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July 29, 2008

18MHzで青森局と初交信

 今年は本州の梅雨明けが早かったはずでしたが、今になってまるで梅雨時のような前線が本州にかかり、局地的な豪雨に見舞われた地域では河川の氾濫による被害を被ったところもあったようです。しかし、電波伝搬的にはやはり梅雨明けが早かった影響かEスポが北に偏る傾向があり、24メガでCQを出していたらロシアの沿海州からコールバックがあったりします。しかし今シーズンは6mに関してはなかなか7エリアと交信する機会が無く一番近い所でも太平洋岸は仙台近辺、日本海側は酒田です。もっとも岩手の二戸市からGWというよりも直接波での交信が一度ありましたが。
 HF帯では21メガで函館・余市などの超近距離と電離層のスキャッタで交信するチャンスを逸しましたが、29日の出がけに21メガをワッチすると交信中の富良野局と東京局がフルスケールで入感しているのが聞こえました。こいつはもしやと思い、21メガの空いているところでCQを出すとすぐに青森の局からコールバックがありました。話を聞くと8の局が複数局聞こえているとのことです。この青森局も21メガで8の局と交信した経験は少ないとのことでした。当方も青森と21メガで交信したのは今回で3局目でした。奇しくも7月の20日から月末までの期間のみの交信です。21メガで他にも7エリア局からコールが無いかと思ってCQを出しましたが沼津と飯田からコールバックがあっただけでした。試しに18メガでCQを出すと別な青森局からコールバックがありました。18メガはあんまり使わないこともあり、今までの最短電離層反射交信は仙台から山形市のラインだけでしたが、最短距離を大幅に交信し、今回青森県局と18メガ初交信となりました。この青森局は以前に21メガで交信した3局のうちの1局でした。18メガも7エリアの局からコールバックがあるかと思いCQを出しましたが交信できたのは神奈川の2局のみ。21メガに戻るとすでに8エリア局もフェードアウトしていました。あと何回かこういうスポラジックE層によるスキャッタで超近距離伝搬に遭遇出来ると楽しいのですが、例年この状況が出てくるとまもなくEスポシーズンも終焉を迎え、秋型のコンディションに移行するようですね。

