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August 31, 2018

アース光学スーペリアオペラグラス(2.5x25mm?)

Dvc00110 アース光学という会社は戦前に広く普及品のオペラグラスを多数発売していた会社ですが、どちらかというと昭和13年発売のグッチという豆カメラのほうが有名かもしれません。このグッチは20mmx20mmの画面を持つ裏紙式の独自のフィルムを使用するもので、特に少年向きのおもちゃカメラ的なものだったようですが、オペラグラスのほうも少年が小遣いを貯めれば購入できる程度の普及品が多かったようです。それでも中には対物レンズが2枚合わせの色消しになったものも存在したようです。
 その普及品の製造に徹したアース光学ですが、戦時中は民生品の製造が禁止になり、海軍の艦載用大型双眼鏡や陸軍13年制式似の6x24mmのIFおよびCFの双眼鏡をGELBONの商標で製造していたりしたようですが、昭和20年3月の空襲で灰燼に廃してしまったのか、戦後にそのアース光学の直系の会社は存在していないようですし、終戦直後の昭和20年12月に設立された日本光学機器工業会15社の中にも名前を連ねてはいませんでした。
 また豆カメラのグッチのほうも部品のプレス型を持っている会社は無事だったようで、戦後すぐに別な名前でアース光学以外の会社により再発売されたようです。
 そのアース光学の戦前発売のおそらく2.5倍25mmくらいのオペラグラスですが、アース光学のオペラグラスとしてはアンダーラインに属するような普及品で小型のものであり、対物レンズも接眼レンズも単玉レンズのような構造のオペラグラスです。それでも戦前の余裕のある時代の製品か革巻きも本物のシボ皮ですし、付属のケースも分厚い牛革ケースです。光学的には極小サイズのトーコープライドあたりのオペラグラスと変わりないのですが、それでもヨーロッパ発信のオペラグラスのコピーですから優雅な趣があり、今出来のプラスチックの成型品でレンズもプラスチック製のオペラグラスとは一線を画します。
Dvc00109 また現在ではどんな複雑精密な金型を作ることが出来ても、すでにこういうものの部品を全てプレス加工で作る技術というのは絶えてしまったようで、二度とこういうもを作るノウハウが無くなってしまったというのは何か寂しいような。
 何せ製造後に80年近く経過した製品ですので元はどうだか知りませんが、今は遠くの送電線がきれいに分かれて見えてしまいます。特にこの時代のオペラグラスには視軸を調整するようなネジの類は存在しないので、おそらくは木の中子のようなものをはめ込んで、木槌で叩いて直接鏡筒の視軸を変えてしまうのではないかと思ってます。まあ低倍率ですが、そういう視軸調整は勘と経験が要るかなりの名人芸だったでしょう。
 それで対物も接眼も色消しのない単玉だとしましたが、鏡筒内部に遮光絞が入っており、これによって迷光を防止してコントラストを確保し、色収差も目立たなくしているのでしょうか?筐体内部には丁寧な黒塗りが施されていました。

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August 25, 2018

東京光学機械陸軍89式7x50mm7.1°双眼鏡

Dvc00104 日本の軍用双眼鏡はコアなマニアがいるためにオクでも当方が首を突っ込むような落札価格ではないのですが、こちらは希望落札額が付いていたためにタイミングよくゲットした物件です。出品者はどちらが本命と思ったのかは知りませんがミノルタ版EOS KISSのようなプラボディのオートフォーカスフイルムSRLカメラと交換レンズ2本の抱き合わせでしたが、この時代のプラスチックカメラにはまったく興味が無くレンズも内部カビ玉だったためこちらは完全放置状態。
 いわゆる陸軍の監視用双眼鏡である89式7x50mm7.1°ですが、兵庫県内の対空監視所もしくは高射砲部隊で使用されたらしく、ボール紙にカーキ色のキャンバス地を被せた布ケースが付属していました。このケースは以前入手した88式7.5cm高射砲の付属物である砲金製弾道計算尺のケースと作りと同じです。
 この東京光学機械製89式双眼鏡は日本光学のノバーの光学系を採用しながら対物筒などにアレンジが加えられ、当時のツアイスの双眼鏡のように対物筒が二重になっています。そのため、海軍用のノバーよりは衝撃などに対して丈夫なのでしょうがやや重い双眼鏡です。これを手持ちで敵機の来襲を監視していた兵はさぞかし大変だったと思います。陸軍の砲隊鏡などと同様に右の接眼部に十字のMILスケールが刻まれています。
 東京光学機械、後のトプコンは昭和の7年に陸軍の要請で服部時計店の資本で昭和8年に板橋区の志村に設立された光学会社です。それというのも日本光学は海軍主体の海軍色の強い会社だったため、非常時に光学兵器を滞りなく入手するためには日本光学とは別の会社が必要だということだったのでしょう。これが後に陸軍の御用光学会社集まりである八紘会に繫がってゆくようです。
Dvc00103 戦時中は東京光学機械では捌ききれない受注を抱え、この八紘会の光学会社が補助的に13年制式6x24mmなどの双眼鏡を生産してゆくのですが、板橋の志村周辺にはそれらの双眼鏡の部品の外注業者が数多く集まり、戦後はそれらの外注業者が輸出用双眼鏡の生産を始めるという歴史がありました。
 その東京光学機械製89式7x50mm双眼鏡ですが、多くの戦前戦中双眼鏡と同じくグッダペルカ(天然樹脂)で作られた貼革がほんの僅かしか残っていません。まあ少しでも残っているだけマシなんでしょうが、この素材は代替品がないので困ってしまいます。今出来の酢酸ビニール製の皮もどきは厚みが薄すぎて本体の重厚感に負けてしまいます。鏡板などのプレスパーツは肉厚の真鍮製で少々のことでは凹みそうもないのはさすがに陸軍用だけのことはありそうです。
 この双眼鏡、対物筒の外筒が斜めに無理やりねじ込まれていて内筒がなかなか抜けず、構造も理解していなかったため苦労しましたがとりあえず対物側のプリズムを取り出せるまで分解することに成功。戦時中の双眼鏡なのでレンズにはまだコーティングがなく、少しでも内面反射を抑えてコントラストを高めるために内部は丁寧な反射防止塗装がなされ、プリズムには遮光カバーが被さります。コーティングがないおかげでレンズもプリズムもきれいに拭きあげることができましたが、日本光学のノバーのようにバルサム切れはありませんでした。このバルサムはカナダバルサムで戦前に輸入したものを消費していたらしいですが、本当の戦争末期になると代替品として国産の松脂から精製したバルサムでも使用していたのでしょうか?それを考えるとまだ物資が枯渇し切る前の製品かもしれません。グッダペルカも分厚い革シボ模様の入るものでしたし。
 プリズムポケットは対物側も接眼側も工作精度は良好でした。接眼レンズは外側が2枚貼り合わせの2群3枚のケルナータイプで右側の接眼筒に十字のスケールが刻まれた硝子がはめ込まれています。
 実際に遠くの送電線鉄塔の先端を見ながらエキセンリングで視軸はピタリとあわせることが出来ました。ノーコートのレンズ・プリズムの組み合わせですから反射ロスで視野が暗いのは仕方がありませんし、日中のコントラストも低いのですが、シャープネスはその割りに高くて解像力もある感じはあります。
 まあ光学兵器の類ですからこの双眼鏡で敵機を見落として空襲警報が遅れるわけにはいかないため、押さえる部分は押さえてあるという感じでしょうか。これ、レンズすべてとプリズム類を今出来のものと取り替えてしまうことも可能ですが、それをやってしまうと戦時資料としての価値が無くなるので、これはそのままにしておいたほうが利口でしょう。
 それで今回気が付いたことなのですが、この89式双眼鏡の見口はベークライト素材でネジ部分は金属が埋め込んであるなどとても手間の掛かった作りなのですが、どの見口も合わなかったダウエルのIF双眼鏡にぴったりでした。微妙にネジのピッチが合わなかったのですが、実はダウエルの成東商会は戦前双眼鏡の部品などを貯めこんでいて注文があるたびにそれを引っ張り出して使用していたのでしょうか?プリズムカバーなども戦前双眼鏡の手法ですし、貼革も妙にごつごつな感触なので本物のグッダペルカかもしれません。もしかしたらこのダウエルの双眼鏡は戦時中の部品をどこからかかき集めてきてそれを組み立てていたのかもしれませんな(笑)

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August 20, 2018

Copitar 8x35mm 10度 Z型広角双眼鏡(鎌倉光機)

