« December 2006 | Main | February 2007 »

January 21, 2007

10日ぶりにアンテナ復旧

 6日夜半から7日にかけて通過した台風並の勢力を持つ爆弾低気圧のおかげで場所によっては風速48メートルという被害を生じた北海道でしたが、我が家でも吹き戻しの突風で屋根に上げていたHF用のアンテナのステー線が根本から切断したおかげで屋根馬ごと倒壊するという被害を生じました。翌朝、一面の雪に覆われ、そのまま雪が屋根の上で凍り付いてしまったために、屋根に登って復旧作業に掛かるわけにも行かず「や〜ねぇ」なんて駄洒落を言っている場合ではありません。そしてそれから何日も真冬日が続き、一向に屋根の氷が融ける状況には至りませんでしたが、17日に寒気が緩んで融け始め、18日にやっと屋根に登れる状況になりました。翌日からまた天候が悪化するという情報を得ていたので、平日にも係わらずこれを逃すと本当に春まで復旧作業に掛かれないと思い、昼から1時間程を割いて復旧作業に取りかかりました。(翌日、また雪が積もりましたので、結局この日にしか作業は出来なかったことになります。)
 工具を腰にぶら下げ、耳隠し帽の上にヘルメットを被って屋根の上に登ると、やはりステー線が根本から切断したのが倒壊の原因だとわかりましたが、北側の1本が切れて切れたのではなく、北側が切れてバランスを崩し、それが引き金となり更に東側の1本も切れた事で屋根馬ごと倒れたということのようです。6バンドのGPアンテナのため、各バンド1本ずつの計6本の地線が放射状に伸びていたのですが、そのうち真南に伸びていた28メガの地線が倒れたときに「の」の字にひん曲がり、21メガ用の地線の先端も少々曲がるという被害を生じていました。28メガの地線は根本のネジも曲げており、ナットが緩みませんが、何とか取り外すことに成功しました。切れたステー線を2本交換して屋根馬ごと垂直に建て直そうとすると、7メガのフルサイズダイポールが地上のガレージの軒先に引っかかってそれが邪魔になり立ち上がりません。面倒なので一度ダイポールのバランを垂直ポールから外してアンテナを立て、4方向のステー線のテンションを調整してから一度地上に降りて軒先からダイポールのエレメントを外して再度2階の屋根の登り、ダイポールのポールに装着使用としたら、今度はステー線を張ってしまった後なのでステー線が邪魔になりダイポールのバランが定位置に上げられない(^_^;) 風がまったくなかったので良かったのですが、慎重に南側のステー線を外してダイポールのエレメントをステー線より上にし、ステー線を元に戻してからダイポールを定位置に再装着しました。しかし、当日は真冬日を脱してプラスの5度くらいまで気温が上がったと思いますが、1.6ミリの裸銅針金製のダイポールエレメントが低温で短縮しているらしく、夏場と比べて引張りテンションがかなりきつい感じでした。電車の架線も気温の変化による寸法差に対応するために、夏と冬ではテンションをかけるコンクリートの重さを100キロ単位で変えるらしいですが、たかだか片側10メートル半の銅線とはいえ、夏場と冬場ではどれくらいの寸法差を生じているのでしょうか?
 とはいえ28の地線以外は無事だったアンテナですが、短縮コイルの先から激しく曲がった28の地線を、当初トーチで暖めてから曲がりを直そうと思っていたのにも係わらず、面倒くさくなってそのまま真っ直ぐにしようとしたら、短縮コイルの先の部分にヒビを入れてしまいました。今の季節は28メガで話し相手がいないので今すぐ必要な事はないのですが、一旦切り離してアルミパイプの中子を入れ、ビス接合してごまかそうかと思っています。
 土曜日の午前中は21メガが良く開いていて、うちからは1エリアの一部がスキャッタでよく入感し、あと九州から沖縄までけっこう賑やかに聞こえていました。21メガで1エリアは宇都宮のOMさんと冬シーズンに初めて交信しました直後、つくばの1総通/1陸技/1アマ持ちの友人が電話を掛けてきて20分ほど話し込んだあとに再度21メガでダイヤルを回したら、なんとバンド中が静かになっています(T_T) 正月のQSOパーティ以来初めての交信になるので、もう何局か交信しておきたかったのですが。

| | | Comments (0) | TrackBack (0)

