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April 30, 2006

第48回オールJAコンテスト

 4月28日21時より翌29日21時まで例年通りJARL4大コンテストの一つであるオールJAコンテストが開催されました。このコンテストは50メガよりも下の主に短波帯で行われるコンテストですので、144/430の2波しか割当を受けていない局には残念ながら参加出来る部門がありません。そのために7月には6m & Downコンンテストと呼ばれるVHF/UHFからマイクロ波までを対象として行われるコンテストが別途に用意されています。
 主に短波帯で行われる競技ですから参加する部門を選ばないと高得点を稼げないようになっており、我が8エリアではGWの届く距離の人口密度が極端に低いために、Eスポなどの電離層伝搬に恵まれない限りはハイバンド部門は1エリアあたりに比べて「圧倒的に不利」な状況だと思います。とはいっても7メガ以下ではあの狭いバンド内にコンテストコールがうなりを持ってこだまし、POORな無線環境であれば高い主力と圧倒的にゲインのあるアンテナを持つ局にかき消され、強力局のカブリでCQを出す声が届くかどうかも怪しいほど(笑)こないだ6エリアの局から垂直アンテナと4エレのアンテナの両方で14メガの電波を送っているのをワッチしましたが、同じ100Wでも4エレのビームは突き抜けて電波が届きます。これで他の局にどの程度うちの電波が聞こえるかわかったような気がしましたが、結局相手のアンテナの性能で取ってもらっている部分が多分にあるのかもしれません。但しハイバンドのEスポ伝搬になると、アンテナの性能差は変わりなくなりますが。3年前に50メガFMで福岡のハンディアンテナの局とうちの垂直アンテナで交信したこともあります。ということで、ローバンドで呼びに回るだけだと高得点を得ることも望み薄で、ハイバンドがスキップして国内に電離層伝搬が難しいとなると、昼間では14メガしか残っていないことになります。ところが未だに14メガは上級バンドとして初級ハムの人には開放されていない周波数帯のために、コンテストといってもだいたいいつも同じコールサインの局が集まっているだけで、通りすがりの局がカード欲しさにコンテストサービスしてくれるわけでもなく、高得点を取りうるバンドではありませんが、比較的に空いている事と、さほど大電力、高利得のアンテナが必要な訳ではないので、当貧乏電波研究所でもCQを出すことが可能な貴重なバンドかもしれません。14メガあたりの今時分の伝搬は、朝の7時ごろに沖縄から九州の南端が開き初め、次に九州北部から中国西部、四国あたりから3エリア、2エリアが開くのがパターンです。ここ2回ばかりのオールJAは1エリアが広範囲に開くことは珍しく、神奈川の西部あたりまでというのが多かったような感じがします。今回のオールJAに限ってはスキャッタの影響か、何と福島県の南部からも応答をもらい、1エリアも広範囲に開いて混信してCQを出す場所もなくなった程でした。そのために全体としては例年にない高得点の激戦勝負とでもいえるような14メガの状況でしたが、そのおかげでこちらは早々にCQを出す場を失って早く応答に回ってしまい、昨年よりマルチはそこそこでも局数が減ってしまって1,000点も得点が減ってしまいましたが(^_^;)
 例年通りスタート時点では6エリアのCW信号が微かに聞こえる程度でしたので、夜明を待ってスタンバイ。6時に真空管に火を入れ、アナログVFOを安定させます。例年では6時頃には6エリアのCW信号が浮き上がってくるはずなのに、今年は昨夜聞いたくらいの信号強度のまま。なんかこのまま交信エリアが北上しないまま終わってしまうのではないかと危惧していたとき、石垣島の局のコンテストコールを認めてコールバックし、コンテストナンバーを交換、時に6:48でした。でもこの局以外はまったく聞こえません。試しにCW帯をワッチすると鹿児島の局のコンテストコールを認めましたので、バグキーを使ってコールバック。時に6:58でした。その後10分くらいバンド内をワッチするも、DX以外の局が聞こえません。ここで一旦諦めて取る予定でなかった朝食のために下に降りてしまいました。
 再度7:48ころにQRVすると九州全般、特に長崎と宮崎のあたりがよく開いたようで、まず鹿児島の局にCWで応答を入れ、コンテストナンバーを交換したのち、SSB帯でCQを開始すると、宮崎・長崎の局からコールバックがありました。とりあえず今回もいける感触を得てさらにCQを出すと8のコールが微かに聞こえるので応答を入れると市内の工業高専の無線部でした。この高専の校舎とは、山が遮ってGWが届き難く、さらに向こうのビームが南に向いているんでしょうからサイドでの交信でしたが、何とかコンテストナンバーを交換して交信成立、貴重な地元のマルチとなりました。その後3エリアや2エリアからも呼ばれるようになり、8:30程にはついに1エリア神奈川や千葉の局からも呼ばれるようになりました。1エリアが開けてくると交信局数飛躍的に増える可能性が出てくる半面、混信が激しくなってしまいます。6エリア局から同じ8の局と混信しているとの指摘でやむを得ずバンドエッジまでQSYするも、ここも混信が激しくなり、9:00をもって一旦CQを中止し、聞こえる局の応答に回ってしまいました。ここで諦めてしまったのが交信局数を稼げなかった一つの原因です。ということでコンディションが良いということも貧乏無線局にとっては良い事ばかりでないような気がしました。1エリアの局が多数聞こえずにCQを出し続けたらいったいどうなっていたんでしょう?こればかりは「if」の世界ですからわかりませんが、昨年並みのスコアはあげられたかな?
 その後丹念にCWの局を拾っていきましたが、手打ちの局で3桁のコンテストナンバーの存在が認識してもらえずに「NR?」をうち続けられた局が2局ほどあります。おそらくその人の認識では北海道は一番北だから「01」という意識しかなかったんじゃないでしょうか?あと、今回初めてコンテストでBK-100というハイモンドのバグキーを使いましたが、午後から14メガに出てきた福岡の局で漁船上がりの通信士風のCQの一発目の長音が極端に長くて、あちこちで長音を引きずるバグキー独特の打ち方をしている局がありました。この局の符合は最初の内まったく取れませんでした。あとになって少しゆっくりした歯切れのいい符合を打つようになってコールバックしてくる局が出てきたようですが、このバグキー裁きが自己流での所作としたら「エレキーを使え」といいたくなるような
(^_^;) バグキーであろうと複式電鍵であろうと、他人が理解できる正確な符合を打ってこそのモールス交信です。偉そうな事言ってますが、当方もまだまだバグキー裁きは短点から長点への間隔が不揃いで、相手からは聞きにくいかもしれません。もっと使って感覚的に「慣れろ」でしょう。八戸漁業無線局の通信士さんと同様にBK-100の上に英語の辞書を上げるとちょうどいい重しになります。
 午後になっても1エリアはCWもフォーンも聞こえ続けました。昼間14メガの伝搬が良いときに他バンドからQSYしてきたマルチバンド参加者をタイミング良くつかまえられればもっと局数を稼げたんでしょうが、結局昨年よりも局数もマルチも減り、得点で1,000点もマイナスという結果でした。でもまあ、「参加することに意義がある」4大コンテストは今年も時間が許す限りは得点に関係なく参加するつもりです。14メガのコンテスト参加局がほぼ固定的で、その声や符合を聞くだけでもお互いに健在ぶりがわかって楽しいですもの(笑)
 そういえば前回の12月期試験であれだけ1アマ2アマが増えたのだから、今回14メガバンドではさぞかし多くの新しい局と交信できるかと思って期待していたら、14メガで交信履歴のない局は殆どありませんでした。もっとも2アマで交信していて前回1アマに昇格した局については調べようがありませんが(^_^;)

