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July 27, 2006

梅雨明けでハイバンドコンディション低下

 夕方7メガで3キロセパくらいなのにワーっと抑圧がくるので、何かと思ったら青ヶ島に移動局が出ていて各地から束になってコールしているのでした。相変わらず相手を指定して交信が始まったのに突然自局のコールサインを繰り返す局が複数います。相手を指定するコールも聞こえないのにクラスタか何か見てリニアにスイッチを入れ、闇雲に自局コールを言い続けるヤシって多いのかな?まあ、あれだけの猛パイルアップ状態では当局の能力から言ってもリニア使ってタイミングをずらしてコールしてくる局しか取れません。だから7メガは出ませんし「殆ど7メガしかやらない」と豪語する4アマ10W局は尊敬に値します。もちろん資格と免許の範囲内の運用であれば…(^_^;)
 さて、西日本も梅雨が明けて照りつける夏の日差しが戻ってきたようですが、そのためかどうかいきなりEスポ発生頻度が低下してきたような気がします。これまで6mでは朝に必ずどこかが聞こえていたのに今日はまったく何も聞こえず、宮崎大のビーコンすら聞こえる時間がありません。心なしか21メガも開ける時間が短くなり、昼過ぎには上がってしまい、国内ではなく韓国あたりから呼ばれるようになってきました。西日本の梅雨が明けてから夕方からハイバンドが戻ってこなくなったようで、JAIAボーナス局サービスにも支障が出てきました(^_^;) まあこのまま秋型のコンディションに突入ということなないのでしょうが、サンスポのボトムにしては夏至の前後に楽しめた反動で、いきなりのハイバンドコンディション低下のままFDコンテストを迎えると言うことは十分に考えられるお話しです。今梅雨前線は新潟から関東辺りに延びているのでしょうか?太平洋高気圧の勢力で以前のような勢いが無くなってしまったようですが東北上空のES発生が望めると、少しは面白い展開も望めそうなのですが、JAIAアワードのQSLカードの追加を頼んでしまって、このいきなりのコンディション低下をどうしましょう(T_T)

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July 26, 2006

耐久レースの様相

 JAIAボーナス局運用もすでに10日目を過ぎ、現交信局数500局を超えての運用になりました。なるべく夜は早いうちから声を出すようにしてますが、JAIAボーナス局運用のおかげでTVを見る閑がなく、さらにブログを更新している閑もありません(^_^;) 何となく「酒を飲まないからさぞかし夜はヒマだろう」ということで、JAIAボーナス局のお鉢が回って来たのではないかと勘ぐったりしますが、普段それほどCQを出さない局が毎日CQを出し続けるのはけっこう過酷な耐久レースです(笑)
 しかし、6mかWARCバンドにしか出てこない当貧乏電波研究所が、最近は仕方が無くメインストリームの21メガ辺りでCQを出すことが多いのですが、21メガでCQを出すと他のバンド以上に未交信の局が多いのに驚かされます。WARCバンドは、やはりアンテナのあるなしで運用局が限られてしまうようですが、アマチュア局でHFの割当がある局で21メガの電波を出せないという局は無いでしょうからやはり未交信局にぶつかる確率が高いのでしょう。しかし、昨日の21メガは7メガを覆い尽くしている火花電波(B電波のスプリアスは実際にはもちろん聞いたことありませんが…)のスプリアスのようなバリバリノイズが気になって仕方がない時間帯がありました。これ時間によっては50メガのアマチュア帯にも入り込むことがあります。最初はごく近所でアーク放電でも起こっているのかと思いましたが、どうやら時間によって聞こえる周波数帯が異なることから、たぶん大陸からの到来ノイズなのではないかと。かなり高調波が強いようで3.5/7/21/50あたりで周波数帯を覆い尽くす時間帯があるようです。18メガの放送波混入といい、どこかが意図的に行っているのかもしれませんが、NBで切れないので、残念ながら当局はノイズが多くなったらQRT…_| ̄|○ それでなくとも垂直アンテナ1本で運用しているんですから、バリバリが入ってきたらノイズより小さなコールバックはまったく取れません。