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July 28, 2008

HOPE No.93 システムリッツ計算尺

 HOPE計算尺は昭和30年代から40年代にかけて東京に存在した計算尺メーカーの一つで、一貫してプラスチック製の安価な計算尺を販売していたようです。昭和30年代にはおそらく山梨県内の製造メーカーから計算尺の供給を受けた、主に輸出を主体とする会社が国内にも安価な計算尺を発売していますが、このHOPE計算尺も終始一貫して山梨の技研系の製造メーカーから計算尺の供給を受け販売していたようです。それも技研系の計算尺同様に構造面の進化を続けたようで、30年代から40年代にかけては平面上のプラスチックの裏板に上下固定尺を接着した構造の計算尺がメインでしたが、今回入手したNo.93はFUJIのNo.102などと同じくプラスチックのブリッジで上下固定尺をつないだ構造の片面計算尺です。おそらくこのHOPE計算尺も輸出を主体としていた会社らしく国内では殆ど見かけない計算尺ですが、今年になって初めてオク上に登場したHOPEハピター証券用計算尺のように国内専用の製品も存在したようです。昭和40年代になってからのHOPE計算尺はFUJIの計算尺などと同様にドイツのFABER CASTELLに影響されたのか、一部の尺を着色してカラフルな装いになりましたが、FUJIやHEMMIのプラ尺のように滑尺自体を着色素材で作るのではなく印刷で着色しているようです。FUJIの後期の計算尺同様に尺の右サイドに計算式が入れられているのが目新しく、近代的な計算尺を感じさせますが、内容的には滑尺裏にさえ何もない片面計算尺です。妙なことにFUJIのこの手の片面計算尺は上下固定尺をつなぐブリッジがあるほうが裏面で、机の上に置いてあっても使えるということなんですが、このHOPE No.93はブリッジのあるほうが表面です。どうしてこうなったのかはわかりませんが、なんかちぐはぐな構造です。またこのHOPEの計算尺は輸出先の要望なのか終始A,B,C,D,尺のマンハイム系が多かったようで、まだずらし尺のCF,DF尺を備えた計算尺を見ていません。中には技研のNo.250のような表面にLL尺を4本も備えるNo.65-Gという幅広の片面尺もありましたが、技研のNo.250がずらし尺なのに対し、No.63-GはA,B,C,D,尺です。このNo.93はいわゆるシステムリッツの計算尺のようですが、似たような計算尺がないかと捜しましたらなんとHEMMIのタイ向け輸出用 No.280Sという計算尺が裏側のLL尺を除くとほぼこのHOPE No.93と刻印も含めて同一です。また、ドイツの文具メーカーの雄、STAEDTLER MARSの計算尺の中にもこのHOPE No.93とほぼそっくりそのままのプラスチック尺がありました。こちらも計算尺末期の製品で、すで日本製のOEMもので、製造元は山梨の富士計器のようです。またステッドラーのこの型式の計算尺はドイツ人好みのシステムリッツとダルムスタッドの両方があったようです。
 入手したHOPEのNo.93というプラスチック製片面計算尺は、以前に古本を落札したことのある相模原の業者からでした。まるで後期のリコー8インチ学生計算尺のような前面が透明ビニールで作られているチープなサックケースに入っています。上からL,K,A,[B,CI,C,]D,S,ST,Tというシステムリッツ構成で滑尺裏はブランク。裏面にはインチとメトリックのスケールが刻まれていますが、インチの方は1/20単位と1/32インチ単位の目盛りが左右に刻まれています。。ベースはFUJIのNo.102あたりにそっくりなんですが、ブリッジの平面部分などに違いがあり同一ではありません。またHEMMIのNo.P265あたりとも異なります。なぜか固定尺上部のL尺K尺と下部の三角関数尺の場所のみに薄いブルーで着色されています。カーソルはFUJIのNo.2125Cのような断面がレンズ状になったプラスチック製で、カーソル線は黒です。またhpとkWの換算と円の断面積計算のための副カーソル線が刻まれています。 厚さの非常に薄い計算尺で、280Sは持っていないので直接比較できませんが、HEMMIのNo.P265と厚みはほぼ同じです。しかし若干の違いがあり厚さはHOPEの3.8mmに対してHEMMIのP265は4mmです。また長さは同一ながら身幅はP265のほうが2mmほど幅広です。
 HOPE計算尺はまだまだその存在自体があまり知られておらず謎の多いメーカーですが、あと何種類か見ないことにはなかなかその正体を知ることが難しいかもしれませんが、このNo.93は明らかにHEMMI No.280Sの製造で余った物をHOPEブランドで他の国に輸出したものだったのか、もしくはステッドラーからの発注品と同じ物を国内に回したのかもしれません。すでに会社自体存在しなくなったHOPEの商標をFUJIが入手してセカンドブランドとして輸出したのでしょうか(^_^;)
Hope93

 HOPE No.93システムリッツ表面拡大画像はこちら
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July 23, 2008

JA1AAA局と交信

 18日の金曜日にたまたま空いた時間で21メガのJAIAボーナス局運用を行っていましたら、2003年から始まったJA1コールで見事AAAを引き当てた群馬は桐生の小林OMからコールバックをいただきました。氏は群馬でVEなども努められている国際派のハムですが、1ST QSOにも係わらず不躾にも長年の疑問をぶつけてみました。というのも、JA1AAAコールが最割り当てになった当初は50MHzの確かCWしか許可されていない無線局免許だったはずです。この免許情報を見たときには大変な「茶人」にJA1のトップナンバーが引き当てられたと思い、感心したと同時に144/430だけしか必要としないジャンボモービル系無線局にトップナンバーが渡らなくて良かったと他エリアの人間ながら安心したのですが…。この話を小林OMにすると、実は新規開局に使える技適の無線機がたまたま50MHzのモノバンド機しかなく、一端それで開局申請してから保証認定で変更申請をし、オールバンドの無線局免許にしていったとのことでした。小林OMがCQ誌に寄稿していましが、オリジナルのJA1AAA免許は当時まだ予備免許の時代に同時に3人の申請があり、電波監理局で3人の申請者でじゃんけんをしてその結果、たぶん当時早稲田の理工学部の学生だった岡村氏に渡ったらしいです。サフィックス2文字から3文字への初めての変更の時でもあり、全国でも初めての3文字サフィックス発行の際にこんなことが行われていたとは知りませんでした(笑)
 そういえば14日にJA1PXの秋田OMからリニアの調整をかねてコールバックをいただきましたが、秋田OMは放送局の技術者ということから電波監理局に広い人脈があったようで、8エリアJA8PJから本免許に至らずに失効したコールだったのかJA1PJというエリアを跨いだ同一2文字のサフィックスを獲得した方でした。秋田OMは放送技術者だけに、秋田OMが寄稿した初期のSSTVなどの技術解説にお世話になった方は多いのではないでしょうか。

