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August 31, 2013

PC-9801FA2の再生で5インチFDソフトの有効活用

Pc9801fa21  以前ジャンクで購入したエレコムのPC98用5インチ外付けFDDですが、制御基板などのコンデンサー交換などにより何とか2基のドライブのうち、1ドライブのみ認識させることができました。しかし2ドライブを要求される山のように溜まった古いPC98用5インチFDのゲームなどに対してはまったくの無力で、未だにこれらのソフトを実行することができません。これがHDDにインストール可能なゲームだったらインストールのためと、たまに存在するゲーム開始で要求されるドングル代わりのシステムディスク1枚さえ入る5インチドライブさえ繋がっていれば済む問題なのです。それなら未だ現役の3ドライブ搭載機EPSON PC-486HAがあります。しかしこの486HAの内蔵5インチFDDは外付けFDDと排他的利用しか出来ないというシステム上の制約があり、こちらも古い5インチのゲームを実行するためには内蔵の5インチドライブを殺して2ドライブ仕様の外付けFDDを繋ぐという方法しかありません。
 そのため5インチのPC98用ゲームを無駄にしないためには外付け5インチドライブの完全動作品を高額で入手するよりも、5インチ2ドライブ仕様のPC98を手に入れ、これをFDゲーム専用機にしたほうが得策という判断に至り、ジャンクの5インチドライブ機を物色していました。玉数からいったら本家NECしかないのですが、20年は経過した品物ばかりなので、どっちみち電源やマザーボードのコンデンサー交換や基板のパターン再生などは予め織り込み済みです。
  2月に京都からジャンクのPC-9801FA2を購入しました。なぜPC-9801FAなのかといわれれば、その後のPC-9801BX/M7などの5インチドライブを2機搭載しているモデルはタマ数が少なく、ましてPC-9821Asなどの5インチFDD2基搭載モデルは相当タマ数が少なくけっこう高価で、さりとてPC-9801RAやDAなどの386モデルはすでに中古拡張パーツの入手性が心配なため、ぎりぎりの選択肢としてのPC-9801FA2ということになったのですが、このマシンは当時のコンシューマー向けのフラグシップとはいえ、そのアーキテクチャー的にはかなり唯我独尊的なところがありました。というのも専用オプショナルパーツが多く従来のRA,DAの拡張パーツは使えず、さらに80486SXの16MHzという非力さと640x400のグラフィックで水平24.8khzにしか対応せず、WIN95に対応させるためにCPUアクセラレータやグラフィックアクセラレーターさらにPCM音源などの相当高価な追加部品が必要だったため、新しいPC-9821マシンに買い換えるか、そのままDOS/Vマシンに宗旨替えした人を多く発生させる原因になったマシンだと思います。
 この京都からのFA2はWIN95に対応させるためか相当拡張を重ねたようで、HDDこそ外されていたもののSCSI籠と社外品SCSIインターフェース付きで、さらに4箇所のうち3箇所までCバスが埋まっていて、そこにはフルピッチアンフェノールSCSIインターフェースボードに86音源、LANのドーターボード付き2MのVRAM搭載の社外品ウインドウズアクセラレーター付き、またファイルベイに3.5インチ3モードFDDのアルファデータAD-F35TFが付いた3ドライブ仕様という内容でした。付属品取りとしてもすでに元を取った感じですが、WIN95対応に拡張するのが目的ではなく、何とか起動可能にして5インチディスクの98ゲームを動くようにするのが最終目標ですからこれらのオプションは不要です。しかしWIN95仕様に拡張したにしてはCPUがノーマルの80486SXの16MHzのままで、実際の運用には相当ストレスがたまったんじゃないでしょうか?Efa12m メモリー親亀ボードが欠品でしたが、こちらは2MBの61互換SIMMが3枚乗ったBUFFALOのEFA-12Mを事前に入手済みでした。