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April 26, 2006

安平町から、国頭村から

 ここ何年かは仲間との連絡用として携帯電話がわりに局免を受けたアマチュア無線家層がすっぽりと抜けてしまった為か、開局数は万単位で減少するばかりです。電話代わりに無線を使っていた人に言わせれば「繋がるかどうかわからない無線よりも相手に確実に繋がる携帯の方が超便利」っていう事になるんでしょうが、仲間との連絡用としてみれば重々ごもっともとしか言いようがありませんし、最近は一対一の通話から仲間全体とラウンドトークが出来る「プッシュトゥートーク」なんていう会話機能まで備えたものまで出てきたのですから、携帯電話の多機能ぶりをして「無線」の優位性を語るとすれば「何時間使っても通信費がタダ」としか言い返さない感じがします。しかし、アマチュア無線というものは「確実に繋がるかどうかわからない電波伝搬の偶然性」を楽しむものですから、こればかりは携帯電話で済む人達を無線に引きずり込もうとしても、お互いの主張が平行線をたどることは目に見えてます。
 もうすぐ5月になろうというのに相変わらずハイバンドの伝搬はよくありません。本日たまたま昼間にシャックに座る時間があって、21メガをワッチすると8コールの局が沖縄の国頭村から移動運用している信号が強力に入ってきます。慌てて真空管に火を入れ、パソコンの交信履歴でコールサインを調べると、つい2週間前に安平町で2mの移動運用をしていて2度目の交信をした千歳のIさんでした。8と7の北の端しか開いていないらしく、また平日ということもありコールバック一発で取っていただきお互いに59で交信成立。それにしてもついこないだローカルでVHFの交信をしていた人と、今度は日本列島から遙か南の沖縄の電離層反射の電波で話が出来たのですから、この偶然性に驚くと共に面白くないわけがありません。でも「ケータイだったら安平でも沖縄でも確実に話出来るよ」なんて言われたら…(笑)
 昼頃の21メガは久しぶりに6エリア福岡あたりの局がCQを出しているのも聞こえました。
 夕方、シャックに上がって再度21メガをワッチしてみると関西弁でローカルラグチューする声(3.528でいつも聞こえる声か?)が聞こえるので、もしやと思って6mのリグのスイッチを入れるとJA6YBR/bがふり切れで入感していました。それでもSSBバンドでは声が聞こえないので、試しに50.175でCWのCQを出し続けたら3回目ほどで5エリアは高知県の局からコールバック。電話で交信したことはあるのですが、CWは初めてで、またたまたまバグキーが繋がっていて、普段使い慣れていないバグキーだったためにあせりましたがレポートを交換して交信終了。コールバックがあるとは思わなかったのでさっさと引っ込んでしましました(^_^;)
 符合がトロロにならないように調整したつもりなんですが、もう少しバグキー裁きを練習しないとお空の上では通用しませんね(笑)

