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May 25, 2008

8万局分の電波利用料の行方

 早いもので「移動しないアマチュア無線局免許状」が6月の末に期限を迎えるため、5月の連休明けに再免許申請を管轄総通局の陸上課に提出しました。5年間一度も変更が無かったため、旧電波形式記載のままで維持してきた局免でしたが、これで我が貧乏電波研究所の移動局と固定局の双方から旧電波形式記載の無線局免許状が消え去ることになります。移動局免許の期限が一年半前でしたが、それ以前に工事設計書の形式が変更になり、さらに昨年から再免許申請書には工事設計書の添付が不要になり、また今年度からは再免許申請も電子申請による手数料が大幅値下げとなりました。そのため、従来の申請済み無線機の詳細を変更申請の度ごとにきちんと把握しておかないと、再免許申請書に添付する工事設計書をどう書いていいのか混乱することがない代わりに、5年ごとに工事設計書も書かなくなった事で、申請済みの無線機がいったいいくつあるのか永久に整理が付かなくなる事態も生ずることになります。再免許申請書に工事設計書を添付することが廃止になり、再免許申請が基本的に免許の番号と識別符号だけ記載した一枚の申請書で済んでしまうことは、これもひとえに電波利用料の一部で整備されてきた電子申請システムによる事務処理のコンピューター連動により、台帳方式から電子方式に情報登録が移行したことに他なりません。そのため、以前の再免許申請は最短でも3週間ほど掛かっていたものが、さすがに入力する項目が新たな免許の期限くらいしか無くなったためかなんと5/12日受理で5/15日発行の無線局免許状が5/16日には到着しました。無線局再免許申請の数でいうとアマチュア局より業務局の方が圧倒的に多いのでしょうし、一日に相当な数の事務処理をこなしているはずですが、受理から4日で新しい免許状が発行に至ると「GJ」なんですが。
 ところがその我々が負担して「違法電波の探索設備の拡充ならびに無線局監視事務システムの効率化」のためのみに使用される名目だった電波利用料が、総務省職員の為の美術鑑賞券購入・野球観戦チケット購入・ラジコンカー購入など281件四千万円も流用されていたことが発覚しました。四千万円というとアマチュア無線局8万局が一年に払う電波利用料です。このアマチュア局8万局分の電波利用料が本来の目的以外に流用されることが「法律的に問題がない」といわれても納得できないことは当然です。でも当分、上級アマ試験の法規問題に「電波利用料の目的」に関する穴埋め問題は出ないかも…(^_^;)

