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February 24, 2014

炭鉱用オイルウィックキャップランプ

140224_105914  形状故に油さしもしくはミルクピッチャーと誤認されそうですが、これは「オイルウィックキャップランプ」という主に米国の炭鉱や金属鉱山で19世紀中ごろから20世紀初頭まで使用されていた灯火器です。日本では帽子を被る風習がなく、坑内では褌に鉢巻というのが日常で、照明といえば灯明皿に灯心を載せたものや、巻貝の殻を使用した灯火器を主に坑内で使用し、良ければオランダ渡りのカンテラをそのまま鋳物師や金工細工師にコピーされた急須状の手持ち灯火器などを使用する程度だったので、帽子に装着する灯火器というのはアメリカからエジソン帽上蓄電池灯がやってくるまでまったく存在しませんでした。
 それゆえに日本にあるものはすべて欧米からの買い付け品で、元から日本に存在したものはありません。そのため、日本の鉱山史、炭鉱史で考えると余計なものなのですが、欧米の炭鉱灯火コレクターの間では必要不可欠のジャンルを形成しており、安全灯以上に多種多様なオイルウィックキャップランプが収集されています。米国では1860年ごろから製造が始まったらしいのですが、やはり多いのが産炭地周辺で製造されたもので、以前ヒューズブラザーズのクラニー燈のときに調べたペンシルバニア州スクラントンあたりでも小規模の板金工場程度の製造メーカーが近辺の炭鉱向けに大量に生産していました。
今回、カーバイドキャップランプコレクターの某氏から譲っていただいたオイルウィックキャップランプはブラス製ではなくスチール製の丈夫なもので、とはいえ打ち傷だらけの歴戦のつわものです。メーカー名刻印が辛うじて読める状態ですが、その「DASIE」の名前にまったく聞き覚えはありません。しかし、所在地の「FROSTBURG」の刻印を見ておおよその出自がわかりました。その産地はメリーランド州フロストバーグで、全米屈指の製鉄・造船の町だったボルチモアやペンシルベニアのビッツバーグの産業を支えるために盛んに石炭を産出していた炭鉱の町だった場所です。フロストバーグは日本でいうと夕張のように山間地に存在していたたため、鉄道なくして石炭の輸送が成立せず、鉄道の開通によって本格的に石炭産業が隆盛を迎えたのは南北戦争期からのようですが、さすがにエレクトロシティーと異名をとったペンシルベニア州スクラントンのように採掘した石炭を利用した製鉄所が出来るほど地の利がなかたため、資源を他の都市に収奪されるだけで、石炭は僅かに耐火レンガ製造という産業に利用されたのを除き、地元の産業発展のためにはまったく寄与しなかったのは夕張と非常に似ていると思われます。2010年の人口も9千人ほどで、これも現在の夕張に似通っています。そういう町の主要産業である炭鉱を側面で支えたであろう板金工場の手になるオイルウィックキャップランプですが、おそらく親子兄弟と徒弟が何人かいる程度の事業規模の家内工業レベルの製品が殆どで、自ら改良を加えて特許を取得したような会社はほんの僅かです。材質は鋼板、真鍮板、洋白などがあったようですが、消耗品と割り切ってコストと耐久性のバランスを考え、鋼板を曲げてロウ付け加工しているものが一番多いようです。また、キャップに取り付けるため、またろうそく代わりということから手提げカンテラのような大きなものはありません。そのため安全灯のように10時間近く燃焼が維持するわけではなく、長く坑内にいる場合には火番所もしくは携帯用のオイル缶からこまめに給油を繰り返していたようです。
140224_105641 装着している布製坑帽は日本製で、エジソン帽上蓄電池灯の普及期にいっしょに入ってきた米国製坑内帽をコピーして日本で作られたものです。前立てに「安全第一」と型押しされていますが、九州あたりで使用されていた簡単な布製坑帽に比べて非常に凝ったつくりで、本体は帆布製ですが頭部を保護するライナーが皮で出来ており、金具により帽体からクィックリリースできるようになっています。おそらく日本でこういうアイデアがなかなか出せるものではなく、そのままコピーしたのでしょうが、逆に九州の直方あたりで作られた白い布製坑帽は前立てを後ろに延長してシールド代わりにし、坑帽内側を二重のパッドで保護するという構造のものです。双方とも米国の坑帽にはない皮のあご紐があるのが日本のオリジナルといえるかもしれません。なお、この黒い布製坑帽は北海道開拓記念館の展示品に同じものがあるようです。


