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September 25, 2018

日吉光学OCEAN 7x35mm 10°BLタイプ広角双眼鏡

Dvc00201 日吉光学のOCEAN 7x35mm 10°のBL型双眼鏡です。これが輸出用であれば相手先のブランドになるのでしょうが、国内向けということで、オリジナルのOCEANのトレードマークが付いてメーカーのコードもまったく付いていない製品です。年代的には昭和40年代初めくらいの製品でしょうか。
 以前にも書いたとおり昭和30年代になるとアメリカの消費者の嗜好から7倍もしくは8倍のBLタイプで広角の双眼鏡が作られるようになり、その中でも光機舎、大塚光学、日吉光学などは超広角双眼鏡を各種製造し、相手先ブランドで大量に輸出していました。
 市販輸出用超広角双眼鏡のレコードホルダーはLinetブランドの日吉光学製造視野角13°だそうですが、同じくこの日吉光学のBL型双眼鏡は視野角10°ながらさほど無理のない設計ゆえに実用的にはこれくらいが最適なのではないかと思わせる双眼鏡です。
 同じく日吉光学製造のSimourブランドの7x35mm 10°のZ型双眼鏡があり、その双眼鏡との見え方の比較なども面白いと思って手に入れたものです。さすがに落札額はごみ双眼鏡と次元が違いますが(笑)
Dvc00200 この日吉光学の7x35mmBL型は前回入手したKenkoブランドの光機舎7x35mmBL型と比べると視野角は1°狭いものの大きさは変わりません。ところが重量がかなり軽くなっており、光機舎が1000gに近い重さでとても常用できる重さではないのに対してこちらは780gとかなり軽く仕上がっているのが特徴です。そのため8x30mmクラスの双眼鏡に比べてしまうとかなり重いのですが、それでも7x50mmクラスの双眼鏡よりはだいぶマシというレベルです。
 おおよそ製造年が昭和40年前後らしく、各コーティングもシアンのモノコートですが、さほど視野の暗さというのも気になりません。BL型ですが、対物セルにエキセンリングが組み込まれており、最終的にはエキセンリングで視軸を微調整するタイプです。
 かなり長年タバコの煙に晒されていたようで、貼側の表面などがヤニでコーティングされており、中性洗剤を薄めたものをつけた歯ブラシで何度もこすっては拭きを繰り返すと今度は貼革の艶がなくなり、今度はシリコンの艶出しスプレーを布に染み込ませて塗布。
 対物レンズは裏側が若干曇っていた程度でカビのスポットはありませんでしたが、対物側から内部を覗いてみるとプリズムに若干カビのスポットが見受けられました。そのため、まず対物レンズを外して表裏を洗浄し、組み付けた後に接眼レンズアッセンブリーを抜いて接眼ガイドスリーブをベルトレンチで外し、鏡板のスクリューを抜き鏡板を外すとBL型特有のプリズムアッセンブリーが現れます。
 このプリズムアッセンブリー板をスクリュー3本を抜いて筐体から外し、対物側、接眼側のプリズムを外してプリズム面を磨きますが、対物側には遮光板は入れられており、こちらはちゃんと黒染めされています。プリズムにもちゃんとモノコートされていますが、カビによる変質で若干スポットが若干残ってしまいました。
 接眼レンズも曇りがありましたので分解洗浄しましたが構成は3群5枚構成で対物側と接眼側が2枚構成の張り合わせ、真ん中は単玉でした。各面にはちゃんとモノコートされています。
 再組み立てして遠くの送電線の天辺で視軸のずれを確認し、エキセンリングで修正を試みるも左右は合わせられるも上下のずれがどうしても合いません、そのため、一旦接眼レンズアッセンブリを抜いて鏡板を外し、プリズムアッセンブリ板の3本のネジで上下の視軸を調整することになりますが、この際は筐体に止めてある3本のスクリュウーを少し緩め、その隣にあるやや細いスクリュウを調整してあわせます。上のスクリュウーを僅かにねじ込むことで視軸の上下はピタリと合いました。
 実際に視軸を修正したこの日吉光学の7x35mm10°とKenkoブランドの光機舎の7x35mm11°と比較してみると、光機舎のような圧倒的な視界の広さに驚くという感動は日吉光学のほうにはありませんが、それでも視野が広々としており、コントラストもシャープネスもそこそこ不満も無く、視界の端のほうの視界のゆがみもそれほど気になることはありませんでした。
 殆ど光学系は同一で筐体形式の違いしかないSimorブランドの日吉光学7x35mm 10°のZタイプと比較してみると、視角や視野の明るさなどは殆ど変わりませんが、SimorブランドのZタイプのほうが視野周辺部のゆがみがやや大きく、解像力がやや落ちるような印象がありました。プリズムの大きさが影響しているのでしょうか。
 ただ、SimorブランドのZタイプのほうが重量が610gに対してOCEANブランドのBLタイプは780g。日常使いにこの重量差が許容できるかどうかがどちらを常用するべきかの分岐点になりますが、個人的にはこの重量差なら丈夫なOCEANブランドのBLタイプのほうを使うと思います。
 また冒頭でも書いたとおり、この日吉光学OCEAN双眼鏡は国内向けの出荷のためJ-BナンバーもJ-Eナンバーも最初から付いていません。