January 18, 2007

FUJI No.86 生徒用計算尺

 このFUJI No.86という計算尺はプラスチック構造を主体とするFUJIの計算尺群にあっては珍しく竹製の計算尺です。それも学生用の8インチ尺でありながら、K尺のない表6尺で滑尺裏に三角関数も何もない構成はHEMMIの児童用計算尺 No.2641そのものなのです。HEMMIのNo.2641は戦時中から昭和20年代の製品らしいのですが、なぜ技研からFUJIに変わった昭和40年代になってこのような古い学生用計算尺が出てきたのかが非常に不思議です。またHEMMIは後にこのNo.2641をプラスチック製のNo.P24にモデルチェンジさせたようですが、このP24は実際には技研がHEMMIの下請けとして生産にあたったようであり、そのプラ尺の技研がなぜFUJIブランドになってから竹製の計算尺を発売したのかも不思議です。さらに不思議なことに昭和30年代末の技研のプライスリストの中には、このNo.86に該当する6尺構成の8インチ尺が見当たらないのです。又、皇紀2600年を記念して付番されたHEMMIのNo.2600シリーズの中で、No.2640は中等学校用計算尺、No.2641は国民学校用計算尺というコンセプトで開発されたものであり、戦後の六三制にあっては双方ともいささか学習用としてはちょっと脇道に外れる物であったためか、その後中学生用の計算尺(HEMMI No.43&45等)が相次いで発売されることになります。その国民学校高等科向きと同等の計算尺が昭和40年代になってラインナップに加えられる理由があったのかどうか…
 No.2641は手持ちがないのでcyno_yさんのブログ上にUPされている写真などから比べるしかありませんが、HEMMI No.2641もこのFUJI No.86も滑尺裏がブランクとなっており、裏側にセルロイド窓が開いていないのも同じです。ただしNo.2641は滑尺裏の空白部分にもセルロイドが張られているようですが、No.86のほうは白ペンキ塗装となっています。No.2640とNo.2641のサイズは後のNo.45に引き継がれていますが、これよりNo.86は長さが1センチほど長く幅は2ミリほど狭くなっています。おそらくFUJIの竹製8インチ学生尺のNo.81と同じベースを使用しており、長さはHEMMIのNo.45Kのほうに近くなっています。そのためHEMMIのどの8インチ尺ともカーソルの互換性が無く、この手の計算尺にしては珍しいガラスのはまった金属製カーソル枠上部にはちゃんと「FUJI」の刻印が付いています。尺の配置や数字の刻印の仕方はほぼNo.2641そのものですが、πマークはRELAYの計算尺のπに近い感じがします。バックプレートは金色のアルマイト加工をかけたアルミニウムらしく、まるで昔のアルミの弁当箱のよう(^_^;) 裏に換算表の類は貼られていません。材料のエージングが良くないためかセルロイドを貼った方向に少々湾曲していました。戦時中のHEMMI計算尺そっくりの黒い蓋無しの紙サック入りで定価が200円というシールが貼られています。しかし、昭和40年代で定価200円というのはかなりのディスカウントプライスで、同時代にプラスチック学生尺で内箱無しのFUJI No.88が定価380円。最終型のHEMMI No.P24でさえも定価350円ですからかなりのディスカウントプライスです。意外にFUJIが輸出用として発注を受け、その際に「竹」の仕様を指定されていたものが何らかの理由でキャンセルになり、仕方が無く換金のために国内に流したとか、他のOEM専門計算尺製造工場の仕掛品を引き受けた、などと仮定すると昭和40年代にこういう計算尺が国内向けとして存在したというのもわかろうというものですが、而してその実体は…。また、ガラスカーソルなどFUJIの手法と余りにもかけ離れる所が多いので、FUJI自体で製造した物ではなく、他の工場による仕事である可能性は高いと思われます。一般的にFUJIの計算尺には製造年月を推定する刻印はみつかりませんが、このNo.86にはモデルネームの下に4-3という刻印があります。同じ竹製のFUJI No.81にはこの手の刻印は見たことがありません。
Fuji_86
FUJI No.86の表面拡大画像はこちら
FUJI No.86の裏面拡大画像はこちら

| | | Comments (0) | TrackBack (1)