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July 22, 2008

J.HEMMI No.14 4"ポケット型計算尺

 この時代のHEMMI計算尺には型式を表す刻印がないので確定的なことは断言できませんが、おそらくNo.30戦前型の原型となったJ.HEMMI時代最末期のNo.14だと思われます。このJ.HEMMI時代末期にはフレームレスのカーソルがごく短期間現れますが、この計算尺もセルロイドのカーソルバーに透明セルロイドのカーソルグラスが接着された樹脂カーソルが付いていました。No.1系統の計算尺はカーソルグラスがセルロイドのカーソルバーにねじ留めですが、ポケット型ということで薄さを確保するために接着という手段をとったものと思われます。後のNo.30とは上下の固定尺が同形状であるという形状が異なり、まるで練習用計算尺のようなポケット尺ですが、しっかり上下固定尺の側面にはスケールが刻まれています。物差し代わりとして使用するのには不便なので、No.30にモデルチェンジしたのでしょう。このNo.14は大正15年型として各種の新しい計算尺が投入された1926年から1929年までのごく短い間にのみ作られているようです。1930年には新制"SUN"HEMMI計算尺のラインナップとしてすでにNo.30にモデルチェンジされています。そのため、あまり目にする機会のない計算尺の一つです。初期型のカーソルは金属枠に入ったものだったようです。今回のNo.14は製造年を特定する手がかりがありまして、裏側に「米国ウエスチングハウス社製品日本一手販売 株式会社菱美電機商会」とあり裏板にはご丁寧にもウエスチングハウスのロゴとマークがプレスでエンボス加工されています。菱美電機商会というのは昭和4年に以前から米国ウエスチングハウスの独占的代理店だった三菱電機が、主に電気部品を日本で販売するために設立した会社で、当時急激に需要が高まったラジオの部品の取り扱いが主力だったようです。その菱美電機商会が開業の記念として作らせた一種のノベルティー商品だとすると、1929年=昭和4年の計算尺ということが特定できます。ご存じの通り現在のウエスチングハウスは加圧水型原子力発電のノウハウを求めた東芝と三菱の間で熾烈な買収合戦の結果、縁の深かった三菱の買収提示を蹴り、現在では東芝に買収され東芝系の子会社になっていますが。
 驚いた事に提携先のアメリカ本国はウエスチングハウス宛に同じ計算尺が配られたらしく、アメリカに送られた物は裏板のウエスチングハウスのロゴとマークがエンボスされただけで、漢字の菱美電機商会などの刻印は一切無いようです。また、日本で配られた物より少し新しく"SUN"HEMMIの商標に変わった直後の製品のようで、樹脂のカーソルバーの上下にそれぞれ「"SUN"」「HEMMI」という新ロゴは入っているのが国内向けの菱美電機商会刻印のNo.14とは異なります。おもしろいことにJ.HEMMI時代唯一の樹脂製ポケット尺にNo.24というのがありまして、知っている限りでは裏側に三菱電機株式会社という刻印が入っているものしかなく、またカタログにも掲載されていないという妙な計算尺ですが、おそらく当時ヘンミ計算尺の技術的なサポーターであった三菱電機の技師、宮崎治助が介在していることは確かでしょう。実はこの宮崎治助という人は当家の曾祖母の甥らしく祖父からすると従兄弟らしいのです。我が家には「ヘンミ計算尺はじいさんの従兄弟が作った」という妙な言い伝え(笑)があり、当方としてはそんな話は一笑に付していたのですが、よくよく話を確認してみると曾祖母の実家が宮崎姓でその宮崎家の人間がヘンミ計算尺に係わっていたらしいのです。宮崎治助氏は祖父とほぼ同世代ですが、宮崎家で唯一交流のあったのは宮崎卯之助氏という祖父の従兄弟一人だけで、この人は戦後に三菱電機のモーターなど電機関係の銘板を作る町工場をやっていたとのこと。関係者がすべて故人になって久しく、宮崎治助氏と当家の関係は現在となっては詳しく尋ねる縁者もおりません。
 入手先は東京で、だいぶ以前に皮ケース入りのNo.250を落札した人からでした。No.30などのフラップ付き皮ケースと異なり、たぶん元は黒皮のシースタイプのケースが残っていました。戦前No.30には企業のノベルティーとして、また"SUN"HEMMIの商標が打ち抜かれたものがあり、コレクターズアイテムとなっていますが、このNo.14はその企業ノベルティーものの嚆矢なのでしょう。手の込んだエンボス加工は当然のことプレス型を起こさなければいけませんが、いったいいくつの発注に対してこのような特別な型を起こしたのか興味のあるところです。この裏板のパンチングによる企業名入れの特注は昭和も2桁台になると姿を消し、企業ノベルティー物は刻印入れのみで済まされるようになったようです。ところで鉄ヲタとしては、企業名入りノベルティとして作られたHEMMI計算尺でもっともほしいのは、やはり昭和39年10月の東海道新幹線開業記念品として関係者に配られた本体と皮ケースの両方にJNRマークの入ったHEMMI No.2634でしょうか(笑)千秋の父親が社長を務めている日本板硝子のロゴとマークの入っているNo.30なら未開封で2本も隠匿しているのですが…
(^_^;)
Jhemmi_no14
Jhemmi_no14_2
 J.HEMMI No.14 4"ポケット型計算尺表面拡大画像はこちら
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July 19, 2008

