HEMMI No.260 表面の書き込み
江戸時代から石炭が採掘されてきた大牟田から荒尾にかけて鉱区が広がる三池炭田は官営を経て明治の中期に三井財閥の手に渡りますが、三池の石炭は炭質も埋蔵量も国内屈指の優良炭で、明治期から船舶などの燃料用として東南アジア方面にも輸出されてきました。明治末期にはほぼ陸上部分を掘り尽くし、有明海の海底部分に向かってどんどん採掘場所が延伸していきますが、我々の時代の社会科教科書などにも出てきたように、坑道が海底深く延びたことによって通気が悪くなり坑内温度が上昇して採掘環境が悪化したため、有明海に初島という人工島を築いて通気のための竪坑を構築したなどという話は良く知られています。その三池炭鉱は1950年代末期に「全国総労働対総資本の戦い」といわれるほどの壮絶なる労働争議を経て、保安管理の不備から多数の犠牲者を出した三川坑の炭塵爆発事故、有明坑の坑内火災などの大非常災害を起こし、平成の時代に入った1997年3月に採炭条件の悪化と海外炭との価格差により三井資本になってからも約110年を数える歴史に終止符を打ちました。当方、閉山三日前に最初で最後となる現役時代の三池炭鉱を訪れています。当時、坑内員は高田町の有明坑から入坑し、採掘した石炭は三川坑から坑外に搬出されており、三川坑側には貯炭場や船積み設備ならびにホッパーから石炭貨車に石炭が積み込まれ、それを凸型の電気機関車が牽引するという具合に炭鉱の設備が広がっていましたが、大牟田市内には明治期から残る多くの炭鉱遺跡が残ります。その殆どは採掘場所が有明海の遙か沖に延伸するに従い用済みとなったものです。また大牟田・荒尾の広大な範囲に炭鉱住宅が広がり、一部は周囲の主要坑口を半環状に結んだ三井鉱山専用線と支線でつながって坑員の通勤列車などが運行されていた時代もありました。また大牟田は炭鉱を中核とする三井グループの化学工場が広がっており、炭鉱亡き後の大牟田は宇部などと同様に化学工場が産業の中心をなしているようです。また、大牟田と荒尾は福岡県と熊本県と別な県に属しますが、市街地で切れ目無くつながっているために「他県の町」という感覚は住民でももっていないのではないでしょうか?その大牟田、正確には万田坑のあった荒尾市の万田からHEMMIのNo.260が転がり込んできました。HEMMIのNo.260は以前に茨城の竜ヶ崎から1本入手していますが、前回のものは刻印が固定尺側面に刻まれている初期型、今回のものは滑尺のちょうど金具で隠れる部分に刻まれた後期型です。どっちにしてもNo.259Dと同じボディにめいっぱい尺を詰め込んだことで型式刻印やトレードマークを入れる場所に苦労したようですが、刻印位置をあえて変える必要があったのかどうかは甚だ疑問です。そのおかげで計算尺コレクターという人種は、刻印違いのNo.260を両方とも集めなければならないのですから因果なものですが(笑)
今回入手したNo.260は「SD」で昭和43年4月製です。前回入手したものが「RA」刻印で昭和42年1月製ですからこの間に刻印位置の変更が行われたようです。尺配置は表面がLL/1,LL/2,LL/3,DF,[CF,CIF,CI,C,]D,LL3,LL2,LL1の12尺、裏面がLL/0,LL0,K,A,[B,T,S,ST,C,]D,DI,P,Lの13尺の合計25尺です。No.259Dとの違いはP尺が加わったこととカーソルの裏面に副カーソル線を備える事ならびに尺の右側に数式が刻まれたことですが、DI尺が加わってNo.259がNo.259DになってからはさほどNO.260とNo.259Dとの機能差は無いはずです。価格差もさほど開いているわけではなく、それならば世の中にはNo.259DよりNo.260のほうが多く出回りそうなのですが、実際にはNo.259Dの数には到底かないそうもありません。ほんの何年か前まで在庫が取り寄せられた計算尺ですから希少価値はありませんが、中古でもNo.259Dほどは入手するチャンスの少ない計算尺です。製造初年は昭和39年のようで緑の貼箱入りですが、見かけるものは昭和41年以降の紺帯の入った模様貼箱のものが殆どです。