CEAG炭鉱用蓄電池式防爆安全灯(炭鉱用カンテラ)
英国シーグ社の炭鉱用蓄電池式防爆安全灯、あちらのカテゴリーによるとインスペクションランプと呼ばれるものです。炭鉱の坑内での設備点検などに使用された手提げの携帯電灯ですが、メタンガスなどに引火しないように中が完全にシールドされ、万が一中でスパークなどが発生しても外部のメタンガス等に引火しない構造になっています。
その仕組みは灯油や揮発油を使用する安全灯に比べれば簡単なものですが、万が一ランプのガラスが破損して電球を壊した際には直ちに電球の回路を離断して電球のフィラメントがメタンガスに触れない構造が必要です。
日本ではこの手のインスペクションランプはキャップランプの蓄電池とランプの本体を合体させた弁当箱にキャップランプが付いているようなインスペクションランプしかありませんが、外国では吊り下げの蓄電池式安全灯が最初に使用された関係で筒型の蓄電池が存在し、そのためにインスペクションランプもこれを流用した筒型のものが作られています。
炭鉱用の防爆蓄電池灯としてはスウェーデンのNIFE(ニッフェ)社とイギリスのCEAG(シーグ)社が有名で、個人もちの坑内用灯火としては1920年代から徐々に石油安全灯や揮発油安全灯に取って代わられました。筒型の吊り下げ蓄電池灯は中の蓄電池も筒型ですが、液槽は一つのみで、二つの電極が壁面のカーブにあわせて湾曲しており、鉛蓄電池ゆえに電圧は2Vです。キャップランプの蓄電池は鉛蓄電池式は2層構造にするため角型で4V、アルカリ蓄電池式は2層型で2.5Vの公称電圧でしたのでそれより低電圧の蓄電池を使用したものです。ちなみにシーグは鉛蓄電池式でニッフェはアルカリ蓄電池式でした。さらにウルフも比較的に早くから蓄池式安全燈を発売していましたが、こちらもアルカリ蓄電池式です。
話は英国製蓄電池灯から脱線しますが、昭和23年に発行された「電気安全燈の理論と実際」という本を偶然入手しまして、当時の紙不足のおり、大変に紙質が悪く70年ほど経過した今では崩壊しそうな本なのですが、この本の著者が長年三井三池炭鉱の安全燈係として勤務されてた方ゆえに歴史から理論、日常の取り扱いにいたるまで実に詳しく書かれた蓄電池安全燈の参考書です。
その蓄電池安全燈の歴史の中で、蓄電池式安全燈を使用したのは三池炭鉱のような大炭鉱ではなく、実は大正2年にガス爆発事故で423人の犠牲者を出して経営が傾いた石狩石炭の新夕張若菜辺坑を買収して設備面のてこ入れを図った北海道炭鉱汽船により大正9年7月にエジソン蓄電池式安全燈100個を導入したのが嚆矢だったそうです。しかし、この新夕張炭鉱はガス気が多く危険なヤマでその後も小さな事故が続き、設備投資の割には収益が上がらず、早くも昭和6年に閉山させてしまったようです。その大正9年から10年にかけて北炭系の夕張本鉱、空知鉱などに使用が広がり、九州では三池炭鉱が大正12年12月にエジソンD型蓄電池安全燈が600個導入されたのを皮切りに大正13年から14年にかけて高島、方城、鯰田、新入、上山田の三菱系炭鉱と豊国などの明治系炭鉱、田川などの三井系炭鉱でもエジソン式蓄電池燈が導入され、揮発油安全燈から電気安全燈へのシフトが広がっていったそうです。わが国では手提げの蓄電池安全燈はまったく使用がひろがりませんでしたが、唯一本多商店より手提げの蓄電池安全燈が製作されたようです。 大正から昭和にかけての工学博士で採鉱学という著書のある永積純次郎によるとシーグ、ニッフェ、ウルフの各手提げ蓄電池安全燈の比較で「シーグ燈は此種の電燈中構造最も完備し、且つ製作優秀なるものとせらる」と記しています。どうやらこれは個人の感想ではなく誰かの受け売りのような感じですが、確かに真鍮のダイカストとプレスを組み合わせた部品構成は精度が高そうで、また落としたりしたところで何の不都合もないような安定感が感じられます。しかし鉛蓄電池を使用していることで鉛の電極や電解液の希硫酸の重量もあり、インスペクションランプでは鉛蓄電池の電解液抜きで2.2キログラムという超重量級です。これはウルフ揮発油安全燈の1.6キロをはるかに上回ります。坑内で分解されないように電球部分と取っ手のついた蓋の部分がリードリベットロックになっていています。さらに蓋の部分を30度ほど回転されると鉛蓄電池の電極の導通が切れて消灯、取っ手の部分を正位置に回すと鉛蓄電池との導通が出来て点灯するというスイッチになっていて、鉛蓄電池の電極にはスプリングが仕込んであるプランジャーになっています。この仕組みは外部と完全に隔離されていて独立したスイッチも設けることも要らずシンプルで良いアイデアだと思います。
このシーグのインスペクションランプはある種の揮発油安全燈がそうであったように船舶の搭載品として日本にやってきたようで、出所は国際貿易港の神戸からでした。時代的のは1940年から1950年代くらいの代物で、インスペクションランプの形態としてはセカンドタイプになるようです。届いた当初は酸化皮膜で真っ黒でしたが極力パーツを分解してバレルと蓋だけにし、酸性溶液に3時間ほど浸したのちにブラシでこすり洗いし、磨き上げたのがこの状態です。ブラスウエアとしても相当な異彩を放っており、机の上に置いておくだけでも部屋の雰囲気が変わります。入手価格はたったの1k円です。少し前まで中の蓄電池のないシーグのインスペクションランプがオクで半年以上も再出品を繰り返していましたが、やっと最近落札された価格は8k円でした。
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