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October 10, 2013

A.W.FABER Nr.365 10"マンハイム型計算尺

 HEMMI計算尺の量産化以前に日本国内にもたらされたA.W.FABERの計算尺は以前に広島の呉と香川の高松からそれぞれ入手したことがありますが、今回のものは群馬の藤岡市からで、藤岡市というと今や密かに計算尺になじみの無かった人たちに計算尺を認識させるきっかけになった映画「風立ちぬ」の主人公堀越二郎氏の出身地なのです。もっともこの計算尺は明治末期から大正初期の第一次大戦直前の製品のため、堀越二郎氏の大学進学よりも10年ほど遡った時期の計算尺であり、直接のかかわりはもちろんないでしょうが、藤岡市には明治末から大正の初めには計算尺を使いこなした開明的な人がいたようで、もしかしたら氏はそのような姿を見ていたのかもしれません。また藤岡市は江戸期の数学者・関孝和の出身地とされ、元々数学的な素養のある土地柄だったのかもしれません。
 このFABER Nr.365は典型的なマンハイムタイプの計算尺で、実は逸見次郎が最初に量産化したJ.HEMMI No.1のコピー元なのです。もっとも直接のコピー元はNr.360がそのものずばりだと思いますが、このNr.365は目盛りの切り方がJ.HEMMI の後期型No.1/1そのものです。欧州に留学したときに入手した人は別として、日本で入手出来たのは主に銀座に店を構えていた玉屋商店でした。このNr.365は明治43年版の玉屋商店商品目録にイラストとして登場しており、大正4年の玉屋商店商品目録にはすでに計算尺としてのメインの扱いは逸見式改良計算尺となっていますが、A.W.FABERのマンハイム尺もまだ掲載され、このNr.365が#1927の目録番号で価格が6円となっています。実はNr.360とNr.365は同じ10インチマンハイム尺ながら本体の長さが異なり、Nr.360が28センチなのに対してNr.365は26センチと2センチ短い計算尺なのです。どうもA.W.FABERの10インチ片面尺は元来26センチの長さだったものが位取り指標などが加わった28センチに徐々に変わっていったようで、Nr.365は26センチサイズの最終の部類に入るものなのかもしれません。そのためカーソルを基線に合わせるとカーソルの片側がはみ出してしまうという、なんともちぐはぐな片面尺ですが、どうやら本体サイズも目盛りの切り方も19世紀末の無印A.W.FABERマンハイム尺を踏襲する由緒正しい計算尺らしいのです。19世紀のA.W.FABERマンハイム尺のカーソル形状を見ると、どうも基線付近はカーソル線ではなくカーソル枠のエッジを使うことが本則だったのかと思わせます。基線にカーソル線を合わせると片方のバネは外れてしまいますし、どうにも具合が悪いのです。玉屋の目録では材質が「柘植」となっていますが、見かけは櫛などに使われる柘植に非常によく似て非なる西洋梨材です。セルの剥がれ防止のためかセルロイドの両端に鋲が打たれており、A.W.FABERはこの鋲が金属ではなく木鋲です。そのためかセルの収縮に柔軟性があり、初期のJ.HEMMIのセルロイドがこの金属鋲の部分から割れやすいのにA.W.FABERの片面尺で鋲部分からセルが割れているものを見たことがありません。ちなみ玉屋の目録に材質がチーク材とある別計算尺の記載もありましたが、たぶんマホガニーの間違いでしょう。明治43年発行の玉屋商品目録にも同じNr.365である玉屋の整理番号#1927としてすでに掲載されています。しかし、当時の6円の価値というと現在にしてどれくらいでしょうか?換算基準として金の価格、初任給、米の価格等いろいろと尺度があるのでしょうが、当時は物価と比べると異常に人件費が安く(まさに資本による収奪が行われていたといわれても仕方がありません)勘案条件に現在の人件費との比較を入れるととんでもなく高額になってしまいます。そのため、物価を主な尺度に現在の貨幣価値と比べると当時の1円が現在の7千円から1万円に相当ということになるようです。そうなると6円の輸入片面計算尺は現在の価値にして4万2千円から6万円ということになり、たかだか10数円で一家が食うのに精一杯の一般庶民には、とても手が出なかった道具であったことがわかると思います。参考までにこのNr.365のほかにJ.HEMMIのNo.1/1(元来フレームレスカーソル付だったものが改良A型カーソルに交換されている)とNo.47の3本を並べてみましたが、これらの目盛りのデザインがすべて共通だということに注目していただきたいと思います。しかし、J.HEMMIのNo.1は昭和に入ってなぜFABERのNr.360からNr.365の古い目盛りデザインに変更したのか、また謎がひとつ増えてしまいました。
Faber365


