HEMMI No.80K 電気用計算尺
HEMMIの片面電気尺の歴史は意外に早く、逸見次郎の個人商店時代の大正中期に作られたNo.3が最初ですが、これはドイツのA.W.FABERの殆ど丸コピーで、それというのも第一次大戦の敗戦でドイツの計算尺生産が一時的に途絶え、そのため欧米からA.W.FABERの電気尺そのものを作るように要求されて出来たのがJ.HEMMIの電気尺No.3だからです。そのため、FABERの滑尺溝の部分に刻まれたダイナモとモーターの効率を計算する尺と、インジケーターを先端にもつ本体より少し短い滑尺がそのままコピーされ、以後HEMMIの片面電気尺の外見的な特徴になっていました。そのJ.HEMMI時代のNo.8は昭和に入り"SUN"HEMMI時代にはいるとNo.80に発展して幅が拡大したり、延長尺が設けられたり副カーソル線付きのカーソルが設定されたりしましたが、このNo.80は片面計算尺にありながらべき乗尺を持つからか、ユニバーサル型のNo.153同様に電気関係の技術者以外にも広く愛用されたようです。そのため、戦前のNo.80/1およびNo.80/3は比較的に数が多く残っているようです。
数ある片面計算尺のなかにあって、戦前のNo.80は戦後のNo.130と共に当方の好きな計算尺の一本で、特に昭和10年以前の延長尺なし、セル六ヶ所鋲止めのNo.80が古風な風情を残していて一番好きな片面尺です。このNo.80は昭和ふた桁の年代に突入するとセルの接着法が改良されて滑尺インジケーター以外の鋲止めが無くなり、更に戦後のMade in occupied Japan時代を経て昭和26年頃に新たな計算尺が続々と発表されるのに合わせてNo.80Kにモデルチェンジしました。筐体を他の10インチ片面尺と共用にしたため、滑尺溝のダイナモ・モーター効率計算尺を滑尺溝に刻むのを止め、上固定尺に持ってきました。さらに3乗尺のK尺を入れるスペースがさすがに無いため、下固定尺の側面にK尺を刻み、カーソルのインジケーターでK尺の値を読むようになっています。このK尺が追加された意味でNo.80Kという形式が付きました。このNo.80Kは旧ロコの緑箱で発売され、新ロゴ緑箱を経て紺帯の模様入り貼箱まで確認してますが、青蓋のプラケース入りのものを確認していないので、少なくとも昭和47年までに生産を終えていたような感触があります。このHEMMI No.80Kが発売された時期はいろんな用途の計算尺が揃い始めたころになり、戦前のように電気系技術者以外にも多く使われたということは無く、戦前のNo.80に比べると数がそれほど出ていないようで、意外なことにNo.130などと同様に中古尺があまり出てこない専用計算尺の一本です。
このHEMMI No.80Kは他のHEMMIの片面計算尺同様に時代によってメーカー名・形式名などの位置に差があり、昭和32年の「H」刻印までは裏側センターにメーカー名と製造刻印が黒で、オフセットされた右側に形式が黒で入れられているのは他の片面尺同様です。昭和33年から裏側センターにメーカー名と形式が入り、製造刻印は左側に入れられ、色が入らず打刻だけになりました。この様式がしばらく続き、40年代に入ってからメーカー名と形式名は表側上固定尺左に移っています。また初期のタイプではゲージマークの違いだけでなく、赤いオーバーレンジの左の開始位置が0.785から始まっているものがあるようですが、比較サンプルが少ないのでいつ頃どのように変わったのかは当方では掴めていません。ところでA.W.FABERのコピーの系統であるNo.80Kには更に他メーカーによる孫コピーがありまして、それは技研のNo.2502からFUJIのNo.108に至る技研系電気尺とRELAY/RICOH系のNo.107電気尺です。双方の計算尺共にK尺を固定尺側面に持ってくるような姑息な手段は講じずに技研系電気尺はK尺を一番トップに配置し、RELAY/RICOH系はちょっと変わっていて表の滑尺上にK尺を配置しています。RELAY/RICOHの電気尺No.107は若干オリジナリティが感じられ、HEMMIのNo.80Kと違って三角関数を下固定尺に、べき乗尺を滑尺裏に配置したダルムスタッド尺になります。おかげで滑尺裏はL,LL1,LL2,LL3、まで刻んだ豪華版です。
入手したHEMMI No.80Kは大阪からで、外箱と説明書がありませんし、ビニールは入手時に開封されてしまいましたが、一応未使用品です。刻印は「OH」で東京オリンピックが間近に迫る昭和39年8月製。大きくHEMMIのロゴが入った緑の貼箱入りです。メーカー名と型式名は裏のセンターに入れられたタイプ。延長尺の開始点は0.8から始まるNo.80Kとしては一番ポピュラーなタイプでしょうか。このNo.80Kは米英に輸出されたものとメトリックの国々に輸出されたものとは上部のスケールとカーソルが異なり、それぞれインチとメトリック、Kwとhpが異なるために副カーソル線の間隔が異なるという違いがあるようです。当然の事ながら国内で販売された物はメトリックの国々に準じたもののようです。
しかし、実際に使うとなると下の固定尺に申し訳程度に追いやられたLL1,LL2尺が非常に見にくいのが残念ですが、技術用の計算尺として尺種類さえ刻印していないのは相変わらずです。「技術屋がわかりきったこと訊くんじゃねぇや、べらぼうめ」とでも言いたいが如くで、もしかして江戸前計算尺の証明でしょうか。とはいってもルビコン河ならぬ白子川を渡ると埼玉ですが(笑)
HEMMI No.80K 電気用計算尺の表面拡大画像はこちら
HEMMI No.80K 電気用計算尺の裏面拡大画像はこちら
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