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April 15, 2010

HEMMI No.2664 (戦時)

  ルート10切断ずらし尺を備える片面計算尺として昭和18年に発売された No.2664は戦時中の物資枯渇期に差しかかった頃の計算尺らしく、その材料調達には大変に苦労したようで、当方の知る限りは終戦までの2年間に基本的な構造に違いのあるものが3種類ほど見受けられます。以前福岡から入手した No.2664は後のNo.2664Sなどと同様に裏の副カーソル線窓が「⊃⊂」で、裏板もアルミとセルロイド板が使用された通常の構造でしたが、今回たまたま入手した戦時仕様のNo.2664はアルミ板にプレスで抜かれたオーバル状の副カーソル線窓があり、白いセルの裏板が省略されたあたかも薄型ポケット尺のような構造です。その副カーソル線に嵌る透明セル板は裏板代わりにアルミ板と同じ長さで固定尺に苗打ちされています。第三のパターンはさすがに戦争末期になってアルミ板が入手出来なくなったからか、裏板が厚いセルの白板で、そのセル板にオーバルの副カーソル線窓が明けられ、そのままでは固定尺と滑尺の隙間が調整出来ないので、片刃の安全カミソリのような鋼の板3枚で上下固定尺を留めるというものです。この鋼板もセル板の内側にも外側にも仕込まれたものがあるようで、戦争末期にはいろいろ混乱していたのでしょうか。この3パターンのNo.2664のすべてが黒い偽皮紙をあしらった単なる紙のサックケースに入っているのは共通です。また、竹芯に貼ってあるセルも戦争の進行とともにかなり薄くなったようで、今では竹芯と貼り合わせるための接着剤の皺パターンが表側からわかってしまうようなものが殆どです。おそらくこの戦時型No.2664は、通常の構造のものからアルミオーバル窓付きを経て薄鋼板付き白色セルオーバル窓という構造に変化していったのでしょう。刻印にも相違があり、通常構造型は裏面に「"SUN"HEMMI NO.2664」と後のOCCUPIED JAPAN物とほぼ同様の刻印ですが、アルミ裏板オーバル窓型は下固定尺の側面左側に「"SUN"HEMMI」の商標が。右側に「NO.2664」の刻印が打たれているというもので、薄鋼板白色セルオーバル窓型は上固定尺のスケール部分の左右に同じく「"SUN"HEMMI」と「NO.2664」の刻印が打たれているものがあります。物資枯渇により構造が省力設計になっていくのはわかりますが、刻印の位置までことごとく異なっているのはなぜでしょうか?これはまったくの想像上の話ですが、ヘンミ製作所のあった和光市周辺は軍の施設が集中し始め、戦争の進行とともに空襲などの被害を被る可能性が高くなったことから生産設備の一部を他の場所に移し、そこで生産されたものが一部仕様の混乱を来して同一計算尺ながら刻印などに差異が出たものが生まれた原因になったという可能性も考えられなくはありません。疎開先の一つが東武東上線をさらにさかのぼった川越近辺。またもう一つの設備疎開先が山梨の甲府近辺だったとしたら、話はさらにおもしろくなってきます。甲府近辺に計算尺生産設備の一部が疎開したなんて考えただけでも山梨技研系計算尺のルーツというのがなんとなく浮かんできます。
 今回のNo.2664戦時尺は副カーソル線窓がオーバルなタイプですが、まだ裏板にアルミ板が使えたと見えて前面アルミ裏板タイプですが、セル板との積層を止め、その分のセルロイドを省略したパターンのNo.2664です。また副カーソル線窓に嵌る透明セルはアルミ裏板と同じ長さの一枚板となっています。同時期に発売された学生尺No.2640同様に逆尺のCI尺の数字に赤で着色する行程を省略し、ついに目盛りは真っ黒の一色刷になりました。ケースはボール紙に擬皮紙をあしらったサックタイプです。入手先は横浜の緑区からでした。今回のNo.2664は裏板の固定方法にも初期型のNo.2664とは差異があり、初期型は固定尺裏側のセルロイド部分に片側6本の鋲打ちで裏板を固定していますが、今回のオーバル窓No.2664はアルミ部分に片側7本の鋲打ちでした。ちなみに裏板セルロイド板オーバル窓タイプで金属板があり合わせの安全カミソリ状の鋼だけの末期型は固定尺部分にたったの4本の鋲止めとなっています。ちなみに前回入手した初期型はインチスケールが固定尺上面に刻まれていましたが、今回のオーバル窓タイプはメトリックスケールでした。戦時中といえども機械技術の世界ではインチがまだ支配していたので、両方の需要があったのでしょうか。これら初期型の戦中から戦後のごく初期のNo.2664は後のNo.2664やNo.2664Sには見られない特徴がありました。というのも6度以下の微少角を直読するためにTI2とSI2の2つの尺度が付いていることです。6度以下の微少角はほぼ同じとして計算しても実用上差し支えないのですが、そこが新しい計算尺を作り出そうという意気込みだったのでしょうか。また2度以下の角度では目盛り上でもまったく差を見つけることが困難になるので、2度以下はSI2尺を共用にしてTI2尺の方は45度から70までのTan算出目盛となっています。また表面のA尺は半分の長さしか無く、D尺で1から10まで、DF尺で10から100までを読むようになっており、残りの半分をL尺にして同じくD尺DF尺で数値を読むようになっています。度の微少角は直読できるため度の微少角を計算するゲージマークが省略され分と秒を計算する2つのゲージマークがC尺上に存在します。これが後のNo.2664になるとA尺がフルレングスになったためにL尺が滑尺裏に追われ、そのため微少角専用の尺が消えてしまいました。微少角は3種のゲージマークで計算するようになり、このスタイルが標準になりますが、初期No.2664の微少角目盛と折り返しA尺L尺というデザインは海軍士官を養成する江田島の海軍兵学校で使用された通称「兵学校計算尺」が最初らしく、そのスタイルをNo.64と同サイズのボディに刻み込んで出来たのがNo.2664らしいです。開戦初期に4艦隊司令長官から海軍兵学校校長に飛ばされた井上成美中将は、陸軍士官学校が英語授業を撤廃したため、「優秀な人材が楽な陸軍士官学校に流れるため兵学校でも敵性語授業を廃止すべきだ」という上層部の意を無視して最後まで英語と数学の教育には一層の力を入れ、特に数学は自分で教材まで作るくらい熱心だったそうですが、そのポリシーというのが「日本はどうせアメリカに負けることになるので、兵学校では敗戦後10年20年後の日本に必要な人材を育てるための教育をする」というものだったようです。一本の尺をA尺L尺に2分するというのが合理主義者の井上成美校長のアイデアだったとしたら、話はもっとおもしろいのですがね。
Hemmi2664ww2
HEMMI No.2664 (戦時)表面拡大画像はこちら
HEMMI No.2664 (戦時)裏面拡大画像はこちら
HEMMI No.2664 (戦時)側面拡大画像はこちら

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