計算尺最末期のFUJI No.1280-T
昨年、HEMMIの電子用計算尺のNo.266を捜していたときに、わざわざ要らないかと電話をもらったのにそれを辞退してしまったのがFUJIの両面計算尺でした。その電話の主によるとHEMMIで計算尺の生産を止めたために仕方が無く入手したのがFUJIの両面計算尺で、昭和の53年頃の事だということでした。その時はNo.266に比べればそう珍しいものではなかろうと思っていましたが、FUJIの計算尺は数が少ない為か、その後入手する機会が無く、今年になって片面尺を2本入手したものの両面尺は初めてです。技研からFUJIに至るプラ製計算尺の系譜にあって、両面計算尺はHEMMIのOEMとして各種のプラスチック製両面計算尺を生産しているのにも係わらずFUJIブランドの両面尺はかなり後の時代の物しか見ていません。技研時代から両面計算尺は生産されていたはずなんですが、両面計算尺はFUJIになってからのNo.330とNo.1280シリーズしか見たことがないので、もしかしたら主に東南アジア向けとして輸出のみの扱いだったかもしれません。又、今見かけるFUJIの両面尺は全て昭和40年代末期から昭和50年代にかけての生産だと思われます。No.330とNo.1280の違いは330が22尺、1280が23尺でお互いにP尺を備え、裏のA,B,C,D尺に延長尺を備えますが、No.1280は裏カーソルに円の断面積計算とPS-kW 換算用の副カーソル線を備えます。双方とも√10切断ずらし尺装備で、工業高校の生徒の検定上級受験用目的で作られたものでしょう。
このFUJIの両面尺の末尾記号、D,S,Tの違いはどこにあるのか良くわかっていません。FUJIでも2125に限って考えると、基本的に尺の配置などはかわっていませんが、パーツの構成が変わり、滑尺に色が付き、さらにゲージマークが追加されるなどに従ってB,C,Dの刻印が打たれたような感じです。ただ言えることはアルファベット順に新しく改良されたということは間違いのないようです。裏面から似た姿はどこかで見たことあるようなと考えたら、どうもドイツの文房具メーカーFABER CASTELLの両面尺に似ているんですね。プラ素材といい、ブリッジのデザインといい、上下固定尺の長さが同寸で、滑尺がグリーンだったりして(笑)でもFUJIの両面尺は本家FABER CASTELLより相当分厚いプラ製両面尺です。
しかし、改良品に新たなモデルナンバーを付番するというのはHEMMIでは考えられないことなんですが、FUJIが盛んに改良ナンバーをつけるのは規模の小さな会社故のことでしょう。流通在庫が多くなると、新たな改良品を発売した際に古い物が問屋経由で返品されたりすることがよくあります。そのために大きなメーカーでは流通在庫を考えて、新たな改良を加えてもモデルナンバーを変えない事が多いのですが、HEMMIではNo.251やNo.255と259が途中でLL尺の配置をまるっきり変えても同じ品番で通しました。それに対して製造数が始めから少ない弱小メーカーは目新しさを強調して新たな発注を獲得するために、どうでもいいマーナーチェンジを実施して新しい商品をでっち上げることはよくやる手です(笑)HEMMIでは、さすがにDI尺を増やした物は新たなモデルナンバーにせざるを得ませんでしたが、これは大手の内田洋行なんかの顔色を伺っての処置だったと考えます。内田洋行は毎年学校向けに分厚い目録を配りましたが、その年度途中で品番が変わり、前モデルが製造中止になるということがまずかったのでしょう。さらにプラ尺のPシリーズなんかも途中で三角関数目盛の単位が変わったり、ゲージマークが変わったり、さらに滑尺に尺色されようが元のモデルナンバーを貫きますが、FUJIではこういう改良にいちいち末尾につけるアルファベットで改良ナンバーとしていたような節が見受けられます。No.1280-SからNo.1280-TになったのはLL0と-LL0の2尺が追加になったためで、これでついにHEMMIでいうとNo.260相当、RICOHでいうとNo.151相当の高級計算尺と化してしまいました。