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May 31, 2006

HEMMI No.45 学生用計算尺

 今回の学生用 8インチ計算尺は自分の意志に係わらず欲しい計算尺を落札したらおまけに付いてきたもので、何か好きになった女性と結婚したら、知らないうちに有無を言わせずに子供が付いてきたといえば語弊がありますが、そんなような感じの入手でした。こういうケースは過去にも何回かあり、大抵は中学で使ったものと高校で使ったものの2本の計算尺のまとめてやっかい払いというようなことが多く、一緒にもらった中学生用計算尺と高校用計算尺の生産タイムラグがだいたい2年というケースが判で押したように一致しました。そのどのケースでも本命でないおまけの計算尺はHEMMIのNO.45K以降の物が多かったのですが、今回の計算尺はリサイクル店のまとめて出品の一部なので、同一人物の一括処分品ではありません。
 45Kが2664SからほぼCIF尺を除いただけの尺配置で、4インチのNo.2634を使うのだったら安いNo.45Kを無線従事者国家試験で使うように毎回ごと書いてきましたが、Kの付かないタダのNo.45は初めてです。なるほどこのNo.45を入手して初めて気が付きましたが、No.45に三乗のK尺が加わったから形式名にKをつけてNo.45Kになったようです。No.45は戦後の義務教育が六三制になってからの登場のようですが、それ以前にも√10切断系の8インチ学生尺があったかどうかは把握していません。K尺が加わってNo.45Kに変わったのは昭和37年のことのようです。
 上の固定尺にDF尺しかないものですからちょっと間延びして見えますが、堂々と真ん中にトレードマークと形式名が入っているのがかっこうよく、まるで戦前の計算尺のシンプルさを感じさせる計算尺です。これにK尺が加わったNo.45Kになると固定尺上に形式を入れるスペースが無くなり、滑尺右にマークと形式が入るようになります。また、この45はカーソルが金属枠のガラスカーソルですが、45Kからはプラスチックの成型品になり、擦り傷に無防備な物にコストダウンされました。もっとも当時の中坊尺のカーソルなんて交換してもほんの安いものでしたが、猫がひっかいたように傷だらけになったプラカーソルの中坊尺は、それはそれで学用品としての使命を全うしたとして、計算尺にとっては本望だったと思いますが、概して中坊尺は授業で何回か使っただけで放り出された美品の類の物が多いようです。高校に入ってからは又、別な計算尺を買わされるんでしょうしね。
 今回入手したHEMMIのNo.45は45Kに切り替わる2年ほど前の製造記号であるKFですから昭和35年6月の製品です。ケースこそ時代を感じさせましたが授業で使われただけでしまい込まれた殆どダメージのないシロモノです。箱がそれなりに傷んでいるのは兄弟でどんどんお下がりとして使われたからでしょうか?さすがに昭和30年代は一時期にしか使わない中坊尺を兄弟それぞれに新しい物を買い与えるほど裕福な国ではありませんでした(笑)
 このNo.45は無線系国家試験に使うことはお薦めしません。というのも1〜2の間の目盛最小単位が0.2となっており、それに対してNo.45KはK尺が増えただけでなく、1〜2の間の目盛最小単位が0.1と細密になっています。言うなれば5インチのポケット尺と目盛の刻み方が同じ8インチの計算尺ということになります。計算尺の基本操作を学ぶのならこれでまったく構わないのですが、試験で数値計算をするのであれば迷わずNo.45Kの方を使いましょう。No.45Kは名機No.2664SからCIF尺を除いたNo.2634とほぼ同じ尺種類を持っており、さらにNo.2634よりも長くて目盛が細密な分、精度が上なのですから。おなじみの計算尺ですので、あえて写真は出しません(笑)
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May 30, 2006