January 17, 2007

HEMMI No.264 高校生用計算尺

264logo  HEMMIではたまになぜこんな計算尺をわざわざ新たに作ったのか理解に苦しむものがありますが、このNo.264も存在意義が理解し難い計算尺の代表かも知れません。HEMMIのNo.264という計算尺は特徴のある計算尺の多い260番台の計算尺にしては非常に地味な存在で、用途としては高校生用の計算尺です。尺の配置はベストセラーNo.P253とまったく同じで、値段からしてもプラ尺の方が有利なのにも係わらず、なぜP253の竹バージョンを作らなければいけなかったのか、その理由がわかりません。そんな計算尺ですから本家のP253より製造期間も短く、さらにP253よりも早くフェードアウトして市場から姿を消してしまったような感じです。また、そもそもが国内の主に工業高校生を対象として作られた計算尺のため、海外では見つからない計算尺の為か、海外の計算尺コレクターの需要があり、オクに出品されてもその殆どが代理入札業者の手によって海外に流出する計算尺です。何の変哲もない高校生尺ですが、海外では希少性ゆえにコレクターズアイテム化しているのですね(笑)そのなかでも特に「No.264-S」という付番のモデルがありまして、何が違うのかというと表のL尺にdBの記号と目盛が一緒に刻まれているだけ。2664S-Sなんかに比べたらもう詐欺みたいなものですが、それでも-S付きのNo.264を海外のコレクターが目の色を変えて捜しておりますから、dBの赤刻印と赤目盛に高いお金を払うなど、まったくもってコレクターとは不可解な(^_^;) さらに内容は同じでも表面の尺レイアウトと幅が異なるNo.274という兄弟尺があるのですが、これこそ何のために264と差別化して新たにリリースする必要があったのかがわかりません。とはいっても国内の工業高校向けで海外に輸出されておらず、これも海外コレクターに大人気のようですが(笑)
 このようなNo.264ですが、RICOHにするとNo.1051Sというのが競合商品になります。もっともRICOHのNo.1051SのベクトルはHEMMIのNo.P253に向かっているのですが、HEMMIがRICOHのシェアを押さえるためにわざわざ竹製のNo.264を作ったのであれば、何となく短期間だけこういうものが商品として存在した理由がわかろうというもの。昭和43年頃なってからNo.2664S-SやNo.2662が急にHEMMIのレギュラーモデル化したのも、何となくRICOHのNo.116やNo.116D対策だったような気がしていましたが、No.264などという、「あってもなくてもどうでもいい目蒲線」ならぬ両面計算尺が出てきた背景も、いちおう計算尺のリーディングメーカーの面子を守るため、RICOHのNo.1051と同じ計算尺を用意する必要があったというのが、案外その発売理由かもしれません。もっともHEMMIには検定上級受験用として十分に使える工業高校用計算尺HEMMI No.254Wシリーズがありますので、わざわざNo.264を買う理由がありません。No.254Wが高価と感じれば安いNo.P253を購入するほうが絶対に得だったでしょう。
 さて、以前は希少尺扱いでP253の倍の相場はしたNo.264でしたが、最近は出品数が増えて希少尺落ちしたためか、競り合うライバルも減り落札額も定価の半分程度で入手することが出来ました。入手場所は仙台からです。杜の都、仙台は東北きっての学都で、以前にもかなり珍しい計算尺を数本入手しています。40年代の発売だけに紺帯の貼箱に入っていました。後の製造分は角青蓋の塩ビケースが付属して出荷されたようです。刻印は「UB」ですから昭和45年2月の製造になります。箱がきれいだったので、中身はどうかと思って取り出したら、殆ど使った痕跡のないほぼ未使用に近い状態のものでした。上固定尺を止めるネジ山がまったくのウブでしたし、カーソルバネにもまったく摩擦の跡も残っていません。表裏のカーソル線もそのままで何の狂いもなくピッタリ合っていました。そのため滑尺を軽く蝋引きし、カーソルグラスだけレンズクリーナで磨いただけでお終いです。
 No.264はいちおうNo.P253の竹版と言われますが、何か相違点があるのか無いのか捜してみます。比較する手持ちのNo.P253は「MB」ですから昭和37年2月製。入手したNo.264を遡ること8年前の製造の計算尺になります。表に限ってはゲージマークや赤の使い方、C尺D尺の4〜5間の目盛単位を始めとして相違点は見つかりません。裏は三角関数尺の目盛の切り方に相違があり、No.P253はTI1 & TI2尺の45度付近が1/2度単位となっており目盛が疎であるのに、No.264は1/6度で目盛が細かくなっています。しかし40年代のP253は1/6度単位目盛となって目盛が細かくなった製品に知らないうちにマイナーチェンジしたらしいので、発売時期の遅いNo.264はより新しいNo.P253を模したとすると他には相違点がまったく見つからない事になります。
 物は試しにほぼ同年代のRICOH No.1051S(RS-11刻印)と比べて見ることにしますが、表側はべき乗尺のレイアウトが上下逆であることが見かけ上の違いで、その他C尺D尺の2以下の数字が0.1ごとに刻まれているのはRICOHのお約束通り。他にはNo.1051Sの表尺にはπを含めてゲージマークが一切省略されているのですが、これはNo.264と違ってNo.1051Sのほうは裏の滑尺にもC尺が刻まれていてこちらの方のC尺D尺に一通りのゲージマークが存在します。裏滑尺上のC尺の存在はむしろNo.264よりもNo.274に近いことになります。裏面の三角関数は目盛の刻み単位もまったく相違はありませんがNo.1051Sのほうは順尺、No.264のほうは逆尺表示です。しかしどちらも逆の数値も刻んであるので、実質は相違ありません。またNo.1051S-1という計算尺は逆尺の表示なので、No.264の方とほぼ同じものということになります。又、裏尺にもC尺を配置した関係で、No.1051Sのほうは滑尺の幅がほんの少々広いのですが、全体の幅はNo.264と相違なく、No.153やNo.250/251と同じサイズとなります。HEMMIでは滑尺の幅の制限でNo.264の裏滑尺上にC尺を配置出来なかったため、幅広のNo.274を作ることになったのでしょうか?そうなると何となくNo.274という計算尺が出来た理由もわかりそうな物ですが、どうしてもHEMMIでなければいけないという純血主義者ならいざ知らず。普通の人ならRICOHのNo.1051Sの方を買ってしまうよな(^_^;) RICOHの「一尺増えて値段も安い」をHEMMIが追随してもどうもRICOHの売り上げを食ったという成功例は見ないようですが、たぶん高校の現場において使われた数はNo264とNo.274を合わせてもRICOHのNo.1051系の数には及ばなかったような気がします。まあHEMMIとしては内田洋行を通じて毎年学校に納入されるNo.254WNの存在もあった訳ですし、No.264の売り上げにはそれほどこだわらなかったのでしょう(笑)
 しかし、普段使う分にはどうもP253のほうは薄すぎて剛性が足りず、手荒に扱うと滑尺を折ってしまいそうに感じますが、このNo.264であれば安心感があり、名機P253の血を引いてますから普段使う分には必要十分と感じさせます。机の上に転がしておくのであればベストチョイスに近いと思いますが、それにしてもまだHEMMI No.264よりRICOH No.1051Sのほうが安く手に入るし、品数も豊富なんですが(^_^;)
Hemmi264
HEMMI No.264の表面拡大画像はこちら
HEMMI No.264の裏面拡大画像はこちら