Dvc00091 コピターの双眼鏡は国内でも多数出回っているブランドの一つですが、そもそもは昭和29年5月に荒川区日暮里で創業した高久光学工業が名称変更となった会社です。当初、輸出向けの双眼鏡の製造会社でしたが、いつのころからか商社化し、アメリカあたりにもコピターの名前でかなりの双眼鏡を輸出していました。昭和40年代末のドルショックを乗り切り、昭和50年代には内需の拡大にシフトして雑誌などでズーム双眼鏡の広告まで出していましたが、このコピターは現在コピタージャパンとして輸入双眼鏡のネット販売などで存続しています。
そのコピターですが昭和40年代から50年代にかけては板橋のかなり特徴のある会社にOEM生産させた双眼鏡を国内外にコピターブランドで発売しており、けっこうこの中にはOEM製造業者の中では優秀な双眼鏡もあるし、よく名前もしらないような製造業者の双眼鏡もあるという玉石混合状態であることが面白く、コピターブランドの中から玉石の玉を探し出すというのもけっこう面白いと思います。
そのコピターは昭和40年代中ごろから50年代に掛けてはやはりズームタイプの双眼鏡が主流だったようで、当初光機舎あたりがOEM先だったものの50年代には何か写真レンズのように対物レンズ内側に刻印の飾りリングがある特徴的なズーム双眼鏡に変わったと思ったらこれはJ-B56の遠州光学のOEMだったようです。
Dvc00090 中には超広角双眼鏡として各社のOEMがある光機舎のBL型8x35mm11°という玉もあれば凡庸なZタイプ板橋輸出双眼鏡の石っころもあるので、同じコピターの双眼鏡群でもいかに玉を掴むかという面白さがあります。
 このコピター8x35mm10°の広角双眼鏡は先日オクで入札していて、これだけでは送料がもったいないとテルスター2台まとめてと一緒に入札したら、このコピターだけ高値更新され余計なテルスターだけが手元に届いたという因縁の双眼鏡です。そしてこちらは某フリマサイトで660円で購入しました。というのも直前に扱ったLinetのFIELDMASTERそっくりの外見だったので名前はコピターでも中身は某社製ということいを確認したかったということもあります。
 届いたコピターの7x35mm10度の双眼鏡は取り説こそありませんでしたが外箱にソフトケース、キャップ一式にシリコンクロスと接眼レンズに嵌めるタイプの黄色いフィルターまでそろっています。対物レンズの内側が若干曇っているだけのシロモノでしたが、全体的にタバコのヤニでコーティングされているような状態で、外箱は拭くわけにはいきませんが、ソフトケースや本体はまずマジックリンと歯ブラシでヤニのクリーニングから始めなければいけませんでした。
 そしてとりあえず表の送電線鉄塔を覗こうと思ったらフォーカスリングがまったく動きません。多条ネジの部分のグリースが固着しているのかと思い、下陣笠を外してここからチューブを差し込んでCRC-556を少し吹き込んで少し時間を置いてもフォーカスリングはまったく回らず、最後の手段と上陣笠を外してそこから接眼レンズ部分を分解しようと思って真鍮のストッパーネジを外しにかかったら何と昇降軸がぽろりと折れてしまいました。昇降軸は金属の挽きものではなく、何と亜鉛ダイキャストにユニクロメッキかなにかを掛けただけのもので長年湿気にさらされたことによる経年劣化で内側に止めねじを嵌めるためのネジ穴加工された多条ネジ部分が加水分解して膨張し固着。さらに材質自体が湿気の進入で砂を糊で固めたような状態になってしまったためペンチ挟もうとすると崩れてしまうように劣化してしまっています。
 普通だったらここであきらめて送料分含めて大損だったと後悔するのでしょうが、そういうときに部品取りで使えるようにストックしてある本当のジャンクの双眼鏡の中から昇降軸とフォーカスリングを流用してしまえば何とかなりそうだとひらめいて、取り出したのがプリズムの端が欠けていてプリズムが平行に置けないテルスターのSports 120GXとかいう茶テルスターの12x30mmでフォーカスリングの色は違えどもデザインはまったく一緒。昇降軸もこちらは金属の引き物なので寸法さえ合えば流用が可能だと思ったのですが、実際にやってみたらこれがビンゴでした。元の接眼レンズアームビボット部分に残っていたダイキャストの残骸が固着していて抜き出すのが大変でしたがテルスターの昇降軸の寸法は寸部の狂いも無く取り付けることができ、一件落着です。 ただ、昇降軸の受けの部分のスリーブに若干の寸法誤差があるためか、ややガタがある感じがしますが、同寸で加工されていてもメーカーの違いで誤差が生ずるのは仕方が無いでしょう。でもやはり双眼鏡折りたたみ動作のときのバックラッシュは気になります。
 それでこの双眼鏡の製造元はLinet同様に鎌倉光機で間違いないと思います。ただ、対物レンズはまったく同じ濃いパープルとマゼンダのコーティングの組み合わせでしたが接眼レンズのコーティングが異なり、Linetは対物レンズと同じマルチコート風のコーティング。こちらは薄いシアンのシングルコートでした。ただ、Linetが7x35mmの10.5°でこのコピターが8x35mm 10°という違いがありますが、見え方や見える範囲などは双方に違いは殆どありません。何かLinetよりも空が若干狭くなった気がするのですが、それは実視角よりも倍率によるものでしょうか。
 真ん中の解像力はそこそこですが、やはり周辺部は直線が曲線になるのは仕方がありません。
 このコピターは付属品が充実していて接眼部に被せる黄色のフィルターや角付きのゴムアイカップは透明なビニールケースに入れられたままの未使用でした。また両方の接眼部を覆う長円型ゴムの接眼覆いも小雨に遭遇したときなどには重宝しそうですが、こういう細かい付属品をそろえて割りと定価が高めで実売価格はそこそこというビジネスだったのでしょうか。
 コピターは雑誌広告なども行っており、箱のデザインなんかも凝っていますが、いまひとつブランドとしての地位が確立しなかったのは仕入先がバラバラで「これ」という商品イメージがなかったことで高級品になりきれなかったことが大きいかもしれません。何か一つ業界を驚かすような超高級なアポクロマートの天体観測専用双眼鏡などというものが一つでもあったらもっとメーカーとしてのステータスはあがっていたでしょう。企業にとってはこういう企業を代表するイメージリーダー的な商品は必要です。

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August 19, 2018

Kenko 8x30mm 10°Z型広角双眼鏡(大塚光学)

Dvc00093 ケンコーの8x30mm 10°のZタイプ広角双眼鏡です。これ、ケースや説明書、シリコンクロスや説明書・保証書まで揃っているものを某フリマサイトで送料込み1500円で購入したものの、覗いた像が2つに分かれて見えるのとレンズの内側がやや曇っているとのことでしたが、それくらいならオーバーホールと調整で元の状態に戻りそうです。
 そもそもケンコーは光学総合商社のためにさまざまなOEM先からケンコーブランドの光学製品を仕入れており、年代によって仕入先もいろいろと変遷しているために、実際に何を掴んでしまうのかという楽しみがあります。しかし、ケンコーも昭和60年代にはフィリピンの現地工場からの仕入れがメインで、こういう何を掴むかというわくわく感はうせてしまいました。
 そして届いたケンコーブランドの8x30mm 10°の双眼鏡は製造メーカーコードが残っておりそれによるとJ-B46の大塚光学製でした。大塚光学というと自社ブランドDiaStoneで海外でも有名ですが、どうもBLタイプの双眼鏡のイメージが強くてこういうZタイプの双眼鏡は影が薄い感じがします。
 それでも広角10°という双眼鏡は限られたメーカーでしか作れないため、見掛けは平凡ながら秘めた実力のある「羊の皮を被った狼」的な双眼鏡です。
Dvc00092 まず分解を始めてわかったことは、すでに対物セルがプラスチック製でエキセンリングを仕込めないため、筐体に仕込まれたイモネジで視軸調整するタイプの割と新し目の双眼鏡だったことです。それでも保証書の用紙の印刷年が昭和49年1月なのでおそらくは50年代初期の双眼鏡ではないかと思います。オイルショックを経過して原材料高騰のためにコストダウンの工夫が入り込んだことが伺える構造の双眼鏡ですが、いまだ主要部品は金属製のため、妙に安っぽさはなく、重量も550gと普通の8x30mm双眼鏡と変わりません。
 イモネジ部分の貼り革を穿り出してネジを緩めプリズムを外しますが、曇りはあるものの醜いカビ跡はありませんでした。イモネジで視軸を修正するタイプなのでプリズムは弾性のあるゴム系の接着剤で固定されていますが、プリズムを洗浄するためこれを半割り状態にしてしまうため、再度取り付けても元の弾性を失って、なかなかイモネジで視軸を追いきれないことがあります。その場合はイモネジを緩めてもう一度プリズムを取り出し、再度位置決めしてからやり直すとうまくいく場合がありますが、これは上下が追い込めなくて苦労した物件です。
 実際に覗いてみると薄いアンバーコーティングのこともあり、やや視野は青に傾くカラーバランスですがおおむね良好。ただし8倍ということもあり視野角が10度でもさほど空が広いと感じる感動はありません。それでも並みの7.5°の双眼鏡よりは広々していますが、当然のこと視野周辺は直線がぐにゃりと曲がって見える渦巻き収差があるのは仕方がありません。
 中心部ももう少し解像力があればいいのですが、それは35mmと30mmの微妙な違いも影響しているのでしょうか。

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August 16, 2018

Linet FIELDMASTER 7x35mm 10.5°Z型広角双眼鏡(鎌倉光機)

Dvc00078 Linetというのはアメリカの仕向け先ブランドの一つで特に広角双眼鏡のFIELDMASTERという名前で日本製の双眼鏡を昭和30年代初期からアメリカ国内で売り出していた商社です。
 そのため、同じLinetネームでもかなりいろいろな製造メーカーの双眼鏡が入っており、画像を見るだけでも光機舎あり、日吉光学あり、そして大塚光学もありという感じで、広角双眼鏡を作れるところからとにかくかき集めたという感があります。
 そして広角はZ型ですむもののやはり超広角ともなるとBL型ではなくてはダメで両方作ることの出来る会社ではないと取引が出来なかったのではないかと思われるような商社ブランドです。
 その中には日吉光学製BL型7x35mm 13.5°という市販手持ち双眼鏡史上一番とも思える超広角双眼鏡もあったそうですが、現物を見たことが無いのでちょっと興味があります。
 そういえばネット上の質問欄にLinetという双眼鏡についてという問い合わせがあり、それに「世界あまたの有名光学メーカーにLinetという会社はなく、ライカのマークに類似しているので登録商標は日本を含めた欧米では取得できないので中国製の安物だ」と自分の思い込みで断定している回答があり、噴出してしまいました。この方、日本の有名双眼鏡メーカーが数多の相手先ブランドのOEMで海外に渡り、貴重な外貨を稼いできたことはご存知ないようで、すべての双眼鏡はNikonみたいに独自の商標で輸出されていたと思われているようです。日吉光学にしても日本の双眼鏡業界ではビッグネームですが,誰がOceanのブランド名を知っているでしょうか?
Dvc00077 その広角専業アメリカブランドのLinet FIELDMASTER 7x35mm 10.5°というZタイプの双眼鏡ですが、なぜこれが日本に出回ったのかはわからないものの、たまにLinetの双眼鏡は国内からも見つかるようです。画角10.5度はプリズムの大きさに制約のあるZタイプでは限界値かもしれず、Linetでもこれ以上の超広角双眼鏡はBLタイプのようです。先日入手したKenkoブランドのBL型7x35mm 11°があまりにも重くてとても日常使いできないことから軽くて使い勝手が良さそうなことから落札したものですが、果たして実用的にはどうなのでしょう。Linetの双眼鏡は広角、超広角という特徴から板橋でも技術のある上級メーカーのOEMが多く、変なものはつかまないと思いますが、はたしてどうでしょう。
 届いたLinet FIELDMASTER 7X35mm 10.5°の双眼鏡は対物側プリズムの端に明らかなカビのスポットがある以外はおおむね殆ど使用もされていない双眼鏡でした。VIOLET COATEDという表記がありましたが、これ先日どこぞのメーカーの双眼鏡で見たばかりですね。その対物レンズのコーティングは濃いパープルとアンバーコーティングを組み合わせた複雑な色合いのコートで昭和40年代末のマルチコートの写真レンズを見ているよう。後玉が大きな接眼レンズもこのマルチコート風のものが使用されています。接眼レンズはエルフレに間違いないと思うのですがややアイレリーフが長いのでレンズ構成を若干アレンジしたものなのでしょうか。
 この手のZタイプの分解はなれたものなので、まず対物筒から分解し対物側のプリズムを外して無水アルコールで洗浄しましたが、筐体内部は丁寧な反射防止塗装が施され、プリズムのポケットは微動だにしないほど加工精度はいいようです。ただし調整のための錫箔が施されていました。対物レンズはエキセンリングで視軸調整するタイプなので対物筒からレンズを外してレンズ洗浄ついでにエキセンリング部分にグリスアップしておきます。
 つぎに接眼側のプリズムを洗浄するために対物側から昇降軸ストッパーのネジを外して焦点調節リングを回して接眼レンズアッセンブリーを抜居た状態から鏡板のスクリュウ左右で一本ずつ抜き、接眼ガイドスリーブをベルトレンチで緩めて外し、鏡板を外して左右ともにプリズムの洗浄を実施。こちらのプリズムポケットの加工精度良好でしたが、こちらも一箇所錫箔で修正が入ってました。プリズムポケットの加工精度が良いため、エキセンリングのみの小調整で簡単に遠くの送電線鉄塔の天辺を一致させることが出来ましたが、その見え方はKenkoの7x35mm 11°ほどの感動はなく、左右は広くなったのに上下が少々窮屈な感じがします。日吉光学製Simor 7x35mm 10°と比べても0.5°の差などというものは殆どありませんでした。
 肝心の見え方ですが、やはりエルフレを使った双眼鏡がどれも同じようにコントラストとシャープネスがいまひとつながら真ん中の解像力はなかなかのもので、並みの板橋双眼鏡をはるかにしのぎます。端に行くにしたがって像が甘く渦巻き収差がきつくなるのはエルフレの超広角双眼鏡に共通します。まあ像の均一性はありませんが、やはり圧倒的な視野の広さは魅力的です。コーティングのせいでUVとブルーライトがカットされるようで、視野がやや茶色っぽく見えます。
 それで肝心のこの双眼鏡の製造元ですが、鎌倉光機製に間違いありません。なぜならばOEM先に関係ないCAT'S EYEのマークが小さく入っています。鎌倉光機は自社の名前は絶対に入れない代わり、先日のBL型ズーム双眼鏡のようにプリズムプレートのネジを外して取り出したら中にJ-B133の刻印があったり、トリポッドカバーにJ-B133の刻印があったり、必ずどこかに鎌倉光機が作ったことの証明みたいな証拠が隠されているような気がします。筐体内部の加工精度などをみても超広角双眼鏡を作れる技術力を見ても並の板橋双眼鏡組み立て業者に出来るような仕事ではなく、やはり選ばれた双眼鏡製造メーカーの仕事です。製造はシリアルナンバーの捨て番からすると昭和48年製でしょうか?
 しかし、これを中国製の双眼鏡と断定してしまった人は鎌倉光機の製品だなんて想像も出来なかったのしょうが、もしかしてニコン、ビクセン、ケンコーあたりは知っていてもそれをOEMで支える影武者的な鎌倉光機のような会社があること自体知らなかったのでしょうね。