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May 24, 2008

やっとEsシーズン到来

 サイクルのボトムを今年の一月には脱して、これから伝搬コンディションは徐々に上昇に転ずるはずでしたが、例年は3月あたりから上昇する伝搬コンディションが今年はさっぱりで、4月に入っても21メガあたりが開く時間は極端に短くかつ少なかったようです。その低コンディションは5月に入っても同様で、「ハイバンドが開かないからワッチしない、ワッチしないから開いているのがわからない」という悪循環に陥っていました。NICTのイオノグラムを見ても国分寺上空で21メガの国内と交信できる臨界周波数にさえなかなか達していない、というより臨界周波数が上昇する気配さえありません。6mに至っては4月の末くらいから朝・夕で聞こえ始める宮崎ビーコンさえまったく聞こえません。そのため、もう6月になるというのに年末の大風でエレメントの片方がとばされた6mの自作2エレHB9CVアンテナもそのままで、屋根から降ろして修理さえしてません(^_^;) この低調なコンディションはEs層の発生が極端に少ないという状況によるのですが、例年と比べて何が違うのかというとどうも「沖縄の梅雨入りが33年ぶりに遅くなった」という事しか思い浮かびません。ところが、突発的に発生する電子密度の濃い電離層 Es層(スポラジックE層)というのは気象現象が起こる地球表面の対流圏約1万メートルの10倍近い上空で起こっている現象ですから、この梅雨前線がEs層形成に関係するというのはあくまでも経験則であって科学的にその相関関係が解明されているわけではありません。そのため「沖縄の梅雨入りが今年は遅れたからEスポがなかなか発生しないんだよ」と公言するのはアマチュア無線的にはOKですけど電波科学的には???です(笑)ところがその経験則もなかなかばかにならないようで、沖縄が33年ぶりの遅い梅雨入りをし、梅雨前線が九州南部に差し掛かったとたんにあれだけ開かなかったハイバンドが例年同様オープンしました。24日の朝8時台から10時台くらいまで21メガや24メガはおろか、50メガまでオープンしてしまったのですから、いくら聞こえないからといって5月の末までアンテナ修理しなかったツケが回ってしましました。6mを実際にワッチを開始したのは9時を過ぎてからでしたが宮崎ビーコンは579くらいで入感し、6エリア長崎から4エリアの広島あたりまでスポット的に何局も交信中の声が聞こえるのですが、電波を出せないというのは情けない(^_^;) まあ、このような状況下でしたから6mとHFハイバンドが開いていた状況をどれくらいの人数が把握していたかはわかりませんが、28メガでCQを出す声はまったく聞こえず、24メガは岡山から兵庫にかけて何局かがかなり強く入感していました。しかし、当初の予想通りこの伝搬はそう長くは続かず、9時台後半には低下し、10時台後半には6mの宮崎ビーコンさえ聞こえなくなりました。伝搬のピークは8時30分くらいだったようで、国分寺上空で15MHzくらいまで臨界周波数が上昇したみたいです。「Eスポ、2日続けて発生せず」などという経験則があるかどうかはわかりませんが、この分だとたぶん25日はだめでしょうね。
 なんて書きながら6mをワッチしてましたら夕方の方が広域に3,9,1エリアで特に強力に開いてます。夕方にコンディションが戻るとはこれで本格的なシーズン到来になったのかもしれません。さっさとアンテナ直さなくては……。

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May 15, 2008

FUJI No.P104 10"一般用

 山梨の計算尺メーカーの相関関係はいまだにわからないことだらけなのですが、富士計器工業東京営業所が独立したフジコロナ株式会社の沿革にあるとおり、FUJI計算尺が昭和20年に富士計器製造として山梨で創業しているとすると、当然の事ながら昭和20年代から30年代に生産されたFUJIブランドの計算尺がないとおかしいはずですし、技研工業が昭和30年代末期に富士計算尺とブランドネームが変わったとするとつじつまのあわない事柄がいくつかあります。その技研ではなくどうやら富士計器工業として昭和30年代の前半に作られたとおぼしき計算尺がこのNo.P104です。特徴としてはすでにプラスチックの計算尺なのですが、ちゃんとFUJIの刻印が入っている金属枠のガラスカーソルが使われていることで、このガラスのカーソルはNo.81,No.86とNo.88にも見受けられます。No.88などはFUJIの計算尺としては比較的によく見受けられますが、殆どのNo.88はプラスチックのカーソルが付いたものです。また、No.81,No.86のような竹製学生用計算尺もあったのですが、今回のNo.P104とNo.86が技研の価格表には該当する商品がありませんし、昭和30年代末期の富士計算尺のラインナップ中にも該当品が見あたりません。そのことからどうやら技研で作られた商品ではなく、昭和30年代中頃までに富士計器工業で作られたオリジナル商品と考えた方が良さそうです。また型番にHEMMIのプラ尺のように「P」が頭に付きますが、これは当時プラ尺ばかりではなく竹製の計算尺も製造していて、そのためHEMMI同様便宜的にプラ尺を表すPを付番していたのかもしれません。後にプラ尺製造専業メーカーになりますので、それでPの付番が無くなったのでしょうか? それにしてもHEMMIと比べるとFUJIの個体数が著しく少ないため、もう少しいろいろなFUJI計算尺を見てみないと憶測が裏付けられません。
 このNo.P104という計算尺は10インチの計算尺ながら非常に薄く出来ており、一番厚い部分で4.2mm、滑尺の厚さにしてもたったの3mmしかなく、滑尺などは安っぽい定規のようにたわんでしまうほどです。表面はK,DF,[CF,CI,C,]D,A,の7尺、滑尺裏はS1,L,T1,T2,の4尺です。表面上部に25cmのスケールがあり、裏の補助カーソル線窓は左右に開いています。表面CI尺だけ数字も目盛りも赤で入れられています。ゲージマークはC,D,尺上にC,πゲージのほかに度分秒をラジアンに変換する3種のケージマークを備える標準的なものです。ケースは灰色のしぼ皮もどきの擬皮紙をあしらった紙製貼箱です。この計算尺もそのままOEMでいろいろなブランドの計算尺に化けているようで、どんなブランドの計算尺に化けたか探してみるのもおもしろいかもしれません。またどうも技研工業と富士計器工業以外にも昭和30年代を中心にOEMもしくは大手下請専門で竹製8インチ学生尺やプラ製計算尺を製造していた製造所がもう一軒もしくは複数あったようなふしがありますが、この解明も今後の課題です。
Fujip104