FUJI No.88 学生用計算尺

 最近、あまりにもいろんな計算尺がオクに上がったためか、みんな息切れしてしまったのでしょうか?それにしてもFUJIの計算尺の人気は今ひとつですね。
 今回落札した計算尺はFUJIの学生用8インチ尺で、どうしても欲しいというものでも無かったのですが、他人に100円でさらわれるのもったいないので、「HEMMI P45Dとの比較」という大義名分で入札したら510円で落っこちたというシロモノです。送料込みでも650円でした。もちろん日常使うにはもっと便利な計算尺を所有しているのですが、無線従事者国家試験に使う程度であれば、十分な機能を持ち合わせている計算尺です。それにしてもHEMMIのNo.45系統は、自分の意志に係わらず何か他の計算尺を落札したらおまけで付いてきたというような感じで増えて行くものですから、結局は上級アマ試験を受けるという人に餞別代わりに上げてしまう事になるのですが、いくら650円で入手とはいえ、FUJIの8インチ尺は他人に上げられないなぁ(^_^;) それほどHEMMIのプラ尺を含めたNo.45シリーズに比べると圧倒的に数が少ない計算尺です。でもいくら少ないとはいえFUJIの計算尺ではこの8インチ学生用計算尺の80シリーズはいちばん数が出回っているようですが。
 FUJIの計算尺としては比較的初期の40年代初めのものらしく、後のプラ製計算尺のような構造と違ってHEMMIの竹製片面計算尺をそのままプラスチックに置き換えたような構造になっており、後の時代の裏プラスチックブリッジ繋ぎやプラ板の接着のものよりも加工部分が多く、手間の掛かる構造となってます。さらに後のFUJI計算尺は滑尺を緑で着色するものが多かったのですが、この計算尺は白一色で技研計算尺時代の物がブランド名だけFUJIに変わったと考えれば良いでしょう。
 この珍しいFUJIの学生用計算尺は東北は仙台から出てきた物です。仙台は昔から八木宇田アンテナの八木教授の東北帝大などを初めとする「学徒の町」ですから、もっといろんな計算尺が出てきてもよさそうな物ですが、オク上では以前からさほど珍しい物が出てきたことが無さそうです。もっとも前回のRICOHといい、今回のFUJIといい、東北にしては珍しく仙台にはいろいろなメーカーの計算尺が集まってはきているようですので、もしかしたらどこか仙台のリサイクルショップにはとんでもないシロモノが人知れず眠っているかもしれません。外箱も説明書も揃っていた未使用品でしたが内箱が欠品のためおかしいと思ったら、外箱の厚みがHEMMIのP45の半分以下しかありません。そのためコストダウンのためケースの付属を省くことでヘンミよりさらに低価格にすることに商品価値を見いだした最廉価版の学生用計算尺だったのでしょう。それで定価もたったの380円です。表面にはK尺を含んだ7尺ですが、裏の目安線は廉価版のためか片側にあるだけです。まあ、あるだけでも滑尺をひっくり返して使う必要がないだけHEMMI末期のP45Dよりはマシですが。構造的に非常に薄く出来ていて、竹製の45KやプラのP45と比べても2/3程の厚みしかありません。裏に換算表が貼ってありまして、どこの計算尺の換算表も英語表記なんですが、このFUJI No.88はすべて漢字とカタカナ表記であるのがいかにも中坊尺と言わんが如くです(笑)また今回の入手のFUJI No.88は割と初期のおそらく40年代初頭の物らしく、品番は同じNo.88でも後期のものの構造は初期の物と激しく異なり、後のものはコストダウンでHEMMI P45D同様の構造の、裏側には目安線も換算表も無いものになったようです。KIM氏のFUJI No.88がこのP45DライクなNo.88でした。当然初期の物と後期の物は構造上厚みが異なっていると思われます。
Fuji88
 FUJIのNo.88とHEMMIのNo.P45Dとの比較です。FUJIの方が薄くて少々
幅広ですが、どちらも山梨生まれという噂が…
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May 29, 2006

