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July 06, 2014

FUJI  No.1280 高級技術用

 FUJIの両面計算尺の中でもNo.1280系列はうちにも何本かコレクションがありますが、その中でももっとも初期のものと思われる無印のNo.1280は、灰色の紙箱に入った固定尺を止めるブリッジが片面にしかない、まるでHEMMIのプラ両面尺の中でもP265に近いような構造の計算尺でした。箱からすると推定昭和30年代末期から昭和40年代初期のもので、固定尺を結ぶブリッジにネジの頭隠しを兼ねた波型すべり止めゴムが仕込まれているというものです。またこの時代のNo.1280は技術用という位置づけだったためか、表面がπ切断ずらしとなっており、後年の工業高校用No.1280系がすべて√10切断になってしまったのと異なります。またこの時代はまだ滑尺が着色されておらず、後年のNo.1280系のカーソル形状と異なった透明プラスチックカーソルが付属していました。技研にだいたい同じ内容で高級技術用と設定されているNo.2510という両面計算尺がありますが、尺種類がほぼ同じ内容で表面は同一ですが裏面の尺レイアウトが異なります。ところでこの技研のNo.2510という計算尺は同一品番ながら昭和38年以前と以降ではまったく異なる計算尺で、前者は片面計算尺、後者は両面計算尺です。
京都の八幡市から入手したのはこの白いNo.1280よりだいぶ時代が下ったもので、推定昭和40年代中期以降のものだと思われます。FUJIの両面計算尺のケースとしては異例のビニールシース入りで、ご丁寧に透明な表面に形式名まで入れられた専用サックになっていました。おそらく輸出用のケースが国内向けに振り向けられたのでしょうか?滑尺が緑に着色されたもので、カーソルバーも同じ緑のプラスチック成型品に換わっていますが、形状は白いNo.1280のものと一緒です。πの形状などに差がありますが、尺種はまったく同一で、π切断ずらしと同様に目盛りの刻み方などにも特に違いはありませんが、緑のNo.1280のほうはべき乗尺にLL3ならe1,LL-1ならe-1のように記号が追加されています。さらにしいて言えば緑のNo.1280のC,D尺の延長部分にわざわざCゲージが追加になっていますが、白No.1280には無いことくらいなものでしょうか?。表面LL-1,LL-2,LL-3,DF,[CF,CIF,CI,C,]D,LL3,LL2,LL1の12尺、裏面がL,K,A,[B,ST,T1,S,C,]D,DI,LL0,LL-0の12尺の合計24尺で、いわゆるフルログロクデュープレクスのシステムリッツ尺となるようです。また裏面のA,B,C,D,尺にオーバーレンジを備えます。ブリッジの色は白No.1280が灰色プラで、波型の細長い滑り止めゴムでネジの目隠しをしているのに対して、緑No.1280は後年のFUJI両面尺同様に緑の丸い滑り止めゴムでネジの目隠しをしています。双方ともに厚みも同一で、後のNo.1280-Tなどと比べると薄くて軽い計算尺です。このNo.1280にはさらに時代が下ったバージョンがあるようで、たぶん最終型に近いものは尺の右端にHEMMIのNo.254WNのように記号が追加され、DF,CF尺は3までの延長部分、末端は36までの延長部分が追加になりました。さらに形式名の前にDuplex Log/Logの文字が追加され、富士のマークが下固定尺左に移動し、上固定尺左に「For Electrorical,Mechanical,Engeneers」のロゴが入りました。またカーソルの形状も四角いタイプに変わっています。固定尺をつなぐブリッジの目隠しゴムもNo.1280-Tなどと同様に同心円状の滑り止めの入ったものに変わっています。この最終型の無印No.1280は国内にではなく、輸出のみに出回ったのでしょうか?いまだに国内からのものにお目にかかったことはありません。FUJIの計算尺はいろいろブランドを変えながら輸出に回ったようですが、相手先OEMなどでもNo.1280に相当する計算尺は見つけることができませんでした。それにしても無印のNo.1280は絶対数が少ないためか,、かなりレアな計算尺で、ここ10年ほどで数本しかオークション上に登場していないようです。
Fuji1280n
FUJI No.1280中期型表面
Fuji1280n_2
FUJI No.1280中期型裏面
Fuji1280
FUJI No.1280初期型表面
Fuji1280_2
FUJI No.1280初期型裏面