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February 22, 2014

PC-98DOの電源修理

140222_113007_2  これ以上、場所をとるデスクトップのPC98を入手しないことにしていたのですが、TEACの5"FDDのFD-55GFRの98フォーマット対応のものを部品取りするためだけに入手したのがこのNEC PC-98DOなのです。PC88とPC98のハイブリッドPCであるPC-98DOは1989年ですから平成元年の発売です。当時のPC98はPC-9801RAあたりのCPUが386あたりが標準で、すでにV30ではデスクトップ機としては時代遅れでした。まもなくDOS系のゲームも286以上を要求されたり、拡張メモリーを要求するようなものが出始めると、早くも役目を終えてしまうという中途半端な存在で、CPUもサウンドも強化されたPC-98DO+がまもなく発売されたのですが、時代は8ビット機から完全に16ビットに変わり、PC88とPC88のハイブリッドというのも意味を失いました。しかし、PC-8801 Mk-II SRなどより軽くて小さい筐体でPC88とPC98の双方の機能を切り替えて使えるというのは2台のPCを置いておくのより、はるかに省スペースになります。ともあれ、PC-98DOの発売当時はまた個人もちのパソコンなど所有しておらず、ひそかにMacintoshのシステム一式導入を目論んで会社出入りの事務機屋からMacのまったく飾りっけのないモノクロパンフなどを集めて、その桁違いの価格に呆然としていた時代でしたので、PC-98DOが発売されたことなどまったく知らず、またPC88とPC98の複合の意義さえわからなかったというのが本音です。仕事に使用するパソコンにしても複数のビジネスソフトによる定型業務しかこなしておらず、わずかに表計算ソフトを使用して簡単な業務用ソフトとしてカスタマイズするくらいで、マシン語やプログラミングに関してはまったく知識がなく、今の一般パソコンユーザーレベルの状態だったことは否定できません。まあ、config.sysの呪縛やコマンド入力によるCUI環境がいやでもっと敷居が低いMacintoshのGUI環境に逃げ込みたく、個人用だったらMacということに短絡的に考えたわけですが…。
 茨城の業者が珍しく複数台、PC-98DOのジャンクを出品していまして、通常ジャンクでも結構高いのですが、電源が入らないということが敬遠されたのか1.25k円で入手したものです。所詮FDD取りとして入手したのですが、いちおう電源をチェックしてみると、何個かの液漏れコンデンサが見つかり、とりあえず平滑系の大容量コンデンサを除いて小容量コンデンサをすべて手持ちの新しいものと交換し、電源を入れてみるとちゃんとファンも回り、通電しました。出力を可変抵抗で規定電圧に調整し、再度電源スイッチを投入するとファンも回らず通電もしません。再度電源部分を分解し、残った大容量の平滑系コンデンサの半田を融かして基板から外してみると、耐圧25Vの560μFという中途半端な容量の電解コンデンサの底が膨らみ液漏れしてました。LRCメーターに掛けても規定の容量がなく、どうやらこれが再度の通電不良の原因だったようです。しかし、手持ちには470μFのコンデンサしかなく、容量の小さいコンデンサに置き換えるのも心配なので、同じく手持ちの100μFのコンデンサを並列に半田付けし、合計570μFの容量を稼ぎ出しました。あと近辺に2本の1500μFのそれぞれ耐圧25Vと50Vのコンデンサもあるのですが、本来なら無条件で交換するところ、このクラスのコンデンサの手持ちがなく、LRCメータでの容量チェックでも問題なかったので、元に戻しておきました。基板に付着した電解液をエレクトロクリーナーで徹底洗浄し、電源部分を組み立てて通電すると、今度はちゃんとファンも回りますし電圧も正常に出ています。マザーボード部分はバージンの状態を知らないのですが、どうも表面実装のコンデンサがある程度足つきの電解コンデンサに付け替えられているような気がしました。そうなると、一度修理で手を加えられた個体だったのでしょうか?バックアップの電池が液漏れしている以外にはマザーボードには問題がありません。FDDのFD-55GFRは制御基板のコンデンサ容量低下でI/O ERRORを起こすことがありますが、目視では判断がつかないことが多く、とりあえず内部のクリーニングとダイカスト部分が長年湿気にさらされたためか粉を吹いている部分があり、これを真鍮ブラシでクリーニングしてブロアを掛け、ヘッドクリーニングとグリスアップを行ってオーバーホール終了。最終的に組み付け直して電源を入れるとちゃんとピポ音がして起動するようになったようです。それで液晶モニターをつないでPC98キーボードをつないでスイッチを再度入れてみると、ディスクのシステムファイルを探したのち、N88ベーシックの「how many fail (1-15)」がちゃんと表示されました。それじゃFA2用に用意したFDからDOSを起動してみると、特徴あるガキチャガチャアクセス音とともにMS-DOSが立ち上がりますが、V30なのでCONFIGのEMSとか対応してないのですね。ゲームディスクも起動させてみましたが、ちゃんとFDD1もFDD2も問題なく快調に動いてます。さて、PC88のほうですが、基本的にDO専用キーボードを持っていないためにPCキーを使用して設定画面を呼び出すことができませんが、ゲームくらいは対応するだろうと本体のモードスイッチを切り替え、電源を入れるとちゃんと液晶画面にV2モードの表示が緑で出ます。手持ちのゲームディスクを入れてリセットを掛けると、ちゃんとPC88の2Dディスクからゲームが立ち上がりました。またゲームをする分にはPC98用のキーボードでも特に問題はないようです。ところで、以前から使用しているPC-8801mk2 MRで起動できないゲームが何本かあったのですが、このPC-98DOでもやはり起動できず、2HDディスクと比べると2Dディスクは磁体密度の関係で劣化が早いという感じがしました。PC88用のゲームは動作確認品以外、いまや手を出さないほうがいいかもしれません。でもまあ、このようなコンパクトなボディでPC88もPC98も両方使えるというのはひとつの武器で、2種類のマシンを両方置いておかなければいけない現状からするとPC-8801Mk2 MRのほうを片付けてしまいたい気になります。しかし、V30ではPC98の能力として大いに不足で、DOSのゲームでさえ286以上を要求するゲームが増えていったことを考えてもPC-8801mk2 MRよりコンパクトで軽い8ビット機としての利用価値しかないような気もします。ところで最近、PS-2キーボードやUSBキーボードを使用してPC-98DOやDO+を使うことのできるアダプタが売られており、わざわざ本体の何倍にも高騰したオリジナルのキーボードを探さなくともいいようになりました。しかし本日PS4が発売になり、ゲームといえばもはやスマホの時代になってしまうと、8ビットの8色ドットで表現されたドットの画像が
妙に新鮮に感じられるのは当方だけじゃありますまい。ゲームの世界にバーチャルリアリティーなんざ本当に必要なんでしょうか?CGのリアルな世界よりも特撮を好むというのは昭和のウルトラマン世代のノスタルジーだけではないはずです。

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