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August 22, 2009

HEMMI No.P403経営用計算尺(販売業用)

 HEMMIの特殊計算尺は他の企業との共同開発によって誕生したものが数多く発売されていますが、この経営計算尺も株式会社田辺経営という経営コンサルタントらしき会社とのコラボによって発売された計算尺です。現在でも社名はカタカナに変わりましたがコンサルタント業をメインに会社は存続しています。この経営計算尺は製造業用と販売業容の2種類があり、それぞれNo.P402とNo.P403と400番台の特殊計算尺の型番が与えられています。発売は昭和40年代に入ってからで、ベースはベストセラーNo.P253と同じものですから、生産は山梨の技研系OEMということなのでしょう。おそらく長期間にわたって生産され続けたものではなく、短期間に製造されただけのものであったと思われますが、意外と古い文房具屋の片隅からデッドストック状態で発見される機会もある計算尺です。やはり純粋なる計算用具としての計算尺よりはあきらかに売れなかった計算尺なのでしょう。 この P402と P403は解説書が 付いたセットと一般の2種類が発売されていたようです。 入手したのは販売業用のNo.P403のほうです。入手先は以前に稀少尺であるNo.274と同じ人からで、大阪は高槻市からの入手になります。外箱及び取り説はありませんでしたが、プラケースの中にリファレンスシートが入っていました。刻印は「RB」ですから昭和42年の2月製です。
 このNo.P403は緑色成形色のブリッジが接着された裏面が√10切断ずらし尺をもつ普通の計算尺で、表面が経営分析に使用する各種尺度を持ち合わせた部分になります。また裏面の普通計算尺部分にはLL1,LL2尺が刻まれていて、この部分で複利計算と成長率などの計算を行うようになっているようです。表面で行える経営分析計算は説明書がないので全部の機能はわかりませんが、総資本経常利益率、損益分岐点操業度、限界利益率、売上高増加指数、自己資本比率、自己資本比率、自己資本増加指数、支払利息率、流動比率、一人あたり年間経常利益、一人あたり月間付加価値高などを計算して企業としての経営分析を行う資料を得るものですが、当然のことながら会計学の知識が少々ないと意味のない計算尺であることは、高周波の知識なしにNo.266を欲しがるようなものでしょうか(笑)
 この計算尺は400番台の型番が示すとおり特殊計算尺のカテゴリーに入っていますが、デッドストックが各地から発掘されるためか400番台の計算尺にしては比較的に入手しやすく、続けて数本出品が続いたために落札金額がさほど上昇せず入手に至ったものですが、その後また出品がしばらく途絶えてますので、次回は又けっこうな金額になるかもしれません。
Hemmip403
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August 21, 2009

発破標準装薬量計算器 by コンサイス

Explossive 「Fire in the hole !」というのは直訳すると「爆発するぞ!」とでも言うのか、鉱山や土木工事現場で発破をかけるときの決まり文句ですが、それが転じて軍隊で手榴弾をぶち込み、爆破する際に回りに注意を促すときのかけ声にもなっているようです。その発破の際に装薬量を計算するための計算尺が存在すること自体、まったく知りませんでした。この発破標準薬量計算尺は軍用ではなくトンネル工事や鉱山の坑道掘進などに行われる発破の装薬量を計算するための計算尺で、見た目でもわかるとおり円形計算尺のコンサイスのOEM計算尺です。この手の特殊用途の計算尺がコンサイスにはたくさんあったようで、当方の手元にもNKKの薄板ロール重量計算尺や簡易測高計などがありますが、その殆どがコンサイスのカタログには存在しないものなので、町の古い文具店の片隅から見つかるようなものではありません。他の現場でどうなっているかはわかりませんが、炭坑では事前に発破係員が記載する発破係員日誌などという発破実施予定表が存在し、実施場所、発破回数、時間、ガス炭塵の状況、発破孔、装薬種類、装薬量などを詳しく記載して担当課長の決裁を受けるような仕組みになっています。当方が以前入手した炭鉱読本という技術書のなかに偶然、昭和16年という古い時代の発破係員日誌が2枚挟まっていました。大焼層という炭層が卸の場所であり、三菱系の炭鉱から出た書籍だったために鯰田か方城のどちらかの炭鉱だろうと特定しかねていましたが、別なページに方城炭鉱購買部のレシートが挟まっていましたので、この発破係員日誌も筑豊は三菱方城炭鉱のものだということが特定できました。
 この発破標準薬量計算器は岡山にある中国爆砕工事株式会社という土木工事会社が東京のコンサイスに作らせたものです。この会社は近年まで存在していたようなのですが、公共工事の削減の影響か、平成18年末に社会保険の全喪失届けを出して廃業してしまったようです。この計算尺がどの程度の数を作られたのかはわかりませんが、おそらく一回きり生産の特注品でしょう。年代的には説明書に引用された参考図書が昭和46年発行のものが多く、昭和40年代後半あたりの製品なのは間違いないところでしょう。構造的にはA面とB面の両方がある両面型の計算尺です。この装薬量計算というのはハウザーの基本式によって成立するもので、別表に従って使用する爆薬の威力係数(日本では60%桜ダイナマイトを標準値1.0とすると往年の採炭学教科書にありました)と破砕する岩石の抗力係数を調べ、最小抵抗線、孔間隔、および孔長を実測したのち、A面の岩石抗力係数と爆薬威力係数を合わせ、目盛りを合わせたまま連動カーソルを最小抵抗線の目盛りに合わせればその外側の目盛りで発破係数が求められる。このまま裏返してB面の孔間隔と孔長の目盛りを合わせ、目盛りを合わせたまま最小抵抗線の目盛りをカーソルに合わせればその外側の赤色目盛りで装薬量を求めるというものです。こういう発破装薬量の計算というのは、かなやま友子の「せっとうたがねでチンチン」の時代から親方・子分の間に経験則による技術伝承がなされてきたものなのですが、近代の土木工学における合理的な計算法を経験則に頼らず簡単に行うためのツールとしてはこの計算尺はなかなかの優れものだったのでしょう。ところが、さすがにこういう計算用具を必要とする事業所には限りがあり、世の中に出回った数もおそらくは特注の最低ロットに近い数しか出回っていないことは容易に想像できます。特許出願中の計算尺ですが、果たして特許は下りたのでしょうか?
 入手先は以前に何度もけっこうな稀少尺を入手したことがある東北一の学都、仙台市からで、説明書と使用のしおりの2冊が含まれているおそらくは未使用品でした。まあ、その他の特殊計算尺同様にこの計算尺が発売された時期にはおそらくプログラム電卓まで発売されるにいたり、あんまり出番がなかった計算尺かもしれません。これも電卓以降に出現した計算尺の宿命でしょうか。
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August 16, 2009