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August 14, 2018

Vision 15x40mm 5°広角M型双眼鏡(成和光学工業)

Dvc00074 盆の入りで今年の6月に亡くなったばかりの叔父の家に行き、釣り道具置き場兼作業場の物置から出てきたものを頂いてきたものがこのビクセンのサブブランドだったVisionのミクロン型双眼鏡です。
 我々が小中学生の時には小型から大型に至るまで多種のミクロン型双眼鏡が作られていましたが「立体視が肉眼よりも縮小される」という欠点から超小型のミクロン型ならまだしも大型のミクロン型は意味が無いと考えて、最初から7x50mmのツアイス型一本やりだったのですから友人のミクロン型は手にすることがあっても自分からミクロン型を選ぶということはありませんでした。
 主目的が天文用だったということもありましたが、プリズムむき出しの双眼鏡は落としたら絶対にダメージが大きいだろうなということは気がついていましたし。
 そのミクロン型をカタログに大量掲載していたのがビクセンです。そのビクセンのカタログに掲載されていたのが俳優川口浩からの感謝のはがきで、確か若くして馬主だった川口浩が調教の様子を確かめるために双眼鏡を常用していたものの、それを軽量のミクロンタイプに変えたところ、肩こりがなくなり、マッサージにも通うことが無くなったというような内容だったと思いますが、今考えたら板橋の出来のよくない視軸のずれた双眼鏡を常用していたからそんなことになったのではないかと思ってしまいますが(笑)
川口浩というと我々世代はキーハンター、もっと若い人は川口浩の探検隊で川口浩が亡くなって30年が経過するもいまだに嘉門達夫の歌のおかげで忘れ去られないという俳優さんでした。
 そのあまり興味が無かったミクロン型(以後M型と省略)ですが、そもそもは大正時代末に日本光学がオリオン(陸軍13年式6x24mm)やノバー(海軍7x50mm7.1°)などとともに設計した民生用双眼鏡です。戦前から輸出されていたようですが、戦時中の製造中止を経て戦後は外貨獲得のために日本光学以外の各社でも製造および輸出を始めましたが、本来超小型双眼鏡であるはずのM型が本家の日本光学以外の手により独自に拡張し始めたのです。まあM型双眼鏡にあまり興味が無かったので記憶があいまいなのですが、最大50x50mmくらいのものがあったような気がしますが、それというのも日本人の高倍率高性能神話によるものでしょう。
 実はこのM型、ワイドだと低倍率ほど光束が太くなるためか大きなプリズムを必要とし、大口径高倍率になるほど光束が細くなるので小さくても済むという性質から30mmタイプの10倍と40mmタイプの10倍のものでは本体の見かけがまったく異なります。ホールド感は低倍率タイプのもののほうが優れるのですが、見掛けは極小タイプに近い本体の40mmタイプのほうが美しい、と個人的には感じます。
 また、このM型双眼鏡は日本光学オリジナルの対物レンズ部を繰り出して焦点調整する方式と、この双眼鏡のように接眼レンズ部分を繰り出して焦点調整する二つの方式があり、どちらが優れているとはいえませんが大型化したM型では対物レンズ筒を固定して接眼レンズ部分を繰り出す方式のほうが強度的にも合理的です。
Dvc00073 このVisionのM型、亡くなった釣り好きの叔父が昔、釣りに持って行き、釣り場のポイントを見つけたり周りの釣果を確認するために使用していたようで、夥しい釣り道具の中にまぎれて出てきたものを頂いてきたものです。JBナンバーが残っておりJ-B93の製造工場の組み立てです。対物レンズ内部カビ少々、プリズム曇りでどっちみち全バラシのうえレンズとプリズムの洗浄が必要なのですが、いままでM型双眼鏡に無関心で、かつBL型でさえこの間初めて分解したというM型初心者です。まず対物筒を取り外し、対物レンズをカニ目で回して取り出しますが、当然のこのタイプにはエキセンリングが組み込まれてなく、単にレンズを前から押さえ込んでいるだけでした。対物筒のネジの切り具合で微妙に焦点が変わるのかレンズ後部に極薄のシム2枚が左右ともに敷かれていました。
接眼レンズアッセンブリは回転軸カバーのアルミキャップを回して外すと軸ストッパーのネジが現れ、焦点調節リングを回して繰り出していくのですが、通常のZタイプと回転が逆。そしてプリズムカバーのネジを外すと長辺方向の2本のイモネジで固定されているプリズムが現れます。イモネジは貼り革で隠されているので左右とも千切れないように慎重にはがして、片側のネジだけ緩めてプリズムを取り外すのかコツです。これ、両側緩めてプリズム外すと後の調整で酷い目に逢います。実際やってしまいました(笑)
また、このネジを外さないでプリズムをこじり出すとイモネジが当たっている部分が欠けて調整不能になるかもしれないので、まずプリズムカバーを空ける前に貼り革をはがしてネジ位置を確認することから始めた方が無難です。またこのイモネジは1.2mmくらいのマイナス精密ドライバーが要ります。プリズム洗浄の後元に戻しますが、このプリズムポケットは短辺にまったく動く幅がなく、縦方向にしか微調整できません。
接眼レンズもそのままでも良さそうなものでしたが分解して洗浄することにします。独立した接眼レンズ筒がなく接眼レンズアッセンブリーのまま後ろからカニ目で押さえのリングを抜くのですが、玉はワイドタイプらしく3群3枚。真ん中が三枚貼り合わせのエルフレではなく、前後のレンズが貼り合わせ、真ん中の玉が単レンズの3群3枚構成の接眼レンズで、これは何という形式なのでしょうか?そのレンズですが分解して洗浄したまでは良かったものの、元に戻して実際に像を見てみると像が斜めに流れていたり接眼レンズ部からカタカタレンズが踊っている音がしていたりという組み立てで非常に苦労した接眼レンズでした。一番外側のレンズが組み立て時にひっくり返ったり、それを押さえるスペーサーがなかなか奥まで入り込まなかったり結構再組み立てで時間を取られた感じです。
 さらに合計4本のイモネジのみで視軸の微調整をしなければいけないM型双眼鏡は大変でイモネジの両側を緩めて取り出したプリズムはどういうわけか像が微妙に傾いていたりして、これをあれこれ調整してピタリとあわせるまでに試行錯誤を繰り返し、何やかんやで2時間はたっぷり掛かったような。像の転倒、水平の不一致というのはZ型以上に調整するのが大変で、最後にエキセンで微調整がない分これを調整する人は一種の名人芸だったような。
 まあ、こういう生産性の悪さと部品のプラスチック化が不能で部品コスト上昇に耐えられなかったというのが今にM型双眼鏡が残らなかった最大の要因ですが。
 この双眼鏡にはJ-B93の刻印が残っていたことは気が付いていましたが、その組み立て工場は板橋区板橋で昭和30年9月に設立された成和光学工業です。栃原光学同様にマイクロ型双眼鏡専業の会社で、おそらくはその殆どがビクセンに収められていたのでしょう。いちおう長谷川シールの痕跡も残っていました。いつごろからビクセンのセカンドブランドのVision名で製品を発売することになったかはわかりませんがおそらくは成和が創業当時、ビクセンがまだ光友社の時代からM型双眼鏡をビクセンブランドで納めていた会社なのでしょう。そのM型双眼鏡ですが、プラスチックに置き換えてコストダウンするという部分がなく、組み立て調整および金属剥き出しの部品にキズが付かないように細心の注意を払わなければいけないなどの理由からビクセンでは昭和50年代中ごろ、栃原光学あたりでも平成に年号が変わるのを待たずして製造中止になり、日本光学のミクロン型誕生から数えて60年余りでM型双眼鏡は終焉を迎えました。その後韓国でミクロン型の生産がされたようですが、鏡筒がプラスチックなどM型の本質的な良さを理解しない劣化コピーぶりで、市場からすぐに消えてしまったようです。
その後ニコンが復刻版のM型オリジナルを技術の継承目的で再発売したのはご存知のとおりです。

 さて、調整の終わったVision M型15x40mm 5.0°ワイドの実力ですが、さすがに15倍ながら視野が広いことは認めますが、中心部解像力はそこそこながらコントラストとシャープネスはほめられたものではありません。また15倍の倍率というのは当方にとっては倍率が高すぎて何の目的に使用したらよいのかの用途がわからないのですが、叔父のように釣りに出かけて離れているところで何が釣れているかどれだけ掛かっているかなどの確認のための双眼鏡としては小型で使いやすくていい双眼鏡だったのでしょう。もしかしたら大手の釣具チェーンかなにかに並んでいたものを購入したのかもしれません。そういう販売ルートのためのサブブランドの存在だったのでしょうか。

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August 13, 2018

Kenko 7x35mm 11°BL型超広角双眼鏡(光機舎)