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July 05, 2014

技研工業 No.250 高級検定用計算尺

 山梨の甲府近辺における計算尺産業に関しては、いまだにわからないことがたくさんあります。ひとつ言えることは、甲府近辺の計算尺の製造は明治期から始まった山梨産の水晶の加工(印鑑など)に端を発する精密刻印技術がベースとなっており、計算尺の製造はすべて戦後の昭和20年代から始まったということです。それも当初は竹製やプラスチック製の非常に価格が安い学生尺がら生産がスタートしたようで、昭和30年代に入ってからはいろいろな商社のOEM元として自社のブランドがまったく入らないプラスチック製計算尺を多数製造することによって急速に技術を蓄積し、30年代中期からはヘンミ計算尺のプラスチック尺の供給元になって安定的に製造の基盤が確立したというところでしょうか。昭和20年代末期から30年代に至っては独立したブランドで計算尺を製造する山梨系の会社が数社あったようで、代表的なのは富士計算尺と技研工業なのですが、どうやらこの2社は昭和40年代初期に東京にあった販売系の会社と統合して富士計器工業が存続会社になり、それ以降技研のブランドは消滅したようです。技研の名前の付く新たな会社は計算尺の生産は続けながら後にムトウの傘下に入ってドラフタースケールや精密刻印を売り物とする会社になり、富士計器工業のほうは計算尺製造終了後は東京の元の販売系会社が新会社として新たにフジコロナ精器としてスケールなどの製図用品などを販売していましたが、CADの普及にともなって台湾や中国で作らせた生活環境家電などの輸入に商売を広げたものの、この手の商品の価格競争に飲み込まれたようで、惜しくも数年前に会社は消滅してしまったようです。以前存在したフジコロナの沿革によると「1945年に富士計器工業株式会社として甲府で計算尺の製造を開始し、1970年に計算尺の目盛技術を利用して製図設計用各種スケールの製造に乗り出し、1978年に東京営業所を別法人として新たにフジコロナ精器株式会社を設立・電卓の普及で計算尺終焉にともない製図用品の国内販売並びに輸出の拡大を目的とする」とありました。もらい物ですが、レーザー測距儀が当たり前になった今では有効測距距離が短い故にあまり役に立たないフジコロナブランドの超音波測距儀がうちに転がっています。
 話は技研の計算尺のほうに戻しますが、技研は日本の計算尺メーカーのなかで唯一「検定用」という計算尺検定試験に特化した計算尺が存在し、「検定試験受験者と検定試験講習指導者の意見を反映して目盛りなどの種類と配列表示をした」とあります。昭和29年から日商の計算尺検定が始まりますが、受験の等級が上がるにしたがって要求される尺の種類も増え、1級では対数およびべき乗の計算が入りますので、このような表面にべき乗尺がわった片面計算尺も必要となったのでしょう。もっとも1級の検定試験ともなると両面計算尺のほうが使い勝手が良いような気がしますが、当時は一般家庭が片面計算尺ならまだしも両面計算尺を購入する余裕などない所得水準だったため、安価なプラの片面計算尺がどうしても要求される状況もあったはずです。この検定用という分野はヘンミ計算尺あたりにも波及し、昭和30年代末期にNo.651という片面計算尺が出来ていますが、べき乗尺は採用されておらす、あくまでも1級受験には両面計算尺を使用せよというスタンスだったのでしょう。また技研には検定試験上級用と位置づけられるNo.251という片面尺がありますが、こちらはそのままFUJIのNo.2125に引き継がれていったようです。また技研のNo.250は技研ブランドの末期にNo.250Sという改良型となり、さらに尺が詰め込まれた幅広の片面計算尺となったようです。しかしNo.250Sのほうはオークション上でも何本が出ていますが、かえってSの付かないNo.250のほうが数が少ない印象です。内容的にはNo.250が表面L,K,A,DF,[CF,CIF,CI,C,]D,DI,LL3,LL2,LL1の13尺で裏面がT2,T1,ST,Sの4尺の合計17尺という片面尺としては堂々たるもの。改良型のNo.250SのほうはNo.250の滑尺上にB尺を追加して2乗尺どうしの計算が可能なようにしたもので、No.250が普通の蓋付のブルーグレー紙貼箱なのに対して持ち歩くことを意識してかNo.250Sのほうはボール紙芯のビニールサックケースが付属していたようです。技研の計算尺説明書は知っている限りでは同一デザインの入山形の表紙のものが色違いで3種類(白とブルー、白とピンク、白とグリーン)のものがあり、以前からピンクのものを所持していました。そこの末尾に記載された製品価格表は昭和38年1月1日当時のものでしたが、今回のNo.250にはブルーのものが付属していて別な年代のものかと思いきや、製品価格表は同一の昭和38年1月1日現在のもので中身も寸分たがわず同一のものでした。ところが驚いたことに今回のブルーの表紙の説明書の前書きが昭和38年4月1日のもので、なんと中身の表記が「大正計算尺」という印刷の上に「技研」と上からスタンプで修正された箇所がいくつも存在する説明書だったのです。ピンクの表紙のものは前書きが昭和38年9月1日記述になっており、こちらのほうは中身のほうもすべて「技研計算尺」に活字が組みかえれられていました。巻末の価格表は双方とも「技研計算尺」名となっています。ということは、昭和38年の半ばころまでは技研の計算尺は「大正計算尺」の名前でも売られており、何らかの事情で昭和38年の半ばに大正工業が消滅し「技研計算尺」のブランドのみで発売するものの、販売網強化のためにフジ計算尺の東京に存在した販売系の会社(後のフジコロナ精器)が主体になって再編された富士計器工業のOEM元として自社ブランドの「技研計算尺」のブランドを放棄して、計算尺の製造はフジ計算尺とヘンミのプラ尺のOEM生産に特化したというのがことの真相でしょう。また大正計算尺のブランドが消滅した事情というのは、おそらく大正工業というのはOEM先の販売系の会社で、昭和38年の半ばに大正工業が会社を継続出来なくなったなどの理由で、製造元の技研が自社のブランドで販売せざるを得なくなったということが考えられます。大正ブランドの角度定規付き計算尺が相当な不良在庫になってしまったのでしょうか?大正工業から多額の売掛金が未回収になったかどうかはわかりませんが、なんらかのトラブルに見舞われたことは確かなようで、その後2年余り技研ブランドで計算尺を継続販売するも、販売力の弱さは如何ともし難く、富士計器の再編に乗っかって技研の名前を冠する新会社を設立し、元のOEM製造専業に戻ったというのが当方の見解です。 
 なお、この技研No.250の入手先は徳島市内からで、徳島は過去に何回か計算尺を入手したことがあります。中身はピニールに入ったままの未使用品で、特徴ある外箱もボロボロながら残っていました。
250
250_2

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