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June 20, 2012

HP-97 電池パックのセル交換

Hp97cell   計算尺コレクターの手元にはいつのまにか関数電卓が増殖していくようで、ご多分に漏れず当方の手元にももらい物だったりとりあえず安かったのでオークションで落としたものなど、あれよあれよというままにダンボール箱一個分くらい集まってしまったような状況です。特にジャンルとしては液晶以前の赤LED表示の関数電卓というと必然的にTEXAS INSTRUMENTSのものかHEWLETT PACKARDのものということになりますが、コレクター的にはRPN(逆ポーランド入力)のHP電卓が珍重されるようです。修理再生という面からいうとHPの赤LED表示時代の電卓は、その充電式内蔵電池(メキシコ製)の電解液漏れで基板のパターンを腐食しやすく、うちのHP-25の一台はキーボード部分を下にでもして放置してあったのか、なんとキーボード部分のパターンにまで電解液が侵入していて、部品取りの役にも立たないようなものも多い傾向です。その点TIの赤LED時代の電卓は、電池収納部分がほぼ隔離されているので、再生成功率がHPの電卓に比べて格段に高くなっています。またHPの電卓はメイン基板の金メッキの櫛状ターミナルにキーボード基板を差し込むという形状で、LED表示部分も差込構造となっているものがあったりで、すでに経年劣化で再生は接触不良との戦いでした。あまつさえ一台のHP-25は上下基板を完全にハンダ付けしてしまいました。またHP-33Eしか持っていませんが、通称SPICEシリーズは充電池部分から基板に伸びているふフレキシブル基板の樹脂部分が寿命で、充電池部分の基板部分から必ず切れてしまいます。どちらにしても当時のTIとHPの関数電卓はニッカド電池による充電式で、この電池が生きているものは皆無ですので、電池パックを分解して新しいニッカド電池に入れ替えるというのが電卓再生の一歩になります。ところが今やニッカド電池というのはニッケル水素電池やリチウムイオン電池に押されて街中で気軽に入手できるものではなくなり、さらにニッカドのタブ付き電池はよっぽど特殊なパーツ屋でもないと手に入りません。また古いなんの過充電防止回路も無いニッカド電池パックにニッケル水素電池を仕込むことは避けなければいけません。しかし最近のニッカド電池は当時のものとは容量が格段に向上し、当時450mAh程度のものが今では1100mAhクラスのものまで手に入ります。上京するたびに時間を見つけて秋葉原に立ち寄り、電卓修理の目的だけのためにニッカドタブ電池を入手してきました。いままで再生した電池パックは6個ほどを数えます。これらの電卓は単三のタブ付きで事足りるのですが、問題はHP-97の内臓電池で、この電池は単二サイズとはまったく異なり、長さも直径も一回り小さい規格の電池で、市販の単二電池を仕込もうにも入りません。このHP-97は売り手の知識がまったくなかったために、HP-67といっしょに1000円で手に入れたはずだったのですが、売り手がHP-67のほうを無くしてしまって結局はHP-97しか届かなかったものです。HP-67はもらい物が一台あるのでかまわないのですが、HP-97はACアダプターが欠品で、結局は電池パックのセルを交換して外部から強制充電して使うしかありません。ちなみにこの当時のTIにしてもHPにしてもACアダプターの出力は整流されていません。単純に内部のダイオード一本で整流して充電池に充電する仕組みで、充電池が一種の平滑コンデンサー代わりに作用してますので、電池が入っていないとACアダプターのみでは電源が入らない仕組みです。ここいらが日本製電卓と根本的に考え方が異なります。電池探しで3年ほど放置してあったHP-97ですが、昨年のGWにまたもや東京で葬儀に参列しなければいけない用事があり、その途中で秋葉原に寄ってパーツを色々仕入れてきたわけですが、その途中でHP-97の内臓電池のことを思い出していろいろ探しましたが、それに該当するサイズの電池がありません。山手線ガード下のジャンク屋もGWということもあって開いている店は少なかったのですが、開いている店の一軒のダンボールにそれらしきニッカドの組電池が積み上げられているのを発見。本来は何に使用される組電池かはわかりませんでしたが、この500円のシールが貼られているサンヨーの1200mAh 3本組電池を2パック買って来ました。そのまま忙しさにまぎれて1年1ヶ月も放置してしまいましたが、先日急に思い出してHP-97の電池パックを分解すると、まさに同じ紙筒に入った同サイズの電池が4本直列で両端折り返しの4本組み電池になっています。そうなると、買ってきた3本組みの電池の一方にもう一個追加して両端を折り曲げ、4本組みにしてオリジナルの端子をハンダ付けすれば最少の手間で電池パックが再生できるというものです。事実電池パックのプラスチック部分の接着をはがして中の電池を交換するまで20分程度しかかかりませんでした。外部の安定化電源から慎重に電圧電流を確認して充電をかけ、問題なく使用できています。ひとつ工作上で注意しなければいけないことは、4本組み電池の折り返した+-の両端子が向かい合うため、この部分の絶縁はかなり慎重にしなければいけません。3本組み電池のラベルには3N-1200SCKという表示がありました。メーカーはSANYOのカドニカです。おそらくPANASONICに事業統合されてしまう前に廃盤になった電池だと思われますので、HP-97の電池パック再生を試みたい方はお早めに。

