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August 22, 2008

2日続きで7-8エリア間オープン

 8月に入ってからはめっきりと6mがオープンする機会が少なくなり、3日のフィールドデーコンテスト当日のオープンからはスポット的なオープンにとどまっているようでした。もっとも8日9日は合宿に出かけてしまい、144/430のモービル環境しかなかったため、6mのコンディションはまったくわからないのですが、お盆の帰省シーズンにしても12日の昼に6エリアが、13日の午前中にも6エリアから5,4エリアがオープンした以外には、殆どどこのビーコンも聞こえてこないような状況だったようです。15日から17日の胆振日高QSOコンテスト時もまったくの期待はずれに終りました。そろそろ6mのシーズンも完全に終わりかと思い、台風シーズン前にトップヘビーで受風面積の大きい自作の3エレアンテナから2エレアンテナに組み替えようと思っていた矢先の21日午前、突然に2エリアのビーコンが強力に入感し始めました。当日は関東甲信越から東北にかけて、大気の状態が非常に不安定で、各地に時間雨量100ミリ近い雨を降らせたようですが、そんな状況が影響したのかどうか、国立観測点での臨界周波数はまったく上がっていないのにも係わらず、8エリアからは2エリアの東海一帯の一部とその日本海側の富山石川近辺がスポット的にかなり強力に入感しています。これを逃すと6mは来シーズンまでお預けだと思って50.223でCQを出すと、コールバックしてきたのは何と茨城の局でした。さらに続けると徳島市、岐阜県の羽島郡、福井のあわら市などからコールバックをもらいましたが、なにせシーズンも終わりに近い平日の午前中ですから6mをワッチしている局の絶対数が少なく、運用局自体が少ないのは仕方がありません(笑)ちょっと食いつきが悪くなったので、バンド内をワッチすると、7エリアは山形の局が8エリア指定でCQを出すのに遭遇。今シーズンは7エリアのオープンに遭遇したのは7/21の僅かに1回だけでしたので少々狐に摘まれたような気がしましたが、お互いに59で交信成立。その後この山形の局は20分以上にわたり道央圏の局と交信可能だったようです。残念ながら他にCQを出している7エリアの局には遭遇できませんでした。22日はリグの前に座る時間もありませんでしたが、インターネットクラスタを見ると、2日続きで7エリアと8エリア間がごく短時間オープンし、交信した局があったようです。もう少しアンテナの組み替えは見送っておきましょう(^_^;)

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August 19, 2008

大正スケールNo.210

 まるでドラフタ-ヘッドの角度定規におまけで計算尺が付いたような製品ですが、おそらく用途としても製図用の定規が用途の主体として作られたものなのでしょう。製造は明らかに山梨の技研で、その証拠に技研のブランドでも同様の計算尺は発売されていますが、技研のものは計算尺部分の尺がC尺D尺でカーソルもないという、この大正工業No.210よりも簡単なものになります。角度定規部分を開かないと計算尺単独としても使えない構造のためか、製図用具としても計算尺としても中途半端で、世間にはまったく普及しなかったようです。そのせいか数は少ないながら各地の文房具店の不良在庫として未使用で発見される確率が多い製品です。
 計算尺部分は√10切断ずらし尺を備えるA,DF,[CF,CI,C,]Dの6尺配置で、有効長は8インチですので、おそらく他の技研系の8インチ学生尺からの目盛金型流用でしょう。裏に換算表が貼られていますが、こちらも技研系8インチ学生尺の流用で、この計算尺には三角関数がないのにも係わらず直角三角形の解法は記載されているのが不自然です(笑) スケール部分と計算尺の滑尺がつながっており、そのために、微妙な滑尺操作がやりにくくなっています。ゲージマークは学生尺同様に少なくcとπ以外にはラジアンと度の換算ゲージマークがあるだけです。CI尺だけが文字も目盛りも赤で入れられています。
 大正工業と技研の関連性に関しては確固たる情報は持ちませんが、同一の会社ではないようです。想像するにこの角度定規計算尺の実用新案を大正工業が持っており、製品は山梨の技研で製造させるに当たり、技研ブランドでC尺D尺のみの計算尺部分を持つスペックダウンされた角度定規計算尺を技研ブランドで発売させるバーターとして技研ブランドのNo.251あたりの計算尺を大正工業ブランドで納めさせたというのが真相ではないでしょうか。その時期は技研ブランド末期の昭和38年より若干早く昭和36年前後の技研計算尺がまだ濃い緑色の貼箱に入っていた時期に一致すると思われます。技研の計算尺付き角度定規は濃い緑箱に入っていたようで定価は450円に対して大正工業のNo.210は黒箱入りで定価で700円です。ごく簡単な「使用上の注意」程度の紙切れが一枚付属していましたが、計算尺の説明書に相当するものがまったくなく、どこにも大正工業の所在地の手がかりになるような記載がありません。そのため、HOPEのように都内の会社なのか、山梨県内の会社なのかもわかりませんでした。

