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October 02, 2006

ウルフ安全灯(炭鉱用カンテラ)

(警告!このウルフ安全燈の記述を無断でほぼそのまま自身のHPにコピペしてあたかも自分の独自研究のように発表している輩がおります。当記事の無断盗用窃用断固お断り!) Wolf
 メタンガスに引火しない安全な明かりとして安全灯を発明したのはイギリスの大化学者ハンフリー・デービー(ボルダ電池によって盛んに電気分解を行い、主要6元素を発見)ですが、彼は金網の中の炎は外のメタンガスに引火しないことを発見して油灯式のデービー安全灯を作ったのでした。ほぼ同時期にイギリスの医師クラニーや蒸気機関車のスチーブンソンなどが安全灯を考案するも、結局後にデービーの金属メッシュを使うことになり、安全灯の発明者はデービーということになるのですが、デービーの偉かったところは炭鉱労働者の安全と利益を考えてあえて特許を取らなかった点にありました。それ以前にも後の大科学者マイケル・ファラデーを見いだしたこともデービーの偉さですが、これには面白いエピソードがあって、ファラデーは高等教育を受ける家庭環境になく、若くして製本屋に徒弟として出され、そこで本を沢山読むことにより知識を吸収していきますが、当時の国民的英雄であるデービーについて学問を究めたいと思ったファラデーは、ある時デービーの講演を聴きに行き、その講演を活字にして製本し、弟子入り志願の熱烈なラブレターを添えてデービーに送ったことが功を奏して後にデービーの実験助手になることが出来たということなのです。デービーも高等教育を受ける家庭環境になく、努力により各種の実績を作っていったので、ファラデーの身上に共感するところもあったのでしょう。
 そのデービー安全灯ですが、金属のメッシュを被せることにより元の裸火と比べて30%に減光されてしまうのが欠点でした。また、メタンガスを含む空気の流れに晒された場合、燃焼がメッシュの中だけで納まらずにその炎が坑内のガスに引火する危険がありました。そのため、後にクラニーは燃焼部分をガラスで囲いメッシュの部分をその上部に持ってきた構造の改良クラニー安全灯を開発し、光量もデービー灯の3倍になり、メタンガスの引火の可能性も減りますが、その時はすでのデービーはこの世の人ではありませんでした。彼はスイスに招かれたときの実験中の事故により、フッ素ガス中毒で亡くなってしまったためです。このクラニー灯であってもメタンガス濃度が高まって灯火内の炎が伸長し、メッシュを赤熱し始めたところにメタンガスの流れが接触すると一気に引火爆発する危険性があるために、メッシュの部分を筒で囲って可燃性ガスの風よけにしたマルソー灯というのが開発され、広く使われることになります。また、フランスやベルギーでも独自に安全灯はデービー灯から脱却して改良されていきます。というのもフランスやベルギーの炭鉱はイギリスの炭鉱以上にメタンガスの問題が深刻だったからです。ここまでの炭鉱用安全灯は燃料として植物性油や鉱物油を使っていましたが、煤が発生してガラスを汚して光度が低下し、さらに伸長した炎でメッシュの部分に貯まった煤が赤熱されて坑道内のガスに引火する危険性が残り、不完全なものでしたが、1883年にドイツ人炭鉱技術者のウルフ(博士ではありません)によりこのウルフ揮発油安全灯が発明されたことで光度低下と煤の問題が解決しました。ウルフ安全灯は燃料に揮発油(粗製ガソリン=ナフサ)系の燃料を使用するのが特徴で、煤の発生が殆ど無くなり、灯油の安全灯の欠点を克服しました。また金網部分を囲う風よけ(ボンネット)が円筒状の普通型、鎧状の鎧型に分類され、今回のウルフ安全灯は鎧型に属します。イギリスなんかでは比較的にメッシュの風よけが丸い普通型が多いようですが、アメリカでは鎧型、日本でも見かける数の多いものは鎧型ウルフ安全灯のような気がします。