もっとも古い98のDOSゲームにEMSメモリーなんざ必要ありません(笑)そういえばWIN95導入時にトロさに耐えられなくなって自前で486SXから換装した486DX2の倍速ODPがどこかに転がっているはずなんだけど、これって使えるのかしら?もっともODPをつけるとFDDが使えなくなるという話もありDOSでゲームをやる目的ならノーマルの486SXのままのほうが無難なようです。届いた早々、マザボを確認するために全分解しましたが、案の定、黒ケースの4級塩電解コンデンサーの殆どのマイナス足が変色していて、これらのコンデンサーは全交換を強いられそうです。内容的には4.7μF 16Vのコンデンサーが12個、15μF 10Vのコンデンサーが11個、1.5μF 50Vが1個、22μF 6.3Vが1個で、他に白ケースの4級塩電解コンデンサー22μF 6.3Vのコンデンサーが1個ですが、220μFの大きな電解コンデンサーは平滑用なのか外見上問題ないようでした。念のため液漏れ4級塩電解コンデンサーはすべて低インピーダンスのディップタンタルコンデンサーに交換することにしますが、手持ちのコンデンサーと耐圧と容量が合わなかったためにすべてネットで発注してしまいました。
 また5インチのFDDもコンデンサーの液漏れで必ず動作不良を起こすそうなので、オーバーホールして清掃ついでに制御基板の表面実装電解コン30μF 16Vを交換しますが、ここから電解液がもれて回りの基板を汚染していました。幸い周りのパターンまで腐食していたわけではないようですが、この問題コンデンサーをニッパーで切り取り、残った足を半田吸い取り線で外してパターン回りをエレクトロクリーナーで丁寧に洗浄し、新しい足つきコンデンサーを半田付けしてオーバーホール完了。もっともマザボのコンデンサー交換が完了して起動するようにならないと本当にFDDが動作するかどうかはわかりません。
本体から電源ユニット、 すべてのドライブ、ならびにCバスの枠やソケットなどを外し、マザーボードを取り出し、コンデンサー交換作業を始めましたが、黒ケースの4級塩電解コンデンサーは足をニッパーで切り離した上で接着されたケースをこじって外します。ランドに残った足は半田吸着線を当てて半田ごてで半田ごと吸い取ってしまい、エレクトロクリーナーで洗浄した上で新しいコンデンサーを半田付けします。いっぺんにコンデンサーだけ先に外すと容量や極性など間違い易いので、この作業は一個一個個別に行ったほうが間違いがありません。コンデンサーの交換は30分ほどで完了しました。コプロセッサーソケットにアクセラレーターを取り付けた再に元のCPUを切り離す設定のジャンパーのため、基板上にコンデンサーの余った足で2本ジャンパーポストを半田付けして立てておきました。組み立て直して5インチドライブにゲームディスクの1と2を挿入して電源を入れるとちゃんとピポ音がしてメモリーカウントが始まりますが、ディスクは読み込めず結局何回かトライしたのちHow Many Files(1-15)の表示が出て、そのままリターンを押すとN88ベーシックが起動します。やはりFDDがダメなようで、再度分解してFDDを取り外します。Fd1158dこのPC-9801FA2の5インチドライブはFD1158Dという品番でFDD自体にVFO回路の付いたおそらくFA2専用品で、他の5インチFDDに代替できないためにやっかいなのですが、今となっては制御基板の電解コンデンサー液漏れで制御基板を汚染したり、パターンを腐食させたり、最悪モーター部分に入り込んでモーター軸が回転出来なくなり、ヘッド部分をまったくトレースできなくなったりします。FD1158Dの上カバーを外し、各コネクターを外した後、裏側の制御基板のネジを3本外して制御基板を裏返すと、30μF 16V以外のすべてのコンデンサーも液漏れ状態で基板を汚染してました。各コンデンサーを外して基板を徹底洗浄し、新しいコンデンサーに交換しなければいけませんが、薄い本体の隙間に小型電解コンデンサーを使用しているため、手持ちの標準サイズのコンデンサーだと配置をよく考えてオフセットさせ、僅かな空間に退避させなければいけませんでした。なんとかコンデンサー張替えを済ませて元に戻し、ゲームのデイスクを入れて起動を試みると、Aドライブは見事に認識したのですが、Bドライブのほうはディスクにアクセスはするものの、FDの読み込みはNGでした。