210


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August 18, 2008

HEMMI No.64T システムリッツ一般機械技術用

 昭和一桁の時代から殆どその形態を変えなかったシステムリッツの10インチ片面尺 No.64ですが、いろいろと特殊用途の計算尺が出そろった昭和30年代にあっては流石に旧態依然な古さを隠しきれなかったからか、昭和39年末からBI尺DI尺の逆尺を追加し、裏のT尺を2分割にしたHEMMI No.64Tという新しいシステムリッツの計算尺にモデルチェンジしました。しかし、戦前から活躍した技術者などからのシステムリッツ尺を望む根強い要望はあったものの、機械技術系や電気技術系の計算にはすでに使いやすい専用の両面計算尺が普及していたためか、意外にこのNo.64Tは中古市場では見かけることの希な計算尺です。比較検討を詳しく行ったわけではないので細かい違いはわかりませんが、ケースには初期の緑の貼箱と緑の帯が入った模様地貼箱の2種類が存在し、本体はNo.2664Sなどの刻印の変遷と同様に、裏側にメーカー名と形式名の入る初期形と表面右上部に形式名、右下部にメーカー名の入った後期形の2種類があります。また最初期形に付属する説明書の表紙カラーはオレンジ。すぐに他の片面尺同様に表紙の色刷り部分は暗青緑色(ようするに黒板色か?)になったようです。また後期の刻印は緑箱のものにも存在するようなので、刻印の変更と箱の変更のタイミングは必ずしも一致しないようです。換算表もNo.2664S同様にねじ留めのある初期形と、単に裏板に挟み込んである後期形の2種類があるようです。まあ個体数が圧倒的に少ないのでこれくらいの事しか言えません(^_^;) しかし、個体数が少ないのにも係わらず、売れなかった計算尺故か古い文房具店のデッドストックとして未開封で出てくる可能性のある計算尺で、今回の計算尺もそのようなケースで出てきた物がリサイクル店に出てきた物でした。個人的には友人が勤める会社の研究室のパソコン裏から発掘され、送られてきた計算尺がたまたまNo.2664SではなくてNo.64だったためか、システムリッツの計算尺のは違和感がないというより、一時期 No.64を常用していたために目はずれがあろうが無かろうがリッツの片面尺好きであることは今も変わりません。
 尺配置は表面がK,A,[B,BI,CI,C,]D,DI,Lの9尺、滑尺裏はT2,T1,ST,Sの4尺です。システムリッツのNo.64にはかつて尺の種類を表す刻印が一切ありませんでしたが、このNo.64Tにモデルチェンジして初めて表面の尺に順尺には黒で、逆尺には赤で尺種類が刻まれ、「尺の種類もわからないユーザーを拒む」計算尺から普通の計算尺になりました(笑)延長尺のレンジは昭和30年代のNo.64と同じですが、延長尺は尺も刻まれている数字も赤く入れられています。そういえばHEMMIの型番には「DI尺が追加」で元の型式にDが付番されたり、K尺が追加されてKが付番されたり、SPECIALを表すSや-Sの付番がありましたが、このNo.64Tの「T」はどういう意味でしょうか?戦前に薄型の計算尺を表す「THIN」の意味でTが付番されたNo.34Tの例がありましたが、これとは明らかに異なりますし…。戦後の計算尺で末尾にTが付番された計算尺はこのNo.64Tと640系竹プラ構造のリッツ版 No.642Tのみのようです。
 入手先は以前、技研の計算尺を入手した千歳烏山のリサイクルショップからでした。刻印は「PC」で昭和40年の3月製造ものです。No.64Tでは最初期形に近く、形式名とメーカー名もすべて裏側に入ってます。さらに換算表もねじ留めのあるタイプで、ケースも30年代の10インチ系片面計算尺に共通するラージロゴの緑貼箱入り。説明書も初期形のオレンジ色の色刷り表紙説明書でしたが裏の識別記号は一年遅れた「6601Y」でした。外箱は赤箱です。
 BI尺DI尺の追加によりこの逆尺にも左右に赤い延長部分を持ちますので、No.64よりもかなり「赤っぽい」印象を受け、さらにNo.64の右延長部分はC尺D尺の11を表す部分にのみ[1]の数字が刻印されているだけですが、No.64Tは左右延長部分のA,B,BI,CI,C,D尺のすべてに数字の刻印があり、少々込み入りすぎてうるさい印象を受けます。ゲージマークはラジアンと度・分・秒換算用の3種のゲージマーク及びA,B尺C,D尺上のπなどは共通ですが、円の断面積計算用のCマークは残ったものの目はずれ対策用のC1マーク及びA,B,尺上のMマークはなくなりました。またNo.64のC,D尺上の4から5までの目盛り単位は1/20で刻まれており、新しいNo.2664Sなどの片面尺と比べると、いささか「疎」でしたが、No.64Tになって初めて1/50と目盛り単位が初めて細かく刻まれるようになりました。カーソルは円の断面積計算とhpとkW換算用の副カーソル線を備える3本線カーソルです。残念ながらというか幸いにも本体のビニール未開封の未使用品だったため、スキャナーにかかりませんでした(^_^;)
Hemmi64t