 日本では江戸期から明治期に入り、比較的に地表から浅いところで採炭していた時代には通気と排水の問題はいつでも付いて回りましたが、ガスの問題にはまだ直面しておらず、陶器の油皿やブリキの油壷に灯心を立てた裸火のカンテラで事足りておりました。しかしだんだん深いところで採炭することでしばしばガス爆発事故を起こすようになり、デービー、クラニー、マルソー式などの輸入安全灯が坑内に用いられることになります。当時は専ら明かりとしての利用でした。炭鉱の話に出てくる「カンテラ」というのはこの時代以降の安全灯のことを意味します。また安全灯はその炎の伸長によりメタンガス(沼気)発生とその濃度を知る重要な検知器の役目を果たしました。メタンガス発生を知る手だてがまったくなかった時代には、この恐ろしい無臭で空気よりも軽い可燃性のメタンガスの発生を知るために、坑内に篭に入れたカナリヤやハツカネズミを持って入り、カナリヤが止まり木から落ちたり、ハツカネズミの動きが鈍くなると急いで坑内から脱出するという動物感知器が使用されたようです。
 しかし、日本では炭鉱のカンテラというと炭鉱資本の弱者からの収奪と過酷な炭鉱労働のシンボル的な存在かもしれませんが、かの発明王エジソンが2人の熱心な鉱山技師の願いによって開発した防爆の充電電池式キャップランプにより日本でも大正期から昭和の始めにかけて、大手の山を中心にウルフ安全灯はエジソン式キャップランプに取って代わられ、それ以後は明かりとしてのカンテラの役目から簡易式メタンガス検知器として使われることになります。ガス検知器として使う場合には炎を青火の1.5ミリの高さに調整し、メタンガスに晒された場合にその炎の伸長具合でメタンガスの濃度を測定するというものでしたが、昭和になってから理化学研究所の光学干渉式ガス検知器である理研ガス検知器の登場により、よっぽどの小炭鉱でもないとガス検知器としては使われないものでしたが、ロシアの一部の炭鉱では未だにウルフ燈が唯一のメタンガス検知システムなんていうところも21世紀の世の中になっても存在するようです。金属鉱山では可燃性ガス発生の心配がなく、ウルフ安全灯のような防爆安全灯が必要ありません。そのため、裸火を使うカンテラで事足りて、カーバイドを使ったカンテラが使われましたが、こちらもキャップランプの普及と共にカンテラは明かりの役目を終え、カーバイドランプは酸素欠乏検知器の役目として長く使用されました。マインランプなどといわれる真鍮で出来た小型のカーバイドランプですが、酸素が欠乏した坑内では、カーバイドランプの炎が弱くなったり小さくなったりするのを見て、酸欠の危険回避をするために持ち歩いたもののようで、全国鉱山のない都道府県はなかった(東京も例外ではありません)ため、いまでも全国各地から出てきます。うちにあるマインランプは東京の日本光測機製作所製でこの会社は昭和30年代末までTARONというブランドのレンジファインダー式カメラを作っていた会社と同一だと思われます。元はNKSとかいうシャッターを作っていた金属加工のメーカーのようです。そういえば、トーチランプなんかを作っている栄製機がこのマインランプの復刻版を発売していて、今でも入手可能ですけど、いいお値段のようです。
 このウルフ安全灯は2年半ぶりにオクで発見した物でした。2年半前のオクの時は旭川の古物商から出たウルフ灯が6,000円台勝負で結局降りてしまい、その後まったく検索に引っかかりませんでしたが、どうやら炭鉱のカンテラとでも注釈がなければ、こういうものを炭鉱モノと結びつけるのが無理のようで、この倉敷の骨董屋さんも単なる古いアメリカ製ランタンと検索ワードしか載せていなく、2名ほどコールマンコレクタの入札があったものの2,200円という落札額で入手したものです。前回のウルフ灯が「本多商店製ウルフ式安全灯(注1)」とおぼしき真鍮を素材とした国産だったのに対して、今回入手したウルフ灯は一部鋼鉄板を使用した頑丈な米国製です。ウルフセフティランプカンパニーというのはイギリスの会社で、現在も充電式の携帯用防爆ライトなどを作り続けていますが、今回のウルフ安全灯はこの会社がアメリカに設置した現地法人の製品でした。どういう経緯で日本に輸入されたのかはわかりませんが、おそらく明治の末から大正の始め頃に三井物産を通じて三井鉱山系の炭鉱にもたらされた製品かもしれません。(追記:三井物産はドイツのSEIPPEL式ベンジン安全灯を輸入して三井系の炭鉱を始めとした各地の炭鉱に売りこんだようです。このSEIPPEL灯はメタンガスの少ないドイツの亜炭炭鉱用に作られていて、メッシュを囲うボンネットが無く、日本の炭鉱で使用するにはいろいろと問題があったような…)e-Bayにちょうど同じものでトップが真鍮ではなく黒色の鉄製のウルフ灯が1台出品されていて、その説明によると1915年前後の製品ということです。日本では大正期の製品と言うことになります。
