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April 08, 2012

HEMMI No.66 6インチシステムリッツ極初期型

Hemmi66   計算尺の世界では少数派の6インチ計算尺ですが、一回り小さい5インチポケット尺に比較すると目盛りの細密度がそのまま10インチ尺の縮小であるため、より精度が期待できる半面、拡大レンズでもなければ加齢で焦点が合わなくなった目には一寸厳しいものがあるかもしれません。もっとも当方も10インチ尺の目盛りだって今ではメガネを外さないと見えませんけどね。システムリッツの計算尺はドイツでは技術用の標準タイプとでもいうべき存在でしたが、A.W.FABERのコピーから始まった逸見式改良計算尺はJ.HEMMIの時代にはシステムリッツの計算尺は見当たらず、月桂冠の女婿大倉龜が逸見製作所に改組して商標をHEMMI "SUN"に改めた昭和4年以降に新系列の品番60番台として始めて市場に投入されました。当初はすべて逆尺CIのない10インチ尺No.60、位取り付き10インチ尺No.61および6インチ尺No.62および位取り付きのNo.63の4種類があったようですが、すぐにCI尺付きのNo.64および位取り付きNo.65、6インチ尺No.66にカーソル違いでNo.67,No.68,No.69のバリエーションを持つタイプにマイナーチェンジしてしまったため、逆尺の無いNo.60~63まだ現物を拝んだことがありません。またNo.60の初回生産ものはオーバーレンジがないそうで、カーソルもまだ3本線ではなかったようです。ただ極初期物のNo.64を一本所有してまして、そのNo.64は滑尺固定尺ともセルの剥れ止めの鋲があり、逆尺のみCIの刻印のあるレアものです。戦前のシステムリッツ計算尺のNo.64は技術用計算尺の標準品として大量に使用され、かの海軍兵学校でも√10切断系計算尺の通称兵学校計算尺を備品とする以前はNo.64を備品として使用していたそうです。そのため世の中に残るNo.64は戦後のものより戦前のもののほうが多いくらいのものですが、海軍兵学校でも備品の計算尺を変えたように戦後の片面計算尺は目はずれの少ないNo.2664及びNo.2664Sにその地位が取って代わられたのはよく知られた事実です。その多用されて数の残る10インチシステムリッツ尺に比べて小数派なのが6インチのNo.66です。このNo.66はNo.64が改良版のNo.64Tにモデルチェンジしたのちも、そのまま旧態依然の状態で出荷され、最終は緑帯の模様箱の時代まで下りますので、おそらく昭和44年あたりまで出荷が続いたのでしょう。昭和一ケタ台の最初期型は裏に大きなインストラクションシールの張られた黒擬皮紙貼箱入りで剥がれ止め鋲付き、その後剥がれ止め鋲がなくなってからなぜかK,A,B,C,D,Lの尺種類が刻まれた個体が出回り、その後再度尺種類の表記がなくなってしまいました。戦前初期ものは逆C型のA型カーソルで3本線のものが、大戦末期から戦後には改良A型カーソルに3本線というものが付属していましたが、A型カーソルは落としてガラスを割ってしまうことが多いらしく、後の改良A型カーソルのそれも副カーソル線の無いものに付け変えられてしまった個体も多く見ます。また延長尺部分の末端が昭和28年前後に変更になりA,B尺延長部分の始点が0.785から0.8に、C,D尺が0.895から0.9になったようです。これは10インチのNo.64も同様に変更されたようです。
 入手先は大阪の堺市からで、多くの6インチ計算尺同様に商標ロゴが金箔押の携帯用皮ケース入りでした。皮ケースのフラップ裏に「大日本染料株式会社」らしき社名と個人名が手書きされていたので、おそらく元の所有者は化学屋さんだったのでしょう。A,B,C,Dの尺種類がうまく手彫りされていて、一見オリジナルかと見間違うところでした。
 しかし、すでに二百数十本を数えるコレクションのうち6インチの計算尺はたったの3本なんですから、いかに6インチ計算尺の数が少なかったかということがわかるというもの。ポケット計算尺のように薄い構造ではなく、10インチの計算尺をそのまま短尺にしたような計算尺ですからポケット尺といえども重厚感がありますが、やはり胸ポケットに収めておくにはサイズが中途半端だったでしょうか。
603broths
 一度やってみたかった60系システムリッツ尺三兄弟の揃い踏み(笑)
 いちおう20インチの戦前No.70もあるのですが、さすがに一画面には収まりきりません。

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