これじゃあPC98ゲームのために5インチ2ドライブ搭載機が必要だったのに何の意味もありません。さらに3.5インチドライブはFDにヘッドが引っかかるようで、FDがうまく入っていかないのです。この3.5インチFDDの中身はNEC製FD1138TというPC-9821時代の3モードドライブですが、ヘッドのウレタン部分か何かが劣化で脱落してこういう症状を起こすようで、こちらは比較的に中古パーツも数があるため、オークションで動作確認済みのものを一台落札してしまいました。しかし、5インチFDDのFD1158Dの代替品入手には苦労させられ、さりとてオークション上に常にある動作確認済み3,500円のものは落札する気にもならず、Bドライブ不良のまま数ヶ月の間放置することになりましたが、7月の末になって、直感的になんとなく使えそうなPC-9801FA2のジャンク品を静岡から1円で落札。送料は1,500円掛かりましたが、これでFDDがコンデンサー交換と基板洗浄で動くようになれば願ったり叶ったりです。このFA2はほぼノーマルでしたがI487SXコプロセッサと割と新しいバッファローのSCSI-2 CバスカードIFN-ST-CAが付いていました。I487sx拡張メモリーもありませんでしたが、おそらく外付けSCSIハードディスクを付けてDOSのソフトを扱っていたのでしょう。最初から基板のコンデンサー不良でピポ音も鳴らないというインフォを得ていたので、このFA2はコプロ取りとFDD流用と割り切って、分解してFD1158Dを取り出し、このFD1158Dの基板洗浄と30μF 16Vを含む全コンデンサー交換を行った後、5ヶ月間放置状態のFA2のBドライブと交換すると今度はちゃんとFDを読み込み、修理済みのAドライブと合わせて2ドライブを要求されるゲームが初めて動くようになり当初の目的を達しました。NECチェックの無いICMのFA専用SCSIインターフェースが元のFAに付いており、通称SCSI籠もちゃんとありましたが、当然のこと50PINのSCSIハードディスクは抜かれており、以前OLD Macintosh用に集めておいた50PIN SCSI HDDも540MB以下の小容量のものは手持ちが少なく、更に一旦MAC用にフォーマットしたものを再度DOS用にフォーマットして問題が起きないかどうかは試したことが無いのでわかりません。MACから取り出したIDEのハードディスクをFAT16でフォーマットし直すと、どうもシステムの読み込みが不完全で調子が悪いという事例には遭遇してます。逆にSCSI接続の98用外付けHDDを、Macのフォーマッターであるドライブ7というソフトでMac用にフォーマットし直したことがありますが、こちらのほうはその後何ら問題はありませんでした。まあ、当初の目的が連続した5インチ2ドライブを要求されるゲームをするための再生ですから、とりあえずはこのままDOS専用機として現役復帰させ、いつでも使えるようにしておきます。ところで、部品取り用に落としたFA2なんですが、マザボのコンデンサーを張り替えると使えそうで、さりとて今の所、こちらを再生して利用する予定も無く、大きな筐体がけっこう邪魔でもてあましてます。これではFDDの整備品を買ったほうがよかったような。


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August 30, 2013

PC-9801NX/Cの修理と86音源をつなぐ手段

130830_111638   どうしても98系のDOSソフトを使わなければいけないときにしばらくの間、省スペースデスクトップ機として使用していたPC-9821Npでしたが、以前に液漏れコンデンサーを交換した液晶パネル裏のTFTコントロール基板にさらにコンデンサーの液漏れが発生してまた表示が白くなったままの状態に陥り、あまつさえこのコントロール基盤と液晶パネルの接続がコネクターとかでフラットケーブルを接続してのではなく、フラットケーブルが基板に半田で直付けのため、基板裏側のコンデンサーの交換が出来ず、ついにこれ以上の9821Npの修理を諦めました。まあ使用時間が短い液晶部分でも入手できれば別ですが。