変調波出力の出方が変?

 古い無線機だといつ故障してもおかしくないというリスクがあり、10年前の無線機ならまだしも30年前の無線機となるとなおさらです。家電製品ならとっくの昔に廃品になっているのでしょうが、無線機はいくら中身のコンピューター化が進化しようともアンテナから出てくる電波の本質は30年前の無線機も今の無線機も差はありません。そのために30年前の真空管機でさえ少々の使い勝手の悪ささえ気にしなければ十分現役として使用可能ですが、中の電気部品の経年劣化による故障・不具合とに向き合わなければならず、アイコムのように修理の受付さえしていないメーカーもありますので、当然自分の手で故障個所を特定して修理調整する覚悟が必要です。
 19日朝は人によっては3連休初日ということもあり、多くの局が運用していたのにも係わらずEスポが北に偏ってきたのが原因が局所的に強く入感する局があるものの、バンド中ざわざわというほどの具合ではありませんでした。それでも7エリア仙台と山形の局と21メガで交信でき、時間的には秋田の局が1エリアの局を呼び出す声も聞こえていました。JAIAアワードボーナス局運用を10時台に行い、10局ほどと交信した後はいくらCQの声を出そうにもまったく応答がありません。おかしいなあと思いアンテナチューナーに付いているパワー計を見ると、急に変調波の尖頭出力が落っこちる現象が生じています。それも落っこちっぱなしではなく、通常に戻ったり、ピークで10Wそこそこの尖頭電力に落ち込んだりしていました。一番最初に疑ったのはマイクコードの部分断線による接触不良です。さっそくデスクトップマイクのコネクターを抜き、マイクの底板を分解しコネクターとマイク基部の端子間の導通を調べますが、マイクコードの位置をいろいろ試しましたが導通不良はありませんでした。そうなると無線機側の問題ですが、まず疑ったのはFT-101ZDの4ピンジャックの導通不調で、よく見ると4ピンの先端にスリットが入れられていてある程度バネの効果でマイクコネクタに対して広がって接触を保つところが経年でつぶれっぱなしになっており、これが原因でマイクコネクタとの導通が保てなくなっていたのが変調出力低下がたまに起こる現象だったようです。マイクロドライバーのマイナスでピンを広げ、念のためサンハヤトの接点洗浄剤を吹いて綿棒でクリーニングし、再度デスクトップマイクを接続すると変調出力低下の症状は起こらなくなりました。電話回線みたいに48Vでも掛かっていればこういう問題は少ないのでしょうが、なにせダイナミックマイクの出力を無線機側に伝えるコネクタですからちょっとの不具合でこういう動作不要が起きるのは仕方がありません。これも古い無線機を現役で使用する宿命でしょう(笑)

