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December 15, 2007

☆Relay☆ NO.115 計算尺(前期型)

 サンフランシスコ講和条約発行後、アメリカのメーカーOEMによって数多く輸出されるようになったRELAY計算尺ですが、昭和20年代半ばから30年代初めに付けられていたRELAYの商標は☆☆で囲まれていて「ダブルスターRELAY」などと呼ばれています。このダブルスター時代にはアメリカバイヤーからの要求に従い些細な違いで品番が異なるような計算尺が多くリリースされますが、HEMMIの計算尺と比べると、例えば5インチポケット尺の副カーソル線窓の数など、輸出価格を抑えるためかどこかにコストダウンされている雰囲気で、一般的な計算尺にはあまり見るべきポイントがありません。30年代の初めまでは用途別にアルファベットの頭文字が、品番も長さにより区別した型式名が付けられていました。この型式名は輸出用と言われていますが、一部国内にも出回っていますのでそうとも言い切れません。今回のNo.115はダブルスター時代でも純粋に国内向け製品のようで、型式名に用途別の記号がないものです。
 一見すると古風な印象を受ける計算尺ですが、それは30年代のRELAY No.115と違って表面に6尺しかないからです。HEMMIのマンハイム計算尺 No.50Wの言うなれば丸コピーで、ちゃんと滑尺裏にはL尺が仕込まれており、このL尺が表側に出てきてK尺と位置が交代し、K尺が上固定尺に移動したものが30年代のNo.115になります。しかしここまで来たら別な型番を付けてもよさそうなものですが
(^_^;) 又、30年代初期でまだダブルスター時代にも係わらず、北米向けのカタログを見る限り、該当商品であるT-1031はすでにL尺が表に移動しています。実はL尺の移動のみならず新しいNo.115は滑尺裏にST尺が追加になっています。というのもこの旧型のNo.115はST尺はおろかラジアン変換用のゲージマークがまったく無く、6度以下のSIN/TANの微小角計算には何ら配慮がないための処置と考えられます。最終的にはシステムリッツ化してしまったようなNo.115ですが、20年代のNo.115はそこまでになりきれない、単なるHEMMI No.50Wフェイクの「あすなろ計算尺」だったような(笑)
 入手場所は同じ北海道の北見からで、製造記号が「BS-2」ですから昭和28年2月の佐賀製。この頃は30年代のRELAY計算尺の製造記号のように年記号と製造工場記号の間にピリオドが打たれていません。RELAY系計算尺には珍しく表面の仕上げがぴかぴかの光沢仕上げで、そのせいかどうかは判りませんがカーソルと当たっていた部分が腐食して茶色くなっていました。裏の金属板も20年代RELAY計算尺によくある缶詰の内側かアルミの弁当箱のような金色のアルマイト仕上げです。ほんの少々だけ金属板のエッジが腐食し掛けていました。箱は後の丹頂黒箱と違い紫っぽい茄子紺の貼箱ですが、ご多分に漏れず底抜けしてました。RELAYの計算尺はRICOHに至るまでケースの強度がありません。上部にはメトリックで25センチのスケールが、下部側面には10インチのスケールが刻まれています。HEMMIの50Wと比べると1ミリ幅広ですが、さらにスケール部分のエッジの角度が小さくなっているのも要因です。この計算尺がナローボディだったらそれなりにかわいらしい計算尺なのですが、ここまで無個性な計算尺だとHEMMI No.50Wとの比較対象としての興味しかありませんね。それとセルの縮みが生じたからか、滑尺裏の目安線と表の基線が合っていませんでした。古いHEMMIの計算尺には殆ど見たことがありませんが、昭和20年代のダブルスターRELAY計算尺にはけっこう生じる現象のようです。それじゃダメじゃん(^_^;)
No115no50w
 上はRelay No.115、下はHEMMI No.50W 50Wのほうがわずかに長いことがわかります
 ☆Relay☆ No.115表面拡大画像はこちら
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December 13, 2007