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April 23, 2006

総務省のパンフレット

 土曜日にQSLカードを近所のハム屋に持って行くと、総務省が発行した「ご注意ください!!FRS・GMRSを日本国内で使用すると電波法違反になります」というタイトルのパンフレットが置かれていたので、一部もらってきました。ここにも過去2度に渡って取り上げましたが、アメリカ国内用として中国本土で作られているこれらの無線機は、アマチュア無線並の高出力で更に日本では業務用に割り当てられている周波数を使用する無線機であるため、従事者免許の有無に係わらず日本では使用することを許されない無線機です。更にハンディ機という特性ゆえに、アンテナが付いた状態で所持していることは、たとえ受信専用だと釈明しても「ただちに電波を発射しうる状態」と解釈され、電波法第4条に違反する「不法開局」の罪に問われることになります。ではなぜこんな物が世の中に出回るかというと、いつの時代でも「免許が不要で電波が遠くまで届く無線機」の需要が常にあるからという理由のようです。ところが免許が不要である事と電波が遠くまで飛ぶということは相反する条件で、今の日本で入手可能な免許不要の無線機というと「特定小電力無線機」という出力10mWのハンディトランシーバしかありません。特定小電力無線機は混信対策上「ラジオマイク」(コンサート用ワイヤレスマイク)と同等の出力しかなく、連続送話3分という制限がありますので、「遠くまで飛ばない・頻繁に会話が途切れる」ことを好ましく思わない需要層を狙って中国のOEM元から業者が持ち込んだのがこのFRSおよびGMRSでした。当初は電波法を認識せずにこのような違法機をディスカウント店を中心に流していたのでしょうが、その後各地の総合通信局から販売店に警告が入り、おそらく現在ではFRS・GMRSを平気で店頭に陳列して販売しているところは「少ない」と思われますがどうなんでしょうか?無線機は販売するに当たって「免許が必要」であることの説明が義務とされているはずですが、その必要がないインターネットで大量に販売されるようになりました。なにせ2台セットで特定小電力無線機よりも圧倒的に安価で電波の飛びも比較になりません。FRSで特定小電力無線機の50倍の出力、GMRSで実に500倍の出力を持つものもあります。そのために「使用することによって電波法違反の罪に問われる」事を隠蔽していまだにネット上で大量に取引されているために、本人が知らないうちに犯罪者にされている例が留まるところを知りません。違法市民ラジオ、いわゆるトラックの違法CBやアマチュア無線機を免許無しで使用することを「犯罪」と認識しないで使用している人は皆無だとい思いますが、このFRS・GMRSは使用している人の殆どが違法という認識がなく使用している事が問題です。近所のハムショップにもFRSを持ってきて「これの予備のバッテリをくれ」と月に何人かがやって来るそうです。総務省では「日本国内で使用した場合は、本人の意識の有無に係わらず電波法違反となり、処罰の対象になります」とはっきり明示しております。
 最近ネットオークションでもやっとオークションストアにおいて「FRS・GMRS」が○禁ワード入りしたのか、このワードでの検索に引っかかるタイトルが少なくなりましたが、「米国製無線機」や「○トローラ、○ッドランド製トランシーバ」として相変わらずネット上に大量掲載されている事実には変わりありません。また売る方は説明の片隅に「電波法を守って使用してください」「お使いになる地域の電波法規に従って使用してください」「法規など各自お調べの上、落札下さい」などの言葉が一般の人間には目立たないように書かれており、これを持って「販売する側の責任を回避」しているようですが、明らかに国内で使用することの違法性を認識しながら国内に大量に流通させることは、使用する側にまったく違法性を認識させないということで、昔の違法CBよりも販売手口が悪質だと言わざるを得ません。「大勢が使うことにより、大量の犯罪者を出すことの社会的な問題からこれらのトランシーバが黙認される可能性」はまったくの「No Way」です。
Frs


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April 22, 2006

2m活性化のための運用

 相変わらずハイバンドの伝搬は良くないようで、土曜日だというのに昼間聞こえるのは14メガあたりは6エリアが聞こえますが18メガから上は沈黙中。それでも午前9時過ぎくらいまでは18メガでも3エリアあたりがかなり多数聞こえていましたので、もっと早くシャックに上がってワッチするべきでした。そのようなハイバンドの低調ぶりも相まって4月になってからHFでの交信局数は18メガの1局のみ。あとはすべて2mという体たらくぶりでした(^_^;)
 そういえば来週はオールJAコンテストだというのに連日気温が上がらず、さらに晴れの日が2日続かず、そのために未だアンテナ整備のために屋根にも上がらず、3エレの自作6m用アンテナもそのままになっております。もう少しハイバンドが賑やかになってくれるとアンテナ整備も俄然張り切ってやってしまうのでしょうが、相手の電波が聞こえない限りはいくらアンテナを整備してどうしようもなく、結局先送りになってしまうのでした。
 そんなことでHFと離れておりますが、昨晩、2mでCQの声が聞こえるので応答すると隣接の町からでした。何かコールサインに覚えがあるような感じがしましたが、相手の方から「声でわかりました」と言われてドッキリ。やはり隣の町の地域クラブ所属の方で、2月の支部運営委員会で地域クラブ代表の代理として出席されていたMさんでした。あのときは確か昨年は15局くらいとしか交信していないなんて言われてましたが、2m活性化のために代表から発破を掛けられたらしく、1週間に一度空振りでもいいからCQを出して交信するように言われたそうです。Mさんとは面識もあるのに交信はもちろんのこと初めてでした。こちらも2m活性化策として何とか使っていきたいという気はあるんですが、どうも夜になったら野球の行方の方が忙しくて、ついついリグのスイッチを入れずにラジオの方のスイッチを入れてしまいます。もしくはビール片手にというわけにはいかないので、日本茶飲みながらTVのナイター観戦して投手の継投分析なんかしているんですから、ますます夜は2mから離れてしまいます(^_^;) うちはモービルアンテナに毛の生えたようなGPアンテナですから、圧倒的に2mの運用が弱いのですが、それにしてもそれを言い訳に2mに出ない理由にはなりません。こないだタワーを頂いたときに11エレの2mスタックも頂いてしまいました。まさかスタックのビームアンテナを固定にして札幌圏に向けっぱなしにしておくわけにも行きませんから、早急な活用法を考えなくては。それもお金を極力かけずに(笑)

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April 17, 2006

やっとハイバンドが開き始めた

 3月中は例年なら21メガで6エリアの福岡あたりとは話が出来るコンディションになるために今年も期待をしていたのですが、期待を裏切り稲村OMの別宅シャックがある石垣島より北がなかなか開かずにスキップしてしまい、14メガも含めて交信局数ゼロ(@_@;) 来年のサイクルの谷間に向かってこりゃ垂直アンテナじゃ向こう2年間は厳しい電波伝搬状況に陥ってしまうと覚悟したりしました。4月に入ってもハイバンドの電波伝搬状況は好転せず、この15日土曜日もアウト。ハム屋の4エレビームアンテナで18から上をワッチしてもまったく聞こえませんでした。
 ところが、日曜の9時頃から18メガをワッチすると、珍しく3エリアの何局かが聞こえていました。このときはEスポの兆候をまだ掴んでいなくて、岸和田からCQの出ている局と交信してすぐに18.138くらいでCQを出したのですが、どうやらピンポイントで聞こえているようでこのときはボウズ。21メガをワッチすると6エリアを中心にけっこう広範囲に開いているようです。イオノグラムを見てもEスポが発生している兆候は伺われず、その時は通常の4月の伝搬に戻っただけだと思いました。24メガでは2月の地震EスポでQSOした福津市のOMの声だけしか聞こえず、28メガはまったくダメ。
 イオノグラムの状況から見て6mが開くとはまったく思えず、そのままリグの前を離れてしまいましたが、昼前に6mのクラスタを見ると、8からの受信情報が上がっています。半信半疑のままIC-551のスイッチをいれ、JA6YBR/bの周波数に合わせると、何とフルスケールで入感しているじゃあないですか。慌てて50.150から上をくまなくワッチしましたが、50.177あたりでCWの信号が聞こえたり聞こえなかったりする程度でフォーンはまったく聞こえません。しょうがないんで50.183あたりでリグに電鍵をつないでEXののち1分聴取で更にVVV連打し、その後10分ほどCQを出し続けましたが応答無し。やはり6エリアもピンポイント的にしか開いていなかったのかもしれませんが、このあたりは夏至前後でEスポが複数重なって広範囲にオープンする状況とは違います。しかし、今年は念願のIC-551用VOXユニットを入手したので、このIC-551でもセミブレークインが可能になり、CWでのストレスが一気に解消しました。今年の6mではコンディションが落ちたら早々にCWに切り替えてCQ出さないと例年並みの交信数は稼げないかもしれません。

