本多式短縮ウルフ揮発油安全燈(炭鉱用カンテラ)
欧米の炭鉱用安全燈にはベストポケットクラニーとかベストポケットウルフなどと「ベストポケット」という接頭語の付くものと、それよりやや大型の「ベビー」という接頭語の付くベビーウルフなどという2種類の小型安全燈がありまして、要するに通常の安全燈を小型にしたものの通称名なわけですが、ベストポケット型が極小型、ベビーが小型を意味するようです。ベビーが小型を表すのは世界共通でしょうが、このベストポケットというのは他の商品でも「小型」を表す決まり文句らしく、ベストポケットコダックしかりブローニングベストポケットなどの実際にはベストのポケットに収めるにはやや大きいくらいのサイズながらカメラ、拳銃などに例があります。もちろん日本ではベストなんぞを着用するのは明治以降のお金持ちか官吏・軍人くらいでしょうから庶民における小型の接頭語は着物の懐に入るサイズということで「懐中」ということになるのでしょう。古くはからくり儀右衛門の考案した懐中燭台から懐中時計・懐中電灯などいろいろありますが、中には懐中汁粉などというように食品にも波及し、小型というより携帯用という意味が強くなり、もはや和服を着ないご時世からか懐中というのはほぼ死語と化し、それに変わった小型を表す「携帯」という言葉も「ケータイデンワ」を表す固有名詞に変化してしまいました。しかしガラケーからスマホへのシフトも進んでモバイルフォンを示す「ケータイ」自体も死語となる日も近いかもしれません。
炭鉱用安全燈の世界に話を戻しますが、ベストポケットの付く小型安全燈は押しなべて高さが15センチ前後のものが多いようで、フルサイズの安全燈をそのままスケールダウンしており、フルサイズの安全燈と油壷などのパーツの互換性がありません。用途としては一日中坑内にいる必要の無い幹部職員などの坑内見回り用途などでしょう。フルサイズの安全燈は少なくとも10時間以上の燃焼継続時間が必要とされますが、当然のこと小型の安全燈はそこまで燃え続けることが出来ないのでしょう。ところが日本ではこのベストポケット型の安全燈が作られた様子がありません。裸火のカンテラからクラニー燈を経てウルフ燈、蓄電池帽上燈により安全燈が明かりとしての役目を終えるまでほんの25年位の年月しかなかったために、そこまで用途を限定した安全燈が作られなかったという事なのでしょう。当方も実際に使用された国産のベストポケット型安全燈は各地の炭坑資料館やオークションなどでも見たことがありません。またベストポケット型のように極小化したものではなく、フルサイズの安全燈を二回りほどスケールダウンしたベビーウルフ揮発油燈などとよばれたショートスケールの安全燈が外国には存在します。ベストポケット型のように燃焼時間が限られるわけではなく、そこそこ実用にはなったようです。スケールダウンの目的は取り回しのしやすさというのが一番の目的で、炭車に乗り込んで坑内と坑外を常に行き来するような棹取りなんかが使用するのを想定していたのでしょうが、明治の日本では運搬坑道の斜坑に新型のカーバイト燈を使っていたようです。このカーバイト燈は信号灯のような役目もしており、エンドレスのワイヤーから炭車が外れて逸走したような時には地底に向かって危険を知らせるような役目ももっていたそうな。もちろん運搬坑道といえども炭鉱の坑内では裸火のカーバイド燈は危険ですから早々に蓄電池燈に代わったことはいうまでもありません。
本来フルサイズしか作られなかったはずの国産安全燈なのですが、今回道内から入手したものを見たときには驚いてしましました。本田商店製ウルフ揮発油燈の短縮モデルなのです。新発見じゃないかと一瞬喜んだのですが、ボンネットとボンネットピラーだけがちょうど半分ですから2インチ高さを切り詰められたウルフ燈で、ベストポケット型でもベビー型でも本来、他のパーツもスケールダウンで製造されていなければいけないものが、どうやら各パーツはフルサイズのウルフ燈そのままのようです。そのため、なんだか違和感だらけの安全燈で、胡散臭ささえ感じます。当方の結論からしてメーカー出しではなくて、どこか道内炭坑の酔狂な技術者がボンネットとピラーを切り詰めて作った改造品なのではないかということでした。ご丁寧にも2重メッシュもきれいに短縮してありました。またボンネット部分だけの短縮ですからさほど重量軽減にもなっていません。そのため、明確な使用目的があってボンネットを切り詰めたわけではなく、単なるサプライズ効果を狙った意図的な作品なのだと思いました。誰がいつ頃改造したのかはわかりませんが、それから幾星霜、その心意気に思わず同調してしまったのが当方だったというわけです(笑)
届いた本多のウルフ燈はトップに243という打刻が打たれ、油壷にも243の番号がスクラッチで入れられたマッチングで、そうなると検定燈としてのみの用途ではなく、どうやら大正期の本多商店時代に明かりとして実際に坑内で使われた物のようです。その証拠にかなり激しく使われた打痕だらけの個体で、ロックシステムも爪はすでに喪失していましたが、マグネチックロックによる閉鎖機構を有するものです。本多商店のウルフ燈に初期のパラフィンマッチ式の点火器があったかどうかは確かめていませんが、今回のものは一般的なライター式の点火器です。全高はトップのアイレットを除いたトッププレート部分までが22cmです。安全燈の姿としては腰硝子とボンネットの長さがほぼ等しいこちらのほうがまとまりが良いような気もしますが、メタンガスに対する防爆性という点に関しては、ガーゼメッシュが半分の長さになった本品はフルサイズのものと比べてメタンガスによる炎の伸長でよりガーゼメッシュが赤熱しやすいため、同一環境下ではより危険度を高めた改造ということが出来ます。旭川から届いた本品は清掃のためガードピラーから上の部分を全分解し、鉄製部品は油洗浄し、真鍮部分は酸洗いしました。ボンネット内側のトップとガードピラートップリングのジョイントは鉄ネジですが、この部分を切断短縮してネジを切りなおしたようです。ボンネットはフルサイズのウルフ燈のように両断面がきれいで、とても素人が切断したような感じではありません。最初からメーカーで半分の幅の真鍮板をプレス加工して鎧型に仕立てた感じです。かろうじてメッシュガーゼのトップの細工はさすがにフルサイズのウルフ燈ほどきれいな仕上がりではありませんが、なんとなくこの短縮型ウルフ燈が本多商店によるメーカー改造品ではないかという気までしてきました。磨きをかけるまで気が付きませんでしたが、この個体の油壷上部の真鍮リングに「本多式標準型瓦斯検定燈」の刻印がありました。以前九州から入手した本多のウルフの同一部分には「本多式簡易型瓦斯検定燈」の刻印がありましたが、刻印のみで内容や構造にはまったく差がありません。今回のものが光干渉式メタン瓦斯検定器出現以前の代物で、以前のものが光干渉式メタン瓦斯検定器出現以降のものなのかもしれません。今に残る炭鉱の安全燈室におけるウルフ燈の整備作業の写真を見ても、この短縮型ウルフ燈が一個でも混じっているのを見たことがありません。もちろん直方安全燈試験所のサンプルにも出てきませが、メーカー出しの短縮型似非ベビーウルフ安全燈だったとしたらやはり新発見です。
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