幅広片面尺、FUJI No.2125D

 FUJIの計算尺というのは山梨にある技研工業というプラスチック加工を業とするメーカーの品物です。実はここの計算尺は同じ品番で「技研」「大正工業」「FUJI」の3つのブランドがありまして、おそらく「技研」から山梨を代表する世界的ビッグネームの「FUJI」をブランド名にしたのでしょうが、なぜ「大正工業」が間に存在するのかが今ひとつわかりません。確かに言えることは昭和30年を通して「技研」のブランドで計算尺が販売され、ある一時期「大正工業」のものがあり、40年代を通しては「FUJI」計算尺のブランドで計算尺が販売されたということです。終始プラスチックの計算尺を売りにしていたメーカーというのも珍しいのですが、どうやら山梨というと水晶の加工から始まって印材に精密に彫刻する技術が栄えたところ。この精密彫刻技術のノウハウがあってプラスチック部材の精密加工と目盛の加工が可能になったことを計算尺製作に応用したのが技研工業だったと想像しています。さらに計算尺専業というわけではなく、技研工業は過去30年来、ドラフターのムトウの協力工場として現在は技研産業と改称し、ドタフタースケールの精密加工や主にアクリル板の彫刻などを行っておりますが、さすがにもう一度同じFUJI計算尺を作れと言っても無理な相談でしょう。現在の技研産業は昭和41年創業となっていますので、もしかしたら元は技研工業だったものが計算尺販売の富士計算尺とプラスチック加工の技研産業の2つに分かれ、現在では技研産業が存続会社になって今に続いているのかも知れません。
 特筆されることはプラスチックの精密加工のノウハウが無かったヘンミへのOEMとして、プラスチックの計算尺を多数ヘンミブランドとしてヘンミに納めていることで、初期のP253やP45Kなどを初めとして「ヘンミの貼箱と明らかに違う色合いの貼箱」に入ったプラスチック計算尺を作ったのは技研だと想像しています。また、40年代末にヘンミが竹製計算尺の製造ラインを停止した後の学生用計算尺P45SやP45Dなどを作ったのも技研だと想像してますけどね。
 今回入手したFUJIの計算尺は同じものが技研にも大正にも存在します。片面計算尺ですが、ヘンミのNo.2662を通り越して表に11尺ある計算尺で、「検定試験上級用」という技研工業の片面計算尺では最上位にランクされるものです。でもどこかで見たことありませんか? そう、ヘンミとしてはあまり数がなくレアなNo.641そのものじゃあないですか(笑)材質(オールプラスチックと竹芯)と滑尺の色こそ異なりますがNo.641はヘンミとしては妙な作りの計算尺だと思ったら、これも技研のOEMだったのでしょうか。それでいてオークションではNo.641の殆どが代理入札業者に持って行かれ、海外流出しているのにも係わらず、FUJIのほうは注目もされずに千円も値段がつかずに落札されることになるのですが、いくらヘンミが計算尺業界のビックネームとしても同じ計算尺でここまで扱いが違うのは個人的には合点がいきません(^_^;) ヘンミに比べるとそれほどFUJI計算尺の個体数が少ないために、知名度も低いという事なんでしょう。FUJIブランド計算尺時代の特徴的な「滑尺の着色」は、のちのHEMMI No.P45SとP45Dになってヘンミの計算尺にも継承されますが、これは両者の製造が技研だったからです。HEMMIで滑尺が着色されているプラスチック尺は、国内で発売されただけでも片面尺・両面尺を問わずこのほかにも沢山ありますが、同じ計算尺でも初期の物は白い滑尺だったものが後期の物では青く着色されたものも見られるようです。これらのPが頭に付くプラスチック計算尺の殆どが技研・富士計算尺のOEMだったのでしょうか?
この計算尺の入手先は、以前大掘り出し物だったNo.74を入手した札幌のリサイクル屋さんです。5玉の算盤とヘンミのNo.45学生用計算尺の3点セットで、落札価格も千円以下でした。コレクターを自称する人にはケースが無いと思われて敬遠されたのかも知れませんが(届いたらちゃんとケース付きでした)、それにしてももったいない。これがヘンミの641だったらケースが無くても数千円の落札相場です。検定用の計算尺ですから片面計算尺としては三角関数以外の尺がすべて表に出た表面11尺で、さすがに普通の片面計算尺の幅では尺が込み入り過ぎて見にくいため、思い切って幅広の計算尺になっていますが、そのためNo.2662やNo.116Dの表面10尺の計算尺より尺配置に余裕があるために使いやすい感じです。さらにこの時期の富士計算尺の滑尺は薄い緑に着色されているため、更に認識度が上がっていると思われます。品番はNo.2125Dでおそらくこの手の検定用計算尺としてはかなり末期の製品で、製造記号が何処にもないために推測するしかないのですが、もしかしたら昭和50年以降の製品かもしれません。この富士計算尺はヘンミの計算尺生産ラインが停止して在庫もしくはOEMのみの出荷になって以降も計算尺を作り続けてきたようです。この計算尺のそもそもは技研のNo.251が始まりで、尺の種類と配置は一貫して同じですが、構造などが微妙に変わってFUJI時代にはNo.2125となりNo.2125Cを経てNo.2125Dに至るわけです。No.2125Bがありそうなものですが、もともと数が少ないので未だにお目に掛かったことがありません。No.2125は滑尺が白ですが、No.2125CとNo.2125Dは滑尺が薄い緑です。
 ケースは緑色の蓋の付いたブロー成形のポリエチレンケースで、何と隣町の工業高校の名前と電子科何某という名前が入っていました。地元に縁のあるものなので、ちょいと消しにくい感じがします(笑)しかし、こんな北海道の片田舎にFUJIの計算尺が入ってきていたとは思いませんでしたが、これもやはり昭和50年以降という事情があったのかも知れません。手に持った印象はずしりと重く、片面計算尺ながらその身幅はHEMMIのNo.250を遙かに凌ぎ、No.259Dよりもさらに幅広なのですからその片面計算尺としては異例の巨大さがわかろうという物。それに比べて厚さは薄く出来ています。滑尺の滑りはスムースなんですが、オールプラスチックのカーソルにやはり尺の表面との摩擦で擦り傷が入るのは仕方がありません。ただカーソル面が若干のカマボコ状になっていてほんのわずかマグニファイアの効果があるようです。電子科出の計算尺ですからこれ一本で無線系の資格試験は何ら不足するところはありません(笑)惜しむべくは検定用計算尺なので、√10切断ずらし系であることくらいでしょうか。但しC尺D尺はもちろんのことCI尺DI尺にもπマークがありますから、無線工学系の計算などでもあまり不便は感じません。ご丁寧にもC尺上には2πのゲージマークすらありますし。
2125d
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May 24, 2006