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April 16, 2006

タワーを貰った

 しばらくアマチュア無線をやっていると、他人のアンテナが気になって仕方がなくなるもので、たまに電車などに乗っても車窓から見えるアマチュアのアンテナばかり眺めるようになります。当方のようにTV用の屋根馬にGPを載っけている局は意外と少数派で、一戸建ての住宅にはタワーが立って、立派なビームアンテナと取り付けている局が案外多いことに驚かされます。一軒の住宅にメインタワーとサブタワーの2本を備えて、これで4アマ10Wの局免での運用だったらもったいないなんて思いながら観察してましたが、タワー建設ともなると、本体のFOB価格よりも輸送料や工事費などのほうが何倍もかかってしまうわけで、タワー本体が20万少々といってもアンテナと付属品を買いそろえ、いざ工事その他の費用を入れるとあっという間に100万くらい掛かってしまいます。これがさらに30mなどというクランクアップタワーになると総額300万超ということも珍しくないようで。短いルーフタワーなら貧乏電波研究所でも何とか手が届きそうな範囲ですが、自立鉄塔にビームアンテナともなると当局同様に現状では夢のまた夢という状態の人が多いのではないでしょうか。やっぱり使う周波数帯によってある程度のアンテナの高さが必要なのは確かで、ハイバンドは屋根上アンテナであっても何とかなりそうなものの、ローバンドでは給電点の高さはやはり必要です。特に7メガ以下はローカルの局が59で聞こえていいる相手が、屋根より少し高いだけの当局のダイポールアンテナではまったく聞こえないということも珍しくはないのです。持っているライセンスの差ではなくて、無線設備に掛けた金額の高低で成果が決定的に左右されるのが「アマチュア無線」なんですが、この現実ばかりは否定したくても否定できません(T_T)
 そういう我が貧乏電波研究所の余りにもPOORな無線設備状況に同情してくれたわけではないのでしょうが、ローカルのOM氏が撤去してガレージの中に入れてあったクリエートのNタイプ15メートルのタワーを無料で頂いてしまいました。それも先方がトラックを借りてくれて、うちまで運んで下さったのですから、労せずして上を向いて口を開けていたら、そこに普通は鳥の糞が落ちるくらいなものの、今回はぼた餅が首尾良く口に納まったようなものでした。10年以上は使っているタワーであり、当地方は海岸が近く塩害地域なので、さすがに錆がないわけではありませんが、まだまだ十分使えます。残りの寿命を考えるとコンクリートの基礎を構築するのではなく、コン柱宜しく2メーター以上の穴を掘って、掘っ建てタワーにしてしまい、寿命が来たらさっさと撤去してしまうほうが環境に優しいというものでしょう。
 建柱するまえに亜鉛系の塗料でコートしてしまいたいのですが、何やかんやでタダで頂いたとはいえ、それなりに追加費用が掛かってしまいます。貧乏電波研究所の主旨として設備にお金をかけないことになっていますから、穴掘りも建柱もなるべく1人でやらなくてはいけません(^_^;)
 とはいえ、タワーがあってもアンテナはもちろんのことローテーターもマストもありません。それゆえにしばらくは逆V型ダイポールアンテナの支持台としてしか使いようがありませんが(笑)そんでも逆Vダイポールの支持台としても今度は楽に3.5メガのフルサイズダイポールアンテナが張れそうです。また、思い切ってスローパーアンテナとしてタワーを利用する手もありますが、この場合はきちんとアースが取れていないといけないのでしょう。我が町は保水力が少ない火山灰台地の上にありますが、果たして銅板を埋めて良好な接地が取れますかどうか。とはいえ何事もアマチュアは試行錯誤を繰り返す「実験」の積み重ねです。とにかく、まずは暑くなって穴掘り作業がしんどくなる前に、さっさと2m以上のタコツボを庭に掘らなきゃいけませんな(笑)

