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June 30, 2006

そろばんと電信

 最近のTVなどを見ても「脳力トレーニング」関連のクイズ番組が氾濫し、自分の脳年齢が実年齢よりも若いかどうかというのが大多数の関心事というのは、少々滑稽な気がしますが、これは何より「年を取ってからボケる」ことに対する潜在的な恐れというのが深層心理にあってのことだと思われます。実は母親が自宅での介護生活の果てに今では介護施設に入所してケアを受けているという関係上、ボケるという恐怖は他人事ではありません。そのために何かし続けないといけないと言うことは前々から身に染みていたのですが、ボケ回避のためにはどうやら右脳をトレーニングするのが効果的ではないかと言われているようです。右脳、左脳の働きに関してはググってもらえれば山ほどヒットしますので、それを見てもらえればいいのですが、簡単にいうと左脳はもっとも人間的な学習能力というか、計算・論理・暗記などを司る思考回路なのに対して、右脳は感覚能力というか、認識・想像・直感を司っている感覚回路であるようです。もっと簡単にいうと、文字を見て声に出して読むのは左脳の働きなのに対して、楽譜の音符の羅列を目で見てピアノの鍵盤を叩いて曲を演奏するのは右脳の働きのような感じでしょうか。データ処理速度に関しては圧倒的に早いのは右脳のほうだと言われています。脳というのは左脳と右脳のバランスの良さが必要らしいのですが、右脳の方をよく使っていかないと認知症の症状によくあるような空間認識力がなくなって、自分のいる場所も解らなくなり、徘徊するようになるらしいですから、日ごろあまり使わない右脳の方を集中的に鍛える必要があるようです。
 モールス符合による通信は、どうやら低い速度での認識は左脳領域の作用によるらしく、25文字/分などのアマチュア上級現行通信術による速度からすると「長点が3つだからO」「短点と長点だからA」などと思考したり語調法による識字というのは左脳思考にほかなりません。これが一般の通信速度並のモールスになってきますと、もはや左脳の処理速度では処理しきれなくなり、モールス符号をイメージで認識して識字するという右脳領域の思考になってくるようです。現行の上級アマの通信術は左脳思考止まりで済むようになりましたが、これが昨年8月までの1アマ60文字/分 180字の通信術試験というのはモールス符号をそろそろイメージとして右脳で処理しないと難しい速度でしたので、同じ試験課題を左脳思考から右脳思考にうまくシフト出来なかった人にとっては昨年12月期試験の通信術改訂は朗報だったらしく、多くの受験者が押し寄せる結果になったようです。
 どうも右脳の働きというのは生活が便利になった現代人にとっては一つのウィークポイントのようで、おそらく昔の人たちは右脳をもっともっと使っていたのではないかと思われます。「勘」っていうものでしょうかね?野球で外野に守備についていた選手が、バッターが打った瞬間にどっちに走って球の落下点にたどり着くかという行動は、何回も何回も反復してノックを受けることにとって会得した右脳思考による「勘」に他ならないと思います。また、相手が刀で切り込んできたときに、反射的に体が反応するというのも、長年の剣術修行を重ねないと身に付かない右脳領域の仕事でしょうか?このように昔の人は「反復練習」ということによって自然と右脳を鍛えてきたものが、現代では何をするにしても自己鍛錬を必要としない便利な道具がお金さえあれば手に入るようになりましたので、結果的に右脳を使う機会が失われてきたような気がします。
 ところで、そろばんの効能ですが、モールス符合習得と同じように、指で珠を弾きながらも頭で繰り上がりを考えて珠を払ったりする、たとえば「8と3を足せば1つ繰り上がって2を払い、1を残す」なんてやっているうちは左脳思考で、これでは計算速度が上がりません。そのうち珠を弾いているうちに無意識のうちに繰り上がって珠を払うようになりますが、この暗算の思考こそが右脳思考のようです。慣れてくると12×25なんていう答えがそろばんを使わなくとも暗算で瞬時に出てくるようになりますが、そろばんを弾く行為が現在では電卓に取って代わられ、小学校ではまだそろばんは教えられるようですが、おそらく小学校を卒業したら一生そろばんを触らない人も多いでしょう。どうも現代では便利さを追求するあまり、計算尺の位取りやそろばんなどの右脳を使う行為があまりにも少なくなったために、右脳を鍛える機会が極端に減ってしまい、そこにつけが回ってきたような気がします。50年も昔の日本には有線・無線を問わず電信のオペレーターが山ほどいて、その養成に関してもさほど苦労はなかったようですが、それも、まだ「読み書きそろばん」が社会の要求する能力の最低条件としていたことと無縁ではないと思います。電卓・コンピュータと世の中が便利さを追求していった結果、実社会では右脳を鍛える機会が減ってしまい、空間認識力、想像力、パターン認識力が低下し、マニュアル人間と言われるように、マニュアルに書かれている事以外出来ない人間が増えたのも何か納得できるような気がしますが。
 さて、通信術改訂によって3アマの方も音響受信による通信術自体が廃止され、目で見た符合の意味の正解の番号を書くというまったくの左脳思考のみのモールス習得になりました。そのおかげか各地で3アマ養成講習が行われるようになり電話級30年選手だった人も4アマ取り立ての人も平等に機会を与えられるようになったからか、全エリアで年間700人程度しか増えなかった3アマが、半年でその10倍の7,000人に増えたという話です。そのなかの殆どの人たちは資格を有効に使うことなく電信とは縁のないハムライフを送るのでしょうが、電信をやりたくて3アマ講習に参加した数少ない人たちが、聞き取り速度向上のためにまずそろばんをやれ、ということは無謀な話ですし、ましてピアノを習えなどということも言いません。でもモールスの受信練習をきっちりこなして、平行して右脳の体操のためにそろばんを弾く事は確かにムダでは無いはずです。
 当方、電信とはまったく関係なく右脳トレーニングのためにそろばんを弾き始めましたが、何せ計算尺も触ったことのない世代ですからそろばんも小学校の時以来触れたことさえありませんでした。電卓で工業簿記と会計の1級まで取りましたが、そろばんが出来ないというのも経理マンとしては箔がないな、とは思っていたのですが…。まあ、この歳になってボケ回避の目的でのそろばんですが、今の100円ショップはそろばんまであるのですね。1個買ってきましたが、右脳トレーニングと指の体操にならこれで十分です。これで1〜50までの数字を足していったり、1〜10までの数字を何回も繰り返して積算していったりというサーキットトレーニングを行っていましたが、最初は繰り上がっていくつ珠を残すのかという左脳思考で考えていたのが、今では完全に右脳思考で指が勝手に繰り上がりの珠の裁きをするようになりました。これにたまには5玉のそろばんに持ち替えて、右脳にプレッシャーを掛けています(笑)「そろばんを使っての計算は左脳、そろばん式暗算は右脳、そろばん学習は、左脳と右脳をバランスよく使う学習といえます」だそうです。脳の障害チェック(脳梗塞の初期症状発見)なんかにも、毎日そろばんを弾くのは有効かも知れませんぞ(^_^;)