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June 11, 2012

UNIS No.2607 5"ポケット計算尺

 マンハイム式発祥の国にしては世界的な有名メーカーの見当たらないフランスの計算尺ですが、当方のコレクションにもさすがに一本もありませんでした。フランスでは19世紀末期から20世紀初頭にかけてはかなりの種類が作られていたようですが、その後ドイツ製アメリカ製計算尺の台頭によって世界的なシェアを徐々に失ったような感じです。特に第二次大戦後は簡単な計算尺が多かったようで、このUNISというメーカーも薄いプラスチック製の5インチ計算尺だけを作っていたメーカーのようです。製造していた種類もわずかに電気用などの特殊計算尺を除き、A,B,C,D,尺のみで三角関数尺もない簡単な計算尺の製造に終始していて、企業名などの名入れをしたノベルティー商品としての意味合いが強かったらしく、差し詰めHEMMIでいうとP35あたりの商品コンセプトに該当します。現にこの計算尺の滑尺溝にはロンドン在住の日本人土木技師の名前と事務所の所在地が刻まれてました。出所がひたちなか市ですから日立の関係者が現地で入手して日本国内に持ち込んだものなのでしょう。 プラスチックのベースプレートに固定尺を貼った構造のプラ尺で、滑尺も透明なセルロイドを折り込んだだけの構造です。素材が悪いのかひどく反ってまして、あまつさえ滑尺と固定尺の縮み方がことなるため、こんな短い計算尺ながら右端と左端の目盛りが合っていません。計算尺としては完全にジャンクですが、さすがに価格は安かったと見えて、アメリカのメーカーにOEMとしての輸出もあったようです。ケースだけ妙に上質なシボ皮のサックケースが付属していて、このあたりがさすがに皮革文化の歴史の長いフランスを感じさせます。
Unis


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June 10, 2012

ナショナル照明計算尺

 松下電器産業(現PANASONIC)の照明計算尺は昭和40年代に作られたと思われるコート紙製と思しき簡易な物をよく見ますが、今回のようなプラスチック製の棒状計算尺には初めて遭遇しました。おそらくは昭和30年代のものだと思いますが、この頃から作業環境における照度は単純に部屋の面積に対する照明の数という概念から脱し、照明器具の種類や直接・間接照明の違い、照明率や減光補償率などの複雑な要素を加味して照明の種類と数を計算するというように変化していったものだと考えます。照明計算尺はまだ白熱灯しか使われていなかった大正末期にすでに存在していたそうですが、当時の照明計算尺にはお目にかかったことがないので、どういうものだったのかはわかりませんが、後に残らなかった事実から簡単な紙にでも印刷されたようなものだったのでしょうか。戦後の照明計算尺は白熱灯と蛍光灯の両方の必要数が計算できるようになり、ナショナルの照明計算尺が40年代以降のものも棒状計算尺だったのに対して、東芝の照明計算尺は円形計算尺になりました。どちらにしても文具店で売られるような計算尺ではなく、電気工事業者や電器店などにメーカーから配られるような性質のものなので、数も少なく、われわれが入手するためには廃業電器店あたりの処分品にでも行き当たらないと入手が難しい計算尺なわけです。現にわがコレクションの中でも照明計算尺は以前熊本から入手した東芝の円形計算尺と今回のナショナル照明計算尺の2本しかありません。透明なビニールの裏側に印刷してさらにビニール樹脂でサンドイッチしている構造なのですが、経年劣化でそれぞれのパーツが分離しかかってまして、さらにビニールも溶けかけてべたべたになっているところもあり、完全に賞味期限切れの計算尺でした。滑尺が裏板に張り付いていて動かすこともできませんでしたが、固定尺のサンドイッチ部分を割って滑尺を取り出しました。そのため、印刷面が上と下の樹脂に分離してしまい、接着剤で貼り付けると溶剤で印刷インキが流れる心配があります。そのため、アクリル工作用の透明度の高い両面テープを購入し、サンドイッチ構造を元に接着しなおしましたが、さすがに文字の輪郭などが元には戻りませんでした。なお、滑尺裏にはインチとセンチのスケールが刻まれています。端子間のサイズがインチかメトリックかなどの判断に使ったのでしょうが、現在ではJISマークが付いていない配線器具を使用することは禁じられてます。でもそもそもはコンセントのプラグの両極の距離が元々がハーフインチですからJISの配線器具といえどもインチの亡霊をいくつも引きずっているということですね。
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June 08, 2012