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May 14, 2008

HEAVEN No.82 8"学生用計算尺

 製造メーカーを特定するような刻印がまったくないためにどこの誰がいつ頃作ったのか皆目見当の付かない8インチ計算尺です。8インチということで、学生用として国内で作られた計算尺であることは間違いないと思われます。団塊の世代が中学に進学するにあわせてHEMMIやRELAY、はたまたFUJIや技研などの計算尺専業メーカー以外からもこのようなコストのいかにも安そうな8インチ計算尺が多数出現しています。その殆どは実際に製造までこなしていたメーカーではなく、特定の計算尺製造工場からのOEMで品物の供給を受けていたケースが殆どのようです。つい最近、そのような工場のものだったのか計算尺の目盛り入れの原版が多数発掘され、その原版には「HATO」と「HEAVEN」の異なる2つのメーカー名が確認できて驚いてしまいました。中には表面9尺でDI尺付きの技研っぽい原版もありましたが、あながちこれらのプラ製計算尺の産地はすべて山梨近辺の会社が係わっていたかもしれません。
 この計算尺は本体にメーカー名がまったく刻まれていませんので、おそらく外箱の違いだけでいろいろな会社の計算尺に化けたOEM専用商品だったのでしょう。外箱が失われてしまえば氏素性もわからなくなってしまうのは困りものですが。構造的にはスケールを刻んだ平面のプラスチック板に上下の固定尺を接着してあるだけの薄い計算尺ですが、オールプラスチックの計算尺ではありません。ここが単なるプラ板を接着して作ったペナペナな安物計算尺とは一寸異なります。竹を芯にした固定尺および滑尺にセルロイドではなく薄いプラ版を接着して目盛りを刻んだ後のHEMMI No.410Sのような竹とプラスチックのハイブリッド計算尺なのです。裏板にオーバル型の窓があいていてそこに透明プラ版が接着されており片側のに福カーソル線を持ちます。ということで、滑尺裏にもちゃんと三角関数尺と対数尺を持ちます。表面はK,DF,[CF,CI,C,]D,Aの7尺、滑尺裏はS,L,Tの3尺です。この手の計算尺ならプラの一体型カーソルが付きそうですが、まだプラカーソルの複雑な形を抜く金型が作れなかったからか、金属枠のカーソルが付属していました。そのことから推察するとやはり昭和30年代半ばの製品でしょうか?ゲージマークはC,D尺上のπの他には円の断面積計算用のCおよび度・ラジアン変換用ρ゜マークのみです。ずらし尺度は√10切断ずらしで、裏側の三角関数尺はデシマルで入れられています。上部には20cmのスケールが刻まれています。
 上下固定尺と裏板の接合はピンねじで固定されているわけではなく単に接着剤で固定されているだけで、そのため使用中にバックプレートと固定尺が剥がれてしまったのか、黄色いゴム系ボンドで接合し直してありました。ところがこの黄色いボンドがあちこち余計なところに付着して醜い状況に
(^_^;) この黄色いボンドを剥がして透明なシアノアクリレート系接着剤で貼り直しましたが、上下固定尺がピンで位置決めされているわけではなく、一端バラバラになると上下の位置決めに大変苦労しました。カーソルの枠は安いどぶ漬けメッキで経年でふくれあがってきています。内容的にはHEMMIのNo.2664並で8インチ学生尺にしては高級な部類なのですが、本体が華奢でとても愛着が湧きそうもない計算尺です。これを使うのだったらHEMMIのNo.45Kのほうがましかな?ちなみにこの計算尺はまるでコームケースのような黄土色と黒の2トーンカラーのビニールサックに入ってましたが、確か以前似たような計算尺を滋賀のKIM氏も入手していたはずだな<KIM氏(笑)
 後日KIM氏の調査によりHEVEN計算尺のNo.82と判明しました。起毛のコームケースのようなサックケースがやはり決め手でした。
Un_known1
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May 13, 2008

