発破標準装薬量計算器 by コンサイス
「Fire in the hole !」というのは直訳すると「爆発するぞ!」とでも言うのか、鉱山や土木工事現場で発破をかけるときの決まり文句ですが、それが転じて軍隊で手榴弾をぶち込み、爆破する際に回りに注意を促すときのかけ声にもなっているようです。その発破の際に装薬量を計算するための計算尺が存在すること自体、まったく知りませんでした。この発破標準薬量計算尺は軍用ではなくトンネル工事や鉱山の坑道掘進などに行われる発破の装薬量を計算するための計算尺で、見た目でもわかるとおり円形計算尺のコンサイスのOEM計算尺です。この手の特殊用途の計算尺がコンサイスにはたくさんあったようで、当方の手元にもNKKの薄板ロール重量計算尺や簡易測高計などがありますが、その殆どがコンサイスのカタログには存在しないものなので、町の古い文具店の片隅から見つかるようなものではありません。他の現場でどうなっているかはわかりませんが、炭坑では事前に発破係員が記載する発破係員日誌などという発破実施予定表が存在し、実施場所、発破回数、時間、ガス炭塵の状況、発破孔、装薬種類、装薬量などを詳しく記載して担当課長の決裁を受けるような仕組みになっています。当方が以前入手した炭鉱読本という技術書のなかに偶然、昭和16年という古い時代の発破係員日誌が2枚挟まっていました。大焼層という炭層が卸の場所であり、三菱系の炭鉱から出た書籍だったために鯰田か方城のどちらかの炭鉱だろうと特定しかねていましたが、別なページに方城炭鉱購買部のレシートが挟まっていましたので、この発破係員日誌も筑豊は三菱方城炭鉱のものだということが特定できました。
この発破標準薬量計算器は岡山にある中国爆砕工事株式会社という土木工事会社が東京のコンサイスに作らせたものです。この会社は近年まで存在していたようなのですが、公共工事の削減の影響か、平成18年末に社会保険の全喪失届けを出して廃業してしまったようです。この計算尺がどの程度の数を作られたのかはわかりませんが、おそらく一回きり生産の特注品でしょう。年代的には説明書に引用された参考図書が昭和46年発行のものが多く、昭和40年代後半あたりの製品なのは間違いないところでしょう。構造的にはA面とB面の両方がある両面型の計算尺です。この装薬量計算というのはハウザーの基本式によって成立するもので、別表に従って使用する爆薬の威力係数(日本では60%桜ダイナマイトを標準値1.0とすると往年の採炭学教科書にありました)と破砕する岩石の抗力係数を調べ、最小抵抗線、孔間隔、および孔長を実測したのち、A面の岩石抗力係数と爆薬威力係数を合わせ、目盛りを合わせたまま連動カーソルを最小抵抗線の目盛りに合わせればその外側の目盛りで発破係数が求められる。このまま裏返してB面の孔間隔と孔長の目盛りを合わせ、目盛りを合わせたまま最小抵抗線の目盛りをカーソルに合わせればその外側の赤色目盛りで装薬量を求めるというものです。こういう発破装薬量の計算というのは、かなやま友子の「せっとうたがねでチンチン」の時代から親方・子分の間に経験則による技術伝承がなされてきたものなのですが、近代の土木工学における合理的な計算法を経験則に頼らず簡単に行うためのツールとしてはこの計算尺はなかなかの優れものだったのでしょう。ところが、さすがにこういう計算用具を必要とする事業所には限りがあり、世の中に出回った数もおそらくは特注の最低ロットに近い数しか出回っていないことは容易に想像できます。特許出願中の計算尺ですが、果たして特許は下りたのでしょうか?
入手先は以前に何度もけっこうな稀少尺を入手したことがある東北一の学都、仙台市からで、説明書と使用のしおりの2冊が含まれているおそらくは未使用品でした。まあ、その他の特殊計算尺同様にこの計算尺が発売された時期にはおそらくプログラム電卓まで発売されるにいたり、あんまり出番がなかった計算尺かもしれません。これも電卓以降に出現した計算尺の宿命でしょうか。
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