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April 06, 2006

結婚詐欺師クヒオ大佐

 「結婚詐欺師クヒオ大佐」なる本が出ている。実はこの希代の結婚詐欺師にいささか縁があったためにネット経由でセブンイレブンに送らせたのだったが、本を読むとどうやらこの作者は84年に逮捕された以前のこいつの行状については又聞き以外の事実はご存じないらしい。逆にこちらは90年頃に明大前の駅構内でこいつを見かけ、以前のようにブランド品の着る物でも仕入れてきたのか紙袋を2つも抱えて、さすがにその時は軍服姿ではなかったが、相変わらずやってるなと思い、「この人有名な結婚詐欺師です」と大声でさけんだらこいつがどんな反応をするか見てみたい衝動に駆られながらも、あわただしい通勤時にてそのままになった時以来、その外国人とも日本人ともつかない整形で作られた独特の顔を見てはいない。
 この本を見るとどうやらその時に標的になったカモに訴えられてその後、何度目かの刑務所暮らしをしていたらしく、この本によってそれ以降のこやつの行状がわかり、20年が繋がったような感じがした。しかも驚いたことにこのクヒオ大佐は我が同郷の北海道出身だという…
 話は遡るが、82年から83年頃。社会は不況の最中にあり、常勤バイトとしての勤め先も例外ではなく換金出来ない不良在庫の山を抱えてただでさえ少ない正社員を半分にするしかなかった。そこで軍用品に強かった当方が中心になって非常勤役員(現役エアライン勤務)に何度もアメリカを往復してもらって、軍用品、特に燃えないノメックス(ポリアミド)のフライトジャケットをノースカロライナのメーカーからアトランタ経由で直接仕入れるというような、軍用のユニフォーム関係の仕入れルートを確立し、それを独占的に供給することによって売り上げ的にも一息ついたという状況にあった。もちろん軍用品マニアを対象にである。特に今では何でもないCWU-45/Pという米軍最新のノメックスフライトジャケットは岩国からの横流し(MAG-15) 以外では初めて日本にこれを持ち込み、ナイロンなんかの民生品MA-1フライトジャケットに比べると4倍近い値段だったのにも係わらず1シーズンで400着ほど売りさばいた。その売り上げを給料にせずに仕入れ資金とし、中古の航空装具類、特にジェット用ヘルメットなどを仕入れたが、そこにやって来たのが後に「希代の結婚詐欺師・クヒオ大佐」と呼ばれた男である。
 最初、こいつが店に現れたときのことは鮮明にいまでも覚えているが、何を買っていったのかは思い出せない。その時はいかにも高そうなスーツにエアラインパイロットが持ち歩きそうなアタッシュケース、短い赤毛でブランド物のサングラスという姿だったと思う。腕には高いのか安いのか判断に苦しむ金貨をあしらった時計をはめていた。そして英国空軍からアメリカ海軍に派遣されている現役の戦闘機パイロットで大佐であり、最近は英国大使館詰めであることなどを喋り始め、アタッシュケースからアメリカ海軍のスクランブルエッグ(鍔の金刺繍)付きの制帽を取り出した。その制帽を見て何かおかしいと思ったのは軍装品屋の直感であった。微妙に今の制帽帽章より一回り小さいのである。それに金糸の刺繍部分はその当時すでに「ノンターニッシュ」っていう腐食しない素材のものが出回っていたのに、スクランブルエッグもチンストラップも青く変色している。どうやらえらく古手のWWII当時の制帽を持ち歩いているようだった。さらに今度来るときに自分の羽毛入りのフライトスーツを持ってきて見せてやるなんて曰って帰っていったが、今どきというか今も昔も軍用機搭乗員が火のついたら危ない羽毛入りのフライトスーツなんか着るわけがなく、どうやらこのお人はノメックスという火のつかない素材のことをご存じないようだった。フライトブーツだという靴も我々が履いているいかついキャップトウのレースアップパイロットブーツと違ってサイドジッパーの単なるハーフブーツであったし、こんな物で射出したら爪先が切損する事だってある。国籍不明ではあるがパイロットか医者を騙るとなると常識的に考えて「職業結婚詐欺師」というのが、店に現れた初日にすでに噂になっていたのだが、後にこいつが数千万の金を複数の女性から巻き上げることになるわけである。さらに周囲の軍用品屋や横須賀のドブ板界隈でも目撃談がけっこうあり、「正体不明の自称大佐」「ニセネービー」ということで、業界筋でも酒の肴としての話題に上るようになった。
 その後、こいつは年に何回か店を訪れるようになる。いつの間にか赤毛が金髪に変わっていた。どんな客にもへらへらしながら調子を合わせる当方はこのニセ大佐に気に入られたのか「自分はハワイ王室に嫁いだエリザベス女王の妹(だったか従姉妹だったか忘れた)の子供で、英国空軍からアメリカ海軍に派遣されて戦闘機に乗っている」その他の常套句を一通り聞かされたのであったが、話のつじつまが合わない(海軍の軍人がなんで横田のF-15に乗っているのか、そもそも横田にはF-15の部隊はいないぞ)所を突っ込んでやりたいところだったが、結局は調子を合わせてしまった。その国籍人種不明の姿(明らかに鼻筋を整形していると思われる)や、けっこう英語の会話に乗ってくるということから案外「本物ではないか?」という話も上がったのであったが、決定的に「こいつは日本人で意外に年輩」であるということを確信したのは「員数」事件であった。
 「員数」なんていう言葉は我々だって滅多に使わない特殊な日本語だ。その員数という言葉がハワイ出身の英国空軍派遣アメリカ海軍大佐の口から思わず漏れたのは、うちで扱っていた海軍関係のユニフォームを購入しようとした時だった。いつもこのニセ大佐は「買う」と言わずに「買ってやろうか?」と、こちらの売り上げ具合を見透かすように持ちかけて来るのである。思わず「こういうの必要なんですか?」と、口を滑らせたら、基地のストックを持ち出したから「員数を合わせるために」必要なんだと言って、制服制帽などを持っていったと思った。それも「給料を貰ったばかりだからドルと日本円があるがどっちがいい?」などと聞くのである。もちろん日本円キャッシュでお支払いいただいたが、その「員数を合わせる」という軍隊用語を耳にして「こいつは正真正銘の日本人」であることを確信した。でも旧海軍は「たいさ」じゃなくて「だいさ」、「たいい」ではなく「だいい」と呼ぶのが正しいのだが、こやつは「かいぐんたいさ」と自称していた。「ワンスターはネイビーでは准将ではなくて代将(だいしょう)ね」なんて我々にレクチャーするくせに、コモドアーの意味も平時の海軍は大佐からツースターの少将に昇進することも、海軍少将には厳密にアッパーハーフとロアーハーフの2階級がネイビーリスト上にもペイグレード上でも存在するのもご存じなかったらしい。そういえば、我々が元米軍軍人を自称する本物とニセモノを見分ける方法に「ペイグレードはいくつだったか?」との質問に的確に答えられるかどうかというのがある。もちろんジョナ・クヒオ大佐にそういう質問をぶつけたことはないが。
 その後もニセ大佐の買い物はしばらく続いたが、今となっては「詐欺の小道具の供給元」の一部になっていたわけである。しかし、詐欺に使われるとわかっていて売ったわけではないが、薄々は「結婚詐欺の小道具」に使われるのではないかという一抹の不安は持ち合わせていた。
 そういえば、このニセ大佐は頭が小さくて、新品だがサイズが合わなくて誰も被れなかったMサイズのHGU-26/Pというデュアルバイザーのジェットヘルをするりと被ってしまい、又「買ってやろうか?」の一言で20万円のキャッシュを払って持っていってしまった。ジェット用ヘルメットの被り方の基本がなっていなく、オートバイのヘルメットを被るようにまっすぐ被ってしまうのを見て「おやおや」と思ったが、その時のヘルメットを被って沖縄のKING城よろず屋のF-104Jに乗り込んで片手を突き上げている写真を逮捕後の週刊誌で見てひっくり返ってしまった。
 その後このニセ大佐、軍人であるという事を最もらしく見せるために本物の拳銃を持ち歩いていたのである。本人「日米の合同捜査の時以外は本当は持ち歩いてはいけないんだ」と言いながら、他の客が居るのにも係わらず「見せてやろうか?」といってショーケースの上に出した拳銃がワルサーの25口径ベストポケット。実弾も50発箱ごとである。この珍しいシングルアクションのワルサー、護身用の拳銃で軍用銃ではない。もちろん完全にヤバいので触りもしなかったのは当然だが、おそらく巻き上げた金で闇市場から入手したのであろう。この一件でそろそろこいつも捕まるだろうということを薄々感じていた。その後「セクレタリー」と称する美人女性にユニフォームを着せて連れ歩いて居たりしたが、ある日の朝刊の週間写真誌の広告でこのニセ大佐逮捕のニュースを知った。逮捕された時に警察で証拠品として着させられた「愛と青春の旅立ち」同様な白のチョーカー(米海軍白詰め襟)の写真もうちから持っていった制服であった。
 その後「希代の結婚詐欺師」「こんなのに引っかかる訳がわからない」など色々マスコミで取り上げられたりもし、出所後はもう結婚詐欺で食っていけないだろうと思っていたのだが、5年くらいして明大前駅構内でブランド品の紙袋を二つも抱えているのを見て「またやっているな」ということがわかり、何となく懐かしさがこみ上げたとともに、結婚詐欺師でしか生きていけないこのニセ大佐の姿を哀れに思う気さえ起きたのである。