 ところが、まともに完全動作品の98ノートが皆無になってしまい、それならばTFTコントロール基板のコンデンサー液漏れリスク回避で同世代のNe2かNdに3倍速アクセラレーターを取り付けてNPの代わりにしようと、往年のコンピューターテクニカのODP-DX4-Ndを手に入れたのですが、それを取り付ける本体を手に入れる前に、一応は電源が入るが表示に難のあるというPC-9801NX/Cを500円で入手してしまいました。以前から9801NX/Cはジャンクを2台まとめて入手して二個一にして一旦は動くものを組み上げたものの、新しいHDDパックのフォーマット中に突然死して以来、液漏れコンデンサーを高価なディップタンタルに交換しようが、まともに電源すら入らなくなり(一瞬だけ電源が入るがすぐに落ちる状態)、いつかまともな完全動作品にしようと思いつつ、約3年もの間放り出してしまったものがあります。ところがその後PC-9821Npが来てしまったために98系のDOSソフトはもっぱらNpの仕事になってしまいましたが、Npは9801系ノートに比べると大きさも厚さもあって、狭い机の上では場所を取り、またキーボードがペナペナしていてタッチが悪く、表示の600X480拡大は筐体の大型化を招いてしまったため、やはりDOSソフトのみで使用するのであれば9801系カラーノートで済ませてしまいたいところです。
 以前、動作品として300円で入手しながら試運転中に突然死したPC-9801NA/Cも修理しようと部品取り用としてもう一台確保しておいたのですが、こちらのほうはCPU動作電圧が5Vで、液漏れ4級塩電解コンデンサーも耐圧の高い比較的容量の大きいものが多く、ディップタンタルコンデンサーに置き換えようとすると、相当高価な部品代となるのに対して、PC-9801NX/CのほうはCPU作動電圧が3.3Vに低下したことに従い、交換するディップタンタルコンデンサーも耐圧の低いものが多く、さらにコンデンサーの点数も減ってNA/Cに比べると約半分の部品代で済むというところが大きく、そうなるとNA/Cのコンデンサーを貼り換えるよりNX/Cのほうに力を注いだほうがマシという結論に達しています。
 そのNX/Cですが、さすがに9801ノート後期の製品だけあって、3モードのFDDドライブが備えられており、1.44MBフォーマットのFDが読めるため、Windows XPノートでダウンロードしてFDに書き込んだファイルをそのまま読むことが出来るという利点がありますが、そのためにはMS-DOS5.0Aの後期バージョン(確かVer5.0A-H)が必要です。確かそのためのMS-DOS 5.0A用アップグレードディスクが付属していたような気がしますが、定かな記憶ではありません。またFDから起動させようとしても1.44MBフォーマットのFDからは起動させることが出来ないので、起動ディスクは常に1.2MBフォーマットであることが必要です。
 京都から500円で手に入れたPC-9801NX/Cですが、電源は入りながらconfig.sys上の.sysファイル読み込み行の所でハングしてしまい、液晶表示のほうもバックの表示色が目まぐるしく変わるという状態です。とりあえず、修理しかけのNX/Cから外したディップタンタルコンデンサーを、すべてこの新しいNX/Cに移植し、あわせてTFTカラー液晶パネルもついでに古いNX/Cから移植すればとりあえず完全動作品のNX/Cをでっち上げることが出来そうです。NX/Cの分解はすでに目をつぶっていても出来るくらいに慣れてしまいましたので、どのはめ込みの爪を折ることもなく数分で分解終了。上半分のタイムスタンプを見ると94年7月になっていましたので、発売後約1年を経過して製造された製品でした。同じNX/Cでも以前の電源基板上のコンデンサーが表面実装型の電解コンデンサーだったものが、あまりにもこのコンデンサーに起因する電源が入らないという故障が頻発したためか、この後期のNX/Cは電源基板の構成が別ものになり、表面実装型電解コンデンサーも液漏れしないソリッドコンデンサーのようなものに変更になっていました。同じ機種でもさすがに故障頻発の部分はそのままにはしなかったようですが、基板を裏返すと使われている表面実装4級塩電解コンデンサーはそのままで、NA/Cがすべて黒ケースのものだった(うろ覚えですが)ものが22μF 25Vと47μF 16Vのものを除いて他の22μF 6.3Vや33μF 25Vのものは液漏れが比較的に少ないという白ケース入りの表面実装型です。