HEMMI No.P23 中学生用

 昭和30年代の前半に団塊世代の中学進学を迎え、コストの安い中学生用の計算尺が大量に必要になったため、各社でおおよそ150円から200円程度の8インチ計算尺が各種発売される事態となりました。文部省から標準的な仕様が示されたわけではないのでしょうが、各社とも200円以内に定価を抑えるため、中学数学の範囲では扱わない滑尺裏の三角関数と対数をすっぱりと切り捨てて、表面だけに尺が刻まれた計算尺が各種出現しています。その中でも竹を使用するとどうしても加工コスト面で不利になるためか早くもプラの成形で作られた8インチ計算尺が出現しますが、計算尺の雄HEMMIで中学生用の低コスト計算尺を作るとこうなるというのがこのNo.P23およびNo.P24の2種類のプラ製計算尺になります。No.P23のほうはA,B,C,D,尺に逆尺のCI尺が加わったマンハイム型、No.P24のほうは√10切断のDF,CF,CI,C,D,尺にA尺が加わった計算尺です。発売当時の価格はベージュのけっこう丈夫な貼箱に入って180円。その後コストの上昇による価格改定により270円を経て最終的には300円となっていますが、それにしても竹製計算尺はコスト的に敵ではありません。さほど内容的には変更のない計算尺だと思っていましたが、初期型と後期型では裏側の固定尺どうしを留めるブリッジの成形色が違い、初期型が臙脂色、後期型がP253などと同じミントグリーン色です。さらに今回初めて気が付きましたが、初期型と後期型の一体型プラカーソルは同じくHEMMIの刻印が入れられている専用品ながら、初期型と後期型ではカーソル面の厚さが異なり、さらに後期型にはカーソルの上下にギザギザが追加されました。もしかしたら別なOEM先からの仕入れかもしれません。発売はまだ表面に形式名と一緒に製造刻印が黒で入れられていた「I」刻印のものが一番古いのではないかと思いますので昭和33年の新学期向けのための発売でしょうか?最終型300円のタイプのみ貼箱表面に貼られている形式名のシールデザインがマイナーチェンジされてますので、興味のある人は確認してみましょう(笑)またP23がいつ頃まで作られていたかは判然としませんがP24のほうはRL刻印ですから昭和42年12月製を確認しており、そのNo.P24の滑尺上のCF,CI,C尺にはご丁寧にも「÷×÷」の刻印が追加になってました。入手したNo.P23は刻印が「MA」ですから昭和37年の1月製。以前入手したNo.P24が刻印「ND」で昭和38年4月製ですからこの間に裏のプラスチックブリッジ成形色とカーソルの形状に変更があったことになります。そういえば8インチの計算尺が学生用のスタンダードサイズになった理由というのがHEMMIの説明書によると「教科書からはみ出さないサイズ」ということなんですが、戦時中にNo.2640を発売したときは、明らかに物資節約による「戦時処置」なので、これは後から取って付けたようなこじつけでしょうね(^_^;)
Hemmip23

