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August 31, 2006

初めての再免許状到着

 無線局免許状には殆どの場合期限が付いていまして、アマチュア局は外国籍で永住者以外の外国人が開設する局を除き(ややこしい)5年の期限が付きますが、アマチュア局以外で免許状に期限のつかない無線局がありまして、どんな局かご存じでしょうか?(笑)ということで、我々は例外なく5年の期限が到来する1ヶ月前までに再免許の申請手続きをしなければ、改めて新規の開局申請をしなければならないのです。古いコールサインの再割当を申請できなかった頃にこの再免許の手続きを忘れてしまい古いコールサインを流してしまったとか、免許が流れてしまっているのに知らないでそのまま運用していたとか、落成検査受けて取得した500W局を流してしまい、新規の落成検査を取る気が失せて200Wの申請に甘んじたとか、そういう悲喜劇が我が町でも何度もあったらしいのですが、再免許の申請に関する制度が変わって、以前は免許の期限が到来する3ヶ月前までだったのが、現在では免許の期限が到来する1年前に遡って再免許の申請が可能になったために「再免許申請を忘れる」というリスクが少しでも少なくなったような気がします。
 我が貧乏電波研究所の移動局免のほうが10月15日に有効期間の満了を迎えるため、いつ再免許の申請書を出そうかと思案していたのですが、書き慣れた無線局事項書及び工事設計書が昨年5月に新しくなり、裏の書き方が再免許の時、一部省略できるのかそれともびっしり書き込まなければいけないのかうだうだ考えているうちに通常の免許満了日の3ヶ月前になってしまいました。なにせ移動局の許可申請無線機が7台で、それも技適機が1台だけですから6台分調べて書くのも面倒くさいと思い、結局すべて「変更無し」の記載で申請書に3,100円の収入印紙を貼って返信用の封筒と書類受理の返信用ハガキを添えて7月25日頃に出しました。すぐに書類受理のハガキが届き、「書類の不備があれば返送します」などというハンコは押されていたので、いつ工事設計書を再提出しろというお達しが来るかと思っていたら音沙汰がなく、JAIAアワード運用で再免許申請の事など忘れかけていた8月18日にいきなり総通局から新しい免許状と無線局免許証票が7枚送られてきました。再免許の場合は免許の有効期限が到来する2週間前くらいに新しい免許状が届くのかと思ったら、先付けの免許状が審査後すぐに発行されるのですな(^_^;) そうすると有効期限の到来する1年前に再免許申請を出すと、3週間後くらいに約11ヶ月後の先付け新局免が届く可能性があるわけです。その11ヶ月間に新たに無線設備の変更が生じることがあるでしょうから、そうなったら変更申請が受理されるたびに先付け局免がさらに何回も発行される可能性があるわけです。面白いから今度やってみようかしら(^_^;)
 8エリアで現状まだ割り当てられているJL8コールもすでに昨年6月から5年の再免許発行となりましたがJL8AAAからJL8AZZまでをサンプリングして再免許申請率を調べたら50%を切っていたそうです。JL8コールも未だ真ん中を過ぎた辺りの割当が進行中なのに、すでに頭の方は再免許時に半分が廃局した事になります。HFの割当がある局の再免許率がやはり多い傾向にあるようですが、当局も4アマのまま144/430のハンディ機もしくはモービル機だけで5年過ごしたのなら、やはり話し相手がいなくてコールを流してしまったかもしれません。5年のうちの1年半はまったく交信せず、実質的に交信が解禁になってこの8月で丸三年。3年で3,600局の交信はさほど無線ばかりしていたという交信数ではありませんが、少ないという数でもないでしょう。そういえば同じ4アマ講習組でコールサインがごくごく近い市内のJL8局が18メガ割当の検索に新たに引っかかってビックリ。このトラ運氏も3アマ養成講習のおかげで晴れて4アマ講習同期生で2番目に3アマになったらしいのです。残念ながらコールサインでググっても何にもヒットしないから、仲間以外とは交信しないんでしょうが、本当にHFのリグ持っていて許可申請出したんかいな?(笑)最近の3アマ講習組、仲間からの入れ知恵で144/430のリグしか持っていないのに10,14抜きのHFオールバンドの局免を持っているのが普通だし…。いちおう3アマになったということを強調するために144/430の局免50W,QRO化だけでなく18メガと1.9メガを局免に加えることが一種のステイタスなんだそう
です(^_^;) そういや市外の去年10月3アマ講習組のユニック付きトラックの運転手さんが「最近、144/430もやたらとハイパワーが多くなって、郊外ならともかく市街地でも平気で50Wで声を出し合うダンプが多いから、かなり遠くでもカブりまくってしまい、ダンプの奴らは困る」なんて嘆いていましたが、同じトラックの世界でも業種によって微妙に反目があるようですな(笑)

