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March 30, 2013

IDEAL-RELAY No.105 システムリッツ計算尺

130308_112457  戦前のIDEAL RELAY時代の計算尺はすでに何本か入手していますが、その殆どは製造元の東洋特専興業刻印のものではなく、販売元の理研光学発売のものが多く、東洋特専興業刻印のものは唯一一本しか所持していません。今回のIDEAL RELAY No.105と思われる計算尺も理研光学発売刻印のもので、戦前HEMMIの片面尺のように逆Cカーソルが付いていました。この逆Cカーソル付きのIDEAL RELAY計算尺はなぜかかなりのレア物で、当方のコレクションにも他に一本だけです。このNo.105はHEMMIのNo.64同様のシステムリッツです。このNo.105はそのままの姿でRELAYからRICOHに至るまでだらだらと製造が続きますが、戦後は√10切断尺が主流になり、相対的にHEMMIのリッツ尺No.64の割合が減ったのと同様にNo.105も数はそれほど多くは作られなかったようです。HEMMIのNo.64は延長尺部分が赤で入れられるのがお約束ですが、RELAYのNo.105は逆尺の数字以外は黒のため、色味に乏しく、ゲージマークこそ一通り揃ってますが、厚みもHEMMIより薄く、カーソルも補助カーソル線が無いなど相対的に安っぽく、戦前HEMMIのNo.64のクオリティには到底かないません。その分、HEMMIのNo.64よりはかなり割安な価格で売られていたようです。また当時のIDEAL RELAY計算尺は目盛りはともかく、数字などの刻印にシャープさがなく、全体の印象もダルな印象が強く、損をしているような。そもそもHEMMIのNo.64はA.W.FABERを向いているのにIDEAL RELAYのNo.105はまるっきりHEMMIのNo.64の方向を向いているということで、最初から志が違うようです。さらにRICOH時代のNo.105に至ってはご丁寧に各尺種類が刻まれたかわりにゲージマークなどが相当省略されたものとなり、HEMMIのNo.64とは差異が生じ、何のために昭和40年代まで残されていたのかわからない状態になっています。ケースは以前手に入れた理研光学発売刻印のNo.109が入っていたのと同じ戦前ヘンミの片面尺用同様の楕円断面の蓋付貼箱で、戦争が激しくなるとHEMMIもIDEAL RELAYも簡単なサックケースになってしまいますから、まだ戦時中でも初期のころの製品でしょう。同年代のHEMMI No.64と比較してみると刻印ゲージマークはほぼ同じでK尺の数字がNo.64はフルで刻まれているのに対しNo.105は上一桁のみで0が省略されています。またNo.64は延長尺部分と逆尺の数字は赤で刻まれているのに対してNo.105は最初から黒のままのようです。また本体も固定尺と滑尺の幅は同一ながらと厚さがNo.105はNo.64より2ミリほど薄く、スケールを含めた幅も2ミリほど薄くなってます。またIDEAL RELAY時代のNo.105はまったくのNo.64コピーですが、戦後の輸出再開時に製造されたダブルスターRELAYの時代になって初めて尺種が刻まれ、逆尺の尺種と数字のみ赤入れされ、そのときにHEMMIの戦後型No.64同様に裏側副カーソル線窓にセルロイドが嵌ったようです。またHEMMIのNo.64は昭和28年頃に左右延長尺部分の開始と終了部分が改められましたが、Relay No.105は終末期まで延長尺部分が改変されることもなく、RICOH時代になって、あまり使わないゲージが大胆に整理され、No.102やNo.103同様に「初心者用」と割り切られてしまったような感があります。
 ごくごく簡単な理研光学が発行した説明書がケースの中に残っていましたが、当時の理研光学では詳細な説明書を編集する人材が乏しかったようで、HEMMIの片面尺用計算尺説明書と比べると相当見劣りがする基本的な操作のみの説明書になっています。入手先は東京で、上固定尺の接着が剥がれてセルがいびつに収縮したらしく、張りなおしてありましたが残念ながら末端の目盛りがすっかりずれてしまっています。
Relay105