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May 12, 2008

Relay & RICOH No.82 8"学生用計算尺

 Relay No.81の滑尺裏に三角関数尺と対数尺を追加したのがこのRelay No.82ですが、内容的にはHEMMIのNo.43Aの競合商品となります。Relay No.84と同様に中学生用としてRICOH時代にいたるまで大量に製造されたため、8インチの計算尺としては普通によく見かける計算尺です。Relay時代からRICOH時代まで十数年に渡り作られた計算尺のため、年代ごとに本体、カーソル、ケースなどに変遷が認められます。大まかに分類するとRelay時代の金属枠付きガラスカーソルで本体CI尺が目盛りまで赤で刻まれているパターンとRICOH時代のプラカーソルに本体CI尺が数字だけ赤で刻まれたものの2種類に分類されます。No.84と同時代まで作られていたとすると最終型は不透明臙脂色のビニールケースに上下にギザの刻まれたプラカーソル付きとなるはずなのですが、いまだにこのパターンのものを見たことがないので、このNo.82は√10切断ずらしのNo.84が製造中止になる昭和49年より以前にフェードアウトしたか、在庫品が売られていた可能性があります。まあ、おそらく昭和40年代には学校現場での使用は√10切断のものが主流になっていたのでしょうが。Relay時代とRICOH時代のNo.82は、表面に限ってはCI尺の色使いやπの書体の違いなどの他には基本的にゲージマークの増減などはありません。その点はRelay時代に比べてラジアンと度の換算ゲージマークやA尺上のπマークまで無くなったRICOH時代のNo.84とは異なり、大幅な変更点はありません。裏面の三角関数対数尺も目盛りを刻む単位などにも違いが認められませんが、振ってある数字は一部異なります。
 入手したRelay NO.82の刻印は「K.S-2」ですから昭和37年の2月の製造。製造刻印はこのあたりから裏面の竹がむき出しになっている部分に打刻されるようになっています。もう一方のRICOH No.82は「P.S-3」ですから昭和42年の3月製。新学期にむけて学生用計算尺がフル生産されていた様子が伺われます。
Relay_no82
Ricoh_no82

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May 11, 2008

Relay No.83 8" 学生用計算尺

 RELAYの8インチ学生用計算尺の中でも異色な存在なのがこのNo.83で、何が変わっているかというとこの計算尺に限って√10ではなくπ切断ずらし系の8インチ計算尺なのです。何となく10インチ片面尺RELAY No.112の縮小版というような計算尺ですが、同時期のRELAY 8インチ学生用計算尺はNo.82,83,84の3本が好みによって選択出来たわけです。ところが日本におけるずらし尺度は、片面尺に限ってはほぼ√10切断で統一されてしまった観がありますので、π切断ずらしの片面尺はNo.112同様にさほど国内では要求されなかったからか、No.82とNo.84に比べると圧倒的にレアな存在です。おそらくアメリカへの輸出主導で用意された計算尺なのでしょうが、残っているのはRELAY時代のものが殆どでNo.84がRICOH計算尺最末期の昭和49年まで作り続けられていたのに、このNo.83はRICOH時代の物にはまだお目に掛かっておりません。しかしながらπを含む計算の多い電気物理関係の計算には√10切断の計算尺より便利だと思われます。無線従事者国家試験に持っていくのでしたらHEMMIの学生用8インチ尺 No.45Kあたりより適していると思いますが、わざわざπ切断のRELAY No.83を探し出す労力を払うよりはその分しっかり勉強したほうがよさそうですね(^_^;)
 入手先は茨城の日立系企業城下町のひとつで、以前HEMMIのNo.256通信用計算尺を入手した場所からです。製造刻印は「DK-3」ですから昭和30年の3月製と少し時代の遡ったもので、K刻印独特の「艶のある」セルロイド表面を持った計算尺でした。No.80,81と異なりちゃんと裏面左右に補助カーソル線窓と滑尺裏にS,L,T尺を持ちます。表面はK,DF,[CF,CI,C,]D,A,の7尺です。CI尺のみ目盛りも数字もすべて赤で刻まれています。π切断ずらし尺にも係わらずC,D尺上、さらにはA尺上にもπマークを備えますが、No.84と違ってラジアン変換用の3種のゲージマークが省略されてしまっているのがウィークポイントでしょうか。ケースは丹頂黒箱ですが、リレー産業時代の製品ですから「RELAY INDUSTRIAL CO.,」の社名が金箔押しで入っています。裏の換算表は漢字仕様で国内向けのものであることがわかりますが、この時代のアメリカ向け輸出仕様の型番は「☆Relay☆ R-XXX」なのにも係わらず、1957の北米向けカタログには該当商品がなぜかありません。√10切断のNo.84該当品はR-816として存在するのですが、何でカタログ上に存在しないでしょう?1959年の北米向きカタログにはしっかりとNo.83という日本仕様と統一された型番で掲載されているようです。
Relay_no83