Dvc00072 1円のゴミ双眼鏡の類ばかり覗いていたら目玉が曇りそうだったのでたまには当時の高性能双眼鏡として今でも人気のある超広角低倍率双眼鏡を入手。実はこの種の双眼鏡は狙っていたのですが、100円双眼鏡のほうが忙しく超広角双眼鏡一台とゴミ双眼鏡10台を計りにかけたらゴミ双眼鏡のほうが重かったということで後回しになってしまっていたのです。
 入手したのはケンコーのおそらくは昭和40年代初期の7x35mm 11°のBL型、いわゆる米軍が使用して進駐軍が日本に持ち込んだボシュロム型です。標準だと7.3°くらいが無理のないところ11°という超広角双眼鏡でこれがおそらく手持ちの双眼鏡の限界値かもしれません。
この手の広角双眼鏡は昭和30年代半ばころから輸出用として作られるようになり、Zタイプの7x35mm10°くらいが広角の限界だったものをBL型にしてプリズムを拡大し、光路を広げて11°まで高めた超広角双眼鏡が現れるようになったのが昭和30年代の末ごろでしょうか。その超広角のBLタイプの双眼鏡が得意だったのが光機舎と大塚光学だったようで、国内の光学各社へもこの2社の超広角双眼鏡がOEMで入り込んでいます。そもそもケンコー自体が光学総合商社として殆どの商品をOEMで国内各社に作らせていたために、種別や年代でいろいろな業者のものにお目にかかる可能性があります。ただ、そのために同じケンコーブランドでも年代種類により出来不出来の差があるようです。
 そのケンコー、現在はレンズメーカーとトキナーと経営統合し、ケンコートキナーになりましたが、そもそもの母体は昭和30年に輸出双眼鏡組立業として世田谷区北沢に設立された研光社(J-B108)なのです。ワルツカメラが倒産したことがきっかけで参入したカメラのフィルターが業界ナンバーワンのシェアを獲得したことを手始めに次々にカメラアクセサリー分野に積極的に進出し、短期間で光学総合商社として急成長した会社です。
 そういう雑多な混成軍の様相のあるケンコー製品ですからピンがくるかキリがくるかの楽しみがあるのですが、今回入手した7x35mm 11°の双眼鏡がキリのわけはなく、刻印されていたナンバーからJ-E25のダイキャストを使用したJ-B21の光機舎の製品であることがわかります。この超広角双眼鏡は他に大塚光学あたりも得意としており、たとえ仕向け先が変わってもだいたいこの光機舎もしくは大塚光学に当たる確立が高そうです。
 この双眼鏡は当時のケンコーの高級双眼鏡に共通した黒の牛革ケースに入った黒の牛革ストラップをまとったBL型双眼鏡で、35mm双眼鏡にしては横幅が大きく巨大な印象を受けます。また非常に重い双眼鏡で重さも960gと50mmのZタイプ双眼鏡よりもわずかに軽い程度の双眼鏡で35mmクラスの双眼鏡としては文句なしのナンバーワンでしょう。ちなみにニコンのマルチコート7x35mm 7.3度のZタイプは600g強しかありません。まだ大塚光学の超広角のBLタイプに行き当たっていませんが、他のズームタイプの双眼鏡の例からすると光機舎の双眼鏡よりも大塚光学の双眼鏡のほうが軽そうです。
この光機舎超広角双眼鏡の筐体は同社の8-15x35のズーム双眼鏡から流用しているようでどうりで大きくて重いわけです。専用のBL型筐体を用意すればもう少し小型化できそうなものの超広角ということから光路に余裕のある大きなプリズムが必要かつアイピースも太くなるため、ズーム双眼鏡と共通というのは必然性があったようです。
Dvc00071 革ケースを開けてびっくり金目鯛のような大目玉を持つ接眼レンズは対物レンズと見まごうほどの大きさ。見口のプラスチックも極端に短いということはアイレリーフが短いということで、これは正真正銘のエルフレが装着されているようです。エルフレというと往年のビクセン天体望遠鏡にエルフレ20mmが付いていたので、その性質はよくわかっていますが、真ん中の解像力はそこそこながら周囲の像は収差が大きく、コントラストが比較的に低いというようなことでしょうか。でも当時超広角というとエルフレあたりしかなく、その視界は驚異的に広かったものの、天体望遠鏡の接眼レンズにエルフレが必要だったかどうかは疑問でした。まあエルフレは低倍率の双眼鏡あたりのほうが使い勝手が良かったのでしょうが、こういう特殊どころの双眼鏡ではないと接眼レンズはケルナー止まり。こだわりの無いユーザー対象の双眼鏡はラムスデンで十分とディスカウント同眼鏡にはけっこう2枚玉のラムスデンが混じっていることがわかり始めましたが、このエルフレは真ん中のレンズが3枚貼り合わせの3群5枚構成です。当然接合面が多い事から光の損失が多く、ラムスデンなんかと比べるとヌケが悪く暗くなりそうな感じです。
 早速覗いてみたら遠くの送電線の鉄塔先端がわずかに分離して見えるのと、やはり長年の放置でグリス類の揮発成分が蒸発してプリズム表面を曇らせていたため、どっちみちオーバーホールです。
 まず、対物レンズ側から分解して対物レンズを取り出しますが、この対物レンズはBL型なのにエキセンリングで保持されていました。最終的には外側から視軸調整が可能なほうが生産性が向上するのですが、BL型のプリズム取り付けプレートのネジによる視軸調整の方法がいかに面倒くさいかということが今回も身にしみてわかりました。対物レンズを洗浄し、エキセンリングにグリスアップして元に戻し、今度は接眼側の分解に入りますが、こちらも通常のCFタイプのZ型同様に下陣笠を外してそこからマイナスドライバーを差込み、視軸シャフトの止めネジを外し焦点調整リングを回せばて接眼アッセンブリーが取り出せます。そして接眼ガイドスリーブをベルトレンチで外し、鏡板のネジ一本を抜いて鏡板を外すとプリズムプレートが現れます。このプリズムプレートの3本のネジを外すことで2つのプリズムが固定されたプリズムプレートを筐体から取り出すことが出来るのですが、このプレートを抜くのも嵌め込むのも少々コツが要り、特にはめ込む際はドツボに入り込んでしまい、なかなか嵌められないという現象に遭遇(笑)
 今回この2対のプリズムは底面も曇っていたためプレートから外して無水アルコールで洗浄することになります。プリズム表面はシングルコートされ、対物側のプリズムには遮光カバーが被せられているのですが、このカバーが黄色い光を放つ黒染めも無いブリキの板で、ダウエルの双眼鏡についていたものと大して変わりません。なぜ遮光カバーかというと広角の双眼鏡は視野がけられるので対物筒に遮光筒が装着できないのです。いままで「遮光筒も省略されているようなコストダウン」などと散々批判してきましたが、8x30mm双眼鏡なら視野角8.5°以上で遮光筒を逆に付けられないようです。これ誤解してました。
 それで洗浄して元の場所に収めたプリズムはプリズムポケットの加工も良好でポケットの端にたがねを入れてピタリとはまり込むようになっているため、それこそ一度外したところでさほど狂いは生じないと思ったのですが、一旦仮組みしてみると、何と左右の水平が無視することが出来ないほど狂っていました。こればかりはエキセンで修正するわけにいかず、けっこう数時間あれやこれやと試行錯誤繰り返したのですが、その間、プレートを再度外してプリズムを付け直してみたり、プレートがすんなり嵌めこめなくなったり問題解決まで本当に半日くらいの時間を費やしたことになります。
 結局はベースプレート上の1.5mmφくらいのイモネジ3本を対象物を観測しながら微妙に調整することで像の倒れと像の離れを解決。エキセンリングも併用して視軸の調整は完璧になりました。このネジ、もう少し調整しやすいように大きくして欲しいのですが、予めこう大掛かりに調整するのではなく、何らかの冶具上でプリズムベースプレートの水平か何かを出しておいてそのまま組み立て、あとはエキセンリングで最終調整するという方法を取っていたのかもしれません。
 調整の終わったこの双眼鏡の実際の見え方は周辺部は歪むののさけられないものの圧倒的に広い視野は大迫力でさすがは超広角というところですが、やはり接眼レンズの構成枚数が多い分だけ光の損失も多く、コントラストとシャープネスはあまり良くありません。真ん中付近の解像力ももう少し欲しいところですが、やはり解像力と像の均一性を求めるか、あくまでも広い視界を求めるかのコンセプトの違いでしょう。エルフレはアイレリーフが極端に短いので全視野を見るにはメガネを外すのは必須ですが、メガネを掛けたままでも並みの双眼鏡以上の視界で見えてしまいます。あと後玉の口径が大きく、曲線を描いているためためにもし後ろに太陽や明るい壁などを背負った場合、コントラストの更なる低下は避けられません。というよりそういう使い方は避けたほうが無難。
 それでも圧倒的に広い視野は星野や野鳥の観察、動きのあるスポーツ観戦や舞台鑑賞などに威力を発揮するのでしょうが、重さだけは避けようがありません。せめてこのクラスの双眼鏡が500gだったら常用しますが、プラスチック多用じゃ光学製品としての愛着は沸きそうもありませんしね。
 今NYヤンキーズで大活躍しているピッチャーの田中将大、駒大苫小牧高校2年のときに夏の北海道大会決勝で9回にリリーフで出て来たのをたまたまニコンの7x35mm7.3°で見ていました。そのときの相手の北照高校のバッターに投げた変化球が視野から消えてしまい、次の瞬間ライト側スタンドに入っていたというリリーフでホームランを打たれるシーンに遭遇しましたが、この双眼鏡ならボールをスタンドまで追い続けられたかもしれません(笑)