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March 29, 2013

FABER-CASTELL 2/83 NOVO-DUPLEX 両面計算尺

Faber283 ドイツで250年の歴史を重ねる文房具のトップメーカー:ファーバー・カステルが製造した計算尺はJ.HEMMI時代の逸見式計算尺の原型になったとおり、日本でも計算尺が製造される以前の明治時代後期から一部の技術者や研究者によって留学先のドイツから持ち帰られたり、玉屋商店で輸入されたものが使用されていました。しかし、逸見式改良計算尺の登場と第一次大戦によってファーバー・カステル等独逸製計算尺の輸入は途切れてしまい、その後は専ら計算尺の輸出国となってしまった日本ですが、昭和30年代末期になって突然接着剤のセメダインが輸入総代理店となってファーバー・カステルの計算尺の販売が始まりますが、これは主に計算尺の裏にスタイラス式加算器が仕込まれたポケット尺(67/54R等)がメインだったようで、電卓以前のことですからそれなりに数が売れたようですが、さすがにこのビジネスは長くは続かなかったようです。またこのときに加算器の付かないノーマルの10インチおよび5インチの計算尺もセメダインが代理店として発売されていますが、このときの計算尺は一部が日本で製造されたOEMで、その一部が特別に国内販売されたのではないかと考えています。そうでもなければ高い関税が掛かった輸入加算器付きポケット計算尺が3,400円の定価で販売出来ないと思いますが…。
 世界で始めて工業的に鉛筆を量産したA.W.ファーバーが最初の計算尺を発売したのは1882年のことで、戦前まで木製計算尺を主に生産していましたが、意外なことに戦前はすべて片面計算尺の生産に終始していたようで、本格的な両面計算尺の製造に乗り出すのは戦後の1952年のことでした。このときの両面計算尺はすでに塩化ビニール素材のプラ尺です。そのため、どうも道具としての愛着に欠ける感じがしますが、特徴のある両面計算尺が多く特に1962年発売の2/83Nは世の計算尺愛好家から最高峰の評価を得ている計算尺のひとつです。今回入手した計算尺はその末尾に「NEU」の付かない単なる2/83 DUPLEXで、発売は1956年。24尺のLOG-LOG DUPLEXで、その特徴としてW尺という1-10を2分割にし,倍の20インチ相当になる尺が採用されていることで、これによりC尺D尺よりもより高精度な読み取りが可能となるということなのでしょう。1960年ごろより一部の尺を薄緑に着色(ファーバーのシンボルカラーが緑色)され、日本のプラ尺製造メーカーにもすぐに踏襲され、カラフルなプラ尺が次々に登場するさきがけになりましたが、今回のものはそれ以前の白いままの計算尺で推定1957年ごろの製造だと思われます。この2/83はセメダインが代理店になった以前のもので、どういうルートで日本に入って来たのか正真正銘国内で使われたものであり、付属の換算表裏に「使い終わったらケースに戻すこと」とマジックインキ書きされているのが笑えます。説明書が英語ですからアメリカ経由で日本に入ってきたものでしょうか。どういう環境で使用されてきたのかタバコの脂で満遍なくコートされており、塩化ビニール素材の計算尺表面も黄ばんでいて、とりあえず中性洗剤で汚れを落とそうと丸洗いしようとしましたら、なんと目盛溝に埋め込まれている塗料が樹脂の可塑材の影響か軟化しまくっていて融けだしてしまったため、あわてて洗浄を中止してしまいました。この手のプラ尺にはつき物で、以前入手した技研の計算尺も洗浄してしまったら目盛が薄くなって見づらくなったことがありますから、古いプラ尺の扱いは注意する必要があります。カーソルはプラスチック製で、トップのネジを一本外すことによって2ピースに分解することが出来ます。表面はK,T1,T2,DF,[CF,CIF,CI,C,]D,ST,S,P,の12尺、裏面がLL03,LL02,LL01,W2,[W2',L,C,W1',]W1,LL1,LL2,LL3の12尺の合計24尺を備えます。カーソルの表面には5本の副カーソル線があり、裏面は3本カーソル線です。ケースは蓋が透明、底が緑色のクラムシェル型ケースで説明書や換算表などが収まるようになっている形態はHEMMIのP-253のハードシェルケースにそっくりそのままパクられています。目盛の見やすさや尺の配置など大変によくデザインの考えられた計算尺ですが、プラ尺ということで今ひとつ道具としての魅力には欠ける感じがします。この2/83が木製尺や竹製尺だったらもっと魅力的な道具なんですけど、そこが何とも惜しい限りで。入手先は茨城の古河市からで、この近辺には国際衛星通信の送信所が2箇所ありましたので、その備品の一部だったのでしょうか?
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March 28, 2013