しかし、現時点では動作には問題ありませんでしたが、通電しているうちに経年劣化ですぐに液漏れするのは明白なため、すべてディップタンタルコンデンサに交換済みの以前のNX/Cマザーボードからひとつ残らず移植しました。この際、半田ごてで暖めてこのプラケース入4級塩電解コンデンサーを外すのではなく、すべてニッパーで足を切り、ケースの接着をこじって外しました。何台もこのコンデンサーコンデンサー外しをおこないましたが、電解液漏れでそれでなくとも腐食しているパターンを剥離させないための最良の手段は熱を掛けるのではなく足を切って液漏れコンデンサーをケースごとむしりとってしまうことです。パターンに残った足ははんだ吸い取り線で残ったはんだごと取ってしまい、パターンに残った電解液はエレクトロクリーナーをスプレーして徹底的に洗浄しておくのは言うまでもありません。今回のNX/Cはわずかに白ケースの33μF 25Vコンデンサーのプラスの足に液漏れの兆候がありました。液晶パネルはケースごと交換しました。そのときに気が付きましたが移植元の液晶パネルとヒンジでつながっている上フレーム部分の出荷デートが98年のタイムスタンプがついており、成型時期を示す金型のデートも97年を示すものになっています。この事実を読み解くに、どうやらヒンジが破壊するNX/Cが修理に殺到して、保守部品が足りなくなり、97年ごろに追加で新に成型しなおしたプラ部品が使われていたのではないかと。
 再度組み立てなおして手持ちの起動ディスクをいれ、パワーオンでピポ音とともに一発で起動に成功。HDDのconfig.sysをエディターで開いてCD制御のシステムファイル読み込み行を、とりあえず削除するのではなくの行頭にremを書き込んで保存し、起動ディスクを抜いて再度起動するとちゃんとHDDからシステムが立ち上がりました。
 動作品から交換した液晶パネルですから、液晶の表示も当たり前のことですがちゃんと正常に表示されます。ところがFDDの挙動が怪しく、再度分解してFDD回りを点検してみるとFDDのフレキシブルケーブルのFDD側と本体側双方とも若干腐食ぎみて色が変わっており、どうも接触不良をきたしているようです。そのため、FDDも動作の確認が出来ている移植元のNX/Cからマウントごと移植して一件落着。PC-9821NpのHDDを持ってきて以前ファイラーの定番、FDで構築した98のDOS環境が復活しました。さらにオリジナルの486SXの20MHzでは心もとないのでこれも3年前に入手してそのままになっていたI.-O DATAのPK-NXC40という倍速アクセラレータ(486DX2 40MHz)に交換してやっと処理速度的にもそこそこ使えるような感じです。3倍速が欲しいところですが、放熱の面から考えると、標準の蓋が使用できる倍速アクセラレーターのほうが無難です。メモリーは12MBのものが装着されていましたが、チップが分厚くて標準の蓋では収まりきらず、メモリーに付属でもしていたのか特別なもの(放熱用ではない)が装着されていましたが、この蓋が邪魔なので、標準の蓋でも収まる以前のNX/Cに付いていた薄いメルコの12MBのメモリーに差し替えてしまいました。この倍速アクセラレーターの40MHz、メモリー12MB増設のHDD540MB、OSはMS-DOS6.2という状態でしばらく使用していますが、特に問題は起きていません。
 そこで110pinコネクター接続の拡張機器として、いにしえにI-O DATAから発売されていたらしいドッキングステーションを入手。PC-9821Np,Ns,Nf用のドッキングステーションと違い、CD-ROM内臓というわけにはいきませんが、Cバススロット2基と外部接続FDDインターフェースを備えています。おそらくNS/Eあたりの時代の製品だと思いますが、このCバススロットに86音源ボードあたりを刺して外部FDDを接続すれば、98ノートながらゲームも問題なく対応できるようになると。Cバスボードはジャンクで入手したものがダンボール一杯分ありますが、VMからRA時代のものが殆どだったので、当然のことながらwindowsには対応しておらず、死蔵してました。これらが日の目を見そうなのですが、86音源ボードはおろか、26K音源ボードも手持ちが無く、探さなければならなくなりました。このドッキングステーション(NOTE STAGEという商品名)の奥行きが意外と大きく、横幅はさすがにノートサイズですが、奥行きはデスクトップ機とさほど変わらず、狭いデスクの上で使うのは意外に取り回しが悪いので、早々にお蔵入りになりそうな。