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August 30, 2006

HEMMI No.153 電気用計算尺

Sun お盆休み突入前に入手した10インチダルムスタッド尺No.130でしたが、当方の入手する汚い計算尺の例に漏れず「説明書・ケース無し」でした。説明書あたりは英語版で構わなければどこかの国のHPにヒットするのですが、ケースだけはネットで入手するわけにも行かず、久しぶりに菓子箱あたりの分厚いボール紙の貼箱を捜してきて、文字道理切った張ったで片面計算尺用の貼箱を1つ作ってしまいました。100円ショップで貼箱製作のための粘着シート式の擬皮紙が売られているので、そこそこ良い物が出来るようになり、有り難いのですが、No.P24のケースだけはどうしても作る気がしませんねぇ(^_^;) ゆくゆくは皮ケース製作のための木型と型紙を起こして輸出仕様のベルトキーパー付き皮ケースなんぞを作ってやろうという野望を持ってますけど、今の世の中、「ないものは自作する」という精神がなくなってしまいました。「そんな時間があったらもっと有意義に使う」なんていう人こそ、何も残らない無駄な時間を過ごしているのではないかと、酒も煙草も止めて久しい当方は考えるのですが(笑)
 ところで、戦前の計算尺というとやはりHEMMIが一社で気を吐いていた感じで、他のメーカーは学童用なんかに相当する簡単なものを作る指物師が営んでいる四畳半工場しかなかったというのが実状でしょう。そのHEMMIとしても殆どは外国製計算尺の亜流というべき計算尺の生産でしたが、特筆すべきは昭和一桁の時代から内田洋行という大きな教材商社と太い繋がりがあって、その内田洋行の後ろ盾で国内や海外に向けて計算尺の生産を拡大し、モデルも飛躍的に増えて行くのです。その戦前製計算尺にあって、専門分野の用途として作られたのが電気用の計算尺で、これには片面尺のNo.80シリーズと両面尺のNo.152とNo.153がありました。HEMMIの両面計算尺は技術用のNo.150と電気用のNo.152が共にHEMMI製両面計算尺第一号で、昭和4年のことでした。その後No.150は戦後にNo.250に取って変わられ、No.152は昭和6年発売のNo.153と終戦直後まで併売された後フェードアウトします。戦前の物はHEMMI計算尺の常でモデルナンバーの刻印はありませんが、No.153は戦中戦後を生き抜き、電気用両面計算尺No.255が発売され、その255がNo.255Dにモデルチェンジした後もしぶとく生き残り、その生産は昭和45年8月製のものまで確認されています。従ってまったくのモデルチェンジなしに40年近く生産されていたという驚異の記録を持つ計算尺なのです。それだけ長く生き残ったのも電気関係の技術は電子工学と異なり、ほぼ完成された技術ですので、このような古い計算尺でも十分にその機能を発揮することが出来たこと。また、余計な尺まで買わされるNo.255よりもシンプルでかつリーズナブルだったことも大きいかも知れません。何とか変電所というネームの入ったNo.153を見かけたことがあります。No.255の直接のご先祖はNo.155という電気計算尺ですので、No.153の発展した物がNo.255ではありません。No.153の幅は後のNo.250やNo.251のサイズの原型になったもので、普段255などの両面尺を見慣れた目からすると、かなりスリムな計算尺に見えます。
 戦前のHEMMI計算尺というと、やはり国内・海外を問わずコレクターには人気で、同じ機種でも戦後の物よりはかなりの高額で取り引きされているようです。ということで「"SUN"」マークの戦前HEMMI尺は、いいなぁと思ってもやはりコレクターにさらわれてしまうため、いままで縁がなかったのですが、今回ひょんな事で戦前HEMMIの両面計算尺を入手しました。戦前尺ですからモデルネームがありませんが、PAT.1458857が打たれています。同じパテントナンバーがNo.152にも打たれてますので、電気関係の尺度に関するパテントなのでしょう。電気関係といいましても当方は送電関係ではなく屋内配線系電気工事士ですから、電気系計算尺の有効利用の機会、特に送電線を張るために必要な双曲線関数はまったく必要ありません。とはいえ一応電気系資格持ちですからまったくの異分野の計算尺に手を出したということでないことは、言い訳しておきます(笑)No.153は交流の位相に関する角度とラジアンの変換や双曲線関数などを除けばA,B,C,D尺の両面計算尺で、べき乗尺のLL1,LL2,LL3を備えるのは戦前の計算尺でも珍しい存在です。また、後のNo.255以上に各種ゲージマークが豊富である事も特徴で、2πマークまで備えているのは他にHEMMIではNo.266あたりの電子工学用しか知らないなぁ。そのため、LOGLOG尺のNo.157が出てくる以前には電気関係以外の分野でも不思議と使われたようなフシがあります。ただ不満なところはC尺D尺の4から5の部分の目盛が1/20となっているところで、これは2664S以降の片面計算尺並に1/50であって欲しいところでしたが、考えてみると両面計算尺でC,D尺の4から5までが1/50で刻んである物はNo.266とかNo.P253系統、254WN以降の高校用計算尺なんかに限られるようです。それに比べるとRICOHの両面尺は殆ど1/50刻みです。ほかにHEMMIの両面尺でC,D尺の4から5までが1/50刻みになっている機種にどんなものがあるか、暇な人は調べてみましょう(^_^;)
 このNo.153の出所は尼崎からでした。「下妻物語」ではヤンキーとヤンキー予備軍の町、そして生まれてすぐにジャージーを着せられ、そしてジャージーを着せられたまま死んでゆく町などと揶揄されているあの尼崎からです(笑)そういや友人が送ってくれた我が2本目の計算尺であるNo.64も尼崎の某鋼線メーカー実験室からここにやって来たんじゃないですか(^_^;) 戦前のNo.153はセルが黄色く変色し、金具には錆が浮きまくっているのが多い中にあって、このNo.153はセルが煤けているのは仕方がないにしても、金具がきれいなことは特筆物で、カーソルのメッキさえも曇っていないのは、これが本当に70年前の計算尺かと疑わせるほどのコンディションでした。しかも、ケースなど失われていたかと思いきや、皮ケースが付属していたことに驚きました。もっとも日中戦争突入後で、物資がだんだんと統制されてきた時代の尺だからか、皮ケースはボール紙の表面にしぼ皮の模したものを張り付けた物。蓋はボール紙だと耐久性に欠けるので、ステープルファイバーの薄布を3枚重ねた物の表面にしぼ皮を模した物を張り付けたオールペーパー系素材で作られていました。皮ケースでないことが幸いして湿気をさほど引かずに戦前尺ながらかなりいい状態で出てきた物と思われます。同時におびただしい数の工具が出品されていましたので、電気系の廃業町工場あたりの引き上げ品に混じっていたのかもしれません。しかし、戦争以前の計算尺の目盛を透かして、若者がどういう未来を見ていたかと考えると「幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました 幾時代かがありまして 冬は疾風吹きました」の一節を思い出し、その歴史の重みを感じます。そういうのって計算尺鑑賞道でしょうか?イカン イカン(^_^;) そういえば固定尺と滑尺の竹の組合せ方が戦後の両面尺と異なります。基本的にこのNo.153は表と裏の2ピースの竹に凸と凹の竹を組み合わせたような構造になっていました。
 煤けてはいますが状態も良く、70年の風合いを残してこのままにしておくか、磨いてピカピカにするべきか試案のしどころでしたが、パソコンクリーナで磨いたら昭和40年代のNo.153のような感じに(^_^;) カーソルガラスをレンズクリーナで磨いたら赤の塗料が取れてしまいましたので、ポスカを溝に塗り込んで乾いたところでガラスを磨き、色上げが完了。
 そういえばNo.153の最終ロットで定価が6,000円の未開封新品が出品されていました。さすがに製造期間がほぼ40年ですからそうは珍しい物ではないのですが、あの値段設定はちょっとねぇ(笑)みんな夏休み明けで資金不足の状態でしょうし…
No153
御年70歳になろうとする計算尺にはまったく見えないほど…
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August 24, 2006