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August 11, 2018

HUNTER Gold 50mm x1000 1/10(10倍)Zタイプ双眼鏡

Dvc00069  このHUNTERというブランドの双眼鏡もオークションなどでよく見かける双眼鏡で12台まとめて504円だったかで落札した中の1台です。接眼レンズの表側が金色に蒸着されているのが特徴的な双眼鏡でこれがGold50mmの名前の由来かもしれません。
廉価版双眼鏡としてディスカウント店舗系や通信販売などで主に発売された双眼鏡だとは思うのですが、作られた時期が比較的に古く、プラスチック製のスーパーゼニスなどの双眼鏡と比べると見口のプラスチック以外は総金属製で安物といった風情はありません。
届いた段階で貼り革がまだらに剥げていて非常にみすぼらしい姿だったのですが、靴底の修理剤で部分補修を加えてしまいました。通常J-Bナンバーが入る場所にOMCをデザイン化したようなマークが入っています。これがこの双眼鏡を製造した場所を表す唯一の手がかりです。
 まず対物側から分解してゆきますが、対物レンズは当然のこと硝子のアクロマート2枚あわせでエキセンリングを介して保持されています。気になるカビなどもなくアルコールできれいに洗浄できました。対物筒には反射防止の遮光筒もなく筐体内部は申し訳程度の光沢黒仕上げ。プリズムはノーコーティングで迷光防止処置も一切ありませんでした。プリズムポケットの加工はそれほどガバガバというわけではなく、通常の加工精度でした。下陣笠のネジを外して回転軸止めのネジを外し、マイナスドライバーを対物側からいれて接眼部昇降ネジ止めスクリューを抜き、焦点調整リングを回して接眼レンズアッセンブリーを抜き取ります。そして接眼レンズガイドスリープをベルトレンチで緩めて外し、スクリュー一本を抜いて鏡板を外すとこれもノンコートのプリズムが現れるのですが、そのプリズムの下に二つ穴の開いた黒いプラスチックシートが挟み込まれていました。おそらくは迷光防止のために光路を絞る目的で入れられたのではないかと思ったのですが…。
Dvc00068 プリズムポケットの加工精度もさほど悪くはないと思ったのですが、洗浄後に一旦組みなおして視軸を調整しようと試みたものの、像はお互いに反対に倒れこむは、左右の像上下左右に離れまくるはでとてもエキセンで調整できるようなものではありませんでした。あれこれプリズムの位置を微調整したのですが、左右の像の離れが最後まで解決できず、その後も何度か試みたもののそのまま放置。最後の挑戦だと思って接眼対物側のプリズムを微調整してなんとか水平線も一致し、左右の像もエキセンリングで調整できるくらいになり、最終的にはエキセンリングで送電線鉄塔の先端を左右で一致させて9ヶ月ぶりに調整終了しました。
左右の像がピタリと合うと、真ん中の画像はコントラストは低いものの解像力はなかなか鋭い感じですが、何か視野が狭くて周辺部の像の収差が大きい感じです。接眼レンズの清掃ついでに分解してみると、中身はなんと驚いたことに色消しのない2群2枚のラムスデン!それもレンズは成型品のプラスチックレンズでした。そのプラスチックレンズの外側に金色を蒸着してるのですが、おそらくはラムスデンの色収差を目立たなくすることと、昼間のコントラストの低さを低減する目的だったのでしょうか?またプリズムの下に敷かれた光路絞りの黒シートもラムスデンの収差低減のための対策なのかもしれません。
ライトボディのスーパーゼニスのようなプラレンズのラムスデンですが、収差を隠すためにいろいろ処置を施しているため、改めて指摘されなければ気づかないかもしれません。
Dvc00070_2 金色コーティングでヘイズカットの効果もあるようで、視野はやや青くなりますが中心部は実にシャープで解像力もあるという不思議な双眼鏡。これ、あまり出来のよくないケルナーに変えてしまったら並以下の水準の双眼鏡に成り下がるかもしれません。
でもまあ、接眼部分以外はまともな板橋輸出双眼鏡なのですが、接眼部のラムスデンを含めてコストカット施し方が不自然で、たとえば右接眼部の視度調整は多条ネジで接眼内筒を繰り出すのではなく、接眼外筒内部にネジが刻まれていてそのピッチが荒いので微調整が出来ないなど普通の双眼鏡の常識と異なるちぐはぐさがあります。
もしかしたら接眼部が未完成の半完成状態の双眼鏡が業者倒産でバッタに回り、それを換金するために接眼レンズ部分だけどこかで作ったか流用してとりあえず見えるものを作って市場に換金のため流したのかなぁという印象も受けます。
Hunter名義でアメリカに輸出されていないか調べてみたのですが、該当するものはありませんでした。

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August 09, 2018

Focus 12x40mm5.6° Zタイプ双眼鏡

Dvc00064 ビクセンのセカンドブランドのFokusの12x40mmクイックフォーカス付き双眼鏡です。これも12台まとめて入手したなかの一台です。おそらくは80年代になってからの双眼鏡だと思いますが、当時スーパーゼニスやテルスターなどの実売価格が数千円の双眼鏡が世の中に溢れ、双眼鏡に特段こだわりの無い人は双眼鏡そのものの価格的な価値が数千円という価格破壊を起こしたことで、大手の光学メーカーではさかんにセカンドブランド的なものを作り、旧来のブランドは高級品、セカンドブランドは普及品価格の二本立てで商品ラインナップをそろえ始めたころの製品だと思われます。
 ビクセンでは国内にビクセン光学とアトラス光学の2つの製造子会社がありましたがケンコーなどはいち早くフィリピンに進出してFriendネームの双眼鏡を普及品扱いで国内に大量に売りさばいています。
 このFokusネームの双眼鏡はJapanの表記がないため日本製かどうかはわかりませんが、ビクセン製品では有名なHASEGAWAネームのインスペクションシールが貼られているので国内で組み立てられたか、もしくは輸入の後国内で検品された品質保証付の双眼鏡です。
Dvc00063 まあ、普及品ということもあり、あちらこちらにブラスチック化によるコストダウンが見受けられる双眼鏡で、スーパーゼニス同様に対物レンズ筒はプラスチックですが、対物レンズは嵌め殺しになっているわけではなくちゃんとネジ式のリング締めつけです。その他プリズム固定バネが差し込みだったり左側接眼レンズ筒がプラスチックの成型品だったり筐体のダイキャストが極薄でプラスチックの皮を纏っているなど軽量化やコストダウンの様子は伺えますが、スーパーゼニスのように上下の鏡板や接眼ガイドスリーブ、鳥居やフォーカシング軸やメカまでプラスチック化する訳ではなく、まして接眼レンズ自体がプラスチックなどということもありません。
レンズ各面やプリズム表面もすべてコーティングされているフルコーティング仕様です。
 この60°回転させるだけで無限大から最近接まで焦点調整できるクイックフォーカスメカですが、通常の双眼鏡のように対物側からマイナスドライバーをいれて多条ネジ軸の抜け止めネジを外して接眼レンズアッセンブリを外すのではなく、接眼側の要の中央のメダル(この個体は欠落)をこじって外し、現れたプラスのスクリューを抜いて陣笠を取った下に現れる真鍮の固定ネジを緩めて外すと接眼レンズアッセンブリーが外れるというような分解方法を取ります。接眼レンズアッセンブリーを外してあとは通常のZタイプ双眼鏡同様に接眼ガイドスリーブをベルトレンチで緩めて外し、鏡板のネジを外して鏡板を取り除けばプリズムが現れるという具合です。
 さほどプリズムの曇りやレンズの曇りが気になる状態ではなかったのですが、いちおうすべて分解して無水アルコールで洗浄。プリズムポケットの精度はやや甘く素で組み立てた後は水平がまるっきり狂っていました。
 視軸は筐体の片側2箇所にあるイモネジでそれぞれのプリズムを微調整する仕組みというのもコストダウンの一環なのですが、慣れるとエキセンリングなどよりも簡単に視軸調整できます。
 いつもの送電線鉄塔の天辺が上下左右で一致するように調整していきますが、イモネジで追いきれないときは一度分解してプリズムの位置を修正しなければいけませんでした。
 さて、肝心の見え方ですが、どうも筐体内部の反射防止が省略されてしまっている関係か、フルコートの光学系にしてはしまりの無いコントラストの低いダルな描写です。同レベルの双眼鏡だったらまだコストダウンの洗礼を受けていない黒テルスターのほうがよっぽどシャープに良く見えます。おまけに12倍の高倍率でクイックフォーカスはかえって微調整がしにくく使い勝手がよくありません。一応はワイドということで画角を稼ぐための40mm口径なのでしょうが、30mmに比べて分解能の良さというものも感じられず、やはり普及品ブランドは普及品に過ぎない価格相応の見え方だというのが正直な感想です。それでも画質は周辺部までさほどかわらず均一な感じでした。
 せめて9倍もしくは10倍だったらもっと使い勝手がよかったのでしょうが、低倍率双眼鏡信者の当方としては12倍の単焦点双眼鏡は使い道に困る倍率の双眼鏡です。

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August 08, 2018

SUPER ZENITH 20x50mm3°Zタイプ双眼鏡

Dvc00062 一時期からか、国内に大量に安く出回ったスーパーゼニスの20x50mm3°のZタイプ双眼鏡です。これも504円で12台入手したなかの1台でした。おそらくは1980年代前半くらいの双眼鏡だと思われますが、まだ東南アジアの生産ではなくJapanの刻印のある双眼鏡です。
 とにかく軽いというのが印象で、さらに50mm双眼鏡の割りに筐体が小さくて対物筒の長い双眼鏡だと思ったら、対物筒や対物セルはオールプラスチックの成型品、筐体はいまだにダイキャストでしたがごく薄く仕上げられていてプラスチックが被さっているような感じの一応は金属製。接眼レンズアッセンブリーは鳥居やシャフト、接眼レンズ筒を含めオールプラスチック、おまけに接眼レンズもプラスチックのレンズがはまっているような双眼鏡でした。
そのため、従来のZタイプ50mm双眼鏡の重さが1kg前後なのにこの双眼鏡は630gしかなく、通常の8x30mm双眼鏡よりやや重い程度という本当のライトウエイトの双眼鏡になっています。