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June 28, 2006

2本目のHEMMI No.P253

 HEMMIのNo.P253という計算尺は、そのHEMMIらしくないデザインといい、プラスチックの薄型構造といい、おそらく技研のOEMで作られた計算尺だろうということは以前に書きました。その後いろいろなプラスチック尺を見てさらにFUJIブランドの計算尺を入手し、その構造や加工方法を見るに付け、やはり頭にPの付くシリーズは純粋なHEMMIの和光工場製ではないなという一種の確信をいまでも持っています。なぜプラスチック尺を自社製造しなかったのかの考察については、プラスチック加工ノウハウ説を以前に書きましたが、その他にもプラ尺を製造するのに当たり、どうしても必要な成形金型の類が償却資産ですから、原価償却があるにしても資産扱いしなければならず、P/L上では不利になるため、別な会社に金型の制作費をロットで割った分を製品に上乗せして納入させたほうが有利と見たという面もあったかもしれません。
 P253の製造開始は昭和36年で、昭和47年のロットまで確認されているようですが、11年あまりの製造期間にあって、尺の追加や尺配置の変更はされなかったながらも、VECTLOGの書体違いを始めとし、CIF尺がグリーンになったり、裏の三角関数の目盛単位が変更になったりするパターンモデルがいくつかあるようです。ケースにしても初期の技研そのままの薄い緑の貼箱から透明プラスチックの筆箱みたいなハードケース、さらにはプロー成形の青白ポリエチレンケースまでのパターンがあり、同じモデルながらもそれらを全部集めたらなかなか壮観でしょうけど、当方はそれほどNo.P253を好きになれないので、誰か勇気のある人にP253のコンプリートコレクションをお願いしたいと思います(^_^;) それにしても「P253が好きだ…」という人に巡り会わないのは、あまりにも機能を優先してコストダウンを計った結果、道具として魅力がないというか、計算尺として愛着が湧かない人が多いからでしょうか?
 さて、No.253は1本あるのにも係わらず、さらに同一尺度の高校生尺であるRICOHのNo.1051なんか2本もあるのに今回、又No.P253を1本入手してしまいました。それというのもここ1ヶ月ほど青白ケース入りのNo.253が矢継ぎ早に出てしまい、結果的に落札相場が下がり、前回入手したものが程度的に並以下だったために、リプレースメントとしての入手です。入手した場所は今回初となる同じ北海道は北見からでした。刻印はMBですから昭和37年2月製造分です。先に入手したP253がMF刻印でしたから4ヶ月先行して生産されたロットで、最初期型に近く、昭和37年の新学期に辛うじて間に合った商品と言うことになるでしょうか。当時の技研計算尺などの貼箱にあるようなうす緑色の貼箱に入っていますが、貼箱の擬皮紙が同心円模様のエンジンターンのような変わったデザインになっています。初回ロットの定価が1,720円ですが、これが昭和40年代も半ばを過ぎたことには4,100円にも値上がりしているんですね。定価ベースで言えば片面尺のNo.2664Sとほぼ同程度で両面計算尺を作り上げたということです。それにしてもほぼ同一尺度のNo.251が末期で6,500円ですから竹製計算尺に比べるとかなりリーズナブルな定価設定であることは確かです。しかし赤いHEMMIと「vectlog」の特徴的なデザインロゴが、なぜ途中からvectlogだけの味気ない活字体になってしまったのでしょうか?どうも昭和45年頃までは赤HEMMIにデザインvectlogロゴマークのP253で、このときすでにグリーンCIFになっているようですから、活字体vectlogとグリーンCIFが同時に変わったわけではないようです。それを考えると活字体vectlogのP253のほうが全体の数からすると少ないことになりますか。このP253も高校でよく使われた計算尺のようで、当方未確認ですがそのためわざわざ教師用として授業で使う大きな計算尺No.107というのがP253の指導用として存在したようです。古いP253のほうですが、箱はボロボロでしたが説明書も付いていましたので、1歳年上なだけなのに中学校でも工業高校でもバリバリに計算尺を使っていたという妹のダンナに進呈しましょう。でも地域差というか、同じ北海道でも2歳年下なのに中学で計算尺を授業で扱って触ったという友人もいれば、当方の住んでいる場所では同年代でも計算尺はまったく触ったこともないという人間が多いのですが、40年代末というと早晩、計算尺は消え去る運命ということがわかっていて、意図的に省略してしまったのではないかという気さえします。もしくは、学校に人数分の計算尺なんか教材としてなかったのかなぁ?なにせ炭鉱の閉山でどんどん人口が流入してきて学校が理科室や音楽室を潰してもまだ教室が足りず、校庭の一部を潰してプレハブの架設教室が建っていたようなそんな状態でしたから、実際の話、少ない備品の計算尺で計算尺の実習どころの話ではなかったのでしょう。
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June 26, 2006

缶コーヒー1本分でHEMMI No.P24

 戦後の六三三制を基本とした教育改革で、計算尺は新制中学校で扱われることとなり、戦後の一時期に廉価版の計算尺が雨後の筍のようにたくさん現れてはそのままフェードアウトしていきました。当時の感覚で言うと三角定規や分度器のセットになった「製図セット」と同じ価格帯の商品が必要であって、そのためにいかに安く作るのかが問われたわけであり、木製尺にペイントを塗って目盛を振ったものや、透明なセルロイドを曲げただけのバネなしカーソル、まるで定規と似たような厚さのプラスチックを組み合わせたものなど、長期の使用に耐える道具ではなく、授業という一過性のイベントに対するその場限りの教材という意味合いの強い物であったことは、小学校1年の時に配られる「さんすうセット」の計数タイルあたりと何ら変わる所がない、強いて言えば「使い捨て」同然のものであったところが、HEMMIあたりの同じく中学生用、No.43やNo.45あたりとコンセプトを異にしている所です。その中でもHEMMIのNo.22は別格ですが、P23及びP24は廉価版中学生用計算尺としても使い捨てという感じはまったくない良心的な製品ではなかったかと思います。
 ヘンミのNo.22は、中学生用というポジションながらも面白い作りの計算尺で、普通の計算尺は固定尺の間の滑尺を動かすことで計算操作を行いますが、No.22はブリキのバックプレート上の固定尺と滑尺の2本で計算するような構造です。その廉価版学生尺のポジションを受け継いだNo.P23及びNo.P24は固定尺2本の間に滑尺が挟まれた普通の計算尺の形態をしており、P23はABCD尺、P24は√10切断ずらし尺を備える点が異なります。No.43やNo.45と異なって表面にしか尺が刻まれておらず、滑尺裏の三角関数がすっぱりと省略されているところが大きな相違点です。中学の学習指導要領では数学に三角関数は取り扱わないはずですし、そうなるとわざわざNo.43やNo.45は余計な機能を買わされているわけですが、なぜかP23とP24は昭和40年代末まで残らず、No.43とNo.45はプラ尺にモデルチェンジしながらも中学における計算尺教育が無くなるまで存在し続けるわけですが、考えようによっては高度成長期にあってはすでに廉価版計算尺の存在意義が失われたということなんでしょう。
 複雑な計算をこなすという実用性とはかけ離れた学生用計算尺は、「これなら試験にも使える」と思うNo.45K系統しか興味がありませんでした。なのになぜP24なのかというと、今回のP24はオクの開始価格が50円で、1名の入札がありましたが、50円しか値段がつかないのも気の毒なので、末期の定価分で入札したらあっさりと120円で落札となってしまったものです。それでも缶コーヒー一本分にしかなりませんが、世の中には1円で大物を釣り上げている人もいますので自慢にはなりません。でもまあ定価も安いが落札額もいままでの最安値を更新して堂々の一番安い計算尺落札となりました。それでもこの手の廉価版は500円も出せば未使用品が落札出来ることもあるのですが、500円をまともに払う気はないし(笑)
 値段にではなく一つ興味を引かれたのは、実はHEMMIの初期のプラ尺に共通する「裏側をプラスチックのブリッジ2カ所で接合する」構造が、どうやら技研のOEMくさい感じがしたことです。実際に山梨の技研工業はヘンミのOEMをたくさん製造していますが、その時期に関しては昭和30年代中期以降のNo.P253あたりからではないかと思っていました。ところが、P23およびP24がヘンミブランドのOEMだとすると、技研とヘンミの関係というのはもっと遡ることとなります。ただし技研のラインナップにはP23およびP24に該当するような「三角関数を省略した廉価版」の該当品が見当たりません。技研ブランドで180円の計算尺を作ってもしょうがないということだったのでしょうか?さらに技研OEMのプラ尺はブリッジが緑の成型品であることが多いようですが、多くのp24は黒の成型品です。
 当時のNo.45同様に1〜2の目盛が5"のポケット尺同様に0.2単位で刻まれています。2〜3なんか0.5単位ですぞ(^_^;) この目盛の単位はRELAY No.80などの初期の6インチ学生用計算尺に共通で、当時の学習指導用要領上でこういう目盛の単位しか要求しなかったのかもしれませんが、円周率が約3ではまともな計算が出来ないように計算する道具としてはちょっと困ってしまいますし、いくら初級の試験にとは言え、計算尺検定に持って行くことは出来なかったでしょう。こんな計算尺ですから、No.43とNo.45が10インチ尺と同様の目盛単位のそれぞれNo.43AとNo.45Kにモデルチェンジした昭和37年頃にはすでにフェードアウトしたのでしょうか?PAUL ROSS氏によると生産は昭和38年までとなっていますが、廉価版の扱いか故に文房具屋でのデッドストック生存率が割と高いようで、製造期間の短さの割には珍しい計算尺ではありません。
 入手したP24はその落札金額故に本来であれば茶色の貼箱にシールで大きくP24と貼られているケースが欠品でした。定価は初期は180円、末期は300円です。けっこう箱だけでもコストを食っていたのでしょうからむき出しのままビニールのカバーにでも入れて販売しても良かったような気がします。尺の配置および目盛の刻み方は同じ中学生用のNo.45(Kのない方)とまったく同じで、違うのはプラスチック素材であることと、裏の三角関数及び対数尺が省略されていることです。刻印はNDで昭和38年4月製造ですからP24としては殆どラストイシューという製品でしょうか?最終型故か裏のプラスチックブリッジがP253同様に緑の成型品でした。この裏のプラスチックブリッジは接着かと思ったら、固定尺と溝で食い込むはめ込み接着なんですね。下の固定尺の接着が甘くて、上と下の固定尺の目盛が少しずれていました。38年はP24の最後ということは、今回の計算尺は300円のロットですが、考えるにP24の生産を止めた後は、技研ではNo.P45Kの供給をHEMMIに対して始めたのではないでしょうか?裏のプラスチックブリッジの成形色の緑を見て、そんな感じがしました。しかし、中学生用として授業でほんの何回か使う分にはP24でまったく構わないはずなんですが、高校に入学しても使えると言うことで、No.45あたりを勧められたりしたのでしょうか?工業高校に入ったらNo.45では済みませんし、普通高校に進んだら計算尺無しで計算しなければ済まないのではないかという気もします。そういう観点からすると、実際に中学で勉強しない、三角関数と対数を買わされることになるNo.45よりもNo.P24のほうが商品としては良心的だと思いますが?(^_^;)
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June 25, 2006