98ノート狂騒曲

C 当時住んでいた富里町、現富里市の七栄にMacintoshの販売でも有名だったSTEPの富里店があり、説明もサポートもとりあえず求めない当方は出たばかりのLC630をはじめ、かなりのディスカウントプライスでPERFORMER 588やDOS/V機のCOMPAQ PROLINEOR およびEPSONの98互換機PC-486HAなどを購入し、X-68000ACEを含めて一時期「AMIGA以外で動かないパソコンゲームタイトルはない」(さすがに8ビット機は除きますが)環境が整っていた時期がありました。そのEPSONのPC-486HAは唯一の98互換機でしたが、終末期の98互換機らしく、486DX2 66MHzでWindows アクセラレーターも備えるという98の資産を活用するだけではオーバースペックな内容のパソコンでしたが、EPSONの98互換機からの撤退により、PC-486はWindowsがWin95までは対応したもののWin98の対応が切り捨ててしまったため、この機械ではWin95にアップデートしたまでで終わってしまいました。FDD 3ドライブ搭載でFM音源も動作したので、懐かしの98系ゲームにはもってこいのマシンでしたが、CDドライブを内蔵出来ず外付けになってしまうため、CD-ROMが必要なタイトルはDOS-V機の方を起動してしまうため、ゲーム以外には使用することもなく、いつの間にか電源も入らなくなってしまいましたが、こないだ久しぶりに電源を入れてみると問題なく起動しました。内蔵電池くらいはもう駄目かと思いましたが、日付も狂っておらず他のマシンが全て駄目になってもこのPC-486HAは最期まで生き残るのではないかと思わせる程でした(笑)
 しばらくぶりでMS-DOSのコマンドをこのPC-486HAで打ってみましたが、パラメータとかスイッチとか既に忘却の彼方で、FDフォーマットのコマンドにどんなスイッチを追加したら1.44でフォーマット出来るのかなんていうことまで、まるで記憶喪失にかかったように忘れ去っていました。ところが記憶に残っていないものの、指が勝手に覚えているということはけっこうあるようで、しばらくいじっていたらさほど不自由なく扱えるようになりました。
 こうなったら個人持ちではついぞ縁がなかった98ノートをDOSのみで操作してみたい衝動に駆られましたが、条件としてはPC98独特の640X400表示でTFTカラーのNEC PC-9801ノートというと、386SX搭載のPC-9801 NC、486SXのPC-9801 NA/C、同じくPC-9801 NX/Cというところなのですが、どちらにしても15年は経過しているため、そのままで作動するというものは少なく、電源が入らずに起動しないというものが殆どになってしまったようです。不動になってしまったマシンだと1台数百円で入手は可能ですが、NX/Cだけはさすがに不動でももう少し金額が張るようです。どっちにしても本体より送料のほうが嵩んでしまうため、同一エリア内限定で対象物を探しました。その結果、HDD付きNA/Cを300円で、NX/Cを2台で1,000円という金額で入手しました。どちらも不動のジャンク扱いであることは言うまでもなく、98ノートが必ず陥る欠陥部分である液晶パネル根本のプラスチック部品が折れてしまってぐらぐらになっているものばかりです。これらの98ノートはまず電源基板上の10μF 16Vの電解コンデンサーの交換が必須ですが、このコンデンサーは5月に上京した際に秋葉原で30個ほど入手済みでした。とりあえず手始めにNA/Cのほうを分解してまず液晶パネル根本のプラスチック部分を分解してヒンジを取り外し、プラ部分は丁寧に破片を集めて2液性の即乾性エポキシ接着剤で二度とバラバラにならないように隙間部分にもたっぷり樹脂埋めしました。翌日まで乾燥させ、肉やせした部分をさらに樹脂埋めしてさらに翌日、オーバーホールしてグリスアップしたヒンジをネジで接合し、ヒンジ部分の再生が完了しました。電源部分のコンデンサーを交換し、それだけで一度WIN 3.1が立ち上がったのですが、すぐに起動不能に陥り、実体顕微鏡で基板を観察するとありとあらゆるコンデンサーが液漏れを起こし始めていました。おそらく電源部分のコンデンサーを交換したことで正常な電圧がかかった他のコンデンサーが連鎖的にパンクしていったようです。手持ちのコンデンサーにはないような容量のものがあったため、近所のハム屋で入手したものはサイズがノートの基板には大きすぎ、何個か巧みにオフセットさせて交換したものの、きりがなくなって現在放置中です。最近の98ノートは経年で電源系コンデンサーの交換だけではうまく動かなくなりつつあるのかもしれません。