π切断のRICOH No.1053

 この計算尺は他のリコー計算尺の多くがそうであったように関西方面から入手した計算尺です。リコーの計算尺の分布はどうも西高東低といいますか、関東以北には少なく関西以西に多いような感触ですが、うちのリコー計算尺も2〜3の例外を除いて大阪近辺もしくは九州から入手しています。やはりヘンミよりちょっと安くて尺数が1本くらい多いという、言うなればヘンミのNo.2664Sに対するリコーのNo.116に代表されるお買い得感が、実利を取る関西の商売に合致したのでしょうか。
 学校教育用の計算尺はヘンミがやはりかなりのシェアを得ていましたが、こちらのほうも関西以西ではかなりリコーの計算尺が食い込んでいた感じです。高校で使用される検定用にも使える計算尺は、ヘンミのNo.254W系を使う学校とNo.P253を使うところが多かったようですが、これに対してリコーではNo.1051Sがよく使用されたようで、リコーの両面計算尺としてはNo.1051系が数が一番残っているような感じですが、ヘンミの高校生用計算尺の分布が全国区なのにも係わらず、リコーの高校生用計算尺の分布は関西以西が殆どだったような。ヘンミの学生計算尺が全国区である理由は総合教材商社の内田洋行の取扱によるところが大きかったのでしょうか?
 さて、今回入手のRICOH計算尺が、以前に和歌山から入手したNo.1053と何処が違うのかというと、RICOHの計算尺としては珍しくもDF尺CF尺がπ切断ずらし系の機械技術用計算尺だった事です。そのために迷わず入手しました。高校生用計算尺No.1051にも√10切断系ではなくてπ切断系というNo.1051Vという末尾にVの付くことで区別しているものがありますが、このNo.1053のπ切断に実際にお目に掛かったのは初めてです。No.1053ばかり2本も必要ないのですが、電気系の計算にはπの絡む計算式が多く、やはり使うのだったらπ切断系計算尺のほうが当方は使いやすく、以前のNo.1053はヘンミでいうとNo.259D相当のフルLogLog尺なのに、π切断系でないのが惜しいなあと思っていたところに首尾良く誰のアンテナにも引っかからずに出てきたものですから、これからは日常的に使わせて戴きます。青い蓋の付いたプローのポリエチレンケース入りですが、横幅の大きい中期型カーソル付きで残念ながら滑尺上のCIFはグリーンになる以前のブラックCIFでした。√10切断のNo.1053のほうは中期型カーソル付きながらグリーンCIFだったんですがね。ただしπ切断のNo.1053の後期型に該当するような小型カーソル・グリーンCIFのものに遭遇したことがないので、もしかしたらNo.151の後期型同様にグリーンCIFのものが無いのかも知れません。滑尺の幅がヘンミの10インチ両面尺のものより太いため、全体の身幅もヘンミより幅広になっています。
 届いたπ切断のNo.1053は、明らかに√10切断のNo.1053と別物であるのにも係わらず、形式名には何ら差が無く単に「No.1053」と刻印されています。製造刻印が非常に薄くて良く判別できないのですが、どうも「SS-2」のようで、もう一本の√10切断のNo.1053が「SS-11」なので、同じ昭和45年佐賀工場製で2月と11月の製造の違いのようですが、11月物がグリーンCIFなので、このあいだに滑尺のグリーンCIF化が始まったのでしょう。関西から出てくるリコーの両面計算尺には、滑尺上に所有者名がネーム入れされているものを見かけますが、今回のNo.1053にも所有者名が入れられていました。昭和45年頃にリコー計算尺ネーム入れキャンペーンでもあったのでしょうか?ところが、ヘンミには滑尺にネーム入れされているものは見かけません。物は違いますが、グレコのエレキギターにも昭和48年頃、トラスロッドカバーにイニシャルを入れてくれるキャンペーンがありました。ネーム入れキャンペーンが一つのブームだったのかもしれませんが、コレクション的にはマイナス要素です(笑)
 しかし、√10切断とπ切断ずらし尺では別物と言っていいのに、双方とも同じモデル名というのは納得いきませんが、もしかしたらπ切断のNo.1053は特注扱いだったのでしょうか?いままでπ切断の1053は見たことがありませんので、意外とそうなのかもしれません。また、リコーの両面計算尺はリレー時代からの一部と電気尺以外の両面計算尺は、その殆どは√10切断のものが流通しているような気がします。検定を意識すると√10切断の物でなくては使いにくいのでしょうか?
 もの自体は計算尺末期にさしかかるころの製品だけに、長年に渡って酷使されたというほどのものではありませんでしたが、手垢にまみれたまま30数年放置したという感じで、カーソルも固定尺・滑尺もバラバラにして、パソコンクリーナで磨き上げます。どうもリコーの計算尺はサビ取りペーストで一皮剥くと、ピカピカにはなりますがつや消しの表面処理が失われてしまいますので、最近は多少黄色みが残っていてもカルナバ入りのパソコンクリーナで磨くだけにしています。カーソルグラスはプラスチックの成型品ですが、アクリルサンデーで磨くほどの細かな傷はなく、レンズクリーナ液で磨き上げてそのまま組み立てました。例によってカーソル枠のメッキの質があまり良くなく、ここはアクリルサンデーで磨きましたが、ピカピカにしてもそのうち曇ってしまうのは目に見えてますが…。しかし、28日に試験を1本抱えていて、それまで勉強以外なにもしないつもりだったのに、いったい何をやっているのやら(^_^;)
10532
 同じNo.1053というモデル名なんですが…
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May 11, 2006