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July 21, 2006

21メガで近接Es交信

 金曜の夜だというのに久しぶりに各バンドともよく開いていたようでして、JAIAアワードのQSLカードの追加分を消費するために普段はまったく出ることのない7メガでCQを掛けましたが、やっぱりローバンドというとある程度のアンテナ高が必要なためか、殆どコールバックがありません。中国のPLCノイズか何かはわかりませんが広範囲なノイズと放送波のスプリアスのようなノイズで耐えきれず10局ほど交信して21メガにQSYです。21メガもコンディションが良く、特に1エリアの電波が強かったようで、ちょっとやってオールスター第一戦でも見ようと思ったら次々に呼び倒されて19:30まで結局JAIAアワードボーナス局サービスをするハメに(^_^;)
 今日の21メガは日中はわかりませんが、朝にバンド内をワッチすると帯広の局が強力に入感するなどちょっと変わったコンディションでした。夕方からの運用は普通に7エリア仙台市あたりの局とも交信していたのですが19:00ごろ、強力な1エリア局のコールバックに混じって8エリアのコールが聞こえたので応答すると同じ8エリアは標津郡標津町の局でした。こないだ18メガ電離層反射で網走の局と繋がりましたが、今度は21メガ電離層反射で標津とです。21メガでは岩手県北部の局と繋がる機会はありますから、それほど距離的に近いわけではありませんが、それでも同一エリアの端っこ同士でハイバンドの電離層反射で強力に59で交信出来るって言うのはけっこうエキサイティングな出来事でした。
 さて、混雑した7メガはともかくも、当方どういうわけか21メガは殆ど運用しませんしCQを出すこともありません。何か21メガが開いていると18メガとか24メガのWARCバンドに行ってしまうのですが、本日21メガで少々オンエアしたおかげでいきなり5バンド交信局が新たに2局誕生してしまいました。1局は1エリア板橋区の局、もう1局は7エリアはいわき市の局です。前月、福島の鏡石町の局と5バンド交信しましたが、いわき市も緯度的に鏡石町とさほど変わらないようで、なにかここいらにマルチバンドで繋がる何かがありそうですが、何よりも相手の局がいろいろなバンドをまんべんなくワッチしてくれないと5バンドでの交信は望めません。当方、現在まで5バンドQSO局がこれで5局になりましたが、さすがに6バンドQSOは1局もありません。7メガにアクティブにでもなれば、その機会も多いにありそうですが、そんなことはありえませんし(笑)

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July 19, 2006

突然のTVI

 TVIとかBCIなんていうものはやっかいなもので、ここいらの対策に関しては4アマの養成講習でも「リグにローパスフィルタを使い、TVにハイパスフィルタを使う」という単なる「試験に出るから暗記しなければいけない」事柄に触れられるだけで、この程度の知識ではいろいろな要因が絡み合って起きる実際の受信障害には対処できませんし、おそらく初めて開局して運用する局は、この電波障害対策に関しては「何の対策も施されていない」のではないかと思います。
 我が町の今年から中学生アマチュア無線家となったK君が4アマ半年で3アマを講習で取得し、50WにQROを果たして運用を始めると、7メガにだけ電波障害が発生して隣の家のインターホンに誤作動を与えるようになったんだそうです。こういうときの対策は知識と経験が必要になってきますが、「インターホンのケーブルがアンテナの役目をしてコモンモードを拾う・ケーブル末端を高周波的にカットするためにトロイダルコアを使用する」とまで行き着くためには上級者のアドバイスが必要です。
 考えてみれば、上級資格取得者にだけ50Wを超える出力の開局が認められるのは「高出力によって発生しうる電波障害に対処できる基礎知識」があるだろうということを認定してのことでしょうから、初級局が何ら電波障害に対しては未対策のまま不法に高出力運用する事が、いかに「自分の電波環境さえ良ければあとはどうでもよい」という独りよがりな事か考えて見てください。「知識も経験豊富」だから資格外運用が許されるわけではもちろんありません(笑)
 「電波障害への認識欠如」の見本として、北海道で昨秋に摘発された不法無線局の例ですが、自分の車と家に違法CBを設置し、自宅では1kWを超える出力で運用していて、この局が運用するたびに周辺部広範囲の家庭のテレビ画面が真っ黒になったために、北海道総合通信局が発信元を特定して北海道警察が自宅に踏み込んで逮捕という事件がありました。今どき固定で違法CBを運用していたなんていうのも時代錯誤も甚だしいですが、モービル用の垂直系のアンテナを屋根に載っけて、アースも取らずに1kWで運用したら周りがどうなるか、こヤシは悲しいかな考えつくことも出来なかったようです。
 当貧乏電波研究所の電波障害対策は全てのアンテナ給電線のコネクタ部分に大きめのパッチンコアを装着し、リグの電源コードは大きめのトロイダルコアに巻き付けてコモンモード対策とし、ローバンドの給電線は5D-2Vを大きなトロイダルコアに6回巻にし、SWR計とアンテナチューナで常にアンテナの整合状態を監視していて、いままではリグの隣に置いてある古いステレオコンポに50メガで多少「ブーン」という回り込みのようなIが混じる以外は特に問題ない状態だったのですが、15日からの3連休で運用時間が拡大して、かなり激しいTVIが自宅階下のTVに突然入るようになったと報告がありました。症状としては干渉縞のようなものが出たり出なかったりするようになり、時には画面がモノクロになったりカラーに戻ったりするようになるんだそうです。どうやらCWを打ったときのTVIが激しいようで、バグキーのキークリックフィルタが原因かとも思いましたが、SSBでもかなり激しく乱れるということなので、突然コモンモードが入り込んだとしか理解できません。冷静に考えてみると、下の階のDVDプレーヤーを換えたときに、TVの電源をいままでコンセントから直接取っていたものをTVのブースターのアクセサリ端子から取るように換えてしまったのが原因かも知れません。それ以外はTVのセットをいじったことがないのです。どうやらTVのアンテナケーブルが無線のケーブルからコモンモードを拾い、ブースターを通って電源コードとアンテナの両方からTVに進入してループを形成し、一種の回り込みを起こしているような状況のようです。対策を施さないとおちおち6mにも出られませんから、手持ちのコア類を探し出してTVの電源ケーブルにはパッチンコアを2コ使ってケーブルを2回巻き付け装着し、元通りコンセントから直接電源を取る様にし、TVのケーブル、ビデオのケーブルにはそれぞれ末端にパッチンコアを装着しました。
 いちおうこれで落ち着いたようですが、これがたったの10Wで起きることですから、10Wだってバカに出来ないのです。これはたまたま家庭内での事例にしか過ぎませんが、電波障害に対して何ら対策のない50W、100Wが本当に周辺にIが出ていないかどうか自己検証する必要があるでしょうね。