ほぼ隣の町のようなところから2台のNX/Cを入手しましたが、双方とも液晶パネルのヒンジが破壊していて、あまつさえ一台はベース部分にも大きくひびが入っていました。この2台のNX/Cのうち比較的にきれいな方を生かして再生を進めることにします。売り主の話では外見のきたない方はブートすることもあるが、双方ともにFDDの読み込みが不良とのことで、場合によっては二個一にしていいとこ取りで1台を仕立てるという作戦に出ます。外見のきれいな方を分解してまずヒンジ部分を分解して樹脂埋めし、ヒンジはオーバーホールして動きがスムーズになるようにしました。取り出したメインのマザーボードは電源系のコンデンサーを無条件に交換し、元通りに組み立てて電源をつないだ後にブートさせてみると、これだけでは電源が入りません。マザーボードの各コンデンサーを双眼実体顕微鏡でよく観察すると、液晶の出力系に連なるグラフィックボードとおぼしきサブ基板のコンデンサーが液漏れしているようです。このコンデンサーも交換し、再度組み立てて電源を入れると「ピポッ」という音と共にメモリーチェックが始まりました。ところがメモリーチェックの段階でシステムエラーを起こし、ピーの連続音とともに赤文字で「Parity Check Error」の表示が出て起動が止まってしまいます。どうやらオンボードメモリーに障害があるようで、こうなったら外見の汚いほうのマザーボードをはずしてこちらに移植を企てます。このマザーボードを移植して電源回路のコンデンサーを交換した後、組み立てなおして電源をつなぎ、起動ボタンを押すと無事にメモリーチェックが始まり、システムディスクを要求するようになりました。そしてNA/Cに付いていたHDDを入れて起動してみると、見事にシステムが立ち上がりましたが、なんかおかしいと思ったら、起動音のピポッが鳴らないのです。どうもこのマザーボードは外付けの出力端子が追加してあったため、この回路を除去してこちらに移植したのですが、圧電ブザーの配線が切られていたようで、そのためにピポッがならなかったようです。そのため、交換した元の圧電ブザーを外してこちらのほうに移植し、組み立て直すとちゃんとピポッ音がでるようになりました。FDDは書き込みがまったくダメで、読み込みは短いセクターのファイルは問題ないものの長いセクターのファイルは読み込めずにI/O ERRORが出てフリーズしてしまいます。もう一台のFDDに交換しても同じ状況でした。そのため、FDDのオーバーホールを行い、ヘッド摺動部のグリースアップなど行ったのですが、症状がまったく改善しません。そこでしばらくはHDDだけでいろいろと動かしていたのですが、あるとき、よもやと思い、FDDに連なる基板のパターンを顕微鏡で追ってゆくと、HDDベイと110PIN拡張コネクターの間にある5本の電解コンデンサーのうち、左側の82μF 25Vの電解コンデンサー2本に液漏れを発見し、このような中途半端なコンデンサーは市販品が見あたらないために33μFと47μFをこの狭いスペースに組み合わせて半田付けし、その結果FDDからの読み込み書き込みはまったく問題なくなりました。ところが今度はHDDからのファイル読み込みが怪しくなり、どうもその隣の120μFの電解コンデンサー3本に液漏れが伝染していったようです。ぼろぼろの水道管直しではありませんが、一カ所穴をふさぐと水圧が高くなって他の脆弱な部分に水漏れが伝播していくというものでしょうか…。この120μFに近い容量のコンデンサーは近所では入手不可なので、レストアはこちらもペンディングになってしまいました。FDDを直す前に2台のNX/Cを入手した同じ先から倍速のODPと12MBの拡張メモリーを入手してあり、けっこうなパフォーマンスのアップに感動していたところでしたから、早く代替品のコンデンサーを入手しなければ…、しかしゲーム機にするには音源がないのが致命的ですが、DOSでの文章作成は字が大きくてそろそろ怪しくなった目にも快適です。またマウスに依存せずにコマンドで操作するインターフェースは慣れるとかえって楽なことが実感できました(笑)ただ、この時代の98というのは国民機などと呼ばれたスタンドアローン的な存在だったからか、他のファイル形式にコンバートして他のコンピューターでも読めるような機能が備わっていないソフトばっかりだったようで、98のワープロで書いた文章が今では他に応用出来ないのが不満ではありますが。
 また後日、PC-9801 NS/EのジャンクをACアダプタ付きで200円ほどで入手しました。386SXの16MHzというスペックで当然ながらモノクロですが、DOSで主に文章を打つにはなんら問題はありません。この機種からHDDがおなじみのカートリッジ式になったようで、NA/CやNX/Cなどとも共通です。一瞬電源が入るが起動不能とのことで、当然の事ながら電源基板のコンデンサー抜けの症状ですが、このNS/Eの中身をあげてびっくり。なんと電源系サブ基板の裏側に10μF 16Vと1μF 50Vの表面実装用コンデンサーがあり、半田で固定されたこの基板を抜かなければこのコンデンサーの顔も拝めないのです。この基板を抜くにしても当方の道具としては半田吸い取りポンプと吸着線くらいしかありませんので、作業には非常に困難が予想されました。とりあえず表側から半田を吸い取り、吸着線スルーホールの半田まで除去しようとしましたが、けっこうパターンを切りまくりながらこの基板を取り出すことには取り出したのですが…。結局は予想通り10μF 16Vのコンデンサーは激しく液漏れしていて周りのICの足まで腐食させている始末でした。この電源基板を元通りにするには剥がしたパターンまで再生しなければならず、故障原因はわかりましたが、果たしてレストアが完了する日は来るのでしょうか(^_^;)たぶん、もう一台NS/Eをどこからか調達してきて今度は電源系のサブ基板をメインのボード側から抜いてコンデンサーを交換し、いいところ取りで二個一にしないとダメでしょうね。やっぱりこの手の古い98ノートは最低でも2台同じものがないと、完動品をでっち上げるのが難しそうです。