オフサイズのRICOH No.151

 殆ど2ヶ月ぶりの計算尺ネタになると思いますが、その間のオクの状況としては出品された数は少ないもののかなり珍しいといえるものが出品されておりました。最近あまり数の出ていなかったHEMMI No.256の通信工学用計算尺は連鎖反応のように連続して何本も出てきましたし、電界強度計算用特殊計算尺や20インチの両面計算尺など数万円から10万に近い落札金額のものも出てきましたが、もちろん当方が手の出るようなものではありません。でもNo.256はけっこう欲しかったんですが、昨年顔を見せなかった新手の計算尺コレクターが何人も現れて良いものがさらわれて行くような状況になってしまいました。中でも学生用計算尺の類を片っ端から集めている人がいて、これだったらけっこうコンプリートコレクションが可能かもしれなく、目の付け所が○○○○です(笑)
 ということで、珍しいものがあればあるなりにオクには当方の出番はなく、また最近は型番が載っていなければ入札する気はなくとも「型番は何ですか?」とQをつけたがるA4がいて、「誰も気づいていないじゃん、うっしっし」という掘り出し物にはとんとぶつからないために当方の落札率もとみに低下して2ヶ月間落札件数ゼロという状況です。更に最近、あの超人気薄HEMMI No.250を未開封新品とはいえ25k円も出して争い合うご新規さんが約2名も彗星の如く現れて計算尺オクの世界を驚愕に陥れているようです(^_^;) 計算尺の大人買いなんて、お子ちゃまの小遣い程度の入札しかできない当方の出る幕は、もはや無いかもしれません(T_T)
 リコーの計算尺は概してあまり人気がないようですが、ヘンミの計算尺に対して何とか差別化しようとしてあがいている姿勢が見受けられ、面白いと思うのですけどねぇ(笑)No.151は珍しいP尺を備えている計算尺として、以前から欲しかった計算尺でしたが、やはり数が少ないためかその機会が今まで訪れませんでした。ちょうど1年前に1本出品されたきりだったと思います。ヘンミでいうとNo.260辺りに当たるようです。もっともNo.260のように副カーソル線は備えていませんが、尺配置はNo.260と殆ど同じP尺を備えた25尺です。機械技術用としてリコーとしては珍しくπ切断ずらし系計算尺ですが、表にも裏にも赤い延長尺が備えられていて、そこがNo.260との違いを「強調」しています(^_^;) RICOHの計算尺は尺の数が1本2本多い少ないという些細な差で別の品番の計算尺になっていることが多いようですが、No.1053にP尺が加わればNo.151と思ってくれればいいと思いますが、品番からするとどうやらNO.151のほうが先発のようです。滋賀のKIMさんのコレクションは赤/ベージュの貼箱に入ったリレーでも使われていた「カーソルを滑らす為に生じる擦り傷には無防備な」幅広タイプのカーソル付きのNo.151でしたが、今回入手のものは昭和45年以降の最終型の小型カーソル付きで、さらに青白のブローケースに入った物です。実はこのRICOH No.151は、延長尺がある分だけその分のスペースを稼がなくてはならず、他のRICOHやHEMMIの10インチ両面計算尺より3センチほど長いオフサイズの計算尺なのです。そのために10インチ両面計算尺なのにもかかわらず、実寸法35.5センチほどもあり、対するHEMMIのNo.260が32センチ、RICOHのNo.1053が32.5センチというところでしょうか。幅はNo.260よりも幅広なNo.1053と同寸の4.6センチです。そのために青白ポリエチレンケースからしてNo.1051SやNo.1053よりも青い蓋の部分を長くしてオフサイズに対応した別注品です。LOGLOGフル装備で、π切断系ずらしであり、さらにP尺も備えているこのRICOH No.151は、機械技術用として考えたらこれ以上のものは無いと思うのですが、いかが?  しかし、寸法を長くしてまで延長尺を備えている必要性があたくしにはわからん(^_^;)
 自動延長が無かった為にしばらくぶりで入手に成功した今回のシロモノであるこのRICOH No.151は宮城のカメラ屋さんから入手した両面タイプの計算尺です。昔のカメラ屋さんはリコーのオートハーフなどのカメラも扱っていた関係で、リコーの腕時計とか計算尺も押しつけられたんでしょうか?その辺りの経緯は聞いてはおりませんが、開封はしてあるものの中身は未使用で、説明書と外箱は欠品でしたが他のリコー計算尺同様にビニールの中に換算表とさらに保証書まで入っていました。当然現在では無効なんでしょうが。HEMMI同様の小型の四角いカーソルが付いていましたので、大体昭和45年以降の製品であることがわかりましたが、刻印は「US-7L」でした。USといってもU.S.GOVERNMENT PROPERTYではありません(笑)昭和47年7月の佐賀工場製という意味でしょう。末尾のLはもしかしたら最終生産品であるLAST ISSUEを表すのかもしれません。No.1051や1053などは後からのロットはグリーンCIFに変わっていましたが、このNo.151は黒目盛りで赤数字という初期のロットと変わらない外観です。HEMMIの両面計算尺は計算尺末期のごく一部の品物にしかグリーンCIFはありませんでしたが、RICOHの計算尺にしてはちょっと色合い的に寂しい感じがします。しかし、品物が届き、No.1053と並べてみると、幅は同じながら長さが長いのが際だちます。何か使うのがもったいないので、セルロイドの酢酸臭が残るうちにビニールに戻してしまい込んでおこう(笑)ところでKIMさんのコレクションのNO.151は裏側に納まりきらなかったT2尺が表の滑尺に刻まれ、さらに裏にはBI尺も備えられていますが、今回入手したNo.151はT2尺とB1尺がありません、さらにL尺の配置も異なり、まったくの別物のようです。そういえばKIMさんのコレクションは品番の前にODが付いていますし、何でNo.151に目盛の異なる2種類が存在したのでしょう? 逆にatomさんのコレクション中のNo.151と今回入手のものは、カーソルは異なりますが同じ尺配置で尺の種類としてもHEMMI No.260と同じ。うーむ、また訳がわからなくなってきた(^_^;)
Ricoh151
 上がNo.151で下がNo.1053、両端を揃えた方が長さの違いが良くわかったかも(笑)
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May 08, 2006