PICKETT MODEL 520 航空写真測量尺

Pickett アメリカはPICKETT社の両面計算尺 MODEL 520です。AIRFORCEの型式名が付いてまして、「U.S.AIRFORCE AERIAL PHOTO SLIDE RULE TYPE A-1」となっています。用途ですが、航空測量などの目的で偵察機からの航空写真の画面上から目標物の実際の長さ・大きさ・距離を割り出すための用途が主眼でしょう。PICKETの計算尺を他に持っていないので比較するものがありませんが、どうやらこの計算尺は朝鮮戦争前後に多用されたらしく、日本で言うと戦後のものらしいです。太平洋戦争中にも似たような用途の計算尺がありそうなのですが、さすがにアメリカの計算尺まで守備範囲は広くないのでわかりません(^_^;) 日本では余り馴染みのない計算尺ですが、アメリカでは意外に高価で取引されているようです。実は11月のはじめにオク上に1本出てきまして某氏の元に納まりましたが、ジンクス通りこういうものは次々に出てくるものでひと月で二本目の登場でした。ところが残念ながら落札金額が前回の倍(T_T)アメリカ本国の中古相場はもっと高いらしいので仕方がありませんが…。
 両面型の計算尺で表面は11尺のL,A,DF,CF,CIF,T,S,C,D,DI,Kの三角関数を含めた普通の用途のものですが、裏面はすべて偵察写真解析用途の尺になります。材質はPICKETTお得意のアルミに表面加工したもので、上質の皮ケースが付属しています。実はこのMODEL 520のマニュアルはネット上から入手可能ですから興味のある方は捜して下さい。スタジア測量の基礎を知りたくて近所のBOOK OFFから150円で購入してきた測量本を見ますと、当然の事ながら航空測量の基礎が載っていました。それによりますと、カメラの焦点距離f、撮影高度H、写真縮尺M(=1/m)の間には、M=1/m=l/L=f/Hが成り立つ(lは原版上の長さ、Lは実際の長さ)ことから、これらの数値を計算し、さらに対地速度の高低による像のずれ、写角の違いによる視度のずれなどの補正値を加えて実際のLを正確に求めるためのものらしいです。まあ、135フイルムで使うような物ではなく、最低でも4×5以上の原版サイズがないと使いようがありませんけどね(^_^;)
 実はこの計算尺にはUS AIRFORCEのTYPE A-1ながらPICKETTの型番でいうとMODEL 520とMODEL 520-Tがあるようで、この末尾のTはES:EYE SAVINGという黄色の計算尺が出たときに黄色と区別するため白い仕上げの物の末尾をWHITEのTとしたらしいですが、どうやら基本的な尺種類は同一ながら両端の金具とカーソルが異なるようです。また6インチのポケット型両面尺にMODEL N-700 (USAF TYPE A-2)というものもあるらしいです。アルミ製ですから厚みが非常に薄く仕上がっており、ヘンミの竹製両面尺の厚みが7ミリのところ、PICKETTのMODEL 520は4ミリほどしかありません。初期のRELAY両面計算尺のようなカーソルはカーソルバーがアルミでカーソルグラスはアクリル、カーソル線は黒のようです。後のモデルのカーソルはオールプラスチックのようです。上質の茶色い皮ケースが付属しますが、薄い計算尺でもありケースは薄い5インチポケット尺の皮ケースようにまちをあまり取っておらず、出し入れするたびにネジの頭で皮ケースの内側を引っ掻いているような感じで、本体の出し入れがスムースではありませんが、これは経年で皮ケースの縮みがある為かもしれません。ケースに名札入れのような換算表が装着されています。
Pickett520
 
 PICKET No.520(U.S.A.F.AERIAL PHOTO SLIDE RULE TYPE A-1)表面拡大画像はこちら
 PICKET No.520(U.S.A.F.AERIAL PHOTO SLIDE RULE TYPE A-1)裏面拡大画像はこちら

