内田洋行扱いのHEMMI No.2664S-S
計算尺界のベストセラーHEMMI No.2664SのSPECIAL版であるHEMMI No.2664S-Sに関しては、過去に一度取り上げましたので重複してしまいますが、今回入手したものは全国の学校に教材を納入していた大手商社の内田洋行扱いで「KENT」の刻印が入った、いわゆる「ダブルネーム」物になります。内田洋行は戦前からヘンミ計算尺を取り扱っており、昭和8年当時の商品目録を見ても、教育機関向けに電気用などの特殊計算尺を含めて各種のヘンミ計算尺を用意していたことがわかります。戦後間もない昭和21年にヘンミ計算尺が内田洋行を総代理店として学校関係に対する計算尺の本格的な市場開拓に乗り出し、内田洋行の札幌・東京・大阪の各支店に「計算尺部」を設置し、専任担当者をおいたことから徐々に取扱量が拡大していきます。しかし理化学実験機器から製図用品、学校用什器に至るまで、OEMの「KENT」ブランドを多く見かけますが、計算尺に限っては昭和40年代末期まで「KENT」ブランドのものを見ません。その「KENT」ブランドが付された計算尺も工業高校用の両面計算尺 No.254WNとこのNo.2664S-Sをしか見あたらないような。なぜ昭和40年代も末期になって「KENT」ネームの計算尺が出現したのかはわかりませんが、この当時のNo.2664S-Sは当初の「一般 事務・技術用」ではなく「高校生用」として販売されていたようで、これは富士計算尺の上位機種が殆ど「工業高校生用」となったのと同じ現象です。
このNo.2664S-Sは昭和30年代中頃の緑箱時代から存在し、当初刻印は「No.2664S SPECIAL」でした。No.2664SにDI尺を加えた特別版No.2664Sで、昭和40年代初期までは「特製 2664S」とされ、No.2664Sの説明書にDI尺の補足説明ペラが一枚付いただけの状態で発売されていたようです。DI尺の追加で全9尺というとRELAY/RICOHのスタンダード片面計算尺No.116の構成と同一です。しかしNo.2664Sに対してDI尺の追加がさほど要求されないためか、No.2664Sの総数に対する存在数が圧倒的に少ない計算尺です。おそらくRELAY/RICOHのNo.116よりもよっぽど製造数が少ない計算尺だとは思うのですが、希少尺というわけではありません。
さて、2664SにDI尺が加わることによって何の機能が確保されたかですが、D尺上の数値の「逆数」を求めるというだけでなく、我々電気系の計算だとS尺を使った交流のベクトル計算ということになりますが、通常のHEMMI No.2664S系は滑尺裏の三角関数尺が逆尺ですし、順方向にも逆数が振ってありますので、sinもcosも裏側の目安線に合わせて表面のD尺で双方とも直読出来ます。しかし、初期のRELAY/RICOH No.116の滑尺裏の三角関数尺は逆尺ではなく順尺となっており、COSの値を直読する逆数さえ刻んでいませんでした(後のNo.116は逆数が追加)。No.116は裏の目安線に合わせた角度をSINは表面のDI尺で、COSは表面のD尺で読むため、最初から表面にDI尺を追加してHEMMIのNo.2664Sより1尺多い片面尺を作らざるを得なかったのでしょう。どちらが三角関数を含む連続操作に有利なのかはピンと来ませんが、確か日本では滑尺裏の三角関数の逆尺と逆数付加がパテントになっていて、その有効期限が切れるまで他社では三角関数の逆尺と逆数付加を使えなかったという話を聞いたような聞かないような…。しかし、これでなぜRELAY/RICOHのスタンダード片面計算尺のNo.116がHEMMIのNo.2664Sより1尺多くせざるを得なかった理由が何となくわかりました。逆にNo.2664S-Sは滑尺操作の省略さえ厭わなければDI尺の存在は、さほど必要ではないわけです。入手先は横浜市からで、ケースもカーソルも欠品というシロモノで、これが並のNo.2664Sだったらカーソル取りにもならないため、断固スルーしてしまうのでしょうが、「KENT」ネーム刻印という希少価値に対してのみお金を払ったというべきものです。製造刻印は「WC」ですから昭和47年3月、決してトイレを意味するものではありません。手持ちの「SA」刻印・昭和43年1月製造の緑帯ケース入りのNo.2664S-Sと比べますと、末期のNO.2664S同様に下固定尺側面に刻まれていた13-0-13のメトリックゲージがきれいさっぱり消え去りました。No.2664Sにあっては最末期型と末期型ではゲージマークが微妙に異なりましたが、このNo.2664S-Sに関しては47年物と43年物のゲージマークには差がないようです。ただしK尺の数字が47年物の方が微妙に大きいような感じがしますが。 あとこのKENTネームのNo.2664S-SはH刻印までの旧No.2664などの型式名が入っていた裏側下固定尺右端に「48116」というナンバーが黒い刻印で入れられています。製造年とも一致しませんし、何を意味する数字なのか「さっぱりわからない」(笑)もしかして売れ残った47年3月製造のデッドストックNo.2664S-Sが翌年に在庫処分としてKENTの刻印を追加され、「高校生用」の商品として仕立てられたのであれば、わからないことはありませんが(^_^;)
HEMMI/KENT No.2664S-S 高校生用計算尺表面拡大画像はこちら
HEMMI/KENT No.2664S-S 高校生用計算尺裏面拡大画像はこちら
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