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May 10, 2008

☆Relay☆No.114 10"一般・技術用計算尺

 ダブルスター時代のRELAY No.115が昭和30年代のものとは見かけがまったく異なるのと比べ、同じくダブルスター時代のNo.114のほうは30年代発売のものと基本的には同じものです。輸出仕様の型番は「☆Relay☆ B-1006」で、基本的にはHEMMIのNo.2664後期タイプのデッドコピーです。No.2664のほうはDF尺に延長部分があるのに比べてNo.114はDF,CF尺ともに√10ですっぱりと切断されているというのが見かけ上の違いで、この違いがなければ双方の見分けがつかないかもしれません。また昭和33年以降のNo.114は逆尺CIの目盛りは赤で刻まれますが、それまでのNo.114は本家HEMMIのNo.2664同様にCI尺の数字だけが赤で入れられているというシンプルな色使いのものです。尺配置は表面がK,DF,[CF,CI,C,]D,Aの7尺、滑尺裏がT2,T1,L,S1で、6度以下、84度以上の三角関数はC尺上の三種類のゲージマークでラジアンに換算して求めるタイプです。No.2664のほうはT尺S尺が逆尺になっていますので、ここがまず異なり、さらにL尺目盛りがNo.2664のほうが細かく刻まれています。上固定尺に25cmのメトリックスケール、下固定尺側面に10インチのスケールが刻まれてますが、下のインチ目盛りが同じくダブルスター時代のRelay No.115と比べるとやたらに長く刻まれており、まるでゲジゲジみたいで1/2インチの位置が判然とせず何か違和感があります。
この時代のバックプレートはまるで缶詰の内側みたいな金色のアルマイトを被せられたアルミ板で、以前のものよりは少々腐食に強くなったのかもしれませんが、50年を経過して腐食したものを多く見かけます。今回初めて気が付きましたが、RELAY/RICOHの片面計算尺はHEMMIの片面尺のようにプラ板とアルミ板の2層によって上下の固定尺がつながっている訳ではなく、アルミの板に単なる白い樹脂のシートを重ねて上下固定尺をつなげています。この白い樹脂シートは滑尺を抜いたときのアルミ板に対する単なる目隠しの役目しか果たしておらず、この構造は昭和49年製造のNo.116まで基本的には変わりません。竹に複雑な加工を施して成型品のプラ板を挟み込んであるHEMMIの片面尺と比べるとなるほど加工コストが抑えられているわけです。 
 入手先は長崎県からで、本体刻印は「BS-2」ですから昭和28年2月の製造となります。奇しくも以前北見から入手した同じくダブルスターのNo.115と同年同月同工場の製造となります。,計算尺本体に某国立大林学科三年と個人名および1954年5月購入した旨が刻まれていました。最初の持ち主は計算尺製造から1年あまり経過してからの購入したことになります。ダブルスター時代のRELAY計算尺のケースの例の通り上蓋と底が抜けていましたが、本体は短い期間しか使われなかったようで、裏板の腐食もまったくなく、表面の艶も失われておりませんでした。それにしてもNo.2664と2本並べてみると、やはり計算尺としての完成度はNo.2664のほうが上を行っていたようで(^_^;)Relay_no114_2