計算尺最末期のFUJI No.1280-T

 昨年、HEMMIの電子用計算尺のNo.266を捜していたときに、わざわざ要らないかと電話をもらったのにそれを辞退してしまったのがFUJIの両面計算尺でした。その電話の主によるとHEMMIで計算尺の生産を止めたために仕方が無く入手したのがFUJIの両面計算尺で、昭和の53年頃の事だということでした。その時はNo.266に比べればそう珍しいものではなかろうと思っていましたが、FUJIの計算尺は数が少ない為か、その後入手する機会が無く、今年になって片面尺を2本入手したものの両面尺は初めてです。技研からFUJIに至るプラ製計算尺の系譜にあって、両面計算尺はHEMMIのOEMとして各種のプラスチック製両面計算尺を生産しているのにも係わらずFUJIブランドの両面尺はかなり後の時代の物しか見ていません。技研時代から両面計算尺は生産されていたはずなんですが、両面計算尺はFUJIになってからのNo.330とNo.1280シリーズしか見たことがないので、もしかしたら主に東南アジア向けとして輸出のみの扱いだったかもしれません。又、今見かけるFUJIの両面尺は全て昭和40年代末期から昭和50年代にかけての生産だと思われます。No.330とNo.1280の違いは330が22尺、1280が23尺でお互いにP尺を備え、裏のA,B,C,D尺に延長尺を備えますが、No.1280は裏カーソルに円の断面積計算とPS-kW 換算用の副カーソル線を備えます。双方とも√10切断ずらし尺装備で、工業高校の生徒の検定上級受験用目的で作られたものでしょう。
 このFUJIの両面尺の末尾記号、D,S,Tの違いはどこにあるのか良くわかっていません。FUJIでも2125に限って考えると、基本的に尺の配置などはかわっていませんが、パーツの構成が変わり、滑尺に色が付き、さらにゲージマークが追加されるなどに従ってB,C,Dの刻印が打たれたような感じです。ただ言えることはアルファベット順に新しく改良されたということは間違いのないようです。裏面から似た姿はどこかで見たことあるようなと考えたら、どうもドイツの文房具メーカーFABER CASTELLの両面尺に似ているんですね。プラ素材といい、ブリッジのデザインといい、上下固定尺の長さが同寸で、滑尺がグリーンだったりして(笑)でもFUJIの両面尺は本家FABER CASTELLより相当分厚いプラ製両面尺です。
 しかし、改良品に新たなモデルナンバーを付番するというのはHEMMIでは考えられないことなんですが、FUJIが盛んに改良ナンバーをつけるのは規模の小さな会社故のことでしょう。流通在庫が多くなると、新たな改良品を発売した際に古い物が問屋経由で返品されたりすることがよくあります。そのために大きなメーカーでは流通在庫を考えて、新たな改良を加えてもモデルナンバーを変えない事が多いのですが、HEMMIではNo.251やNo.255と259が途中でLL尺の配置をまるっきり変えても同じ品番で通しました。それに対して製造数が始めから少ない弱小メーカーは目新しさを強調して新たな発注を獲得するために、どうでもいいマーナーチェンジを実施して新しい商品をでっち上げることはよくやる手です(笑)HEMMIでは、さすがにDI尺を増やした物は新たなモデルナンバーにせざるを得ませんでしたが、これは大手の内田洋行なんかの顔色を伺っての処置だったと考えます。内田洋行は毎年学校向けに分厚い目録を配りましたが、その年度途中で品番が変わり、前モデルが製造中止になるということがまずかったのでしょう。さらにプラ尺のPシリーズなんかも途中で三角関数目盛の単位が変わったり、ゲージマークが変わったり、さらに滑尺に尺色されようが元のモデルナンバーを貫きますが、FUJIではこういう改良にいちいち末尾につけるアルファベットで改良ナンバーとしていたような節が見受けられます。No.1280-SからNo.1280-TになったのはLL0と-LL0の2尺が追加になったためで、これでついにHEMMIでいうとNo.260相当、RICOHでいうとNo.151相当の高級計算尺と化してしまいました。さらに1280-Sは三角関数系がST,T,SだったものがT2,T1,Sに変わりP尺を含めて3尺も追加になったなら別な品番でも良かったような気がします。昭和50年を過ぎるとこの手の需要は工業高校の特納だけで、品番シールにも「工業高校用」と記されています。ところが、No.1280-Dという両面計算尺がありまして、こいつはNo.1280-Tと同じLL0と-LL0付きでP尺も備える全25尺の計算尺ですから話がややこしくなります。1280-Dと1280-Tの違いは三角関数部分がD付きはST,T,Sで1280-Sと同じようで、それを考えるとNo.1280-TはNo.1280-Sから進化したものではなく、No.1280-Dのほんの些細なマイナーチェンジ版と言えそうです。
 HEMMIの機械計算用計算尺No.259Dと機能を比べるとLL0,-LL0尺が省略されていたNo.1280-Sに対してNo.1280-TはついにLL0,-LL0を追加したフルLOGLOG尺になったため、べき乗計算は同等。1280はP尺を備えるのでCOSθがより高精度で求めることが出来る。三角関数は互角、但し1280-Tは√10切断ずらし尺のため、技術用に使うのであればやはりπ切断ずらし尺の方が有利。ゲージマークはFUJIのほうが豊富で、表面のCI尺にもπがあるので√10切断をカバーし、裏のC尺には2πマークがあるので電子工学の共振周波数などの計算には有利です。
 HEMMIのOEMで生産していた頭にPの付くプラ製計算尺は、計算尺の裏側に固定尺を繋ぐブリッジがありましたので、表面を使う分には机の上に置いて使うことが出来ましたが裏面を机の上に置いて使うことが出来ませんでした。これがプラの両面尺の欠点として指摘されたことなのか、FUJIの両面計算尺は表に裏側とネジで繋がったスタッドが4カ所付き、裏面を使用するときでも机の上に置いてカーソルを動かすことが出来ます。そこまでして裏側のみのブリッジによる固定にこだわる必要があるかどうかはわかりませんが、表面に固定尺同士を繋ぐブリッジが無いために滑尺操作は片面計算尺に似たようなものになります。ただ丸いスタッドはいかにも取って付けたような、デザイン的にはかなりの「違和感」を感じさせるものです。もっとなんとかならなかったのかと思うのは当方だけではないでしょう。カーソルは頑丈な一体型を思わせる物で、4カ所のネジ穴からヒビが入る従来のPタイプ・プラ尺の欠点を克服してますがカーソルとしては過去の両面尺中一番のいかついカーソルです。裏にはPSとkW換算ならびに円の断面積計算用の副カーソル線を備えます。
 この計算尺の入手先は播州は小野からでした。小野というと慶長期以降から400年も続く播州そろばんの特産地で、そこから計算尺を入手するというのも同じ計算用具繋がりで面白い偶然ですが、今回のFUJI No.1280-Tは未使用新品で外箱こそ失われていましたが当方が手を出すものとしては珍しく説明書付きでした。ケースごと手にしたときの印象はとにかく「重い」ということ(笑)2125Dのときもそう感じましたが、今回の尺は更に厚みも増したので尚更です。刻印が無いのでわかりませんが、推定製造年はおそらく昭和52年以降ではないでしょうか。残念ながら未使用品ゆえに日常使用するわけにはいきませんが、袋はHEMMIやRICOHのように封がされているわけではなく、単に口の開いたビニール袋に入れられているだけですから袋から出してスキャナーに掛けることは出来ました(笑)
No1280t_1
 特徴のある裏側の画像です。
Cマークに相当する副カーソル線をD尺の2に置いていますので、主カーソル線でA尺上がπになりますが、なぜだかわかりますよね?(笑)
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August 19, 2006

HEMMI No.30 4"ポケット型計算尺

 個人的にあまり4インチ5インチのポケットタイプの計算尺は好みではなく、さらにポケットタイプの計算尺はABCD尺配置のマンハイム型が多く、実際に普段使いにするならNo.30やNo.32さらにNo.34RKという選択肢はなく、√10もしくはπ切断ずらし尺のあるNo.2664Sのサブセット・No.2634かNo.259Dのサブセット・No.149Aしかないというところですが、それにしても精度的には10インチの計算尺を使いたいところです。アメリカ製のピケット社製10インチ計算尺なんぞは標準の皮ケースにベルトに引っ掛けるフックなんかが付いているところを見ると、アメリカのエンジニアはポケット尺を文字通りシャツのポケットに忍ばせるというよりは、フルサイズ10インチの計算尺を腰からぶら下げるほうが好みなのでしょう。日本は真逆で10インチ尺はあくまでもデスクトップユースで、現場ではポケット型を使うというような「使い分け」が厳密に出来ていたような感じがします。日本の計算尺では輸出用以外にあまり出来の良い皮ケースが無いのと、輸出向け計算尺の皮ケースにちゃんとベルトフックが付いていたりするのを見てもわかるような気がしますが。日本の刑事はニューナンブの短銃身型を携帯するのがせいぜいなのに、SFPDのハリー・キャラハン刑事は44マグナムの6,1/2インチ銃身のものを脇にショルダーホルスターでぶら下げているという例えは該当しません(^_^;)
 当方も現場に計算尺を持ち歩くという必要は全くないために、わざわざポケット尺を入手する必要がなく、昔から家にあったNo.2634と他には30年代のガラスレンズカーソル付きNo.32およびプラカーソル付きのNo.74しか所持していませんでした。この中ではNo.2634が計算尺界のスタンダード、No.2664Sのサブセットとしてその精度の差さえ目をつぶれば日常では比較的に使いやすいポケットタイプなのですが、つい最近まで店頭で入手する事が出来たNo.30はA,B,CI,C,Dというマンハイム尺であることが災いして触手が伸びることはありませんでした。ところが一気に2本も同時に入手してしまったのですから「また使わない計算尺を…」と呆れられそうですが、その2本のNo.30は企業のノベルティー商品として配られた物で、外箱と説明書は無いもののビニール未開封で、さらに豚皮ケースにガラスカーソル付きというものだったので思わず手を出してしまったものです。
 No.30は歴史の実に長い計算尺で、発売されたのは何と昭和の2年(@_@;) 同じナンバーで戦前のものと、戦後のものには相違点があり、戦後のNo.30には「CI尺」が追加され、より使いやすいものになってますが、戦前のNo.30にはバックプレートにSUNマークが抜き出された物があったりして、コレクターには喜ばれるようです。さらに昭和40年代からカーソルがプラスチックの一体型に変わっていますが、昭和2年から21世紀となったついこの間まで銀座伊東屋などの文具店店頭で最後まで売られていたということは、大正生まれの9600型蒸気機関車が結局、昭和生まれの蒸気機関車より長く生き残り、一番最後まで煙を上げ続けたことを連想するのは、わたくしが単なる蒸機ヲタだからですが(笑)個人的にはプラスチックの一体型カーソルの片面尺が嫌いで、同じモデルなら30年代のガラスカーソルのものがいいと思ってましたが、今回入手したNo.30のカーソルも金属の枠にガラスがはまった物でした。
 ところで、No.30はモデルナンバーの刻印がないほうが多いと思うのですが、今回入手したNB刻印・昭和38年2月製のものには裏側にモデルネームのNo.30がしっかりありました。奇しくも当方所有のNo.32は同年同月製造のNB刻印で、尺自体は共通でカーソルの違いだけのはずなのに、こちらにはNo.32という刻印はありません。No.30とNo.32は普通のカーソルかレンズカーソルかの違いですから、カーソルさえ付け替えればどちらのモデルとしても出荷出来るはずですから、無刻印にしておいて受注数によってカーソルだけ付け替えて出すようにしたほうが合理的です。そんなわけで、モデルネームNo.30が打ってあるものがいつ頃の製造刻印のものに出てくるのか、興味があるところです。