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July 14, 2008

6mで今期初岩手県内局と思いきや…

 西日本一体はすでに実質的梅雨明けしたためか、梅雨末期特有の現象ですがEスポ発生が北に偏りつつあるようで、いままでハイバンドでは福島近辺までしかスキップで入感していなかったのにここ数日間は宮城県南部まで普通に入感するようになりました。そうなると興味は6m電離層反射でどこまで近いところまで交信できるかが興味となるのですが、今年は1エリアが安定して入感するチャンスさえあまりない状況のため、岩手県内なぞ一度も交信のチャンスはありませんでした。今年は未だに白河の関を越えて7エリアの局と6mで交信できたこともありません。
 13日はJAIAアワード運用初日だったのですが、伊達市で開催されるJARL胆振日高支部大会と重なってしまったため午前午後の運用は出来ませんでした。朝迎えの車が来るまでに時間があったために朝の6時台後半に6mをワッチすると1局だけ50.195でCQを出している局がいました。コールサインを聞くと7エリアのコールサインなのですぐさま応答すると岩手県は殆ど青森県県境に近い二戸市の移動運用局で、8エリア向けにビームを向けているとのこと。近距離Eスポでも出たのかと思って話を聞いたらGWだという話でしたが、標高の高いところからビームを向けているということでGW特有のもがもがしたようなエコー混じりの声ではなかったため直接波ではなかったかと思われます。実は昨年同じ二戸市から近接Eスポで電離層反射交信をしているのですが、そのときは電離層反射波にGWがたまに混じって入感してました。そのときは電離層反射であることを確認してあり、その運用局を呼ぶ周囲のローカル局の声も微かに聞こえてましたので、やはり今回の二戸市との交信とは条件が異なったと思われます。今年も6m未交信として残ってしまった青森,秋田と交信する機会はあるのでしょうか?サイクルのピークを待たないとだめだとするとあと5シーズン先まで待たないといけない計算です。それまで無線をやっているかどうかはわかりませんが(^_^;)


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July 12, 2008

21メガで近距離Eスポ伝搬

 ローカルの情報によると、11日金曜日の午前10時台に8エリアは道南を中心に21メガのかなり電子密度の濃い近距離Eスポ伝搬が発生して、函館と余市および倶知安近辺と同時に交信できるというチャンスがあったそうです。それもメーター振りきりですぐ近所で電波を出されたような状況で交信出来たということで、当方、21メガの近距離Eスポにおける最短距離の伝搬は昨年記録した夕張山地を越えた富良野でしたので、もしその場にいたら最短距離を交信できたかもしれず、平日ということもありましたが大変に悔しい思いをしました(笑)その近距離Eスポは20分経たずしてフェードアウトしてしまったらしいですが、試しに6mで近距離Eスポ伝搬に行き当たらないかと思って6mのアンテナを振ってもどこも聞こえなかったとのことです。
 さて、今朝からハイバンドをワッチし続けていますが、今のところ6mはおろか21メガさえまったくどこも聞こえません。やっぱEスポ2日続かずでしょうか?

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July 11, 2008

JAIAアワード2008まもなくスタート

Jaia2008 今年もまもなくJAIAアワード2008がスタートします。例年は7月15日から8月31日までですが。今年は13日が日曜日に当たるためか2日早く13日からのスタートになりました。基本的なルールはみなさんもうおなじみだとは思いますが、期間中に異なるサフィックスの無線局と多数交信して規定のポイントを獲得することでクラスCからクラスEXまでの異なる6つのアワードが、さらに今年は8月3日の日曜に100ポイントを獲得することでONE DAYのアワードが用意されています。基本的にはJD1を含む国内局との交信が2ポイント、国外局との交信が3ポイントですが、JAIAの定めるボーナス局と交信すると10ポイントを獲得することが出来ます。
 一昨日JAIAの事務局からアワード関係の書類とQSLカードが送られてきました。ボーナス局リストを見ると今年は68局と例年と比べて何か少ないような気がしましたが、今年はボーナス局の選定が例年と変更されたようです。というのもここ数年の間に一般参加局の間でボーナス局として協力したいという声が高まり、その一方で従来のボーナス局の選出方法に不満が出てきたため、交信に積極的なボーナス局を増やす見地からボーナス局選定方法を変更したというのが理由のようです。ボーナス局は、昨年までJAIAの方から協力お願いという形で回ってきましたが、今年はJAIAから案内状か送られてきてFAXでボーナス局の運用をこちらから申請をするという形となりました。そういうボーナス局選定方法に変更が生じたためか、昨年はボーナス局85局に対して今年のボーナス局は68局と激減しています。ちなみにボーナス局の局数は2005年が94局、2006年が86局、2007年が85局で今年2008年が68局ですから例年より20局あまり少ない計算でしょうか。不思議なことにボーナス局の中にはなぜか144/430の2波20Wしか免許されていない局がありますので、当方のすぐ近所にでも移動運用してくれないかぎりは、当局の無線設備では交信は絶望的でしょう。
 さて、今年は13日スタートのJAIAアワードですが、当方13日は支部大会に強制連行されてしまいますので、貴重な初日日曜日の運用をまるまる空けてしまわなければいけません。他人の車に同乗して伊達市まで行かなければいけないため、モービル運用で144/430 FMで運用するわけにもいきませんが、まずは支部大会に集まったローカル局相手にハンディ機でボーナス局運用でもしましょうか
(^_^;)