 そのスーパーゼニスというブランドですがうわさではオメガのように板橋双眼鏡業者の共通ブランドという人もいますが、もともとは戦後の早い時期から「ゼニス」ブランドで主に北米方面に輸出された輸出双眼鏡のブランド名です。通常のZタイプの普及クラスの双眼鏡だけではなく、栃原製のミクロン型や明らかに光機舎製のズーム双眼鏡のゼニスブランドやスーパーゼニスブランドもありました。明らかにどこかの輸出商社のブランド名だったのですが、それがどこだったのかは今のところわかりません。
それがどうやら円の変動相場制のあおりで輸出が立ち行かなくなり、その商標がどこの所有になったのかはわかりませんが、急に国内の市場にディスカウント双眼鏡として大量に出回りだしたのはテルスター双眼鏡同様です。
その後スーパーゼニスブランドは平成の時代になってもおそらくは生産国を東南アジアに移行したのちも残ったようで、中には近江屋写真用品のHANSAとのダブルネームの双眼鏡も見かけました。
Dvc00061 スタイル的に対物筒がやたらと長く感じる双眼鏡ですがそれもそのはず、筐体部分が通常の50mmレンズの双眼鏡のものではなく8倍30mmクラスの大きさで、その分焦点距離を稼ぐために対物筒が長いのです。
対物側から分解してみると対物レンズの飾りリングもバヨネット式に外れるプラスチックで対物枠もプラスチックなのですが、これギアのようなギザ状のリングで押さえられており、たぶんこれは接着で分解不能。まあ筐体の芋ねじで視軸を調整するタイプなので対物レンズ押さえが接着でもかまわないのですが対物レンズの裏側を拭き上げるのは大変です。対物筒は革シボ模様まで成型で再現された一体プラスチック製です。
対物側のプリズム押さえはネジ無しの差込式でこの時代の双眼鏡としては一般的なものですが、肝心なプリズムはノーコートでした。筐体内部は反射防止塗装特にナシです。
接眼レンズアッセンブリーは接眼レンズ筒、鳥居やネジシャフト含めてプラスチックの成型品で接眼ガイドスリーブも接眼側鏡板と一体のプラスチック。
驚いたことに接眼レンズもすべてプラスチックレンズでさらにはノーコート。これもギア形状のリングで接着されているため、内部が曇ったとしても分解不能です。プラスチックレンズでノーコートなこともあり無水アルコールでレンズを拭くことは厳禁です。
 見た感じではとても20倍という倍率ではないようなので倍率を実測しました。射出瞳径が真円でなくノギスでの測定範囲を決めるのが難しかったのですが実測値が5.15ミリもあり、口径をこの数値で割ると約9.7倍ですからおおよそ10倍50ミリの倍率詐称双眼鏡ということになります。これも高倍率イコール高級品信仰の国内向けの措置なのでしょう。こういう「倍率詐称双眼鏡に名機なし」なのは言うまでもありません。
 コントラストが低くていかにもしまらない描写でおまけに視界も狭いが視界の周辺部に渦巻き収差はもちろんのこと色収差まであり、見ることのできる範囲はほんの中心部にしかすぎません。視界の端に入った電信柱の左右が青と赤の輪郭線がつくので、おかしいと思って接眼レンズを外し、接着のため分解は出来ないものの外から光を当ててみると接眼レンズの構成はプラスチックなこともさることながら単レンズの凸レンズを組み合わせたラムスデンに間違いないようです。いまどきケルナーじゃなくて色消しにもなっていないラムスデンのそれもノーコートのプラレンズを接眼部を持つ双眼鏡なんかはっきり言ってゴミ双眼鏡。まあ視界の中心部分はまともなのですが。
それでもただでくれるといってもありがたく貰うような双眼鏡ではなく、まともなレンズを持つテルスターのほうがよっぽどありがたみのある双眼鏡です。
 しかし、スーパーゼニスは最初はまともな双眼鏡だったでしょうにいつからそんなゴミ双眼鏡に成り下がってしまったのでしょう?

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August 07, 2018

日本光学New Nover 7x50mm 7.3度Zタイプ双眼鏡

Dvc00057 オメガブランドの双眼鏡の口直しというわけではありませんが、日本光学のNEWノバー7x50mmを(笑)
 日本の7x50mm双眼鏡は大正時代末期に日本光学が開発したノバーの7x50mm7.1°という光学系を基本にしたZタイプのポロプリズム双眼鏡が基本で、戦時中も軍用としての需要で日本光学だけでは生産が間に合わず、その図面が各海軍工廠や光学各社に回っていろいろな7x50mm7.1°の派生型が作られています。
戦後はそれを基本に新たに参入したメーカーも含めて光学的にはまったく同一な7x50mmが輸出用双眼鏡として作られまくったのですが、本家の日本光学では戦後の昭和24年に新たな光学系を使用した7x50mm7.3°の双眼鏡を開発し、防水型のトロピカルと非防水型のNEWノバーとして発売するに至ったわけです。
 当時の板橋輸出用双眼鏡と異なるのはプロユースを想定して可能な限りは双眼鏡内部の内面反射やプリズムの迷光防止のために手間隙を惜しまず手を尽くした双眼鏡で、そのあたりは妥協がありません。
 それというのも主に海上で使用する航海用として使用した場合にはぎらぎら光る逆光の悪条件下で海面に漂う流木などを発見できないと生死に係わることもあるため、自ずからして使用できる双眼鏡はアマチュアが使うようなものではなく、逆に言うとこの日本光学のNewノバーはプロに選ばれた双眼鏡なわけです。
 これは昨年の11月くらいに入手したノバーですが、推定年代は昭和20年代末から30年代初めの製造だと思います。ちょうど日本光学ではニコンS2あたりを製造している時代で、そろそろ民生品は双眼鏡からカメラのほうが主力になりつつある時代の製品。
この時代のノバーはすでにレンズもプリズムもフルコーティング化しています。Newノバーの7x50mm7.3度の光学系は主に接眼レンズの改良で、旧ノバーと比べると接眼レンズの口径が大きく接眼レンズのバレルもかなり太くなっています。射出瞳径は真円で周囲に青いケラレもないことからおそらくプリズムもいち早くBK7からBaK4に硝子材が変わったのでしょう。対物筒に反射防止筒が追加になりプリズムは側面の黒塗りはない代わりに迷光防止のため底面にちゃんと刻みが入れられています。前から覗いても内部は艶がまったくない漆黒の世界です。
さすがは旧海軍相手に商売していただけのことはありますが、戦後は海軍に変わって民間の商船団や漁船団相手に日々改良を重ねてきたのでしょう。トロピカルよりも圧倒的に軽いながら同種の双眼鏡と比べて重いというクレームでもあったのか、日本光学では昭和30年代初めに筐体のダイキャストをマグネシウム合金にして軽量化を計ったフェザーウエイト仕様の7x50mm7.3°ミクロンを発売したようですが、あまり重量軽減には効果が少なかったためかフェードアウトし、すぐに7x50mm7.3度IFの時代になったようです。そのため、あまり7x50mm7.3°のミクロンネームのものは数が残っていないようです。
Dvc00056 それでわずかにカビのスポットとプリズムの曇りがあったこのノバーですが、筐体内部の加工も優秀でアルコール洗浄後のプリズムはがたつきも無く微動だにしません。接眼側のプリズムポケットも加工精度は抜群でしたが、後の7x50mm7.3°IFは鏡板の密閉性を高めるため、黒のパテを使用して筐体との密閉性を確保してあるのですが、この時代のノバーにはまだそれがありませんでした。波飛沫が掛かるような船舶で使用するのならトロピカルを使用せよということなのでしょうか。それでも後になってちゃんとこういうところも改良するのはさすがにプロユースの日本光学です。
 肝心の見え方ですが、マルチコートの明るい視野にはかなわないものの当時としては丁寧に反射防止を施したことによる群を抜いた明るい視野にコントラストのあるシャープな見え方はさすがプロのための双眼鏡で、板橋の輸出双眼鏡が束になってもかないません。というのも悪天候下、悪条件下でもいち早く相手の船や障害物を発見しなければいけない道具なので、言うなれば命が掛かっている道具なわけです。そのため、アマチュアが個人で手に入れるようなものではなく、官公庁や海運会社、大手水産会社などの装備品として償却資産扱いで購入されたものが殆どだったのでしょう。昭和40年代でもニコンの双眼鏡の価格は別格で高価でした。
 解像力分解能至上で描写に味があるかどうかということは論外でしょうが、意外に立体感に乏しく初期のニッコールのようにカリカリの描写に近い感じがします。
 ケースはフラップがバネ式からボタン止めになった茶色の飯盒型牛革ケース。ストラップも茶色の牛革ストラップでした。
 ただ、一つだけ残念なのは戦時中から戦後すぐのころのノバーに使われていた接眼フォーカシングリングのローレット加工がダイアモンドから単純な縦グルービングに変わり、コストダウンを感じさせることでしょうか。

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August 06, 2018

買ってはいけない!? 5ツ星オメガ12x30mm Zタイプ双眼鏡

Dvc00053 板橋輸出双眼鏡業者のパブリックドメインならぬパブリックブランドといわれるオメガの商標が付く双眼鏡ですが、昔から技術と品質が保証されていない双眼鏡の代表とされており、その仕事がいかに酷いものだということを知るために各1円で4台送ってもらった双眼鏡の1台として入手。これ、単独だったらたとえ1円でも送料がもったいないから絶対に落札しません。
 このオメガはいろいろいわれる話では税金対策で部品の在庫の所有者を曖昧にして税務署の目を晦ますため、組み立てで預かった部品として各業者が共同の商標を使用したとか、各業者が輸出用の余った部品を換金する目的で、国内に販売するために作った共同の商標とかいろいろ言われていますが、中には従業員が勝手に部品を持ち出して双眼鏡らしきものを組み立て、質入して換金しただのそういう話まで伝わっているほどです。
 まあ、国内にこれだけたくさん残っていることを考えると余剰部品の換金目的もさることながら、業者の倒産による引き上げ品を銘板部分だけオメガのものに取り替えて換金目的で国内に流通させたというバッタものというケースもかなりあったと想像してます。
 こういう双眼鏡だけに実質的な品質の保証も無く、おそらくは最初から左右の像がずれているような不良品もたくさんあったことでしょう。成東商会のダウエルが部品のかき集めのような双眼鏡なのにちゃんと見えるように調整しているのにもかかわらず、オメガは「形だけプリズム式の双眼鏡」でまともに見えないものがかなりの確立で混じっていることを覚悟しなければいけませんが、入手したオメガが「どれだけ酷いもの」だったかを確認するという自虐的な楽しみもあるかもしれません。
 「オメガ各種まとめて10台で1000円」なら怖いもの見たさに入札してしまうかも(笑)
Dvc00054 その1円オメガの12x30mmですが、通称5つ星オメガ。売りやすいように12倍をうたっているものの実質的には8x30mmという倍率詐称双眼鏡です。クリーニング前に遠くの送電線を覗いて見ますが、像が左右にきれいに分かれて見えるのは調整でなんとかなると思っていました。
 そして対物筒を外して対物側のプリズムの曇りを取り除こうと開けてみたら、なんと驚いたことにプリズムが黄色のゴム系接着剤でがちがちに固定されています。あまりプリズムポケットの加工がよくない筐体の双眼鏡でショックでプリズムがずれないように透明なグルーで留めてあるものはありますが、こんなものは前代未聞の素人細工。それも対物プリズム自体が光路を覆いきれないくらい小さいのです。おそらくはミクロンタイプのプリズムを流用したような感じですが、この一回り小さなプリズムの左右だけコーティングが施されていました。
 対物レンズは両面コーティングながら接眼レンズはノーコーティングのようで、接眼レンズ側のプリズムは普通サイズですが、これもノーコーティングでした。
 それで対物側の小さなプリズムの位置が決まらず苦労して水平だけは出したのですが、最初に見たように左右のエキセンリングだけで距離をぜんぜん縮められません。プリズムが黄色いボンド止めのこともあり、最初から左右がきちんと調整されていた保証も無いので、このまま放置決定。
 そのため、針金で調整してあるがとりあえずはちゃんと見えるダウエルを抜いて最低ランク入りどころかランク外の評価になってしまいました。
 でも中には本当に輸出双眼鏡の倒産引き上げ品にオメガの鏡板をつけ直した割とまともなオメガ双眼鏡だってあるのでしょうが、とんでもないものをつかまされる可能性も大きいということで「触るな危険、買ってはいけない双眼鏡」の代表入り。
 オメガほど怪しいものはありませんがオメガのような国内専用共同ブランドのようなものにゼニス、スーパーゼニス、クラウン、イーグルクラウンあたりも広く出回っているところをみる、案外そうなのかもしれません。

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August 05, 2018

Sky-Luc. 10-50X50mm BL型ズーム双眼鏡(鎌倉光機)

