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November 11, 2008

戦中戦後、混乱期のHEMMI No.2640と内藤多仲

 最近、なぜか戦中戦後の旧制中学校生徒用計算尺のNo.2640が自分の意志に関係なく増殖し始め、貰ったり本命計算尺のおまけに付いてきたりで4本を数えるようになりました。不思議なことにすべてMADE IN OCCUPIED JAPAN以前の製品になりますが、けっこう興味深い差異が見受けられ、おもしろいので研究材料にしてしまいます。この時代のHEMMI計算尺は製造刻印が有りませんので、それぞれの正確な製造年を特定するのは困難なのですが、知り合いから譲られたNo.2640の一本がちょうどその知り合いの父親が昭和19年春に神田の電機学校(現東京電機大学)に入学するときに持参したというものらしく、そのためこの一本が昭和18年製と推定できる標準標本となりました。
 ところで、この中学校生徒用計算尺のNo.2640は内藤多仲博士が東京タワーを始めとする各地の電波塔を設計した計算尺として「内藤多仲と三塔物語」という展示会に氏の計算ノートなどとともに展示されたことから「東京タワーを設計した計算尺 = HEMMI No.2640」として計算尺マニアの間では認識されていましたが、氏が生前に語った新聞記事(昭和38年9月20日神戸新聞夕刊)によると:東京タワーを設計した内藤多仲氏の「東京タワーは1本の計算尺が造った」という話はよく知られている。内藤さんが、伊勢湾台風の3倍の大きさの台風がやってきても大丈夫なタワーの設計に使ったのは「大正2年いらい愛用している小型計算尺1本だけだ。私にとって、これは船頭のサオのようなものです」と話している……所を見ると、昭和18年発売のNo.2640が「東京タワーを造った計算尺」でないことは確定的なようです。「大正2年いらい愛用している小型計算尺」が何であるか、今や調べる余地がありませんが、時期的には逸見次郎が竹製計算尺のパテントNo.22129を取った直後のころですから、どうひいき目に考えても当時内藤氏が入手した計算尺は国産ではなくドイツのFABER CASTELLかALBERT NESTLERの5インチ計算尺ということが想像できるのではないでしょうか?シーメンス・シュケルトが日本で配ったNESTLERのNr.11を内藤氏が受け取って、それをずっと愛用していたとすると、話はもっと面白くなります。もっともNo.2640をサブ的に入手して何かに使っていたことは否定できませんが、氏は一貫して大型計算尺を使用せずに小型の計算尺1本で各地の電波塔を設計したというのは事実です。そういえば建て替えが発表された東銀座の歌舞伎座も基本構造設計は内藤多仲博士だそうです。
 さて、話はNo.2640のほうに戻りますが、MADE IN OCCUPIED JAPAN 以前の"SUN"HEMMI刻印が入ったNo.2640は戦争末期から終戦直後にかけての混乱期に造られていますので、色々なところに相違点がたくさんあり、ケースだけでも戦時仕様の紙製黒サックケースから終戦直後の紙製茶皮もどきの中子が存在するキャラメル箱状のケースさらに通常の紙製黒ケースの3種類も存在し、刻印の相違点だけでも戦時仕様で赤をまったく使用していない「逆C」から終戦直後の赤で「逆C」刻印のあるもの、さらに赤の「CI」のものまであります。メーカー刻印も戦時中の"SUN"HEMMIしかないものから"SUN"HEMMI No.2640 MADE IN JAPANに至りますが、こののち連合軍総司令部の命令で"SUN"HEMMI No.2640 MADE IN OCCUPIED JAPANと占領下の日本製を明示して輸出が許可されるようになったようです(ところがNo.2640は当然の事ながら輸出された節がありませんが)。換算表は戦時中のものが敵性語禁止の折からすべてカタカナと漢字の換算表で、終戦後は赤の「逆C」刻印のものは英語表記に変わっており、さらに三角関数などの図表も加わっています。さらに「CI」刻印となったものは換算表は漢字表記ながら三角関数や滑尺操作の解説まで印刷された換算表で、三本ともまったく違う換算表がはめ込まれていることになります。手元の4本はすべて裏の補助カーソル線窓が左右両端にありました。本体に形式名No.2640が刻印されているのはCI刻印のものだけでした。戦時仕様のものの裏板を止める釘は上下合わせてたったの6本しか使われていませんが、終戦直後のものからは上下で10本に変更になっています。裏板は戦時仕様が灰色アルマイトの戦前計算尺共通なアルミ板で終戦後のものから白っぽいアルマイトのアルミ板に変わっています。価格的にはラベルの残っているものが2点あり、戦時中のものが4円、終戦直後の黒ケースのものには殆どガリ版印刷のようなラベルが残っていてそれには29円40銭となっています。戦時仕様はNo.2640に限らず昭和18年末以降の計算尺が、今ではことごとく黄変したものが多いのですが、考えるに物資が逼迫してステープルファイバーなどを回収して再度ニトロセルロース化し、回収セルロイドとして使用していたか、もしくは時節柄不純物を十分精製出来ないまま製品化されたセルロイドしか使えなかったから現在では黄変してしまったものが戦時仕様に多いのかもしれません。またこの時期は従来よりかなり薄いセルロイドを使用しており、経年変化による縮でセルロイド表面にしわが寄ったようなものもあり、さらにカーソルのメッキの質も戦前のものと比べると見る影もありません。
 しかし、戦時仕様は仕方がないにしても戦時中から終戦直後の短期間に、ころころと仕様が変わったというのは、どうやら旧制の中等学校生徒用として生まれた8インチのNo.2640が、戦後連合軍総司令部GHQの命令で計算尺教育を禁止されてしまい、一時「非学生計算尺」となってしまった結果なのかもしれません。学習指導要領上に新制中学生の計算尺教育が曲がりなりにも採用されるのは昭和26年で、このころから新発売のずらし尺搭載 No.45とともにNo.2640は、再度そのままで学生用 8インチ計算尺としての復権を果たしたようです。実際に中学一年の数学教科書に必須項目として掲載されるのは昭和37年の新学期からのようです。連合軍総司令部は「義務教育で計算尺教育は必要なく、成人が任意で学べばよい」という自国のポリシーを押しつけたようですが、日本国が義務教育で計算尺を取り上げた事により、日本人の数学力向上と戦後技術大国を支える人材の育成に多大なる貢献をしたのは確かです。算盤と計算尺を捨て、電卓を得たことによって「ちまちまと計算するのは時間のムダ」が当たり前になってしまった事と引き替えに空間数値認識力が欠如し、「推薦で入学した理工系の学生が小学校の分数の乗除も出来ない」という基礎学力低下を招いたのは的はずれとも言えないでしょう。
Hemmi2640_2
 戦時中から終戦直後のNo.2640 バリエーション三種