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October 01, 2013

☆Relay☆ R-806 8" 学生用計算尺

 昭和26年の学習指導要領の変更により、正式に中学の数学で計算尺を扱うことになりましたが、その標準的な計算尺の仕様が文部省によって示されなかったためか、長さ8インチの学生用計算尺(教科書からはみ出さないサイズということで8インチになったといわれていますが…)がさまざまなタイプの学生用計算尺が複数のメーカーから発売されました。大まかにはマンハイム型と√10切断ずらし尺の2タイプを各社でアレンジしたものです。やはり戦前から学生用計算尺に係わり、戦後は内田洋行という強力なエージェントを持ったHEMMIが製造するNo.2640とNo.45に追随し、この2本よりさらにコストを落として売価150~200円くらいの学生尺を製造し、市場に食い込むためにはやはり各社苦労したようで、成型品のオールプラスチックの計算尺を作るメーカー、HEMMI同様に竹製計算尺を作りながら工程を一部省略し、さらに滑尺裏に中学では扱わない三角関数をばっさり切り捨て換算表も省略し、滑尺裏にセルロイドを張らず、わざわざペイントで白塗りするのはまだましなほうで、竹の地のままで製品にしたメーカーなどもありました。HEMMIあたりでもNo.2640やNo.45より大幅にコストの安い計算尺が対抗上必要になり、150円で販売が可能なプラ尺 No.P-23やP-24をわざわざ山梨系のプラ尺メーカーに作らせたほどでした。
 今回ひょんなことで札幌から入手した計算尺は竹製計算尺ながら、まさにコストダウンの産物というか側面のニス塗り省略、滑尺裏セルロイド省略という、まさに絵に描いたような廉価版8インチ学生尺です。この計算尺はダブルスター時代のRelay R-806で、√10系切断ずらし尺ですが、かなり前に同時代のマンハイム型R-801を入手しています。頭にアルファベットの付く形式名は輸出用の品番でRは学生用を意味しますが、どういうわけかこのダブルスター時代の輸出用品番を持つRelay計算尺はそのまま国内にも流通しており、さらに国内向けの品番が同時期に流通しているという不思議な現象も起きています。R-801とNo.80などはその例に当てはまると思われます。ところが、このR-806に関しては国内向けの品番を持つ同一品が見当たりません。さらに8インチの学生尺は世界的に見るとオフサイズの計算尺のため、どうも輸出に回った形跡が見当たらず、そのために輸出用品番を持ちながら国内専用だった計算尺という不思議なことになってしまいます。また√10切断に馴染みの無いアメリカではこのR-806はなおさら対米輸出は難しかったでしょう。対米輸出用では10インチのマンハイム尺であるHEMMI No.40RKが初心者用の計算尺として大量に海を渡っています。札幌から届いたR-806は値札でもはがされたのか、外箱にシールのはがし跡がありましたが、どうやら未使用のデッドストックで、使用していると必ず底が抜ける紫の貼り箱ケースは形式名シールが残っており、そこに価格が表示されていました。それによると定価250円だそうで、さすがにコストダウンの産物なれどもプラ尺に対抗しうる値段にはならなかったようです。当時の諸物価から比較すると、どうやら現在の物価がだいたい12倍相当くらいなので、そうなるとこんなものでも現在の価格からすると3,000円相当の価値になるようです。もっとも今の日本でこれを3,000円で作るのは無理です。当時の小学校教員初任給が7800円(昭和29年)だそうですから人件費は12倍の高騰どころではありません。こういう手間が掛かるがさほど金額にならないものが日本のものづくりから消えてしまったことがよくわかります。
 ところで、手持ちの8インチ尺のなかからとてもよく似たものを掘り出しました。それはFUJIのNo.86という計算尺で、後に同じ品番で別な尺に化けたかもしれませんが、今あるものはFUJIには珍しく竹製で、R-806とまったく同じレイアウトの尺種を持つものです。共に滑尺裏のセルを省略したのもので、ゲージマークも三角関数がないので微小角を計算する必要がないのに度の微小角計算のものと円面積計算のCを備えるのもまったく同じ。さらにπの書体なんかも共通ですが、基本的に数字やゲージマークの級数が異なるようです。また、R-806は滑尺裏が竹のむき出しですが、No.86はご丁寧に白塗りされています。しかもR-806を始め、この時代のダブルスターリレーの片面尺は固定尺どうしを留める金属が缶詰のような金色アルマイトのアルミ板ですが、奇しくもFUJI No.86もこの金色アルマイトという現代中国人が喜びそうな仕様で、そこまで似てくるとどうも意図的な作為が感じられて仕方がありません。R-806が250円に対してFUJIのNo.86は200円ですが、これはR-806の蓋付ケースに対して戦時尺同様の紙サックケース入りNo.86の差というところではないでしょうか?R-806のデートコードが「CS-3」ですから昭和29年の3月製に対し、このFUJI No.86にはデートコードらしきものが「4-3」と打たれており。これを解読するとどうやらこれは1954年の3月を意味しているようです。そうなれば、両者ともに同じ年の同じ月に製造されたことになり、さらに806と86の数の関連性など、この事実をどう推理するか単なる偶然かはたまた我々の知らない事実が隠されているのか、興味の尽きないところです。
 しかし、この両者ともに滑尺裏のセルを省略してしまったために、経年のセルの収縮で滑尺がセルのほうを内側にして反ってしまっています。その点、計算尺としてはさすがに未だに反りもこないHEMMIのNo.45には適わないのですが、当時の金額としては安くない計算尺を買ってもらって、それが代々中学に入学した弟妹たちに引き継がれ、兄弟全員の高校進学とともに役目を終えたなんてことを考えたら、60年経過した現在の状態がどうあろうとも、ちゃんと計算道具として役目を全うしたのではないかと考えます。
Relayr806

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