藤野式計算器 No.2556 金属重量計算用

Fujino1  戦後のコンサイス円形計算尺のルーツである藤野式計算器ですが、さほど珍しい計算尺ではないのにも係わらず、意外と高い落札金額がつく計算尺です。発売初年は大正中期のようで、戦時中に金属が枯渇した時期まで二十数年にわたって発売されたようですが、年代によって刻印などが異なるものが見つかっています。玉屋の取扱商品目録や実際に目にする藤野式などによって発売当初から一般計算用1種類、金属重量計算用5種類、工作時間計算用1種類の7種類がラインナップされていてそれぞれ、No.2551からNo.2557の形式名が付けられていますが、本体には旧字体で「製造番号第弐五五壱号」などと刻まれてますので、シリアルナンバーと勘違いしている人もいるかもしれませんが箱のラベルと本体を包装しているパラフィン紙には「No.2551」表記ですので、これが形式名であることがわかると思います。今回入手したのは金属重量計算器のNo.2556ですが、奇跡的に内包装と外箱が残っている完全品で、こんな古い藤野式がこんな状態で出てくるのは奇跡に近いものがありますが、箱の表面に張られていた商品一覧により、当時発売されていた藤野式の全貌がわかりました。
 それによるとNo.2551が一般計算用、No.2552とNo.2553が鋼材の重量計算用でそれぞれの単位がインチとメートルの違いがあります。重量単位は貫、キログラム、ポンドの各目盛を有します。No.2554,2555,2556は鋼、鋳鉄、砲金用の金属重量計算器で、No.2554は長さがインチ・フィートで重量がポンド、No.2555は長さがメートルで重量がキログラム、No.2556は長さがインチ・フィートで重量が貫です。No.2557が工作時間計算用マニシストコンピューター、おまけでNo.2571が別売りの革ケースです。
 それが昭和7年の玉屋の目録では内容は変わらないものの品番がNo.4501からNo.4507までに変更になり、革ケースの品番はNo.4508になっていますが、この品番になるまでNo.4001という鉄鋳鉄用金属重量計算器(寸法インチ・フィーと重量キログラム?)というものがあったり、No.2555なのに外周部にポインティングデバイスが付いたものなどもあり、わからないことがまだまだあります。また一般計算用のNo.2501は「専売特許藤野式計算器」などの書体がまったく異なる2種類があり、なぜこのようなものが存在するのかは、あまりにも残存個体数が少ないために想像することもできません。
 今回入手した藤野式はNo.2556の金属重量計算器で、長さがインチ・フィートで重量単位が貫です。今のところ一番良く見るのはNo.2555の長さメトリック・重量単位キログラムのものですから今回のNo.2556はある意味レアもの。使い勝手が悪かったのかあまり使われずに箱や包装までそのままで、残ってしまったのでしょう。この藤野式が戦後にコンサイスに引き継がれるわけですが、藤野式の直径が9センチに対してコンサイスは約10センチ少々と大型化しました。しかし有効基線長が長くなったわけではなく、単に円盤の直径が大きくなっただけで目盛りの基線長はまったく同じです。入手先は四国の今治市からで入手価格はたったの1.2k円でした。ちなみに大正6年当時の価格はNo.2557を除き各モデルすべて3円、No.2557は4円です。
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March 09, 2013