再びRICOH No.116

 どうも計算尺ビギナーにとっては、やはり最初に入手すべきというか、最初に手にしたい計算尺はHEMMIのNo.2664Sのようで、まずこの計算尺を使いこなすようにならなければ、その他の関数を備えた両面計算尺を使うことが出来ずに、単なる計算尺コレクターになってしまいます。そういう人たちにとっては説明書付きのNo.2664Sは必需品でも、RICOHのNo.116は見向きもされないようで、リコーの計算尺はヘンミ計算尺のコピー商品で2級品というところの認識しかないのでしょうか?どうもリコーの計算尺の人気が今ひとつ低いようです。その落ち穂拾いというわけではないのですが、こちらにリコー系の計算尺が集まって来てしまう理由でもあるようです(笑)
 今回入手したRICOHのNo.116こそが、計算尺界のスタンダード、事務系の用途では他の追随をゆるさなかった永遠の名機HEMMI No.2664Sの真の対抗機種です。前モデルのRELAY No.114はHEMMIのNo.2664のコピーモデルでしたが、RELAYがNo.114を発売する頃にはHEMMIでは既にCIF尺を備えたNo.2664Sにモデルチェンジし、CIF尺のないNo.114は遅れを取っていましたが、RELAY時代末期にNo.116を発売し、CIF尺はおろかDI尺も備えた9尺度にしてNo.2664Sから優位に立とうとしました。この辺りは前回最末期型のRICOH No.116を入手したときに書きましたから省略しますが、この辺りからRICOHの計算尺は、HEMMIのコピー商品で値段が少し安いというスタンスから、HEMMIと何か一つ差別化してやろうという意気込みが感じて取れるようになってきます。しかし、その意に反して計算尺界の巨人・HEMMIの前には蟷螂の斧のようだったようで、必ずしも「1尺多い」ことが売り上げ増加には繋がらなかったようです。No.116はRICOHの計算尺にとってはそれほど珍しくない存在とも言われるのに、No.2664Sの数との比較にすると、1/20どころか、1/50か1/100くらいの存在じゃないでしょうか?まして現状ではNo.116Dなんてめったに発掘されません。No.116と同じ尺度を持つNo.2664S-Sのほうが、比較的に入手が容易です。しかもRICOHのNo.116に比べればHEMMIのNo.2664Sのほうが圧倒的な人気を誇っていますが、これって結局1人で何本も確保してしまうからでしょうか?(笑)ちなみにうちにはNo.2664Sは緑の紙箱入り昭和39年生産の未使用品1本だけです。普段使っているのはそこそこに使い込まれたNo.2664S-Sの方。でもNo.2664Sは生産時期が長いだけにそのパターンモデルを全部手元に置きたいというのも解らないではありませんが、あたしゃパターンモデルよりも、その他の計算尺の方が欲しい(^_^;) 
 この片面計算尺のスタンダードNo.116もHEMMIのNo.2664Sには及びませんがRICOH 計算尺生産の最末期までしぶとく生き残って、その使命を全うしました。その間、いろいろなマイナーチェンジがありましたが、基本的なK,DF,[CF.CIF,CI,C]D,A,DIの9尺の配置に関しては変更がありません。後の生産になって、他の計算尺同様にCIF尺がグリーンになったり、ゲージマークが変わったりすることがありましたが基本的にはRELAYとRICOHの2つのモデルがあり、ケースはRELAYの赤蓋黒箱(未確認)、リコー時代初期の赤蓋肌色箱、リコー時代中期の塩ビ透明ケース、リコー時代末期の青蓋ブローケースなどのパターンがあります。今回入手したのはリコー時代初期の赤蓋肌色箱入りのNo.116です。比較モデルとして現在当方には塩ビケースのNo.116Dと青蓋ブローケースのNo.116の2種類しかありませんので、おおよその年代別の違いしか検討することはできません。RELAYのNo.116はK.S-3が確認されてますから昭和37年3月佐賀工場製造分ということでしょうか?それに対してRICOHのNo.116はL.S-2が確認されていて、どうもこれが一番古いロットのようです。昭和38年2月佐賀工場製となりますので、長いNo.116の生産期間中においてRELAYの生産分はわずかに1年程しかないようですので、RELAYのNo.116はけっこうなレア物と言えるかもしれません。それにしてもRELAYの紙箱もRICOHの紙箱もHEMMIの貼箱と比べると明らかに安物で、薄い一重のボール紙の上に擬皮紙を貼り付けたものを組み合わせただけのヘナヘナなものです。それに比べるとHEMMIのものは学生用の8インチ用の貼箱こそ安物ですが、それにしても芯のボール紙が厚くてまだRELAY/RICOHの物に比べてもマシなものと言えます。その箱の評判が悪いのでRICOHは塩ビの透明ケースに換えたのでしょうか?このケースも落とすと角にヒビが入ってしまいますし、40年だった現在では弾力も失ってバラバラの破片になってしまいそうで、紙箱以上にやっかいな「入れ物」です。その「計算尺を保護する」という目的としては評判が極めて悪かったためか、40年代中期になってポリエチレンのブロー成形のケースになり、やっと入れ物としてまともになりました。プローのケースはHEMMIが先かRICOHが先だったのか、興味のあるところです。それでもHEMMIのブロー成形ポリエチレンケースは学生用8インチ尺と10インチ片面尺が早く、両面計算尺はかなり末期まで紙の貼箱が多かったようですが、RICOHは学生用8インチ尺は塩化ビニールのソフトケース化しながら、10インチ片面尺も両面尺もそれぞれブロー成形のポリエチレンケース入りが早かったようです。でも透明ケースのトランスルーセントというデザインセンスに関しては当時としては秀逸で、時代を先取りしていて30年早かったのではないかと思います。
 2本目のNo.116として我が家にやってきた今回の計算尺は、珍しくも裏日本は新潟県からやってきた計算尺です。それも偶然にも当方の親戚のある長岡からでした。長岡は「米百俵」のエピソードでも知られるとおり、戊辰戦争で焦土と化し、明治以降耐乏生活を強いられた場所で、物を大切にする場所。言い替えればなかなかお金を出さないケチが生活信条ですから、古い物はいつまでも捨てられないで残されている風土。「これは俺の思いこみ(c)長井秀和」ですが(笑)新潟県はいままで計算尺的にはさして大きな鉱脈と思ったことはありません。一部の石油掘削関係は別にして昔は農業に特化していた県ですから、学生用以外の計算尺が大量に流通していたとも思えませんが、これが意外な盲点で、手をつけられていないデッドストックが次々に発掘されることは……どうなんでしょう?(^_^;) なにせ夏も冬も湿気の多い土地柄、しまい込まれると紙箱なんか劣化しやすいような気がしますね。そういうことが影響したのでしょうか、赤蓋肌色の紙箱がもうボロボロでした。形式名もなんの表示もなく、写真もソフトフォーカスっぽかったために、誰も注目しなかったようですが、こちらちゃんとしっかり表の尺数9尺を確認して早々にNo.116という目星をつけておりました。落札価格1,200円は説明書ナシの箱が傷んでいる10インチ片面尺としては妥当な金額でしょう。刻印はL.S-3で昭和38年3月佐賀工場製。リコー計器に名前が変わった直後の製品です。このNo.116はRELAYの時代からCI尺が赤く目盛られているのが特徴ですが、No.2664SなんかのグリーンCIFに比べて配色的にどうなんでしょうね?これがNo.116DになるとCIF尺もCI尺も黒です。何かグリーンCIFに対抗して3色使わず2色で違いを出すためにCI尺をわざわざ赤にしてしまったのでしょうか?これが後のNo.116Sといわれる同じ計算尺はHEMMI同様のグリーンCIFに黒CIという配色になってしまいます。さらに前回指摘したとおり、上部に刻まれた25センチの定規の目盛の始まる位置が異なります。この時代のRELAYにしてもRICOHにしても片面尺は下のカーソルがはまる溝が浅くて、カーソルが外れやすいのがHEMMIの片面尺に比べて気になります。No.116Dのほうは竹の部分まで溝加工されているのに、No.116のほうはセルロイドを突き抜けていませんでした。No.116Sは竹の部分まで溝が到達しています。
本家のHEMMI No.2664Sは最近、30年代の物から40年代末期のプラケースの物までやたらと出品されるようになりましたが、値段はそこそこ付いているようです。それにしても名機No.2664Sの代表的なマイナーチェンジのものを集めて見たいなんていっていたら、当方もコレクター呼ばわりされそうですが、計算尺も30本以上集まると「自分の使う分しか入手してません」なんて言えなくなりました(^_^;)

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June 24, 2006

ついに壊れた!?