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August 12, 2009

起動しないPowerBook G3 Pismo

Pismo
 PORTABLEの再生に一応は成功したことに気が大きくなったわけではありませんが、現在OS9環境が今更ながらのOSXへの移行で、CLASSIC環境ではIMのATOKによる日本が入力が使えず、FILEMAKERのプラグインであるMac用アマチュア無線交信LOGソフトCQLOGでの地名入力や氏名の入力などが、おバカな「ことえり」だけしか使えないことに耐えられなくなったことからLOGソフトはこれも今更ながらWIN XP用のTURBO HAMLOGに完全移行するとともに、OS9の専用機としてPOWERBOOKを導入することを画策しました。
ターゲットは最近起動しない個体ばかりになったことでジャンク扱いの投げ売りされているPOWER BOOK G3です。それも数年前まではけっこうな金額でやりとりされていた2000年2月モデルのPISMOを狙います。FIER WIREが搭載されたロジックボードのアーキテクチャーがG4 AGP相当であり、SCSI機器がまだまだ残っている当方にはLOMBARDという選択肢もあったのですが、やはり設計上新しいロジックボードの方が延命措置に対応しやすいのではないかということからPISMOを探し出しました。本当は最終2000年10月モデルのほうがよかったのですけど、基本的にHDDの容量とOSのバージョンしか違わないことと、POWERBOOK G4がまもなく鳴り物入りで発売されたため、玉数が2000年2月モデルと比べると格段に少ないようです。
 送料を節約するため、同一エリアから落札したPISMOは400MHzのメモリー198MBでHDDは標準の6GB。殆ど使われたような傷のないきれいな個体で、液晶パネルの滑りもなく、キーボードのテカリも全くなかったことから、どうやらしばらく使われただけで何年もしまい込まれたものであることがうかがわれました。元箱はありませんでしたが、システム9.0.2のCDやインストラクションなども付属しています。この状態で落札金額2,980円。数年前なら5万では購入できなかったでしょう。もちろん「起動せず」のジャンク扱いで購入したのはいうまでもありません。
 POWERBOOK全般のバックアップ電池はPRAMデーター保持が目的ですが、それ自体が充電されるリチウムの二次電池です。そのために、充電能力が低下するとその機能を果たさなくなります。またPOWERBOOK G3の場合は内蔵のバッテリーからPRAMバッテリーに充電電力を供給するために、内蔵バッテリーの寿命で電力が供給されなくなると、常にDCアダプタを繋がない限りは数分で放電してしまい、データー保持が出来なくなるようです。このPRAMバッテリーの電力供給がないとDCアダプタを繋いでも起動出来ないということになり、そろそろ内蔵バッテリーもPRAMバッテリーも寿命が尽きたPOWERBOOKが起動不能ジャンクとしてオークションに沢山出回ることになるわけです。すなわち、内蔵バッテリーが死んでいても、DCアダプターからの電力供給がちゃんとあって、PRAMバッテリーさえ充電能力のある新しいものに換えればかなりの確率で起動に成功することが予想できました。
 届いたPISMOは予想通りDCアダプターを繋いで起動ボタンを押してもうんともすんともではなく「ポーンともジャーン」ともいいません。まずはDCアダプターの電圧チェックをするためにステレオミニプラグと同型の本体側プラグにテスターを当てようとしましたが、先端は使用されておらず、奥がマイナスとプラスにアサインされているので、そのままではテスター棒が届かず、導線で鍵を作ってテスター棒の先端にワニ口にかませ何とか測定したところまったく電圧が出ていませんでした。DCアダプターの本体は発火の危険があるために回収されたM4402ですので、コンデンサ抜けを疑って慎重に接着を剥がして二つに分解。中身をみてもコンデンサ等に液漏れや膨らみなどの異常はないようです。ためしに出力側の電圧を計るとちゃんと24V出ていました。そうなるとコードのどこかで断線を起こしている訳ですが、殆どはプラグの近辺で断線を起こすことは容易に想像出来ます。そのため、プラグから15センチくらいの所でコードを切断し、残ったコードのアタプタ側からの導通を調べるとこちらは正常でした。そのため、予想通りこの15センチのどこかで断線している部分があったわけです。残ったコードにプラグ部分を着ければいい訳なんですが、プラグは一体に成形されているために分解出来るような構造にはなっていません。そこはアマチュア的な発想からこのプラグのビニール部分を切開して金属のプラグ部分を取り出し、残ったコードに半田着けしてからビニール部分を再生するという手段を講じました。これがなかなか手間のかかる仕事で、あまつさえ外周部のカラーとマイナス側に430kΩの抵抗が装着されているため、再生までたっぷり2時間くらいの手間が掛かったような事態になりました。まあ、なんとか実用に耐えるレベルにプラグを再生して出力を計ろうとしてテスターを当てると一瞬ショートさせて火花を散らしましたが、これでちゃんと出力が出ていることを確認。アダブタ側にも損傷無く、アダプタ本体もシアノアクリレート系接着剤で外装を接着して一件落着。
 ためしにアダプターを繋ぎっぱなしにして48時間置いておくもPRAMバッテリーには充電されないようで、起動ボタンを押しても起動できませんでした。
そうなったら新しいPRAMバッテリーを買うしかありませんが、これはネットを捜せば今でも容易に購入する事が出来ます。とはいえ、ロジックボード不良ということになるとPRAMバッテリーを交換したところで無意味なのですが、高知で個人営業の修理屋をやっている人が起動までの完全な技術的サポート込みでPRAMバッテリーを販売していて、万が一PRAMバッテリー交換で起動しない場合はロジックボードの貸し出しまでしてくれて原因究明にとことんつき合ってくれるというのがあり、ここから約4,000円でPRAMバッテリーを送ってもらいました。何か本体より遥かに高いPRAMバッテリーを購入するというのは内心忸怩たるものがありますが、ここまで来たら仕方がありません。6160108 ロジックボード交換までしなければいけなくなったらどうしようかと思いましたが、届いたPRAMバッテリーをキーボードを剥ぐって古いものと交換し、DCアダプターを装着して起動ボタンを押すとジャーンという起動音とともにあっさりと起動してしまいました。起動不能の状態だったからか、HDD内のデーターが残っています。そのことから推測するとどうも業務用個人持ちのパソコンだったらしく、2005年の4月以来起動不能に陥ったようで、その後使われた形跡がありませんでした。ネットを通じて外部にもアクセスを全くしなかったらしく、OSやファームウエアのアップデートもiTuneのダウンロードもまったくされていませんでしたので、ファームウエアをアップデート後、OSを9.0.2から9.1を経て9.2.2にアップデートしました。WEBブラウザはIEの5.0のままで、5.1にもアップデートされていませんでした。今時MICRO SOFTでもこんな古いMAC用のブラウザを配布していません。ところが蛇の道は蛇で今でもバージョンの古いWEBブラウザーでホームページがどう見えているのかを検証するために必要なのかIEのありとあらゆるバージョンを配布しているところがあり、当然英語版のみですが、Ver5.1.5をダウンロードしました。IEの5.1だと今や最新のJAVAやFLASHなどに対応していないため見ることができないWEBページが増えてきましたが、OS10.2.8のIEやSAFARIの遅さにへきへきしていましたので、最近はオークションなどの検索はこのPISMOに移行してしまいました。どうしても動画などをサクサク見たいのであればWIN XPマシンのFIREFOXをを起動させてしまいますが(笑)iTuneもすでにVer1.0は配布しているところが見つからず(MP3デコーダーの関係でこちらの音質のほうが好みでしたが)OS9の最終版2.2をAPPLEからダウンロードしました。HDDが6GBしかないので、多くのMP3データを入れるわけにはいきませんが、さすがG3はG4機に比べるとMP3データへのデコードに掛かる時間が格段に長くなりました。あまりCPUに負担が掛かる作業は期待しない方がいいでしょう。SCSI機器を使うためにはPCカードスロットにSCSIカードを刺してそれにSCSI機器をケーブルを介して繋がなければいけないのですが、ジャンク扱いでRATOCのREX-CB31を購入し、ドライバーもダウンロードしたもののSCSIケーブルが欠品で、このPCカード用SCSIケーブルを別に購入すると意外に高くつくのでいまだにスロットにはカードが刺さっただけでSCSI機器を利用するまでには至っていません。けっこう機器との相性はシビアなものがあるらしいですが。ところで、このPISMOからDVDのソフトウエアエンコードが可能になったからか、けっこう快適にDVDを見ることが出来るようになり、いままでデスクトップ上のモニターでしか見ることの出来なかったDVDがデスク上を離れて何処でも見ることが出来るようになったというのが一つの収穫でした(笑)