夕方のハイバンド

 五月のこどもの日も過ぎ、今年も順調に朝晩、ハイバンドが開けるようになってきました。まだまだうちの屋根よりちょっとだけ高いだけの2エレアンテナでは6mのオープンには行き当たっていないのですが、18メガから28メガまでまんべんなく交信できるようになり、夕方以降はなるべく早く無線機の前に座るようにしています。何せ酒の付き合いがまったくないのですからその関係者に足止めを食らわされることはまったくありません(笑)
 とはいっても毎日夕方にコンディションが戻って来るというわけではなく6日の土曜は夕方にハイバンドがけっこうオープンしたのにもかかわらず、7日は午前中が良かったものの夕方がさっぱりダメ。8日は朝まではハイバンドもけっこう開けた状態を確認していますが、夕方からもなかなかのコンディションでした。
 今はハイバンドがなかなか広範囲に開かない冬場には繋がらない、殆どこの季節限定での交信になる人たちと1年ぶりくらいで交信できるのが面白くて、せっせと24メガあたりでCQを出していますが、今シーズンもまったく進歩無く、マルチバンドの垂直アンテナとアンテナチューナの組合せでWARCバンドに出てます。今年も24メガでは夕方に3エリアに電波が落ちるようでして、しかも同じ3エリアでも距離が20キロ離れるだけで殆ど聞こえないくらいだったり同じ市内で電波を出しているくらい強力に入ったりで、その伝搬状況を今年も検証していきたいと思います。またWARCしかやらないという人が少数派であるのに対して、アンテナがないから24メガには出ないと言う人の方が大多数のようでして、7/21メガに出ている人に比べるとやはりバンド内でCQを出している人はいつも同じメンバーのようです。でもやはり、伝搬の面白さからいったら、50メガなんですよね(^_^;) サンスポ低下の谷間に向かって今年の6mはどれだけ開くかはわかりませんが、いくら当方が24メガ好きとは言え6mが開いていたら6mに行ってしまうよな(笑)それに24メガのCW人口より6mのCW人口の方が圧倒的に多そうだし。
 とはいえ、本日は18:30近くになって24.955でCQを出すと、おなじみの奈良は生駒の24メガ専門のOMさんと今シーズン初めて繋がり、次に西宮のOMさんからEスポでかなり強力なコールバックを頂き、次に広島安芸郡のこれもおなじみOMよりコールバックをもらって交信した3局だけでした。みなさんGW明けでこんな時間に無線機の前に座ることが出来る人の方が少ないんでしょう(^_^;)