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July 10, 2008

サミット警備で違法無線機摘発

 かねてから北海道総合通信局管内では放送中継波に日本では使用を許されていないアメリカ国内用の免許不要無線機のFRSやGMRSの電波が混信して実害が及んだという80条報告が民法TV局から上がった事例があり、またニセコ近辺のスキー場で外国人観光客がこれらの無線機を持ち込む例もあったため、かなり重点的にFRS/GMRSの電波監視に力をいれていました。北海道内ではサミット開催に併せてテロ警戒の観点から総通局がこれらの発信元が特定できない不審電波の重点監視を行っており、サミット開催中に札幌市内でこれらの違法電波をキャッチし、発信元を特定して現場を押さえると、発信元は何と近畿警察局管内から派遣されたサミット警備の警察官だったという報道がされました。この警察官は同じくサミット警備に派遣された仲間の警官と個人的な連絡を取り合うためにGMRSを持ち込んで使用していたとのことで、違法だとはしらなかったと供述していたようです。この出力5WのGMRSは「30km電波が飛ぶ」というのが売り物のようで、いまだに「国内で使用するのは違法」とはっきり書かれずにネット上で売買されていますし、腕時計型のFRSなどもいろいろなカテゴリーに出品されていますので、レジャー用や子供のおもちゃとして「知らないうちに電波法違反を犯して」使用しているケースはかなりの数があるでしょうし、もしかしたら正規のアマチュア無線機のハンディ機として国内に出回る数よりもFRS/GMRSのほうが何倍も売買されているのかもしれません。実は以前、とある無線機屋に警官がパトカーで乗り付けてきて「こいつの予備バッテリーがほしい」とモトローラのGMRSを差し出した事があったそうで、これは違法機だから使えないと言ったら不思議そうな顔をして帰っていったとのことでしたが、意外と警備だなんだかんだで駆り出される事の多い警官は仲間内の連絡用として密かに私物のGMRSが蔓延している事実があるのかもしれません。もちろん警官といえども電波法には詳しくないでしょうから当然のこと「重い罪に問われる」という認識は無いとおもわれますが、一度警察内部でもFRS/GMRS狩りを実行しなければいけないかもしれません。

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July 09, 2008

移動局がいなくなった?