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August 10, 2009

Macintosh Portable レストア奮闘記

090812_090539 Macintosh Portableというと、マッキントッシュで最初の液晶画面を持ったポータブルコンピュータで、発売は1989年ですから今から20年前になります。その発売価格はHDD内蔵モデルで軽く100万円を超え、おいそれと個人で購入出来るものではありませんでした。CPUはモトローラの68000でクロックは16MHzというものでしたが、当時の個人ユーザーは同時期に発売された68030を搭載した一体型モデルSE/30のほうに目がいったようで、Portableのほうは当初からサブマシンとして外へマッキントッシュを持ち出せることに価値を見いだした一部の贅沢な人により、日本ではほんの僅かな数が出回ったにすぎないようです。一説によると2年あまりの間に400台しか流通しなかったとか。我々コンシューマーが手軽にMacのポータブル機に手を出せるようになったのは、PowerBookの100(開発コード:SAPPORO)を待たなければいけません。発売当初の1989年にスペースシャトルに乗って宇宙に飛び出した記念すべきマッキントッシュです。無重力状態でイジェクトしたフロッピーを飛ばす映像が残っているそうですから、youtubeあたりを検索すればみることが出来るかもしれません。
 当方がデスクトップMACのサブマシンとして個人的に仕事用として手にしたのはPowerBook 145Bですから1993年のことです。当時にしてもモノクロの2階調の液晶ディスプレーにも関わらず、25万円もしました。もっとも一ヶ月もたたないうちに定価の改定があり、同じモデルが18万に値下げされてへこみましたが。ということで、マッキントッシュのノートに関してはまともに購入したのはこの145Bだけで、拡張性の問題と、自宅と職場の両方にデスクトップを置いておくという環境が長く続いたために、PowerBookをかついで歩く必要が全くなく、雷の日にサージ対策でデスクトップの電源を落としてPowerBookのバッテリー駆動でパソ通のレス作成くらいしか利用していませんでした。その後購入して3年もたたないうちに我がPowerBook 145BはケンジントンのPowerBook用ショルダーケースと一緒に知り合いの長女(当時中学一年)のファーストコンピューターとなりました。
 当方、Macintosh Potableは過去に一度だけしかさわったことがありません。たぶん秋葉原の中古マックを扱っていたところに飾ってあり、システムもなにも付属していないジャンク扱いとしての商品でした。以前、仕事で使用していたRICOHのマイツールLX・ラップトップ機にテンキーとトラックボール部分だけ幅広なのが印象的なマシンですが、さすがはマックだけあってしゃれたデザインを感じさせました。しかし、当時の漢字トーク7.1を走らせるには最低でも68030の25MHzにメモリーも8MBは必要で、そのことからも当時すでに「まともに使うことが難しい」マシンだったため、そのときはデザインに惹かれて買って帰るということはありませんでした。それからすでに16年の歳月が経過しており、今年は記念すべきPortableの発売20周年の節目の年に、自らの意志とは無関係に、なんとわが家にPortableが一台やってきました。最近はオークションにも68Kマックは殆ど掘り出し物はありません。オクではなく高校同期から譲り受けたものなのです。付属品はマニュアルやシステムディスクを含めてすべて揃っていました。どういう使い方をしていたのかはわかりませんが、付属のシステムディスク類は使われた形跡がなく、ハイパーカードなどはマニュアルも含めてシュリンクされたままです。貴重なシステムケース入りで、探している人が多いネームカードは未開封の状態で入ってました。
 「Open Me First」というファイルに入っている「Your Apple Tour of the Macintosh Portable」というフロッピーディスクをSystem 7.5の入っているパワーブック540Cのスーパードライブで開いてみようとすると、ダメでした。HDではなくDDの800Kでフォーマットされているのかと思い、フロッピーの識別穴の片方をテープで塞いでスーパードライブにかけても認識してくれませんでした。この時代のマッキントッシュからは殆ど10年くらい遠ざかっていますから、どうすれば読めるんだったかすっかり忘れたなぁ(笑)漢字トーク7.1しか入っていないマシンなんか手元にありませんしねぇ。起動音のジャーンが出なくなったという症状が出ており、おそらくサウンド回路周辺のコンデンサー抜けが疑われました。Portableに限らず1989年のSE/30などに至るまでコンデンサーの劣化に起因するトラブルというのは枚挙にいとまがなく、出来ればもう少し耐圧の高いコンデンサーにすべて交換したほうがいいかもしれません。同じモトローラ互換の68000を使うSHARP X-68000の電源回路に使用しているコンデンサーも同様のトラブルを抱えており、時限爆弾のようにある日突然、一部のコンデンサーが抜けて回路のショートを起こし、周辺のトランジスタやダイオードを焼いてしまうという故障をほぼ100%の確率起こします。また数の多いSE/30などは素人修理でコンデンサーを交換して、半田付け不良でさらにトラブルを起こしている個体もあるので注意が必要です。しかし、スペースシャトルで宇宙にまで行ったPortableで使用しているコンデンサーがかくもクオリティーの低いものだとはにわかに信じがたい事柄ですが、交換しなければいけないコンデンサーは47μFの耐圧16Vとか同じく470μF、1μFあたりと容量が統一されてますので、部品を集めるのは比較的に楽です。まあ念のために耐圧32Vあたりに変更したほうがベターでしょう。