珍尺 HEMMI No.254W-S
計算尺マニアの諸氏の「めずらしい計算尺」いわゆる珍尺に対する価値基準はそれぞれでしょうが、当方の眼鏡にかなった珍尺として取り上げたのが今回のNo.254W-Sです。ご存じのように誰もが欲しがるNo.149AやNo.266などの計算尺は、結果的に高額な落札金額になりますが、決して珍しい計算尺ではありません。それゆえに誰しも「珍尺」のカテゴリーには入れないと思います。いわゆる珍尺とされるものは、カタログなどには載っていながら製造数が少なかったためか中古市場で見かけることがないもの、もしくは存在は知られているもののカタログにはないもの、さらにカタログにもなく存在そのものが知られていないものの3つのパターンが考えられると思います。また、刻印などの違いでごく少数しか市場に出回らなかった物なども珍尺の要件を満たすと思いますが、要するにオクでも過去にまったく出てこないか、過去に1本だけ出てきてその存在が初めて知られたような計算尺が「珍尺」だと当方は解釈しております。中にはNo.274のようにその後、牛の涎の如く出てくる物もあり、珍尺落ちして希少尺入りしてしまう計算尺もあるようですが(笑)当方の所持計算尺の中には割と「希少尺」はあっても「珍尺」はありませんでした。でも今回入手した計算尺は存在を知ってはいましたが、現物は当方としても初めてお目に掛かる「珍尺」の類だと断定いたしますが、宜しいでしょうか?(笑)
さて、HEMMIのNo.254シリーズは高校生用の計算尺として昭和30年代の終わり頃に登場し、一般向きにHEMMIの計算尺が生産されなくなった後も工業高校特納用として50年代半ばまで作られていたと言われる計算尺です。最初のNo.254WはHEMMIの計算尺としては非常に珍しく、上下の固定尺が同寸という形状で作られましたし、蓋が赤でボディがベージュというカラーの貼箱に入った、まるでRICOH No.252のような計算尺でした。フルLOGLOGではなかったものの、+と−のべき乗尺をそなえたことで、P253よりも高級な高校生用計算尺でした。おそらくこのNo.254Wがあれば計算尺検定1級に十分対応することが出来たのでしょう。しかしなぜかこの上下同寸尺という外国の計算尺に多い形態はのちに普通のHEMMI両面尺型(本来はK&E型)に改められます。更に三角関数尺が改められLL/0とLL0が加えられてフルLOGLOG両面尺になったNo.254WNにモデルチェンジし、そちらが昭和56年まで工業高校に納められた「らしい」という話は聞いております。最終型に近いNo.254WNはCIF尺がついにグリーンCIFになったという噂ですが、当方まだ現物にはお目に掛かっておりません。さて、初期型である254Wの中にSPECIALを意味する-Sが付く同名異尺が2種あるようで、一方の254W-Sは三角関数尺が後のNo.254WNと同じというだけ。もう一方のNo.254W-SはこれこそとんでもないSPECIALで、表こそ254Wと同じ尺種類と配置かと思わせておいて、何と滑尺にST尺が加わり、裏面は、254WがK,A,[B,TI,SI,C],D,DI,Lなのに対して、こちらは、KI,K,AI,A,[B,S,T,CI,C],D,LdB,P,DIという我が目を疑ってしまうようなとんでもない尺種類を備えてます。さらに驚いたことにはDF,CF尺が√10切断ではなく、π切断ずらし尺であって(末端に√10の延長部分あり)、これが果たして単なる工業高校生用計算尺であったかどうかも疑わしくなるような計算尺です。現物はかのPAUL ROSS氏のコレクションにもないようで、氏のHPではatomさんのコレクションの写真を引用してあるだけです。ROSS氏は254W-Sの製造年代にあっても70年代以降の生産と推定しているようですが、今回出てきた254W-Sはそれをずっと遡って60年代中期の製品になります。今まで数々のNo.254Wを見てきましたが高校生用ということもあり、さほどめずらしい物ではありませんが、海外には輸出されておらず、日本国内のみの販売だったこともあり、その殆どが代理入札業者の手によって海外流出しています。ところがその数々の254Wの中でもSPECIALを意味する-S付きは初めてで、さらに裏面がまったく異なるπ切断のものの現物は今回初めて見ました。しかも、K尺、A尺の逆目盛のKI尺、AI尺というものが付いている計算尺を他に知りません(RELAYの電気尺にKI尺があったかもしれません)。なぜそんな物を同一固定尺上に集めたのか、その理由を知りたい所です。さらにP尺やdBまで付いているとことを見ると、工業高校でも使う科を限定して製作したのかもしれません。たぶん電気とか電子関係の科かな?裏尺のC,D尺に珍しい1/2πのゲージマークがあって、こんなものはリアクタンスなどの計算用に相場が決まってますので、特別に「工業高校電気・電子科向き」のバージョンを作ったのでしょう。さらにはC,D尺上には2πはおろか一桁繰り上がって4πのマークまで刻印されています。ここまできたらちょっと過保護ですな(^_^;) しかし、特殊な関数がないので無線従事者試験にも使用できるはずです。