本多式短縮ウルフ揮発油安全燈(炭鉱用カンテラ)

120608_135646 欧米の炭鉱用安全燈にはベストポケットクラニーとかベストポケットウルフなどと「ベストポケット」という接頭語の付くものと、それよりやや大型の「ベビー」という接頭語の付くベビーウルフなどという2種類の小型安全燈がありまして、要するに通常の安全燈を小型にしたものの通称名なわけですが、ベストポケット型が極小型、ベビーが小型を意味するようです。ベビーが小型を表すのは世界共通でしょうが、このベストポケットというのは他の商品でも「小型」を表す決まり文句らしく、ベストポケットコダックしかりブローニングベストポケットなどの実際にはベストのポケットに収めるにはやや大きいくらいのサイズながらカメラ、拳銃などに例があります。もちろん日本ではベストなんぞを着用するのは明治以降のお金持ちか官吏・軍人くらいでしょうから庶民における小型の接頭語は着物の懐に入るサイズということで「懐中」ということになるのでしょう。古くはからくり儀右衛門の考案した懐中燭台から懐中時計・懐中電灯などいろいろありますが、中には懐中汁粉などというように食品にも波及し、小型というより携帯用という意味が強くなり、もはや和服を着ないご時世からか懐中というのはほぼ死語と化し、それに変わった小型を表す「携帯」という言葉も「ケータイデンワ」を表す固有名詞に変化してしまいました。しかしガラケーからスマホへのシフトも進んでモバイルフォンを示す「ケータイ」自体も死語となる日も近いかもしれません。
 炭鉱用安全燈の世界に話を戻しますが、ベストポケットの付く小型安全燈は押しなべて高さが15センチ前後のものが多いようで、フルサイズの安全燈をそのままスケールダウンしており、フルサイズの安全燈と油壷などのパーツの互換性がありません。用途としては一日中坑内にいる必要の無い幹部職員などの坑内見回り用途などでしょう。フルサイズの安全燈は少なくとも10時間以上の燃焼継続時間が必要とされますが、当然のこと小型の安全燈はそこまで燃え続けることが出来ないのでしょう。ところが日本ではこのベストポケット型の安全燈が作られた様子がありません。裸火のカンテラからクラニー燈を経てウルフ燈、蓄電池帽上燈により安全燈が明かりとしての役目を終えるまでほんの25年位の年月しかなかったために、そこまで用途を限定した安全燈が作られなかったという事なのでしょう。当方も実際に使用された国産のベストポケット型安全燈は各地の炭坑資料館やオークションなどでも見たことがありません。またベストポケット型のように極小化したものではなく、フルサイズの安全燈を二回りほどスケールダウンしたベビーウルフ揮発油燈などとよばれたショートスケールの安全燈が外国には存在します。ベストポケット型のように燃焼時間が限られるわけではなく、そこそこ実用にはなったようです。スケールダウンの目的は取り回しのしやすさというのが一番の目的で、炭車に乗り込んで坑内と坑外を常に行き来するような棹取りなんかが使用するのを想定していたのでしょうが、明治の日本では運搬坑道の斜坑に新型のカーバイト燈を使っていたようです。このカーバイト燈は信号灯のような役目もしており、エンドレスのワイヤーから炭車が外れて逸走したような時には地底に向かって危険を知らせるような役目ももっていたそうな。もちろん運搬坑道といえども炭鉱の坑内では裸火のカーバイド燈は危険ですから早々に蓄電池燈に代わったことはいうまでもありません。