 先週土曜から日曜にかけて行われたJARL国内4大コンテストの一つである6m and Downコンテストは夏場のEスポシーズンに併せて50MHzから上のVHF,UHFを主に使用して行うコンテストです。昨年の6m and Downコンテストのコンディションがまったく記憶にないのは、コンテスト開催当日にかち合ってしまった支部大会に拉致され、大勢の前で苦言苦情の砲火にさらされてしまったためで、なんかこのあたりからコンテスト参加の意欲が薄れて「参加証を貰うためだけのスコア送付」まで怠るようになりました。それでも昨年の6m and downコンテストは出かけるまでのわずかな時間に6mで交信した3局3マルチだけでスコアを送ったらしく、QSLカードと一緒に参加証が届いてましたが。
 しかし、今年も本来だったらコンテストが支部大会とかち合ってしまうため、コンテストの方には参加出来ないはずが、何と北海道洞爺湖サミット開催で、サミット警備上の都合から支部大会のほうが一週間延びてしまったため、コンテスト参加のほうには問題がなくなりました。アンテナも3エレ化してみましたので、伝搬コンディションさえ良ければ2エレと3エレの差も実験的に検証できるという興味もあります。土曜21時からスタートしたコンテストでしたが、夜間にも係わらず4,5,6エリアが局地的に開いてまして応答だけで8局7マルチと交信しましたが、40分ほどでフェードアウトしました。8エリアの局がGWをとばしてくるのですが、2エレだったらバックもさほど問題なく交信できたものの3エレ化のせいかバックで呼んでもちっとも反応がありませんでした。
 試しに144MHzをワッチしてみますと、例年のコンテストであれば同じ8エリアの移動局が盛んにCQを出しているはずなのですが、今回のコンテストに限ってはまったくCQの声が聞こえませんでした。何とサミットの警備で札幌圏から胆振日高、渡島檜山のサミット開催隣接地の見晴らしの良い場所でアンテナでも立てようものならすぐさま全国からかき集められた警備の警察官が飛んでくるという状況が予想されたため、無用のトラブルを避けるために「移動を自粛した」事が原因のようです。例年なら夕張の丁未風致公園からハード運用する札幌のクラブ局の運用もなかったようですね。
 翌日の6mの伝搬状況は朝の6時台には宮崎ビーコンさえ聞こえませんでしたが8時台からコンディションが急上昇し、10時台後半まで4,5,6エリアを中心に50.250から50.500あたりまで周波数が埋まってしまう時間帯がありました。おそらく8エリアよりは1エリアの大票田とつながった6エリアが一番条件が良かったのではないでしょうか。10時台後半にフェードアウトしてしまうと夕方まで伝搬が戻らない事が多いながら、今回は2時台後半に鹿児島,宮崎,高知あたりの伝搬が戻り、数局と交信してます。今回は応答しかしませんでしたが、参加証をもらうには十分な局数を獲得したでしょうか。
 ところで3エレの威力ですが、2エレに比べるとさらにQSBで落ち込んだボトムでもそこそこ復調出来るようになり、2エレでは近所のOMが59を送っている相手の局の信号がまったく聞こえなかった事が多かったのにも係わらず、3エレになるとさすがに59というわけには行きませんが「聞こえない」ということはなくなりました。さらに2エレのときにはあまりにも聞こえなくて応答をためらったCQに対しても応答することが出来るようになった感じです。ディレクター1本追加でこれくらいの違いがあるとは正直いって想像していませんでした。これが4エレ5エレになり、さらにタワーの上に乗っかるとどうなるかなどと妄想は広がりますが、とりあえずこれは後の楽しみとして取っておきましょう。いっぺんに高性能化すると飽きるのも早いですし感動も薄れますから(^_^;)

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July 05, 2008

トマト支柱アンテナの3エレ化

 夏至を過ぎること、はや二週間を数えましたが、6mの伝搬状況は例年と比べると低調で、特に7月に入ってからの3日間くらいは朝も夕方も聞こえないという状況でした。この低調ぶりを打破するためというわけではありませんが、2年前に製作しておきながら重量過多でお蔵入りしてしまった自作の3エレトマト支柱アンテナを組み立て直してとりあえず揚げてみることにしました。というのも台風と冬場の爆弾低気圧シーズンを避けて夏場のEスポシーズンだけ3エレにグレードアップし、それが過ぎたら元の2エレに戻せば、とりあえず大風のダメージを食うことはないだろうという打算からです。また、土曜の夜からJARLの6m and downコンテストもあるので、2エレから3エレにした効果も確認できると思い、土曜の朝にさっそく屋根に上って30分くらいで2エレアンテナをディレクター1本追加したブームに組み替え、3エレ化してしまいました。一つ問題が予想されたのはブームが延びたことにより、給電部が2階の屋根に掛かってしまったことで、給電部と屋根との距離が1m位しかなく、打ち上げ角はおろか、VSWRにも影響するのではないかということでした。案の定、実験してみるといままで50.200近辺で1.5を保っていたVSWRが2.0近い数字を示しています。もう少し屋根から遠ざけるか高さを高くすることによってVSWRの数値が改善するのでしょうが物理的に無理なのでとりあえずこのまま使ってみることにします。
 土曜午前中、局部的に6エリアが開いていたようですが2エレではQSBの谷間に入り込んだ信号は殆ど聞き取れなかったのに、3エレだとそれがちゃんと理解できるくらいに復調できる感じです。また2エレよりさらにサイドの影響が無くなって静かになった印象でした。ところがバックへの放射が2エレより小さくなったのか、2エレの時はそこそこ聞こえたバックからの信号がさらに弱まった感じでした。実際にバックから入感してくる局にそのまま応答してみましたが、2エレの時は問題なく交信できたのに3エレでは取ってもらえなかったことから、3エレあたりになるともはやビームを振らないといけないのかもしれません。
 6m and downコンテスト開始時の21時頃には珍しく6エリア4エリア5エリアあたりまで開いてまして、アンテナの実験もかねて短時間に8局ほどに応答してコンテストナンバーを交換しましたが、アンテナは当然の事ながらちゃんと問題なく作動していました。しばらくはこのまま使ってみましょう。