| | | Comments (0) | TrackBack (0)

January 08, 2007

HFアンテナ倒壊す

 台風並に急速に発達する爆弾低気圧のおかげで8エリアは7日の未明から大荒れになり、浦河では瞬間最大風速48メートルを記録し、函館でも40メートルを記録しました。風だけでなく湿った雪も積もり、各地で風雪のために電線の切断や電柱の倒壊などもあって、局地的に7日早朝から停電する世帯が続出しました。我が町は風こそ朝方から平均10メートル以上の北風になったものの、相変わらず積雪ゼロ。7日午後から雪混じりの雨になることもありましたが、気温が高いせいか路面に雪が積もるような状態ではありませんでした。このまま大した影響もなく低気圧が通過してくれると思ったのですが、夕刻から時々雪混じりの突風が吹くようになり、やばいと思った19時50分頃、突然2階の屋根の上でズサッという音が聞こえたために外に出てみると4年以上建ち続けていたHFマルチバンドのGPアンテナがあるべき所に建っていません。雪混じりの突風に足元をさらわれて一気に倒壊したようでした。
 考えてみると冬になる前にステー線を張り直す点検もせずにそのまま冬に突入したのもまずかったのですが、湿った雪がアンテナに付着し、重量と受風面積も増したところに突風が吹き付け、ステー線を外したか切断したのが直接の倒壊の原因です。幸いなことにラジアルがちょうど2階の屋根からはみ出して倒れたために、アンテナ自体の被害は少なさそうな感じですが、まだ2階の屋根に登っていないので詳しい原因と被害状況はわかっていません。
 さっそく翌日に屋根に登って設置し直そうと朝起きたらビックリ。いままで積雪ゼロだった我が町に雪が15センチも積もって一面の銀世界に(@_@) これで雪がないからすぐに建て直そうとたかを括っていた目論見が脆くも崩れ、このまま根雪になるとしたら春まで手出しができまっしぇん(T_T)
 ところがちゃんとそのまま同軸が繋がってますからワッチする分には支障がないんですがね(^_^;)

| | | Comments (0) | TrackBack (0)