さらに1280-Sは三角関数系がST,T,SだったものがT2,T1,Sに変わりP尺を含めて3尺も追加になったなら別な品番でも良かったような気がします。昭和50年を過ぎるとこの手の需要は工業高校の特納だけで、品番シールにも「工業高校用」と記されています。ところが、No.1280-Dという両面計算尺がありまして、こいつはNo.1280-Tと同じLL0と-LL0付きでP尺も備える全25尺の計算尺ですから話がややこしくなります。1280-Dと1280-Tの違いは三角関数部分がD付きはST,T,Sで1280-Sと同じようで、それを考えるとNo.1280-TはNo.1280-Sから進化したものではなく、No.1280-Dのほんの些細なマイナーチェンジ版と言えそうです。
HEMMIの機械計算用計算尺No.259Dと機能を比べるとLL0,-LL0尺が省略されていたNo.1280-Sに対してNo.1280-TはついにLL0,-LL0を追加したフルLOGLOG尺になったため、べき乗計算は同等。1280はP尺を備えるのでCOSθがより高精度で求めることが出来る。三角関数は互角、但し1280-Tは√10切断ずらし尺のため、技術用に使うのであればやはりπ切断ずらし尺の方が有利。ゲージマークはFUJIのほうが豊富で、表面のCI尺にもπがあるので√10切断をカバーし、裏のC尺には2πマークがあるので電子工学の共振周波数などの計算には有利です。
HEMMIのOEMで生産していた頭にPの付くプラ製計算尺は、計算尺の裏側に固定尺を繋ぐブリッジがありましたので、表面を使う分には机の上に置いて使うことが出来ましたが裏面を机の上に置いて使うことが出来ませんでした。これがプラの両面尺の欠点として指摘されたことなのか、FUJIの両面計算尺は表に裏側とネジで繋がったスタッドが4カ所付き、裏面を使用するときでも机の上に置いてカーソルを動かすことが出来ます。そこまでして裏側のみのブリッジによる固定にこだわる必要があるかどうかはわかりませんが、表面に固定尺同士を繋ぐブリッジが無いために滑尺操作は片面計算尺に似たようなものになります。ただ丸いスタッドはいかにも取って付けたような、デザイン的にはかなりの「違和感」を感じさせるものです。もっとなんとかならなかったのかと思うのは当方だけではないでしょう。カーソルは頑丈な一体型を思わせる物で、4カ所のネジ穴からヒビが入る従来のPタイプ・プラ尺の欠点を克服してますがカーソルとしては過去の両面尺中一番のいかついカーソルです。裏にはPSとkW換算ならびに円の断面積計算用の副カーソル線を備えます。
この計算尺の入手先は播州は小野からでした。小野というと慶長期以降から400年も続く播州そろばんの特産地で、そこから計算尺を入手するというのも同じ計算用具繋がりで面白い偶然ですが、今回のFUJI No.1280-Tは未使用新品で外箱こそ失われていましたが当方が手を出すものとしては珍しく説明書付きでした。ケースごと手にしたときの印象はとにかく「重い」ということ(笑)2125Dのときもそう感じましたが、今回の尺は更に厚みも増したので尚更です。刻印が無いのでわかりませんが、推定製造年はおそらく昭和52年以降ではないでしょうか。残念ながら未使用品ゆえに日常使用するわけにはいきませんが、袋はHEMMIやRICOHのように封がされているわけではなく、単に口の開いたビニール袋に入れられているだけですから袋から出してスキャナーに掛けることは出来ました(笑)
特徴のある裏側の画像です。
Cマークに相当する副カーソル線をD尺の2に置いていますので、主カーソル線でA尺上がπになりますが、なぜだかわかりますよね?(笑)
FUJI No.1280-T 表面拡大画像はこちら
FUJI No.1280-T 裏面拡大画像はこちら
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