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July 18, 2006

3連休のEスポ模様

 海の日が月曜に設定されたために3連休になった人が多かったためか3日間各地に移動局が出たようですが、所によっては豪雨や雷に見舞われて散々な移動運用になった人も多かったのではないでしょうか? 何回か交信したことのある局が、いつも出掛けている移動場所に向かう途中、舗装が途切れた先を更に草をかき分けながら進むと、いきなり倒木に衝突してボンネットが倒木で串刺しになり、フロントガラスもめちゃめちゃになったなんて話をしていましたが、本当に移動運用には何があるかわかりませんから皆さんもお気をつけ下さい。
 そういう所により豪雨の気象状況にも係わらず、多数の局が一斉に声をだしたからか、6mでもどこかしらの局が聞こえていて伝搬状況が良くわかったと思われますが、土曜・日曜は朝から昼までが非常に良く、午後は低調でしたが、月曜は3連休のうちで最もEスポで良く開けました。月曜は朝から良かったのですが、特に昼前から15時までここ8エリアと1エリアが大オープンしたために、2時間の運用で交信局数が100局を超えるくらいのコールバックがありました。Eスポが3日続くのは珍らしいのですが、これも梅雨前線が停滞してしまったのが原因でしょうか?
 15日の土曜日からJAIAアワードのボーナス局としての運用を開始し、18/21/24/28/50の5バンドでボーナス局サービスしてきましたが、昨日で割当QSLカードを全て消費し尽くしてしまったのも6mの1エリア大オープンのおかげです。もっともあんまりバンド内がQRMの嵐となってしまい、50.3225という.300越えの周波数に追いやられてしまいましたので、非道いパイルアップを浴びることもなく、QRPp:200mWの局からのコールバックも取ることが出来ましたが、.300越えをワッチしてない人のほうが多かったのではないでしょうか?
 しかし、昨年の交信が全くなくて、2年ぶりで交信する人が20人で効かないほどありました。考えるに昨年はあんまり6mが開かないもので、夕方からせっせと24メガの運用に精を出していたことと、ログ帳では7月9日から8月前半までの運用がまったく欠落してしまっているのです。これというのも7月に入ってからいきなり支部大会での運営委員会議題作成を頼まれ、更に7月末と8月の頭に二種電工実技と一般毒物劇物取扱者試験が重なったために、日程表を組んで勉強その他をこなさなければならなく、まったく無線どころではなかったのが原因のようです。8月に無線に復帰したときには、殆どEスポシーズンは上がり掛けてました(^_^;)
 そのようなこちら側の原因で「2年ぶりの交信です」なんて声を掛けられる人が非常に多くなってしまったようです。JAIAアワードのQSLカードの追加は昨日のうちにFAXで頼んでおきましたが、追加が何枚もらえるのかわかりませんので、今日から通常の運用に戻ります。もちろん当方のコールサイン「JL8DJS」と交信しましたら10ポイント加算出来るのは変わりませんので、是非呼んでやって下さい。
 でもねぇ、初めての交信局に「ブログ見てますよ」って言われると照れるんだよなぁ。他支部の人に「じぇいかんさんって普通の人間だったから驚きました」なんて言われるし。今度公の場所には「自作・悪之宮博士セット」で現れるぞ(笑)