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August 06, 2008

DAD'S ルートビア(経典沙士)

Dads 第二次大戦後の東西冷戦下においてアメリカ軍の世界展開によりいろいろなアメリカの食文化が東南アジアや中東までも蔓延していきますが、そのもっとも代表的なものがコカ・コーラでしょうか。日本ではGHQが米軍基地向けにコカ・コーラのボトリング会社を日本国内に作らせたことから進駐軍の基地でコーラの味を知った人間から広まり、1950年代後半に各地にフランチャイズのボトリング会社が展開するに至って1960年代から広く全国に普及するようになりますが、当方が初めて買った瓶のコカコーラは中身35円くらいだったような。瓶のまま呑むスタイルというのが初めての「アメリカン」を感じさせましたが、サイダーやラムネしか知らなかった一般の日本人の味覚としては「薬臭い」というのが第一印象だったと思います。ところがコカ・コーラのボトリング会社の全国展開で愛すべき地方ローカルのサイダーやラムネを作る零細業者が衰退してしまうという状況を生みました。しかし、コカ・コーラボトリング会社の全国展開に危惧を抱いた清涼飲料メーカーの組合ではコーラに対抗するため、ブラジルの国民的清涼飲料のガラナを「コアップガラナ」という統一ブランドで地方の零細飲料メーカーに生産させますが、地方の有力企業によるコカコーラボトリング会社の席巻には抗しきれず、今ではガラナ飲料というと味を知らない人の方が大多数でしょう。
 数十年かけて日本ではごく普通の清涼飲料になったコカ・コーラですが、同じく進駐軍によってもたらされながら日本ではまったく知られていない清涼飲料がサルサパリラというハーブを主体に複数のナチュラルハーブを香料として使った「ルートビア」でしょうか。ベトナム戦争で米軍が展開した東南アジア地域や沖縄ではごく普通の存在で、台湾などでも「黒松沙士」などのナショナルブランドで大量に消費されているのにも係わらず、日本の本土ではその味を知る人のほうが少ないでしょう。当方、以前に世田谷の千歳烏山に12年ほど住んでいたことがありますが、千歳烏山は成城石井が扱う輸入食材が出回っていた関係で地元のスーパーシミズヤでは普通にルートビアが置いてありました。スヌーピーのフェイバリットドリンクがルートビアだということは知っており、興味があって2缶買ってみたのですが、ブランドはDAD'Sで当時はアメリカ本土からの直輸入で送料が馬鹿にならないためか1本180円という値段でした。しかし、他にルートビア愛好者がいなかったと見えて、シミズヤでは120円で投げ売りし、それっきりルートビアは見かけなくなりましたが。味の第一印象は「サロンパス味」でしたが、当方としては決してまずいというものではなく、早々にルートビアにはまってししまったのは、北海道はガラナ飲料天国であり、さらには子供の時から市内のマルゼンガラナの味に慣れ親しんでいましたので、この手の甘ったるい薬臭さにはまったく違和感がなかったからだと思います。