 このウルフ安全灯はメタンガスを検知して筒内で小爆発を起こしたり、何らかの原因で火が消えた時に再着火が分解せずに可能なように、オイルライターの着火システムのようにフリントとヤスリ車を備えており、これを安全灯の外から操作して再点火する事が可能です。また、ウルフ安全灯に使うフリントは、網の外に火花が飛び散って外のメタンガスに引火しないように特殊な物をするという話。カンテラの再着火が可能になり、以前、まだ地表から浅いところで採炭していた頃に、カンテラの火が消えたといっては坑内の火番所というところに出掛けて煙草を吸うため、わざとカンテラの火を消すスカブラ坑夫がいたそうですが、ウルフ灯ではそんなことも出来なくなったようです(実際に文句が出たという話も…)。また、このウルフ安全灯は事故防止のために坑内でむやみに分解できないように、磁石式のキーを使って地上の安全灯室でのみ分解・清掃・給油などを行っていたという話を聞きますが、その構造については詳しくは知りません。さらに時代が下ってメタンガス検知として使用する場合には、専門の係員によって使用されましたが、やはりメタンガスの濃度が高い現場は危険なことには変わりなく、取扱を誤ってガス爆発を起こした事故例もあったようです。そういえば、オリンピックの聖火がギリシャのアテネで太陽から採火され、開催地にもたらされるとき、この炭鉱用安全灯に移されて飛行機に乗せられるのを見たことある人がいるのではないでしょうか?もちろん複製品の安全灯でしょうけど(笑)
 問題の磁石式ロックですが、今回入手したウルフ安全灯は後の時代の製品からか、磁石に依存しない単なる四角い頭の埋め込みアンカーボルトを抜くタイプでした。おそらく柱時計のゼンマイを巻くようなネジ巻きを使うのでしょう。ドライバーで回すことが不可能ですからこれでも坑内でランプを分解される危険性はありません(逆に本多製のウルフ灯は戦後になってからも磁石式ロックでした)。磁石式のロックなんか使わないで最初からアンカーボルト式にしたほうが構造が簡単なのに、とかく設計者というのはこういう技術的な冒険を犯しがちなものなんでしょう。そのために地底の坑夫だけでなく、骨董品として炭鉱用安全灯を手にした人もどうやって油壷とボンネットを分離してよいのかわからず、分解不能に陥っている人が多そうです。それを考えたら完璧な安全装置であることは確かですが(笑)
 注1、現、本多産業株式会社(現、安川電機子会社、安川電機は旧明治鉱業系)

Wolfseibi
北炭夕張鉱でのウルフ安全灯整備作業(北炭の絵葉書から:大正期)
キャップランプ以前の安全灯室です。机の上のおびただしい数のウルフ灯に注目。北炭の女性従業員は袴姿が制服だったんですね。左端の女工さんは大きなオイルタンクより燃料を注入しているような様子です。大正末期になり充電式のキャップランプが使われるようになってからは、このような大がかりな安全灯整備作業は見られなくなりました。鉱山規則で安全灯室はキャップランプの充電室とウルフ安全灯の整備室は区画を仕切って設置することになっています。充電によって発生する可燃性ガスに引火するリスク軽減のためです。


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Comments

こんにちは!
今日、某骨董市でウルフ安全灯を見つけた際、こちらのサイトが大変参考になりましたので、お礼を言わせて頂きます。(売ってた業者は、アセチレン灯と言い張ってました)尚、入手したのは国内版の磁気ロック式の品でしたが、こちらについても自力で解除することに成功しました。

Posted by: どす恋 | June 21, 2015 11:26 AM

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