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December 12, 2007

戦前HEMMI No.64 システムリッツ計算尺

 家にあった計算尺以外に初めて手した計算尺が友人の勤める某社の実験室から発見され、わざわざ友人が送ってくれた昭和30年代末期のNo.64で、これがNo.2664Sでなかったところがその後の計算尺の嗜好を決定づけたような気がします。しばらく電気系の計算にはNo.64一本だけを使っていたために、未だに片面計算尺はNo.2664SよりもNo.64かNo.130のほうが好みです。システムダルムスタッドのNo.130は戦後の計算尺ですが、システムリッツのNo.64は60系計算尺の中心機種として昭和一桁台から発売されていた計算尺で、昭和30年代末にNo.64Tにモデルチェンジするまで実に三十数年間そのまま発売され続けていました。
 戦後に専門分野の計算尺が次々に発売されますが、それ以前には学術分野の計算用として多用されたため、今でも数多くの戦前製No.64が残っているようです。一般的な「計算器」としての用途であれば目外れのないCF,DF尺付きの計算尺の方がいいのでしょうが、二乗、三乗が絡む計算やデシベルの絡む電気物理系の計算尺としてはNo.64は非常にバランスの良く使いやすい計算尺です。しかしNo.64Tにモデルチェンジするまで尺種類の記号さえ刻まれていませんでしたので、初心者には少々敷居が高い計算尺だったかもしれません。戦前戦後を通じて形状さえ違いますが3本線カーソルでA,B尺C,D尺には延長尺付きという仕様で発売されていました。発売当初のNo.64はNo.80の初期型がそうであるように「延長尺なし」だったという話がありますが、現物を確認した事はありません。昭和10年頃まではNo.80同様にセル両端に剥がれ止めのためかリベットが存在し、また多くの片面計算尺がそうであるようにこのNo.64も昭和15年あたりを境にして「馬の歯型」のボックスタイプ目盛から「物差し型」の普通目盛に変わります。その後A型カーソル(逆C型)から改良A型カーソル(フルフレーム型)付きに変わるようです。またA型カーソルにも刻印が2種類あり、ごく初期はPAT.58115のナンバーが入っていましたが、特許期間が満了したのか後のA型カーソルはマークとHEMMIの商標だけになっています。カーソル線は主カーソル線が黒、左右の副カーソル線が赤です。福知山からやってきたこのNo.64は物差し型目盛を持つ戦前No.64でも後期型で、本体ケースともにMADE IN JAPAN刻印も無くなった準戦時形とでも言うべき物ですが、いちおう三本線A型カーソル付で、ケースも商標の銀箔押しさえ無くなりましたがラウンド断面で戦前尺同様の立派なケースが付属していました。回収セルロイドの配合割合が増えたのか、他の戦時尺同様にまんべんなく黄変していますが、裏側のアルミ板の腐食が殆ど無く状態のいいNo.64でした。裏側の補助カーソル線窓は「⊃⊂」タイプで透明セルのない互い違い窓ですが、戦前尺はSINの数値をA,B,尺で読み取るものが多い中、このNo.64は滑尺裏の三角関数はすべてC,D尺で数値を読み取るようになっています。又、戦前のNo.64はA,B尺C,D尺の左延長部分がそれぞれ0.79と0.89からスタートしていますが、戦後のある時期(おそらく昭和32年頃?)から延長尺の始点はそれぞれ0.8と0.9からに変わっています。ゲージマークの種類は書体こそことなるものの戦前No.64も戦後No.64も変わりません。また裏の換算表もその内容は戦前戦後を通してまったく変更がありません。もっとも戦争が激しくなるにしたがって裏側の換算表自体が省略されるようですが…。
Hemmi64