HEMMI No.150 ユニバーサル型計算尺

130308_111112  HEMMI計算尺の最初の両面計算尺、ユニバーサル型のトップバッターとして昭和4年に発表されたNo.150ですが、さすがにオリジナルのデザインを作り出すことが出来なかったようで、このNo.150はアメリカのK&E No.4088-3のまったくのデッドコピーです。登場当時はK&Eの両面計算尺がそうであったように上下のカーソルバーにカーソルグラスが直接ネジ止めされたフレームレスカーソルだったようですが、このカーソルは落下で破損しやすく、またカーソルバーの材質による経年劣化で、後年のフレームカーソルに替えられてしまったものも多かったようで、今となっては発売当初のオリジナルフレームレスカーソルのNo.150を見かけるのは極めて稀です。また最初期型のNo.150のみL型金具と下固定尺の固定もリベットではなく上固定尺同様ネジ止めになっているようですが、このタイプのNo.150は唯一1本しかお目にかかっていません。割と早期から対米輸出が始まったようで、FREDERIC.POST No.1458などが低価格を武器に本家オリジナルのK&E 4088-3と同じ土俵で販売されていたわけです。またこのNo.150は昭和15年ころを境に他の両面計算尺と同じボディーになってしまたっため、妙に間延びした計算尺になってしまいますが、発売当初からのNo.150はHEMMIで唯一のまるで片面計算尺のようなスーパーナローボディーが非常に尺数にマッチした愛らしい計算尺です。このNo.150の元になったK&Eの短い上固定尺にそれより若干長い下固定尺をL字の金具で繋ぐというデザインをそれ以降のHEMMIの両面計算尺で踏襲してしまったため、結局日本の他メーカーでも竹製の両面計算尺でもそのデザインは真似をされ、日本の両面計算尺のスタイルは最初のNo.150にして早くも固定化されてしまったということになります。
 このスーパーナローボディーのNo.150はさほど珍しい計算尺というわけではありませんが、なぜか今回までことごとく落札しそこなうという曰くつきの計算尺で、どういう訳か先にコピー元になったK&E No.4088-3のほうが先にコレクションになってしまうほどでしたが、オリジナルのNo.4088-3を入手してから2年も経ってやっと昨年捕獲に成功。なぜかNo.150のシールがついた皮ケースだけは別な計算尺が中に入った状態で何年も前に入手しています。どうやら戦前の両面計算尺はヘンミで言うところの皮サック、後に皮もどきでボタン止めフラップの並サックに入れられ、さらにボール紙の外箱に入れられた状態で販売されていたようで、10インチユニバーサル型の貼箱ケースは見たことがありません。標準で皮ケース入りだったアメリカのK&Eを踏襲してしまったのでしょうか?ちなみに片面計算尺のコピー元だったA.W.FABERが紙の蓋付ケースだったことから、当時のヘンミが片面計算尺は貼箱に、両面計算尺は皮ケースに入れるのがグローバルスタンダードだと誤解していたのかもしれませんが(笑)
 ところで、このNo.150にはモデルナンバーが入っているものとまったく入らないものの2種類が存在するようです。どういう違いかはよくわかっていませんが、皮ケース入りのものには皮ケースの裏側に形式を現すシールがついているのに対して並ケースの裏にはシールがなく、本体に刻印が入れられている個体が多いようなので、後に本体に形式が入れられるように変化していったのかもしれません。また世の中には本体の形式名入り並ケースのNo.150より無銘で皮ケース入りのNo.150のほうが圧倒的に多く、そうすると形式名刻印がない皮ケース入りのNo.150より、並ケース入りで本体形式名刻印入りのNo.150ほうが新しいということなのでしょう。参考までに戦前の輸出用が多かったNo.47あたりにもモデルナンバーがあるものと無いものがあります。
 本家とコピー物を比較するレポートがなかったので、この際この2者をよく比較検討すると、尺種類は双方とも表面DF,[CF,CIF,C,]D,の5尺、裏面がK,A,[B,S,T,CI,]D,L,の8尺の合計13尺で変わりませんが、さすがにNo.150は後発だけあってある程度のゲージマックが追加され、K&EのNo.4088-3には表面には何もゲージマークが無いのにも係わらず、No.150はπ切断尺なのにC尺D尺の双方ともにπを刻み、さらにC,C1ゲージを備えます。裏面は4088-3のほうはA,B,尺にπを刻むのみで、あとは何も無いのに大して、No.150のほうはA,B尺にπ及びMゲージを刻みます。また4088-3の数字は上一桁の数字のみを刻み、桁数は自分で判断しろというスタンスですが、No.150の数字はフルスケールで数字が刻まれており、4088-3のほうはさすがに旧態依然のスタイルなのに対して、No.150のほうは当時なりにアップデートした内容になったといえるかもしれません。とこで双方の計算尺ともSINの目盛りは刻んでありますが、COSの目盛りもSINに対する逆尺もありません。一見して不親切なような気がしますが、もちろんCOSα=SIN(90°- α)で導き出すわけです。この時代の計算尺ですからS尺は上のA尺に対応し、T尺は下のD尺によって数値を導き出します。ところで、このNo.150入手から程なくして古いユニバーサル型の説明書を京都から入手しました。発行年が入っていませんが、製品リストに特殊な計算尺がまったくないところから昭和10年前後のものだと思われます。社名は株式会社に改組した株式会社逸見製作所以後のものです。会社所在地が豊玉郡渋谷町猿楽町から東京市渋谷区猿楽町に変わっていますので、昭和7年10月以降のものだとわかります。74ページのある比較的に分厚い説明書ですが、図版が非常に少なく、言葉で説明する内容となっていますので、旧かな使いの文語調の説明は慣れない人にとっては非常にわかりにくい説明書かもしれません。
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March 08, 2013