 結局はオクでマニュアル以外の付属品がすべて揃ったPC-9801-86音源ボードを獲得。それはともかくI-O DATAの座布団(拡張ボックス)はパームレストがあるかわりに前後に長く、さらに外部FDDを繋ぐためのケーブル(SCSIアンフェノールフルピッチ50ピンケーブルと同じもの)が後ろ出しのため、設置面積がデスクトップ機と変わらず、ノートパソコンの軽快さをスポイルしてしまうため、どうしたものかと思ったら、高校の同期が何用かわからんけど座布団が一枚あるからと送ってくれました。それは拡張ボードが横に2枚収まるというCONTEXのNOTE PACというI/O拡張ボックスで、さらにFDDインターフェースケーブルがサイド出しのため、奥行きが98ノーとにほぼ等しいというものです。また取り説も揃ってましたので、ディップスイッチの設定に頭を悩ませることもありません。さっそく86音源を取り付け、ジャンクで入手しドライブのコンデンサーを張り替えた5インチデュアルドライブをケーブルで繋いで適当な5インチゲームFDDを入れて、あらかじめ98ノートメニューでFDD起動に設定し、座布団の電源をいれた後にNX/Cの電源を入れるとメモリーチェック語に外部FDDからシステムの起動が始まりましたが、「Aドライブにディスク1を入れてください」とのメッセージが出てきて、どうも5インチドライブの起動ドライブをAドライブだと認識してくれないようです。98メニューでHDDを切り離したりいろいろやっていたのですが埒が明かず、一旦全部片付けてから冷静に考えると、どうも古い98デスクトップはディップスイッチの切り替えで外部ディスクを起動ディスクに変える項目があったような気がして、翌日98NX/Cのノートメニューを起動させてディップスイッチのところを開くと外部FDDをAドライブBドライブに設定しHDDを切り離す設定の項目がありました。この項目を設定すると内蔵HDDから起動できず、「システムが見つかりません」のアラートが出ますが、外部FDDにゲームのシステムディスクを入れて本体のリセットを掛けるとちゃんとゲームのデモ画面が始まりました。5インチFDDの古い98用ゲームを9801NX/Cのカラー画面で見るというのもなんとなく感動モノです。ところがBドライブのほうはコンデンサーをすべて張り替えたのですが、どうもうまく認識してくれていないようで、今のところはAドライブから起動したゲームのデモ画面しか見ることが出来ませんが、この外付けFDDに内蔵されている5インチFDDがTEACのFD-55GFRというやつで、同じ型番のFDDはPC8801の2HD対応機とPC-9801DO+に使用されているくらいで、他のPC98シリーズには標準で搭載されていたことはないようです。このFD-55GFRのAT互換機版はかなり後まで売られていたようですが、果たしてAT互換機版のFD-55GFRのジャンパー変更だけで1.2MBのFDを読み込んで起動することが可能なのかどうかはやったことがないのでわかりません。しかし、音源も内蔵されていない98ノートで5インチ2ドライブを要求されるゲームをやること自体間違っているようで、やはりデスクトップの5インチ2ドライブでFM音源搭載機を使うほうが無理が無く、結局はPC-9801FA2のジャンクを落札して再生に取り掛かってしまいました。現在は外付け3.5インチドライブをNOTE PACに取り付けてNX/Cと接続すると、この座布団の横幅に全部収まってしまうことから2ドライブを要求される3.5インチFDDのゲームなんぞにたまに使う程度です。PC-9801CV/21などのV30機だと死ぬほど遅い「ぷよぷよ」なんかもさくさくと動いてますが、わざわざセッティングするのが面倒ですし、やはり本来の使い方からすると逸脱してます(笑)こんなことするのもFM音源の無い98ノートに86音源をつなげたいという興味に尽きます。