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August 18, 2006

計算尺末期のHEMMI No.P261

 我が家に転がる計算尺もすでに40本を過ぎてしまい「所持資格に関係ない計算尺には手を出さない」非コレクター宣言をしていたのにも係わらず、土木用計算尺HEMMI No.269あたりに触手を伸ばした辺りからそれも怪しくなり、今では立派な計算尺極道=コレクター(似非コレクター)に転落してしまいました。とはいえ、基本的には電子工学+電気+化学の分野が基本ですが、その3分野には今では日常業務に計算尺が入り込む余地がありません(^_^;) 唯一無線系国家試験にのみ計算尺使用可で電卓使用不可の変則的制限が残っていますので、いつかは計算尺を持ち込んで技術上級をと思いつつ、航空無線通信士取得後は2陸技の受験に踏み込めず、別な分野に飛び込んでしまいました。だって、無線系国家試験も技術上級は受験料もバカになりませんから(笑)とりあえず今まで10種類の無線従事者免許のうち、不合格や科目合格通知は一枚ももらったことがありませんので、その記録が途絶えるのもいやですし(爆)
 今回入手しましたHEMMIのNo.P261という計算尺は用途としては機械技術用計算尺の類に入るのですが、どうもNo.259DやNo.260と比べて影の薄いような気がします。それというのもプラスチック製でもあり、製造期間も他の2モデルと比べて製造期間が短かったからなのでしょうか?259Dや260と比べると出回っている数も少ないような気もしますが、ピタゴリアン尺を持つ希少なHEMMIの計算尺として貴重な存在かも知れません。うちに転がっている計算尺でP尺を備えるものは、他にHEMMIのNo.260とRICOHのNo.151以外には見当たりません。ということで、高級機械技術用というべき存在とも言えるのでしょうが、計算尺のベースは先行して発売されたプラ製両面尺のNo.P253と同じものになります(当然、幅はP261のほうが広い)。そのためにあまりありがたみを感じさせないのでしょうか?実はこのP261は恐ろしく見かけの異なる2タイプの物が知られており、殆どのものはP253同様に固定尺滑尺共に普通の白で、固定尺と固定尺を繋ぐブリッジの樹脂が緑のものなのですが、末期の物に限って滑尺が薄い青の成形色になり、ブリッジの樹脂やカーソルのブリッジなども共に薄い青の成形色になったものがあります。これは学生尺のP45SやP45Dなどと同じで、明らかに山梨は技研の手法ですからこのP261もヘンミの和光工場製ではなく山梨は甲府生まれの計算尺なんでしょう。ちなみにP261のケースはP253と違い最初から塩ビのブロー成形のものだったようで、初期のものは後のリコーの両面尺用ケースそっくりの角が丸い赤い蓋のケース(P263共通?)、後に同じ角が丸い青蓋のものに代わり、末期の物は割に角張った青蓋のケースに変わりますが、何とこのケースはFUJIの両面尺用ケースにそっくりです(^_^;)
 さて、このP261の滑尺の色が薄い青に変わったのはいつ頃なのでしょうか?この計算尺自体の数が少ないために「いつから」ということを確かめるのは困難なのですが、昭和44年6月製造のものが白滑尺緑パーツで角丸青蓋ケース入りなのでそれ以降のことと思いますが、これ以降計算尺の需要は急速に落ち込みますので、この薄青滑尺青パーツのP261はあまり「売れなかった」計算尺だったのかもしれません。それにしては廃業文房具店での捕獲例もあまり聞かないような。つくばから帰省してきた1総通1陸技で1アマ持ちの友人は父親が電気技術者だった関係で何本も計算尺を持っていて、十数年前には都内でも何本か計算尺を普通に購入していたそうです。その男は実際に1陸技試験という実戦の場で計算尺のありがたみを享受した口なんですが、その男が我が家にやってきて、FUJIのNo.215Dの薄い緑色の滑尺を見てその視認性に感心していましたが、ピケットのESはやりすぎだと思いながらも日本製計算尺もCIF目盛のグリーンだけでなく、もう少し計算尺の色に配慮してくれたらコレクションも華やかになったはずですが、計算尺なんぞ所詮人間工学うんぬん以前の時代の産物ですからあの白地に黒の目盛を見て精神的にイラつこうが何しようが配慮のないものでした。その視認性の改良をヘンミではなく山梨の技研産業が率先してやってくれたというのが素晴らしいではないですか。特に検定向き計算尺として技研時代から続いた技研No.251からFUJIのNo.2125〜2125Dに至る片面計算尺は同一の計算尺ながらFUJIのNo.2125Cになって滑尺が緑の成形色に変わったようです。特にこの2125シリーズのしんがりを勤めるNo.2125Dは殆ど計算尺末期の昭和50年前後の品物ながらNo.2125Cとどこが違うのかと良くみたら、どうやらC尺上に「2π」マークがあるかないかの違いが一番の相違点で、1/2πを多用する電子工学系に使うのだったら2125Dのほうが圧倒的に有利です。
 このP261の尺配置は表面は普通のべき乗LL尺付きのπ切断ずらし系尺ですから、おそらくモデル名を隠して表だけ晒されると機種を特定するのが困難かもしれません。ただし裏面は滑尺上から三角関数が消え、代わりにABCD尺のマンハイムライクな配置ですが(本来はダルムスタットだそうです)、特筆すべきは滑尺上にBI尺を備えることと、上固定尺にTとST尺、下固定尺にL尺P尺S尺を備えますので、裏面を見せられただけでもわかる人にはP261だということが識別可能のレーダーマンだと思います(って思いっきり古い^^;;;)No.259Dと機能的な比較をすると、べき乗計算はLL0,-LL0が省略されているP261が若干不利。二乗・平方根を含む計算はBI尺を備えるP261が有利、三角関数系は互角ながらP261はP尺を備えるのでCOSθがより高精度で求めることが出来る。P261は裏面カーソルに副カーソル線を備えるのでPSとkWの換算及び円の断面面積計算が楽など、P261はプラスチック尺ながら、P253と違ってなかなかの高級技術系指向の計算尺であることがわかると思います。
 入手先は神奈川県の川崎市。工業地帯のど真ん中からですが、まだまだ中古の計算尺辺りがリサイクルショップに埋もれているかもしれません。いつもですと外国からの代理入札が入りそうなのですが、外国は夏のVACATIONの真っ最中ですし、お盆の帰省シーズンということもあり、外国のコレクターもしばしのお休み。こないだのNo.130同様に、またまたさほど苦労せず捕獲に成功。これ通常タイプだったら躊躇したかもしれませんが、末期型の薄青滑尺タイプだったので躊躇せずに捕獲しました。このP261の兄弟尺にフルLL尺装備で裏面がリッツ系配置のP262というものがあるようなのですが、未だにお目に掛かったことがありません。また商業用のP263という計算尺もありますが、こちらはP253を含むこのプラスチック両面尺のデザインを代表して旧通産省からGマークを受けたという話です。P267という計算尺は構造設計用計算尺ですが、発売時期が遅かったために最初から薄青の滑尺を備えるものしか作られていないようです。刻印は流石は計算尺の生産末期に差し掛かった「XH」ですから昭和48年の8月製。オイルショックの真っ直中で石油製品の素材価格も天井知らずの値上がりのころですな。しかしXH刻印のまえに「へ」の字が打たれているのですが、どんな呪いでしょうか?(笑)さすがに電卓時代の計算尺ですからさほど痛みもなくきれいなもので、プラ尺ですからカーソル外して中性洗剤を入れたぬるま湯につけて歯ブラシで汚れを落としました。
 しかし、販売期間が一番長かったP253が最後まで白い滑尺のままだったのは何が解せないような気がしますが、おそらく途中でグリーンCIF尺にマイナーチェンジしたため、滑尺の着色が見送られたのではないでしょうか。どういうわけか後の活字体VECTLOGでグリーンCIFのP253で角ばった青蓋ブローケースに入った物までこのままでしたが、グリーンCIFには白滑尺で緑のプラパーツのほうが合っているような気がします。角張った青蓋ブローケースは本来、竹製の両面尺に合わせて作られており、両面尺を押し込むと固定尺金具をケースのくぼみで両側からぴったりと押さえて計算尺本体をケースに固定する優れものです。その竹両面尺用ケースに薄いプラの両面尺を入れると多少ガタつきます。ケース無しの両面尺に貼箱をあつらえるのも手間ですからこのケース、10個ばかり欲しいですねぇ(笑)しかし、ヘンミは在庫の両面尺をフェイクレザーの黒いソフトケースに入れて販売していましたが、このブロー成形のケースの金型、一体どこに消えたんでしょ?
P261
 特徴的なP261の裏側でござります。
ブリッジの樹脂成形色がホールズのアイスブルーみたいで美味しそう(笑)
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August 16, 2006

