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October 07, 2008

HEMMI No.64 システムリッツ計算尺(戦前初期型)

 ドイツの名だたる物理学者であるアルベルト・アインシュタインを始め、多くの科学者・技術者に愛用されたのがドイツ製の10インチシステムリッツ計算尺でした。戦前の日本でも医者はもちろんのこと科学者・技術者にもドイツ崇拝者が多かったことと、HEMMIの60系システムリッツ計算尺が多用されたことには関連性があるかもしれません。HEMMIのシステムリッツ計算尺はJ.HEMMIから"SUN"HEMMIに商標が変わった昭和5年頃に発売されたNo.60が嚆矢で、10インチの表面はK,A,[B,C,]D,Lで滑尺裏はS,S&T,Tという構成でまだ逆尺が無く、A,B,C,D尺にもオーバーレンジがなく、当然ながらカーソルも副カーソル線の無いものだったようです。このNo.60はドイツのA.W.FABERのシステムリッツ尺の丸コピーですが、このNo.60に逆尺のCI尺を追加し、オーバーレンジを加えて副カーソル線付カーソルを標準にしたものがNo.64のようです。No.64の発売は昭和7年頃からという話ですが、No.80のオーバーレンジの無い初期型が珍しくないのに対し、No.64のオーバーレンジ無しのものはまったく見かけず、No.60のほうも発売からさほど経たずしてオーバーレンジが施されますので、No.64は当初からオーバーレンジ付きの物しか無かったのかもしれません。
 今まで何度も書いてきましたが、当方はNo.2664Sを手にする前にNo.64を使用するという巡り合わせとなってしまったために、今でもシステムリッツの計算尺が標準計算尺となってます。手持ちのHEMMIシステムリッツ尺だけでもNo.64が戦前戦後を含めて3本、No.64T、20インチのNo.70や5インチのNo.74まで揃っており、他社のシステムリッツ尺や両面型のシステムリッツ尺まで数えると一体「どんだけ〜」あるのやら(^_^;) これだけのシステムリッツ偏愛主義者にもかかわらず、初期のタイプに属するNo.64は今回が初めての入手です。戦前の後期型と比べていただくと一目瞭然ですが、まず目盛が戦前後期型がものさし形の普通目盛なのに対して初期型は馬の歯形のボックスタイプです。J.HEMMI時代からの馬の歯形目盛をNo.64に限らず、なぜ途中でものさし形に変更したかという理由を以前から色々と考えてきましたが、どうやら本家のドイツ製が「より細密に目盛を刻める」という理由からか、はたまた単なる流行だったのか、計算尺の馬の歯形からものさし形に変わっていったドイツ製計算尺のデザインの変化に、やや遅れて追随していったというのが真相のようです。J.HEMMI時代から輸出の割合が非常に高かったわけですから、HEMMIとしても海外市場で受けいられるためにはドイツのトレンドを取り入れる事には、かなり敏感かつ積極的だったのでしょう。
 さらに馬の歯形目盛を持つNo.64の中でも昭和10年頃より以前に作られた物はセルロイド面の剥がれ止めのためか両端が鋲止めになっており、このタイプのNo.64はあまり見たことがありませんがatom氏のコレクションやオク上でも何本か過去に出てきておりますので、その存在だけは知っていました。また滑尺溝の中にJ.HEMMI時代のNo.1同様に滑尺を引き延ばしたときの長さを物差しとして使うための目盛が刻まれているのが戦前後期型のNo.64には無い特徴です。今回の戦前初期型のNo.64は単なる馬の歯形目盛のものだったらスルーしてしまったかもしれませんが、昭和10年以前に作られた両端鋲止めタイプであることがわかり、システムリッツ偏愛主義者として少々無理して入手したものです。入手先は山梨県の甲府盆地に位置する中央市からですが、元々は甲府市内にあったもののようでした。甲府といえば技研計算尺や富士計算尺を初めとするプラスチック製計算尺のメッカで、計算尺末期にはヨーロッパの老舗メーカーのOEMプラ尺の供給元となっていました。このような土地からヘンミの古い計算尺がやってくるのも何かの縁かもしれません。届いたNo.64は当初の目論見通りのNo.64でしたが、驚いたことになぜか逆尺のCI尺にだけ尺の種類を明示する「CI」の記号が刻まれています。こんなNo.64にはまるっきり初めてお目に掛かりました。裏面は延長尺のないNo.80と同じくセルロイドが被さっているわけではなく白塗りで、裏板も後期型のような腐食でボロボロになる灰色のものではなく銀色のままの物です。ケースも延長尺のないNo.80と同様にオーバル断面の黒箱で、裏面に輸出仕様と同様に英語のインストラクションが貼られています。おもしろいことにこの時代の黒箱は蓋と本体の合わせ目が日の出マークの型押しですが、まもなく星のマークに変わります。この星マークは昭和40年代初頭の緑の貼箱まで継承されるのですが、日の出から星に変わった意味は何だったのでしょう。この時代のHEMMI計算尺は本体に型番を表す刻印はなく、裏の換算表に型番を表すシールが貼られているのですが、残念ながら剥がれていました。しかし、ケースの方に「No.64 MADE IN JAPAN」と印刷されたシールが残っています。またこの時代のHEMMIの計算尺は滑尺裏のS尺はA,B尺対応の物が多いのですが、No.64はこの初期型のNo.64にして後に一般的になるC,D尺対応になっています。精度的に考えてもS尺がC,D尺対応のNo.64が技術者に好まれた理由かもしれません。
 初めて見る「CI」刻印付の理由に興味は尽きませんが、先行モデルのNo.60との一番の違いは、この逆C尺の追加でした。そのためNo.60との差を視覚的に強調するためのCI尺刻印だったのかもしれません。またマンハイム尺にしか馴染みのないユーザーが混乱しないような配慮もあったのかもしれませんが、それであれば当然のことながら全部の尺種類を刻むべきでしょう。またNo.64の「CI」刻印は他に見たことがないので、必要なきものとしてすぐにやめてしまったようです。結局 No.64はそののち昭和40年代の始めのモデルチェンジ版 HEMMI No.64T になるまで尺種類はついに刻印されませんでしたので、システムリッツ尺を必要とする技術屋にとっては「余計なお世話」だったのかもしれません。ちなみにドイツ製の古い計算尺にも尺種別を示す刻印が無いものの方が多いようです。尺種別を刻印しないというのは、ドイツの技術用計算尺スタイルを踏襲したようです。戦後発売のダルムスタッド尺No.130にしても完全にドイツの技術用計算尺スタイルの模倣であったため、表面に尺種類を表す刻印がないことまで真似をしたのかもしれません。しかし、No.130システムダルムスタッドの計算尺ですが、No.64でさえ戦前に普通目盛にマイナーチェンジしたにも係わらず、戦後の新製品ラッシュの中で、なぜあえて古めかしいスタイルで発売になったのかが疑問ですが、もしかしたら目盛の金型はすでに昭和10年代初頭には完成していながら戦争などの理由によりお蔵入りとなっていたのを、戦後に引っ張り出してきたのだったら、なんとなく納得できそうですが。
64_2
 戦前No.64の前期後期比較画像(画面クリックで拡大)
 HEMMI No.64 システムリッツ(戦前初期型)表面拡大画像はこちら
 HEMMI No.64 システムリッツ(戦前初期型)裏面拡大画像はこちら
 HEMMI No.64 システムリッツ(戦前初期型)滑尺溝拡大画像はこちら

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