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May 05, 2006

本日、18メガで10局ほど

 この5月の3日で無線上で声を出し始めるようになって丸三年経ちました。というのも4アマを取得して最短距離で1アマまで取得することを目標とした結果、4アマで開局してからの1年半の間、資格が上になる度にQRVのバンドを増やしていったのにも係わらず、ここで運用にはまると面白くなって勉強しなくなり、目標達成も不可能と考え、とりあえず1アマ取得するまでは運用はしないでおこうと考えた結果、3年前の4月期に1アマに1発合格したために晴れて運用解禁となり、5月3日に博多どんたく特別記念局に14メガで応答したのが初運用となった為でした。まだいろいろと無線の試験を抱えていましたので、本格的な運用は8月からとなりましたが、とりあえず5月3日が初運用記念日で初運用周波数は14メガでした。14メガに出られない人がいるというのに申し訳ない。
 しかし、考えるに4アマを取ったのがサイクルのピーク直後で、そのときにすぐHFでも運用していれば、けっこう垂直アンテナでも面白い目にあったのではないかと思いますが、サイクルの山を駆け下りる途中に運用開始して3年たって殆どどん底の状態を迎えつつあるのですから、次サイクルのピークまではまだ先が長すぎます。でもサイクルのピークに運用開始してそれが当たり前だと思ってしまったら、今の状況では無線を続けられないだろうな、なんて考えると、コンディションの落ちつつあるときに運用開始したほうが、長く無線を続けられるかもしれません。
 5月の頭は例年まだコンディションが上がりきらない状態が多いようですが、昨年は6日の夕方に18メガから28メガまでのハイバンドがオープンしていたようです。そういう事が頭にあったためと、今日は天気予報通り8エリアのみ寒冷前線の通過で朝から雨になったため、屋外作業が出来ず、朝からリグの前に座ることとなりました。
 9時過ぎに18メガをワッチすると4エリアのどこかが強力に入っているのが聞こえましたので、9:44に18.116にてCQを出しますと3エリアは和歌山の局からコールバックがありました。かなりQSBが深いのですが難なくレポートを交換して交信成立。次々に山口の岩国市、山梨の北杜市、岡山市から呼ばれます。10時頃からスキャッタか1エリアの局から呼ばれますが、QSBが深くて落ちるときは殆ど何を言っているか聞こえずというコンディションでした。それでも茅ヶ崎、熊谷、川口、竜ヶ崎などと交信し、10:29に奈良の局と交信したのを最後にコンディションが落ちてしまい、こちらもQRTしてしまいました。それでも40分少々で18メガ10局と交信でき、何とかGW中の低アクティブ状態を少しでも免れたのではないかと。
 もしやと思い、夕方から再度リグの前に座ると、18メガで1エリアがピンポイントで強力に入感してます。そのため18.112でCQを出し始めましたが、なかなかコールバックがありません。数分のちに上のほうで8エリアの局と交信していた日野市の局がコールバックをいれてくれましてお互いに59で交信成立。その後何分かCQを出し続けましたがコールバックはありませんでした。21メガにQSYすると、こちらも2エリアから9エリアおよび0エリアがピンポイントで強力に開いています。まさか開けてはいないだろうと思いつつ24メガに上がると、さすがに電話でCQを出す声は聞こえませんが2エリアの局が2局ほどCWでCQを出している音が聞こえます。そのためにあまりコールバックのない方の局に「DE JL8DJS K」をいれるとすぐにコールバックがあり、お互いに599で交信成立。2月の地震Eスポのときに24メガでは6エリア福津市の局と交信済でしたが、通常のEスポシーズンとしては今期初交信になりました。もっと他の局とも交信したかったんですが19時前には何も聞こえなくなってしまいました。これが夏至のシーズンにだんだん近づいてくると、開いている時間もだんだん長くなってくるのでしょう。

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May 04, 2006

タワー基礎のための穴掘り作業

 タワーをせっかく貰ったのだから、とりあえず建てる方向で段取りをつけなくてはいけません。まず第一に建てる場所を決めて、庭のどこかに穴を掘らなくてはいけないのですが、暑くなったら穴掘り作業も大変だろうと、まだ近くの山には雪の残る連休中に穴掘り作業だけは行ってしまうことにしました。
 我が家の建っている場所の地質としては表土の下が樽前山や支笏火山の噴出物で厚く覆われており、地表数十センチのところからこの火山灰層に行き当たります。層によってはこぶし大の火山礫の混じる地層などもあり、そこはスコップでつついてもなかなか掘り進めないような地層で、火山礫帯の突破は困難が予想されました。
 実は子供の時代に町内では盛んに下水道管が埋設される工事が行われており、その時に道路の真ん中を掘削するとどういう地層が現れるかを飽きずに観察したものですが、もともと地下水位が高かった所なので、下水道の埋設は地下水の出水との戦いで、石油発動機で絶えずポンプを動かして排水するという繰り返しでした。これがとてもきれいで冷たい水だったのですが、町内に網の目のように下水道網が設置されたことによって、一気に地下水位が下がり、至る所にあった谷地(湿地帯)が乾燥化して植生がすっかり変わってしまったということがありました。また、近くにあった沼を埋め立て、水害対策として川の流れを変え、新しい川のルートを人工的に掘削したことにより、さらに地下水位が下がっていたはずだったのですが…。
 とりあえず打ち込みのコンクリートを節約するために地上高で13メートルくらいになるNタイプだったら一辺が80センチの穴でもいけると思い、80センチ四方の角穴を庭の片隅に掘ってゆきます、最初は剣先スコップ1本で済むんですが、掘り進んでゆくと土をかき出す作業には角スコップが必要。剣先でつついて角でかき出す作業を繰り返すうちに70センチのところで火山礫帯に到達。ここはなかなか剣先も入らないところですが、意外に長靴の底でほじくり出すような感じであとは角スコでかき出すやり方のほうが、むやみに剣先を立てようとするよりも楽でした。なんか潮干狩りのようですが(笑)こぶし大の火山礫も混じってます。いまこんなのが突然降ってきたら大変ですけど、火山ガラスの黒い粒の混じっている軽石なので、マグマからの噴出物に間違いありません。その下は細かい火山灰の層になり、更に赤茶けた細かい火山礫の層の下は黒い海砂のような粒の混じった火山灰層、その下は親指大ほどの火山礫層でした。狭い穴ですので70センチくらい掘ったところからスコップの柄がだんだん邪魔になってきました。さらに1.2メートルくらいから完全にスコップで排土が困難になり、底の土を移植ベラでバケツにかき寄せ、それを穴の底に出す作業を繰り返すと、1.3メートル付近で水がしみ出してきたために、結局1.4メートル掘った所で穴掘り作業を一時中止してしまいました。
 ここまで地下水位が高いはずがないのですが、考えるに今年は雪が多くて雪解けも遅く、更にまだ草も生えず木の芽も出ていない5月なので、これだけ地下水位が高かったのかなぁと。もっとも地質屋ではないので、年間の地下水位がどれくらい変動するのかわかりませんが、とりあえず青葉茂れる季節まで作業は中止しました。
 何かタワーの基礎を掘るつもりで井戸を掘り当ててしまったような。おかげで今日になって腰は痛いわ、肩がこるわ……やっぱり基本的に土木作業向きの体ではないようです(^_^;)