そういえば日本ではコカコーラが発売しているドクター・ペッパーさえ拒絶反応を示す人が多いようです。北海道コカコーラボトリングでは昭和40年代末からごく短期間「ミスター・ピブ」なる清涼飲料が発売されていまして、東京に出たときに飲んだドクター・ペッパーと飲み比べた印象は似たようなものなのですが、ミスター・ピブのほうがマイルドで甘みが強く、ドクター・ペッパーのほうが炭酸もきつく清涼感が強い気がしました。しかし、ドクター・ペッパーにしても日本上陸から三十年以上の歴史があるのですが、コカ・コーラと違って未だに市民権を得られないのですから、もっと味が強烈なルートビアを日本でライセンス生産しようとする大手清涼飲料メーカーが無いのは当然でしょう(30年以上前に瓶入りのDAD'Sをライセンス生産した業者はあったらしいです)。そのおかげで北海道に引っ込んでからは地元でルートビアなんざ売っているはずもなく、しばらくルートビアにはご無沙汰してました。北海道でも大手スーパーや地元のコンビニ系酒問屋が輸入したコーラやレモンフレーバーのソーダーなどは入手出来ますが、さすがにルートビアを置いてある所を知りません。でも最近はネットを捜すとA&WやDAD'Sのルートビアなら宅配させることが可能です。最安値では1缶38円くらいからありますので、ケースで買っても1,000円を切ります。そのため、台湾で生産されているらしいDAD'Sを横浜から取り寄せました。アジアにおけるDAD'Sの生産拠点は台湾が一手に引き受けているようで、アメリカから原液を運び、台湾で炭酸水を加えて缶入りに加工しているようです。そのため「経典沙士」なる中国名が書かれているのがご愛敬(笑)30年前のDAD'Sは白い缶で黒い液体が泡を吹いたジョッキのイラストが描かれていましたが、今のDAD'Sは青い缶になりスマートな印象になりました。このDAD'Sは横浜から2ケース1梱包で発送して貰ったのですが、運送会社の荷扱いが悪かったのかこちらの営業所でコンテナを開けたら何缶かバーストしていたらしく、再発送となったものです。日本の缶飲料は段ボール入りですが、あちらの缶飲料は段ボールのトレイに缶を並べてシュリンクを掛けているような荷姿が多いですし、アルミ缶がかなり薄いですから仕方がないのかなぁ。そういやもうかなり以前にグアムに出かけたときギブソンかどこかでファンタのルートビアを見つけましたが、あれっきりで今はファンタのルートビアはなくなってしまったようですね。味の印象はDAD'Sと比べるとかなりマイルドなものでした。そういえば、ロッテのブラックブラックのキャンデーを一個口の中に放り込んで丸善市町のガラナエールを一口飲むとファンタルートビアの味がするようなしないような(笑).

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