HALDEN'S CALCULEX 懐中時計型計算尺
HALDEN'S CALCULEXという英国製の懐中時計型円形計算尺です。こちらは正真正銘日本に昔からあった品物で、東京の某所旧家の片付けの際に出て来た品物だということですが、売り主に何か計算用具らしきものという認識しかなかったので、苦もなく1.5k円で入手したものです。
5年程前ですがオークションで旧ソ連時代のKL-1という懐中時計型の円形計算尺が多数出回ったことがありましたが世界的にはこの懐中時計型計算尺は1900年代初めから1915年あたりまでに流行し、多くの国で作られたものの、1920年代後半には廃れてしまった計算尺の1ジャンルです。
さすがにこの時代、まだ精密にこれだけの目盛を実用に堪えるだけ正確に刻むのは無理だったとみえて、日本ではこの懐中時計型計算尺を作ろうとしたり、実際に売り出されたという話は聞いた事がありません。この懐中時計型計算尺は銀座の玉屋商店や中村浅吉商店などの測量用品などの輸入を手がける会社が少数輸入しただけです。明治43年の玉屋商店商品取扱目録中にAW.FABERの計算尺などとともにHALDEN CALCLEXが出ていますので、興味のある方は国会図書館を検索してみましょう。
それほど暇ではない方に玉屋の目録を当用漢字に直してみると「専売特許円形計算尺 Patent Circular Slide Rule :本器は金属板の両面に対数の尺度を目盛し、縁は輪状の金属製にして指線を有する硝子を以て金属板の側面を覆い而して尺度金属板は蛇目型の板と其板の内縁に接する円形板とより成り蛇目型金属板円形金属板とは普通の計算尺の本尺と滑尺との如き関係を有し此所に掲げたる円は即ち本器の表面並びに側面を原寸にて顕わしたるものなり。
表面には5種の尺度を有し、外辺に接して第一は対数の尺度にして第二及び第三は普通計算尺のA及びB尺に該当するするものなり。内辺の第四及び第五はB尺の平方根なり。
裏面には六種の尺度を有し、外辺に臨みて第六は角度にして第七及び第八は計算尺の尺度即ちA尺B尺なり。内辺に位して彫まれたる第九第十及び第十一はB尺に対しての立方根なり。
前述の如く本器は他の計算尺には見る事を得ざる立方根の目盛を有するを以て普通の計算尺に於いて不便を感ずる立方根の計算に際して本器を用ゆる時は直ちに算出する事を得るべし。
X計算尺は最も有要なるものにして且つ叉だ信頼す可き器具なりとは世人の等しく認識する所なれども未だ一二の不便なる点を有するに至っては実に遺憾とする所なり。即ち吾人の懐中用として携帯に不便なると且つ叉た其使用に対し如意活用せしむる事を知るの難事とるとの二点なり。
然るに本器は図に示すが如き小型なるを以て前者の不便を補い且つ叉た此後者とる難事を除去せんが為に特に此円形計算尺の袋中に納め得る形状寸度に調製せられたる土木、建築、機械、電気、工学上必要となる諸公式より銀行、会社、消火に於いて日常使用する諸計算の表に至る迄で網羅する約二寸角にして厚一分位の小冊子を添え共にチョッキのポケットに入れて携帯し、必要に応じて取り出し何時にでも本器と個小冊子とを合わせて活用する事を得るの便利なるは実に他の計算尺に於いて見るを得ざる独特の長所にして、一度本器を此小冊子と共に併用し其携帯に便なると此小冊子の有益なる事との妙味を感じ給わば恐らく一日も携帯せざるを得ざるに至るべし。故に試しに一器購い使用せられん事を切に希望する所なり。小型円形計算尺 P`atent Circular Slide Rule ,wity little use full table and fomular book in morocco case 8.000円(明治43年)」
まあ明治の文語調の言い回しは回りくどくてわかりにくいのですが計算尺マニアなら言っている事はすべて理解出来るでしょう。しかし、他の掲載商品に比べてこの懐中時計型計算尺の説明はまるまる一頁を使用していて、玉屋商店のなみなみならぬ販売意欲を感じてしまいます。発注単位としてワンロット数百個も押し付けられたのでしょうか?(笑)
懐中時計型の円形計算尺ですがこの文章の通り持ち運びに便利でかさばらないため、いつでも携帯出来るというのが最大の利点なのですが、小型ゆえに基線長が稼げず精度が見込めないことと、それこそハズキルーペでもないと誤認しそうな細かい目盛間隔、スピード計算・連続計算にに向かないなどのこともあり、学術計算分野では棒状の10インチ計算尺に押されて廃れてしまったのでしょう。
その懐中時計型計算尺を80年代前半くらいまで作っていた旧ソ連もすごい国ですが、そのソ連のKL-1はいったいどんな職業の人が使用していたのでしょう?
メーカーはJ.Halden & Co.、イギリスはマンチェスターに存在していた会社ですが、マンチェスターにはほかにFlowerという別な懐中時計型計算尺を製造していた会社があり、そちらのほうがいろいろな種類が存在していたようです。なぜマンチェスターという地方都市に数少ない懐中時計型計算尺のメーカーが2つも存在していたのか、おそらくは偶然ではなく、何かしらの理由があったはずです。もしかしたら実際に製造に携わった工場は同一かもしれません。このHALDEN'S CALCULEXは 1900年に製造が始まり製造中止は1925年だということを聞いています。他にデスクトップ型の直径12cmほどのものもあったようですが、さすがに日本には輸入されてはいないでしょう。
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