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May 02, 2006

アメリカンニューシネマな事件

 「4月30日、茨城の土浦市で浴場の2階の屋根に登って女湯をのぞき見していた男が、浴場主に発見され、逃走するも300メートルほど追跡されて、近くの橋の欄干を乗り越え、川に飛び込み、30分後に救急隊に救助されるも病院で死亡が確認された…。」
 う〜む、何とアメリカン・ニューシネマなストーリー展開でしょう(笑)
 きっと大槻ケンヂもそう思ったに違いない。
 アメリカがベトナム戦争の泥沼に突入し、先行きが見えない頃に作られた「アメリカン・ニューシネマ」と呼ばれる暗い青春映画は、「やったぜ!」とはしゃいでいる直後に突然主人公が死んでしまわないと済まない結末の映画で、「明日に向かって撃て」「イージーライダー」「真夜中のカウボーイ」なんちゅうのが代表か? ストーリーの落ちがつかないので、主人公達を突然死させて話の落ちをつける手法が特徴的でして「ダーティメリーのクレージーラリー」なんていうのは、警察と追跡ごっごをやっていて、ついに警察をまいてしまい「やった!」なんてはしゃいでいるところで踏切で貨物列車に突っ込んでしまい衝突炎上、そこで終わってしまうなんていう映画でしたが、それを見たときには「アメリカの機関車は丈夫だなぁ」と思ってしまったのが鉄道マニアだった証拠(^_^;)
 さて、この水死出馬亀男の身元が確認されたかどうかの事後報道ははいっておらず、10代後半から20代半ばまでの年格好で身長170センチということしかわかりません。どういう人生を送って来たかはわかりませんが、女湯丸見えのポジションから心おきなく女湯をのぞき「やった!」と思った直後に浴場主に発見され逃走、300メートル逃げたところで逃げ切れないと思ったのか橋の欄干から川の中にダイブ。これで逃げ切る目論見がそのまま死んでしまったというバカバカしくてあほらしい死に様が、正にアメリカン・ニューシネマ的な展開です(笑)
 以前、権藤監督の横浜ベイスターズが優勝したとき、道頓堀ダイブのマネじゃありませんが酔った勢いで横浜の運河に飛び込むベイスターズファンがたくさん出て、その中の1人が水死し未だに身元不明なんだそうで。数十年ぶりのベイスターズ優勝で「やった!」とはしゃいでしこたま酒を飲み、気が大きくなって自分も運河に飛び込んだら死んでしまったという無意味でアホらしい死。さらに死んでも誰も困る者もいないのか、捜してももらえないという展開。これもまさしく「アメリカン・ニューシネマ」な人生じゃないかと大槻ケンヂが書いてましたけどね(笑)
 三河島事故における犠牲者の中で、今でも身元が判明しない人が1人います。戦後の混乱期で死亡扱いになっていたり、さらには周辺国から密入国し裏の商売もしくは工作活動に携わっていたのかもしれませんが、それは今となってはまったくの謎。聞いた話によるとこの身元不明遺体ナンバー88号氏は、同じ事故で亡くなった他人の服を上から下まで身につけており、第一の事故で亡くなった服の持ち主を見てラッキーと思い、混乱に乗じて服をはぎ取って身につけた途端に対向電車が突っ込んできて、その瞬間に再度の衝突で命を落としていたとすれば、これもまさしく「アメリカン・ニューシネマ」な無意味でアホらしい死だったのかもと言いつつ、三河島事故の時にはアメリカン・ニューシネマなんざ、まだ無かったね(^_^;)

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