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May 09, 2008

☆Relay☆R-801とRelay No.80学生用計算尺

 確か昭和26年の学習指導要領改訂で新制中学の数学における計算尺の学習が必須になり、中学用8インチ計算尺の特需を迎えますが、そのときに各社で用意された計算尺というのがマンハイム型に逆尺が付いたA,B,CI,C,D,配置の片面8インチ計算尺で、中学で扱うことのない三角関数をすっぱり切り捨てて滑尺の裏側は何も刻まれていないのっぺらぼうの物が多く出現したようです。一度に大量の需要が生じたためかHEMMI一社だけでは到底需要に応じきれず、複数の会社で似たような仕様の計算尺が製造されたようです。値段的にはおおよそ150円から200円あたりの価格帯だったようですが、各社コスト面では苦労したようで、早くもプラスチック素材の計算尺で竹の加工コストを抑えようとするものが出てきているようです。以前、FUJIのNo.86という滑尺裏が白い竹製の8インチ尺を入手しましたが、FUJIは技研が名前を変えた会社ではなく、どうやら昭和20年代当時から富士計器としてFUJIブランドの計算尺を国内向けにも発売しており、このNo.86は昭和30年代まで製造時期が遡りそうです。
 そのような中学生用の計算尺として「ダブルスターRelay」時代に発売されたのがRelay R-801で、その形式変更版がRelay No.80となるようです。尺配置は表面がA,[B,CI,C,]Dというマンハイム型に逆C尺を追加した内容で、滑尺裏はブランクです。HEMMIのNo.2641やFUJIのNo.86のように滑尺裏はセルを張られたり白塗りされているわけではなく、双方ともに単なる竹のむき出しになっており、ここのあたりはコストダウンが徹底されています。また滑尺の組み合わせも反りを考慮した竹の皮目を正反対にして2枚接合している構造ではありません。またセルロイドが片方しか張られていないこともあり、殆どの滑尺がセルロイドの経年変化による収縮でセルロイドの張られている方を内側に緩やかに反りが来ていて、入手したものも例外ではありませんでした。まあ、他の高価な両面計算尺と異なり、中学生のある一時期にだけ使用に耐えれば構わないというコンセプトでコストダウンを優先していたのでしょうから、50年後の現在に反っているの目盛りが狂っているのなど言っても「そんなこと知っちゃいねぇ」と怒られそうですが(笑)R-801のほうは製造刻印が無く、裏側の換算表も省略されているのに対し、No.80のほうは表面に「I.S-4」刻印がありますので、昭和35年4月の佐賀製ということになり、しっかり換算表も貼られてました。R-801はCI尺の数字のみ赤色で刻まれていますが、No.80のほうがCI尺の目盛りも数字も赤で刻まれています。しかしNo.80も前期型はCI尺の目盛りは黒で刻まれていました。R-801は他のダブルスター時代の計算尺同様に裏板が金色のアルマイト加工が施されたアルミ板ですが、No.80のほうは白のアルマイト加工されたアルミ板で上下の固定尺がつなげられています。しかしこの手の計算尺も団塊世代の中学進学が一段落した昭和30年代半ば過ぎには需要が落ち着き、中学では扱わない三角関数や対数などを含んだNo.82やNo.84に淘汰されてしまったのか、それ以降は国内では見かけないようです。
Relay805
 上から☆Relay☆R-801,Relay No.80,No.82,No.83,No.84 です No.81のみ未入手
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May 04, 2008