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April 11, 2006

替え玉受験

 上級アマ試験で以前替え玉受験が判明し、どういう罪状を食ったのか忘れましたがおそらく執行猶予付き有罪の私文書偽造の罪と行政処分として従事者免許を取り消され、以後しばらくは電波が出ていなかったのではないかと思われます。ところが前回12月の上級アマ試験から3アマ所持で通信術が免除された為に、以前の試験にくらべると何倍もの受験者が押し寄せ、会場が分散したこともありチェックが甘くなったことから替え玉受験が紛れ込んだのではないかという、おそらく根も葉もない噂の類でしょうが、そんな話がありました。その手口というのはいろいろなトリックが考えられますが、ここであれこれ書き込むと模倣犯が生まれそうなので控えます。要するに必ず2人1組で解答用紙提出時にわからないように解答用紙をすり替えて提出するのですが、大人数で一斉に解答のマークシートを提出して退出するときにいくらでも二人で受験番号を書き換えたマークシートをすり替えるスキも出来ますし、おそらく他人の受験番号のマークシートをそのまま提出してもわからないでしょう。この二人一組でマークシートをすり替える手は、以前の他人になりすまし受験より発覚する確率は低いと思われますが、この辺りは手を挙げると試験の執行官がマークシートを回収に来る試験や、受験番号で着席場所が決められている試験に比べると極めてセキュリティが甘いと思われます。受験者20人だったら目配りも出来ますが100人を超えるとそのあたりも怪しくなるかもしれません。以前は1アマも2アマも別の通信術試験がありましたが、通信術試験は解答用紙を後ろから回収しました。そのために受信用紙に他人の受験番号を書くのは極めてリスクのある行為だったのですが、3アマ所持で通信術免除になり、法規と工学だけの試験では替え玉犯罪の手口としては極めてやりやすくなったのではないかと心配してます。所詮アマチュア無線の従事者資格ですから、医師国家試験と違って後々他人の生命を脅かすことになる危険はありませんが、替え玉受験は4アマ100Wあたりと違って社会的な罪の大きさは測り知れません。アマチュア無線の上級試験において過去における替え玉受験の摘発例は2件だと記憶してます。両方とも単純に自分が申し込んだ試験に他人が写真を貼って受験したという手口で、最終的には無線従事者資格原簿あたりの過去の写真と受験票の写真が違うために電波監理局から警察に告発されたということで立件に至りました。おそらく電波監理局(現総合通信局)が動いたのは不正受験があったという密告を外部から受けたからでしょう。特に資格をすでに所持していることが知られている替え玉が試験場で知り合いに見つかれば「怪しい」ということになり、すぐに噂が立つでしょうし、替え玉受験立件の2件目の方は、替え玉が無線機屋の経営者だったらしく、こんなのはすぐに目撃談が広がってしまいますな(^_^;) 一件目の方は替え玉の顔が知られていない他エリアでの受験だったようですが、他エリア受験は無線協会の方に最初から「怪しい」とマークされていたのかもしれません。
 先に捕まった記念すべき替え玉受験摘発第一号さん、コールサインを検索したらしっかり免許状が未だに生きていました(@_@) それも事件から10年経過しているのだから、その後ちゃんと自力で上級資格取ったのかと思ったら未だに電話級10WでCWナシのまんま。電波法違反で罰金刑以上の刑になったわけではないので、どうやら不正に取得した従免だけ取り消されれ、電話級の従免だけは残ったのでしょうか?その後、汚名を濯ぐために努力して上級資格を取り、恥ずかしいから別なコールで上級局の運用をしているのなら話は別ですが、どうも替え玉受験の時から成長してないのかしら?

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April 10, 2006

2mデビュー

 地元期待の星、小学生無線家のK君もこの4月から無事に中学生になり、中学にクラブコールを復活させるのだと発破を掛けらたとの噂を聞いていた昨晩、いままでHFのV型ダイポールアンテナしか持っていなかったからVHFとUHFには出ていなかったはずなのに急に2mに出てきたので驚きました。それというのもハム屋の社長がいきなりコールサインも言わない違法局だらけの2mから始めて悪い癖でも付いたら長い間無線をやる事にはならないだろうと考え、中古のアンテナをタダで上げてやってもよかったのだけど、わざとVダイポールだけにしたという深慮遠謀から、7月の開局から今まで2mには出なかったというのが真相です。しかし、HFハイバンドもなかなか国内が開かないために、ハム屋の社長に教えられて何とGPアンテナを自作して昨晩2mに始めて出たとのこと。当方がエレメントに良く使う「トマトの支柱」を使ってガムテープだらけの自作アンテナだけど曲がりなりにも交信できるアンテナを作り上げたということで、昨今は資格も技術もあろうがなかろうが、金さえあれば高いアンテナタワーに高価な無線機が買え、何百ワットであろうと出すことが出来る環境を得ることが出来、さらに4アマであろうが設備に金を掛けさえすれば2年もあればDXCCが獲得できるという時代に、貴重な体験が出来たと思います。どうやら2月の交流会の時にトマト支柱で1000円アンテナを作る話をしたので、それに影響されたのかもしれませんが、それにしても「無線環境、お金がなければ自作で勝負」というトマト支柱アンテナ仲間が地元に出来てうれしいな(笑)
 でも1/4λのGP作るより300オームのTVフィーダでJ型アンテナを作った方が安いし高利得だと思うんだけどそこまでは考えが及ばなかったようで。
 また、さすがに多段GPアンテナまでは作れないようですが、洋ラン線使って2mの八木アンテナ作る方法でも今度教えてあげましょう。それよりも6mのビームアンテナだとかヘンテナなんていうのも自作しやすいから、とにかくいろんなアンテナを作って経験を積めとでもアドバイスしておきましょう。
 最近は家に帰ってから22時頃まで7メガにかじり付き、朝は3時4時頃に起きてDXが入っていないかどうかワッチすることもある毎日とかいうけど、学校の勉強もしないと勉強で落ちこぼれていくから無線もほどほどにともアドバイスせにゃいけません(^_^;) 無線がきっかけで工学部にでも進学し、技術者になるのはいいけど、無線にのめり込んで人生を踏み外した人間のほうが多いのだろうし(笑)