Dvc00046 Sky-Luc.という聞いたこともないブランドの双眼鏡だったために、いままで「東南アジア製?」などと思われて粗末にというか、いままでまったく手を付けずに10ヶ月近くも放置されてきたズームの双眼鏡ですが、中を分解してその製造元が判明し、さすがは○○製だと急に株が上がってリスペクトされ始めた双眼鏡です(笑)
 そもそもズームの双眼鏡自体その性能面の制約上から「ズームに名品なし」などという思い込みで興味が無かったのですが、今の東南アジア製の小口径高ズーム比の双眼鏡と異なり、大口径で設計に余裕がある低ズーム比の双眼鏡はそれなりに見えることがわかり、さらにBL型のプリズムユニットの脱着と視軸調整をマスターしたことでやっと手をつける気になったズーム双眼鏡でした。
 この双眼鏡は12台まとめて504円かそれくらいで昨年の10月に入手した双眼鏡群の一台です。その中には鈴木光学やプレシジョンなどの戦後すぐの双眼鏡などが含まれており、大掘り出し物でした。

 このSky-Luc.というBLタイプのズーム双眼鏡は10-50倍というズーム比で口径は50mmですが、光機舎や市川光学工業のズームタイプのBL型よりも設計がかなり新しいようで接眼レンズ筒もすっきりスマートになっており、双眼鏡自体が巨大で重いという印象がありません。実際に重量が900g台なので、かなりプラスチックを多用しているのかと思いきや、プラスチックは接眼レンズのズームカムのガイドになるスリーブと対物セル周囲くらいなもので、筐体もプラスチックではなくダイキャストですが徹底的に重量軽減のためか凹凸をなくして薄く仕上げているようです。もしかしたら素材自体も単なるアルミではなくマグネシウムが混ぜられているかもしれません。
対物レンズは深いブルーコーティングでまさに「深い古井戸を覗いたがごとく」でしょうか。いちおう紫外線カットをあらわす表記があります。BLタイプなので対物レンズ枠にはエキセンリングは仕込まれておらず、対物レンズ外枠は衝撃を和らげる目的かゴム製です。
 接眼レンズユニットを外すために対物側からマイナスドライバーでストッパースクリュウを外したのちにフォーカシングリングを回して接眼レンズユニットを抜き、そのままそれぞれ2本のスクリューを抜いて鏡板を除いたあとで接眼ガイドを緩めて抜きます。
 現れたBL型特有のプリズムユニットはスプリングの付いたスクリュー3本と短いスクリュー3本があり、このスプリングの付いた長いスクリューを三本抜くことでプリズムユニットを取り出すことができるのですが、このスクリューが妙に硬くて頭が舐めそうだったため、何本かインパクトドライバーを使って緩めなければいけませんでした。そしてこのプリズムユニットを取り出して現れたダイキャストの陽刻がJ-B133.。なんと製造元は世界の有名双眼鏡メーカーのOEMを手がけ、いろいろと革新的な技術を提供し、現在も双眼鏡を作り続けている鎌倉光機でした。
 水戸黄門じゃあありませんが、いままで安物のズーム双眼鏡だと思って打ち捨てられていたものがJ-B133のナンバーをそれもプリズムユニットを取り除いた場所から見せ付けられて世界の鎌倉光機とわかり、急に大切に扱われることになったわけです。
Dvc00045 鎌倉光機に関して少々歴史を書いておくと創業は昭和22年5月で会社設立は昭和25年、創業当時は多くの光学関係の会社が集まる板橋のお隣の北区志茂でしたが割りと早い時期に埼玉の蕨市に工場を構え、今では蕨市の地場産業として鎌倉光機の双眼鏡がふるさと納税の返礼品に採用されたこともあるそうな。いままで鎌倉光機のブランドで国内発売されたことがなく、すべてがOEM商品で有名どころではニコン、キャノンやカールツアイスあたりにも製品提供している技術のある会社です。
 そのため、OEMの名前の有名ではない双眼鏡でも製造元が鎌倉光機だと信用できるというか、下手なものは作っていないなという安心感があるのですが、逆に板橋四畳半メーカーのようなとんでもないものに遭遇してしまう面白みに欠けてしまうのは仕方がありません。
 これ、鎌倉光機のオリジナル設計なのかプリズムユニット固定スクリューにバネをかませてありますが、緩まないようにするのと同時に落としたときにプリズムユニットにショックが直接加わってプリズムがずれたり破損したりしない工夫なのでしょう。こういう創意工夫の積み重ねが今の鎌倉光機に繫がっているのでしょう。
 BL型独特のプリズムユニットはプリズムは樹脂で位置決めされているので、プリズムの合わせ面が曇っていたりカビたりしていない限りは外すのは厳禁です。大抵はプリズム押さえのバネを外して表面をふき取るだけで事足りるはずです。そして肝心の視軸合わせですが、この双眼鏡は接眼ガイドの筒を装着したままで鏡板が外れるため、接眼レンズアッセンブリーを装着したままでプリズムユニットのスクリュウーで視軸調整することができます。
 ただし、どうしても三脚に固定して各倍率でのズレを確認しながらの視軸合わせになりますので、すべて組み立てが完了してから外側で視軸あわせが可能なZタイプ双眼鏡より手間が掛かります。
 それでなんとか視軸あわせも完了し、組み立てなおして遠くの送電線鉄塔を覗いた感想は、低倍率10倍ではけっこう破綻のない均一した画質で周辺部もゆがみが少ないのですが、もう少し広い視界が欲しいところです。解像力もシャープネスもそこそこなのですが、ズームなので仕方が無いというところでしょうか。
またズームに従って大きくなる焦点移動と左右の視差がやや大きいのが気になりました。
 実用になるのは30倍くらいまでで50倍まではいらない倍率なのでしょうが、おそらく10-30倍の双眼鏡では売れないのでしょうね。高倍率イコール高性能なんていう図式は7x50mmの双眼鏡から始めたわれわれのような元天文少年なら最初から持ち合わせていない誤った固定観念なのですが。

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August 04, 2018

カートンカスタム8x30mm 8.5度Zタイプ双眼鏡

Dvc00038_2  カートンのカスタム8x30mm8.5°Zタイプ双眼鏡、推定昭和50年代になってからの製品でしょうか。
というのも昭和40年代までのカートンはカタカナでロゴが入っていて少々垢抜けない印象だったのですが、こちらはすっきりした一般的なデザインになりました。
 カートン光学の創業は実に昭和の5年で当時は加藤六次郎商店として浅草に近い下谷の南稲荷町で光学製品卸を始めたことから始まります。昭和30年代末から昭和40年代に掛けては天体観測ブームやレジャーブームに乗ってCartonの名前の入った天体望遠鏡や双眼鏡が全国の眼鏡店などに並んでいましたが少子化による消費層の縮小から現在は実体顕微鏡の販売しかしていないようです。
 カートンは双眼鏡に関しては終始OEMで済ませていたようで、というのも板橋の業者が仕事ほしさに口をあけて待っている状態のときにわざわざ自社で生産ラインを持つ理由もなく、そのため、完成品を自社基準で検品するくらいしかしなかったのでしょう。そのためけっこう雑多なメーカーの双眼鏡が混じっている感じですが、80年代を代表するカートンの高級双眼鏡アドラブリックは宮内光学のOEMだという話です。
 板橋から上尾に移転した工場も20年ほど前に閉鎖し、現在では工業分野に特化した実体顕微鏡などをタイに設立した現地法人から日本に輸入販売する業務に特化してしまったようで、往年の天文少年からしてみると大変寂しい感があります。
 そういえば今年は火星大接近で天体望遠鏡もよく売れたという話ですが、我々が天文に足を踏み入れた昭和46年の火星大接近のときの天体望遠鏡の売れ方とは隔世の感があります。子供の数自体がそもそも違いますが、その時代はカートンやエイコー、ミザールやビクセンなどの中堅ブランドやアストロなどの中堅ブランド、五藤やニコンなどの高級ブランドも選択する自由だけはあったのです。もっとも昭和46年の火星大接近のときは当方まだ自分の天体望遠鏡は持てず、学研の科学の付録の望遠鏡で火星を覗いても他の恒星同様に点にしか見えませんでした。
Dvc00044_2 このカートンの8x30mmは一連の1円ジャンク双眼鏡ではなく690円で落札した双眼鏡です。接眼レンズが大きいことからもわかるとおりやや広角の双眼鏡で、8x35mm11°のような超広角ではないものの通常の視野7.5°の双眼鏡よりも見える範囲がやはり違います。
 おそらく以前から売られていた8x30mmは7.5°なのでしょうから広角シリーズとしてカスタムの名前が付いているのでしょうか。
 届いてすぐに対物レンズ側から分解し、まず対物側のプリズムを外して無水アルコールで曇りを磨きますが、酷いカビのスポットもなくきれいに拭きあげ完了。といのもどうやら対物側プリズムにはコーティングもないようでした。プリズムポケットの加工は優秀でプリズムの位置もピタリと決まりますが、一箇所錫箔による微調整がありました。
 対物レンズはシアンコーティングのシングルコートで対物レンズに遮光筒は装着されていません。筐体内部の塗装もやや艶が気になりました。
 接眼レンズのアッセンブリを外して接眼レンズ側の曇りをクリーニングしますが、こちらのプリズムポケット加工も良好でプリズムの位置もピタリと決まりますが錫箔修正が一箇所ありました。接眼レンズはさすがに口径も大きく一部マルチコートのようなコーティングが施されています。接眼レンズ内部は曇りもかびも無かったため、分解せずにそもままにしておきました。

 再度組み立てなおし、エキセンリングで視軸も容易に修正できましたが、肝心の見え方は視界がさほど広角というわけではないので、割と周辺まで均一な画像ですが、さすがに周囲はうずまき収差があるのは仕方がありません。内面反射やノーコートプリズムの光の損失を気にしていたのですが、意外とコントラストもシャープネスにも優れていて、VISTAの8x30mm双眼鏡のように遠くの送電線鉄塔の鉄骨の奥行きまで感じられるような描写が平面的ではなく立体的に見える双眼鏡です。
 欠点は鏡板をはじめ対物レンズや本体要部分の金具まで黒染めではなく戦中戦後の双眼鏡のように塗装仕上げのため、経年でぽろぽろはがれてくるのが気になります。もっとも当時のカメラの黒も塗装で、塗装の経年劣化ではがれてしまうため、わざわざ黒のリペイントを商売にしている業者もありましたね。