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Comments

初めまして。突然のコメントを失礼いたします。

映画を見て、実際はどうだったのかを知りたくGoogleで調べている時にこのページを拝見させていただきました。
非常に面白く読ませていただきました。
私の様なズブの素人にも、クヒオ詐欺師が少し見えてきたように思います。
映画を見終わったときは「このクヒオ詐欺師は監督のコンセプトのもとに作られたんだな」と思いましたが、実際に近いところもかなりあったのですね。
この記事で認識を少しは正確にでき、非常に感謝しております。

寒い日が続きますがおからだご自愛くださいませ。

Posted by: S | January 14, 2013 at 08:09 AM

突然のご連絡失礼致します。
私、BS-TBSで番組制作をしております、井上と申します。

現在、「昭和の珍事件」をテーマにクヒオ大佐の事を調べております。

まだまだ構成ができておりませんので、可能性をお伺いする段階ではございますが、もしこのブログに書かれているような内容をカメラの前でお話いただきたいとなった場合、可能でしょうか?
まだ本当にお願いするかどうかは分かりませんが、可能性だけでもお伺いできると幸いでございます。
もしお返事いただけるのであれば、あわせて年齢やお住まいなどの情報をいただけると助かります。

突然のご連絡で恐縮ですが、どうぞよろしくお願い致します。

BS-TBS
「昭和青春グラフィティ」
井上美紀
TEL:03-5575-3153
FAX:03-5575-3118

Posted by: 井上美紀 | February 20, 2012 at 07:47 PM

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