A.W.FABER Nr.378 10" 電気用

130308_091451  FABER CASTELL時代のプラ計算尺は接着剤のセメダインが代理店となって日本に流通していたのは昭和30年代末から40年代初めのようですが、そもそもFABER CASTELLの前身、A.W.FABERの計算尺は計測器の玉屋商店を通じて明治末から大正初期の第一次大戦前まで日本国内に流通していたようです。今回入手したA.W.FABERが第一次大戦前に製造したNr.378で、玉屋が輸入したものか、持ち主が独逸留学でもしたときに入手したものかはわかりませんが、明治・大正初期の書籍などとともに讃岐の旧家から出てきた純粋に国内ものの計算尺です。このA.W.FABER Nr.378は初期型と後期型があるようで、初期型は延長尺なしでアルミフレームカーソル1本線ですが、後期型は延長尺ありで3本線カーソルのようです。今回のものは初期型ですし、第一次大戦とともに輸入が途絶えるため、明治後期から大正初期にかけてのものであることは間違いなく、そうすると少なくとも100年は経過している正真正銘のアンティーク尺です。ヨーロッパのコレクターの分類からすると、1910年から1912年にかけてしか出回っていないレア物のようですが、Nr.378という名前よりも、逸見次郎がこれをカーソルの形状までそのままデッドコピーしてNo.3電気尺を製造し、独逸から計算尺の輸入の途絶えた連合国側に広く輸出したことから「J.HEMMI No.3のコピー元」としての認知度のほうが高いかもしれません。J.HEMMIのNo.3が製造されたころにはすでに本家のA.W.FABERでは電気尺がNr.398にモデルチェンジし、CI尺の逆尺を備えたものとなりますが、J.HEMMIの逆尺はいわゆる大正15年型計算尺の出現を待たなければいけません。
 話はA.W.FABER Nr.378に戻りますが、この計算尺は前述のとおり讃岐のさる旧家からの買い取り品ということですが、とても100年を経過した計算尺とは思えないような良好なコンディションです。どうも長年に渡って使用されたという形跡がありません。こういう100年を経過した計算尺にもかかわらず、計算用具として使用された経年を感じさせない計算尺の常として、どうやら持ち主か若くして夭折してしまったために、その後も計算尺として使用する人間も居らず、そのままの状態で残ってしまったということなのでしょう。帝大を卒業したが結核に罹って故郷の讃岐に無念の思いで帰省し、惜しくも20代でこの世を去った若き電気技術者の忘れ形見、なんて考えるとちょっと複雑な心境になります。
 素材は英国尺と同じマホガニー材を使用しているという先入観がありましたが、この当時のドイツ尺はさすがに南方植民地からマホガニー材が豊富に入手できる英国と違って本国周辺で入手できる最適材を使用したようで、材料は一種の梨系材・西洋梨材だと聞いたことがあるような気がしますが、よくは知りません。しかし梨系といっても花梨だったら三味線の棹にも使いますから狂いが来なくてある程度硬いというのはわかりますが、この西洋梨材は花梨とも英国尺のマホガニーとも違ってきめが細かく明るい色の木材です。当時のNESTLERなんかも同じ西洋梨材を使用しているようです。またセルロイドの剥がれ止めの鋲は金属ではなく木鋲で、金属を使用したヘンミが経年によるセルの収縮によってか鋲付近のセルに欠けが生ずるのに対して木鋲はセルの収縮に対して柔軟性があるのか、セルにまったく欠けも剥がれも生じていないのはさすがだと思います。箱の裏側前面にA.W.FABER製品の宣伝文句ラベルが張り込まれているのですが、この手法も後の逸見大正15年式計算尺ケース裏面ラベルなどの参考にされたのかもしれません。ともあれ、逸見製作所に改組され、宮崎治助や平野英明らの技術者によってオリジナルの計算尺が次々に設計されるまでは、竹製ということ以外はすべて外国製計算尺、特にA.W.FABERの完全なる模倣だったころは疑いありません。それもだいたいA.W.FABERのやることを5年から10年後追いしていたために、常に後塵を拝する結果となっていましたが、第一次大戦のためその間、A.W.FABERの事業が停滞し、その事が逸見次郎にとってビッグビジネスチャンスとなり、逸見改良型計算尺が海外市場を獲得したことは事実ですFaber378