また昭和47年3月製造からプラケース入りとなりましたが、プラケース入りのNo.260もあまり見かけることがありません。最終の製造は断定しきれませんが昭和49年1月製造の「YA」刻印のもののようです。またNo.260はRELAY/RICOHの高級両面計算尺、No.151の内容とほぼ同じで、No.151のほうが遙かに発売時期が古いのですが、露骨に延長尺部分までコピーしてオフサイズの計算尺を作ることをはばかったためか、No.255D/259Dなどと共通の本体を流用しています。そのため、横幅一杯に尺を並べざるを得なく、メーカー名型式刻印位置には最後まで苦労したのでしょうか。「RA」刻印のNo.260と「SD」刻印のNo.260の型式刻印の相違以外に何か違いが無いかと2本を並べて穴の開くほど観察したのですが、そもそも昭和30年代最末期に加わった新製品だけあって、目盛の切り方・刻印の書体ともにまったくと言っていいほど双方に相違は無いように感じます。
万田からやってきたNo.260はいまならポケコンでプログラムを組んでしまうようなある種の定型業務をこなすことだけを目的に使われた計算尺らしく、その手順と計算式が表面にびっしりと書き込まれていました。まるで小泉八雲の耳なし芳一ではありませんが、このありがたい経文ではなく数式の書き込みが嫌われたのか、はたまた型式が不明だったからか、ほぼ野口先生1枚で入手した物です。書き込みはたとえ油性のサインペンで書かれようがきれいに消し去ることは出来るのですが、実際に届いてみると鉛筆書きでした。記録も取らずに消してしまうに忍びなく、スキャナで数式を取り込んでからメラミンフォームで磨くと跡形もなくきれいになりました。カーソルも分解してガラスの裏面も磨き、元に戻すと裏表のカーソル線が甚だしく合いません。No.260専用カーソルはカーソル線がオフセットして刻まれていることをすっかり忘れてました(^_^;)
この数式ですが、当方、電気物理系の数式なら多少なりともわかりますが、力学的計算には疎いのでこの計算式のタイトルからどういう用途に使用されたのかわかる方がおられましたらご教授下さい。それにより大牟田の、どの会社のどんな部門で使用されたのかが特定できるかもしれません。しかし、これだけの目的にNo.260を使わなければいけなかった必要性が理解できませんが、会社の備品だったらとりあえず高級が付く技術用両面計算尺を要求したのでしょう(笑)

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Comments
YOSHIさん
除雪中にブラックアイスバーンの上に積もった新雪で三回もも転倒し、三回目の転倒でついに肋骨を骨折し全治一ヶ月療養中です。
しばらく誰からも指摘がなかったので半ばあきらめかけていたのですが、振動関係といったら三池製作所で作られていた坑道掘進用や採炭用のコールピックなどの、いわゆる削岩機系統を想像してしまいました。
ご指摘ありがとうございました。
Posted by: じぇいかん | January 27, 2009 at 07:36 PM
YOSHIです。こちらにお邪魔するのはお久しぶりです。さて、大牟田からの260の計算式、面白いですね。小生は化学、環境が専門ですから変位、速度の文字を見ると、振動公害の式を連想してしまします。ご承知のように、変位を微分して速度になり、速度を微分して加速度になり、加速度を微分したら加加速度になります。
260の式を見たとき、振動かなと思ったのですが、w=2πn/60やλ=a/bがありますから定常的な振動ですね。最初のV=aw(sinθ+λ/2sin2θ)から見ると、エンジンのピストンとクランクの式だと思います。
この尺を使われた方がエンジン設計者だったのか、他の往復運動をする機械(例えばコンプレッサー)の設計者だったのかよくはわかりません。炭鉱関係であればコンプレッサーなどはありそうな話です。
余談ですが、加加速度を大昔工業高校時代に習ったとき、生徒間では「かーちゃん速度」と言って言葉遊びをしていました。
では失礼します。
Posted by: YOSHI | January 17, 2009 at 03:18 PM