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February 11, 2017

前川合名会社教材用クラニー灯

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 これは炭鉱とはまず縁の無い岡山の津山から手に入れたクラニー灯ですが、実は最初から炭鉱用として作られたものではなく、学校教材用として作られた種類のクラニー灯と目論んで入手した代物です。学校教材と炭鉱用安全灯とは関連性がよくは浮かびませんが、物理化学の分野で網のなかの炎に外部の可燃性ガスが引火しないというハンフリー・デイヴィーの実験成果の検証でもしていたのかもしれません。もっとも過去に入手した学校教材用と思われる本多のデーヴィー灯は実際に火をつけた形跡も無く、富山の統合されて今はない高校の備品ラベルが付いていた本多のクラニー灯にも火をつけた形跡も無いため、おそらくは教科書だけではなく現物がこうであるという「形あるもの」を見せて実際には実証実験をしないで終わってしまったのではないかと思われます。

 本多製のデーヴィー灯もクラニー灯も一度は明治時代に実際に炭鉱の坑内で使用するために作られた本物ですが、世の中には教材用として作られた実際の坑内ではあぶなくてとても使用に耐えないような安全灯が存在します。おもに大阪の教材メーカーが大阪市内の安治川あたりの船燈製作所に作らせたもので、確認しているところでは大阪寶文館(ほうぶんかん)機械店とこの前川合名会社の2社です。
寶文館機械店は現在大阪の北区大淀中に宝文館機械株式会社として盛業中ですが、この前川合名会社は戦前の南区塩町通(現中央区南船場)に存在した総合教材商社だったものの戦後の情報がないため、おそらく戦災で廃業したものと思われます。他にも教材用の安全灯を製作していたところもあったかもしれませんが、関東のほうでは本多商店製作のちゃんとまともな旧型デービー灯やクラニー灯が教材用として出回っているのに対し、なぜ大阪がこういう教材用の安全灯モドキをわざわざ作らせていたのかが謎です。
 考えるに昭和に入ってからは本多商店あたりでも明治の安全灯をわざわざ小ロットの発注には応じてくれなくなり、防爆性能は怪しくとも学校の実験程度には使用できる安価な安全灯を安治川近辺の船灯業者に作らせたということなのでしょう。その教材用安全灯が一種類だけではなく今のところ異なる教材会社による二種類が存在し、仕様も構造も共通ではないという事も特筆されます。おそらく別々の船灯製造所で作られたものなのでしょう。
 
 この前川合資会社というのは戦前昭和13年ごろに発行した学校向け教材の目録をネット上で目にすることが出来ますが、ありとあらゆる理科実験器具や運動用具とともに学校教練用の歩兵銃や機関銃などというものもあり、実際に軍から払い下げられた廃銃のサンパチ式のほかに教練用にわざわざ作られた銃などもあったようで、サンパチ式の教練銃が30円の値段をつけているのが目を引きました。それ以上の情報はネット上でもうかがい知れず、大阪空襲後にどうなったかのかも判然としません。塩町通が南船場のどの辺りに位置するのかはよくはわからないのですが、昔の取引先が松屋町筋にあって何度か心斎橋の駅から松屋町筋まで歩きましたので、その道すがらだったのでしょうか?資料によると戦前塩町通には名前どおりの塩屋ではなくなぜか砂糖問屋が多かったとのこと。いろいろ塩町通を調べてみましたが、やはりこの界隈は昭和20年3月13から14日の大阪大空襲で殆どの建物が壊滅してしまい、古い建物は鉄筋コンクリートの一部のものしか残っていないそうです。このときの空襲の模様はNHK朝ドラの「ごちそうさん」の中で地下鉄心斎橋の駅に逃げ込んで地下鉄電車で梅田に避難し難を逃れるというエピソードで見たことがあります。
 この前川の教材用クラニー灯は腰ガラスに部分が寸詰まりでメッシュガーゼ部分が長いために一見して不恰好です。通常の本多クラニー灯の腰ガラスが外国のものの寸法を踏襲しているため約5.8センチ超の高さがあるのにくらべてわずか3.8センチしかないのが原因です。またガーゼメッシュの部分のガードピラーが3本なのはまだ許せますが、腰ガラスのガードピラーも3本しかなく、どのクラニー灯でもこの部分は5本のガードピラーを使用しているため、教材用とはいえ実用のクラニー灯とは異なります。また、本来分解されないための安全灯なのに外に露出したナットを外すことによって分解可能で、またロック機構がありません。ガーゼメッシュは二重ですが吸気は一枚メッシュのところから内部に入り、排気はミュゼラー式のような金属のチムニーではなくメッシュのチムニーを通って二枚のメッシュを通して抜けるというマルソーでもない変な方式です。芯の繰り出しはウルフ灯のように丸いノブが付いているので繰り出し式かと思いきや、ウィックピッカーで引っ掛けて芯を上げ下げする前時代的な方式です。時代が下っているだけに本多のデーヴィー灯やクラニー灯のように種油を使用するものではなく灯油が使えるタイプだと思います。

