KEUFFEL & ESSER No.4081-3 10インチ両面型「DECITRIG」
日本では外国製計算尺に過去、どれくらいの税率で関税を掛けていたかわかりませんが、おそらく外貨を獲得する優秀な輸出産業である計算尺製造業を保護するためにけっこう高額な輸入関税をかけていたのでしょう。さらに1ドル500円から360円の相場にレートが下がったとはいえ、輸入しても割高な外国製計算尺を売ろうとする業者がおらず、全くといっていいほど日本国内で外国製計算尺を見ることがないのは、至極当然の事です。ところが手動計算機や電動計算機に関しては戦後もスェーデン製のオドナーやコンテックス、ドイツ製のワルサーやアメリカ製のモンローなどが輸入されていますので、やはり機械式計算機は計算尺とは違って需要の増大を国内メーカーだけではまかないきれなかったのでしょうか。
ドイツやアメリカの名だたる有名メーカー製計算尺が日本に輸入されなかったせいで、我々がこれらの優秀な計算尺を目にすることは希です。そのなかでもドイツのFABER CASTELLと並んで歴史・質・種類の3拍子揃った計算尺メーカーがアメリカのKEUFFEL & ESSER、通称 K & Eでしょうか。このKEUFFEL & ESSERはアメリカの量産計算尺メーカーとしては一番の古株で、その創業は1867年で日本では慶応三年ですからまだ幕末。ちょうど坂本龍馬が暗殺された年です。K & Eは当初から製図用品の製造販売ビジネスからスタートし、計算尺はその事業のなかでは小さな部門に過ぎなかったようです。それでも100年に近い計算尺製造の歴史を持ち、初期の木製計算尺から末期のプラ製計算尺まで多種多様な計算尺をリリースしてきました。昭和5年にHEMMIが最初に発売したユニバーサル両面型計算尺のNo.150は、 K & Eの4088の丸コピー商品で、HEMMIのその後の両面型計算尺のスタイルというのはすべてこのNo.150を踏襲しましたので、結局、終始一貫して K & Eの両面型計算尺のスタイルから抜け出せなかったということになります。また、片面計算尺にしても位取りのインジケーター付カーソルやフレームレスカーソルなど、初期のJ.HEMMI時代の計算尺もそのかなりの部分がドイツのA.W.FABERとともにK & Eの片面尺の影響を受けたことが伺えます。
K & Eは日本におけるHEMMI計算尺のようにアメリカでは大量に使用された計算尺ですので、アメリカ本国には古いものから比較的に新しいプラスチックのものまで豊富に残っていますが、日本ではアメリカンアンティークの雑貨として紛れ込むか、もしくは進駐軍あたりから手に入れた技術屋さんあたりの放出でもなければお目に掛からない計算尺です。またK & Eのある年代の計算尺には、素材に起因する経年変化でカーソルバーがバラバラになるという「致命的な欠点」があり、今回入手したものも例外ではなく、カーソルグラスも片方が真っ二つで上下のカーソルバーはバラバラに崩壊していました。これを承知で「補修の練習用」として入手したもので、その分安くしてもらい、600円が入手金額です。届いたK & Eの両面計算尺のカーソルバーの風化ぶりは聞きしにまさる状態で、破片を指先でつぶすと白い粉に戻ってしまうくらいなのです。材質はフェノール樹脂のようなものかと思っていましたが、なんか白いクレーを糊で固めたのではないかと疑いたくなるくらいで、当然の事ながら当時の樹脂ですから石油製品であるエンジニアプラスチックの射出成型品ではなく、型に流し込んだ樹脂を加熱して固めたようなものなのでしょう。主要部分が欠落したカーソルバーは型取りしてレジンで複製するわけにもいかず、大まかな寸法は取れたので樹脂板を積層に接着して削りだし、いつか自作することにしましょう。片面のカーソルグラスが真っ二つでしたが、このカーソルグラスは厚みが2ミリを超え、さらに角がラウンドで上下の縁がフレーム枠にむかってテーパー状に削られているというPETで自作するにはとんでもなく手間の掛かる形状をしています。とりあえずHEMMIの古いNo.251のカーソルを合わせるとカーソルグラスの厚さの相違分だけガタがありますが、実用にはまったく差し支えがないのでしばらくはこのNo.251のカーソルを装着しておきます。そもそもヘンミがNo.152/153のユニバーサル型を発売するときにK & Eの両面計算尺の寸法をそのままコピーしたわけですから、No.153/251系のカーソルが合わないわけがありません(笑)
今回入手したK & Eの両面計算尺は型式がNo.4081-3で、「DECITRIG」の愛称が付いたLOG LOG尺です。また5インチバージョンにNO.4081-1、20インチバージョンにNo.4081-5もあったようです。No.4081-3は戦前戦後と一貫して同じ形式名ながら尺配置が何回か変更になったようです。今回のものは表面に大きなK + Eマークがなく、シリアルナンバーが12万番台の製品ですから戦前の製品でしょう。ところがK & Eのシリアルナンバー付番は1924年に始まり、1から999,999が終了した時点で1にリセットするという方式を取っており、それが1975年の計算尺生産終了まで三回のリセットがあったそうです。一回目のリセットが1943年から1944年と言われていますので、その後の12万番台だとすると、戦中・戦後の微妙なところでの生産年代になるかもしれません(当時の生産は年間7万本といわれています)。表面がL,LL1,DF,[CF,CIF,CI,C,]D,LL3,LL2、裏面がLL0,LL00,A[B,T,ST,S,]D,DI,Kの20尺です。DF,CF尺はπ切断ずらしです。ナローボディですからだいたいこのあたりの尺を詰め込むのが限度ですが、非常に良くまとまっていて使いやすい両面尺だったからか、かなりの数が生産されたようで、K & Eの両面計算尺の最もよく残っているものの一つかもしれません。本体は竹製の両面計算尺よりも軽い木製で、おそらくマホガニーでしょう。木製ながら狂いが出ていないところも特筆されます。明るい茶皮のとても上質な皮ケースが付属していていましたが、さすがは馬具などの実用革製品が発達したアメリカ製だけあってとても日本ではこのようなクオリティの高いものは作れません。いまこんなものを作らせたらいったいいくらになるのでしょう?だたし中身は戦中の生産ですが、この皮ケースは戦後のもっと後のもののように感じます。しかし、この4081-3が大戦末期の製品だとすると、この系統の計算尺でVT信管から初期のジェットエンジンまで設計していたアメリカに対して、日本では戦時仕様の計算尺を使って専ら特攻兵器を設計していたのですから何か感慨深いものがあります。また、K & Eの4081-3は1962年に計算尺の型番が一斉に変更されたことにより 68-1220という型番に変更されています。
カーソルはHEMMIの153/251用を装着
KEUFFEL & ESSER No.4081-3 表面拡大画像はこちら KEUFFEL & ESSER No.4081-3 裏面拡大画像はこちら
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