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August 25, 2016

小柳式安全燈(炭鉱用カンテラ)Type Koyanagi's Flame Safety Lamp

160825_132136   明治から昭和初期までの外国に比べて短かった日本の炭鉱用安全燈の歴史において、小柳市太郎の経営していた小柳金属品製作所の安全燈はまったく知られていない安全燈の類だったようで、各地の炭鉱博物館でもその姿を見たこともなく、数年前に三池炭鉱の大牟田から発掘されるまで炭鉱技術系の文献にもまったく載っていない世の中にも知られていない幻の安全燈でした。当方、それ以前から日本人が安全燈で欧米の特許を取得していたことは知っていましたが、それが現実に製品化されていたことはぜんぜん知りませんでした。
 参考資料や手がかりもまったく無かったために国会図書館の資料や神戸大学のデジタルアーカイブ中の新聞記事などを調査した結果、この小柳式安全燈の小柳金属品製造所は、どうやら大正6年ごろに経理担当者の運転資金使い込みによる背任横領が発覚して資金繰りに窮して事業を停止し、出資者によって設備その他を差し押さえられたことによってこの小柳金属品製造所は地上からも歴史からも消滅してしまったであろうことを知りました。そのあたりの詳しいことは前回大牟田から入手した小柳式安全燈のときに詳しく書きましたので割愛しますが、当時渡船でしか渡ることの出来なかった佃島の石川島造船所のそばに従業員20名くらいの小工場を構えていたのが小柳金属品製作所です。現在は大川端リバーシティー21の敷地に呑み込まれているのではないかと思います。
 何せ前回と今回の2個の残存個体しか見たことが無いので全容はいまだ謎に包まれている小柳式安全燈ですが、経営者小柳市太郎によって早くも明治の末期にバーナーデザインとロックシステムの国際的なパテントを取得していることが特筆されます。しかし、いまだにその公開特許の内容を精査できていないため、いったいどういう特許だったのかはわかっていませんでしたが、今回ロックが開錠されてバーナーが原型のまま出てきた小柳式を入手したことによってその概要が判明しました。