 学校では実験器具扱いだったようで、実験器具にふさわしく総クローム鍍金仕上げになっています。元はおそらく顕微鏡のように個別の木箱にでも入れられていたのでしょうか。

 内陸の津山市から出てきたものですが、この手の安全灯は考案者ハンフリー・デービーの発明として教科書で扱われていたためか底に備品名「デーヴィー氏安全灯」と書かれたラベルが貼付けられていました。

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February 09, 2017

スプリアス規制後までの無線局延命作戦その3

 固定局の開局時に用意したHF無線機は八重洲の真空管ファイナルの無線機FT-101ZDの後期型WARCバンド付きです。本来ノッチが加わった最終型が欲しかったのですがタイミングが悪く見つかりませんでした。1エリアの現役ハムの方から入手したのですが、本人の物ではなく知り合いからの委託品とのこと。実は違法CBに使用していたらしく10メーターバンドの二個の水晶が入れ換えられていました。また長い間縦方向で押し入れのなかに保管されていたからか、πマッチの要であるギロチンのコアが出入りするプラスチック部品が変形していてコアが引っかかるという問題を抱えていて、やんわりクレームを申し上げると中古部品代相当の5千円値引きして返金してくれたというシロモノです。この変形したギロチンのプラスチック部品は同寸のドリルで入り口を円形に整形することで事後の調整なしにいままで正常に働いていました。またWARCバンド付きなのにWARCが10MHz以外送信解除されておらず、ジャンパー線をカットして送信解除する必要がありました。固定局開局当初はよく夕方の24MHzなどに出ていましたが、FT-101でWARCバンドに出ているというとZシリーズを知らないOMさんからすごい改造を施したなどと勘違いされることもありました。
 このような1970年代後期の骨董的無線機ですが、混信除去能力はさすがに今の無線機には劣り、アナログVFOゆえにQRHがあって、暖まるまで100Hz単位で周波数が上がって行くという当時としては当たり前ながら今は許容できない欠点があります。また真空管無線機ゆえに無線機の電源と真空管のヒーターのスイッチを両方入れてもしばらく経たないと電波を出せない、バンドを移動するたびに同調を取り直さなければ行けないということも今のハムの人たちには煩わしいだけだと思います。それでも真空管特有の野太い変調は概ね好評で、受信音もがさがさしておらずに長時間でも大変聞きやすい無線機でした。

 しかし、このFT-101ZDは最終的にスプリアス確認保証の認定対象機には入りませんでした。同じくうちでは夏場の稼ぎ頭で唯一の6m機であったIC-551が、同じく2mオールモード機IC-290がスプリアス保証認定対象外となりました。真空管機はすべてダメだと思っていたのですが、八重洲はそれこそ101シリーズも901シリーズもそして国内最終真空管ファイナル無線機のFT-102までが全滅だったのに対し、トリオはなんとTS-520SからTS-820S、TS-530VおよびTS-530S、TS-830VおよびTS-830Sの合計6機種がスプリアス認定保証対象機として残ってしまったのです。そうすると移動局で最初に入れたTS-830Vはスプリアス認定保証さえ取得すればそのまま使えるということなのですが、今やオンエアしている局は最低3アマ50Wが標準になってしまって、アンテナがプアなうちでは心もとない出力です。

 そうなったら真空管ファイナルの無線機操作の伝統芸保存(笑)のためにもジャンクでもいいからとりあえずこの6機種の中から固定局に保証認定を取って増設申請することを目論みました。そして動作確認無しのジャンク扱いのTS-830Sを手に入れましたが、忙しさにかまけてどういう状態かまったく見ていません。一台生きているTS-830Vがあるので、いざとなったら部品の食い合わせでも何とかなりそうです。そして最近なんと函館の現役HAMの方からいちおう可動状態のTS-520Sまで入手してしまいました。TS-820のほうは中途半端感が否めなく興味がありませんでしたが、TS-830SとTS-520Sの二台があればたとえFT-101ZDが使用不可になる日が訪れても真空管ファイナル機のチューニングという伝統芸は継承出来ますし、TS-520Sのファイナル管は松下のS-2001Aながら6146Bをそのまま2本差し替えても使用可とのことなので、TS-830Sとの共用が可能ですし、期限が来て使用出来なくなったFT-101ZDから流用することも可能です。
 固定局はこのTS-830SとTS-520Sを増設扱いで保証認定を申請し、変更届を出す準備を行う予定ですが、第一送信機のFT-101ZDに関しても再免許申請は受理されるものの「第○送信機は平成34年11月30日を超えて使用出来ません」との但し書きが局免に印刷されるようです。