 久しぶりに6mが広範囲にオープンして10時台からかなり強力に入感する移動局もあり、出遅れたこともあって呼びに回りましたが、駿東郡小山町の移動局とレポート交換してどのエリアが開いているの開いていないのの雑談をして、マイクを返したらその局がもう他の局とレポート交換中。相手が良く聞こえているのにおかしいと思い、長崎さくる博特別記念局8N6SRQを呼んだのにまったく応答が無く、おかしいと思って通過電力計のモードで見てみると、まったく出力が出ていないではありませんか(@_@)
 考えて見ると、こないだの雨でSWRのずっこけたアンテナに気づかずに何回か使ったためにファイナルがいかれたのかと思って青くなりましたが、我がIC-551という骨董品のリグはいつ寿命が尽きてもおかしくないシロモノです。貧乏電波研究所に新たな6mのリグを揃える余裕などなく、仮に中古のリグを購入して保証認定を得て変更申請を総通に出したとしても許可を得るまでに今年のEスポシーズンなんてほぼ終わりかけています。それを考えたら背筋が凍りつきましたが、FMモードでは出力が出ますし、CWでも出力が出ますから冷静に考えるとファイナルを飛ばしたわけではありません。どうもマイクから変調が掛からないためにSSBで出力が出ないような感じなのです。それにしても交信中に突然マイクがおかしくなるというのも理解できませんが、こうなったら新しいマイクに換えてみるのが一番です。しかし、アイコムの4ピンマイクなんか手持ちがありません。ヤエスの4ピン配置に換えた元8ピンのトリオのコロッケマイク(600Ω)がありましたので、急いで半田ゴテに通電し、アイコムのピン配列を調べてアイコム用にケーブルを付け替え、1C-551に接続するとちゃんと変調がかかり、SSBでも出力が出るようになりました。その間のインターバル約15分。5分くらいで原因究明と対策を講じ、電波を再度出せるようにしないと技術的操作を認められた「無線技士」としては失格です(^_^;) まあ古いダイナミックマイクなので、音質その他は二の次ですけどね。それにPTTスイッチがマイクロスイッチじゃなくてメガ接点なので、少々重いのですが、ようはちゃんと使えればいいのです(笑)そんで試しに岡山玉野市の移動局を呼んで無事に交信することができました。最悪の事態が回避出来てなによりのマイバースディーでしたが、この「最悪自体の回避」がバースディプレゼントだったら、ちょっと寂しい(;_;)

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June 20, 2006

鏡に映る液晶画面

 ラジオでサッカーのワールドカップの試合を聞いていても、いったいどっちに攻めているかの配置さえ解らず、野球だったら観念的にイメージできるものの、やっぱりサッカーのような早い展開のスポーツはTVで見なければいけません。今やTVは地上波デジタルで液晶もしくはプラズマの大画面。ワンセグの登場で携帯電話でTVを見ることの出来る時代ですが、出先でTVを見ることが出来たらムリして早く家に帰る必要がないとかいうことを売り物にして20年少し前に登場したのが、確かカシオのポケット型液晶TVだったと思いました。品番はTV-10だったかなぁ?良くは覚えていないのですが、モノクロの液晶パネルを斜めに立てて、その画像を鏡に映して見るという、今となっては「なんじゃこりゃ?」というようなポケットテレビなんですが、当時はバックライトにかなりの電力を食うために、苦肉の策として自然光をパネルのバックライトとして透かした画像を鏡に映してそれを画像として見るという仕組みは、今となっては噴飯ものですが、当時としては画期的なものでした。なにせポケットに納まる電子手帳程度のもので、何処でもTVが見ることが出来るのですから。
 しかし、技術革新の波は不可能を可能としてしまうことで、過去のものをすぐに精算していきます。そのため、この「鏡に透かした画像を見るポケットTV」の寿命は2年もなかったのではないでしょうか?このカシオの第1号液晶ポケットテレビは外部スピーカーが無く、イアーホンで音を聞かなくてはいけないのが煩わしい感じでしたが、珍しさも相まってよく売れたようです。値段は14,800円くらいだったでしょうか。このカシオのポケットテレビに影響されたのかシチズンが似たような形態のモノクロテレビを作りまして、こちらは内蔵スピーカーがあり、別売りでバックライトが取り付けられるのですが、値段が若干高くて19,800円くらいしたと思いました。これを多分酒に酔った勢いで新宿のディスカウントショップで購入したのが20年前。鏡に映すモノクロ画像のあまりの見難さにろくに使わないままおもちゃ箱入りしてしまったのですが、去年発掘して電池を入れてみると、とりあえず20年も経っているのに映るようになりました。そして日本対クロアチアの試合を前半はラジオで聞いていたものの、どうもイメージがわかなくて、どうしたものかと思ったらこのポケットテレビが転がっていて、まあ無いよりマシと鏡に映るモノクロ画面を見ていたらけっこう見えそうでよく見えない感じが何か余計にスリリングに感じて、ラジオで聞くだけよりも何か数倍心臓がばくばくいいましたね(笑)ともあれ20年前のモノクロ液晶ポケットTVの「鏡に映る画像」でサッカー観戦してた阿呆は、たぶん日本中であたしだけでしょうか?(^_^;)

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June 19, 2006

Esオープン2日続かず

 Eスポは2日連続して開かないというのが法則的な事というわけではないのでしょうが、どうもいつも付いて回るようで、17日の土曜日はけっこうな6mオープンでまた周波数の空きを捜すのが困難だったのに、翌日12日の日曜日は早朝こそ開いていたものの、日中はまったく期待はずれ。14時台にいきなりスポット的に強力に20分間ほどオープンした後、急に落ち込んで以後はCQ出せども全くダメでした。17日は1時間半で60局だったのに18日はたったの5局です。また今シーズンはどういうわけか夕方からコンディションが急に上がり、夜に掛けての大オープンということに殆ど恵まれません。わずかに6−8エリア間が宵のうちに開くことがあるのですが、それもいつものシーズンとは頻度も時間も少ないようです。なのにもかかわらず、昨年まで殆ど繋がらなかった北米やEUが6mで簡単に繋がると言うことはどういう現象なのでしょうか?
 17日の土曜日は9時台までここ8エリアはスポット的に6エリアの移動局などが入感し、それもさほど強力にというほどではなかったのですが、10時台になると1エリアの局が8エリアの移動局を呼ぶ声が一部パイルになっています。そこで50.223でしばらくCQを出していましたが、そのうち混信してきて、50.233、50.263と周波数を上がっている内に50.300越えして50.303付近でCQを出すハメに…。ここまで上がってくるとさすがにワッチしている局が少なくなってきますが、同一エリアとオンフレでCQを出し合っている可能性も少なくなります。50.303の一発目は1エリアは西東京市からのコールバックで、1エリアがこれだけ聞こえると11日の大オープンの再来を期待しますが、悲しいかなここの周波数はすでに網走番外地(;_;) 11日に使っていた50.242より応答率が遙かに下がりますが、それでも今市市、南アルプス市、白山市、多治見市、高槻市とけっこう広範囲な町からコールバックがあります。1エリアが良く聞こえると7エリアの北の方までの近接Eスポに期待が持てますが、仙台近辺の伝搬が一時かなり濃く、仙台市、名取市、白石市からのコールバックがあり、最短距離は気仙沼の局からでした。もう少しで岩手県内突入かと思われたのですが、今年はまだ電離層伝搬6mで岩手県との交信がありません。そのかわり昨年までまったく交信できなかった山形の局とは17日にも新たに交信しています。そのうち3・4・5エリアからコールバックが来るようになりましたが、その分1エリアとのコンディションが少し落ちてしまったようで、そのあたりの原因もあって11日ほどの交信局数は得られませんでした。ラストは14時台に交信した長崎は五島市の移動局で、この局は朝方非常に良く聞こえていたため、かなりのパイルを食っていて交信できず、昼間はコンディションが落ち込んだために交信できず、14時台になって殆ど国内のオープンが上がり掛けた頃に再度良く聞こえだして交信が叶った局でした。実は五島市は昨年移動局が入れ替わり立ち替わり出ましたから3回目くらいなんですけどね(笑)
 でもまあ、今年はサンスポ低下のおかげで6mはまったくムリだと思ったのですが、悪いながらもそこそこのコンディションに恵まれる日もあり、6m単独でJCCは300越えは確実な情勢となりました。JCC250まではあっという間だったんですけどねぇ(笑)6m未交信県は残る3県でその中には海峡を挟んで反対側の青森と秋田があり、あとは遙か彼方の沖縄県が未交信県です。青森秋田は2エレのHB9CVでも函館近辺の小高いところへ移動したらGWで簡単に交信できそうですが、そこまでして拘る必要はなく、沖縄は6エレ程度のアンテナをある程度の高さに上げれば交信のチャンスはありそうなものの、まあ、そこまで駆け足でたどり着いたところで、あとはむなしさが残るだけかも知れませんから、貧乏電波研究所は自作のアンテナで地道に伝搬実験に励むこととしましょう(笑)
 ところで、先ほどアナウンスした8/18-8/20開催の胆振日高支部QSOコンテストは何と4アマの養成講習とかち合ってしまい、2日間の日程の内、20日の全日がQRV不可になってしまいました。今年から48時間制にしたために土曜だけは何とか参加できるのがせめてもの救いですが、参加を強く要請している側が半分参加できないのは何か非常に申し訳ない次第です。支部コンテストも地元の4アマ養成講習も「お盆明けの週末」というように決まっているようですから、養成講師をやっている限りはこれからもフルタイムで支部コンテストには参加出来ないような感じです。でもまあ、土曜だけはなんとか管外局向けにHFで管内局サービスしますからみささま参加して下さいね。