NIKKEI No.150F 5"ポケット計算尺

 RELAY/RICOH計算尺の製造元である三愛計器/リコー計器は戦後の一時期に東洋特専興業から日本計算尺に社名変更した時代がありました。しかしこのNIKKEI計算尺の日本計算尺株式会社はRELAYの日本計算尺と混同されているようですが、その生産された計算尺の特徴ある構造からして、どうやらRELAY/RICOHとはまったく関わりのない別会社のようです。そのNIKKEI計算尺のキャッチフレーズが「狂い絶無・破損しないカーソル・断然値段が安い」というものでした。NIKKEI計算尺は国内では主に学生用の需要をねらった片面の8"計算尺および5"のポケット尺がリリースされていましたが、輸出用には本体構造が異なりますが、HEMMIのNo.250,255,259初期型コピー物と、本体構造までHEMMIそのままの両面計算尺もあったようです。これら両面計算尺はさすがに写真しか見たことがありませんが、後者はどうやらHEMMIのOEMだったかもしれません。国内に出回った形式は5"ポケット尺がNo.150F,No.170、8"学生用がNo.200,No.250,No.260,No.270などがあったようですが、何年頃に発売されていたのかはよくわかりません。おそらく昭和30年代初めから昭和30年代中頃あたりまでの存在だったと思われます。本社が東京の世田谷区ということで、たぶん自社で素材から加工まで一貫生産していたわけではなく、生産はどこか外注先にやらせて、自身は輸出などの販売を手がけていたのではないかと思いますが、あまりにも資料が少なく当方も良くはわかりません。構造的にオリジナリティを感じさせるものになっており、裏側に全面を覆う金属のバックプレートを持ってきて、ピンで上下の固定尺をつなぐという構造になっているのが一番の特徴で、この構造で実用新案が出願されていたようです。
 届いたNIKKEIのNo.150Fをよく観察して驚いた事には、このNo.150Fは固定尺、滑尺ともにバルサ材のような木を2枚組み合わせて作った「木製計算尺」でした。その表面にさらに経木のような薄皮を接着して表面に白いペイントを塗り、そこに目盛りを刻んでいるという内容です。そりゃ「断然値段が安い」のは当然でしょうが、粗製濫造期のコーア計算尺などと違って巧妙な構造で製作されており、さほど安っぽさは感じさせません。また、50年ほど経過している計算尺にも関わらず反りがないのも特筆されるでしょう。8インチ計算尺はケースに「BAMBOO SLIDE RULE」としっかり型押しされているのでこの木製構造は5インチのNo.150Fだけなのかもしれません。
 内容的には√10切断系5インチ計算尺で尺種類は表面がDF,[CF,CI,C,]D,A の6尺、裏面が T,L,Sの4尺です。上部にスケールはなくスクエアな断面になっています。ゲージマークはC尺上に度、分、秒からラジアン変換用の3種のゲージマークの他にCとπマークを備える標準的な内容です。カーソルは上下の金属にアクリルの板を挟み込んだものです。裏の換算表は金属のバックプレート直接印刷されており、漢字および西洋の度量衡単位にはひらがなでふりがなを追記しているというものですから、そのまま輸出するわけにはいきません。輸出仕様には別のバックプレートが用意されていたのでしょう。アメリカでは電子パーツの通信販売等を手がけるラファイエット社のOEMが一部あったようですが、ラファイエットの主な取引先はRELAY/RICOHで、どうやってNIKKEIがそこに食い込んだのかはわかりません。また、NIKKEIブランドでも米国内に出回ったようですが、どこがディストリビュートしていたのかも判然としません。活動期間の短さといい未だに殆どのことがわからない、現時点でも謎の計算尺メーカーです。
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 NIKKEI No.150F 表面拡大画像はこちら
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