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March 05, 2007

ばね計算尺

 昔、製造メーカーにいた関係でそこで部品として使用するバネはコイルスプリングからネジリばね、はたまた規格外の特殊な形の板バネまで合わせると千数百種類もありました。こちらは設計者ではなく業務・営業畑だったために、社内の学卒ほやほやの新米設計屋には「極力部品を共通化してネジとバネの種類を減らせ」と要求したのにも係わらず、長さが2ミリほどしか違わない特注ネジやバネが沢山必要な設計が上がってきて、文句をいうと「そこまで余計な手間を掛けると設計が予定期日に間にあわない」とか何とか言われて、よく設計屋とケンカしていたことがありました。結局押しきられてしまって特注のネジやバネが新製品のたびごとに増殖していき、サービス用の部品供給に頭を悩ませていた事を思い出します。我々が扱っていたばねというのは線経たかだか0.3ミリから0.5ミリくらいの物が多かったために「スプリング」というとこういう細かい物を連想してしまいますが、一般的にスプリングのイメージというともっと大きな自動車用のコイルスプリングなどのイメージでしょうか?ということで、仕事では大田区のばね工場よりばねの調達係は務めましたが、ばねの設計はしたことはもちろんありません。おそらく一生のうちでばねとの縁はこれくらいです。そういえば朝の連ドラ「ファイト!」は高崎の木戸製作所という零細ばね工場が舞台でした。ばねの設計が出来る人の方が特殊な能力だと思いますが、ばねの設計は材質・線経・巻の直径・長さなどが絡んで押し・引きの強さなどが決まってくるらしく、以前はそれらの数値を大まかに計算するために専用の計算尺が用いられたようです。HEMMIでは特殊計算尺の400番台にNo.401という型番のコイルばね設計用両面計算尺があって、オクには年に1本くらいしか出てこないようなレアな計算尺です。2005年8月に1本デッドストックでオク出品され、例によって代理入札業者の手により国外流出しました(笑) ところが群馬県の桐生の特殊計算尺研究所というところが設計してどこかに作らせたばね設計用計算尺の存在は噂では知っていましたが、現物を見るのは初めてでした。評判に違わず滑尺が2本付いている計算尺で、さながら「妖怪・猫又」のような計算尺の化け物です(^_^;) 現物は見たことありませんが、実は19世紀には単位換算尺として滑尺が2本あるものが存在したようで、その2つの滑尺の目盛はまったく同一で、下の尺をカーソル代わりに読みとりに使用するか、上の尺が目外れを起こしたときに下の尺を差し込み、目外れがおきないように連続して数字を追えるようにしたものらしいです。当然の事ながら計算尺にカーソルが付き、ずらし切断が普及することにより意味がなくなり。この滑尺2本の計算尺は十九世紀末には廃れたようです。
 今回入手したばね計算尺の2つの滑尺の目盛をどう組み合わせて数値を計算するのかは、ばねの専門家ではないのでわかりかねますが、カーソル上に副カーソル線が色々と刻まれていて、当方の高校物理B程度の力学知識でまったく基本的な計算くらいしか出来ないのは、いきなりHEMMIのNo.266を入手した高周波のシロウトと何ら変わりません。HEMMIのNo.401あたりだったら何となく使える気もするのですが、滑尺を2本組み合わせて更に副カーソル線で答を導き出すとなるとかなりハードルが高いです。計算尺操作においては最難関計算尺の部類に入るかも知れませんが、それが特殊計算尺たる証明なのかも知れません。
 このばね用計算尺は横浜は綱島近辺にお住まいの古いJA1コールのOMさんから譲っていただいたもので、本業は機械の設計を生業とされている方でした。仕事で使用しようと、説明書無しのほぼ未使用状態中古で昭和45年頃に入手したらしく、当時調べてわざわざ桐生の製造元に電話を掛けたら本人が不在で奥さんが電話に出られたそうです。そこで話を聞いたらもう計算尺には仕事として係わっていなくて、今は別な発明を行っているということだったらしいですが、そのため当時とて説明書のコピーなども入手出来なかったようで、基本的なねじりばねの計算尺操作法だけ後に会得して、その操作法を書いた紙をいただきました。そのOMさんの感想では「ばねだけ専門に設計している人なら重宝するかもしれないが、たまにばねの計算も必要とする程の機械設計屋にとっては、かえって煩わしかった」とのことです。案外、専用計算尺の存在というものはそんなものなのかもしれません。そのねじりばねの計算に係わるのは表面だけで、裏側の操作は皆目見当も付きません。実はこのばね用計算尺は2種類の物があるようで、滋賀はKIMさんのHP上の計算尺と今回入手したものは尺の種類が相当異なります。更にKIMさん掲載の計算尺は普通のマイナスネジを使っている計算尺なのですが、今回入手した計算尺はカーソルネジを含めて全てプラスネジとなってました。そうなると時代が下ってからの計算尺であることは間違いなく、さらに特殊計算尺研究所のマークも何もなくなってしまってますので、もしかしたら生産と販売は特殊計算尺研究所から離れて別な会社からリリースされたものかもしれません。また、頑固社長の徒然日記に写真は不鮮明ですが、ばね設計用具の一つとしてばね用計算尺が掲載されています。この写真の計算尺表面の尺種類はむしろKIMさん掲載のものに似ているのですが、固定尺を止める金具がまったく違うもののように見えます。そのあたりの経緯に触れている記述がまったく見当たらず、何も推測することが出来ません。一つ言えることは今回入手したものは先に発売されたパネ用計算尺のかなりの改良版で、おそらくコイルばね以外の板ばねやねじりばねなんかの計算に対応しているのではないかと想像しますが、同じばね用計算尺としてはコイルばね専用のHEMMIのNo.401などは足元にも及ばないほど複雑な計算尺です。普及版と改良版の2種類が存在していたのでしょうか? 普通の両面計算尺の下に追加されたようなもう一本の滑尺ですがこれは下に追加された横金具(鉛筆のような六角形の金属)の角とかみ合ってスライドする物で、下部カーソルバーともども60度の角度に溝が切られています。これがなかなかのアイデアで、やはり設計者は凡庸な町の発明家ではありません。上固定尺の上部にも溝が切られていて上のカーソルバーの凸部とかみ合うようになっていますが、そこまでする必要があったのかどうか。そのため、カーソルばねは凸部の両端に2本入っています。金具は分厚いクロームメッキ仕上げの鉄ようで、未だに曇りの一つもありません。質感としてはバスの手摺りみたいな感じです(笑)
 しかし、このバネ計算尺のセルロイド表面の質感はRICOHっぽい感じもするのですが、竹の組合せ方はHEMMIに近い感じも受け、このような計算尺は専業メーカーでないと製造できないとは思いつつもRICOHとHEMMIが製造に係わっているという印象は得られません。ゲージマークなどの刻印の入り方が何かぼてっとしてアンシャープな印象を受けるので、もしかしたらセルロイドを貼った竹をパーツとして計算尺メーカーからの供給を受け、目盛入れと組立は地元の業者にやらせた事も考えられるでしょう。桐生はパチンコ台の生産関係の下請け工場がありましたから、中にはアクリル加工や彫刻の得意な所もあったかもしれません。基本的に赤と黒の尺を有しますが、裏のb mmという尺だけがグリーンに目盛られていて、グリーンの尺がある分かなり新しい時代のものなのかもしれません。底の抜けたグリーンの貼箱に更にビニールのシースに入れられて納められていました。長さはだいたい普通の両面計算尺と同じ32.5センチですが、幅が下の六角棒を含めて5.6センチもありますので、太くて短いような印象を受けます。しかし、その滑尺2本という希少性と難易度の高い計算尺操作を含めて「日本製計算尺の横綱格」にふさわしい珍尺だと思いますがいかがでしょうか(笑)いちおう計算尺研究家を自認する人たちの為に、今回は別途で大きな画像を貼り付けておきますのでクリックして見て下さい。
Photo_1
Photo_2
ばね計算尺表面の大きな画像はこちら
ばね計算尺裏面の大きな画像はこちら