January 03, 2007

ニューイヤーパーティー進行中

 今年もまたシール目当てで2日の午前9時からリグの前に座りましたが、無線に出たのはローカル局とのスケジュールQSOで3.5メガに一度だけ出た意外は実に全市全郡コンテスト以来、その前は8/20日以来という状態でした。いくらサイクルの谷間とはいえ、7月から8月にかけての1,000交信以上のペースからすると落差が激しいのですが、誰に聴いても「ハイバンドはぜんぜんダメ」という答しか帰ってこない状態ですので、屋根よりちょっと高いだけの垂直アンテナの当局が運用から遠ざかるというのもわかろうというもの(^_^;) とは言え、12月の半ば過ぎから国内も21メガ辺りで聞こえる時間帯も現れるようになり、電波伝搬的には季節よりも一歩先に春を感じさせるようになりました。これから土日くらい、少しはハイバンドの様子をワッチしたいと思いますが。
 昨年のニューイヤーパーティは2日のHF伝搬が非常に良くて、14メガはおろか21メガで1エリアは千葉のあたりとも交信できたのですが、今年はサイクルの谷底ということもあって、ここ8エリアからは21メガだと沖縄から九州の北部まで、18メガもわずかに九州、その分14メガが非常に混雑していたような感じでした。ここ1年で14メガにも出ることの出来る局が増えて、上のバンドが列島をスキップしてしまうと14メガにQSYすることが可能になった影響も少しはあるのかも知れません。
 昨年は2mで1時間以上CQを出し続け、結局1時間で3局しかコールバックがないという結果に終わり、屋根より少しだけ高い短いGPアンテナの非力さを痛感させられましたが、今年は2mはコールバック専用でCQは14メガのHFとし、9時からCQをかけると一発目でコールバックをもらったのが大分の二文字のOMさん。この方とは1昨年に24メガでアクティブに運用していたとき繋がって以来、1年半ぶりで2バンド目。次に繋がったのも鹿児島の二文字のOMさんで、この方とは初めてでしたが新年から2文字OMからのコールバックが続くとは「こいつは春から縁起がいいなぁ」なのかしら?(笑)ところがそのころから14メガも開け出すエリアが拡大し、結局バンドエッジに追い立てられてのちCQを諦めコールバックに回るハメに。でも非力なアンテナの局は14メガみたいに絶対人数が少ないバンドでコールバックに回った方が早く局数を稼げるような感じもしますが。
 その間にもローカル局がCQを出している2mへのコールバックにも回り30分間で10局程度交信し、さらに14メガに戻ってコールバックするなどして2時間掛からずにとりあえずは20局以上は交信しました。21メガでも鹿児島の方と交信したり、同じくローカル局で今まで2mでしか交信歴のない局と21メガで交信したり、さらには頻繁にお話しする宮崎の局と初めて18メガで交信して5バンドQSOを達成したりして、合間を見て色々な周波数に出入りしてましたが(笑)
 ところで14メガで交信したローカルの国立工業高専の教授殿は、万年部員不足でいつも存亡の危機に立たされている同校無線部の顧問でもあるのですが、昨年の全市全郡のときに同無線部のコールサインでYLさんが出ていたので、そのことを尋ねたところ、久しぶりに新入部員が数名入部し、そのなかの2名がYLだったとのこと。工専新入生で無線部に入部するYLなど今や国宝級の方たちですが、コンテストに参加する以外に日常的に無線に出ることが可能な環境がなく、オペレートを聴いてもコールサインがなかなか取れなかったりしてもっと交信数を経験させないといけないと感じてます。部のメインのHF機材もうちと同じTS-830Vだっていう話だったかな?だれかこの無線部に設備面でバックアップして下さる人はいませんか?(^_^;)

| | | Comments (1) | TrackBack (0)

« December 2006 | Main | February 2007 »