パターソン安全灯(炭鉱用カンテラ)
炭鉱用安全灯といっても我が国ではまったく省みられないアンティークで、船舶用の古いランプと誤認され(発火物や爆発物を搭載する商船や軍艦では使用されましたが…)流通するような有様です。そんな船舶用ランプとして売りに出されていたものを入手したのが今回のマルソー型安全灯でした。イギリスやアメリカでは炭鉱の安全灯(FLAME SAFETY LAMP)はコアなコレクターも多く、今でもレプリカが数多くイギリス本国や台湾などで作られていて、いかにこの炭鉱用安全灯が愛されてきたかの証拠ですが、どうも日本の石炭産業というと「エネルギー転換政策で安楽死させられた産業」の意識があるためか、石炭産業自体にこよなく興味を持つのはある種の廃墟趣味の烙印を押されかねないような(^_^;) とはいえ、夕張市の財政が破綻し、夕張新鉱ガス突出事故からちょうど25年目の日に我が家にこの炭鉱用安全灯がやってきたのは何かの因縁でしょうか。
今回入手した安全灯はイギリスはニューカッスルのパターソン社の製品でした。ウルフ揮発油安全灯より旧式の油灯式安全灯で、ロッキングシステムもリードリベットロックと呼ばれる鉛のリベットで封印するか南京錠を用いる単純な安全装置です。芯の上げ下げもウィックピッカーという鈎状の針金で動かす原始的なもの。もちろん再点火のための着火装置なんぞありません。構造的には丈夫なスチール製のボンネットが特徴的で、ボンネット下部の丸い穴がサークル状に並んだところから2重の金網を通して吸気し、排気は金網のトップからスチールボンネット上部の穴から抜ける仕組みですが、中にブラスのチムニーを備えており、空気の流れからはマルソー式ながらミューゼラー式の部分も兼ね備えており、双方のいいとこ取りというような構造になっていました。マルソー式というのはガス気の多いフランスで発明された安全灯の形式で、メタンを含む風よけのボンネットと2重のガーゼメッシュを備え、空気はボンネット下部の吸気口からガーゼメッシュを通して吸込み、腰ガラス内の灯芯で燃焼に使われた後ガーゼメッシュのトップを経てボンネット上部から横に抜けるという空気の通路が特徴となるタイプの油灯式安全灯です。その後各国で色々アレンジされたマルソー型安全灯が製作され、このパターソン安全灯も少々構造的にアレンジされたマルソー型安全灯と言えるものです。年代的には1887年前後と推察できますので、軽く100年は経過したアンティークと呼ぶことも出来ますがイギリスでは他国に比べ、揮発油安全灯が開発された後もこの単純な油灯式安全灯が20世紀に入ってもかなり長い間製造され続けたようです。このパターソン社という会社は安全灯の世界では後に高輝度安全灯(HCP:ハイキャンドルパワー)によって名を残しますが、今現在は同名の会社は現在存在していないようで、ニューカッスルのパターソン社で検索すると自動車ディーラーが出てきました(笑)
厳重に梱包されて到着したこのパターソン安全灯は、先のウルフ安全灯と違ってメタンガス検知の用途としてのみ坑内に用いられるというよりも、実際に明かりとして坑内に用いられた時代の物で、そのため使用痕がいたるところに残っており、最初はきれいに磨き上げ、スチールパーツはリブルーしようかと思っていたのですが、そのままのほうが石炭産業のリリックとしてはふさわしいと思い、スチールボンネットをオイルで錆止め処理しただけであとはそのままにしておきました。ウイック以外は欠品がありませんでしたが、100年も経過してますので2重の外側ガーゼメッシュトップが破れていました。外側から見てもわかりませんがこれは致し方がないでしょう。ウイックの幅はちょうど1/2インチで、これは市販の4分幅のランプ灯芯が使えそうな感じです。燃料は単純に点してみるだけであれば、値段は張りますが灯油ランプ用のパラフィンを使用した方が後の掃除が楽そうです。揮発油安全灯のウルフ灯とは当然の事ながら燃料は共用できません。油壺と腰ガラスから上の部分とはリードリベットロックですが、腰ガラスのガードピラー部分とスチールボンネット部分もネジで分解出来るようになっており、この部分は一本だけ長いガードピラーが油壷を接合することで上に突き出し、スチールボンネット下部の空気穴とはまり込むことで上下が分解出来ないような安全装置が付いていました。
このように初期のデービー灯やクラニー灯と比べるとメタンを含む空気の流れにも、人為的な取扱ミスにも格段に安全になったと思われる19世紀末の安全灯ですが、それでも高所から落としてより高速な気流に晒すことになったり、機械的に腰ガラスを破損し、結果的に裸火をメタンガスや炭塵に晒すと爆発事故を起こします。このような取扱の不手際によって爆発事故を起こしたことは古今東西に少なからずありました。
炭鉱では過去の爆発事故によって犠牲者その他が未回収になることが往々にしてあり、大正時代の北炭夕張炭鉱北上坑のガス爆発事故のときの古洞に昭和の29年頃に行き当たったことがあるそうで、古洞といっても夕張では強い盤圧でぺしゃんこになっているような状態。そこで1ヶ月に渡り人骨らしき痕跡や鶴嘴の先などがつぎつぎに出てきて、何か生きた心地がしなかったなどという話を聞いたことがありますが、九州の貝島大之浦炭鉱桐野二坑の大正6年ガス爆発事故でも39年後の昭和31年、採炭中に事故跡に遭遇し、このときも鶴嘴やせっとうなどの遺品が回収されましたがそれらに混じってガス爆発で原型を留めぬほど破壊されたウルフ安全灯の残骸も回収されています。ガス爆発によっても油壷とガードピラーの部分は分離しませんでしたが、ボンネットは吹き飛んで無くなり、恐ろしいことに油壷の底と側が吹き飛んで蓋と芯の調整ネジだけになっているという破壊ぶりのウルフ安全灯でした。これを見ても炭鉱のメタンガスの爆発という物がいかに凄まじいかということがわかると思います。
炭鉱用安全灯は、調べてみるとイギリスのトーマスウイリアムズ社の油灯式リプロダクションや台湾製レプリカの他に、アメリカの老舗安全灯メーカーのケーラー社(KOEHLER BRIGHT-STAR CO.LTD.)が本来の用途(トンネルやマンホールの簡易メタンガス・酸欠検知)用として発売し続けているようです。このケーラー社は日本でもコアなフラッシュライトマニアの間では知る人ぞ知る存在らしく、日本でも正規の代理店が存在するような。元々アーネスト・ケーラーという人が1912年に地元マサチューセッツ州マルボロタウンの靴の木型工場を買収して生産拠点とし、最初から鉱山用の蓄電池式安全灯と揮発油安全灯を平行して生産してきたような会社らしいですが、鉱山用安全灯メーカーとして生き残っているのは英国のWOLF SAFETY LAMP CO.LTD.同様です。
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