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June 16, 2006

2局目の5バンド交信局

 4バンド目の交信まで済ませた局は九州の北部の局を中心にけっこう沢山あるんですが、5バンドともなるといままで1局しかありませんでした。そのOM氏はとにかくいろんなバンドから電波を出してくれますし、8エリアとは非常に電波伝搬上の相性が良いためか、初交信から1年半で18/21/24/28/50の交信を達成してしまい、相手が上級局ですから14メガでの交信が済めば唯一6バンドQSOということになるのですが、未だにその機会は訪れていません。
 まあ、免許上の制約もあって誰とでも簡単に5バンドQSOを達成することは出来ず、こちらも「7メガにしか出ない」という人は敬遠してしまって7メガにはとんと縁がありませんので、ますます中間のバンドが局免から抜け落ちている局とは多バンドで交信するわけには行かないのですが、ついに2局目の5バンド交信局が出てしまいました。それも7エリアは福島県南部の局と6mで交信することが出来、ハイバンドばかり14/18/24/28/50の5バンド達成です。7エリア局とはコンディションに恵まれないとなかなか交信できない周波数ばかりですが、相手の方もこまめにあちこちワッチしてくれないと交信する機会にも恵まれませんし、九州北部の局以上に価値ある5バンドQSOだと思います。21メガが抜けているのは、こちらが21メガでCQ出すことが殆どないからです(^_^;) 
 21メガでもコンディションがよければ福島南部ともちろん交信出来ますし、7メガなんか当たり前のように繋がりますから、もしかしたら7バンドQSOもそれぞれのバンドでCQを掛けさえすれば最短距離で一番可能性が高い局なのかもしれません。ただ10メガの電信だけは好き嫌いがあるからどうなんでしょう?(笑)

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June 15, 2006

支部コンテスト糾弾す

 過去に2回ほどこのブログで地元支部のコンテストに対する問題点を指摘しました。というのも一昨年のコンテストは支部の管内局の総参加局数がたったの7局、昨年のコンテストは当局とさらに6mに熱心なもう1局のJLコール局が一応参加したものの、管内局の総参加局数がそれでも9局という状況で、しかもそれぞれ固定のシングルバンドに各1人ずつ張り付いているというような状態なので、これはもはや「コンテストではなく一斉運用デーじゃ!」といわれても仕方がない支部コンテストだったのです。支部の雑用に首を突っ込むようになってまだ1年経っていませんが、良くもまあこんな状態になるまで放置しておいたものだと逆に感心しましたが。やはり支部コンテストというのは支部行事の「顔」ですから、コンテストの参加人数が多い全国的に盛り上がるコンテストを主宰しているJARLの地方支部は、支部活動もかなりアクティブなんだろうなぁと想像できます。
 ということで、昨年の支部総会時に併設される運営委員会の議案書を作って欲しいと言われ、当初は単に文書作りだけするつもりが、結局自分の宰領で問題提起をしなければいけなくなり、支部の仕事に首を突っ込むことになりましたが、その時の議案の一つに「コンテストルール改訂」という項目があり、その改訂の件が承認された為に2月の運営委員会に改訂原案を提出して承認されたのが今回の改訂コンテストルールだったのです。
 改訂の目的はずばり「参加局数を増やし、コンテストとしての競技性を高め、それによってコンテストを活性化させる」ことです。そのために、次の事を骨子に改定点を探り出しました。

 1 各部門を整理し、部門ごとの競技性を高める
 2 時間を24時間から48時間に延長し、参加者の都合に配慮する
 3 固定運用地、移動運用地の2地点運用を認め、より長時間の参加を促す
 4 コンテストナンバー交換をJARLコンテストに準じ、簡素化する
 5 ニューカマー部門を設けて新規参入局に配慮する

 ということで、作り出したものが前回掲載した新たな胆振日高QSOコンテストのルールなわけですが、兎にも角にも管内局が9局でそれも4局がV/U局では他エリアの局に「ぜんぜん管内局の声が聞こえない」という苦情が来るのも仕方がありません。そのため、何とか地域クラブの構成局を動員してもらえるように「クラブ対抗」という側面も併せて持たせるようにして、なんとか管内局を動員してもらえるようにしましたが、今年も管内参加局昨年並み、もしくはシングルバンドを無くした為に、イヤになってしまった常連局が半分抜け、参加局数5局以下になったら、わたくしも面目丸つぶれで、アンテナを降ろし、リグは全てたたき売り、俗世間を離れて出家の道をたどらなくてはいけませんから、何とか参加をお願いします(笑)
 しかし、そんなもの放っておけばいいのに、JL8コールのくせに余計な事をしたという感じで、はっきり言って一部からはあたしゃ嫌われてますからね(^_^;) まあ、巣鴨と違ってJL8コールの意見が通るほど支部の風通しが良いということかもしれません。

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第32回胆振日高QSOコンテスト

 ちょっと地元の支部コンテストの宣伝をします(笑)
詳しくはリンク先の「胆振日高連絡ノート」か、JARL NEWS 春号の73〜74ページを参照下さい。

第32回胆振日高QSOコンテスト(今年度からの改訂ルール)

日時 平成18年8月18日(金)21:00から
       8月20日(日)21:00までの48時間とする

参加資格 日本国内のアマチュア無線局

使用周波数 3.5MHz〜1,200MHz(除く3.8,10,18,24MHz)
      JARL制定のコンテスト使用周波数帯厳守

交信相手 管内局:日本国内のアマチュア局

     管外局:胆振日高管内のアマチュア局(管内へ移動してきた場合も同様に胆振日高
         管内のアマチュア局)

呼出し 電話:「CQ 胆振日高コンテスト」「CQ IHコンテスト」もしくは「CQ コンテスト」
    電信:「CQ IH TEST」もしくは「CQ TEST」

コンテストナンバー 管内局:RS(T)+ 市郡ナンバー
          管外局:RS(T)+ 都府県支庁ナンバー
        (胆振日高管内へ移動した場合もそれぞれの支庁ナンバー 111 or 112)
         管外局は胆振日高以外の道内局と他都府県局を含む)

禁止事項 ○クロスバンドによる交信 ○ 移動先での移動地変更 ○個人局の2波以上の
      電波の同時発射 ○社団局の複数地点からの運用 ○レピータによる交信 
     ○インターネット回線を中継しておこなった交信 ○個人局・社団局でのゲスト
      オペレーターの使用

     ※常置場所(固定的にアンテナを設置した場所)と移動先の2地点運用を認める。
      但し移動先での途中場所変更、移動先と移動先の2地点運用は認めない。
      又管内局の移動先にあっては胆振日高管内の移動に限る。胆振日高管外に移動
      した場合には「管外局」と見なす。胆振日高管外居住の局が胆振日高管内で
      移動運用した場合であっても「管外局」と見なす。管外局の移動範囲は日本国内
      とする。

参加部門 (1局1部門の参加に限る。管内局は胆振日高管内に居住している局、管外局は
       胆振日高以外に居住している局とする)

     管内局  個人局電話ニューカマーマルチバンド(3.5、7、21〜1,200)
          個人局HF電信電話マルチバンド(3.5〜28)
          個人局HF電信マルチバンド(3.5〜28)
          個人局電信電話トリプルバンド(21/28/50)
          個人局V/U電信電話マルチバンド(50〜1,200)
          社団局電信電話マルチバンド(3.5〜1,200)  

     管外局  個人局電話ニューカマーマルチバンド(3.5、7、21〜1,200)
          個人局電信電話マルチバンド(3.5〜1,200)
          個人局電信マルチバンド(3.5〜1,200)
          個人局V/Uマルチバンド(50〜1,200)
          社団局電信電話マルチバンド(3.5〜1,200)

※ニューカマー部門はコンテスト開始日から遡って3年前の同一日以降に開局した局であって、
 14メガを除くHF,V/Uマルチバンド10W(V/Uにあっては20W)以下の電話のみであること。