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Comments

たびたびすみません。
14cm は裏面 cm/mm スケールの長さのようです。
5インチ尺で全長 14cm だとちょっと短いですよね(^^;

Posted by: norihito4 | November 22, 2008 08:54 PM

norihito4さん、こちらもご無沙汰しております。

 やはり内藤多仲博士が各地の鉄塔を設計した直接の計算尺はHEMMIの2640
ではないことが確定的のようですね。おかげでいろいろと勉強になりました。
ありがとうございました。確か内藤博士は早稲田の教授になった後に米国留学
したと思いましたが。最初に使ったドイツ製計算尺からアメリカ製計算尺に
浮気することなく、最初のものを使い続けたということのようです。

Posted by: じぇいかん | November 22, 2008 07:10 PM

じぇいかんさん、こん**は。
norihito4です。ご無沙汰しております。

内藤多仲先生ご愛用の1本はご推察の通りヘンミ2640ではありません。

ヤフオクで20冊近く入手した「ヘンミ計算尺レポート」の中に
内藤先生のお話が何度か掲載されていました。

大正2年(大正3年, 4年の記述の箇所もあり)に恩師佐野利器博士から
海外旅行のドイツ土産として譲り受けたのが 14cm(おそらく全長) の
ポケット尺だそうで、これでタワー設計をすべてこなしてらしたようです。

また以前、KIMさんの掲示板にも書きましたが、「内藤多仲と三塔物語」
を見に行ったとき、展示品のヘンミ2640の他に 「週刊朝日」昭和33年
11月2日号の白黒グラビアページも展示してあり、そこには内藤氏が
別の片面ポケット計算尺を操作している姿が写ってました。

裏面しか写ってませんが、特徴としては、材質は見た感じ木材に
セルロイド貼り、上下に cm/mm とインチのスケール、目安線の所は
楕円形の窓といったところです。

また、その写真の左上には、
「設計の計算は大正2年以来,半世紀近く使い続けてきた愛用の小型
計算尺一本でやる。『床に落として計算尺のガラスが割れ,タダの
ようなもんですけど,私には,仙道のサオのようなものです』」
と記述されています。

展示のヘンミ2640には筆記体で「T. Naito」の署名があるので
これも先生の所持品だったのでしょうが、重要なものではなかった
のかも知れません。

Posted by: norihito4 | November 22, 2008 01:08 AM

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Tracked on November 13, 2008 11:28 AM

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