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September 16, 2016

不明金属重量計算器(藤野式コピー)

Photo 円形の金属重量計算器というものは国内では大正時代に作られた藤野式計算器に始まり、戦時中の金属枯渇時代に一旦姿を消した後、戦後はコンサイス金属重量計算器として若干の改良を施した上で発売されたことはコンサイスの説明書にもわざわざ書かれていることなので明白ですが、実は藤野式金属重量計算器の丸々コピーのイミテーションが出回っていたことは意外と知られていません。
 このコピー品の金属重量計算器は一度しかオク上で見かけたことがありませんが、それは単なる茶封筒に入れられ、半紙一枚分の使用説明書のペラが一枚入っているという実に簡単なものです。その藤野式コピーを今回見つけてしまいましたので捕獲しておきました。

 今回入手したものは当然のこと茶封筒も説明書きも失われて酷使されたものですが、出所が広島の呉なのでまた根拠のない仮説を立ててみました。そもそも呉は海軍工廠もあった日本海軍の中では横須賀を上回る最重要の軍港です。かの戦艦大和をはじめ、数々の軍艦が設計・製造された場所ですが、以前から呉から出たドイツ製の計算尺を複数入手しています。それだけ計算用具が重要で各種使用されていたことがわかりますが、軍艦は当然のこと金属の塊ですから船体設計だけではなく造船の現場などでも材料や加工品の重量計算のため、藤野式重量計算器が使用されていたことだと想像しています。藤野式計算尺は一般計算用よりも金属重量計算器のほうが数がはけているようで、その証拠として現在オクに出てくる藤野式計算尺は一般計算用よりも金属重量計算器のほうが多いように思えます。それだけ原材料の重量計算では現場で重宝されていたのでしょう。

 藤野式計算尺は大正6年ころから戦時中の金属調達ができなくなったころまで30年近く販売されたようですが、いざ製造中止になったところで困ったのは軍の工廠、兵器廠だったのではないでしょうか?軍艦や飛行機製造のため、民需用の金属製品の製造を禁止したら、今度は製造に必要な金属重量計算器が調達できなくなったなんてお笑いもいいところですが、それはさすがに軍隊で、おそらく軍需用に材料を藤野式の製造元に送って軍需品として特納させたのかもしれません。戦時中ということもあり、包装は単なる茶封筒で説明書も藁半紙一枚というのも説明がつくと思います。さらに製造元の刻印などがないのも軍特納品ということで説明が付くはずです。
 それで藤野式の鋼・鋳物・砲金用金属重量計算器には寸法と重量単位により2554~2556号の三種類存在しましたが、この藤野式コピーには長さがメトリック、重量がキログラムのNo.2555号に相当するものしか現在見つかっていません。当時の設計はヤード・ポンドから完全にメトリックに移行してましたので、軍需品として1種類しか無いというのも納得出来ます。


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