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July 13, 2006

ナショナル ラジオ付懐中電灯

 世の中にはラジオマニアという人たちが沢山いるらしく、その中でもゲテモノラジオといいますか、とにかく変わったラジオを集めるのが趣味の人がけっこういるらしいです。その人達のコレクション対象のラジオとしては、形が面白い物がまず好まれ、カップ麺の蓋やキャラメルの空き箱をせっせと集めて送り、抽選で手に入れたような企業物ラジオや、肝心の性能はのもかくも、とかく形の変わった、ラジオとしてはエキセントリックでかつビザールなものほど人気があるようですが、その中でもカメラとラジオを一緒にしたKOWAのラメラを代表とする複合型のラジオの人気も高い物らしいです。その中でもラジオ付き懐中電灯というと、台風や地震に備えた防災用品の類で、コレクション対象ではないだろうと思われるでしょうが、今回入手したナショナルのラジオ付き懐中電灯はラジオマニアに取って欠かせないコレクションアイテムの一つらしいです。
 今回入手したきっかけは「鉄道用合図灯」とされ、鉄道廃品カテゴリーにあったため、ラジオマニアに検索されず古い懐中電灯程度の価格で入手した物ですが、このFF-50という品番のラジオ付き懐中電灯は、実はナショナルの電池生産開始50周年の記念に作られたもので、逆算すると昭和56年の製品ということになり、それほど古いものではありませんが、実はこの電池生産開始の経緯が興味深いものでした。創業者松下幸之助が二股の電球ソケットを売り出して事業の基盤を作り、次に自転車用の電池式砲弾型ライトを製造して売り出しました。当時の自転車用ライトは油灯式もしくはカーバイドランプのものでしたが、やはり電池が日本中どこでも入手できるものではありません。昭和二年に自転車にも単独で懐中電灯としても使用できる角形懐中電灯を発売し、この時始めてナショナルの商標を始めて使用したのがこの角形懐中電灯「ナショナルランプ」らしいです。オークションなどで当時のナショナルランプを見ることがありますが、筒型の乾電池を使うのではなく、電池も角形で前後に電極のある今では見られないタイプの電池です。実は松下幸之助は自前の乾電池工場を持っておらず、この辺りの経緯は松下電器の歴史館HPの記述によると「昭和5年には月産10万個の大台に達したナショナルランプ用の電池の仕入れも東京の岡田電気商会(OKADA乾電池、戦後東芝に吸収され東芝乾電池を生産する)のみでは間に合わなくなり、大阪の有力な電池ランプメーカーで競争相手でもあった小森乾電池を松下の専属工場にして電池の増産を続けたが、昭和5年のうちにナショナルランプの生産が10万個から30万個に伸び、電池の需要も月に50万個から100万個に急増した。このため、ナショナルランプは段階的に半額まで価格が下げられ、電池も2/3の価格に下げられたが、「ここまで実用化したランプや乾電池を、さらに一歩進めてより経済的にし、家庭必需品として全国津々浦々のいかなる家庭にも洩れなく常備されるように徹底したいと思う。ぜひとも値下げに賛成していただきたい」という松下幸之助の申し出を、岡田電気商会とは快諾したが、小森乾電池は「これ以上値段を下げるのは難しい」と松下へ工場の譲渡を申し出た。松下は岡田電気商会の賛同を得て昭和6年9月に小森乾電池を譲り受け、乾電池生産に乗り出した」とある昭和6年9月が、松下の乾電池生産元年にあたるようです。
 このFF-50はラジオマニアである知り合いのハム屋の社長が電気工事店をやっている地元2文字OMから1台箱付き未使用で譲渡されたのを持っており、このOMはこれを娘の結婚式の引き出物にしたのだとか(^_^;) 入手したものは箱無し説明書ナシの傷多数ですが、ハム屋社長の物は未使用完品で、箱にはしっかり「ナショナル乾電池生産50周年記念品」と印刷されてます。さらにイヤホンが箱にそのまま入っていました。木製のハンドルが着いていて量産には適さないような製品ですが、「記念品」用途で販売店関係に配られたものだけだったのでしょうか?もっとも2文字OMは結婚式の引き出物として数十個の単位で配っているはずなので、市販されなかった訳でもなさそうですが、少なくとも店頭に並んだ品物かどうかはわかりません。ラジオ付きということで昭和2年発売のナショナルランプとは2まわり以上も大きなシロモノですが、説明書によると「当時のナショナルランプをイメージして作られた」そうなんですが。そのためNATIONALの商号が当時の書体で金色に印刷されて入っていました。さらにほぼ同じ筐体を使用してラジオの無いバージョンのFF-50Bとかいうただの懐中電灯もあるらしいのですが、こちらは見たことがありません。こちらのほうは単一乾電池が+1本の4本仕様で、見かけはレトロでもけっこう強力なフラッシュライトらしいです。
 このFF-50はプラスチックボディにメッキというオールプラスチック製品なのですが、電池を入れっぱなしにするとその圧力でボディを押し広げ気味になるらしく、ボディの肉厚も薄いので、置いておくのだったらフラッシュライト部分の電池は外して置いた方がよさそうです。電池を入れてラジオのスイッチを入れてみましたが、感度も選択度もバカにした物ではなく、おまけのラジオ機能にしてはスピーカの大きさと相まって音質も悪くないものでした。ラジオの中身は4石トランジスタの「学生用組立ラジオキット」そのものですが(笑)

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July 10, 2006

FT-101ZDの音質は?