大逆転劇の最中に…

 お盆の帰省シーズンになっても相変わらずハイバンドの開く時間がここ8エリアでは恵まれず、6mのクラスタを見ると1エリア6エリア間は開いているのに8エリアでは8エレの上下スタックをタワーにおっ建てているようなビッグガンからの入感情報しかありません。ここに来て「サイクルの谷間の底」を感じさせるのですが、相変わらず夏の太平洋高気圧の勢力下で大気も安定し、Esの出そうな気配もありません。
 ところが15日の午前中に急に6mで8エリア1エリア間が大オープン。それも事もあろうに地元駒沢苫小牧高校と青森山田高校の甲子園3回戦の海峡対決の中継中に開くのですから何という事(^_^;) 普通だったら試合に没頭してオープンには気が付かないのでしょうが、試合中のTV画面に「ただいま受信障害が発生していますので画面が乱れています」のテロップが1度だけ流れ、何せ4回までに3ランホームランを含む7失点を食い、これは逆転は困難だろうとEスポ情報の誘惑に勝てず野球観戦を中止、シャックに上がって6mを入れると1エリアが強力にオープンしていたのに遭遇したというわけです。場所によってはメーターの針がひん曲がるのではないかというくらい強力に入感する局もあり、CQを出せそうで、同じ8の呼出局と混信していなさそうな周波数を捜すと50.2725という50.270と50.275のちょうど等距離に離れる周波数しかなく、そこで9:34にCQ開始。JAIAアワードのカードもまだまだ沢山あるのでJAIAアワードボーナス局コールをします。そうするとすぐに茨城は筑西市の局からコールバックがありましたが、その後少々食い付きが悪くてセカンドコールバックは横浜の局から5分後に。その後1エリアを中心に0エリア、2エリア、3エリアの各局からコールバックがあり11時過ぎまで約40局と交信しました。ここ8エリアから1エリアが強力に開いたのは平日はわかりませんが休日では8月6日の午後13:30前後以来だったかも知れません。それだけ久しぶりの6mオープンでした。
 6mオープンの終息後、当然の負け試合の結果を恐る恐るインターネットで覗いてみると、なんと9回サヨナラの逆転劇で駒苫が青森山田に勝っているじゃないですか(@_@;) この予想外のどんでん返しに腰を抜かさんばかりに驚いてしまいましたが、NHK中継記者をして「球史に残る大逆転劇」を不意にして、ちょっとだけ後悔したかな? 「無線やっていて途中でTV見るのを止めました」なんて人には言えませんが、たぶんうちの市内でこのとき電波が出ていた局はわが貧乏電波研究所が唯一だったと思われます(笑)

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August 11, 2006

HEMMI No.130 ダルムスタット尺

 お盆の帰省シーズンが近づき、日本列島民族大移動を控えるとどうもオークションの出品も入札も低下してきます。まあ、お盆の帰省シーズン前の物いりの時期にこまめにオークションを検索するどころの騒ぎではないのでしょうが、正月とお盆には思わぬ拾いものがあるのでこちらにとっては要注意週間なのですが(笑)
 5月6月7月とよくもまあいろんな計算尺がオークションに掛かりましたが、手当たり次第に次々と入札してゆくニューカマーさん達がまた新たに現れてきましたので、こちらの出番はなく、しばらく計算尺の入札から遠ざかっていました。しかし帰省シーズン前の拾いもので、思わず入手したのがこのヘンミの10インチダルムスタット尺 HEMMI No.130です。このダルムスタッド尺というのはヨーロッパでは普通な存在らしいのですが、日本ではヘンミ以外には見当たらないような気がしますが、どうでしょう? 滑尺の裏側にLL尺があり、片面計算尺のくせにべき乗計算が出来るということが特徴ですが、三角関数は側面に目盛られていて、カーソルに補助のサイドカーソルが付けられているのが目立ちます。カーソルグラス上に補助線があり、hp/kW換算などが出来るのはシステムリッツのNo.64と同じで、カーソルも昭和38年製No.64とまったく同じものがついていました。お約束通りケース無し説明書無しのシロモノで、相手は計算する道具という認識はまったくなかったようですが、不鮮明な写真にNo.130を確信して落札したものです。実は5インチのポケットダルムスタット尺であるNo.135は昨年よりけっこう頻繁に出たのですが、10インチのNo.130はここ1年ほど検索に引っかかったことがないような気がしますが、やはり一般的なNo.2664Sに比べると数が少ないのでしょうね。リッツのNo.64同様に表の尺には尺の種類が一切刻印されていない割り切りようは、いかにも「技術屋は知っていて当然」という、初心者を遠ざける計算尺ですが、No.130はNo.64のマイナーチェンジ版のNo.64T同様にNo.130Wになって尺種類が刻印されるようになります。まあ余計な尺が増えたための親切心からでしょう。ダルムスタット尺No.130にも2タイプあるのが知られており、初期型は裏側のセンターにシステムダルムスタットの刻印とヘンミマーク及びNo.130のモデルネームがあるもの、末期型は40年代のNo.2664S同様、表の上固定尺左にシステムダルムスタッド、右肩にNo.130、下の固定尺右にSUN HENNMIの刻印があるものです。今回のものは裏側にネームのあるごくありふれたNo.130です。また、初期の2664S同様に上固定尺とアルミの裏板をネジで接合するタイプと30年代末期以降のピンで固定する2タイプがあるようです。
 ダルムスタット尺は片面計算尺の滑尺裏には必ず鎮座する三角関数系の尺を下固定尺側面に追い出し、代わりにべき乗のLL尺を持ってきたところが最大の特徴ですが、そんなにLL尺が必要だったら両面計算尺を使えと言われると二の句が告げません(^_^;) マンハイムやリッツ、√10切断ずらし系などの諸形式と比べると新しいタイプの計算尺ですが、日本ではさほど必要とされなかったのは両面計算尺が豊富に、しかも専門分野別に揃っていたからでしょうか。HEMMIではNo.130シリーズの10インチ6インチ5インチ尺のほかにもプラスチックのNo.P280シリーズがあり、これはすべて外国向けのビギナー尺として例の山梨は甲府の富士技研で作られたようですが。
 今回のHEMMI No.130は神奈川のリサイクルショップから手に入れたものです。売り主は「計算尺」という存在をご存じないようで、他の計算尺マニアの鵜の目鷹の目検索に引っかからなかったか、もしくは単なる汚い2664Sとしてスルーされたようで、まったく競争相手が無く500円でゲット。年に何回かこういう掘り出し物にぶつかるので手元に計算尺も増えていきます(笑)届いた計算尺は久しぶりに埃にまみれて所々黄色い染みの浮き上がった汚い計算尺でしたが、予想通りNo.130のダルムスタット尺で、特筆すべきは経年変化で滑尺がスカスカの片面尺が多い中でまったく動く気配の無いほどピッタリとはまりこんでいたことです。こういう計算尺は手を掛けると非常にいい状態まで持ち込むことが出来ます。製造刻印はIEで昭和33年の5月の製造。釣り針型に足の跳ね上がった「π」マークとBOX型の目盛が古いHEMMIの計算尺を思い出させますが、実はNo.130に限っては昭和44年のラストまでこの釣り針型のπマークと裏換算表のネジ止めが変わらなかったのがなぜか不思議な感じがします。また上の固定尺はアルミの裏板にネジで固定されるタイプで、裏から見ると換算表もネジ止めされているために、マイナスネジの頭が3つ露出して見えます。カーソルはやはりリッツのNo.64とまったく同じで、本来はNo.130用に作られたサイドカーソル付きの物をNo.64に流用したようなものなんでしょう。ただし昭和38年製のNo.64の副カーソル線の色は緑のようですが、この昭和33年製No.130の副カーソル線は右も左も赤でした。 久しぶりにサビ取りペーストを出してきて磨き上げるとさほど染みも目立たなくなり、古い歯ブラシで滑尺と固定尺の溝をこすって蝋引きすると非常にスムースに滑尺も動くようになりました。カーソル面はレンズクリーニング液で磨いただけでお終い。滑尺裏のセルロイドカーソル部分に黄色い接着剤が肉盛りされていて、その接着剤が表にもあちこち付着したあとがあるので、なんでこんなことをしたのかと考えると、どうやら滑尺をほとんど引き抜いた状態になると摩擦が少なくなって目盛がずれやすくなるために、一種の滑尺フリクションストッパの役目をさせるために接着剤が盛られたようです。まあ、一種の計算尺使いの知恵というものでしょうが、どうせだったら無色の接着剤で肉盛りしてくれ(^_^;)このNo.130は滋賀のKIM氏のグループが昨年復活させたHEMMI No.P135Kのモデルになったそうで、その際に作られた説明書が公開されていますので、基本的な使用法を知るには苦労せず、大変有り難く思ってますが、普段使いにNo.130を使うかといったらそれは???です(笑)最近、あんまり複雑な計算をしないせいか、1/(2π√L√C)や1/(ωC)を計算するのもNEMMIの2664S-Sあたりで事足りてます。あんまり尺の込み入った複雑な計算尺は尺を誤認しそうで、No.2664S-SあたりかRICOHのNo.116あたりが一番目に優しいのでは?(笑)
No130
表面に黄色く残っているのは接着剤(^_^;) あとでもう少し気合いを入れて磨きます(笑)
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August 10, 2006