得点/マルチプライヤー 管内局:国内のアマチュア無線局との完全な交信を1点
           46都府県、胆振日高以外の12支庁、および胆振日高管内の市郡、
           小笠原、南鳥島をマルチとする(管内への移動局の胆振日高支庁
           ナンバーはカウントせず)

           管外局:胆振日高管内局との完全な交信を1点、胆振日高の市郡数
               をマルチとする(同一局との同一バンドの交信にあっては
               モード・運用地が異なっても1回とする)

総得点     (各バンドにおける総得点の和)×(各バンドで得たマルチの和)

 ※クラブ対抗の総得点計上は(各バンドにおける総得点の和)×(クラブ総参加人数)
   で計上する

提出書類  JARL設定のサマリー、ログ、又は同型式のものを使用すること(A4判)
      コンテストの名称は「胆振日高コンテスト」と記入する
      参加部門および種目などの欄は次のように記入すること
        コードナンバー欄に「管内」「管外」の区別を記入
        名称欄に参加した種目の名称をはっきり記入
        移動先との2地点運用をした場合には固定運用地と移動運用地の双方を
        備考欄に記入
        社団局は運用者すべての氏名と資格を備考欄に記入
        ニューカマー部門参加局は開局年月日を備考欄に記入
       クラブ所属の参加者はサマリーシートに所属クラブ名を記入

失格  提出書類の不備、虚偽の申告があった場合、複数部門への参加、書類締切後の到着、
    その他JARLコンテスト規約に準ずる

入賞 各種目との参加局数に応じて賞状を発行し翌年度支部総会で表彰する。参加5局以下の
   場合は1位のみ、6局から10局までは2位まで、10局を超えた場合には3位までとする。
   また、提出されたサマリーシート記載のクラブ名ごとに総得点を集計し、順位を計上
   した上で同様に表彰する。  

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June 11, 2006

今年1番の6mオープン

 重量過多のために元の2エレに戻してしまった自作の6m用HB9CVアンテナですが、最近どうも雨が続いたためにコネクターに水でも入り込んだのかSWRが急上昇し、早く屋根に登りたいのにも係わらず1週間降ったり止んだりの繰り返しで調整することが出来ませんでした。その間、大オープンこそありませんでしたが6mのCQが聞こえている間はリグのファイナルが飛ばないかと気がかりで、コールバックを入れることもままならず、ワッチすることしか出来ませんでした。
 やっと10日土曜の夕方には雨が上がり、日曜の朝に屋根に登ってアンテナ整備をする事を決断。幸いにも11日日曜日の朝は霧が濃いながらも雨粒は落ちていませんでしたので、屋根に登り、アンテナのフェーズラインの平衡を確認してマッチング部分の防水を確認し、コネクタ部分の自己融着テープをバラすと案の定水が入り込んだようでした。水分を良く飛ばして導電コンパウンドを塗り込み、再度接続し直して、新しい自己融着テープで防水し、さらに今度は普通の絶縁テープでその上を巻いてしまいました。シャックに戻ってリグの電源を入れると今までより格段に良く聞こえるじゃないですか。さすがに接触が良くなってここまで感度がよくなったのかとほくそ笑むとさもあらず、6mが広範囲に開きつつあったのです。慌ててSWRが問題ないことを確認し、再度屋根に登って道具を片付け、シャックに戻って空き周波数を捜すも、50.150から50.300を超える当たりまでびっしり聞こえていて、空いている周波数がありません。仕方が無く50.250近辺の聞こえる局に応答しようとしたら、どうやらオール山梨コンテストと福岡V/Uコンテストの参加局が何局か出ているらしく、コンテストサービスで応答していきます。何局かと交信して30分くらい経過した後、3エリアから南がスキップし始め、空いているらしき周波数が見つかったために50.242で周波数チェックしてCQを掛けるとすぐに那須塩原市からコールバックがあり、まだ開けきっていないながらも7エリアの境目近くからのコールバックに1エリア東京近辺のオープンを期待を持ってCQを続けると、次に長野の塩尻市、石川の加賀市、長野の飯田市からコールバックがありました。次に横浜、さいたま市、都内23区の局からパイルを浴び始め、11時台にはついに1分1局ペースで交信してゆくことになります。主に1エリアの局からのコールバックで12時30分過ぎに1エリアがスキップし始める頃まで関東1都6県を中心に約120局と交信しました。2時間120局は久しぶりです。これが6m & Downコンテストの時だったら大喜びなんですが、そうは問屋が卸しません(笑)1局、SSBでコールバックを受けた後でCWのリクエストを受けてそれに応じたんですが、まだパイルを食う前だったので他局が苛つくところまではいきませんでしたが、さすがに1分1局ペースの時にはCWもお願いという局はいませんでしたが(^_^;) また、今回の収穫として6mのJCCがなぜか全然増えなかった群馬の局が今日はなぜか何局も取れたことと、山梨コンテストで6mの新市がいくつか取れたことでしょうか。
 8における6mのオープンは11日の午前中が今のところ今年一番だったと思います。いままで5月があまりにもPOORだったために6月も期待できないかも知れないと思っていたところに今日のオープンに遭遇して、一気に6mの帳尻があったような気さえします。また、雨の晴れ間の本日朝にアンテナ整備を完了させていなければ、今日もワッチする事しかできなかったわけですから、こういうことは思い立ったらさっさとやってしまわないと、みすみすチャンスを逃してしまうという教訓的な出来事でもありました。アンテナ整備を終えた後に、タイミング良くというか霧雨が降ってきましたが、開始を1時間延ばしにしていたら、結局アンテナ整備も中止していたでしょう(^_^;) 120局か0局かの違いは、あまりにも大きすぎます(笑)

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June 09, 2006

18メガ同一エリア電離層反射交信

 6月も半ば近くに差し掛かり、関東東北も梅雨入りしたようですが、相変わらず6mの国内伝搬状況は寂しい限りで、24メガあたりでせっせとCQを出すことになりますが、昼間の6mはDXがかなり良いようで、かなりの頻度で北米方面などが聞こえるようです。もっともトマトの支柱で自作した南固定HB9CVアンテナに運用出力相変わらず10Wの貧乏電波研究所には関係ないことですが。
 さて、午前中から午後に掛けてのハイバンドの国内伝搬状況はクラスタを見るだけで把握はしていませんが、ここ何日かは夕方からのコンディションが宜しいようです。17時台にはリグの前に座ることは出来ませんが、18時台には18/21/24/28の各バンドが開けていることが多く、18メガなどは最近急に運用人口が増えた為か、急に人気のバンドになってきたようです。昨日8日は当初24メガで運用していたのですが、八王子のWARC専門のOM氏の18メガがかなり開けているとの話に急に浮気心が生じて、18メガにQSYすると、なるほどかなりあちこちのエリアのコールサインが聞こえるようです。6mがこれだけ開ければ18メガでなんかCQを掛けないのですが、とりあえず18メガでリグのチューニングとアンテナチューナの調整を行い、18.1275付近でCQを出しました。もちろん18.130と18.125でCQを掛けている局がいることを見越しての姑息な周波数選びです(笑)そして、周波数チェックを掛けているときに早くも同じ北海道の8エリアの局から強力なコールバックがあったので、ローカル局の誰かが呼んできたのかと思ったら声の主は網走の局でした。同一エリア内なのにGWではなくて電離層反射波通信です。18メガで同一エリアで電離層反射で繋がるなんて、考えても見ませんでしたが、その網走のOMさんの話でも18メガ21メガで年に1度か2度チャンスに恵まれるかどうかの偶然の出来事だという話でした。後で計算すると直線距離260Kmの近接Es伝搬です。
 その後正規にCQを出し続けると、南は4エリア山口県から北は山形市と仙台市まで、ほぼ6エリアと5エリアを除いてバラバラに、しかも70分間にも渡って切れ目無く呼ばれ続け、20局と交信しましたが、18メガに出てくる局が多くなった代わりに指名を無視してコールサインを被せてくる局や、相手が喋り始めているのに再度自局のコールサインを連呼してくる局や、7メガのお行儀の悪さが急に18メガに持ち込まれたような感じがしてイヤな感じがしました。そういう局は極力無視しましたけどね(笑)国内がスキップし始めた20時近くには、中国の局からのコールバックがありました。
 ホーンバンドに出てくる局は確かにやたらと増えた感じがしますが、CWに出てくる局があるかどうか、極力遅い符合で18メガでCQを出してみましょうか?(^_^;) まあ、こんなつまらない検証は義経にしておきますが、ライセンスの制限がなくなって出てくれる局数が多くなったということは、電波伝搬実験の上でも非常にありがたいことですから、ハイバンドの好調の時はこれからせっせと18メガに出ているかもしれません。