 当方所属のJARL支部大会に出席し、抽選で当たった調理器セットか何かを持ち帰ってから家で6mのクラスタを見てみると、9日は午後から比較的に8からはよく開けていたようなそんな感じです。支部大会がなければ6mバンドに張り付いていたい状況なのですが、今日に限ってはEスポが出始めると必ず先にCQの声が出ているローカルのOM氏も大会に出席してましたので、ここ8エリア太平洋岸は6mアクティブ局が尽く本日臨時休業だったのではないでしょうか?(笑)18時過ぎに6mをワッチすると、宮崎のビーコンは聞こえますし、まだスポット的に聞こえてくる局はあるのですが、この状況でCQ出しても最近はことごとくボウズのために、久々に24メガに降りてきました。それにしても6mが開いているときは皆そちらに注目するためか、28とか24メガは1エリアが聞こえるのにも係わらず、比較的に空いているような感じです。
 最近はTS-830VとFT-101ZDに同時にスイッチを入れ、FT-101の真空管が暖まる間にTS-830でバンド内をワッチすることが多いのですが、TS-830の方はアナログVFOの最終に近いこともあって、周波数安定度は優秀ですが、FT-101ZDは当初30分でQRHが300Hzくらい上昇しますので、こまめに修正することが必要なのが今出来のPLLデジタル機とは異なります。こんな超アナログな真空管機でYAESUのYD-148なんていう古いダイナミックマイクロフォンを組み合わせて使用していて、「いい音ですよ」なんて相手に言われると「ほんまかいな?」と首をひねってしまうのですが。それというのも「真空管機」は音が良いという先入観が働いているのではないかと邪推してしまいます。それを確かめようにも、最近は真空管機で電波を出している人が減ってしまい、確認する機会も減ってしまったことが一因ですが、確かにTS-520だという人の変調は音が太いという「感じ」はありました。それに引き替えFT-101Eあたりは少し潤いが無いという乾いた感じがし、さらにTS-830はプロセッサの作用もあるのでしょうが、音声としての明りょう度は良いのですが、オーディオ的には良い音だという気がしませんでした。コリンズの古い機械は明瞭度は抜群ですが、音が太いという印象は薄い感じがしましたが、これは今までの数少ない交信の中での真空管機の変調の印象です。使っているマイクや付加装置によって著しく異なるのでしょうが、終段トランジスタ機と比べて真空管機のほうが音が良いかというと「??」というのが実感です。でもTS-520については、オーディオのTRIOを引きずっていた時代の無線機のせいか、音が太いのが印象で、ちょうどミニモーグというアナログシンセと他のデジタルシンセの音の違いのようなものは確かに感じます。まともなオーディオプロセッサがビルトインされていないので、音が痩せないからなのでしょうか?これが通信機としての「相手に正しく音声が伝わる」という目的からはかけ離れる問題ですが、所詮アマチュア無線は趣味性の問題なので、音が良いことは嫌われる事柄ではないと思います。
 さて、今まで不思議とFT-101Zシリーズとの交信はありませんでした。というよりも、よっぽどいろんな話題でもぶつけ合わないと自分の使っているリグの話まで出ませんし。そのためにFT-101Zの変調がどのような物なのかをじっくり確かめる機会が無かったのですが、昨日24メガ運用中に神戸からコールバックしてきた局に「QRHがある機械ですからごめんなさい」なんて言われて、話を聞いたらお互いに使っている機械が同じFT-101ZDで、それも中期型以降しか出られないWARCの24メガなもんですから、思わずこちらもうれしくなってしまいました。「FT-101でWARCに出ていられるなんて、タンクコイルにタップを追加して難しい改造をされたんですね?」なんてZのWARC付きをご存じないOMさんもおられる中、向こうから使っている機械がFT-101ZDだなんてカミングアウトされて交信する24メガというのも「盲亀の浮木、優曇華の花」状態ですが、冷静に変調具合を聞くとTS-520ほどではないにしても、そこそこ太くて潤いを感じさせるいい音に聞こえてきます。FT-101Eあたりと比べてもどうなんでしょうねぇ?神戸のFT-101ZDは2年ほど前に中古で買ったもので、調整不足か終段のボケか、80ワットくらいしか出ないと言っており、あまり真空管機の調整には詳しくないような感じでしたが、WARCの24メガにFT-101ZDで出てくる酔狂なところは、当局と似たような性格の人かもしれません。まあ、この方が声をかけてくれたおかげでFT-101Zシリーズの変調が耳障りなものでなく、そこそこ聞きやすいいい音であることがわかりました。