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August 03, 2018

Alps10x30mm Z型双眼鏡

Dvc00037 戦後板橋輸出用双眼鏡のブランド名の中には富士写真機工業に肖った格好かFUJIの付くブランドがいくつかあり、日本一の山が富士なら世界一はエベレストだということでエベレストブランドの双眼鏡やそれならヨーロッパはアルプスだということでアルプスブランドの双眼鏡、山の頂点はサミットだからサミットというような山関連のブランド名がいくつも存在しました。
 今回入手したのはその中でもAlps(アルプス)というブランド名の双眼鏡です。
 ALPSってHANZAやHAKUBAと同じような写真現像用品のブランド名だったような気がするのですが勘違いでしょうか?まあ中古カメラ店の新宿アルプス堂は有名でしたが。
 これも1円で落札した4台の双眼鏡の一台でしたがJ-B259という組み立て業者コードがありながら作った業者がわからないという双眼鏡です。組み立て業者コード設定の昭和34年当時は輸出価格の下落を防ぎ業者間の値下げ競争による品質低下を防ぐため、中小企業調整法とかいう法令の適用を受け、独占禁止法の例外業種として各業者に生産数量を割り当てていたそうで、そのために一目で出自がわかるように輸出双眼鏡は本体の刻印を義務づけられたらしいのですが、どうも個人事業者として個人名で業者コードを申請し、実際にはまったく事業を行わずに月間400台なりの製造割り当て数を他業者に売ってその手数料を稼ぐという手段の商売が横行したために問題になったという話もありますし、昭和30年代前半に雨後の筍のように設立された双眼鏡組み立て業者が昭和30年代半ばに数年の商売で仕事が激減し、不渡りを出して倒産廃業ラッシュが押し寄せたという話もあり、比較的短期間のうちに廃業したために一覧作成したときにはすでに存在しなかったという可能性もあります。けっこうこのコードは欠番や重複などがあり、そのあたりの事情はよくわかりません。
Dvc00036 そのアルプスブランドの10X30mm双眼鏡ですが作りとしてはオーソドックスな板橋輸出クオリティーのZタイプ双眼鏡です。倍率が真正10倍で倍率詐称していないところはそもそも輸出検査に回って輸出されることを前提で作ったのでしょう。対物レンズ表裏および接眼レンズ表はシアン色コーティングですが、プリズムはコーティング無し。内部は野口光学工業の双眼鏡同様に黒の鍍金かアルマイトのような仕上げで光沢があり内面反射が気になります。
 筐体のプリズム加工部分は精度的にも問題なく、プリズムもピタリと位置が決まるのですが、わざわざプリズムがずれないように透明なグルーで接着がありました。左側対物レンズの接着面にほんのわずかバルサム切れが見受けられます。
 それで実際に見た感じではやはり筐体内部の黒鍍金のてかりが影響して微妙にコントラストが低くて視界も暗い感じがします。一キロ先の送電線の鉄塔もどうも平面的に見えてしまい、コントラストとシャープネスは並以下。見え方としては手元にある野口工学工業の双眼鏡とよく似ている感じで典型的な板橋輸出双眼鏡クオリティーの双眼鏡のようです。
 気になって射出瞳径をノギスで計測してみるとおおよそ3.05mmほど。表記の10倍も検査合格範囲内のようでした。

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August 02, 2018

WORLD 8-20x50mm BL型双眼鏡(大塚光学)

Dvc00035 WORLDというこれも聞いたことの無い輸出ブランドの双眼鏡です。見口がゴムということもあり、そろそろブラスチックの部品が構成物に現れた80年代に近い双眼鏡だと思われます。
基本的にズームの双眼鏡は好きではなく、というのも何台かまとめて一梱包の双眼鏡を落札すると好き嫌いに関係なく必ずプラスチックボディの小型ズーム双眼鏡が混じっており、性能を誇示するためかやたらとズーム比が高いにもかかわらず最低倍率にしてもほぼ使い物にならず、すっかりズームの双眼鏡嫌いになってしまったからのようです。
それでもプラスチック以前のズーム式双眼鏡でズーム比が低いものはやたらと大きくて重いという欠点はあるものの、最低倍率でもそこそこは見え、最高倍率でも使えないことはないということがわかり、少しはズームの双眼鏡に興味を持つことが出来るようになったというところでしょうか。
 この双眼鏡は1円双眼鏡まとめて4台のなかの一台でした。左右の連動がギア式のズーム双眼鏡で倍率は8-20倍となっており当時の普通の水準。J-B48の刻印が残っているため、ワイドタイプとズームタイプの双眼鏡でその名を残し、未だに光学会社として存在する大塚光学の製品だとわかりました。
 大塚光学は昭和31年11月に練馬区仲町で操業しており、昭和40年代には練馬区北町、現在では川越市に工場があるようです。昭和40年代に輸出用双眼鏡メーカーが続々と廃業倒産していった時代にも高性能高付加価値の双眼鏡を作り続けていたためか、その当時でも従業員50名以上を抱える板橋双眼鏡業者としても大きな業態の会社でした。
 板橋双眼鏡がNIKONやFUJINONのような自社ブランドで輸出出来なかったなかで自社のDia-Stoneは数少ない板橋双眼鏡の自社ブランドとして海外でも通用したものです。
 その大塚光学の昭和50年代になってからの製品ではないかと思われる8-20X50mmのBL型ズーム双眼鏡ですが、分解前に覗いたところわずかに視軸が狂っていて送電線鉄塔の先端が斜めに分かれて見えました。
そしてズームカム部分のグリスの油分が蒸発してレンズやプリズム表面に付着したのか少々視界が曇っていたため、どっちみちオーバーホール対象機です。
Dvc00034 構造的には対物のセルだけがプラスチックという時代のものですが、面白いことに左右の視差の調整が接眼側の焦点を変えるのではなく右側の対物レンズをヘリコイドで出し入れして調整するという方式こういうのはあまり見たことがありません。対物レンズ接眼レンズともに外側がアンバーコーティング、内側がシアンコーティングのようです。最大径46mmもある接眼レンズ部分のバレルも巨大でさらにBL型の筐体も巨大で重く、とても持ち歩く気にはなれませんが、光機舎のズーム双眼鏡のように筐体下部にカメラの三脚に固定するためのねじ穴が設けられています。これよりも古い光機舎の同ズーム比8-20x50mm双眼鏡と比べるとやや対物レンズの焦点距離が短いのか全長が短くなった双眼鏡で、光学系に新種のレンズを使用したりして屈折率などを高めた結果でしょうか。
BL型の対物側接眼側のプリズムは一個のプレートに収まっていて、このプレートを接眼側から抜くことでプリズムの清掃が可能になります。この双眼鏡の場合は油分が蒸発してプリズム表面を曇らせているだけだったため、プレートからプリズムを取り出すことなく清掃可能だったのですが、プリズム相対部分に曇りやカビが無い限りは極力このプレートからプリズムは外さないほうがいいと思います。
プレートから外さない限りはプリズム同士の視軸の調整は不要なのですが、対物レンズとの視軸の修正はこの3本のねじで調整するようです。この場合対象物を覗きながらでないと調整が困難なので、接眼側の鏡板を閉じないまま接眼レンズのアッセンブリーを取り付け筐体をカメラの三脚に固定し、対象物を覗きながら送電線の鉄塔先端を一致させる作業を行ったのですが、どうやればどういう動きをするという感覚がないままぴたりと合ってしまいました。8倍で調整していたので倍率が変わるとズレも拡大されてダメかとおもったのですが、20倍でも大丈夫です。ただ、これは仕方が無いことですがズームしていくとピントのズレがけっこう気になり、いちいちフォーカスし直さなくなるのがわずらわしいことで。
 8倍時の描写はズームの癖にけっこうシャープで解像力のあり、並みの8x30mm双眼鏡より口径も大きい分分解能も優れているような感じです。光機舎の双眼鏡もそうですが、なんかズーム双眼鏡というと解像力がいまひとつのような先入観がありましたが、ズーム比が割りに低く口径が大きなズーム双眼鏡は調整さえしっかりされていれば実用に問題ないかもしれません。ただし逆光には弱そうでコントラストの低下は否めませんが。
 光機舎のズーム双眼鏡と重量を比べると光機舎が1234gに対して大塚光学が1140gとやはりやや軽いのですが、後の時代のプラスチック多用、おそらく海外製(実は鎌倉光機製でした)の20-50X50mm双眼鏡は963gしかありませんでした。まあこいういう大きさと重さで大型のズーム双眼鏡以前より廃れてしまった訳が何となくわかるというものです。

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August 01, 2018

市川光学工業PHOENIX 8x30mm 7.5°Zタイプ双眼鏡

Dvc00030 送料がもったいないので双眼鏡4台それぞれ1円で落札し、まとめて送ってもらった双眼鏡の一台だったものです。PHOENIXという商標にはまったく馴染みがなく、おそらくは何処かの輸出ブランドとして板橋で作られた板橋輸出双眼鏡の一台だと思っていたのですが、これがまとめて落札した4台の最大の掘り出し物でした。
JBコードとJEコードの両方が付いていたので昭和30年代中ごろから昭和40年代前半くらいの双眼鏡かと思ったのですが、製造元はJ-B24の市川光学工業でした。
市川光学工業というと戦時中昭和19年の設立で補助的にI.K.K.のマークで13年制式双眼鏡などの製造に携わり、戦後もすぐにオリエント貿易などと組んで相当な種類の双眼鏡をアメリカ本土に送り込んだ由緒ある会社です。
 ネットで拾った情報によるとこの古いPHOENIXブランドの発売元は東京輸出双眼鏡共同組合となっていたそうです。国内に双眼鏡を流通させる場合に個々の製造業者が営業対応できなかったため、まとめてこの団体が窓口になっていたのでしょうか?
 このPHOENIXブランドの双眼鏡はけっこう新しい昭和40年代末製造くらいのものもあるので、普通に市川光学工業のZタイプの双眼鏡のブランド名だったのかもしれません。

Dvc00029 双眼鏡メーカーとしては戦前から存在する会社の製品でもあるため、内部の加工精度や丁寧な内部つや消し塗装などに手抜きが無く、なぜか見え方までカッチリしているように感ずる双眼鏡です。さすがにこのような丁寧な仕事で自分の製品に責任を持たないと、なかなか海外からの大量発注にはつながらなかったでしょう。その市川光学工業も昭和46年頃から始まった円の切り上げならびに昭和48年の円の完全変動相場制移項による円高の影響。また直後に起こったオイルショックによる原材料高騰により名門市川光学工業もまともにその影響を受けたらしく、その後の光学会社としての足跡は見あたりません。
 このPHENIX8x30mm双眼鏡は無理の無い工学系のため、画質も割と均一でコントラストもシャープネスもまあまあ高い部類の双眼鏡でした。
  ただ、最近一番のお気に入りVISTA8x30mmとくらべるとVISTAの双眼鏡は1キロ先の送電線の鉄塔の先端が奥行きまでも感じさせる立体感が際立ったような描写をするのに対して、この市川光学工業の双眼鏡は何か奥行きが感じられない平面的な立体感に乏しい描写をするのです。これは以前新品購入したニコンのマルチコート7x35mmの双眼鏡もVISTAの立体感にはかないません。双眼鏡の描写というのは遠くの像が如何にシャープに結像するかという分解能重視なのでしょうけれど。
これは光学的にどうだというのではなく、レンズの描写の味みたいなものでしょうか。

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