戦前HEMMI No.64 表面拡大画像はこちら
戦前HEMMI No.64 裏面拡大画像はこちら


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December 11, 2007

J.HEMMI No.2 後期型

 これまでまったく縁がなかったヘンミ計算尺黎明期であるJ.HEMMI時代の計算尺も「J.HENMI」「TAMAYA」「"SUN"J.HEMMI」を含めて今回で5本目です。さすがに1912年のパテント取得より前の逸見式計算尺には縁がありませんが、それでも個人商店時代のHEMMI計算尺の変遷がおぼろげながら繋がってきたような感じです。今回入手したJ.HEMMI計算尺は位取りのためのインジケータが付いたNo.2で、A型カーソル(逆Cタイプ)付きですからJ.HEMMI時代の計算尺としては最末期に属する物です。樹脂カーソルバーPAT.51788のA型カーソル付きですが、このカーソルはあまり見たことの無いタイプで、これ以前のカーソルはフルフレームでインジケーター部もフルバックプレートでしたが、後のカーソルは逆Cのオープンフレームに中抜きバックプレートになるのにもかかわらず、このNo.2に付いていたカーソルはオープンフレームにフルバックプレート付きでした。インジケーターの針も異なり、後の物は針の根本が蟹のはさみのように開いていますが、このカーソルの針は大正期の物と同様にアルミのスタッドが埋め込まれています。類例は数例しか記憶にありませんので、過渡期のほんの短い間に存在したパターンかも知れません。ケースもフラップが短いクロス張りのもので大正期のJ.HEMMI計算尺と同じロゴが入った物でした。そこから推定するとおそらく1927年(昭和2年)の製造くらいでしょうか?この翌年にはJ.HEMMIブランドながらケースのフラップが長く「PATENT HEMMI'S」刻印の新しいクロス張りケースとなるので、製造年の推定としては正にこんな所でしょう。以前入手したNo.1/1とほぼ同じ後期型の刻印でA,B,C,D尺の種類が刻印されてはいますが刻印は大正期のものとほぼ同一です。前期のNo.1と異なりセルの鋲止めは表面の左右だけで上部スケール部分のリベット止めは廃されています。さらに裏側が大正期の物は竹の断面が見えていましたが、今回のNo.2はセルロイドが貼られています。しかし後年のNo.1/1と異なりスケール部分を含んだ被せセルではなく、細長いセルロイドの平貼りです。バックプレートがスケルトンではないA型位取り付きカーソルはネジ2本がオリジナルではありませんがプレートの裏側に「式年十三」と「号五一一八五第 録登案新用実」という刻印が入れられており、刻印も「J.HEMMI "SUN"」のネームです。三十年式は日露戦役の歩兵銃ではなく逸見の創業三十周年(1926)を。PAT.58115はA型カーソル(逆Cタイプ)を意味します。クロス張りのケースは基本的に大正期の物と同じフラップが短いケースなのですが、ケース本体の長さが異なり、後のフラップが長いタイプのケースと同寸です。上部に刻まれたスケールはインチで下部がメトリック、滑尺溝に刻まれたスケールもメトリックです。裏側の目安線窓もオーバルタイプです。裏板は以前の物と同様に銅板錫鍍金のような雰囲気でピカピカに光っています。残念ながら換算表は喪失していましたが、あとで似たような厚さの紙にコピーして再生しておきましょう。ところで、このA型の位取りインジケーター付カーソルですが、大正15年型計算尺とされる旧100番台の位取りカーソル付モデルには発売時からすでに文字盤が中抜きされたものが付いているらしいのです。大正15年型計算尺は詳しく現物を見たことがないのですが、どうも旧来のJ.HEMMI計算尺と区別するため先行して"SUN"HEMMIの刻印が入れられた新しいカーソルが付けられたのかもしれません。ここら辺りの経緯は80年も昔のことですから色々考えても「さっぱりわからない」(笑)
Hemmi2

J.HEMMI No.2 後期型表面拡大画像はこちら
J.HEMMI No.2 後期型裏面拡大画像はこちら


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