3台目のHK-808

 ハイモンドのHK-808という電鍵は接点が細くてタッチが固いのなんのと言われますが、現行電鍵ではタッチの柔らかめな太い銀接点の電鍵が手に入りませんからしかたがありません。でもバネを固めに調整して反動式で高速打鍵するには向いているのではないかと思っています。また、防衛庁納入品がHK-808で、国内電信級特殊無線技士の受験に来ていた男女の自衛官はみなこのHK-808持参でした。国内電信級受験というと、電信術修得者としてどのレベルの隊員なのかはわかりませんが、右手の甲ににサロンパスを張って、腱鞘炎になりかけたような受験者が何人かいましたから、それほどまともなキーイングを習得出来ていたとは思えません。
 定価で現在は2万5千円近くするような縦振れの電鍵ですが、当貧乏電波研究所の備品も最初からこのHK-808だったのです。しかも、現行で使用しているのは2代目です。というのもHK-808のアームは、ギャップ調整ネジを固定するネジ穴が横に貫通しているために、この部分の肉厚が2ミリまでも無く、構造上不安だったのですが、3年前の十勝沖地震で棚の上からノブの部分を下に固い床に転落。ノブが割れ、この2ミリもない肉厚部分の上下ともクラックが入り、蝋着けなどを試みましたがけっきょくダメで剥がれてしまい、そのまま打鍵練習しているうちに首がもげてしまいました。部品交換に出してもメインの部品なためかなり高くつきそうで、それならオクで1台捜した方が良かろうと、確か7,000円くらいで落札したのが今使っているHK-808なのです。外付けのエレキーは2アマ合格直後に入手しましたし、後からバグキーのBK-100も手に入れましたし、いくら使っているリグが沢山あってもこの3台を繋ぎっぱなしにしていればどのバンドにもすぐにCWに出ることが出来るのでもう電鍵はいらないはずでした。ところが当貧乏電波研究所としては身分不相応にも3台目になるHK-808を入手してしまったんですから笑ってやってください(^_^;)
 事の経緯は、無線の事を全然知らないリサイクルショップさんが「電鍵」と一言タイトルを載せれば落札額5,000円を下回ることはなかったであろうHK-808を銘板通り「テレグラフィーキー」と出してしまったために、電鍵蒐集家や一挙合格者が半年で前年比10倍の7,000人にも膨れあがった新3アマ取得者で、モールス通信術など習得する気はないけど、一応3アマとして高級電鍵も飾っておきたいナルシストな人などの検索にも引っかからず、とりあえず捕獲出来ても出来なくてもと思い、出品価格2,000円に200円上乗せして応札。これが終了1時間前まで他の入札者がおらず、目敏くこれを見つけた入札者が1人現れたために様子見で2,900円で入札するも最高額入札者にはなれず、そのまま放っておこうと思ったのですが、終了2分前になって意地悪心が頭をもたげ、3,100円で応札して10分延長に持ち込み、少しずつ吊り上げてやれと思ってそのまま3,100円を入れると、何と3,000円で最高額入札者に。そのまま1分くらいで終了してしまって驚いたら自動延長が掛かっていなかったのね?(^_^;) そんなわけで思いがけなく3台目のHK-808のオーナーになってしまったのです。そういや出品者、HK-808を「KK-808」と読み間違えてそのままタイトルにしていたし、ハイモンドとメーカー名も入っていないはで、電鍵のすべての検索条件を見事にスルーしてしまい、3台目のHK-808として我が貧乏電波研究所にもたらされたのは、ハイバンドがスカスカでヒマを持て余し、5000件以上あるカテゴリーの隅から隅まで自分の目でチェックした者に対するいわば「努力賞」みたいなものなんでしょう(笑)当たらないサマージヤンボ宝くじを10枚バラで買うよりHK-808の3,000円の方が当方にとってはぜんぜん(・∀・)イイ!!
 入手先は福岡の飯塚です。先週、シャックの窓から飯塚のシンボルである忠隈のボタ山を見ながら交信していただいたOMさんと繋がりましたが偶然ではありますまい。不思議な因縁ですが、当方は炭鉱の専用線や廃線の痕跡を求めて筑豊放浪を2度ほど行い、その時に2度も飯塚で宿泊していますし、今は寂れてしまったが往時の殷賑ぶりを伺わせる飯塚の川沿いにあるネオン街の黒船亭という店で、豚バラ串とキャベツをつまみながら酒を飲むのが大好きだったのですが、廃線跡の道路整備も10年ほど前に全て済んでしまったようで、今は足が遠のき、さらに千葉から北海道に移住してきましたので、飯塚への再訪が果たせません。
 届いたHK-808は実際にはあまり使われなかったようで、殆どシャックの飾りと化していたものだったのでしょう、バネの堅さとギャップの調整がいい加減で、接点のギャップは1ミリどころの広さではなかったような気がしますし、バネの堅さはゆるゆる状態。あたしゃこの状態では早い符合が叩けません(^_^;)2代目電鍵と今回来た3代目電鍵を比べてみると細部が少々異なっており、一部コストダウンが計られている工程が見受けられます。その一つに大理石台の角の面取りが申し訳程度の非常に細い物で、一見面取りのない鋭角なエッジに見えます。さらに初代と2代目のHK-808はノブの取り付けがアームの下から取り付けられたネジに上から回して止めるタイプでしたが、今回の物は現行型と同じノブに雄螺子が鋳込まれたものです。また、軸受けカバーが3代目は現行品と同じ縦にスリット状の溝があり、軸受けマウントにもリブが6本入ったタイプで、3台の中では今回のHK-808が一番新しい製品のようです。この申し訳程度の細い面取りの大理石というのがクセモノで、少し固い物が当たっただけでエッジが砕け、うるさい電鍵コレクターには嫌われそうです。自分好みに調整してバネのテンションを強め、接点のギャップを狭めに調整したのにも係わらず、2代目HK-808がかなり指先にカリカリという固めのレスポンスが響くのに対して、3代目HK-808は同じように調整しても割とヌタヌタという追随性が若干劣るようなレスポンスにしかならず、感触的に別な種類の電鍵を叩いているようです。HK-808はアームの質量が大きいためにどうしてもレスポンスが重いと言われることがありますが、正にそういう感じで、どうやら2代目は灰色っぽい大理石で硬度が高く、3代目は白っぽい大理石で2代目より柔らかく、その大理石台の違いが多少なりとも影響しているのかも知れません。初代のHK-808の感触は今比較することが出来ないのでわかりませんが、ネジが一部既製品ではないものを使用していたりして、かなり初期型に属する物だと思いましたが、大理石はこの初代は薄い緑色が混じる美しいものでした。たぶんこの大理石は台湾産で、石の輸入時期により大理石の性質が異なるのでしょうから、大理石の色を指定して購入することは出来ないと思います。慣れということも大きいでしょうが、個人的には2代目HK-808のカリカリ感のほうが好みです。
 しかし、相変わらずHK-808以外の縦振り電鍵の打ち味を知らないと言うのもどうかと思いますが(ミズホのベビー電鍵くらいは触りました)3アマのノーコード化以来、養成講習が盛んに行われ、半年で7000人も3アマが増えたからか、相変わらずオクの電鍵需要は盛んで、落札相場も高くJRCのKY-3Aという電鍵は頻繁に出品されるものの、未だに縁がありません。しかし、みんな縦振れ電鍵は持っていても本当に使うんでしょうか?コンテストでもCQを出す方はみなZlogあたりを使ったパソコンキーイングでしょうが、応答する方もエレキーが多くて明らかに縦振れを使って、しかも正確に素早いキーイングの局にはなかなかお目に掛かれません。地元の2文字コールのOMは明らかに縦振れなんですが、さすがにお歳というか、ちょっとリズムの崩れたゆったりしたキーイングで応答していました。こちらも早く正確に決まり切ったフレーズを打つにはエレキーを使いますが、自分の頭の中に浮かんだフレーズをそのまま打とうとすると、エレキーやバグキーでは妙に頭の中で「最初は右に振るのか左に振るのか」なんて考えてしまい、訂正符号の山を築いてしまったりするので、やはり自分の自由意志をリアルタイムで打鍵するとなると、個人的には縦振れ電鍵です。特に打つことには不自由しないが、聞き取りがウィークポイントな和文の送信にはバグキーより縦振りの方が好きです。もっともクマに襲われないようにその手の周波数には出没しませんし、「ホーコクレートーヨー」を打たれてもシカトしますよ(笑)