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July 01, 2008

英国製TECHNICAL STANDARD計算尺

  湿度の少ない欧米で計算尺の素材として使用されたのは中南米産のマホガニー材で、これは17世紀あたりからの高級家具の素材としての定番です。その狂いがこなく重量が軽いという性質を以て計算尺に使用されたということは至極自然な事ですが、湿気の多い日本の気候では逸見次郎がマホガニーを使って欧米の計算尺の模倣に苦労したとおり、計算尺の素材としては適さないものでした。逸見次郎の苦労の甲斐あって竹の素材を組み合わせ、湿気や乾燥にも狂いの少ない竹素材が定番となりますので、あえて外国からの輸入材であるマホガニーを使用した計算尺が日本で作られ、販売されていた例を当方は知りません。マホガニーの単板ではなくベニヤ板のような合板素材の計算尺なら戦中戦後の粗製濫造期に何社か販売したようですが、手間の掛かる竹製計算尺のさらに代用品扱いというようなポジションの所詮「安物」です。
 入手したTHE TECHNICAL STANDARDという計算尺は、おそらく二次大戦中もしくはそれ以前の英国製計算尺です。このTECHNICAL STANDARDというのはいわゆる商標で製造元はBRITISH SLIDE RULE CO.,LTD.という会社のようです。日本流であったら日本計算尺株式会社というところでしょうが、これくらいしかこの計算尺に関する情報を把握していません。厚さ実に1.5cmという分厚い計算尺で、この厚さにより狂いを防いでいるのでしょうか。また上下の固定尺を繋いでいるのはマホガニーの板とセルロイド板の二層構造ですが、裏の補助カーソル線窓にこれも分厚いセルロイドの枠がねじ止めされていてこのブロックのおかげで計算尺の本体が裏側に反ってしまうことを防いでいるようです。そのおかげでおおよそ65年は経過している木製尺なのにも係わらず上下固定尺と滑尺の間にはまったく隙間も開かず、何ら潤滑剤などを塗布しなくとも滑尺は驚くほどスムースに動きます。この時代の英国製計算尺の多くがそうであるように、目盛りは張り込まれたセルロイドに刻まれるわけではなく、印刷したものを木製尺表面に貼り付け、そこに透明なセルロイドを貼り、そのセルの両端を釘留めしています。その透明セルが経年で黄変してますので、表面が黄ばんで見えるわけです。HEMMIの片面尺と異なり上下の固定尺がまったく同じ形状です。そのため、断面を見ると台形状の上下対称で、上端にインチスケール、下端にメトリックのスケールを持ちます。表面は、M,A,[B,C,]D,N,の6尺、滑尺裏はS,ST,T,の三尺ですが、このうちMはLL2,NはLL3相当のべき乗尺です。それじゃあLL0,LL1相当尺が無いのかというと、どうやらD尺を読み替えて使用させるようですが、説明書なんぞ当然のことありませんから良くはわかりません。しかし当然のこと右に行くに従い精度が落ちることになるのでしょうが…。滑尺裏の三角関数尺は一番広いところで1/12度分割で、微少角計算用にST尺を備えます。上固定尺上端にはインチスケール、下固定尺下端にはメトリックスケールを備えます。カーソルはアクリル板、カーソルバーも樹脂製で、カーソル線は黒で入れられています。
Technical_std
 TECHNICAL STANDARD計算尺表面拡大画像はこちら
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