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July 09, 2006

JAIAアワードボーナス局

 当方がアマチュア無線の免許を始めて取得したときの講習会講師Hさんが毎年JAIAアワードのボーナス局を担当されていて、21メガ辺りでパイルを浴びているような状況を目撃じゃなくてワッチすることもあり、なかなか大変だと思っていたところ、今年から当局もJAIAアワードボーナス局登録になり、ボーナス局10点のサービスを担当することになりました。期間は7月15日から8月末までです。本日「ボーナス局へのお願い」という書類一式とQSLカードが200枚セットになって送られてきました。一応最低200局とは交信しろというお達しらしく、追加が必要であれば7月の末までに申し入れることになっているようです。個人的にはJAIAアワードのサフィックスを順番通りソートするのが面倒くさくて、一度も申請したことがなかったんですが、そういう当方がJAIAアワードのボーナス局サービスに回らなきゃいけないハメになるんだから、世の中はわかりません。JAIAのボーナス局というのは「いい男で女性にもてて誰からも尊敬されるアマチュア無線家で第一級アマチュア無線技士」でなければなることができません。というのは大ウソで、個人局ではJAIAアワードの昨年度得点ベスト5の人と、あとは養成講習会講師と管理者から推薦を受けた局が選ばれるというわけです。だからたまには国内とはまったく交信する気がなくて、送られてきたQSLカードもまるっきり残してしまうN講師みたいな人や、冗談みたいな設備劣悪貧乏電波研究所の当局みたいな貧乏人がボーナス局に選ばれたりするわけですが(^_^;)
 ということで、一般の人が養成講習講師になりたいと思っても難しいように、普通の人が自薦他薦を問わずボーナス局としてサービスに回るのは難しいようです。まあ、200枚分自分のQSLカードが浮くぐらいなもので、当局にもメリットはないのですが、養成講師ついでのボランティアみたいなもので、とりあえず15日から「CQ,CQ,CQ こちらはJAIAアワードボーナス局……」コールを出しましょう。「YL100W」のようにJAIAアワード効果で最近のコールバック低迷打破が出来るとボーナス局もFBなボランティアなのですが(笑) 
 運用周波数は、50メガが開いていれば50メガ。次に24メガ、28メガ、18メガ、14メガのSSBおよびCWになると思います。4アマ局のメインストリームである7メガと21メガは他のボーナス局にお任せしましょう(^_^;)
 しかし、なんで8エリアだけこんなにボーナス局が多いの?