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August 09, 2006

フライトコンピュータ(航空計算尺)

 昔はけっこうな軍用機ヲタだった時代があり、横田基地張付きと厚木基地張付きのグループと交際があり基地の公開の時は何年か通っていた時代がありましたが、自分でカメラを抱えて基地の金網の外に張付くヒマと時間がありませんでしたので、もっぱら資料収集マニアになってました。2回目の引っ越しあたりで、おそらくダンボールに数個はある軍用機関係の英語/日本語資料並びに未組立の輸入品軍用機プラモデルなどすべてゴミに出してしまい、軍用機関係からはスッパリと足を洗いました。そのころの基地張付きグループにけっこう無線系に強い人間がいて、米軍機の立ち寄り情報のラジオテレタイプ信号をキャッチしてテープストリーマ付き8ビットのマイコンで暗号解析し、輸送機など何処の基地から何時頃着陸予定で搭載品は何か、などということをほぼ90%掴んでいたというのだから恐ろしい。その情報が横田張り付きグループの重要な情報源になり、軍用機撮影のスケジュール決定の手助けになっていたというのですから某国スパイも顔負けです。その軍用ヲタ連中の中で、使いもしないのに「特殊無線技士丙」の手帳型従事者免許を持っているのが自慢な男がいて、航空関係の資格を何か一つ、仲間に見せびらかしたかったのでしょうが、はっきり言って仲間には嫌われてました(笑)航空無線通信士免許だったら、航空ヲタの中でも「意外にすごい」なんて言われたかもしれませんが、その当時のわたくしは特殊無線技士丙も航空無線通信士も区別がつきませんでしたが
(^_^;) ABLのマニアというわけではありませんでしたが、エアバンドレシーバをSONYのICF-8650とR-517の2台も持っていて、R-517には固定クリスタルが3波入るようになっており、未だに横田のATISのクリスタルが入りっぱなしで手元に残っています。そういう門外漢でもいちおう今では航空無線通信士のライセンス持ちなんですから、世の中はどうなるかわかりません。ただ航空通の取得はABL趣味の延長というわけではなく、純粋に無線系資格のうち英語試験のある一番簡単な通信士資格が欲しかっただけです。そのため、航空関係の一応資格持ち(航空無線通信士/航空特殊無線技士)なのにも係わらず、最近は日本の空にどのような航空機が飛んでいるのかもまったくわかりません。航空装具もノメックスのフライトスーツにグローブ、フライトブーツにフライトジャケット一式以外はすべて他人にあげるか引っ越しの際にゴミに出してしまいました。
 そういう非航空ヲタで最近は航空装具にまったく興味はなかったんですが、今回入手した品物は特別です。それはフライトコンピュータとよばれる航空計算尺で、今ではこんな手動ではなく電卓型のコンピュータによって航路計算などがされるのにも係わらず、基本はこの手動計算尺でナビゲーションするのが決まり事のようで、練習船では六分儀の天測により位置を計測するのが現代ではまったく必要のない技術であるのと同じように、GPSの時代になっても航空学生はこのフライトコンピュータを使ってのナビゲーションが必須科目になっているようです。そのため、機械や電気を始めとする技術の世界からは計算尺が消えてしまった今でもこのフライトコンピュータは未だに複数のメーカーから製造され続けているようで、中でも円形計算尺で有名なコンサイスからは用途別に何種類かのフライトコンピュータが作られているようです。でも、航空従事者でない単なる計算尺ヲタが新品を購入するにはあまりにも高価な計算尺で、ごく普通のものでも2万円近くしますし、普段の計算用に使用するというわけにもいきません。航空ヲタが身の程を知らずに購入して持て余したフライトコンピュータの中古が出たとしてもけっこう高額で取引されるようです。
 ということで、当方の計算尺コレクションの中でも永遠に欠品カテゴリーとなるかと思われましたが、航海計器として出品され「計算尺」の検索ワードがつかなかったために、思いがけなくも発見し、初回出品価格で捕獲に成功した「掘り出し物」でした。しかし、何に使うのかと尋ねられても困りますし、速度と距離の換算くらいの使用法しか今のところわかりませんので、完全にコレクション扱いです。自分で使わないカテゴリーの特殊な計算尺には手を出さないはずだったのに、目の前に人参ならぬ珍しい計算尺をぶら下げられると、思わず食らいついてしまうのは悲しい性と言うべきでしょうか(^_^;)  このフライトコンピューターは基本的には円形計算尺に横風による偏角計算盤っていうのかな?そういう四角いチャートがついているのが特徴です。こちら真横の風が何ノットで、どれくらいの距離を進んだらどれだけ別の方角に流されるのかという計算すらまったく理解してませんから不要のものですし、地上を車で走っている限りも必要のない計算面であることは確かですが。
 さて、このフライトコンピュータは山口県から出品された物でした。山口県といえば空自も海自も航空学生の訓練が行われる土地であり、もしやと思いきや届いたフライトコンピュータの皮ケースには桜に錨の代紋が入ってました(^_^;) さらにプラスチックだとばかり思っていたこのフライトコンピュータは何と材質がアルミという金属製航空計算尺で、コンサイスを始めとするフライトコンピュータが殆どプラスチック製なのと比べるとさすがは「軍用」です。原型は海軍兵学校のあるアメリカメリーランド州はアナポリスのWEEMS SYSTEM OF NAVIGATIONという会社の米海軍向きE-10という1956年型のフライトコンピュータを、フライトシミュレーターなどで有名な日本のJPCが昭和33年からライセンス生産しているものの改良タイプのようです。金属製ですから殆ど手を掛けずにきれいになりましたが、一時期海○は救難飛行艇の事故が続いたりして、その殉職者の遺品が巡り巡って当方の計算尺コレクション入りしたのだったら、ちょっとイヤかも(笑)
 フライトコンピュータというと、ちょっと計算尺好きとしてのコレクションとしては異質かもしれませんが、現代にまだ生きている計算尺としてコレクションに加えることは良いことだと思いますし、未だにお金さえ出せば誰でも入手が出来るというのがうれしい事ですが、逆にいつでも入手が出来るということがコレクションに航空計算尺を加える人が少ない理由かな? 昔の物価にするとヘンミの両面計算尺は現代の貨幣価値で2万〜3万円くらいの水準のものだったと言われていますので、決して高価な物ではないと思いますが、われわれにはまったく実用にはなりません。まあ、飛行機乗りではないのにまったく実用にならない計算尺付きのブライトリングをはめているイッピは沢山いますけどね(笑)さすがに大型円形計算尺ですから腕時計の回転ベセル程度の大きさのブライトリングの計算尺とは精度が比較になりませんが。
Fltcptr