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September 01, 2018

Kenko マイクロズーム5.5-10x20mm Mタイプ双眼鏡(東亜光学)

Dvc00102 ケンコーのちょっと変わったマイクロズームという双眼鏡で、ツアイスタイプのような筐体の実はミクロン型でさらにズームという双眼鏡です。形態的にはエイコーのブルズアイがズームになってより一層不恰好になったような双眼鏡です。ミクロン型のズームが珍しいのではないかと思いましたら今のプラスチックの皮が被った小型ズーム双眼鏡はみなミクロン型ですからその今の小型ズーム双眼鏡を先取りしていたということでしょうか。
 この双眼鏡はケンコー自身が製造したものではなく当然のことOEMで作った会社は輝けるJBナンバーのファーストナンバーを獲得したJ-B1の東亜光学です。この会社は現在東京都の三鷹市で医療機器を製造している東亜光学と同一だと思われますが、その前身は戦時中に補助的に陸軍の13年制式6x24双眼鏡を製造していた東亜光学研究所で、戦後は昭和20年12月に発足した日本光学機器工業組合のメンバーに名前を連ねています。
 終戦後早いうちからミクロンタイプの双眼鏡を製造し、その殆どが海を渡りましたが昭和20年代から30年代前半は本家の日本光学だけではなくこの東亜光学のようにかなりの業者がミクロンタイプの製造に携わっていたようです。というのもZタイプの双眼鏡部品同様にミクロンタイプのパーツも分業体制が出来上がっていて、おそらくは部品ブローカーに何百台というよう発注をかけると過不足無くすべての部品が納品され、あとは組み立てて調整するだけの仕事だったのでしょう。
Dvc00100 この時代には基本はミクロン型ながら少しスタイリッシュな外殻を被せたニコンのルックのような小型双眼鏡が大流行し始めた時代にあえてツアイスタイプの外殻を持つミクロンタイプが意味があったかは知りませんが、この時代にズームのメカを格納するためにはまだ内部にも余裕があるこの形でなければいけなかったのでしょうか?ズーム連動機構はギアではなく鳥居の部分に溝が刻まれており、このスリットの中を左右を連動させるための細い金属のベルトが入るもので、ズームもレバーではなく視度調整のようにリングを回して変倍させるものです。
 某フリマサイトで購入したこのケンコーのマイクロズームは送料込みながら当方としてはやや高めの購入金額でした。まあこれを使用するという目的はまったく無かったのですが、分解前にいちおう覗いてみると遠くの送電線鉄塔がきれいに左右に分かれています。対物レンズは小口径ながらエキセンリングが仕込まれていてこれで視軸調整するらしいですが、はたしてこの口径の小さな対物レンズのエキセンリングだけで左右に離れた像を追い込むことができるのかどうか?
 対物レンズ筒を外し、対物レンズ枠を外してモノコート2枚合わせのレンズを磨きますが、取りきれないカビのスポットはありませんでした。エキセンリングにグリスアップして元に戻し、対物側鏡板を止めているネジを抜いてこれを外すと対物側のプリズムが現れます。このプリズムは対物径の小ささゆえにかわいらしい大きさですが頂点が平らに削られていて台形をしたプリズムです。プリズムにもシングルコートが施されていますが、迷光防止のための処置はまったくありませんでした。小口径ゆえにあまり心配ないものなのでしょうか?
Dvc00101 次に接眼レンズアッセンブリを抜くために対物側のビポット部分からマイナスドライバーで昇降軸抜け止めネジを外したのちにフォーカシングリングを回して接眼レンズ部分をすっぽりと抜き、接眼ガイドスリーブをベルトレンチで緩めて外し、接眼側鏡板のネジを一本抜くと接眼側プリズムに達しますが、この双眼鏡はズームの連動メカニズムと視度調整双方ともに右の接眼部にあるため、左右の接眼筒の大きさが異なり、接眼スリーブガイドも右が太くて左が細いという違いがあります。接眼側のプリズムも対物側と同じく頂点がカットされた台形方プリズムです。
 接眼レンズ部分は曇りもカビも無く割と状態が良好だったため、分解はせず、左右の連動がややきつかったためにベルトの摺動部分に給油しただけでよしとしました。
 組み立てなおしたのですが、対物のエキセンリングだけでは左右の像を一致させることが出来ず、またプリズムは鏨で位置を固定され、殆ど動きしろがない状態のため、この鏨の打痕をミニルーターで削ってプリズムの位置をずらしたかったのですが、現在この筐体に入るような適当な工具が無くて、現状での視軸調整は断念しました。
 まあ、あまりこういう無骨な形のミクロンタイプ、さらにズームというのが無く、コレクター心をそそられる双眼鏡なのですが、実用的にはこのサイズでズームというのも不要で、単焦点のエイコーブルファイトのようなもののほうが多く残っていることを見てもまあ技術とコンセプトの先走り感が強い双眼鏡です。製造番号の捨て番から推察すると昭和41年の製造となるでしょうか?
 それで戦時中からの老舗双眼鏡メーカー東亜光学ですが、昭和46年12月に始まったドルショックおよび昭和48年からのオイルショックによる材料費高騰で双眼鏡の製造からは縁を切って業種転換に成功したようで、双眼鏡と縁を切ったことがいまだに命脈をつなぐ結果になった賢い選択だったようです。
 

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