる局は殆ど無く、国内向けに10メガをダイポールで発信することに切り替えると、主に1エリアからの反応が良かったようです。午後は7メガでの運用だったようですが、7メガCWもほぼ取り尽くしたようで反応は今一のようでした。しかし、Kさんは移動運用の手練れだったのか、当貧乏電波研究所など未だに25年前の設備で、その設備にふさわしくまさに「レトロ」な、言い替えれば時代錯誤も甚だしい無線設備でCWなんか出ていますから、手打ちで1時間CQを出し続けるのも遠慮申し上げたいくらいなのにも係わらず、Kさんはハムログのメモリーキー機能を使ったようで、コールバックがありコールサインとRSTを打ち込んでファンクションキーを叩くと自動的に相手のコールとRSTを返すことを延々と繰り返して、何時間でも集中しての連続運用です。みんなリグのメモリーキー機能を使って移動運用なりコンテストに参加しているのかと思ったら、ノートパソコン使ってこんなことまでやっていたのですねぇ。真空管無線機とマッキントッシュに固執していたら、どんどん時代に取り残されますが、一時期WIN95のときにちょっとだけ併用しただけなので、いまさら窓機には戻れません(^_^;)
 しかし、新3アマを取得した人もパソコンによるメモリーキー機能をフルに使うことによって、コールサインを聞く耳さえ鍛えればCQを出す方もコールバックをするほうにしても、かなりの交信の手助けになるかもしれません。けっこう「3アマ取ったけれどもCWなんかやる気がない」っていう人でも受け入れられるかもしれませんが、相手のコールサインを打ち返すことくらいは練習しておいたほうがいいでしょう(笑)
 HFはCWでバリバリ運用中の所、V/Uのほうは相変わらずトラック同士の駄話に占領されて10Wでは運用もままならずQRT状態でしたが、2月1日からの特別記念局8J8HKT北斗市誕生特別記念局が145.100で運用しておりましたので、本日終了の8J8NST局としてエール交換の意味からコールバックして1ヶ月の運用をがんばって欲しいという交信を行いました。個人コールでも8J8HKTと交信しなければ。

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February 01, 2006

相場の高騰

 ニコンが事実上フイルムカメラの生産から撤退し、コニカ・ミノルタはカメラ・フイルム事業そのものからも手を引くというショッキングな報道が流れて、全国のカメラ量販店ではニコンとコニカミノルタのカメラが駈け込み需要で飛ぶように売れて在庫が尽き、中古相場もとんでもなく高騰してしまい、さらに両者のカメラだけではなく全てのフィルムカメラの中古相場を釣り上げてしまったようです。まあ、いまさら「どうでもいいですよ」状態なんですが、昔ニコンFが製造中止になった昭和49年に同じようにニコンFが市場から早々に消え去ったことがあり、その時は長年ニコンFを愛用してきたプロカメラマンらが記念に未使用で取っておくためにわざわざ新品を購入したという例がかなりあったようで、この話を思い起こさせるような出来事でした。実はこのときに自分用に初めて1眼レフを買ってもらう事になり、本人希望ではアイレベルファインダー付きのFだったんです。回りではすでにニコンF2を使っているやつがいましたので、3年くらいは併売されていたのですね。父親がカメラに詳しい友人らから情報を集めた結果、「Fは裏蓋取り外し式なのでフイルム交換が難しく、他社の内蔵露出計付き1眼レフを買うべし」という進言に従って、同じ予算内でアイレベルのニコンF50mm/F2.0付きが欲しかったのにキャノンの開放測光式1眼レフnewFTbのほうになってしまいました。割引率というのもキャノンの方が圧倒的に高かったのもキャノンになった一因ではありましたが、同予算で50mm/F1.4のFDレンズ付きになり、天体撮影をやっていたので明るいレンズは威力を発揮しました。ところが、今考えてもやっぱり正しい選択は最終型のニコンFの方だったのです。きれいに使っていれば最終型のFはさほど値段も下がらずに転売することも出来ましたが、今キャノンのFTbならレンズ付きでも5,000円くらいで相場で10倍以上の差がついてしまいました。当方、割とそういう機械物の本質の善し悪しについては感が鋭かったのですが、父親の方は機械屋の出身のくせにどうも値段で選んで結果的には大失敗というようなケースが多く、とんでもない中古車を掴まされてろくに乗らないうちに廃車とか、相場より高く掴まされるということがあったりで、まあ気の毒というか何というか(笑)キャノンを買い与えられた反動で、給料をもらうようになって少しだけゆとりが出来た時に手に入れたのはニコンFのアイレベル付きでした。その時はすでに最終型Fの相場は今と同様に高かったのですが、その後一番多いときにはニコンFが最終型と黒も含めて5台も転がっていた時代もあります。今は最初に購入したFと最終型・黒のアイレベルの3台だけ残して売り払ってしまいましたが。
 ところで、カメラ業界だけではなく中古相場が高騰した物に電信用の電鍵があります。自分もさほど電鍵を持っているわけではありませんが、それでも外付けのカツミエレキー・縦振れHK-808・バグキーBK-100の3台は所持しています。というのも上級所持者で電鍵も持っていない・CWが出来ないというのも恥ずかしいと思うからですが(別にCWが特別好きだというわけではありません)、おそらく12月期で通信術免除の上級アマを取得された人の多くと、10月からの3アマ養成講習による3アマ取得者の殆どが電鍵を持っていなかったと思います。あれだけ多くのCW交信可能ライセンスが発給されたわけなので、中にはCWをやってみようと言う人も当然いるでしょう。どうやらその人達の需要で電鍵の中古相場がここに来て高騰しております。また、身の回りで融通しあうようになったからか、出品数自体も以前と比べて激減してきたようです。もう1台くらい適当な縦振れの電鍵が欲しいと思っていたのですが、今や5,000円以内で落ちる電鍵なんぞ見あたりません(^_^;) 驚いたのは当方も1台欲しいと思っている日本無線の船舶用電鍵・JRC KY-3Aの未使用新品が、普段なら3万前後で落ちる物が数日前に2人競り合った人がいて、14万を超えた事でした(@_@) 昨年くらいに早いところKY-3Aを手に入れて置くべきだったなぁ。でもまあ、HK-808があるから困るわけではないのですし、反動式で軽快に打つ分にはいい電鍵なんですが、少々接点の打鍵感覚が固すぎる嫌いがあります。それからHF100W機の落札相場もじわじわ上がっていたようです。みんな講習で3アマ取っていきなり100W機に無断昇格ですか?(笑)

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