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June 07, 2006

珍しいπ切断片面尺RELAY No.112

 このあいだ入手したFUJIのNo.2125Dと言う計算尺のC尺には2πというゲージマークがあって、この2πは電子工学系では1/2π√LCなどという計算に多用しますので、電子工学系ではあったほうが便利なゲージマークなのですが、意外に2πを備えている計算尺は珍しく、さすがにHEMMIの電子工学用 No.266には備えられていますが、他の計算尺はどうでしょう? 少なくとも機械計算用計算尺では省かれていたと思いますが、その辺りの事情もあってこのFUJINo.2125Dが電子科の先生の眼鏡にかなったのかもしれません。もっとも工高生計算尺をしてかなり後まで特納品扱いとして残っていたHEMMIの254シリーズの最末期の物に密かに「2πマーク」付きのものが紛れ込んでいるみたいです。同じ形式の計算尺でも最末期のものには「ない」とは言い切れないので、No.P253あたりを捜してみるのも面白いかも(笑)
 さて、今回入手しましたRELAYの計算尺は、またもや杜の都は仙台から入手した計算尺です。ここ4回の落札のうち3回が偶然にも仙台からということになりました。久々のリレーの計算尺ですが、もちろん後のリコー計器と会社の名前が変わる三愛計器時代の計算尺です。なぜ中古片面計算尺としてはそこそこの値段での落札になったかというと、片面計算尺としては異例のπ切断ずらし尺を備えたものだからに他なりません。π切断系ということだけで、おそらく機械技術用というポジションの計算尺になると思いますが、意外に日本製の片面計算尺としてはπ切断のものは見当たりません。片面計算尺の用途の殆どが、学生の計算尺検定の用途が多く、そのために√10切断の尺なのでしょうし、機械技術用に使うんだったら両面計算尺を買えと言うことなんでしょう。このRELAY No.112は、名機HEMMIの2664Sから遡ったCIF尺のないNo.2640をπ切断にしたものといえばわかりやすいでしょうか? 尺構成は上からA,DF,〔CF,CI,C〕D,Kとなり、普段必要である全ての尺を備えています。L尺を表に持ってきて欲しかったと文句を付けても、No.2664Sにしても裏の滑尺上にあるのですからしようがありませんか?(笑)おそらくこのシリーズはNo.111から連番でNo.116まであるようです。112がπ切断ずらし系尺なのでたぶんNo.113はマンハイム系ABCD尺なんでしょうか。さらにずらし尺のNo.114とABCD尺のNo.115にモデルチェンジしますが、No.114は一般的な√10切断になりました。そしてCIF尺とDI尺まで備えたHEMMI No.2664Sの真の対抗機種No.116に発展しますが、それまでのモデルはCIF尺が無いことで営業的にはHEMMI No.2664Sに比べて苦しかったのではないかと思います。それがあってムリにでも「HEMMIとの差別化」を計って尺種類を1つ増やしたりしたのでしょうか?110番台の片面尺シリーズがNo.116系統を除いてリコーの時代まで存続し続けていたかどうかは、ヘンミのものと比べてあまりにも流通している個体数が少ないので当方には判断が付きません。リレーの時代にすでにNo.114,115にモデルチェンジしてますし、リコーになってすぐにNo.116が出てますから、リコー時代にはこのπ切断のNo.112は新たにRICOHネームで作られていないと思われます。RELAY刻印の在庫のものが、リコーの赤蓋肌色のケースに入れられてカタログに名前を留めていたことは十分に考えられます。
 今年になってからNo.112は2本見たのですが、それにしてもあまり注目株でないことは確かで1本目は1,300円ほど、今回は計算尺オクビギナーが何人か付いてそれより若干高い落札価格でした。まあ、当方にとってはあまり面白みがない落札価格ですが、リコー系計算尺好きの立場としてはπ切断の片面計算尺は欠かせません。
 このNo.112は100番台の2番手として昭和30年代初めに出た計算尺なのでしょう。30年代後半に続々出現してきた片面計算尺と比べるといかにも尺数が寂しい感じがしますが、リッツのNo.105あたりと比べると、後の製品ゆえか、ゲージマークはC,D尺上にNo.2664S同様に一通りのものを備えています。上の固定尺上には25センチのスケールが、下の固定尺の下面には10インチのスケールを備えます。刻印は「J.S-1」ですから、おそらく昭和36年1月佐賀工場製ということになりますか。裏面にはもちろんのこと換算表がはめ込まれていますが、リコー計算尺は末期まで両面計算尺にも別添えで換算表が付属していました。計算尺の表に一部インキの染みが付いていましたが、カルナバ入りのパソコンクリーナで磨き上げるとそこそこの外観になりました。リコーNo.116Dもそうでしたが、30年代のリコー系片面尺のカーソル線の赤塗料の付着力が弱く、レンズクリーナで拭きあげると跡形も無くなってしまったので、赤いクレヨンを溝に擦りつけ、再生しなければいけませんでした。リコー系片面計算尺は気を付けなければいけません。
 リレーとしては一番なじみの深い丹頂の赤い蓋に黒い本体の貼箱に入っていました。その配色はまるで大型の啄木鳥である「クマゲラ」そのものです(笑)後のリコー時代に赤蓋に肌色の本体の「国鉄58系急行色」になります。それじゃその後のブローのポリエチレンケースは「国鉄581系寝台電車色」ですか?(^_^;) リコー計器時代のデザイナーには意外と鉄道マニアがいたのかもしれませんが、妄想はきりがないので止めておきましょう。
Relay112
色が入っているのはCI尺の数字だけというシンプルなデザインです。
RELAY No.112の表面拡大画像はこちら
RELAY No.112の裏面拡大画像はこちら

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June 06, 2006

18メガの過密化

 4日の日曜日は午前中に6mが大変良く開き、それも1エリアと主に繋がったために6mでテレコムQSOパーティの交信局を一気に増やし、20局を達成してしまいました。巣鴨のビルオーナーTさんとその仲間が大島支庁利島村で運用していたのに遭遇したり、6mでは初の小美玉市の局と交信したりで、なかなかFBなコンディションでしたが、10時を過ぎて昼に近づくにつれ、聞こえていないわけではないのだけれども、ぽつりぽつりと弱く聞こえる局しかいなくなってしまいました。日照時間の関係でもあるのでしょうか、昼から午後に掛けての6m大オープンと言うコンディションに今年は遭遇しません。また夕方から夜に掛けてのオープンも今年はあまり恵まれないようですが、ここ1週間ばかり6mのDXに限っては盛況で、北米やEUの交信報告が上がっているようです。もっとも南固定のトマト支柱HB9CVアンテナには縁のないことですが。
 さて、6mの国内コンディションがあまり良くないときでも21メガあたりのコンディションは非常に良く、テレコムQSOパーティのレポートを交換する声が盛んに上がっていましたが、驚いたのは18メガでコンディションが良かったこともありますが、昨年までは21メガに比べるとどうしても閑散としていたバンド内が4日の午前中はCQを出す隙間がないほど混雑してました。どうも去年から今年に掛けて現役4アマ局のすでに数千局で利かないほどの局が3アマの1日養成講習で3アマになり、新たに使うことが出来るようになった18メガに、一気に現れたのではないか、なんて考えてしまいました(笑)
 7メガより更に狭いSSB帯に人が一気に押し寄せたわけですから、それは混まないわけがありません。今まで出ることの出来なかったバンドが使えるようになったのですから、新しいバンドに出てJCCやJCGを増やしてみたいのは人情でしょう。まあ狭い周波数帯ながらも7メガのような電波伝搬をするわけではないので、周波数を占有してグループ以外の他人を排除するような輩が出ないだけでもましでしょうか。ということで、今シーズンからは18メガの話し相手になかなか恵まれないと言うことは無くなった代わりに、その過密ぶりに他の周波数に逃げたいという感に取り付かれます。7メガのように18メガが拡張されるってことは無いんでしょうし。

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June 03, 2006

10W機でのほほんとQSO

 最近、のほほんと10Wの真空管機でハイバンドでたまにCQを掛けることにしています。10Wの真空管機にGPアンテナなんて、まるで30年前の電話級免許取り立ての中学生みたいな感じですが、TS-830Vなのだからちょっと時代が合いません。同級生が使っていたTS-311あたりの10W機だったらもっとよかったのですが残念ながら持ち合わせがありませんし。
 どうも100W機を使っているときには飛ぶことが当たり前みたいに思えてきて、交信できることが当然のように錯覚してくるんですが、10W機を使っていると電波の飛びとかそういうことには100W機と差があるわけでなく、届いた先の電界強度の差異だけなのにも係わらず、何となく「今どの辺りに電波が反射しているのか?」などと、のほほんと考える余裕が出来てくるわけです。それで最近、コールバックがあっても無くても構わず、10Wの真空管機でCQを出すというまったるゆったりしたお遊びを初めたようなもので、当たり前の事ですが意外な場所からオールバックがあったりして驚くこともありますが、大抵は5分経っても10分経っても空振りというケースが多いです(笑)釣りはやりませんが、釣り船で沖に出て何が何でも大物を釣り上げてやるというのではなく、何となく話に聞いた「たなご釣り」のような境地でしょうか?もっともこの世の中にはQRPPPとかいって、たったの25mWくらいでどれだけ電波が届くかというお遊びに血道を上げている粋人もいますが、さすがにそれなりにアンテナ設備にはお金をかけなくてはいけませんので、マネをするわけにはいきません。同じ10Wでも6mの場合は10Wのリグ(IC-551)しかありませんので、のほほんどころか聞こえたら片っ端からコールバックをしかけるような殺伐としたものになっておりますが(^_^;)
 しかし、世のアマチュア無線局の殆どは同じ10Wの局のはずなのですが、なんか10Wのリグを使うことが「特別なこと」みたいに感じられて、何か妙な気分にさせられてしまいます。「給電部高さ8メートル以下、アンテナ利得2.15dB以下の空中線で10W機しか使えないコンテスト」なんてあったら面白いのですが、参加者がいるかどうか。面白いから今後このシーズンのハイバンド交信は全部10Wでやってみようかな?(笑)