入手先は大阪です。出品者が不動産屋さんで、管理を任された古家の処分品のなかにあったのがこの計算尺だったようです。この不動産屋さんも計算尺を使った口だというお話しでしたが、電卓の普及で計算尺が駆逐されたのにも係わらず、なぜ今どき計算尺を必要とする人間がいるのかを不思議がっていました(^_^;) この人がこの計算尺で儲けてやろうなどという気が更々なく、希望落札価格が設定されていました。そのため計算尺が出品されて数時間も経過しないうちに希望落札価格で捕獲したため、気が付いた人は計算尺のキーワードでアラート設定していた人だけではないでしょうか?希望落札価格が付いていなければどれだけ入札額がつり上がるかわかりませんが、まあ海外流失しなかっただけでも良しとしましょうよ<ALL(笑)珍尺といえるNo.264-Sのときは2万円まで行きませんでしたが、現物を入手出来なかったからとオークションの出品写真を自分のHPに使ってはいけませんや<某氏(^_^;) 最初に手にしたときの印象は、やたらに赤いなあということでした。それもそのはずで、逆尺が文字だけでなくすべて目盛まで赤で刻まれていることで、26尺のうち9尺が赤目盛なのです。その赤目盛の使い方が基本的にatomさんのコレクションらしきNo.254W-Sと異なりますので、もしかしたら未知のNo.254W-Sかもしれません。刻印は「PI」で昭和40年の9月製ですから御年41歳。ケースは赤蓋ベージュボディの初期No.254Wのものと似た貼箱です。このタイプのケースは不思議と他のものには使用されなかったようですが、コストが掛かるためか、後の254Wは青蓋のプロー成形ケースになり、254WN末期には茶皮もどきのビニールシースとなったようです。しかし、今回のNo.254W-Sのケースはどうやら初期のNo.254Wのケースと異なり、中のボール紙がやたらと厚く、壁紙のようなクロース張りケースで、青くオーバルのHEMMIマークが型押しされています。こんな高級なHEMMIのケースは初めて目にしました。このケースは赤蓋のNo.254Wのケースの中でも後期型になるようです。ケース自体は薄汚れていましたが、肝心の計算尺はカーソルグラスが黴っぽかっただけで、本体はパソコンクリーナでひと拭き、カーソルはレンズクリーニング液で磨いただけでおしまい。蝋引きも必要とせず手の掛からない計算尺でした。
さて、なぜこのような特別なNo.254W-Sが作られたのかの理由ですが、当方が考えるにヘンミ計算尺の最大の代理店であり、学校関係に対して一手にヘンミ計算尺を取り扱っていた内田洋行の別注品だったのではないでしょうか?後のNo.254WN-Sにはしっかり内田洋行の商標である「KENT」の刻印がされたいわゆるダブルネームのものが確認されていますので、そうであるのならNo.254W-Sはヘンミのレギュラーモデルではなく内田洋行のみで扱われた可能性があります。その販売先も単なる工業高校ではなく工業高等専門学校の電気科もしくは電子科向きに作ったものの、それぞれ専門課程ではNo.255DやNo.266ならまだしもNo.254W-Sは中途半端だったために、結局は見本程度で大量発注されなかったモデルなのかもしれません。是非とも一度昭和40年前後の内田洋行の学校向け商品目録を見てみたいものです。
しかし、こういう珍尺の類は一度出てくると続けてどんどん出てくるのが「お約束」みたいなものですから、いつまで「珍尺」と言い続けられるか、はなはだ疑問ですけどね(笑)
【追記】AI,KI尺を含む尺配置がまったく同じ他機種を見つけました。さて、いったいそれはどういう型番の計算尺でしょう? たぶん誰からも紹介されていない計算尺だとは思いますが(笑)
赤い目盛の集合体を見て、鉄ヲタのあたしゃ特急の「赤サボ」を連想しました(^_^;)
HEMMI No. 表面拡大画像はこちら
HEMMI No. 裏面拡大画像はこちら
| Permalink | 0
Comments
norihito4さん、こん**は
さすがは研究家、正解はRICOH の末尾にDのついたOD-NO.151Dで正解です(笑)
しかし√10切断だということは知りませんでした。
やはりHEMMIのNo.254W-Sともども電気系学生用尺であることは間違いなさそうですね。
さて、たまごが先かにわとりが先かでどちらが先の発売でしょう?
Eマークの存在は気になっていたのですが、電気的にはE[V]、と相場が
決まっているのでしょうけど、電気数学上は虚数はiではなくてjなので
やっぱり単純にi[A]を導き出すためのゲージマークでしょうか?
Iの逆数とか考えてみましたが、そうではないようです。
どっちみち説明書を見ないとその使用法は想像が付きません
Posted by: じぇいかん | September 09, 2006 10:07 AM
じぇいかんさんこん**は。
AI,KI尺を含む尺配置がまったく同じ他機種・・・。
正解ではないかもしれませんが、私が持ってる
Ricoh の OD-No.151D は DF,CF,CIFが√10切断であることを
除けばじぇいかんさんの254W-Sと同じ尺度配列のようです。
逆尺真っ赤かなところもそっくりですし、
4π,1/2π,2π,E,Iといったゲージマークもあります。
実はこのE,Iゲージマークが何に使うのかわからなくて、ずっと悩んでます。
数値的には√60のようですが、やはり、電気系の計算に
使用するものでしょうか?(機械系の私には無用?)
Posted by: norihito4 | September 08, 2006 09:43 PM