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July 07, 2007

HEMMI No.2664前期型(戦中型)

 皇紀2600年(昭和15年)を記念して2600番台の型番を持つヘンミ計算尺の中で最初に売り出されたモデルの中の一本がこのNo.2664で、形態的には√10切断ずらし尺のDF、CF尺を持つ10インチ片面計算尺です。当時一般用途として目外れのないずらし尺を持つ計算尺がヘンミには無かったためによく数が売れた計算尺のようですが、すぐに物資欠乏時代の太平洋戦争に突入したため、一般に残っているNo.2664は戦後のOccupied Japan以降のものが多いように思われます。製造された時期は昭和15年から昭和32年12月頃までに及び、その後CIF尺が付いて更に目外れに強い名機No.2664Sにマイナーチェンジして計算尺末期まで製造されました。誰しもNo.2664Sがおそらく一番身近な計算尺だと思うくらいですからNo.2664SがHEMMI計算尺としてかなりの数が作られたことは確かです。それに比べるとNo.2664は一般の所得からするとまだまだ高価な時代の物であったようで、コレクターにとっても学生用8"計算尺のように、「望む望まずに係わらずいつのまにか手持ちの数が増えていく」ような計算尺ではありません。しかし、No.2664Sが刻印や裏板接合ネジ、換算表などのほんの些細なバリエーションしかないのと比べ、No.2664は基本的な尺種類の違いを始め、目安線窓、裏板、刻印などの違いがあってNo.2664Sよりはかなり面白いコレクション対象であることは確かです。
 大まかには前期型と後期型に別れておりその境目は確かな事は断言できませんが、おおよそ昭和22年あたりで区別されるようです。又前期型には発売当初の裏面目安線窓が「〇 〇」のオーバルタイプと後の「⊃ ⊂」の切り欠きタイプがあり、さらに戦争の進展に従って物資欠乏時代に突入したあたりには裏面が竹のむき出しでニス塗りで出荷されたものもあるようです。上下の固定尺とバックプレートの接合もピンのみのものからネジを併用した物も見受けられるようです。前期型と後期型の大きな違いは尺配置の相違で、このあたりはatom氏のホームページで解説されているとおり、前期型のNo.2664は表面のA尺が5インチ分刻まれ、後の半分は1から5、5から10で折り返すL尺になっていることです。このような配置になった訳は滑尺裏の三角関数尺がTI1, TI2, SI2, SI1と4種類刻まれ、TI2, SI2尺で6度以下の微小角を計算するため、本来ならば滑尺裏に10インチのフルレングスで刻まれるべきL尺の行き場が無くなったということなんでしょう。A尺が半分しかない理由はD,DF尺に対して二乗を読み取るならば精度的に半分あれば良いということで、同様にログの数値も足し引き算なので等間隔であるL尺も半分の長さがあれば計算出来るということなんでしょう。世界的に見てこのハーフレングスのA尺L尺はどの会社の計算尺からコピーしてきたのでしょうか?後期型は後の2664SからCIF尺を除いたのと同じ尺種類と配置になり、A尺もL尺も10インチのフルレングスとなりL尺は滑尺裏に移動しました。その代わりSI2が無くなりSI尺のみになります。後期型の6度以下微小角の計算は2664Sの説明書を持っている人が多そうなので省略しますが、与えられた数値を一度ラジアンに変換して、出した値がsinθもtanθもほぼ同じとしても実用上差し支えないという計算法だったと思います。また前期型のCI尺にはπゲージが刻まれていましたが、後期型ではCI尺のπゲージは省略されてしまいました。さらに前期型のCF、DF尺は双方とも延長部分があり左末端が3.0、右末端が33となっています。基本的に√10ずらし尺であることには代わりがないのですが、前期型には√10表示はどこにもありません。このような差異がありますので「No.2664SからCIF尺が無くなっただけ」の後期型よりも前期型のほうが個性的に見えてしまうのは当方だけではないでしょう。また前期型は刻印バリエーションも豊富で、初期のMADE IN JAPAN表示のものから戦時中の原産国表示無し、再びMADE IN JAPAN時代を経てGHQの命令でMADE IN OCCUPIED JAPANに至ります。裏の換算表は発売当初が英語表記で開戦と共に日本語表記になり、戦後になって英語表記に戻るようです。オクでよく出てくるNo.2664は戦後の黒もしくは緑の貼箱入りの後期型でオキュパイドもしくはそれ以降のものが多いようです。そのため、A尺L尺が同尺の前期型に興味があったもののいままで入手する機会はありませんでした。今回のNo.2664の入手先は福岡の刀屋さんからで、三角スケールとセットで500円だったので、押さえて置いたシロモノです。生産国表示のない前期型の戦中品ですが、裏目安線窓は「⊃⊂」型で裏側にもセルロイドが被さったものでした。戦時中片面計算尺に共通に見られる粗末な紙製の筒に黒い疑皮紙を張り合わせたサックに入っていました。換算表とセルロイドの目安線窓の一つが欠品でした。形態的には戦時中でも昭和19年以降の物に思えるのですが、なぜこの時代になっても裏までセルロイドが使われていたのか不明です。又、もしかしたら戦争の末期には換算表を付属させる余裕が最初からなかったのかもしれません。戦争末期の日本では不要不急の品物はすべて製造を中止させられ戦争の遂行に必要のない物は市場から消えていきますが、計算尺は軍需品の設計や生産に不可欠だったために材料の特配を受けて製造が終戦まで続いたようです。そもそも竹は金属や木材の代用資材ですから他の材料に換わりようが無かったのですが、金属が入手しづらくなったからか他社の計算尺ではカーソル枠も竹で作られたものもあるようです。さすがにヘンミの計算尺は竹製カーソル枠のものは見たことがありませんが、戦争末期のものはカーソル枠のメッキも薄く、さらに表面に張られたセルロイドが通常のものよりかなり薄いものを使用したような感じです。なにせセルロイドの厚さを半分にすれば倍の計算尺を製造することが出来るわけですから。又、この時代のセルロイドの品質もかなり悪かったようで、おしなべて黄色く変色してしまった物が多く見られるような気がします。セルロイドは古くからリサイクルされて石鹸箱や靴べらなどに加工され直していたそうですから、戦時中に使用された計算尺のセルロイドはバージンではなく回収されたセルロイドがかなり混ぜられていたからなのかもしれません。
Hemmi2664
 カーソルグラスの上端が少し欠けているのも残念!
HEMMI No.2664前期型の表面拡大画像はこちら
HEMMI No.2664前期型の裏面拡大画像はこちら
HEMMI No.2664前期型の滑尺裏拡大画像はこちら

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