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Comments

norihito4さん、こん○○は

 やはり「蔓巻ばね専用」と「総合ばね用」の2種が存在
したのですね(@_@;)

 それじゃあお手数ですがお言葉に甘えてお願いします。
私のプロフにコールサインが掲載されてますので、小文字での
コールサインの後ろに@jarl.com で1通メール下さい。
折り返し普段使っているメアドでメールします。

Posted by: じぇいかん | March 14, 2007 12:08 PM

じぇいかんさん、こん**は。
norihito4です。

これは、特殊計算尺研究所の「総合バネ計算尺」の方ですね。
この計算尺、現物は持ってませんが、説明書は持ってますよ。

KIMさんのHPに掲載されてる「蔓巻バネ専用計算尺」
(セトモノさん所有) と全く同じものを私もヤフオクで入手しており、
その際に「総合バネ計算尺」用の取説も一緒に出品者様から
頂戴することができました。

「総合バネ計算尺」は蔓巻バネ(押バネ・引張バネ)以外のバネ
(トーションバネ・渦巻きバネ・単純曲げバネ(平面板バネ・直線ピンバネ))
の設計・検討用で、蔓巻バネは「蔓巻バネ専用計算尺」で設計・検討と、
使い分けるようです。

私の持ってる取説は、状態があまり良くなく、パンチ穴で一部
文字・記号が欠けてたりしますが、それでもよろしければ
スキャンしてお渡し致しますよ。

Posted by: norihito4 | March 13, 2007 11:03 PM

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