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August 04, 2013

極初期型ベビーウルフ揮発油安全燈(炭鉱用カンテラ)

Baby_wlof  最初にこいつの写真を見たときには、ドイツかどこかのお土産品炭鉱安全燈の残骸かと思ったのですが、ちゃんとサイドからのロックボルトセフティーが付いてますし、実際に坑内に下がって使用された際に着いた傷が多数あり、ちゃんとした揮発油燈のような感じがしたため入札し、結果競争相手が無く開始価格で落札したものです。落札前によくよく調べるとベビーウルフ揮発油安全燈のわりと初期のタイプであることには間違いなく、出品が北海道のため、道内の炭鉱で使用されたとするとちょっとした新発見の予感がしました。
 実は昨年旭川から入手した2インチ短縮されたウルフ燈を日本国内ではベビーウルフ燈と呼んでいたようで、昭和初期の北海道内安全燈使用状況の資料を調べると、その取り回しのしやすさを歓迎して使用している炭鉱と、まったく使用していない炭鉱がはっきり分かれており、北炭系ではまったく使用されず、三井系では安全燈総数の一割ほどの数量をベビーーウルフ燈が占めていたらしいのです。ところが、外国では日本で言うベビーウルフ燈をジュニアウルフ燈と呼び、7インチ前後の高さでスケールが縮小された本当の小型安全燈をベビーウルフ、それより小さい安全燈をポケットウルフ安全燈というように区別しているらしく、今回入手したのが本当のベビーウルフ安全燈、前回入手したのがジュニアウルフ安全燈ということになるようです。またウルフ燈以外の油燈安全燈を含めてこのサイズの安全燈をスモールデュピティーランプというらしく、坑内労働者用ではなく、炭鉱主や上級幹部が坑内を見回るときに持ち歩く特別な安全燈で、坑内にいる時間がそれほど長くないため、普通の安全燈のように10時間以上の点灯時間が必要ではなく小型化した代わりに数時間の点灯時間しか持たないものらしいです。そのため、大は小を兼ねるではありませんが標準サイズのものがあればわざわざベビーサイズの安全燈を装備する必要もなく、日本で作られた、もしくは使われた記録がまったく無く、各地の炭鉱博物館でもベビーウルフと称する短縮ウルフ燈はあってもこのサイズの実際に使用されたベビーウルフ安全燈を見た記憶がありません。諸外国でもこのベビーウルフ安全燈は第一級のコレクターズアイテムで、普通サイズのウルフ燈の3-5倍の価格で取引されているようです。
 このベビーウルフ安全燈は外国コレクターの情報からすると、ボンネットが無くパラフィンマッチ式点火のものが一番古いらしく、その後鎧型ボンネットや丸型ボンネットが着いてライター式点火になったものが時代が下った新しいものらしいのですが、今回のものはまさしくアーリータイプのボンネットの無いものです。本家ドイツのフリードマン・ウルフ会社は各国にフランチャイズでウルフ安全燈会社を設立させ、イギリスでは1880年代にリーズ設立された代理店の経営がうまく行かず、1911年に清算されたのち新たにサウスヨークシャーのシェフィールドに、アメリカはニューヨークに所在地があり、イギリスではライター式点火器が使えないのでパラフィンマッチ式でマグネチックロックのものが、アメリカではライター点火式でサイドボルトロックのものがわりに多く、各国の実情の違いによって仕様が分かれます。実は第一次大戦後になるまでドイツ本国で製造されたウルフ燈が各地のウルフ安全燈会社を通じて輸入されていたため、第一次大戦中は当然敵国のドイツよりウルフ燈は入って来ず、アメリカでは大戦中の1915年に開発されたケーラー揮発油燈の台頭を許し、イギリスではアーネスト・ヘイルウッドが開発した一連の安全燈に刺激され、各社で高輝度安全燈の開発が盛んになったようです。アメリカのウルフ安全燈会社がアメリカ国内でウルフ燈を製造するようになったのは、ニューヨークからブルックリンに拠点を移した1921年からのようです。というのも本国ドイツの大戦後のとんでもないインフレで、まともに材料も調達できなくなった本国ウルフ燈会社からまとまった数を輸入することがかなわなくなったのでしょう。しかしそうなるとこのアーリータイプのベビーウルフ燈は何処から発売されたかはわからないものの、各国でウルフ燈が製造されるようになった以前の本国ドイツ製であることは間違いないようです。