内蔵バッテリーは円形シールドタイプの鉛蓄電池が横に3本直結されたものが四角いバッテリーケースに封入されており、鉛電池の直列3本ですから公称電圧は6Vです。鉛蓄電池は常にフローティングで満充電に近い状態にしておく必要があり、使わないで何年も放っておいたPortableのバッテリーは充電可能な状態のものが「ない」と言い切ってかまわないほどです。そのため、DCアダプターで使用すれば良さそうなものなのですが、PortableのDCアダプターは鉛蓄電池のフローティング充電のみに特化していて、単独でPortableをブートするだけの容量がありません。そのため、友人はこのPortableを送ってくれる前に、実験用の安定化電源をつないでブートすることを確認したそうです。100系のパワーブックのDCアダプターを使用すれば単独ブートが可能らしいですが、すでに当方の手元には100系パワーブックは一台もなく、内蔵電池が使えないというのも悔しいので代替の鉛シールドバッテリー捜しました。単一電池と比べるとふた回りも太い円筒形鉛シールドバッテリーは現在のところ国内では市販されている様子がなく(海難救助信号用機器のバッテリーに似たようなものがありそうでしたが調べがつかず)Portableオーナーがどういうように工夫しているかと情報検索すると、GS-YUASAにPORTALACという制御弁型鉛シールドバッテリーが市販されていて、このPE6V4.5というバッテリーをバッテリーケースの中に仕込む改造が主流になっているようです。このバッテリーは6Vで容量が4Ahというもので、オリジナルの5Ahの20%減の容量ですが、自分で組電池を作って発火などのリスクを考えたらこのバッテリーを使うしか方法がないようです。ネットで値段を調べると約6,000円(@@;)とてももったいなくて購入出来る金額ではありませんが、そこは蛇の道は蛇で、そもそもGS-YUASAのPORTALAC自体が国産ではなく輸入品のOEM商品ため、似たような輸入のバッテリーがないかと検索を掛けまくりましたらあっさり見つかりました。値段も1,000円から2,000円という手頃な価格ですからこれを使ってバッテリーの再生をしないわけには行きません。ゆうちょ口座振り込み可でエクスパックで送ってくれる一番安い業者をヤフオクで捜すと1,400円というところがあり、これを直ちに落札しました。バッテリーが届く前にオリジナルのバッテリーケースの分解を試みます。上蓋の回りに時計の裏蓋オープナーの通称「剥がし」を差し込んで慎重に接着箇所文字どおり剥がしていきますが、無理に剥がすと蓋を二つに割ってしまいますので、「慎重に、なおかつ大胆に」剥がしてゆくと、比較的きれいに中身を取り出すことが出来ました。届いたバッテリーを自動車用の配線具で配線および元の電池にスポット着けされていた端子を剥がして半田付けし、ケースに収めるとあっさりと収まりました。このバッテリーを本体に納め、ACアダプタも繋いでキーボードを叩くもブートしませんでした。英語のマニュアルをよく読むと、バッテリーマネージャーのリセットが必要で、その操作はインタラプトとリセットのスイッチを同時に数秒間押すというもの。そのスイッチがどこについているのかもわかっていませんでしたが、結局はバッテリーマネージャーのリセット操作をしてキーボードを叩くもブート不能(T_T) こうなったらロジックボードを取り出してコンデンサの交換をするしかありませんが、しばらくキーを叩き続けると、そのうち起動音もなくいきなりシステムが立ち上がり、すぐにバッテリー残量切れでシャットダウン動作するという「とりあえず形だけブート」が確認できました。その後はバッテリーマネージャーをリセットしようがまったくだめ。やはりロジックボードのコンデンサ抜けが最大の要因のようです。このポータブルのロジックボードはサウンド回りも電源関係の回路回りも47μF,16Vの表面実装型の電解コンデンサが多用されていて、このコンデンサが経年劣化で容量抜けしており、このコンデンサとリセット・インタラプトスイッチ回りの1μFの50Vの電解コンデンサがあればブートも起動音も出るようになりそうな感じです。ところが田舎のことゆえ、電子部品を扱っているのはHAMショップくらいしかなく、そのHAMショップも最近はよっぽどのOMでも修理調整はメーカーのサービスセンターまかせで、半田ごてさえ二十年以上握ったことがないなんていう人も多いためか、電子部品の種類は限られてしまいます。そのため、地元では必要な時に必要な電子部品を必要な数だけそろえるのは不可能に近いため、ロジックボードのコンデンサ交換という作業に入れないまま、ポータブルの修理は一旦中断してペンディングになってしまいました。
 ところが、5月も20日を過ぎ突然、東京の両国で一人暮らしをしていた10才年下の従兄弟がパソコンの前に座ったまま亡くなっていたのが発見され、千葉は松戸の実家近くで葬儀が行われるため、親戚代表で上京することになりました。また変死扱いで行政解剖などの扱いになり、葬儀まで時間が空いたため、船で茨城の大洗に上陸し、水戸から電車で松戸まで移動することにし、葬儀後に秋葉原に寄って部品調達することを目論み、メモに必要なコンデンサーの種類を書き込み、夕方便の大洗行きの船に乗り込みました。パソコンを起動したままで心不全で亡くなった従兄弟は、将来の我が死に様を連想させましたが、葬儀も無事に終わって秋葉原に30分だけ立ち寄ることが出来、大急ぎでコンデンサを4種類と、たまたまAAタイプのタブ付きニッカド電池が売られていたため、hpの旧型電卓修理に使うために1ダースほど仕入れてきました。秋葉原は11年ぶりでしたが、以前より電子部品や電気系ジャンクが少なくなったとはいえ、電子部品が自由に手に入らない田舎の人間にとっては今でも宝の山のような存在です。しかし、秋葉原の町もTEX開通などで相当変わったようですが、特にアキハバラデパートがまるきり無くなって、総武線のホームがそのまま見える光景にはびっくり。よく焼き上がりの様子をガラス越しに見ていたアキハバラデパート一階のお好み焼きを妙にもう一度食ってみたくなりました。