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June 02, 2006

24メガのSWLカード

 6月1日から例年通りテレコムQSOパーティが始まりましたが、ニューイヤーパーティーと比べると盛り上がりに欠けるのは否めません。昨日2mをワッチしていましたけど、CQをかけている局で聞こえていたのはいつも2mにアクティブなローカルの2局だけでした。当局もここ3年ばかり毎年参加しておりますが、2mでは20局稼ぐのが難しく、HFと6mに行ってしまうのですが(^_^;) とりあえず土日の午前中にかたづけてしまいましょう。
 またビューローからQSLカードが届きましたが、最近はコンピューターログ上で既着・未着のチェックを入れただけで大箱に入ってしまいます。前々回までエリアとプリフィックスごとにきちんと整理していたのですが、どうも最近やる気が起きないと言うか、枚数が多くなって面倒くさくなりました。さらに以前はログソフトに到着したカードの画像をスキャナーで取り込んで登録し、次のQSOのときにどんなカードを頂いて、そのカードの写真がどうのこうのという感想などを交信のネタにしていたのですが、それも面倒くさくなってしまいました。そいうのも最近はハムログで誰も彼もが同じフォーマットのQSLカードを自分で印刷するようになって、画像を登録するに当たらないようなカードが多くなって、嫌気が差したというのもあります。まあ、確かに交信したという交信証なんですから、他の付加価値は単なる自己満足以外の何物でもないとも言うことが出来ますが(笑)
 今回到着したカードはちょうど1月頃までの物が多く、ハイバンド伝搬の好機が終了したあとのものなので、100枚少々と言う枚数でしたが、郵送ではなく佐川急便が運んできました。その中に6m and Downコンテストとフィールドデーコンテストの参加証というものが入っていましたが、これは毎年同じコンテストで同じ地図になるのではなく、1年ごとにずらしてゆくそうで、年間で4大コンテストに全て参加しなければ地図が揃わないのではなく、同一コンテストに4年だから4回参加すると日本地図が北から南まで一枚に揃う様になっているんだそうです。
 そして、その他100枚のカードの中に又SWLカードが混じっていました。最近はQSLカードが届くごとにSWLカードが紛れ込んできますが、今回のSWLカードは元JA7コール持ちなのにも係わらず現在はSWL専門のJARL会員の方で、何とSWLでDXCC 352コンファームという強者のベテランSWLの方からです。何でもWARC 10,000局にチャレンジ中とのことで、昨年6月に盛んに24メガでCQを出していた時分に東京は文京区の局との交信に対するレポートでした。カードをビューロ経由でもらいだして、極初期の頃に初めて1枚、SWLカードをもらいましたが、その時はSWLカードをどう書いてよいのかわからず、ローカルのOMに聞いたら「もらったことがないからわからない」なんて言われて、考えてみればその人は144/430専門でしたから、聞いた相手を間違えたということがありました。それから何枚かSWLカードをもらい、書き方に戸惑うことなど無くなりましたが、最初のSWLカードをもらった相手は少年で、7メガSSB専用の組立キットの受信機にワイヤーアンテナなどという組合せの設備からの受信報告でした。昔よくあったパターンで、開局するまでSWLの準会員で、局免が降りたら正会員に昇格というのがJARL会員のたどる道筋でしたが、最近は4アマ講習会は地元では年に1回だけなんてことはありませんし、国家試験は毎月おこなわれてますし、局免だって降りるまで3ヶ月くらい掛かるなんてことはありません。講習に合格してから3週間ほどで従免が降りて、すぐに局免を申請すれば合格から1ヶ月半ほどで晴れて局免が降りて電波を出すことが可能になるわけです。そのために従免3ヶ月・局免3ヶ月で免許を取得しても開局に至るのは半年も掛かり、その間は交信の勉強のためにSWLで耳を鍛えるなどということもなくなり、そういうSWLの準会員が殆どいなくなりました。しかし、SWLがいなくなったわけではなくて、しばしばSWLカードが届くところを見ると、もはや自分で電波を出すことよりも、SWLのほうが面白くなってSWLが殆ど専業化してしまったような感じがします。ちなみに最初にSWLをくれた少年は半年経って準会員ナンバーで会員検索しても該当が出てきませんでした。おそらく正会員に昇格して電波を自ら出すようになったのでしょう。

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June 01, 2006

困った7メガの移動強電界

 本日6月1日は電波の日のようです。昭和25年6月1日に電波法と放送法が施行された日を記念するために6月1日を電波の日として制定したそうですが、他の法律が「何々上の観点からこれを取り締まる…」のような目的なのにも係わらず電波法の目的「この法律は、電波の公平且つ能率的な利用を確保することによって、公共の福祉を増進することを目的とする」という少し理想主義的な法律主旨をうたったのは、電波管理委員会という電波行政だけではなく学識経験者などによる非管理側の立場に立った人たちによって法律原案が立てられた為でしょう。もっと電波法の目的主旨が「電波の適正利用をもって社会秩序を守るため、これを取り締まることを目的とする」とされていれば、スピード違反と電波法違反を同レベルで考えるようなバカはいないと思いますが、それにしても無資格無許可開局が他の法律上の罰金刑に比べ、「懲役1年以下、罰金100万円以下」という極端に重いという事実は、電波が目に見えないだけに軽んざれているための当然の帰結かもしれません。
 トラックのルーフにあまり長いアンテナを立てると歩道橋に引っ掛けるから茶筒みたいなローディングコイルを巻いた7メガのホイップアンテナを取り付け、こんなアンテナで免許状どおりの10Wを掛けても飛ばないからとアンテナの利得はQROでカバーするのがモービル7メガの常識とばかり、CB時代に使っていたリニアをいじって300Wから1KWにして電波を出すとどうなるか。そのジャンボモービルの強電界で違法市民ラジオ同様に道路沿いのラジオやパソコンなどに音声が飛び込んだり電子機器に誤作動を与えたりするのです。我が町はフェリーやローロー船の8エリアへの玄関口ですから8各地のジャンボモービルが集まってきますが、近頃某掲示板などで叩かれるくらい7メガ周波数占有強電界移動局が多くて、それでも近頃少し静かになったなと思っていたら甘かったようでした。先週は無線自粛で夜はリグのスイッチは一切入らず、ながら勉強でナイターがラジオから流れていました。そこに突然函館の局のコールサインを呼ぶ声がはっきりと流れたので、リグの一台、電源を切り忘れたのかと思ったらオールオフで、何とラジオへの電波の飛び込みで混変調を来したのが原因のようです。半径数百メートルにアクティブな局はありません。当方、片側3車線のバイパスから50メートルくらい引っ込んだロケーションなので、どうやら違法高出力の移動局が近くで強電界を発生させ、その混変調でラジオに音声が飛び込んで来たみたいです。相手のコールサインはわかりましたが発信元のコールサインはわかりませんでした。しかし、そのモービルの走る先々でラジオなどの音響機器に音声が飛び込んでいるとすれば問題で、ヘタに無免許局ではなくてコールサインを一応呼んでの交信ですから「アマチュア無線のおかげでラジオに音が飛び込む」と言われても仕方がないのです。近所にアクティブなハムがいないので、当方のせいにされては堪りません。ご近所にはコールサイン持ちの局も違法CB局もやっていることは同じと見られるのは大変に困る出来事なのですが、世間一般には区別する認識などないでしょう。
 6月1日は電波の日で情報通信月間の一環として今月は道路上での電波検問が強化されるようです。特に幹線国道上でアンテナ付きの車は片っ端から停められ、警察と携帯端末を持った総通局職員が「許可の出されている無線設備が使用されているかどうか」を厳しくチェックするそうです。とくに局免があっても違法なリニアが積まれていないかどうかはリグからアンテナまで同軸ケーブルを手繰ってチェックするそうですから、その成果で少しでも電波を取り巻く環境が向上してくれるといいのですが…。

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