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March 03, 2014

OTA'S STAR☆SLIDING RULE 太田スター計算尺

 生物の進化の過程をビジュアルとして表す手段として「系統樹」という図表をよく使用していますが、先祖を同一としながら途中で枝分かれをし、片方は後の時代まで発展して繁栄していったのにもかかわらず、もう片方は進化途上で何らかの理由で絶滅し、その系統が絶たれてしまうというような図を我々はよく目にしています。その絶滅の理由はいろいろありますが、周りの環境の激変へ対応できなかったり、新たに進化した生物との生存競争に敗れて淘汰されるなどが従来から考えられてきました。 国産の計算尺の進化といいますと、明治の末期に逸見次郎や河井精三などが計算尺の製造に着手したことは知られていますが、後に世界的な計算尺メーカーになったヘンミ計算尺以外は河井精三の計算尺工房が理研光学の市村清に買い取られてStrong印計算尺となり、それを基盤にRelay計算尺、さらにRicoh計算尺まで発展していった以外には国産計算尺黎明期のものは系統樹にさえ名を残さないようなものばかりです。そのような計算尺は知っている限りではTAKEUCHI計算尺と、このOTA'S STAR計算尺があります。この双方とも逸見式改良計算尺同様にA.W.FABERのマンハイム尺を祖先とし、ここからスタートしたものの、HEMMIが竹製計算尺の特許を武器に世界に販売網を広げたのに対し、これらの計算尺は木製マンハイム尺から進化できず、まったくその名も広く知られないうちに進化し続けるHEMMI計算尺に淘汰されてしまったのはまさに生物の進化の系統樹を見るような感じがします。一将功成りて万骨枯るるじゃありませんが、淘汰されてしまった計算尺はごくまれにオークション上に姿を現す以外にはまったく情報もなく、おそらく創業者の名前を冠したという以外にはまったく情報も無く、何時何処で誰が何時頃まで作っていたかということも皆目わかりません。
 今回入手したOTA'S STAR SLIDING RULEという木製マンハイムタイプ計算尺は、過去に一度札幌方面から出たものしか知りません。そのときのものはおそらく日本一の計算尺コレクターである某氏のもとに納まりましたが、形態的にはA.W.FABERのマンハイム尺のフルコピーで、ケースまで楕円断面のA.W.FABER計算尺のものそのままでした。カーソルはアルミフレームの位取りつきのもので、J.HEMMI計算尺でいうとNo.2相当のものです。この位取り付カーソルもJ.HEMMIのNo.2の初期型そのもので、その当時はJ.HEMMIに至っても自社で金物まで作ることが可能な事業規模の会社ではなかったため、同一の板金加工業者からカーソルを仕入れていた可能性もあります。そうなるとJ.HEMMI時代にカーソルの形状が目まぐるしく変わってゆくことも納得できるような。このOTA'S STAR計算尺には本体にもケースにもPAT.36031のパテントナンバーが打たれてます。今回静岡の三島近辺から発掘されたOTA'S STAR計算尺は前回のものよりさらに若干進化を遂げた計算尺で、本体は同一ながら位取りカーソルがアルミ枠のものから、なんとフレームレスカーソルになっているのです。このカーソルはパテントを申請したのか特許申請中の刻印が入れられていました。残念ながらオリジナルケースが失われていて、手製の布サックに入れられていました。どうやらJ.HEMMIが大正15年式カーソルに変わったように何らかの理由で以前に使用していた位取りカーソルが入手出来なくなって、自社製のカーソルを作らざるを得なくなり、それならば当時欧米計算尺で主流になっていたフレームレスカーソルにして、そこにポインターを無理やり取り付けたというのが真相でしょうか?はたして位取り付きカーソル以外のモデルがあったのかどうかはわかりませんが、このOTA'S STAR計算尺は大正初期に売り出されて少なくとも昭和初期までは存在したのでしょう。しかし、世の中に逆尺付きのポリフェーズドマンハイム尺が普通となり、ヘンミの竹製計算尺の特許が失効した時点で特許回避で木製計算尺に逃げ込む意味もなくなり、さらに昭和初期の金融恐慌などの影響も受けてあえなくフェードアウトしてしまったのではないかと思います。また、そもそもは第一次大戦中にドイツからの計算尺の供給が絶たれた連合国向けに輸出を目論んだことはJ.HEMMI計算尺と同様だと思いますが、欧米の計算尺研究者の文献の中にも当方が知る限りではその名前さえ目にすることはありません。実際にはまったく輸出に回らなかったのかもしれません。さらに玉屋や中村浅吉測量機械店などの取り扱い目録などにもその名を見ることは出来ず、はたして当時はどういうルートで売られていたのさえ調べるのが困難です。