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July 06, 2006

問屋算盤

 今回は同じ計算用具でも計算尺ではなくて問屋算盤(そろばん)です。問屋算盤のイメージとしては番頭さんが帳場に座って難しい顔をしながら珠を弾いているあのイメージですか。純情きらりの徳井優さん演じる味噌屋の番頭さんとはちょっと違いますが(笑)当方も元は丁稚から始めて大番頭までこなした商人の出ですが、時代はとうに変わっていて電卓・パソコンの時代になっており、こんな鷹揚な計算用具は使ったことがありません。といいますか小学校を出てからそろばんなんか触ったこともなかったのです。
 われわれが子供時代ですから昭和40年代前半は、まだ一般商店に電卓など入っていなく、大きな問屋や事務所で一部出始めの一台数十万円の電子計算機(なんて言ってましたな)か、もしくは手動のタイガー計算機があればいいほうで、八百屋や魚屋の店先では5珠のそろばんを40年代末頃まで使っていたものでした。問屋算盤と一般の事務用そろばんの違いは、一般の事務用算盤がかけ算・わり算の置数のために23桁や27桁の長手のそろばんなのに対し、問屋算盤は足し算引き算の帳簿計算が多いために13桁か15桁にして、そのぶん珠が大きく珠の入れ・払いの操作性を高めているような感じです。さらに問屋算盤の梁(5玉と1玉の境の横桁)には桁数が漢字で彫り込まれていて、位取りを間違えないように出来ているのが定位点というドットマークしかない普通の事務用そろばんとの大きな違いです。また後ろに板が張り付けてあって、これは一説によると客との値段交渉を他の客に悟られないいための目隠しという話もありますが、補強の為の函構造になったのではないでしょうか。番頭さんが丁稚どんの頭をひっぱたいてもばらばらにならないよう、責め具として函構造で丈夫な物になっているという話もあるようです(笑)
 この問屋算盤の多くが5珠算盤ですが、戦後の問屋算盤には普通の4珠のものも見られます。戦前の問屋算盤は梁に彫り込まれている桁の単位が「厘」まで彫られている物が比較的に古く、次に最低桁が「壱銭」、戦後の物は「円」単位になりますが、これが問屋算盤の年代確定の目安になるでしょう。また古い物はこの単位が彫り込まれているのに対して、戦後の問屋算盤は焼き印を押して色入れしただけのものがあるようです。また算盤の裏側には商店名が入っている物が多く、問屋やメーカーが各お得意先に今で言うノベルティー商品として配った事が多かったようです。それも戦前はわざわざ彫り込んで色入れしたような一手間が入った細工をしている物が多かったのですが、戦後の物は印刷になったものが殆どのようです。中には黒檀の枠に黒檀の珠、それでなくとも樺珠あたりを使った高級な問屋算盤もあるようですが、残っている多くの物はこのようなお得意さまに配った粗品の栓木(せんのき=ハリギリ)で出来た問屋算盤が殆どです。
 さて、今は4珠のそろばんだけが使われますが、昔の算盤はなぜ5珠のそろばんだったのでしょうか?どうやら学校教育で昭和13年あたりから4珠のそろばんを使い出したらしいのですが、大正末年に近い生まれの父親に尋ねたところ、「学校で使ったのは5珠のそろばんで、商売やっているところの息子は商売用のでかい算盤を学校に持ってきたのもいた」ということでした。また「5番目の珠は単なる飾りで、学校では5番目の珠に関係なく繰り上がり計算を教えていた」という話なんですが、ほんまかいな? さらに「高等科に上がった頃に下の学年が4珠のそろばんを使うようになったが、これは日中戦争が勃発して不要不急の珠を廃止したから4珠のそろばんが出来たのだ」と歴史の生き証人は断言してますが、信じていいのかどうか当方には判断がつきません(^_^;)
 さて、右脳の機能訓練のために入手した戦前の5珠と戦後の4珠の問屋算盤ですが、おまけに15桁の5珠携帯用算盤まで付いて3台でたったの1,000円。入手先は「北のウォール街・小樽」からでした。小樽は戦前まで北海道の金融および商業の中心だった古い町です。今でこそ観光の街というイメージでしょうが、戦前には対岸貿易で栄えた町でもあるのです。手垢と埃にまみれた問屋算盤はそれだけで一つの使い古された道具としての魅力はあるのでしょうが、一軒の商店の栄枯盛衰の怨念に取り憑かれているような気がして手元に置いてたまに珠を弾いてみようなどという気が起きません。今回の問屋算盤は2台とも古いながらも未使用品とおぼしき物でした。昔はこんなものが得意先から重複して何台ももらうことがあるのでしょうから、当然使われずにしまい込まれたものも多かったのでしょう。しかしこの手の物は使い手がいませんので、コレクターズアイテムの「5玉が2つある江戸末期か明治初期の問屋算盤」以外は値段がつきません。そのために2台+おまけの1台でこのような値段です。
 さっそく使ってみますが、なんか足の指でも弾けそうな珠の大きさで、入れ・払いのストロークが大きすぎて早く珠を弾けません。さらに御破算にするまえにそろばんを手前に傾けて珠を払いますが、事務用のそろばんは何でもない動作でも問屋算盤は重いので少々気合いを入れなければいけませんし、頻繁に御破算を繰り返せば左の手首がおかしくなりそう。トニー谷が振っていたのは問屋算盤じゃなかったよな?なんて書いたら歳が知れますが、問屋算盤なんてやっぱり現代の仕事のスピードにはついてゆけない計算用具なのかなぁ?それにこのご時世、消費税何%なんていう問題が絡むようになると、ますますそろばんの計算速度では仕事が成り立ちません。
 この問屋算盤、そろばん塾のCMではありませんが、珠を弾いても「ぱちぱっち」といい音がせず、どっちかというと「かしゃかしゃ」言うのは、珠が樺や柘、紫檀・黒檀みたいに固い材料じやないからでしょうか? でもまあ、右脳の体操用としては十分としておきましょう。5珠のほうは戦前の「厘」まで単位のあるもので、「糸問屋・村西商店」の彫り文字、4珠のほうは戦後の「円」単位の焼き印桁入りで「前川(株)小樽支店」名入り。おまけの携帯15桁そろばんにも「信楽・山辰商店」の名入りでした。小樽に信楽の算盤って信楽焼のタヌキでも大量に扱っていた問屋でもあったのでしょうか?(笑)

