加藤数物製作所コーア No.3 8"生徒用
以前から印判手の瀬戸物なんかを購入していた秋田の古物商が、12月から廃業文具店からの商品を大量に出品していて、その出品の中に戦中戦後の粗製濫造期に作られた加藤数物製作所(かとうすうぶつせいさくしょ)という所から発売された生徒用8インチの「コーア計算尺」というのがほぼ1ダース以上出てきてこれが2本ずつ出品され、これを入手した人が何人かいます。何せこんな計算尺がまともな状態で大量に出てくることなど今後は考えられませんので、当方もその中のケースの傷みが少ない物を選んで2本入手しました。コーア計算尺というと「興亜」を意味するのでしょうから当然のことながら戦時中のアジア侵略を正当化するスローガンから名前が取られており、戦時中の発売であることは間違いのないところですが、製造元の加藤数物製作所なる会社のラベル印刷が旧字体と新字体の両方が存在しますので、戦中に発売され、戦後にも製造が続いていたことが確かなようです。どちらにしても物のない時代に代用素材の計算尺として作られたもので、手法としては木材の表面に白ペイントを塗り、そこに目盛を印刷したもので、カーソルなどは単なる透明セルロイドを曲げただけのシロモノです。もちろん金属はすべて兵器生産に回された時代ですからカーソルばねなども入っていません。戦時中発売の生徒用計算尺、HEMMI No.2640が表面セルの厚みを減らし、カーソルばねを半分の長さにしてまでもまともな計算尺を作り出そうと苦心していたのに比べると、最初から入手が容易な木材をどう使って代用計算尺の形を作り上げようとしたかの成果であり、戦後の混乱も治まり、まともな計算尺を作り上げるための素材が出回り始める時代になってから淘汰されたのはやむを得ないでしょう。しかし、戦時中の製品のラベルを見るとこの代用素材による製造手法の実用新案が出願されていたようですが、戦中戦後の混乱期にそれが認められたかどうかは判りません。今まで当方が見たことのある生徒用コーア計算尺はNo.3とNo.4の2種類あり、No.3はA,B,C,D尺に逆尺とK尺が加わったマンハイム式、No.4は√10切断のずらし尺です。その他にも10インチと思しき「対数説明尺」というラベルの貼られた計算尺もあるようです。
加藤数物製作所は、戦前には東京都神田区花房町と大阪市西区阿波座の2カ所に営業拠点があったようですが、空襲で被災したものか、戦後発売のものは大阪府八尾市の所在地だけが印刷されています。この加藤数物製作所は教材関係の問屋だったようで、製造元が別にあったようです。戦後の混乱も落ち着き、まともな計算尺が製造出来るような時代になると加藤数物製作所は計算尺製造から撤退し、OEM先の工場から本体裏のメーカー名がペイントで潰され、紙ケースのラベルのメーカー名も「高級製図器械」という紙ラベルを上から貼られたものが換金のため市場に出回ったようです。OEM先の製造工場は、おそらくまったく計算尺製造とは関係ない指物工場か何かだったのでしょう。しかし計算尺の世界にはまったく名前を残さなかった粗製濫造期のメーカーだけにそれ以上のことは判りませんでした。
コーア計算尺の戦中製造品と戦後製造品にあっては同じ計算尺ながら刻印等に少々違いが認められ、戦中品の本体表面メーカー名は「敵性語禁止」のおりか、○にKをあしらった社紋を挟んで「コーア (K) カトー」とされているのにも係わらず、戦後の製造品は「KOA (K) KATO」となっています。さらに戦中製造品は同じ計算尺ながらHEMMIの古いマンハイム尺のように固定尺両端に桁取りの指示のためか記号が印刷されているのにもかかわらず、戦後製造品には省略されています。
秋田から届いたコーアNo.3は製造からすでに60年を経過し、表面の塗装もカーソルのセルロイドもまんべんなく黄変してます。構造的にはさすがに木材単板だと反りにより滑尺の出し入れが出来なくなることが明白ですので、滑尺、固定尺に裏板の全てが3ピース構造の合板、すなわちベニヤ板で出来た計算尺ということになります。固定尺は裏板に接着されたうえに、両端を何と釘で止められていますが、この釘の打ち方も前期型と後期型と異なるようで、前期型は固定尺の側から釘を打ち込んであるのであたかも初期のHEMMI片面尺のセルロイドの剥がれ止めのように見えるのですが、後期型は裏板側から釘を打ち込んであるので、固定尺面にわずかに釘の先端が見えています。どっちにしても「間に合わせ」の構造であることには変わりなく、ある程度物資が豊富になり始めた頃までに、会社ごと消えてしまったのは当然の事かも知れません.。後が続かない「カストリ計算尺」とでもいうべき存在だったのでしょうか(笑)しかし気の毒なのは、こんな計算尺を12本以上も押しつけられてまったく売れずに60年も不良在庫にしていた東北の文具店です(^_^;)
(2008.10.18追記)加藤数物製作所は大阪の西区で教育用機械器具、理化学機械器具の会社として盛業中でした。
加藤数物製作所生徒用コーア計算尺No.3表面拡大画像はこちら
加藤数物製作所生徒用コーア計算尺No.3裏面拡大画像はこちら
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