 入手先は炭鉱とは縁の無い都内の質店が営む「ペン先からロケットまで何でも買取り」というリサイクルショップがオクに出品したものでした。どういう経緯で持ち込まれたか来歴をたずねたのですが、質屋という信用がものを言う商売柄か、残念ながらやんわりと無視されてしまいました。しかし都内といえども戦前の炭鉱に勤めていた炭鉱技師のOBは都内に戻ってきて居を構えている例が多く、山下洋輔氏のご父君も三井の炭鉱技師ですし、下北沢在住の知り合いの祖父も三井の炭鉱技師で、山野炭鉱の鉱長まで務めていたという話しでした。そういう炭鉱技師OBが炭鉱の象徴としての安全燈を記念に持ち帰り、それから何十年も経過した後、なにも知らない子孫が屋敷の建て替えで家財とともに処分してしまったものがリサイクル業者の手によりオークション上に出回るということはあるのでしょう。 160825_132315_2  
 届いた小柳式安全燈は以前大牟田から入手したガス検定用と思しき特殊なものではなく、明かりとして使われた通常型の安全燈です。ロックのかみ合う部分が切断されて開錠されていたため、かみ合う部分がどういう形状だったかはわかりませんが、油壷からスプリングで押し上げられたプランジャーが下部ガードピラーリング底面の穴に結合してロックするシステムで、同様のロックシステムは英国のアーネスト・ヘイルウッドが考案してアイクロイド&ベスト社名でパテントを取った油壷下部から磁石を当てて開錠するものがありますが、どうやらこちらは上部から同極の磁石をガードピラーリングに押し当てて反発力でプランジャーのかみ合いを解除するタイプの磁気ロックシステムなのかもしれません。燃料は灯油なので平芯ですが、英国などの油燈安全燈の芯はハーフインチですから約4分芯なのに対して当時の家庭用吊りランプ同様に5分芯です。芯の上げ下げはウィックピッカーという針金の鉤で上下させるものではなく油壷下部のネジを回して繰り出す割と近代的なタイプですが、バーナステムの中の芯押さえの横にラックを刻んであって、底ネジシャフトに固定されたウォームギアの回転によって芯を繰り出すというまったく凝った方式です。この個体には燃焼効率を上げるためか側面に穴がたくさん開いたフード状の導風板が付いていて、白いので陶器かと思ったら瀬戸引きのプレスで作られたものでした。以前大牟田から入手したものはガス検定用に基準炎を作り出すためかこのバーナーキャップは付いていませんでした。燃料の補給は本多式ウルフなどと同様にカニ目回しでネジを外して燃料を補給するタイプで、灯油用のため揮発油燈のように油壷に中綿がつめられておらず空洞です。しかし、油壷の給油口が漏斗状になっていていちいち漏斗をあてがわなくともビンにでも入れた灯油をそのまま注くことが出来るというアイデアは他に例がありません。ガーゼメッシュは二重になっていましたので、形態的にはマルソー式安全灯ということになります。 160825_132334_2  この貴重な小柳式安全燈はロックシステムの意味も構造も理解していないようなランプコレクターの手によって破壊的な開錠を試みられたため、ガードピラー4本の上部が切断されボンネットが分離しています。それで開錠できるわけもなく、結局は油壷と下部ガードピラーリングの間に薄い刃物をあててプランジャーのかみ合う部分を切断して分解に成功したというな無残な個体でした。さらに動かない繰り出しネジのつまみを無理やり回して軸をねじ切ってしまっています。それほど坑内で使用されないうちに引き上げられたようなきれいな個体だっただけに、素人の手にかかって資料としての価値が落ちてしまったのが至極残念でしたが、接着剤でつなげられたガードピラーは真鍮の丸棒ですから受けの部分も含めてISOのネジを切りなおして近々新しく製作することにします。油壷とガードピラーリングのナンバーは1029番とマッチングでした。以前の三池炭鉱で使用された小柳式の検定燈が1351番でしたが、このナンバーの書体と級数がまったく同じなので、おそらくは同じ福岡は三池炭鉱の坑内で一度は使用された三池炭鉱の遺物の可能性が高いと思われます。
 しかし、さすがに国際的にパテントを申請しただけあってバーナーの芯の繰り出しにラック&ウォームギアを使用しただけでも小柳市太郎の非凡な才能を感じさせますが、明治の末に自社工場でウォームギアを切り出す工作が可能だったとすると、この小柳金属品製作所は対岸の本多船燈製造所などと比べものにならない高い工作技術を持っていたことになります。ただし、英国を除いて世界的には灯油の安全燈から揮発油安全燈に急激にシフトしていた時期にあたり、日本も例外ではなく本多船燈も江戸商会もほぼウルフ揮発油燈をまるパクリして大量に販売していった波に飲み込まれて、この独創的な小柳式安全燈は旧式油灯の烙印を押されて日本の炭鉱からは淘汰され、炭鉱技術史からもその存在さえ無視されたのでしょうか。国際パテントナンバーを記載した大きな銘盤はイギリスの安全灯を意識してのことででしょうが、おそらく小柳市太郎はアイクロイド&ベスト社の天才安全灯考案者のアーネスト・ヘイルウッドの存在を知っていて、ヘイルウッドに対抗して新しい油灯式安全灯の開発に情熱を注いでいたのかもしれません。
160825_132418_3 三池の宮浦鉱らしき明治期における安全燈整備風景の画像がネットにアップされていますが、そこに大量にならぶ安全燈が揮発油燈のようでいてどうも平芯の油燈に見えて仕方がありません。油灯式の旧普通型ウルフ灯かもしれませんが、これが小柳式のマルソー燈だとするとある時期には三池炭鉱には小柳金属品製作所の安全燈がたくさん入っていたものの、明治の末にはドイツのザイペルあたりの揮発油燈が入ってきて早々に淘汰されたということなのかもしれません。

 それで結局ガードピラーを作って交換し、完全な安全灯の姿に再生するまでに1年と2ヶ月掛かってしまいました。小ロットの材料調達が東急ハンズも何にもない田舎では難しく、また、本来分解することが出来ないように作ってある安全灯をどのように分解してガードピラーを付替えるかという工程に自信が持てなかったということもあって手がつけられなかったのですが、リペットの頭をやすりで平らにしてポンチを打ち、ドリルを当ててリベットの頭をさらうとボンネットが分解出来そうだという確信が生まれ、これが成功したことで大方80%ほどの技術的な問題がクリアできた感じでした。本来は小型の旋盤とボール盤くらいないととても出来ない作業ですが、金切ノコ、ハンドドリル、やすり、タップ&ダイスおよびハンドリペッターのみでやり遂げた部品製作および再生作業でした。
 

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