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April 08, 2006

岡田有希子自殺から20年

 そういえば今日が「あの日」からの20年目の節目の日にあたる。あの日とは、その後に若い子が不可解な後追い自殺を繰り返したために「ユッコシンドローム」などと言われる発端になったアイドルの岡田有希子が四ッ谷交差点のビルから飛び降り自殺した日なのだ。しかし、あれから20年も経つというのは我ながらムダに歳を重ねたものであるが、当時は玩具製造に参入するきっかけとなったフルオートガスガンの出始めのころで、土曜の21時頃に完成品が入荷し、その日のうちに梱包を済ませ、日曜には予約分を裁いて月曜には他社に出荷という週単位のスケジュールをもう何ヶ月も繰り返して、水曜日が休みというような勤務状況だった。その頃やっとパソコンが業務に入り始めて売り掛けが電算処理を始められた頃である。そんな休みの水曜日はいかに睡眠時間を確保するかが重要で、休みの日だけは千歳烏山駅近くの6畳一間の風呂無しトイレ共同の安アパートで昼まで寝ていて「笑っていいとも」と同時に起き出し、カップ麺で昼食を済ませた後、けだるい午後をワイドショーか何かを見て過ごし、4時に近くの銭湯が開いたらさっさと入りに行くというような、実に非生産的な休日の過ごし方をしていたのであったが。
 四月に入って陽気も良くなり、もうカレーの作りだめは出来ないな、などと思っていた休みの水曜日、春のうららかなよい天気だったのにも係わらずいつもの通り昼ごろに起き出して「笑っていいとも」を最後まで見ていた。どんなコーナーがあったかは覚えていないが、エンディングでタモリが回って来たメモを見て「えっ、岡田有希子ちゃんが飛び降りた?!」と叫んだのは今でもはっきりと覚えている。「飛び降りた」という客観的な事実に対して、なんで高校を卒業したての18歳がビルから飛び降りなければいけなかったのか自分でも整理がつかなく、出来ることならば生きていて欲しいという願いもむなしく、その後のワイドショー報道で死亡が確認されたという報道が流れた…。
 前月3月はおかしな陽気だった。桜が咲こうというときに東京では大雪が降り、交通網が1日遮断された。その大雪の1週間前、いつもの通り混雑する京王線の急行電車を避けて先発の各駅停車の新宿行き電車に乗る。最後尾の車輌に座って本を読んでいると上北沢停車中に車掌が急に「あっ、人が接触した」と大声を上げ、列車無線で運行指令に連絡を入れた後すぐさま救助のためにホームに走ったのだ。反対ホームを通過する快速電車に接触してホームを飛んだらしく、自分の乗っている車輌のすぐそばまで跳ね飛ばされたらしい。このときは接触だから大事に至らないという思いと、快速に跳ね飛ばされたのだから命はあるまいという両方の思いが交錯した。すぐに駅員・救急隊員・警察などが駆けつけたが車掌は列車無線で即死と伝えていた。こちらの電車は当事者ではないので15分遅れくらいで発車したが、ホームでは遺体にシートこそ掛けられていたものの、あちこちに豆腐を細かくしたような灰色の物体が散らばっているのを見てしまった。人間の頭が割れるとこのように脳が飛び散るのを目の当たりにして、それからしばらくメシが喉を通らず、スーパーでパック入りの鳥のモツの見ただけでしばらくは吐き気がした。
 歌番組を殆ど見ない自分が岡田有希子の姿を初めて見たのは事もあろうに民放深夜に流れる「歌う天気予報」という番組だったと思う。ファーストデートという曲を歌っている場面に天気予報のテロップが流れるというそれだけの番組だったが、日によっては「じょんがら天気予報」などというわけのわからんお天気番組に変わっていた。岡田有希子の歌う天気予報の前任は、何と「スターボー」だったと思う。チープなテクノのメロディでの歌う天気予報は、海岸でマスクを掛けたスターボーの3人が星の形の全身タイツみたいのをまとって、暴走族のようにメンチ切って見せるというような噴飯もののビデオクリップであった。まあ宇宙から来たインベーダだから仕方がない。そのスターボーの後の歌う天気予報抜擢だったので余計に岡田有希子という名前が印象づけられたのかも知れないが、アイドルマニアの友人がファーストアルバムのテープをくれ、そのテープをグアムに持っていったのを覚えている。
 四ッ谷交差点の大木戸ビル前には1週間後の水曜日にオートバイで出掛けた。出掛けたというよりついでに訪れたというのが正解だ。堆く積まれた花束の前にひれ伏すユッコファンさえすでに姿を消したが、花束の山はそのままだった。あの日の上北沢のホームのように、まだ若い脳の断片を散らした固いアスファルトはその染みさえ見つけることは困難だった。テープをくれた友人はその日のうちにこの現場を訪れ、「さらば青春」と涙を流しながらオートバイであてもなく走り回ったそうである。今も昔も自分はそこまで人にも物にも感情移入することは出来ない。でも岡田有希子のLPはいまでもすべて持ち続けている自分は一体…。この日を境に自分はアイドルとは絶縁しておニャン子クラブなどとも無縁の人生を歩むことになる。