 帰りの大洗発の夕方便は水戸市内の中学修学旅行で貸切となり、次便である深夜出航の便までなにもない大洗港で11時間足止めを食らったりしましたが無事に帰還し、帰還してから数日後にポータブルの修理を再開しました。今度はロジックボードを取り出してコンデンサ交換の作業ですが、ロジックボードを取り出すためには液晶パネルからキーボードまですべてを取り外す全分解が必要です。ところがこのポータブルはハードディスクをマウントプレートに取り付ける以外にネジがまったく使われておらず、ロジックボードの固定を含めてすべて「はめ込み」で組み立てられています。なんと酔狂な設計なことか呆れるばかりですが、今となってはかえってプラスチックの経年劣化ではめ込みの爪などを折りやすく、分解には手順を誤らないことと慎重さが必要です。分解手順はHP上に公開されていますので、それを参考に無事にロジックボードまで外すことが出来ました。ロジックボードは静電気避けにアルミホイルにくるんでおきます。翌日になってロジックボード上のコンデンサをルーペでよく観察すると、けっこう液漏れして足の部分が腐食しているものが何個か見つかりました。090602_230155今回は47μF全部と1μFのコンデンサのうち、常時電圧のかかると思しきリセット&インタラプトスイッチ回りの1μFのコンデンサを交換します。ロジックボードから元の表面実装型コンデンサを半田ごてで暖めて外しますが、足の部分の腐食なども影響しているのか、それとも手順が良かったのかあっさりと基板のパターンも剥がさずに取り去ることができました。交換用コンデンサは表面実装型の半田付けが今一つ自信が無かったので、すべて足つきの筒型電解コンデンサです。そのため、足を短くしても表面実装タイプのものより倍以上背が高くなり、上板に干渉してしまうため、コンデンサを斜めにオフセットしなければいけません。また半田付けする前に、足の長さをそろえ、足にペーストを塗って予め半田メッキしておきます。必要はありませんが、コンデンサは保険をかねて耐圧を高いものにしておきました。ボトムケースにロジックボードを納めて上板を取り付けようとするとやはりまだ交換したコンデンサが干渉しましたので、足を曲げてコンデンサを寝かせましたが、インタラプトスイッチ近くの1μFのコンデンサを寝かせる際に足をマイクロラジオペンチで押さえて曲げればよかったものの、そのまま曲げたせいで、半田付けした足元のプリント基板のパターンを剥離させてしまいました。このパターンは髪の毛一本分くらいの幅しか無く、半端なルーペで観察しても状態がよくわからず、この微細部分に半田を載せて再度コンデンサの足を付ける訳にもいきません。ここで普段はめったに使わない双眼の実体顕微鏡まで持ち出してプリント基板を観察すると、ほんの微細なスルーホールで基板裏側に繋がっており、その基板裏側の部分からジャンパー線を延ばしてコンデンサの足に半田付けし、何とか最大の危機を回避しました。部品を元通りに組み立ててバッテリーも組み込み、ACアダプタを繋いでバッテリーマネージャーをリセットしてキーボードのキーを叩くと、ピーンという何とも軽い起動音(1分間の深イイ話のジングルに使われているあの音!)を発してあっさりと起動してしまいました。ところが、ちゃんとハッピーマックが出てWelcome To Macintoshに至ってデスクトップが表示されるのですが、アイコンもメニューも出てこないんですよね。ちゃんとマウスカーソルなんかは動いているのですが、何回かリセットしてもこの現象は解決できませんでした。スリープしたまま1週間ほど放って置いたのですが、もう一度キーボードを叩いて起動を試みると、起動音とともにほんの僅かな秒数でデスクトップが表示されました。なんでだろう?と思わず首を傾げましたが、ロジックボード上の障害は思いつきません。もっともメモリーが不良であるという原因も否定できませんが、後日システムディスクから起動しなおすとあっさりとデスクトップが表示されました。どうもHDD上から英語版6.0.5で起動させるとうまくシステムが読み込みきれない現象でもあるのでしょうか。HDDの中身には往年のMAC WORDとEG WORDが入っており、システムは英語版6.0.5と漢字TALK6.0.4です。貴重なFEPであるVJEの2.1も入ってました。このシステムの英語版と日本語版はデスクトップ上のDAによってすぐに切り替えられるようになっていましたが、いかんせんPOORな標準のオンボード上1MBの内蔵メモリしか利用できないので、日本語のワープロを使おうにもメモリー不足で、最近のMacのデスクトップ上には絶滅種の「爆弾」を連発します。せめて拡張メモリーを含めて4MBのメモリーがあれば漢字トーク6上では不自由しないのですが、拡張スロットは無情にも空でした。まあ、Yoo-Editに漢字TALK6.0.7でも使用できるVer1.6.3が今でも公開されているので、わざわざ不自由な2.1変換を使って文章を打ってみるという楽しみもあります。ところで、どうやら充電池のほうに正常に充電出来ていないようで、プラグを差していても強制スリープのアラートが出続きます。また、バッテリーを外して単独で安定化電源で7.5V,440mAでスロー充電をかけ、充電の完了したバッテリーで再度起動させてみるとまたデスクトップからメニューもアイコンも消えてしまうという現象が出ました。もう一度システムディスクから起動し、再度システムスイッチャーでHDD上の英語6.0.5から起動しようとすると、漢字トーク6.0.4しか認識できなくなるという障害が発生。HDD上から漢字トーク6.0.4を内蔵メモリーのみの状態で起動させると、システム終了を選ぶとメモリー不足でシステムエラーの爆弾アラートが出てきて正常にシステムを終了できません(泣)誰かPORTABLE用拡張メモリー、1MBタイプでもいいですから恵んでいただけるような酔狂な方いませんか?
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 基盤の下に隠れた開発者たちのサインの数々