 入手先はこちらから程近い由仁町からで、隣りは石炭によって町が形成され、炭鉱の閉山により最盛期の1/10まで人口が減った日本の炭都夕張です。出品者に話をよく伺ったところ、家族には炭鉱関係者はいないものの、どうやら三菱大夕張炭鉱の鹿島地区もしくは南大夕張炭鉱南部地区に住んでいた人から祖父もしくは父親が相当昔の時代に入手したのではないかという話で、それ以上の情報は得られませんでした。しかし、そうなると外国からの輸入雑貨に混じり、北海道に迷入したものではなく、夕張のどこかの炭鉱、おそらく三菱系の炭鉱で使用された可能性が高いようです。
 三菱大夕張炭鉱の歴史は、明治20年に石炭の露頭が発見され、明治30年になって試掘が始まり、大夕張炭鉱会社を経て三菱に買収され三菱大夕張炭鉱となったのが大正5年らしいので、安全燈の製造時期からすると、三菱買収以前の導入ということになり、そうなると果たして誰が持ち込んだのかということが判然としなくなります。三菱買収の大正5年ころにはまだ辛うじて安全燈の時代でしたが、そこから数年で急速に蓄電池式帽上燈が普及することになります。大夕張炭鉱は大きな事故も記録されないまま昭和47年に終掘され、それに先駆けて南部にビルド坑として最新の設備を備える南大夕張坑が開坑しますが、昭和60年に最新の設備を備えるこの炭鉱で死者62名を数える爆発事故が発生し、このことも遠因になり数年後には海外炭に押される形で閉山し、夕張から炭鉱が消滅することになるのです。いにしえに若松港に代わって日本一の石炭積出港だった苫小牧港は今年で開港50年を迎えますが、現在は逆に海外炭受け入れのコールセンターという50万トンが貯炭できる施設が設けられ、オーストラリアから大型船によって石炭が運ばれてくるのですから皮肉なものです。
 届いたベビーウルフ燈は本来2重であるはずの内側のガーゼメッシュとパラフィンパッチ式の点火器ならびに腰硝子が失われていましたが金網が落ちないように下吸気リングが上にさかさまにはめ込まれていました。本体はフックの部分を含めてきれいな総ニッケル鍍金で、いかにも鉱長や上級幹部などの管理する側の安全燈という風情で、シリアルナンバー以外にメーカーを示す刻印はありません。油壷とガードピラーリングのシリアルナンバーはマッチングでした。このベビーウルフの腰硝子はもちろんのこと通常のウルフ燈の腰硝子よりもかなり小さいオフサイズの腰硝子です。いくら破損しにくい外国製腰硝子とはいえ使い続ければいずれ破損してしまうわけで、そうなると国産の同サイズの腰硝子が無く、明治の時代に外国から簡単にこんなものを調達するわけにもいかないので、腰硝子が壊れてオシャカにしたということだったのでしょう。しかしまあ、いままで捨てずに取っておいてくれたおかげで、今当方の手元にあるわけです。過去のオークション履歴を調べ直してみると、3年前に「WOLF LAMPE」と銘板が付いた初期型のベビーウルフ安全燈が千段巻きのひあかし棒のついたカーバイド鉱山燈と一緒に出てきたことがありました。このベビーウルフ燈も腰硝子にひびが入っていて、どうやら通常サイズのウルフ燈に比べると炎とガラスの距離が短く、ガラス自体の体積も小さいため、腰硝子がすぐに熱くなりやすく、傾けたり水滴がそこに垂れたりすると通常サイズのウルフ燈と比べ破損し易かったのでしょう。過去にも発見例があることから、ある程度の数が日本国内に出回っていたことは確かですが、あまり実用品とは言いがたいため、安全燈大量購入に対する謝礼のような形で贈答品として何台か配られたものなのかもしれません。腰硝子がないとしようがないので、サイズのありそうなガラス瓶を切って腰硝子製作を企てるも、さすがはオフサイズの腰硝子だけあって、飲料から調味料の瓶まで定規を持って調べまくるも、似たサイズの瓶は大塚のファイブミニくらいしかなく、切り出してみると微妙に太くて結局はサイズが合いませんでした。そのため、上部リングと下部吸気リングの間に挟みこむ状態になっています。

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