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April 06, 2006

結婚詐欺師クヒオ大佐

 「結婚詐欺師クヒオ大佐」なる本が出ている。実はこの希代の結婚詐欺師にいささか縁があったためにネット経由でセブンイレブンに送らせたのだったが、本を読むとどうやらこの作者は84年に逮捕された以前のこいつの行状については又聞き以外の事実はご存じないらしい。逆にこちらは90年頃に明大前の駅構内でこいつを見かけ、以前のようにブランド品の着る物でも仕入れてきたのか紙袋を2つも抱えて、さすがにその時は軍服姿ではなかったが、相変わらずやってるなと思い、「この人有名な結婚詐欺師です」と大声でさけんだらこいつがどんな反応をするか見てみたい衝動に駆られながらも、あわただしい通勤時にてそのままになった時以来、その外国人とも日本人ともつかない整形で作られた独特の顔を見てはいない。
 この本を見るとどうやらその時に標的になったカモに訴えられてその後、何度目かの刑務所暮らしをしていたらしく、この本によってそれ以降のこやつの行状がわかり、20年が繋がったような感じがした。しかも驚いたことにこのクヒオ大佐は我が同郷の北海道出身だという…
 話は遡るが、82年から83年頃。社会は不況の最中にあり、常勤バイトとしての勤め先も例外ではなく換金出来ない不良在庫の山を抱えてただでさえ少ない正社員を半分にするしかなかった。そこで軍用品に強かった当方が中心になって非常勤役員(現役エアライン勤務)に何度もアメリカを往復してもらって、軍用品、特に燃えないノメックス(ポリアミド)のフライトジャケットをノースカロライナのメーカーからアトランタ経由で直接仕入れるというような、軍用のユニフォーム関係の仕入れルートを確立し、それを独占的に供給することによって売り上げ的にも一息ついたという状況にあった。もちろん軍用品マニアを対象にである。特に今では何でもないCWU-45/Pという米軍最新のノメックスフライトジャケットは岩国からの横流し(MAG-15) 以外では初めて日本にこれを持ち込み、ナイロンなんかの民生品MA-1フライトジャケットに比べると4倍近い値段だったのにも係わらず1シーズンで400着ほど売りさばいた。その売り上げを給料にせずに仕入れ資金とし、中古の航空装具類、特にジェット用ヘルメットなどを仕入れたが、そこにやって来たのが後に「希代の結婚詐欺師・クヒオ大佐」と呼ばれた男である。
 最初、こいつが店に現れたときのことは鮮明にいまでも覚えているが、何を買っていったのかは思い出せない。その時はいかにも高そうなスーツにエアラインパイロットが持ち歩きそうなアタッシュケース、短い赤毛でブランド物のサングラスという姿だったと思う。腕には高いのか安いのか判断に苦しむ金貨をあしらった時計をはめていた。そして英国空軍からアメリカ海軍に派遣されている現役の戦闘機パイロットで大佐であり、最近は英国大使館詰めであることなどを喋り始め、アタッシュケースからアメリカ海軍のスクランブルエッグ(鍔の金刺繍)付きの制帽を取り出した。その制帽を見て何かおかしいと思ったのは軍装品屋の直感であった。微妙に今の制帽帽章より一回り小さいのである。それに金糸の刺繍部分はその当時すでに「ノンターニッシュ」っていう腐食しない素材のものが出回っていたのに、スクランブルエッグもチンストラップも青く変色している。どうやらえらく古手のWWII当時の制帽を持ち歩いているようだった。さらに今度来るときに自分の羽毛入りのフライトスーツを持ってきて見せてやるなんて曰って帰っていったが、今どきというか今も昔も軍用機搭乗員が火のついたら危ない羽毛入りのフライトスーツなんか着るわけがなく、どうやらこのお人はノメックスという火のつかない素材のことをご存じないようだった。フライトブーツだという靴も我々が履いているいかついキャップトウのレースアップパイロットブーツと違ってサイドジッパーの単なるハーフブーツであったし、こんな物で射出したら爪先が切損する事だってある。国籍不明ではあるがパイロットか医者を騙るとなると常識的に考えて「職業結婚詐欺師」というのが、店に現れた初日にすでに噂になっていたのだが、後にこいつが数千万の金を複数の女性から巻き上げることになるわけである。さらに周囲の軍用品屋や横須賀のドブ板界隈でも目撃談がけっこうあり、「正体不明の自称大佐」「ニセネービー」ということで、業界筋でも酒の肴としての話題に上るようになった。
 その後、こいつは年に何回か店を訪れるようになる。いつの間にか赤毛が金髪に変わっていた。どんな客にもへらへらしながら調子を合わせる当方はこのニセ大佐に気に入られたのか「自分はハワイ王室に嫁いだエリザベス女王の妹(だったか従姉妹だったか忘れた)の子供で、英国空軍からアメリカ海軍に派遣されて戦闘機に乗っている」その他の常套句を一通り聞かされたのであったが、話のつじつまが合わない(海軍の軍人がなんで横田のF-15に乗っているのか、そもそも横田にはF-15の部隊はいないぞ)所を突っ込んでやりたいところだったが、結局は調子を合わせてしまった。その国籍人種不明の姿(明らかに鼻筋を整形していると思われる)や、けっこう英語の会話に乗ってくるということから案外「本物ではないか?」という話も上がったのであったが、決定的に「こいつは日本人で意外に年輩」であるということを確信したのは「員数」事件であった。
 「員数」なんていう言葉は我々だって滅多に使わない特殊な日本語だ。その員数という言葉がハワイ出身の英国空軍派遣アメリカ海軍大佐の口から思わず漏れたのは、うちで扱っていた海軍関係のユニフォームを購入しようとした時だった。いつもこのニセ大佐は「買う」と言わずに「買ってやろうか?」と、こちらの売り上げ具合を見透かすように持ちかけて来るのである。思わず「こういうの必要なんですか?」と、口を滑らせたら、基地のストックを持ち出したから「員数を合わせるために」必要なんだと言って、制服制帽などを持っていったと思った。それも「給料を貰ったばかりだからドルと日本円があるがどっちがいい?」などと聞くのである。もちろん日本円キャッシュでお支払いいただいたが、その「員数を合わせる」という軍隊用語を耳にして「こいつは正真正銘の日本人」であることを確信した。でも旧海軍は「たいさ」じゃなくて「だいさ」、「たいい」ではなく「だいい」と呼ぶのが正しいのだが、こやつは「かいぐんたいさ」と自称していた。「ワンスターはネイビーでは准将ではなくて代将(だいしょう)ね」なんて我々にレクチャーするくせに、コモドアーの意味も平時の海軍は大佐からツースターの少将に昇進することも、海軍少将には厳密にアッパーハーフとロアーハーフの2階級がネイビーリスト上にもペイグレード上でも存在するのもご存じなかったらしい。そういえば、我々が元米軍軍人を自称する本物とニセモノを見分ける方法に「ペイグレードはいくつだったか?」との質問に的確に答えられるかどうかというのがある。もちろんジョナ・クヒオ大佐にそういう質問をぶつけたことはないが。
 その後もニセ大佐の買い物はしばらく続いたが、今となっては「詐欺の小道具の供給元」の一部になっていたわけである。しかし、詐欺に使われるとわかっていて売ったわけではないが、薄々は「結婚詐欺の小道具」に使われるのではないかという一抹の不安は持ち合わせていた。
 そういえば、このニセ大佐は頭が小さくて、新品だがサイズが合わなくて誰も被れなかったMサイズのHGU-26/Pというデュアルバイザーのジェットヘルをするりと被ってしまい、又「買ってやろうか?」の一言で20万円のキャッシュを払って持っていってしまった。ジェット用ヘルメットの被り方の基本がなっていなく、オートバイのヘルメットを被るようにまっすぐ被ってしまうのを見て「おやおや」と思ったが、その時のヘルメットを被って沖縄のKING城よろず屋のF-104Jに乗り込んで片手を突き上げている写真を逮捕後の週刊誌で見てひっくり返ってしまった。
 その後このニセ大佐、軍人であるという事を最もらしく見せるために本物の拳銃を持ち歩いていたのである。本人「日米の合同捜査の時以外は本当は持ち歩いてはいけないんだ」と言いながら、他の客が居るのにも係わらず「見せてやろうか?」といってショーケースの上に出した拳銃がワルサーの25口径ベストポケット。実弾も50発箱ごとである。この珍しいシングルアクションのワルサー、護身用の拳銃で軍用銃ではない。もちろん完全にヤバいので触りもしなかったのは当然だが、おそらく巻き上げた金で闇市場から入手したのであろう。この一件でそろそろこいつも捕まるだろうということを薄々感じていた。その後「セクレタリー」と称する美人女性にユニフォームを着せて連れ歩いて居たりしたが、ある日の朝刊の週間写真誌の広告でこのニセ大佐逮捕のニュースを知った。逮捕された時に警察で証拠品として着させられた「愛と青春の旅立ち」同様な白のチョーカー(米海軍白詰め襟)の写真もうちから持っていった制服であった。
 その後「希代の結婚詐欺師」「こんなのに引っかかる訳がわからない」など色々マスコミで取り上げられたりもし、出所後はもう結婚詐欺で食っていけないだろうと思っていたのだが、5年くらいして明大前駅構内でブランド品の紙袋を二つも抱えているのを見て「またやっているな」ということがわかり、何となく懐かしさがこみ上げたとともに、結婚詐欺師でしか生きていけないこのニセ大佐の姿を哀れに思う気さえ起きたのである。