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JAIAアワードボーナス局運用中

 システム変更に伴い、ここに書き込むのも久しぶりですが、例年通り7月から我が貧乏電波研究所もJAIAアワードボーナス局として運用してきました。ところが今年は昨年と比べても極端に6mが開く時間が短く、例年2/3は50MHzで交信数を稼いでいるのにもかかわらず、今年は全くだめでした。おまけに21MHzも昨年に比べると低調で、こちらの交信数もまったく延びず、このままではボーナス局の役目を果たせないまま8月末を迎えるのかと危ぶみましたが、21MHzが開かないときには18MHzで交信数を延ばしたことと、7MHz帯の拡張が実施されたおかげで、当方のような屋根よりちょっと高いだけの自作ダイポールアンテナのような設備でも拡張バンドのなかであれば弱肉強食の世界に巻き込まれない周波数を探す事ができ、7MHzの交信数をある程度あげることができ、現在までに400交信弱の交信数をあげることができました。季節的には先週あたりから秋型の伝搬に移行しつつあり、ハイバンドの運用はますます時間的にも苦しくなりつつあります。とりあえずあと100局何とかしたいところですが、7MHzの拡張帯は相変わらず大陸のBC局のかぶりで運用できる隙間が限られてしまい、日によってはそこに何局も群がってしまう状況になると、さすがに当方のような弱小局の出番はありません…。7MHzの拡張帯で18時代に1時間ほどCQを掛けても、一局からもコールバックされないこともよくありますし。

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