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October 29, 2018

彫刻家藤戸竹喜さんのこと

 阿寒湖畔で長年活躍されてきた彫刻家の藤戸竹喜氏が亡くなりました。
竹喜さんとは今から35年近く前の当方20代前半のときに東京の渋谷でお会いしたのが最初で最後だったのですが、そのときのことを少々書いておきます。

 当時渋谷の店の日給月給のアルバイト時代で、おそらくは人生で一番貧乏で将来の夢も希望も持てないような生活の時代でしたが、ある平日の朝、店の開店準備をしようとしていたときにふらっと店の中に現れた後姿の大きな人がいました。
くるりと振り向いたのは堂々たる体躯のぎょろりとした目を持つりっぱなアイヌ民族の人でした。
 そしてうちでアメリカから直接買い付け、1ヶ月先に到着予定で予約を受け付けていたアメリカのフライトジャケットCWU-45/Pのことをどこから聞きつけていたのか北海道から上京したついでにうちの店にやってきたとのこと。
 まだ予約を取るためにマネキンに着せてある見本が一枚しかなく、それをどうしても売ってくれとご所望。最後には「同じ北海道人だべや」なんて言われて社長に相談して結局は見本で一枚しかないCWU-45/PのLサイズを渡してしまいました。マネキンから見本をはがして持っていったのは竹喜さんと有名な結婚詐欺師クヒオ大佐の二人だけです。
 そのときいただいた経木の名刺に「彫刻家 藤戸竹喜」と書かれており、阿寒湖畔に工房を持っているということで、今と違ってネット検索できるわけでもなく、てっきり観光客むけの熊の木彫りのおやじかと思っていて有名な彫刻家だとは思ってもみませんでした。その藤戸竹喜という名前を良く目にするようになったのは北海道に帰って来てからの事です。
 そして竹喜さんがジャケットを送って欲しいというので、どこに送ればいいかとたずねると「北海道阿寒湖畔、藤戸竹喜で荷物は届く」と言い残して店を後にされました。
 半信半疑で宅急便の伝票に北海道阿寒湖畔、藤戸竹喜とだけ書いて荷物を出したのですが、それで無事に届いたのは言うまでもありません(笑)
 3年後の5月、ユースホステルを泊まり歩いて道東旅行に出かけた際、阿寒湖畔の竹喜さんの工房に寄ったのですが、残念ながらご不在でした。

 まあ、こんな思い出しか当方に書くことは出来ませんが、彫刻家として人生を全うされた竹喜さんのご冥福をお祈りします。

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