 本来フルサイズしか作られなかったはずの国産安全燈なのですが、今回道内から入手したものを見たときには驚いてしましました。本田商店製ウルフ揮発油燈の短縮モデルなのです。新発見じゃないかと一瞬喜んだのですが、ボンネットとボンネットピラーだけがちょうど半分ですから2インチ高さを切り詰められたウルフ燈で、ベストポケット型でもベビー型でも本来、他のパーツもスケールダウンで製造されていなければいけないものが、どうやら各パーツはフルサイズのウルフ燈そのままのようです。そのため、なんだか違和感だらけの安全燈で、胡散臭ささえ感じます。当方の結論からしてメーカー出しではなくて、どこか道内炭坑の酔狂な技術者がボンネットとピラーを切り詰めて作った改造品なのではないかということでした。ご丁寧にも2重メッシュもきれいに短縮してありました。またボンネット部分だけの短縮ですからさほど重量軽減にもなっていません。そのため、明確な使用目的があってボンネットを切り詰めたわけではなく、単なるサプライズ効果を狙った意図的な作品なのだと思いました。誰がいつ頃改造したのかはわかりませんが、それから幾星霜、その心意気に思わず同調してしまったのが当方だったというわけです(笑)
120608_134829 届いた本多のウルフ燈はトップに243という打刻が打たれ、油壷にも243の番号がスクラッチで入れられたマッチングで、そうなると検定燈としてのみの用途ではなく、どうやら大正期の本多商店時代に明かりとして実際に坑内で使われた物のようです。その証拠にかなり激しく使われた打痕だらけの個体で、ロックシステムも爪はすでに喪失していましたが、マグネチックロックによる閉鎖機構を有するものです。本多商店のウルフ燈に初期のパラフィンマッチ式の点火器があったかどうかは確かめていませんが、今回のものは一般的なライター式の点火器です。全高はトップのアイレットを除いたトッププレート部分までが22cmです。安全燈の姿としては腰硝子とボンネットの長さがほぼ等しいこちらのほうがまとまりが良いような気もしますが、メタンガスに対する防爆性という点に関しては、ガーゼメッシュが半分の長さになった本品はフルサイズのものと比べてメタンガスによる炎の伸長でよりガーゼメッシュが赤熱しやすいため、同一環境下ではより危険度を高めた改造ということが出来ます。旭川から届いた本品は清掃のためガードピラーから上の部分を全分解し、鉄製部品は油洗浄し、真鍮部分は酸洗いしました。ボンネット内側のトップとガードピラートップリングのジョイントは鉄ネジですが、この部分を切断短縮してネジを切りなおしたようです。ボンネットはフルサイズのウルフ燈のように両断面がきれいで、とても素人が切断したような感じではありません。最初からメーカーで半分の幅の真鍮板をプレス加工して鎧型に仕立てた感じです。かろうじてメッシュガーゼのトップの細工はさすがにフルサイズのウルフ燈ほどきれいな仕上がりではありませんが、なんとなくこの短縮型ウルフ燈が本多商店によるメーカー改造品ではないかという気までしてきました。磨きをかけるまで気が付きませんでしたが、この個体の油壷上部の真鍮リングに「本多式標準型瓦斯検定燈」の刻印がありました。以前九州から入手した本多のウルフの同一部分には「本多式簡易型瓦斯検定燈」の刻印がありましたが、刻印のみで内容や構造にはまったく差がありません。今回のものが光干渉式メタン瓦斯検定器出現以前の代物で、以前のものが光干渉式メタン瓦斯検定器出現以降のものなのかもしれません。今に残る炭鉱の安全燈室におけるウルフ燈の整備作業の写真を見ても、この短縮型ウルフ燈が一個でも混じっているのを見たことがありません。もちろん直方安全燈試験所のサンプルにも出てきませが、メーカー出しの短縮型似非ベビーウルフ安全燈だったとしたらやはり新発見です。


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