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July 03, 2006

第36回6m&DOWNコンテスト参戦

 7月第一週目の週末に開催されるのがJARL4大コンテストの夏の陣、6m and Downコンテストでしたが、みなさんの結果は如何だったでしょうか?4月末のオールJAコンテストと打って変わって今回はVHF/UHF帯以上の周波数を使ったコンテストになりますので、高得点を得ようとすれば大都市圏にGWが良く飛ような場所に陣を張って、地道に交信得点を稼いでいくのがいいのでしょう。でも日本列島の端っこに住んでいる我々もVHFの異常伝搬なんかに恵まれれば、6mあたりでかなりのマルチを稼いで高得点を得ることも可能なんですが、こればかりは偶然性の所産ですからどうしようもありません。2年前のコンテスト時は大オープンに遭遇してかなりな得点を得ることが出来たのに、昨年はほぼ10時過ぎにはEスポによるオープンも終息したために得点が延びず、今年も断続的に昼前までコンディションが上がったり下がったりを繰り返しながら、昼までにはバンド内が静かになってしまったような印象です。
 前夜から6mのコンテスト周波数帯をワッチしていましたが、夕張の丁未風致公園に陣を張る知り合いが混じった札幌のコンテストクラブの出すGWしか聞こえません。CW帯のほうも、少しは聞こえるかと期待していたのですが、さっぱり入感がありませんでした。2mで何局かにコンテストサービスしたのち、6mのCW帯をワッチし続けますと、突然22:40頃に5エリアと2エリアのCW信号が浮き上がってきました。5エリアは某電波高専、2エリアの局は三重の松阪で、このうち強く入感している三重の局にコールバックを入れてお互いに599とコンテストナンバーを交換して交信成立。残念ながら5分ほどで沈黙の世界に陥ってしまいました。その後サッカーのイングランド対ポルトガルの試合をラジオでしっかり聞いて、更にフランス対ブラジルの試合も朝までラジオで聞き、その間6mでCWの信号をワッチし続けましたが何も聞こえませんでした。ブラジルの敗戦とともに眠い目を擦りつつ洗面を済ましてCW帯をワッチし、超強力な信号が入ってきたので思わずコールバックを入れたら夕張のコンテストグループ(^_^;) SSBとデュープレックスで交信して損しちゃった(笑)この超強力GWはCW帯とSSB帯を何度も行き来し、周波数も頻繁に変わるために、その度ごとに「Eスポで強力にオープンし始めた」と勘違いさせられ、何度ぬか喜びさせられたことか(T_T)
 まったく聞こえなかったCW帯がにわかに賑やかになり始めたのは6:45過ぎの頃で。いつもの通り熊本から宮崎にかけての信号が良く聞こえ、福岡の信号がまだ少し弱いというそんな開き方でした。さっそく何局かにコールバックを入れレポートを交換して交信成立。今年からIC-551にVOXユニットが入りましたので、P.B.TUNEユニットともどもCWにおけるストレスがまったく感じられなくなりましたので、CWでコールバックを入れることが億劫ではなくなりました。まあ、最新の50メガ付きリグを買えば済むことなんですが、未だIC-551を使ってそれに入れるVOXユニットとP.B.TUNEユニットを捜すのは世間的には「変人」なんでしょうけど(^_^;)
 7時を過ぎると6エリアからのSSB信号がぼちぼち聞こえてきました。それを丹念に拾ってゆきますが、たまに自分でCQを掛けてもまったく応答が無く、イオノグラムによる臨界周波数も低下気味のため、一旦摂るつもりの無かった朝食に降りたついでに、サッカーのハイライトシーンをTVで見たりして、気が付いたら9時を回ってました。9時過ぎに上がるとSSBで2エリアあたりが強力に聞こえるようになりましたので、50.4325というかなり離れた周波数でCQを出します。そうするとかなり端っこの周波数なためにコールバックは少ないのですが、愛知・静岡・岐阜のあたりを中心にたまに神奈川・大阪のあたりからもコールバックをもらい、約1時間の間、10:15分くらいまで好調だったものの、その後は急激に聞こえる局が少なくなり、高知の局・愛媛の局・山口の局などの特定の局しか聞こえてきませんでした。神奈川からまでコールバックを受けたので、東京・埼玉・千葉あたりまで開けるかと期待したのにもかかわらず、まったくダメ。まだ聞こえるCW局にコールバックしたのちにはCW帯も静かになってしまいました。それから昼までまったく静かに時が流れ、午後から1エリアが開けるかという期待もむなしくラスト2時間残して近所のハム屋に打ち合わせに行ってしまって戦線離脱(^_^;)
 まあ、サイクルの谷間にあってここ数日のようにまったく6mが開かなかったら悲惨だなと思って、今回はCW勝負なんて思って準備をしてました。曲がりなりにも朝から10時過ぎぐらいまで断続的にオープンし、参加することに意義があると言いつつも、曲がりなりに「少しだけやった成果」のスコアを送ることが出来ただけでも結果オーライかな?(笑)
 そーいえば、去年の胆振日高コンテストで6mで交信した愛知は碧南市のOMさんと遭遇し「胆振日高コンテストの参加者を何とかお願いしますよ」と空の上で言われてしまいました。4アマ講習会の無線工学の講師の仕事が入り込んだために2日のうち前半1日しか参加出来なくなりました。去年みたいに何とか50メガで管内局としての責任を果たしたいのですが、8月も20日くらいになるともう8エリアからの50メガはよっぽどの突発異常伝搬でも起きないと、難しいかもしれません。

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