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August 03, 2006

ケネリ・ヘビサイド層

 8月も過ぎて梅雨前線が何と北海道の北端あたりに掛かっているというのですから、日本列島沖縄から青森まで梅雨明けしたのがわかろうものですが、その影響かどうも今週はEs層によるハイバンド伝搬がはかばかしくありません。とはいえ、21メガ辺りは時間によって1エリア近辺が強力に開く時間があるものの、その時間も短くなり、8から聞くと6エリア九州の末端から3エリアあたりまでと韓国内がいっしょに聞こえることが多いみたいです。JAIAアワードのカードも追加がなさそうなので一応終了し、まもなくまた4アマ養成講習が巡ってくるので、一応復習がてら無線工学の見直しをやってましたが、しばらくやっていないとE層発生高度やF層発生高度、E層・F層の日変化・季節変化・サンスポ増減との相関関係なんかが曖昧になってしまいました(^_^;) 4アマの養成講習には電離層の性質を問う問題は見当たらず、2アマ試験あたりのB問題の穴埋めに出てきそうな問題ですが(笑)このうちD層に関しては1次減衰なんかで取り上げられるくらいで、アマチュアの短波帯伝搬に関係ないからか、あまりアマチュアの無線工学解説には出てきませんが、E層は「ケネリ・ヘビサイド層」F層は「アップルトン層」なんて呼ばれることがあるようです。
 この電離層の存在という概念は1902年にアメリカのケネリーとイギリスのヘビサイドの2人がほぼ同時に予言しその存在と高度を実験によって証明したのがイギリスのアップルトンなのです。そのためケネリ・ヘビサイド層として存在が仮定されていた電離層はアップルトンによってE層と名付けられましたが、これはアップルトンが上空に向かって垂直にいろいろと周波数の異なる電波を放射し、反射してくる電波の電界強度「E」を計算しているうちに自然にE層と命名したとアップルトンがデリンジャー現象の発見で名を残したアメリカの物理学者ジョン・ハワード・デリンジャーに送った手紙の中で明らかにしています。又、アップルトン層とも言われるF層はE層の外側にその存在を発見したためにF層と名付けられ、D層はE層の下に発見したためにD層とし、最初からA層〜C層はなかったということは以前にも書きました。
 さて、最初に電離層の存在を発見した1人であるオリバー・ヘビサイドはエジソン同様に正規の教育を受けていなかった一介の「電気技師」だったのにもかかわらず、電気の諸現象を数値計算によって証明しようとした能力がエジソンとは基本的に異なります。また、回路のインピーダンスの概念や、1アマの工学には係わってくる複素数「i(電気の世界ではj)」の使用、またラプラス変換による微分方程式の解法、ヘビサイド定理、ヘビサイドの階段関数など、すべて独学であみ出したようです。交流をベクトルという概念で解析したのはこのヘビサイドですぜ(^_^;) ヘビサイドがいなかったら1アマ試験に複素数もベクトルもなかったのでしょうが(笑)
 ホイートストンブリッジで有名な物理学者のチャールズ・ホイートストンの甥なのにもかかわらず、なぜ高等教育を受けられずに一介の電気技師として独学で電気物理を学ばなければいけなかったかは、エジソンと比べて殆ど伝記的な資料が見当たらないために当方もよくわかりません。ただ、1912年のノーベル賞候補にもノミネートされたのにも係わらず、イギリスでは「単なる1人の技師のたわごと」以上の評価を上司から受けずに、最後まで貧乏な技師で生涯を終えたことは、島津製作所の一介の技術者でありながらノーベル賞を受賞した田中さんとは正反対の人生だったようです。

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August 01, 2006

8月に突入

 夏至を過ぎること早くも1ヶ月を過ぎ、ついに8月に突入しましたが、こちらは冷たいオホーツク高気圧が居座っていつまでたっても暑い夏がやってきません。さすがに夏至の頃には朝の3時半にもなると明るかった北国も、天気がいつまで経ってもすっきりしないのも手伝って4時半過ぎまで明るくならないようで、朝から強い日差しで早朝から目が覚めるということも少なくなりました。夏至から約40日が経過し、現在ハイバンドの伝搬コンディションとしては5月の10日あたりの状況に近いのでしょうか。ハイバンドでCQを掛けていても国内がスキップして韓国やロシアあたりからコールバックを受けるようになりました。6mあたりのEスポ国内伝搬もあと2週間くらいでほぼ終息しそうな感じでしょうか。
 さて、JAIAアワードも割当の700枚分のカードを7月中にほぼ使い切りましたが、7月の月間交信局数900局は移動運用を行わない(装備が揃わない)当局にとって通常であればほぼ1年分の交信局数に匹敵します(^_^;) いささか疲れましたが7/14/18/21/24/28/50/144の8バンドで運用を行い、殆どCQを掛けない21メガをメインに運用しましたので、7/21にしか出てこないという人たちと相当数初交信出来たことと、2バンドはもちろんのこと3バンド4バンドのマルチバンドの交信を達成した局を相当数カウントしたのが収穫でした。
 30日日曜日はこの季節にしては非常にコンディションが良く、普通は21メガでも昼過ぎには国内がスキップしそうなところ、夕方までどこかしらが聞こえて常にコールバックを受けるという状態で、これがFDコンテストの時なら相当な高得点勝負だなんて思いましたが、今週末のフィールドデーはどうでしょう?一昨年のFDは6mの大オープンに遭遇し、6mモノバンドでサマリーを出しましたが、昨年は14メガモノバンドでサマリーを提出しているところも見ると、8からは6mが厳しかったのかな?いまいち記憶がはっきりしませんが、もうFDの時期になると8から6mは開くか開かないかは一つのバクチになるかもしれません(笑)
 さあ、週末はいよいよFDコンテストですが、移動しない我が貧乏電波研究所はこのコンテストだけは完全にお客さん扱いですから、出して恥ずかしくない程度の交信局数をカウントしたら、さっさと終了です(^_^;)

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