 ところで、うちには6JS6Cという真空管がまったくの箱入り新品NECのものが2本、東芝グリーンベルトの中古管2本、NECの中古管2本の合計6本のストックがあるのにも関わらず、それを使う無線機が一台もないという状況がすでに十数年続いています。しかし、スプリアス規制でこれらを死蔵させるのも忍びなく、短い期間でも使えればいいやとのことで、実は昨年3月に最終型に近いFT-101Eを入手してありました。7MHzあたりでの感度も申し分なく120Wくらい出るケースだけところどころさびのスポットがあるもののものすごくきれいなFT-101Eです。これも新スプリアス規制に適合しませんので最長で平成34年の11月30日までしか使用出来ませんが、これもいちおう増設として保証認定を取って変更届を出すつもりでいます。だた押し入れに入れられていた期間が非常に長かったようで、14MHzから上の周波数の感度が落ちしているようです。そのため再調整をしなければいけないのですが忙しさにかまけていまだに何もしていません。最近はオークションでもFT-101はどんどん出品されているようです。マイクのインピーダンスもわかっていない人が手を出しても変調が浅いとかなんとか変な事を言い出しそうですが、実は古い真空管機はハイインピーダンスのマイクを使用しなければいけません。うちに現在あるものではFT-101EとTS-520Sが該当します。FT-101Eは八重洲の600Ω-50kΩ切換え式のスタンドマイクYD-148とプリモのUD-844がありますし、TS-520SはスタンドマイクのMC-50がハイローの切換え式ですから心配はありません。しかしスタンドマイクは取り回しが聞かないのでハイインピーダンスのハンドマイクが欲しいところですが、こちらのほうはオークションでも殆ど見なくなりました。

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February 08, 2017

スプリアス規制後までの無線局延命作戦その2

 JARDに申請した移動局の変更申請でしたが、デジタルモードの付加装置付きのTS-690SATの他に下駄代わりの軽自動車に載せる貰い物の144/430の20Wモービル機をはじめ、あとはジャンクで購入して修理調整してものになったハンディー機の数々をまとめて10台になりました。

 変更申請書は付加装置の部分に関してはけっこう厄介なところがあり、最初は手書きで申請書を起こしていたのですが、結局はフリーウエアの「局免印刷」のお世話になりました。このフリーウエアはデジタルモードの申請もほぼそのままのデフォルトで構わないのですが、1.9MHzのデジタルモード、特にJT65などは占有帯域幅が適合するためにボーレートなどの説明書きに特記事項を加えないと申請がおりないようです。そのためネットの情報をもとに特記事項を加える予定でしたが、これが今ひとつ理解出来なかったため、JARDから問い合わせが来てあとから修正することを前提に局免印刷デフォルトの内容で提出してしまいました。
 5000円を最初に振り込んでその領収書を添付した保証申請書と変更申請書の束を簡易書留で送付したのが平成28年の6/12。ひと月程経っても何ら申請内容に対する問い合わせがないため、内容が間違っていないかどうかの問い合わせをメールで送ったらこの返事が届いたのがそれから二週間後でした。やはり「このままでは1.9MHz帯のデジタルモードが通りませんのでこの部分を削除すればすぐに書類を総合通信局に回します」ということだったので、即日ネットで調べたモードとボーレートを特記事項に加えることで申請が通るはずだから、何なら事項書を印刷し直して送りますとの回答メールを送ったらこれがまた返事がなかなか来ず、2週間後に返事の催促をして返事というか「調べて8/12までに回答する」という返事が8/6日に来ました。

 さすがはスプリアス認定保証の準備でサンプリング調査に手間がかかって多忙なのだろうとあきらめモードでしたが、メールのやり取りに往復2週間というのも大変な話です。このままでは移動局の免許の期限が10/15と迫ってきてますので、先に「保証認定と変更申請を出願中」という備考を付けて一足先に移動局の再免許申請の方を総合通信局の方に電子申請で提出してしまいました。

 8/12になっても何ら回答がメールで届かなかったJARDでしたが、8/15にいきなり「8/12付けで保証認定が降りて書類を総合通信局に送付した」なる郵便物が届きました。結局約束だった回答は8/12にありませんでした。まあこれで一件落着のはずですが、せめてひと月ぐらいで保証認定が降りると思っていた物がまるまる2ヶ月掛かるというのは付加装置を申請したということもありますが今ま提出した保証認定になかった長さでした。

 その後月末に総合通信局のほうから電話があり、再免許申請分の免許があがって来ているけど、変更申請のほうも受理されているので、どうするかとのこと。それで二度手間にならないよう変更申請の局免があがったらそちらの方を送付してくれるようにお願いしました。

 そしてデジタルモードが加わった新たな局免が9/9付けで交付となり新たに10台の無線機が許可を受け、移動局の無線機の台数が合計17台になりました。結局は保証認定の書面を提出して総通局から新たな局免を受け取るまでまるまる3ヶ月掛かった計算になります。スプリアス実態調査の真っ最中ということもありそこに人手を取られたためか、タイミングが悪かったとしか言いようがありません。

 これでHFを含む移動局免許が平成33年10月まで有効になり、その期限までは使用出来る事になったわけですが、問題は固定局のほうです。
真空管しかない固定局をどうするか?その問題はしばらくは先送りしてしまいました。
(続く)

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