 売主によるとこの計算尺は三島近辺の古屋の解体で出てきたそうで、その持ち主というのがその家主の祖父にあたる方で、その方は旧鉄道省勤務だったとのこと。ケースが滅却したのち手製の布袋を作り、その中に入れて丁寧に使用していたようです。届いたこの計算尺は木製とはいってもマホガニー材の計算尺でした。構造はほぼA.W.FABERの木製尺そのもので、二分割された上下が金属板でつながれていて滑尺との隙間を調整できる構造です。またこの調整用金属板は金属枯渇期の戦時尺のように3枚のセパレートな板が使用されています。J.HEMMI時代のNo.1のように裏面に金属が使用されているわけではなくA.W.FABER同様に木材面がむき出して、そこに換算表がはめ込まれていましたが、その換算表はJ.HEMMIのものと印刷活字の違いがあるにせよまったく同一の内容で、双方ともにA.W.FABERから丸々コピーしたものなのかもしれません。滑尺の凸部の双方に補強のためか金属板が埋め込まれており、この構造がPAT.36031だったのかもしれません。さすがに日本の気候風土に合わせて試行錯誤を繰り返し、やっと竹の積層構造としたJ.HEMMI計算尺と異なり、マホガニーを使用してA.W.FABER同様の木製尺を作り上げてしまったために、経年のセルロイドの収縮で本体が表面側に反ってしまってます。そのため、滑尺の抜き差しに支障が出るほどになってしまっています。A.W.FABERの場合は材質が緻密な西洋梨材ですから問題がありませんが、本来マホガニー材の片面計算尺であれば相当分厚くする必要もあり、さらに反りを防ぐための何らかの工夫も必要で、まあ創世記の国産計算尺ですからそういうことも知らなかったとしても当然でしょうか。またどこからマホガニー材を調達したのかもわかりませんが、材料の良し悪しを知るノウハウもなかったのでしょう。
 J.HEMMIのNo.1と比較してみると、幅が少々狭い計算尺で、平面部分が2.6cm、スケール部分を含めると3.1cmというところです。工作の精度などは悪くなく、さすがは指物師のわざが生きていた時代の産物とでもいうべきものなのですが、材料が逸見次郎のパテントによって竹が使えないために、その工作精度を生かすことが出来ず、今では計算尺として実用にならないほど反ってしまったのは仕方がないことですが、構造までA.W.FABERをコピーせずに他の木製計算尺のように厚さを増やすなりなんなり工夫をすれば、まだ何とかなったのではないでしょうか?結局は逸見次郎のパテントが切れたあとは国産計算尺の材質はプラスチック素材が出てくるまで、終戦直後の粗製濫造期や極端な安物計算尺を除き、竹の素材一辺倒となります。ところで、今回のOTA'S SLIDING RULEは時代の下ったものからか、裏側に副カーソル線窓が開いているのにも係わらず滑尺裏がブランクというもので、当時の技術系の人間にとってもっとも計算尺を使用する理由だった三角関数がばっさりカットされていました。表面4尺のみの構成で、乗除算のみに特化してしまっていますが、副カーソル窓が開いていながら滑尺裏がブランクということは、何か理由がありそうです。当然、前回出てきたモデルにはちゃんと三角関数がありましたが、今回のものは在庫整理で廉価版を作らざるを得なかったのか、それとも仕掛かり品状態で事業が停止し、債権者の手によって仕掛品のまま換金されたのか、はたまた三角関数尺に関して何らかのクレームを受けてブランクのまま売らざるを得なかったのか、会社自体がまったくの正体不明なので、理由を知るすべもありません。カーソルもフレームレスで位取り付きという前代未聞のものですが上下の樹脂カーソルバーにポインター付きの薄い透明セルロイド板を接着するという簡単な構造で、何年も使用するのには耐えない構造です。まあ、J.HEMMI時代のフレームレスカーソルもバラバラになって殆ど残っていない状態ですから、これはこの会社だけ責めるわけにはいけません。A.W.FABERコピーなのでちゃんとスケールが上下に刻まれており、上はインチ、下はメトリックですが、本家と違って滑尺溝には目盛りがありません。まあ、結果的には人知れず物も会社も途絶えて、系統樹にさえ名前を残さない計算尺になってしまったのは間違いないでしょう。

追記:太田スター計算尺は大正9年3月25日に太田粂太郎名義で特許36031号が取得されていますが、その詳細はよくわかりません。やはり第一次大戦時に独逸製計算尺不足で欧米輸出を狙って製作された計算尺の一つで、第一次大戦終結後に独逸製計算尺が息を吹き返すと欧米輸出も立ち行かなくなり、それ以上の発展性がなくてあえなく消滅してしまったことは確かでしょう。

Otastar Otastar_2

 

 

 

 

 

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