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March 07, 2013

HEMMI No.66 セカンドモデル?

 珍尺HEMMI No.69には及びもしませんが、運のいいことに昨年だけで2本もHEMMI No.66を捕獲してしまいました。前回のNo.66は初期型に限りなく近いものでしたが、今回はセカンドパターンとでも言うべき戦時中から終戦直後にしか製造されなかったちょっと謎のNo.66です。というのも6"の計算尺はいつでもカタログに載っているのにもかかわらず、実際の数はとても少ないようで、No.66に限ってもここ数年で5本ほどしかオークションにも出品されたことが無いように思います。そのうち今回のセカンドパターンのNo.66は一本あったかどうかの記憶しかなく、誰のところに渡ったか記録はしてはいませんが、個人的に「尺種類表記の戦前No.66」として区別をしていたものです。
 リッツ4兄弟のNo.70,No.64,No.66,No.74はどれも最初から尺種を打たないのがお約束で、唯一No.64の後継No.64Tだけが時代の要請なのか全尺種を刻んだだけだったのですが、なぜがこの原則を破ってNo.66のみ戦時中に馬の歯型目盛から物差型目盛に変更になったと同時に尺種を刻んだのです。しかし、戦後のオキュパイドジャパンの時代には尺種が消え、昭和の28年ごろに延長尺部分の基点が変更になり、そのまま昭和44年ごろまで販売されたということから、大まかに分類すると4種類のパターンが存在したということになります。そのセカンドパターンのNo.66ですが、最初から逆Cカーソルのものはなくて改良A型カーソル付で販売されたようで、カーソルは補助線付の3本線です。外側の2本が赤線で真ん中が黒線、カーソル枠の下側面に(太陽マーク)"SUN"(太陽マーク)HEMMIと戦前パターンの刻印が入ります。どこにも原産国表示がなく、本体裏面に(太陽マーク)"SUN"(太陽マーク)HEMMIと黒で刻印があるのみで、典型的な戦時尺のテイストですが、まだ材料にも余裕があった時代からか延長尺部分も赤で尺が刻まれ、逆尺の数字も赤で入れられています。上固定尺上面にメトリックのスケール、下固定尺側面にインチのスケールが刻まれています。ケースは楕円断面の黒偽皮紙貼の蓋付ケースで商標は銀箔押で、戦時中とはいっても戦前と殆ど変わりません。計算尺の裏板は灰色のアルマイト処理をしたアルミ薄板で、湿気で電気分解してボロボロになる素材ながら、今回のNo.66はまったく腐食の痕跡すらないものでした。入手先は兵庫県の三田市からで、今回は誰にも気づかれなかったためほんのわずかな落札額で入手したものです。最近はこういうパターンでしか計算尺を入手出来ません。なにせ金に糸目をつけない大人買いが出来ないもので…。Hemmi66


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