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April 03, 2006

電線着雪注意報

 4月だというのに昨夜は季節外れの大雪大風でした。春の雪だとたかを括っていと、水分を含んだ重い雪が朝には5センチ以上も積もって一面の雪景色。それも風が強かったもので電線に着雪し、雪の量がもう少しすごければ各地で送電線の切断なんかが起きて、停電という事態に陥ることもあるのですが、今日の雪はそこまではいかないで済んだようです。
 ところが、地元のUHFのTV中継設備に障害が発生しました。中継アンテナに着雪してしまったためにTVの画面がまるで新宿副都心の真ん中でアンテナの代わりに針金延ばしてTVを見ているような有様。それでも下の方のチャンネルから徐々に通常状態に戻っていき、昼前までには全チャンネル通常に戻ったようです。
我が貧乏電波研究所のアンテナの着雪状況も気になったので、雪掻きついでに見に行くと、ダイポールアンテナのエレメントは着雪でまるでキリタンポ状態(^_^;) 重い雪でいつもよりしなっているようです。また延びてしまったら調整するのが面倒です。垂直系のアンテナもエレメントやラジアルに着雪し、蔵王の樹氷のよう。平日ですから電波を出すことはないのですから雪が融けるまで放っておくつもりでしたが、気になってSWRを計ってみると、どの周波数でも1.5以下になるように調整しているのにも係わらず、全周波数で3.0前後を示しています。まあ、着雪しているのですから仕方がありませんが、トランジスタファイナルではプロテクションが掛かってしまうくらいの値です。うちは真空管ファイナルなので、そのくらいの離調はまだ大丈夫です。
 ところで、この春先の湿った雪と大風というのが電力マンにとってはやっかいで、送電線に着雪して風に煽られると雪の重みで太い送電線が切断するという事故が発生しやすくなります。また、一カ所電線が切れると重みが一気に鉄塔の反対側に掛かって連鎖的に送電用鉄塔が何基も倒壊するような事故も過去に何件か起きていて、雪と大風の日は電力マンが一瞬たりとも気の抜けない日になります。幸いにも夕べの風雪は電線着雪によって切断を起こすというほどの物ではなく、停電などもなかったようですが、午前中に町の中では電気工事屋の高所作業車が何カ所かで電線着雪の点検を行っていたようでした。

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April 02, 2006

絶好の移動ポイント

 2月12日の地震Eスポとおぼしきハイバンドの異常伝搬フィーバー以来、18メガから上はDX以外の国内はまったく聞こえず、相変わらず7メガで合併新市町村からの移動局だけが「仁義なき戦い」を繰り広げていました。7メガは屋根よりちょっと高いだけの自作フルサイズ逆Vダイポールアンテナではいくら100Wといえどもその超弩級パイルの渦に参加してそのパイルを抜くことは敵いません。それに指定無視してのサフィックス連呼で他の局が交信し始めているところに被せてまでも自分のコールを取らせようとする行儀の悪さに閉口してますので、自分までおなじようなことをするつもりも全くなく、自然と7メガから距離を置いてしまうわけですが。
 ということで、あれほど駆け込みの市町村合併で盛んに移動局が出たのに、ログ帳は2/12から真っ白。3月は1回の交信もなくまるっきりのQRT状態でした(^_^;) そんなこんなでいよいよ4月に突入し、月末には今年最初のJARLコンテストであるオールJAコンテストも開催されます。去年までだったら今頃はすでに21メガあたりで国内が開く時間がかなりあるはずなんですが、今年は4月に入ってもさっぱり。相変わらず石垣島の稲村OMの声しか聞こえません。14メガが昨年の21メガあたりと似たようなコンディションで、午前中九州方面は入感していたのですが、これからさらにサンスポットの極小期に向け1年半くらいの期間がありますから、ハイバンドはこれからしばらく我慢の時期が続くかもしれません。
 しっかりご無沙汰していた無線ですが、昨夜帯広からの移動局が事もあろうに地元の巨大スーパー屋上駐車場からの運用で2mの電波を出しているのに遭遇。応答して1ヶ月半以上ぶりに交信成立しました(^_^;) しかし、このスーパー駐車場というのが盲点で、車の入れる高いところが殆ど無い平地の我が町にあって、石狩空知方面にも渡島方面にも開けている場所なので、考えてみると我が町にあっては絶好の移動ポイントのようなのです。いままでスーパーの屋上から電波を出すという発想自体、誰も考えつかなかったので、正に「灯台もと暗し」でした。とはいえ、道の駅のスペースを占有してアンテナを広げる事さえ憚られますから、スーパーの駐車場で移動用アンテナポール立てて運用することなど「平気で電車で化粧をする脳」の持ち主ならいざ知らず、良識の持ち主なら出来ません。やるんだったらモービルホイップだけでこっそりとやりましょう(笑)
 当方の支部管内では4月を待たずして7町1村が合併して4町が生まれました。7メガの新町移動運用のパイルが抜けないからどうしたものかと思っていたら、そのうち2町から本日朝に2mでのCQが掛かり、洞爺湖町と安平町との交信が成立。そのうち洞爺湖町の運用局は札幌から仲間と昨夜の内に移動してきて7メガと2mで声を出したが、8時間断続的に声を出して8時台に声を掛けた当局が交信第一号だったというお話しで、ご苦労なことでした。昨夜もこの局がCQを断続的に出していたのは知っていたのですが、途中でどこかのモービルとカブってその抑圧で殆ど取れなくて諦めていたものです。安平町の運用局は千歳からの移動局で、旧追分町内の小高い畑のど真ん中運用ということで、ログを調べると殆ど2年半ぶり2回目の交信でした。

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